「桜国最強の女性ドライバーですって?たいしたことないわね」
今夜、Lunaを打ち負かし——
明日には、自分の名が轟くはず!
最初のコーナーが迫る。
「シュッ!」
黒いバイクが、まるで軽やかな舞のように楓の横を抜け去り、瞬く間に差をつけていった。
楓は目を疑った。
どうして?一瞬で抜かれて——?
フルスロットルで追い上げを図るも、コーナーを重ねるごとに、その差は開くばかり!
「マジかよ!コーナーでブレーキ踏んでないぞ!」
「やべえ!初めてのコースで、慣らし走行もなしでこれかよ!」
「さすが桜国のエースライダーだな!化け物かよ!」
楓は奥歯を噛みしめた。追いつけない——となれば、あの手を使うしかない。
観客席から、ミネラルウォーターのボトルがコースに投げ込まれた。
時速200キロを超える走行中、小石一つでさえ事故の原因になりかねない。
バイクが轟音を立てて近づく。観客たちが息を呑む間もなく、誰もが直感的に悟った——Lunaのマシンはボトルを踏んでしまう。事故は避けられない。
たとえボトルが直撃しなくても、避けようとして減速せざるを得ない。
だが、ボトルまで残り3メートル。黒いバイクが突如30度の角度で傾く。
夕月の手が伸び、地面のボトルを掬い取った。
観客が状況を把握する前に「ポン!」という音。ボトルはコース脇の大型ゴミ箱に見事に投げ込まれていた。
月光レーシングが走り去った後、やっと皆が目撃した光景を理解し始めた。
「マジかよ!!」
「うわあああ!!」
誰かが額を叩きながら、驚愕の声を上げる。口は鳥の卵が入るほど開いていた。
膝から崩れ落ちそうになりながら、Lunaに跪きたい衝動に駆られる者も。
「な、なんだ今の!」
「リプレー!リプレー見せてくれ!」
金持ち息子たちの声に応え、管制室のスタッフがコース脇に設置された高速カメラの映像をスローモーションで大画面に映し出す。
「やべえ!言葉が出ねえ!ただただスゲエ!」
「コーナリングバンクからのゴッドハンドか!」
「人類に可能な技なのかよ!Luna様!俺も高速ボトル投げ習いてえ!!」
レースは続いていたが、もはや誰も楓のことなど気にしていなかった。かつての仲間たちさえ、コース脇で跳び跳ねながらLunaを応援している。
悠斗は冬真の傍らで、呆然と口を開けたまま。