Chapter: 36話 六年前「よし……準備オッケー!!」 鏡の前で髪を整え、今日も一日頑張るべくほっぺを叩き気合いを入れる。それからロンドさんと共に朝食をとり、それから例のイメン家について調べに行く。「そういえばこの家にイメン家の場所について何か分かる資料があるんですか?」「過去に少し交流がありましてね。探せばあると思いますし、街で聞いたり他の方法で調べるよりかは早いと思いますよ」 屋敷の資料などが多く仕舞われている部屋でわたし達はせっせと手を動かす。「おや、こんなところに居ましたか」「リ、リントさん……ど、どうしたんですか?」 作業を始めてから三十分程経過したところでリントさんが顔を出してくる。わたしはちょっと顔が引き攣りそうになるが、我慢して笑顔を作る。「そう怖がらなくても良いじゃないですか。それより二人ともイメン家について調べてるんですよね?」「兄さん何か知ってるんですか?」「いえいえ……丁度用事の一環で調べる機会がありましてね。家の位置や他の情報などは頭に入っているんですよ」「ほ、本当ですか!?」 わたしは餌を目の前にぶら下げられた犬のように前のめりになり話に食いつく。「えぇほんと……」「それはどこですか!? 他の情報も含めて教えてください!!」「す、少し待ってくださいまだ話は終わっていませんよ……」 リントさんはわたしから一歩距離を取り、一回咳き込んでから話を仕切り直す。「とはいえ無条件に話すつもりはありません。良い機会ですし、貴方達探偵に依頼をしようと思いまして」「い、依頼って……?」 この人の性格からなんとなくタダで教えてもらえないような気はしていたが、とりあえず話だけは聞いてみることにする。「六年前にこの屋敷で起こった事件の調査……とはいったものの資料や情報を後で渡すのでそれを元に探偵さんの推理を聞きたいというだけですがね」「推理を聞きたい……?」「弟が気に入るくらいですし、何か私が思いつかないような考えを言ってくれるかと期待も含めて。まぁ一日もかからず終わると思いますし、場所を街に聞きに行ったりここで調べたりするよりは早いし疲れないと思いますが? どうします?」 明確に利点を述べ自分の願いを聞き入れてもらおうとする。少し言い方がムカつくがこちらに損はないし条件の提示も理に適っている。「待ってください兄さん。六年前の事件ってまさ
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: 35話 次の目的地 "お前はこの家の一人息子なんだ""お前がこの家を引っ張っていくんだ。もっとしっかりしろ" この言葉を言われたのは一体何度あるのだろうか? 脳内で再生が余裕なくらいには少なくとも聞いたはずだ。「しんど……明日また抜け出そうかな」 母親が居なくなり、現実逃避に走り女装して街に出る。最近はストレスかその回数も増えてきた。最初は親父にも怒られたが回数を重ねる内に何も言わなくなってきた。(やっと見捨てられた……か。ふん、まぁ他の養子を探すなり好きにすりゃいいさ) オレは不貞腐れベッドに潜り込む。内心では親父が自分を大事に想ってくれていることは分かっているが、どこか反発してしまう。将来への不安や期待の重圧に耐えられなくなってしまう。「ミラモ様。紅茶をお持ちしました」 そういえばメイドのテルタに紅茶を頼んでいた。オレは過去の自分を脳内で軽く殴りながらもしんどい身体を動かして起こす。「気分が優れませんか?」 部屋に入り紅茶を渡してもらうが、隠そうとしたはずなのに彼女はオレの些細な表情の変化を察知する。ここに来てからもうすぐ二年くらいだが、オレのことをよく理解し親身に接してくれる。「悪くもなるさ……オレなんかに家の将来とか……二人目の妻とか養子とか他にも色々あるだろ……」「あの人は良くも悪くも一途ですからね」「はぁ……」「そうため息をつかなくても……ミラモ様は優秀ですし大丈夫だと思いますよ」「そうかい……」 面向かって言われると少し照れてしまいそっぽを向いてしまう。「ねぇテルタ……もうすぐ親父の結婚記念日なんだけどさ、何か親父が喜びそうなプレゼントとか思いつかない?」