看護師は、あまりに強く詰め寄られたせいか、やや苛立った様子でカルテを取り出した。
「……落下事故、心因性記憶障害、選択的記憶消失……」
その一語一語が、颯真の胸を鋭く突いた。
――ひよりは、嘘なんかついてなかった。
彼女は、本当に「彼だけ」を、記憶から消した。
頭の中に、ここ数日、彼女が語った言葉がよみがえる。
あのときの彼女は、すでに本心から――彼を手放していた。
もう、愛してなどいなかった。
視線を落とした先で、看護師が紙袋を差し出していた。
颯真はそれをひったくるように奪い取り、中身を確認する。
中から出てきたのは――彼が渡した、あの数珠だった。
「三日前、樅山さんが退院する際に、落とされました。すでにご逝去されたと聞いていますので、ご遺族の方でお持ち帰りください」
颯真はその数珠を、手が震えるほど強く握りしめた。
「……嘘だ……ひよりが、死ぬわけがない……!」
その姿に、美苑はついに堪えきれず、冷たく言い放つ。
「颯真……もういい加減にして」
「あなたが倒れてたのは三日間よ。今日が、彼女の葬式の日じゃない!」
墓前に立った颯真は、泣き崩れた。
七年前、仏のような静けさを持っていた彼の心が、初めて「愛する者を失う」という苦しみによって、引き裂かれた。
美苑は何を言っても彼をその場から引き離せず、
体調を理由に、ひとり先に屋敷へと戻った。
そして深夜――
人けのない墓地に、突如として人の声が響きはじめた。
「ここは、朝霧家が恩人のために買った風水の良い土地ですよ。つい最近、古い墓を移して空きが出たんです。
だから、今なら貸し出しも可能でしてね」
樅山家の墓前で、墓地の管理人が得意げに、新たな客に説明していた。
颯真の胸に、鋭い違和感が走った。
記憶の中で、数日前にひよりが骨壺を抱えて山を下りていった場面がよみがえる。
なぜ、墓を移した?
その疑念に気づいた墓地の管理人が、そっと声を潜めて説明を加えた。
「朝霧さん……樅山さんが言ってたんです。この数年、ずっと辛い思いをしてきたから、環境を変えてあげたいって」
颯真の目には、赤く血走った怒りと後悔が浮かぶ。
――自分は、これまであの子にいったい何をしてきた?
積もり積もった罪悪感が胸を