「そんな呼び方、やめて。気持ち悪い」
葉月に突き飛ばされた晴樹は、数歩よろめいてようやく立ち直った。彼の目が、一瞬で赤く染まる。
「結婚写真のこと、ちゃんと説明したよね?あれは嘘だって。あの日、出張だったって話したじゃないか。
俺と寧音は何もない。ただの妹みたいな存在だよ。君が嫌なら、もう二度と会わない。
君が俺に居場所を隠してるから、必死に調べて、やっとここまで来たんだ。十時間も飛行機に乗って。
葉月、お願いだ。こんな仕打ち、俺、耐えられない。」
声は震え、ひどく惨めな響きだった。
葉月は唇をきつく結び、胸の奥から込み上げてくる吐き気を必死で抑えた。
「晴樹、本当に恥ってもんがないの?」
晴樹は呆然と葉月を見つめる。
「どうして?俺、何を間違えた?五年も付き合って、結婚目前だったんだよ?どうして急に、俺を捨てるんだ?」
葉月は無表情で彼を見返す。
「結婚式当日、何したか、自分でわかってるでしょ」
晴樹の瞳が、さっと縮まった。
「俺はエレベーターに閉じ込められてたんだ。君との結婚、すごく楽しみにしてた。遅れるなんて絶対ありえなかった。
助け出されてすぐ、ホテルに向かった。でもどこを探しても君がいなくて。君にブロックされて、俺は何度もアカウントを変えて連絡しようとした。でも、説明するチャンスさえもらえなかった」
葉月は笑った。
晴樹が何をしたのか、誰よりも本人がよく知っている。
なのに、わかっていて、わからないふりをする。
「演技しすぎて、自分でも信じちゃった?寧音が妹?一つ屋根の下で、顔を寄せ合って眠れる妹なんて聞いたことない」
その言葉に、晴樹の身体がびくりと固まる。
葉月は鼻で笑った。
「プロポーズの前夜、寧音にメッセージ送ってたでしょ。葉月との結婚は仕方なくて、本当に結婚したいのは君だって。
結婚前は恋人同士、しばらく会わないほうがいいって理由つけて、その間ずっと寧音の部屋で一緒に過ごしてたよね。
それに、あなたは『急な出張で結婚写真に同行できない』って言ったわよね?私に気づかれないように、寧音を数日間遠ざけたってまで言って。でも結果はどうだった?その結婚写真が本物かどうか、あなたがよく知ってるでしょ。
晴樹、私たちには、これから先もいくつもの五年がある。寧音が求めてるのは、あなたと結婚式を挙げるたった1日だけ