「そういえばもうすぐですね……」 仕事人間の父親が唯一絶対に予定を空ける日。この日だけはオレにもあれこれ言わず、従者も巻き込んで食事を楽しむ。「花とか……いや何か形が残る物がいいかな……?」「ふふっ……なら明日私と抜け出しますか?」「いいのか?」「えぇ。ミラモ様一人で行かせるよりは」「お前って結構言ってくるよな……ま、良いかもな、それ」 明日の予定が決まり、自然と気持ちが明るくなってくる。照れながらも軽く一言お礼を言いその日は寝ることにする。 そして結婚記念日の前日、親父は殺され翌日テルタも殺されるのだった。☆「ごめんなさい……」 自分の過去を吐露し、ミラモは私
Last Updated: 2025-08-24
Chapter: 34話 次の手がかりに向けて「はぁ……なんとかなった……」 あの話し合いの後、わたしは連行せずロンドさんの元辻斬り捜索に死力を尽くすことを条件に解放された。「とりあえずお水をどうぞ」「あ、ありがとうございます……」 わたしは緊張で、ロンドさんは捜査で心身共に疲弊しており、それを見たミラモが気を利かせてしばらく客室で休ませてくれることになった。「ごくごく……ぷはぁ」 しばらく振りの水はとても新鮮で、全身が透き通るような感覚だ。「そういえばあの話し合いの最中で意識失っちゃってたみたいなんですけど、どんなこと話してたんですか?」「えっ……!? そうなんですか!? どの辺から?」「えっと確か……ロンドさんが被害者がわたしの顔を正確に覚えているのか? って投げかけたあたりからです。ミラモに依頼をされるところでちょうど目が覚めて咄嗟に反応したんすけど……」 あの時また頭痛が酷くなり、視界が歪んで気づけば時間が進んでおり体調は良くなっていた。「じゃあ途中で呟いたのは何だったんだろう……? 無意識に出た言葉なのかな?」「え? わたし何て言ってたんですか?」「確か"姉"と一言だけ。それで僕が色々思い出せて話を繋げれたんですよ」「姉……?」 考え込み記憶を探ってみるが、やはりそのようなことを言った覚えはない。それからわたしが意識のなかった間どんな話をしたのか事細かに説明してもらう。「わたしがその……イメン家の生き残り……?」「まだ確定ではないですけど……その可能性が非常に高いです」「そんな……わたしが貴族だったなんて……」 驚きはあるが、どこか納得している自分も存在する。探偵をやっていく中で自分はこの見た目の娘にしてはやけに知識が豊富だとは自負していた。それも自分が元貴族であると仮定したらそれだけの教養があったことにも納得がいく。「じゃあわたしは……」 その情報を元に今一度記憶を探ってみる。記憶という水面に新情報という石を投げ込み、上手く波紋を発生させようとする。(雨の日……雷……光る何か……刃物?) その場に居るロンドさんのことなど忘れるかのように、必死に集中し全意識をそこに向ける。「来るな」「うぐっ……!!」 突如聞こえた誰かの声。それにより一瞬脳は刺激されるものの、すぐに痛覚に変換され集中するどころではなくなる。「シュリンさん!? 大丈夫ですか……?」
Last Updated: 2025-08-23
Chapter: 33話 依頼「……正確に話すと以下が被害者から聞いた話だ……もういいか?」 ミラモが更に詳しく被害者から聞いた話を述べる。昨夜から一睡もできていないと愚痴を挟み、何度か目元を押さえながら。「お疲れのところ申し訳ございません。話し合いはこちらでやりますので後は休んでてください」「お言葉に甘えさせてもらうよ」 ミラモはソファーに深々と座り目を閉じる。寝てる……ということはないだろうが、それでも身体を休め心身共に回復させる。「やはり敷地内に居たことは保留するにしても、その証言は決定的ではないのか? そのことにシュリン自身も気づいて口封じに来た……という可能性もあるだろうし」「いえ……もちろんあなたの言うことも可能性の一つとして考えられますが、そもそも被害者の証言には確定的でない、"欠陥"があります」「欠陥……? 特に矛盾等は見られなかったと思うが?」「いえ……被害者の発言を考えると、シュリンさんが辻斬りだと示すには根拠が薄い点があります」 最初ミラモから話を聞いた時は気づかなかったが、今一度細かく聞いたことである一つの違和感を見つける。