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愛を待つ蓮台、涙を捨てた日
Author: こがね鍋

第1話

Author: こがね鍋
海市のみんなは知ってる。

朝霧颯真(あさきり そうま)が私と結婚を決めたのは、仕方なく……だったって。

この七年間、何度私が想いを伝えても、彼はいつも数珠を撫でてばかり。

その瞳には、一度だって欲なんて浮かばなかった。

でも、あの夜だった。

彼が、心を寄せる女からの国際電話を受けたのを見てしまった。

女の子の声を聞いた瞬間、あの冷静だったはずの彼が、明らかに動揺して……

熱を帯びたその手には、欲望が溢れてた。

次の日、小早川美苑(こばやかわ みその)が帰国。

彼は躊躇いもなく私を車から突き落とし、自分は空港へ向かった。

私は大橋から落ちて、記憶をなくした。

その間に、彼があの女にプロポーズしたニュースが、街中を駆け巡った。

そして、その翌日。

彼はようやく現れた。

病室で彼は言ったの。

「結婚届は出してもいい、ただし――ふたり同時に妻にする」って。

そのまま、三人の結婚式を発表してのけた。

呆気にとられる私は、誠士の腕に抱かれながら、ぽかんと彼を見つめた。

「……あんた、誰?」

私の問いかけに、颯真は鼻で笑うように短く息を吐いた。

「また、何の茶番だ?」

そう言って私の手首を掴み、誠士の腕の中から無理やり引き離す。

突然の見知らぬ男からの接触に、私は思わず腕を引いた。

「誰よ、あんた。触らないで!」

その言葉を聞いた彼の目には、さらに冷たい色が浮かぶ。

「俺のことを知らない?七年も俺を追いかけてきたくせに?

ひより、俺はお前と結婚するって決めた。美苑にもちゃんと式を挙げるってだけの話だ。

そこまで他人のふりをする必要があるのか?」

私は隣にいる「自称・彼氏」の御影誠士(みかげ せいじ)に視線を向けた。彼の目は嘲るように細められている。

「冗談もほどほどにしていただきたい。ひよりはあんたの妹よ?結婚なんて、ありえないでしょ」

颯真の目が鋭くなり、数珠を操る指先が早まる。

「まさか、こいつまで引っ張り出してくるとはな……でも、そんな手には乗らない。妹?それで結構。式には『妹』として出ればいい」

言い合いが続く中、美苑が病室に飛び込んできて、慌てて場を収めようとした。

「あんたの兄さん、また変なこと言って。家に帰ったら、私からきっちり言って聞かせるから。三日後の式には、妹として絶対に出てね?」

その一言を聞いて、私は誠士の言っていたことが嘘ではないと、はっきり確信した。

「……ごめんね、忘れた。お兄さん……だったんだよね」

その呼び方が気に入らなかったのか、颯真は不快そうに眉をひそめた。

すぐさま美苑が彼に近づき、優しく唇にキスを落とす。

二人の親密な様子に、誠士は横目で私の反応を伺っていた。

でも私はもう、何も感じなかった。ただ、事を荒立てたくなくてこう言った。

「安心して、お義姉さん。式には出るけど、邪魔なんかしないから」

颯真は一瞬きょとんとして、そして深く息を吐いた。

「今すぐ荷物をまとめて、俺と一緒に帰るぞ」

その口調には、拒否の余地がなかった。

けれど私が返事をする前に、美苑が急に彼の胸に倒れ込んだ。

「時差ボケのせいかも……なんだか頭がふらふらするの」

彼は慌てて彼女を抱き上げ、腕に乗せて部屋を出て行く。

去り際、私には一言だけ。

「もう芝居はやめろ。歩いて帰れ」

残された病室には、ようやく静けさが戻った。

私はひとり、ぽつんとベッドに座っていた。

――どうして私は、この「兄」のことだけを、都合よく忘れてしまったのだろう?
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