今まで誰のためにも声を荒げなかった息子が——
「まさか!その妖婦に魅せられて、実の母親まで敵に回すつもり?」
大奥様の怒声を遮るように、冬真は通話を切った。
携帯を机に投げ出した彼の表情から漂う冷気は、まるで室温さえ凍らせるようだった。
Lunaの話題さえ出なければ——
その名を耳にする度に、疑念が渦を巻く。
鐘山での約束。三日以内に車を受け取りに来るはずだった。
しかし約束の期限は過ぎ、彼女は姿を見せない。
桐嶋涼以外、誰一人として彼女と連絡が取れないのだ。
「夜声とヴァルキリーを売りに出せ」冬真は秘書に命じた。
「社長、どうして突然……」清水秘書は困惑の表情を浮かべる。
どちらも限定モデルの最高級スポーツカー。ガレージでその姿を目にするたび、息を呑むほどの存在感を放つマシンだ。
冬真は暗い表情を浮かべたまま、その真意を語ろうとはしなかった。
「売却の情報は、確実に広まるようにしろ」
これでLunaは動くはずだ。
今すぐ現れなければ、二台のマシンは永遠に手に入らない——
桜都大学:
正午を迎え、決勝戦終了まであと五時間半。
夕月は提出ボタンをクリックした。
「終わりました」監督官に向かって手を挙げる。
その声に、会場内の視線が一斉に集中した。
「え?本当によろしいんですか?」監督官は驚きを隠せない。
「はい、全問解答済みです」
予選では最後の最後まで粘った。それは冬真に時間を取られたせいだけではない。
五年のブランクを経て、確かに思考の反応速度は鈍くなっていた。
だが、この期間、脳の活性化トレーニングに励んだ成果が出ている。的確な思考さえ維持できれば、解答のスピードは自然と上がるものだ。
監督官は夕月の澄んだ瞳を見つめた。
提出を確認すると、退室を許可する。
他の参加者たちは、残り五時間もある中での提出に、それぞれ複雑な表情を浮かべた。
むしろ、この早期退出が彼らにプレッシャーを与えているようだった。
問題が易しすぎるのか、それとも自分たちの実力不足なのか—— 疑念が頭をもたげる。
安人は、PCバッグを手に会場を去る夕月の後ろ姿を見て、鼻で笑った。
天才アピールのつもりだろうが——
その代償が正確性である以上、意味はない。
たとえ運良くトップ20入りしたところで、チャレンジマッチで完膚なきまでに叩