もしかしたら何でもないと一蹴されるかも、聞き間違いだったと訂正されて終わるかもしれない。それでも尋ねる以外の選択肢はない。 「まずイメン家の当時の家主、つまり推定シュリンさんの父親に当たる人物が彼女のことを辻斬りだと言っていたと述べていましたが、正確には間違っています」「間違っている……?」 ミラモが薄らと目を開きしんどそうに意識を覚醒させる。「はい。被害者の証言によると正確には辻斬りと叱っていた相手はドア越しのため分かりません」 「……確かに」「ならば相手はシュリンさん以外の家の関係者かもしれませんし、こっそり家に招いた仕事やプライベートの知人かもしれません」「姉……?」 ぼつりとシュリンさんが呟く。それがボクの二年と少し前の記憶を呼び起こす。「そうだ……確かイメン家に居たのは歳の二つ離れた姉妹だったはずです。シュリンさんをどちらと思っているのかは分かりませんが、確定的な情報だとは言い難いです」「ロンドが調べればすぐ分かる嘘をつくとも思えないしな……ミラモさん。イメン家は二人娘だったと被害者は言っていましたか?」「いや……証言されたのはさっきので全部だ。家族構成までは知らないけど……貴族なんだし二人娘くらい
Last Updated: 2025-08-22
Chapter: 32話 彼女の記憶「じゃあロンドは犯人は、辻斬りはシュリンではないと言いたいんだな……?」 ミラモから話を聞いた一時間後。ついにシュリンさんを引き取り取り調べをするかどうかの話し合いが始まる。この場に居るのは僕にシュリンさんにミラモ。そして衛兵が数人。その中には例の僕の知り合いの彼も居る。「はい。確実に違うと思います。真犯人の捜査もしたいので、連れて行くのはやめてもらえると助かります」「とは言ったもののな……被害者の証言に深夜に敷地内に居た彼女……明らかに怪し過ぎるし取り調べをするには理由は十分だと思うが?」「いえ……辻斬りとシュリンさんは明確に別人です。それに辻斬りの特定には彼女は欠かせません。連れて行くことに僕は反対します」「ロンドさん……!!」 シュリンさんは疲れ切った顔をしていたが、僕の一言で多少はマシになる。「じゃあそれに足る根拠を出してもらおうか。無論こちらにも彼女を連行する理由はある。もう大体話したしそちらも知っていると思うが」「えぇ……こっちも反論させてもらいます」 互いに睨み合う……という程ではないが、互いに息を呑み話し合いを開始する。「まずこちらがシュリンを容疑者認定する理由は二つある。被害者の証言と彼女が深夜にこの屋敷の敷地内に居たということだ。これらを払拭しない限り疑いが晴れることはない」 早速突き崩さなければならない壁が出てきた。「まず敷地内に彼女が居たこと……それについて弁明させてもらいます」「ほう……どう考えても言い訳の余地はないと思うが?」 彼はこちらに敵意があるわけではない。当然のことを言っているだけだ。実際衛兵目線シュリンさんは怪しさ満点だ。「彼女は無意識に……眠ったまま敷地内に入ってしまったのです」「はぁ……あのな、庇いたい気持ちは分からんでもないが、流石にそれはなくないか?」「いえ、ちゃんと彼女が夢遊病であるという根拠があります。夢遊病は寝たまま身体を動かしてしまう一種の精神病で、起こる理由としては精神的負担によるものが要因の一つとして挙げられます。負担として考えられるのは、あなたもご存知の通り彼女の記憶喪失についてです」「う、うーむ……でも仮に夢遊病でもここまで来るか? ロンドの屋敷からここまでは中々遠いぞ?」「それは昨日の昼の動作を反響したのだと考えられます。実際夢遊病患者には昼の行動を再現しようとす
Last Updated: 2025-08-20
