「俺は、お前を愛してる。だけど、そう言い切るには――仕方なかったって、自分に言い聞かせるしかなかったんだ。
『還すため』に、お前と結婚するって。そう思えば、お前の母親の遺言から逃げられると思った」
そう言いながら、彼はスマホを差し出してきた。
そこに映っていたのは、私の――眠っている顔だった。
「……あの夜、電話なんてしてなかった。ただ……お前の写真を見ながら、してはいけないことをした」
そして今度は、私が捨てたはずの数珠を取り出し――
私の手首に、勝手にはめてくる。
「忘れてても大丈夫。俺がぜんぶ、話してあげるから。
これは数珠だ。結婚を決めたときに、仏様に頼んで手に入れた――ふたりが、来世も来来世も、一緒にいられるようにって」
その瞬間、私は息を呑んだ。
――あの頃。
私が彼を好きだった時、彼も……私を想っていたの?
でも、それでも。
今の私には――もう、ただ気持ち悪かった。
「じゃあ訊くけど、そんなに私を『愛してた』なら――
なんで、海市中の人間に『私が恥知らずで、必死に追いかけてるだけ』って思わせたの?
なんで、私が式場で道化師みたいに見えるのに、別の女の人に夢中な顔をしてたの?
颯真、あんたが本当に愛してたのは、私じゃない。あんた自分でしょ」
私は手首を振り払って、数珠を床に投げ落とす。
そのまま、かかとで――思い切り、踏み砕いた。
「たとえ記憶が戻ったって、私は今日のこの選択を絶対に後悔しない」
その言葉で、彼の目の光がふっと消えた。
「……でも、お前は言ってたじゃないか。
もし、数珠を一緒に着けられたら、その時は、過去の全部を許してくれるって……」
私は返事をせず、そっと誠士の手を取る。
もう迷いも、未練もなかった。
「忘れたの。だから、あんたも忘れて」
振り向かずに、そのまま車へ乗り込んだ。
その日から、颯真は――ぱたりと姿を消した。
すべてが終わったと思った。
けれど、それは「終わり」じゃなく、「間」だった。
彼は、専門医を何人も呼び寄せ、「記憶を取り戻す方法がある」と、しつこく言い続けた。
私はすべて、扉の外で断った。
……そして、五ヶ月が経ったある日。
ようやく、彼は私のふくらんだお腹に気がついた。
その瞬