「五年も大学を離れていながら、こんな全国トップレベルのコンテストに挑戦する勇気、本当に感心します」斎藤鳴は一旦言葉を切った。
夕月は微笑んだが、その瞳は冷たい湖水のように澄み切っていた。
「私も感心していますよ。たった五年で学部長候補まで上り詰めるなんて、見事な出世街道」
「いやいや」斎藤は謙遜げに手を振った。「学部長なんて考えていませんよ。候補者リストに名前が載っているのは、ただの数合わせです」
「斎藤先生」夕月の声音に僅かな冷気が混じる。「これからは、そう順風満帆にはいかないかもしれませんね」
彼女の研究成果を盗んだ張本人を前に、夕月は表面上の冷静さとは裏腹に、内心で激しい怒りを抑えていた。
いつか必ず、法の前で一文字一文字、彼の手柄を消し去ってやる——
その思いが胸の中で渦を巻いていた。
斎藤は夕月を見つめ返し、例の無邪気な表情を浮かべた。
まっすぐな視線で相手を見つめ、無害な存在を演じるのが、彼の得意とするところだった。
彼が何か言いかけた時、夕月は既に彼の傍らを通り過ぎていた。
その背中からは、触れれば凍えそうな冷気が放たれ、誰も近づけない鋭い刃のような雰囲気を醸し出していた。
斎藤は振り返り、分厚いレンズ越しに夕月の華奢な後ろ姿を見つめた。
その姿が完全に視界から消えると、斎藤は眼鏡を指で押し上げながら、下劣な笑みを浮かべた。
「あの女、スカートの下はどうなってるか確かめたいな。階段で押さえつけて、廊下中に声が響くまで……」
周りの十数人の若い男たちは、その卑猥な言葉に興奮した表情を浮かべ、下品な想像に耽り始めた。
「まあ、確かに顔立ちはいいよな」安人が嘲笑うように言った。「でも双子産んでる時点で、もう散々だろ?使い古されてるっていうか……」言葉を濁しながら、下品なジェスチャーを添えた。
「はっはっは!」周りの男たちが下卑た笑い声を上げる。
彼らは確かに、桜都大学という名門校で学ぶエリートたち。各地から選ばれし俊英であり、輝かしい未来を約束された存在のはずだった。
だが一瞬で、その上品な仮面は剥がれ落ち、その下から醜い本性が顔を覗かせた。
「安人くん、人妻の良さを知らないねぇ」斎藤は意味深な笑みを浮かべる。「冬真さんが外に目もくれないのも、夕月さんに何かあるからだろう?」
安人は鼻で笑いながら、低い声で毒を吐いた