Chapter: 31話 婚約相手「やっぱり夢遊病の線が強い……か」 廊下でシュリンさんから聞いたことをメモ帳にまとめる。まだ無実を証明する証拠としては弱いが、それでも真っさらな状態からはかなりマシにはなった。(次はミラモから話を聞いてみるか……) 衛兵によればミラモは被害者からシュリンさんこそ辻斬りなのだという話をされたそうだ。そのことが妙に引っかかる。僕は従者に彼が居る部屋を問い、そこに向かう。「ロンドです」「入っていいぞ」「すみません少し聞きたいことがありまして……」「何でも答えるよ……結果は変わらないと思うけど」 ミラモは昨日とは違いどこか人を拒絶するような態度で揶揄うような素振りも見せない。心に余裕がなく、まるで前回のあのパン屋の旦那さんみたいだ。「じゃあまずは被害者の証言について……殺される直前に彼女はシュリンさんこそが辻斬りであると示したのですよね?」「そうだよ……」 ミラモは深く沈んだ声で返す。それだけシュリンさんのことを友人として気に入っており、裏切られたと思い反動で精神的にダメージを受けている。「被害者は何と言っていたのですか? できるだけ正確にお願いします」 どんな些細なことが証拠やそれを裏付けるものになるか分からない。可能な限り情報は欲しい。「えっと確か……アイツが言うには前に勤めていた家で惨殺事件が起きて、その犯人も辻斬りに違いないって話だった」「それがどうシュリンさんが辻斬りだという事実に繋がってくるのですか?」「その事件の直前にシュリンの父親が"お前が辻斬りだなんてなんてことしてくれたんだ!!"みたいな話をしていたって言ってた」「じゃあシュリンさんの顔を見て驚いていたのも……?」「多分そうだと思う。すごい動揺してて……置き手紙でも殺されるかもしれないからここを出て逃げるって……でも……」「逃げ出そうとしたタイミングで殺された……」 事件の輪郭が見えてきた。辻斬りは理由は不明だが、おおよそ逃げる姿を見られたから等の理由で被害者を襲ったのだろう。そして運悪くその際にシュリンさんとの一悶着があり、被害者自身も彼女こそが辻斬りだと勘違いしていた。 シュリンさんを辻斬りでないと仮定すると大体このような筋書きとなる。希望的な考えと一蹴されるかもしれないが不可能ではないし矛盾もない。その点に賭けるしかない。「あっ、そういえばシュリンさん
Last Updated: 2025-08-19
Chapter: 142話 唇を噛み締めてでも「波風ちゃん!! 波風ちゃん!!」 もうすっかり日が沈み地震があったことなど嘘のように静かになった頃、それとは反対に私は大声を上げながら走っていた。「待って高嶺!!」「何で止めるの!? 波風ちゃんを探さないと!!」「もうこんな時間だよ……それにイクテュスや王もどこに潜んでいるか分からない……」「でも……だからって波風ちゃんを見捨てられない!!」 今イクテュスに襲われたら波風ちゃん抜きで変身できない私なんて一捻りで殺されるだろう。それでも彼女を見捨てる理由にはならない。「それで死んで……消滅間際の波風を悲しませて高嶺は満足なの? 少しは残される側のことも考えて……!!」「それは……!!」 言い返せない。私の一時の感情で自らを危険に晒し、あまつさえそれに巻き込んで他のみんなに迷惑をかけ、波風ちゃんを悲しませる結果を描きかけていた。(何で……テレパシーに応じてくれないの……!!) 先程からずっと波風ちゃんにテレパシーを飛ばしているが一向に返答はなく、通話の受け取りさえしないので話さえ聞いてもらえていない。(何か……私が傷つけるようなこと……)「おい」 背後から声がしたのと同時にある男が勢いよく着地する。それは今会いたくない、会ってはいけない存在だった。 私の実の父親の皮を被り、波風ちゃんを殺したクラゲのイクテュス。奴が闇夜を切り裂き現れた。「お前……!!」「待って!」 追い詰められ余裕がない状況で奴の顔を見て激昂する私を生人君がさっと手を出し静止する。「彼はもう敵じゃない……よね?」「少なくとも……オレに人間を傷つけることはもう……できないな」「ど、どういうこと?」 奴の落ち込み生命を慈しむような様子は私が知るような、親友の命を刈り取ったあの悪魔の如き風貌とは大きくかけ離れていた。「彼は……ゼリルは人の命を奪うことに罪悪感を覚え始めて、それで人間とイクテュスの和解を望んでいる……ってことで良いんだよね?」「あぁ……その通りだ」「は……?」 私は言葉にできない感情に襲われていた。もちろんイクテュスと人間が和解できたら、彼らの力を地震の復興に利用できたら人間にとって大幅にプラスになることは分かっている。「……けないでよ……!!」 それでも私は言わずにはいられなかった。親友を、大切な人を殺した奴が提案してきたことが私の逆
