寧音がホテルのバスルームから出てきた。薄手の衣服をまといながら、甘えるように言った。
「晴樹、髪、乾かして」
晴樹はドライヤーを手に取り、電源の切れたスマホを何度目か分からないほど見つめた。
「俺、そろそろ……」
「約束したでしょ?」寧音が言葉を遮った。「今日は、一日中、私のものって」
晴樹は黙って、彼女の髪を乾かし始めた。けれど心は、自分を待っている葉月のもとへと飛んでいた。
葉月は両親が離婚していて、誰にも望まれない厄介者だった。自分の親も、正直彼女をあまり気に入っていなかった。
自分が現れなかったら、うちの両親は葉月に当たり散らすかもしれない。
ドライヤーの低音が部屋に響く中で、彼の焦燥は増す一方だった。
髪を乾かし終えると、寧音はソファに膝をついて座った。
「晴樹、時間がないんだよ」
彼女はそのまま彼に口づけようと身を乗り出す。
しかし、晴樹は反射的に顔をそむけて避けた。
「晴樹?」
晴樹の心はもう、はっきりと決まっていた。ホテルへ行かなくては。
彼は寧音を押しのけ、立ち上がった。「ここまでだ。葉月を一人で残しておけない」
寧音はその場に固まった。
だが晴樹は、どこか肩の荷が下りたように深く息を吐いて、スマホの電源を入れた。
未読メッセージが多すぎて、端末がしばらく固まった。
【兄さん、どこにいるの?】
【冗談やめてよ、本当に……葉月とどこ行ったの?】
【寧音と結婚写真?何それ!】
晴樹の頭の中が一瞬で真っ白になった。胸に広がるのは、言いようのない不安と恐怖だ。
彼はとっさに葉月とのトーク履歴を開こうとした。けれど、何もなかった。
昨夜から今まで、葉月は一通もメッセージを送っていなかった。
そんなはず、ない。
晴樹は必死で彼女に電話をかけるが、葉月のスマホは電源が切られていた。
そのとき、彼の母親から電話がかかってきた。
「晴樹、もう式始まってるのよ、二人ともどこにいるの?
こんな大事な日に、葉月とふざけるのやめなさい!
それに、葉月が私たちをブロックしたってどういうこと?喧嘩してても限度があるでしょ。
今日あなたたちが来なかったら、みんなに笑われるわよ!」
晴樹はスマホを握る手が震えた。
「お母さん、葉月はホテルにいないの?」
「いないわよ。一体どういうことなの?」
晴樹のこめかみが脈打