晴樹は微動だにせず、寧音がそっと近づいた瞬間、彼は激しく彼女を振り払った。
「いらない。俺が結婚するのは葉月だけだ。必ず彼女を見つけ出す」
「晴樹!?」寧音は数歩よろけて立ち直ると、信じられないといった表情を浮かべた。
晴樹は彼女を一瞥することすらなく、そのままドアを開けて出て行った。
その背中が消えていくのを見届けながら、寧音はまるで頬を強く打たれたような衝撃を受けた。
葉月だけ?
それなら、以前「君としか結婚したくない」と言ったあの言葉は、ただの戯れだったの?
その日の結婚式は、まるで戦場のような混乱だった。
一方その頃、葉月を乗せた飛行機は、海を越えた異国の地に到着していた。
出迎えに来た同僚の竹下翔(たけした しょう)が、彼女のスーツケースをトランクに積み込みながら言った。
「君のいくつかの企画書、見せてもらったよ。素晴らしい出来だった。ずっと君を引き抜きたかったんだ。
仕事が忙しすぎて断られた時は、本気で帰国しこうかと思ったくらいだよ。
で、結婚式っていつなんだ?仕事で潰しちゃダメだし、スケジュール調整するよ」
葉月は微笑んだ。
「今日」
翔は呆気に取られた。「えっと……」
「心配いらない。代わりに出てくれる人がいるから。私も彼も、誰の足も引っ張らないわ」
数秒の沈黙のあと、翔がようやく理解した。「裏切られた?」
「うん。二人に」
翔は目を細め、しばらく黙ってから一言。
「じゃあ、おめでとう。一度で全部片付いて、楽になる」
葉月は思わず吹き出した。
出発前、彼女は結婚式までのカウントダウンカレンダーをゴミ箱に放り込んだ。
異国の地に足を踏み入れたその瞬間、晴樹との五年間は、良いことも悪いことも、すべて置いてきた。
完全に過去を断ち切ったのだ。
今や晴樹の名前を耳にしても、心はほとんど動じなかった。
葉月はスマホの電源を入れた。
すぐに震えが止まらなくなる。
【葉月、君は一体どこにいるんだ?】
【どこを探しても見つからない。心配でたまらない。お願いだ、電話に出てくれないか?】
【さっきエレベーターに閉じ込められて、連絡できなかった。わざと遅れたわけじゃない】
【俺が悪かったとしても、罰でも何でも受ける。ただ、君がいなくなるなんて……怖いんだ】
葉月は唇を引き結んだ。
もしまだ何も知らなければ、