バイクにぶつかってしまうというところで、博人は驚き反射的に彼女を自分の胸に抱き寄せた。
「ドクン、ドクン!」
強く、力強い心臓の鼓動が耳に聞こえて来た。
未央が何か言う前に、博人はすでに自分を抑え彼女を離した。そして、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。
「もう遅い。先に君を家まで送るよ」
未央は少し驚き、複雑な表情を浮かべる博人のほうを見た。
彼女はこの時、ふいに目の前にいるこの男は変わったと気付いた。
以前とは全く違っている。
以前の博人であれば、彼は頭に血がのぼると全く彼女のことなど忘れてしまうのだ。彼女が怪我をしていたとしても、一人で外にほったらかしにして、自分だけどうにかして家に帰ろうとしていた。
それが今は……
未央は深く考え込んでいるうちに、すぐ車は家に到着した。
博人はこめかみを押さえ、疲れ切った声で言った。
「あいつと恋人のふりなんかしないでくれ、いいだろうか?」
今までずっと傲慢な態度を取っていたあの西嶋社長が、この時はじめて低姿勢を見せ、未央に懇願するような言い方をしてきた。
未央は唇をきつく結んだ。「分かったわ」
今夜博人がここへ来ていなくても、彼女はこれ以上恋人役を演じるつもりはなかったのだ。
博人はその返事が聞けてようやく胸をなでおろし、穏やかな眼差しで彼女を見つめた。「早めに休んで」
未央は「ええ」と一言答え、車から降りて家へと戻った。そして一息つこうと座った瞬間、ドアが再び開いた。
悠奈が帰ってきたのだ。
しかし。
未央は眉をひそめた。悠奈は落ち込んでいるらしく、様子がどうもおかしいことに未央は気付いたのだ。
「どうしたの?」彼女は尋ねた。
悠奈は首を横に振り、あまり話したくないらしく、無理やり笑顔を作った。
「何でもないんです。先に寝ますね」
そう言い終わると、彼女は下を向き、らしくない態度で部屋へと戻っていった。
未央は眉間にしわを寄せた。どうも嫌な予感がするのだ。
あの還暦祝いのパーティーで何かあったのだろうか?
彼女は携帯を取り出し、悠生に尋ねようと思ったが、ここに帰ってくる前にホテルの外で彼とは気まずくなってしまったのを思い出し、やはり連絡するのをやめた。
まあいい。
明日また聞いてみよう。
未央は部屋に戻り、お風呂に入る時に鏡に映る動揺している自分の姿を見つめ