Last Updated: 2025-08-29
Chapter: 141話 もうアタシは必要ない「うっぷ……!!」 目の前で気を失った悲惨な姿の親友を見て吐き気が込み上げてくる。この身体で吐瀉物なんて出るはずがないというのに、それでも口を抑える。「この傷……あのスプレーで治せる……の?」 いつも使っているキュア星の技術を使った治療スプレー。軽く骨にヒビが入った程度なら即座に治せるらしいが、今の高嶺の怪我はそんな次元を超えている。「そうだあの子なら……!!」 アタシは先程高嶺のお義父さんの亡骸を元通りにした生人という子供のことを思い出し、すぐにテレパシーを飛ばす。[生人!!!][ごめん今片付いて向かってるとちゅ……][高嶺が……高嶺が大怪我を負ったの!! お願い……助けて……!!][……今学校に居るよね!? もうすぐ着くから見えやすいように立ってて!!] 向こうの声色も焦り出し、そう待たないうちに体育館の上から生人が飛び降りてくる。「酷い怪我……」「治せる……?」「治す際に痛むかもしれないけど、幸い気は失ってるし特に問題ないと思う」 生人は高嶺の身体に触れて治療を始める。少しずつ彼女の膝が治っていくが、生人はかなり集中しているようで瞬きすらしない。その間数回衝撃が校舎側で発生するがすぐに収まる。(あの王とかいうのは……どこかに行った……?) 状況から考えて奴がやったと思うが、こっちに追撃しに来ることもそれ以上破壊活動を行う様子もない。(あの発言や振る舞い……今回は恐怖心を煽ることだけが目的だった……? 完全に舐められてた……そんな状態なのにアタシ達は……負けた……)「治りそう……?」「なんとか……でもかなり負担がかかったし目を覚ますのは夜頃になると思う。ごめん……ボクが居ながらこんな怪我をさせてしまって……」「そ、そんな君が謝ることは……」 かける言葉がこれ以上見つからない。本来アタシとこの子の間にはそれ相応の仲間としての絆があったはずだ。だが酷いことにアタシは彼のことを忘れている。それを彼が良く思うはずがない。(高嶺も……アタシが焦って戦わせなければこんなことには……) 意識を失い見るのも辛い大怪我。もしアタシがあそこで戦闘ではなく交渉を提案して上手く時間稼ぎができていればこんなことにはならなかったかもしれない。(アタシは……高嶺を……大好きな人を守りたかっただけなのに……) アタシが死んでもこの姿で高嶺の側
Last Updated: 2025-08-28
Chapter: 140話 完全敗北 私達の手から巨大な氷柱が放たれる。奴はそれを容易に躱すものの氷柱は地面に突き刺さり辺りを凍てつかせ、窓や出入り口を完全に閉ざしこの広い密閉空間を私達と奴だけのものにする。「どうした? 逃げる気はないぞ?」「勝手にご想像してな……よ!!」 氷の弾に混ぜて氷柱を蹴って奴の胴体目指して飛ばす。しかし奴は咄嗟に触手を四本展開し氷柱を受け止める。「ほう……直撃したら擦り傷程度にはなりそ……」「今!!」 私はなんとか隙を作ることができ波風ちゃんに合図を飛ばす。リボンが素早く伸び奴の触手や胴体を縛り上げる。「凍れ!!」 リボンは凍てつきそれに触れている奴の身体も一部凍りつく。(これならあの重力攻撃も大丈夫……私達の氷の力の方が強い!!) 実際そのことは奴も理解しているようで、凍てついたリボンに対して重力の力を使ってこない。「ここで……決める!!」 お互い地面に着地し、同時に地面を這っていた氷が奴の足を捉え、氷の牢が奴の下半身に作り上げられる。「ブリザード……」 クラウチングスタートを切るように屈み全身に力を込める。奴へ引導を渡す氷の道が出来上がり、リボンが限界まで伸びミシミシと悲鳴を上げ纏っていた氷が崩れ始める。「クラッシュ!!!」 そして一気に全ての力が爆発し、氷の道を破壊しながら奴の胴体に向かって足を伸ばす。「ふんっ!!」 しかし奴と激突する直前、奴は全身を纏っていた氷を全て砕き牢から脱出する。