玉巳が手土産を買い忘れたのか、それとも史弥が未来の義母にいい顔をしたくて、悠良の選んだ贈り物を使っただけなのか、それはもうわからない。
夜、点滴を終えた悠良はタクシーで家へ戻ろうとしたとき、玉巳の母親の病室を通りかかった。
中では史弥が椅子に腰掛けて母親と談笑しており、その傍らには玉巳がりんごを剥きながら笑顔を見せていた。
その光景はまるで仲睦まじい家族そのものだった。
廊下の奥から吹き込む風に、悠良は思わず身震いし、薄手の上着をかき寄せる。
そして視線を外し、その場を後にした。
家に着いたときにはもう九時を過ぎていて、まだ何も口にしていなかった。
適当に出前を頼み、食事を済ませると、史弥に渡されたはずの父親へのプレゼントがもう手元にないことに気づき、翌日早起きしてもう一度デパートに行くことにした。
翌朝、悠良は目覚めるとすぐに昨日買ったばかりの贈り物を再び用意して、そのままタクシーに乗って実家へと向かった。
リビングはにぎやかで、まるで自分がいてもいなくても同じような雰囲気だった。
悠良は自嘲気味に口元を緩めたが、それはいつものことだった。
先に気づいたのは使用人で、玄関先で驚きながらも声をかける。
「お嬢さま、おかえりなさいませ」
その一声で、リビングにいた者たちの視線が一斉に悠良に向いた。
どんなに気にしないように努めても、その目には冷たさと歓迎されていない感情がありありと見えた。
悠良は松本(まつもと)に軽く会釈する。
「今日は父の誕生日だから、顔を出しに来たの」
松本は笑顔で答えた。
「旦那様もお喜びになりますよ。今呼んでまいりますね」
「ええ、お願い」
この家はかつての自分にとって見慣れた場所だったが、今となってはすべてがどこかよそよそしく、見知らぬ空間にすら思えた。
悠良が一歩踏み入れたそのとき、突然頬に鋭い痛みが走った。
思わず右頬を手で押さえ、視線を上げるとリビングから笑い声が響いてきた。
「当たった!当たった!」
少し離れたところで、小さな男の子がパチンコを構え、得意げに笑っていた。
「豪(ごう)、人に当たったじゃない。後でお父さんに叱られるわよ」
そのとき、一人の細身の少女が歩み寄り、鳥のさえずりのような美しい声で謝った。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。豪はまだ子供だから、気にしないであげて」