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第78話

Author: ちょうもも
史弥もそれ以上問いただすことはなかった。

[まあいい。後で玉巳に言っておく]

悠良は指先をきつく握りしめ、黙り込んだ。

その力に薄い指先は、まるでざくろの実のように鮮やかな赤みを帯びていた。

さっきまで自分を疑い、根拠もなく責め立てていたのに、今は「まあいい」の一言でなかったことにするのか。

ちょうどそのとき、玉巳が病室の扉にやってきて、軽くノックした。

「史弥、悠良さんに会いに来てるのに、なんで私には声かけてくれなかったの?」

史弥は体を向き直し、何気なく答えた。

「さっき見かけたから、ちょっと顔出しただけだ」

玉巳はベッドに座る悠良を見やった。

「悠良さん、さっきまで元気そうだったのに......それにしても奇遇ね、お母さんと隣同士なんて」

その含みを察して、史弥は悠良に目を向けた。

[点滴はあんまり体にいいもんじゃないからな。できるだけ輸液なんてしないほうがいいよ。薬じゃだめだった?]

悠良は顔を背け、冷ややかに答えた。

「医者に点滴するように言われたの」

[何日やるの?]

史弥が点滴の袋を指さす。

「今日だけ」

今日だけと聞いて、悠良は心の中で安堵した。

これ以上続いたら、きっとまた何か言われるに違いない。

[じゃあ今夜送ってやるよ]

そこへ、玉巳が子猫のようにかわいらしく呼びかけた。

「史弥......でもさっき医者に聞いたら、お母さんは今日点滴なしで、明日また来るだけでいいって言ってたよ?」

「ああ、そうか」

史弥は悠良に視線を戻した。

[悠良、少しだけ待っててくれるか?先に玉巳の母親を送ってから戻るから。年配だからな、体が弱いし、早めに休ませてやりたい]

それは相談ではなく、ただの通告だった。

悠良は驚きもせず、淡々とした表情のまま、声にまるで感情を乗せなかった。

「ええ。石川ディレクターにはあなたしかないもの。そのくらいわかってるから」

その言葉に史弥の眉間から皺が解けると、愛おしげにその手で悠良の髪をなでた。

[やっぱり悠良は物分かりがいいな。あとでオアシスプロジェクトが落ち着いたら、ちゃんと時間を作って一緒に過ごそう?]

悠良は大きな波もなく、従順にうなずいた。

「うん」

玉巳も首を傾げ、甘やかに笑ってみせた。

「悠良さん、本当に史弥が言った通りね。今どき悠良さんみたいに心が広い
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Comments (2)
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あなや
なんつーかこの男多分御曹司ってだけあって無能なんだろうな、会社潰す末裔 有能に見えてたのは後ろ盾の強固さと運良く仕事が出来る女を捕まえてたから 今までは女に守られてどんなに間抜けなことしでかしてもトントンだったけど、次の女が無能だからお先真っ暗
goodnovel comment avatar
千恵
いやはや、全く 読んでいて不倫カップルの汚さ、行動にゲンナリ
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