(なっ……あれを全部……!? でもこのまま突っ込むしかない!!) この威力の蹴りを相殺できるはずがない。私はそう踏んでいた。しかし奴は即座に灰を手から溢しそれを巨大な杖に変形させる。先は巨大な水晶のような物が付いており、硬く重たそうだ。(まずっ……!!) 引き返そうにももう止まれず、私達の必殺技と奴の杖の振り下ろしが激突する。「ぐっ……!!」 辺りに衝撃波が及び出入り口の氷が砕けていく。そしてやがて私達の蹴りの勢いは殺されていき、奴の杖に弾き飛ばされ壇上の壁にめり込み更にそこを突き破って地面を激しく転がる。「うっ……!!」「高嶺……足……が……!!」 変身はさっきの衝撃で解除されてしまっており、同時に下半身の感覚が少しおかしい。そして波風ちゃんに言われその違和感に気づく。「何これ……私の……足……?」 両足の膝が反対方向に曲
Last Updated: 2025-08-27
Chapter: 139話 押さえつける力 辺りに氷の礫が舞い、私達は一つとなり法衣を身に纏いキュアヒーローへと変身する。[いくよ……波風ちゃん][こっちも全力でサポートする。無駄なこと考えてそこ突かれたら許さないからね!!][分かってる……!!] 今の波風ちゃんがどのような感覚で、何を考えているのかは分からない。だが少なくとも私の方は何も問題なく、いや寧ろ以前よりも身体が動かしやすく感じる。「氷の使い手……だったか? 我のこの姿にどれだけ傷をつけれるか試してみるか?」「挑発には乗らないよ……」 キュアリンから受け取った武器を取り出し銃に変形させる。銃口の先を奴に真っ直ぐ向け、引き金に手をかける。(みんな逃げ始めて衝撃が及ぶ範囲に人は居ない……でも奴が動いたら……ならここで機動力を断つ……!!) 銃を向けられても奴の表情に変化はなく不気味に、不敵に笑みを貼り付けている。(撃てる……今ここで……殺せる!!) 奴は隙だらけで確実に仕留めらると思った。素早く引き金を引くが、次の瞬間発射された氷の弾は地面に突き刺さっていた。[触手で……いやその前に弾が落ちた……!?] 明らかにおかしな挙動をした弾。その不気味さに鳥肌が立つのも束の間。もう既に奴が眼前に迫っていた。背中に生やした触手を叩きつけ、その反動で推進力を生み急接近してくる。(ここは一旦引かないと……!!) 一旦距離を取って立て直そうと後ろへ跳び迫りくる触手を躱そうとするが上手くいかない。かなり勢いをつけたはずなのに全く後ろへ下がれない。「身体が……重いっ……!?」 まるで鉛をコーティングされたかのように全身がズシりと重くなっており思うように動かせない。そのことに驚愕していると横に振られた触手が脇腹を捉えてしまう。「ごふっ……!!」 血を吐きながら吹き飛ばされるが、壁にめり込むことなく私は空中で数回回った後着地する。[ごめん防ぎきれなかった!!][大丈夫……なんとか致命傷は避けられた……みたい] 脇腹にはリボンが何重にもなって巻き付いて肌を守ってくれていた。あのハンマーの奴でも簡単に引き千切れないこれがあってもこのダメージ。全身に鋭い電流が走り危険信号を発する。「ほう……中々面白い力だ。どれ、他には何ができる? 我自身この力にはまだ知見が浅くてな……」 こっちが体勢を立て直そうとしているのに奴は遠慮なくグイ
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 138話 後悔を振り切り「やめろっ!!」 波風ちゃんの身体を使っていることもあり抵抗があったが、それでも目の前の友人を助けるべく親友の皮を被ったナニカに飛び蹴りをくらわす。「硬いっ……!?」 人間ならかなり痛い一撃になるはずなのに、ダメージを受けたのは攻撃した私の方だ。奴は岩のように硬く人間の地力でダメージを与えられるイメージが全く湧かない。「誰だお前……いや、後ろの半透明の……報告にあったな。キュアヒーローとやらか?」(波風ちゃんが見えてる!? ってことはこいつも……!?) 背中に冷たいものが走る。人間態でこの硬さ。それにイクテュス態以上の強さを持つ法衣の姿にもなれるということだ。