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Home / 恋愛 / 結婚式の前に、彼は別の女に誓った / 第2話

第2話

Author: 毒リンゴ
雨に濡れたせいで、葉月は少し風邪を引いたようだった。

朦朧とした頭のまま眠りに落ち、次に目を覚ましたときにはすでに午後になっていた。

部屋を出た瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、晴樹が寧音の濡れた髪を丁寧に拭いている光景だった。

「もう、そこまで拭かなくても大丈夫よ。ちょっとしか濡れてないし」

「ダメだよ、ちゃんと乾かさないと。風邪引いたら辛いのは君なんだから」

葉月はその場に立ち尽くしたまま、ふと昔のことを思い出した。

付き合い始めて最初の年、晴樹は楽しみにしていたライブに葉月を連れて行った。

葉月の体調が悪かったが、彼の気分を壊したくなくて我慢していた。

けれど彼はすぐに異変に気づき、ライブ開始からわずか10分で彼女を連れて病院へ向かった。

あとになって、晴樹は「もっと早く気づければよかった」とそう悔やんでいた。

あれから四年間。葉月が咳をするだけで、晴樹は何か大ごとが起きたかのように慌てていた。

なのに、今日の彼は、すべての気遣いを別の女性に向けている。

「葉月、誤解しないで、俺たちは……」

寧音の髪を拭き終えた晴樹が、ようやく彼女の存在に気づいた。

その直後、寧音が口を開いた。

「私の部屋にゴキブリが出たの。怖くて、それで晴樹が『しばらくここに住めばいい』って」

葉月は晴樹を見つめた。「それが言ってた急用?」

「寧音は君と違って、甘やかされて育ったから、ちょっとしたことでも耐えられなくて……」

その瞬間、葉月の目が赤くなった。

ようやく自分の発言の酷さに気づき、晴樹は慌てて言い直す。

「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ」

葉月の両親は彼女が幼い頃に離婚し、彼女は親戚の家を転々としながら育った。

だからこそ、彼女の一番の夢は「自分の家を持つこと」だった。

付き合って三年目、晴樹は必死に働き、この家を買った。「ここが、ふたりの家だよ」そう言ってくれた。

なのに今、彼はその家に別の女を住まわせようとしている。

しかも、彼女の一番脆いところを、迷いなく突き刺してきた。

「大丈夫だよ」

傷ついたのは、自分が差し出した弱さのせい。そう納得した。

でもこれからは差し出さない。

晴樹は安心したように、葉月の手を強く握った。

そのとき、寧音が無邪気に問いかける。「晴樹、この部屋、私にくれたけど、あなたはどこで寝るの?」

晴樹の手が一瞬ピクリと震える。

「書斎で寝るよ」

寧音が部屋に入っていった後、晴樹はすぐに葉月に弁明した。

「結婚前のカップルって、会う時間を減らしたほうがいいって言うだろ?俺たちのために、距離を取ったほうがいいかと思ってさ」

葉月は、静かに手を引き抜いた。

「大丈夫だよ」

口調は穏やかなのに、その一言が妙に晴樹の胸に重く響いた。

深夜、雷雨が突然降り出した。

葉月のスマホに晴樹からメッセージが届く。

【葉月、君が隣にいないと落ち着かないよ】

ちょうどその時、寧音からも写真付きのメッセージが届いた。

写真の中、晴樹はベッドの縁に座り、寧音に手首を握られたまま、いつもより柔らかい笑みを浮かべていた。

【雷が怖くて眠れなかったら、彼が「一緒にいてあげる」って。呼び戻してもいいけど】

葉月は胸が苦しく、息が詰まるようだった。

彼女は起き上がり、風邪薬を取り出した。そこへ晴樹から、もう一通メッセージが届く。

【でも、君との未来のためなら、不安でも耐えてみせるよ】

葉月はコップに水を注ぎ、風邪薬と込み上げる吐き気ごと無理やり飲み込んだ。そして、指先で数文字を打ち込んだ。

【うん、おつかれさま】

そのまま、寧音とのトークルームを開き、ひと言だけ送った。

【いいよ、好きにして】

ベッドに身を沈め、葉月は頭の中で日数を数える。

あと十四日。もうすぐだ。
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