雅彦の表情はとても真剣で、口調にも誠意がこもっていた。そんなふうに見つめられて、莉子は一瞬、錯覚しそうになった。まるで、この男の目には自分しか映っていないかのように。
もしできることなら、これからずっと、彼の視線が自分だけに注がれていて欲しい。一生一緒にいられたら、どんなにいいだろう。
けれど、莉子はすぐに気持ちを切り替えた。今は一番大事な場面、ここで雅彦への想いを見せるわけにはいかない。嫌われるわけにはいかないのだ。
「……私は、何も望んでいない。ただ、雅彦がまだ私を必要としてくれるなら、私はこれからも、菊池グループのために全てを捧げるわ」
莉子は首を振り、結局、何の要求も口にしなかった。
それがむしろ、雅彦の罪悪感を強くした。彼女は自分のために傷つき、今もなお苦しみを抱えている。そんな彼女に報いることもせずに済ませていいわけがない。
「今すぐ思いつかないなら、また後ででもいい。俺の約束はずっと有効だから……」
彼の瞳に浮かぶ謝意を見て、莉子はもう十分だと思った。少しして、ようやく口を開いた。「それなら……桃さんに来てもらって、ちゃんと話をさせてほしい。もし何か誤解があるなら、はっきりさせたい。それで、桃さんが謝ってくれるなら、今回のことは水に流すわ」
「えっ、そんな簡単に許すの?それってあまりにも――」
「私は、ただ筋を通したいの。間違った人は誠意をもって謝れば、それだけでいいと思ってる」莉子は静かに雅彦を見た。彼はしっかりとうなずいた。
この要求は、まったく無理なものではない。むしろ寛大と言えるだろう。彼にとっても拒む理由などなかった。
本当に誤解だったのなら、それを解けばいい。桃が間違ったことを言ったのだとしたら、素直に謝らせれば済むこと。それでこの件が片付くなら、むしろありがたいことだった。
少なくとも、今夜、桃が警察署に泊まる必要はなくなる。
雅彦が同意したのを見て、莉子はすぐに雨織に電話をかけさせた。被害者側から和解の意志があり、告訴を取り下げると知った警察もほっとした。この件の処理には皆、頭を悩ませていたのだ。
こうして、ようやく丸く収まりそうだった。
警察は留置室に向かい、扉を開けた。そこには桃が呆然と座っていた。「桃さん、出ていいですよ」
長時間、誰とも話さずにここに座っていた桃は、この状況をどう切り抜けるかひたす