悠良は家に戻ると、まず額の傷を手当てした。
ちょうど片づけをしようとしたそのとき、史弥が帰ってきた。
彼は鍵をテーブルに置き、ジャケットを脱ぎながら悠良に手振りで話しかける。
[帰るの、早かったな]
悠良は淡々と答えた。
「うん、ちょっと顔を出しただけだから」
史弥は冷蔵庫から水を取り出し、悠良のそばに寄ってくると、彼女の額に貼られた絆創膏に気づいて、表情が一変した。
彼はその場で片膝をついて顔を近づける。
[怪我したのか?]
史弥の瞳に浮かぶ心配の色を見て、悠良は一瞬、現実感が薄れてしまう。
本当に彼は自分を心配してくれているのか、それとも......
もし偽りだとしたら、この人の演技力は本当にすごい。
「大したことないよ。ちょっと転んだだけ」
悠良は、今さら莉子や雪江にされたことを話しても無意味だとわかっていた。
彼はもう、自分を守ってくれる存在ではなくなったのだから。
史弥の眉は深くしかめられ、眉間にはくっきりとした縦じわが刻まれていた。
[気をつけてほしいな。どこで転んだんだ?もしかして、妹と継母に突き飛ばされた?]
悠良は最初、話すつもりはなかったが、しつこく聞かれるので観念して口を開いた。
「仮にそうだったとして、史弥に何ができるの?私のために怒鳴り込む?」
広斗があれだけ自分を侮辱し、ひどい扱いをしても、史弥は何ひとつしてくれなかった。
一方で伶は違う。
誰かが自分の大切な人を傷つけたなら、たとえ相手が誰であれ、決して見逃さないタイプだった。
史弥はすべてを天秤にかける。
全体の利益のためなら、自分一人くらい簡単に切り捨てる。
もし広斗と争うことになれば、白川社での自分の立場が危うくなる。
悠良の不満に気づいた史弥は、彼女の肩に手を置いて、なだめるように言った。
[君だって分かってるだろ?俺が彼女たちを責めれば、確実に関係はもっと悪くなる。それでもいいのか?]
一見すると彼女を気遣う言葉だった。
悠良は伏し目がちに視線を落とし、感情を隠すように穏やかな口調で返す。
「冗談よ、彼女たちに関係ないわ」
史弥は彼女の少し冷たい手をそっと握った。
[次は俺も一緒に行くよ。誰にも君を傷つけさせないから]
「......うん」
悠良はそれ以上、彼の言葉を聞きたくなかった。
だから話題を変える。