「まぁお前は離してやろう……もう必要ない」 朋花ちゃんは乱暴に投げ捨てられ、体育館内に貼ってあったテントに激突し頭から血を流す。「朋花ちゃん!!」 助けに行こうとするが、この姿で奴の隣を駆け抜けることなどできない。幸い周りが恐れながらも彼女を手当てしに行ってくれている。遠目で見た感じ致命傷にはなっていないし、死ぬことはないだろう。「この姿は非効率だな……戻るか」 奴は首に注射器を刺し、身体をメキメキと変貌させタコのイクテュスへとなる。「人間ども!! 我はイクテュスの王である!!」 奴はこの場に居る全員に聞かせるように大きく、高らかに名乗りを上げる。「なんだあの化け物……うわぁぁぁ!!」 奴がイクテュス態になったことで辺り一面が混乱に包まれる。慌てふためく者、悲鳴を上げて逃げる者。腰を抜かして逃げられない者。全員が恐怖を心に植え付けられる。「このように我らは人間とイクテュスの姿を自由に入れ替えることができる!! 今怯えている貴様らの中にも同胞が居るかもしれないな……」 また辺りの空気が一変する。隣の誰かが化け物かもしれない。そんな不安が過ぎり疑心暗鬼の色も空気に加わる。「そしてそこに居る女はキュアヒーローだ。貴様らの希望のな。そしてその希望を今ここで打ち砕く」 奴は触手でブローチを持ち皮膚に貼り付ける。すると人間の姿に戻っていき出現したステッキを手に取る。「キュアチェンジ」 ステッキが黒色の禍々しい宝石に変わり奴の胸に張り付く。そこから触手が伸びるように法衣が全身にできていき、奴は深い黒に近い青色の、深海のイメージを浮かべさせる法衣を纏うのだった。「高嶺……変身する
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: 137話 親友の皮を被った悪魔[じゃあ健橋先輩と橙子さんは無事なんだね!?][うん……なんとか間に合ったよ] 生人君が飛び出していってから数十分後。私達は生人君とテレパシーで連絡を取り合っていた。[こっちは救助活動を続けるから、そっちも出来る範囲……いや、休んでてもいいからね][待ってください……アタシはまだ……!!][君は……もう時間がない。ならせめて、その少ない時間でも、高嶺と一緒に居てあげて] 生人君はこちらを、波風ちゃんを気遣うような口振りだが、肝心な彼自身もどこか落ち込んでいる声色だった。[生人君……? 何かあったの……?][えっ? いや何でもないよ。それより二人はこっちのことを気にせず休んでて。じゃあ][えっ、ちょっと待っ……] こちらの言葉など聞かず、彼は一方的にテレパシーを切る。「とりあえず二人は本当に緊急の時以外は動くな……生人の言った通り……せめて今だけでも一緒に居てくれ。すまない……」 キュアリンは大変申し訳なさそうに頭を下げ、肩を落としながらどこかへ去って行く。きっと地震の対応やイクテュスへの対処があるのだろう。「波風ちゃん……」 なんと言葉をかけていいのか分からなかった。そもそも今の波風ちゃんはどこまで覚えており、何を、誰を忘れているのか分からない。私のこともどこまで覚えているのか……「アタシは……大丈夫……!! だからこの街を……高嶺が居るここを守らないと……!!」「何で……どうして波風ちゃんは自分が消えそうなのにそこまでするの!?」 腹を貫かれて死に、幽霊として蘇ってもキュアヒーロー以外からは認識されない。そして変身するたびに記憶と存在を摩耗し寿命がすぐそこまで迫ってきている。 怖くないはずがない。幽霊になるだけでも恐ろしく寂しいのに、更に消滅までしようとしている。なのに彼女はそれでも戦うと、立ち向かうと言う。「そりゃアンタが……っ!!」「えっ? 私……? 私がどうかしたの?」「高嶺の馬鹿!!」 波風ちゃんが涙目になりながらもこちらを睨みつける。だがそれには喧嘩した時のような敵意はなく、それでも怒りが確かに込められている。「ば、馬鹿って……!!」 正面向かって罵倒されつい私も言い返しそうになるが、彼女の悲しそうな顔を見て踏み留まる。(そうだ……波風ちゃんだって辛いんだ……!!) その後波風ちゃんが何度かキュアリン
Last Updated: 2025-08-24