「ようやく俺に金を払る気になったか」
史弥は訝しげに問い返した。
「金?なんのことだ?」
「お前の奥さんの医療費、俺が立て替えたんだ。そのくらい払うべきだろ?」
「いくらだ?後で振り込むから」
「2万だ」
史弥は言葉を失った。
「......」
その沈黙に、伶は冷たい笑みを漏らした。
「まさか踏み倒すつもりか?」
「いや、後で送る」
史弥は、長年付き合いがあるとはいえ、この男の考えを一度も読めたことがなかった。
そして、資産を数えきれないほど持つ大物がなぜ2万にこだわるのか、さっぱり理解できなかった。
「じゃあ切るぞ」
伶は言葉少なにそう言った。
もともと一言でも無駄なことは言わない男だ。
「待ってくれ、まだ話がある。オアシスプロジェクトの件だが、なぜ玉巳を外した?あのプロジェクトは最初から玉巳に任せることにしていたんだ」
電話口から聞こえてきた伶の声は、見下すように冷たく響いた。
「白川、お前さ、頭でも換えてきたらどうだ?脳みそには玉巳しかないのか?玉巳がいなかったら、そのプロジェクトが俺に取られることもなかっただろ?」
「それにお前、まだ玉巳を推してる?自分の心に聞いてみろよ。玉巳の企画書が悠良のより本当にいいと思ってるのか?」
その二言三言で史弥は言葉に詰まった。
言い返す隙さえ与えられないまま、伶はさらに言葉を続けた。
「俺の性格くらい知ってるだろ。一度言ったことは曲げない。どんなに玉巳を可愛がろうが、それはお前の勝手だ。が、プロジェクトに私情を挟むな。女を口実にするな。責任者は必ず悠良にする。それ以外は受け付けない」
言い終えると、伶は迷わず電話を切った。
受話器から聞こえる無機質なツーツー音に、史弥は無意識にスマホを強く握りしめ、手の甲に筋が浮き出た。
病室にいる悠良は、史弥と伶のやり取りを知るよしもなかったが、それでもなんとなく伶が一筋縄ではいかない人間だと直感していた。
あの男はとことん筋を通すタイプで、仕事に少しでも私情を挟むことなど許さないはずだ。
悠良は唇に冷たい笑みを浮かべた。
かつては史弥も仕事に対して真面目な男だったと記憶している。特にまだトップに立つ前は、ひたむきに努力していた。
それに比べると今は......伶があれだけ短期間で老舗の白川社を追い越した理由が、痛いほどわかる気が