Chapter: 159話 侮辱 「とりあえず治療は……終わったのだ」 乗っ取られた翠にやられてから十分後。すぐに駆けつけてくれたリンカルにより砕かれた骨はくっつき多少無茶をすれば戦闘できるまで回復する。 「なぁリンカル一つ聞いておきたいことがあんだけどよ……」 神奈子が重々しい口調で詰め寄るように問い始める。 「半年前のあの時、翠の死体って……どうなった?」 「それは……政府の判断で一時冷凍保存することになったのだ」 「つまり……親に死んだことも伝えず行方不明のまま、今後何かに使えるかもって私利私欲で冷凍してたってことか……?」 ポタポタと神奈子の握り締められた手から血の雫が垂れる。彼女の怒りの矛先はリンカルに向けられており、今にも殴りかかりそうだ。 「落ち着くんだ神奈子。政府の判断とリンカルは言った。リンカルにとやかく言えたり指示できる力はないんだ……」 「じゃあ橙子は許せるのかよ……!! こいつがずっとアタイ達にそのこと黙って隠してたことが!!」 「それは……」 翠の冷凍保存の件を一体何人が知ってたのだろうか? キュアリンや鷹野さんや生人さんでさえ知っていたかもしれない。 それなのに彼らが一言でもその件に触れたことも、触れようとする素振りすらなかった。 「そのせいで……こいつらが損得で翠を隠したせいで今もあいつは身体を操られてるんだぞ!?」 「ごめんなさい……なのだ」 リンカルは蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、小さく謝罪の意を述べる。 「それで、翠は今どこに?」 「橋が崩れてから海岸の方に向かったけどそれっきり……どこかに消えているのだ」 人気の多い所に行かなかったのは不幸中の幸いか、それとも二度と見つからない可能性を考え最悪の事態と言うべきなのか。 「こんな状況で我儘言って申し訳ないが、もし次翠が現れたら……その時はわたしと神奈子に任せてくれないか?」 「他のみんなにも伝えておくのだ……」 先程は動揺し本領の半分程度しか出せなかったが、覚悟し二人で挑めば勝てない敵ではないだろう。それにこのケジメは他の人には譲れない。 「それと他の場所の状況は? こっちはとりあえず最初居たのは倒せたけど……」 「それならゼリル達は無事で、高嶺達の方は王に襲われたけど生人が間に入ってなんとか退けたらしいのだ」 「生人が……? やっぱ生きてたのか
Last Updated: 2025-10-18
Chapter: 158話 猶予はあと一日 「しぶといな……あれだけ挽肉にしてやってもまだ立ち上がるとは」 「生憎あの程度じゃ死ねなかったみたい。ボクを完全に殺したいならこの星ごと爆破でもするんだね」 互いに一定の距離を保ち牽制し合う。生人君はすぐに躱せるように、そして王は先程の言葉が気掛かりなのだろう。 「同胞がどうこうほざいていたが……何のことだ?」 「君のことは良く見てたし、理解してるよ。ボクの攻撃じゃ殺せないことも、そして仲間を大事に想ってることもね」 「何が言いたい?」 「君がここに来るまでのルートも最初から見ていた。お仲間のところから律儀に歩いてくるところをね。ところでボクのこの触手中々に便利でね。離れた箇所にトラップのようなものも作れるんだ。例えば一定の場所に留まってる者に刃物を飛ばしたり……」 「貴様……!!」 生人君が見たこともない悪辣な顔をする。実演するかのように生やす触手も気味悪くうねり嫌悪感が背中を伝う。 「今もし何かしらの通信手段を取ろうとすればトラップを作動させる。集合場所には蟻すら殺せない代わりに不可視の分体を置いてあるから、すぐに分かるからね」 生人君の背中から生えた触手が千切れ落ち、ウネウネと動き捻って消えていく。 「もしここを立ち去って戻るなら、トラップは解除する」 「信じられないな。貴様を今ここで殺した方が……」 「君が急いで戻ればそのトラップの攻撃くらい弾き落とせると思うけど?」 「……命拾いしたな」 奴は怒りをぶつけるように触手で地面を殴り、砂埃を上げながら後ろに飛んでいく。数秒で物理的に見えなくなり、同時に私の体調的にも視界が消えそうで変身も解除される。 「波風……君肉体が……」 「アタシのことはいいから今は高嶺を!!」 「うん……!!」 奴が見えなくなると生人君はすぐにいつもの優しい表情に戻り、両手を触手に変えて治療を始めるのだった。 ☆ 「どう? 動かせる?」 「とりあえず……死ぬことはないと思う」 痛みこそ残っているが、傷は問題なく塞がり内蔵器官なども徐々に修復されていく。多少貧血状態が残り眩暈に襲われるが、走れなくても歩ける程には回復する。 「とりあえず校舎の中に身を隠そう。いつあいつが憤慨して戻ってくるか分からない」 「え? どういうこと?」 「さっきの演技と嘘がバレるのも時間の問題だ
Last Updated: 2025-10-17
Chapter: 157話 光すら飲み込んで 「ぐ……動……ける……!!」 前と同等の負荷をかけられるがそれでも手足はなんとか動かせ、力に逆らって前へ前へと重たい身体を進める。 「ほう、成長……にしては急だな。何か作用が働いた……? まぁどのみち結果は変わらん」 加重空間から抜け出し浮遊感が襲う一瞬。それを狙い奴は杖をフルスイングする。なんとか左腕で頭への直撃は防げたものの、私の膝を逆向きに折り曲げたあの一撃をもらってしまう。 「ぐっ……!!」 (痛いけど……折れてない!!) 痺れはするものの前のように目も当てられない形になることはなく、恐らく骨にヒビすら入っていない。 [今なら倒せるかも……終わらせよう、もう……!!] [そうだね……!!] 槍を握りしめ、もう痛みが引いた手に力を込める。 互いに睨み合い数秒の後、奴がこちらに手を翳そうとする。それを見切り横に躱してから突進し、ガラ空きになった奴の腹に槍を突き立てる。 「我の触手に傷をつけるとは……」 攻撃は触手にガードこそされたものの今までと違いその外皮を引き裂き、多少とはいえ傷をつけ赤い血を垂らさせる。 「だが……!!」 奴が防御に用いていない他の触手を神速の如く地面に叩きつけ衝撃波を発生させる。ふわりと浮遊感に包まれ、無抵抗になったところを杖の先が腹に激突する。 「ごはっ……!!」 研ぎ澄まされ磨きのかかった今の私達でも躱わせず、内臓に強い衝撃が走り血の塊がボタボタと口から吐き出される。 「この成長、君を野放しにしていたら五十そこらの部下達でも抑えられなくなるだろう。ここで確実に命を奪わせてもらうおうか」 奴の手が私達とは少し外れた方向に向く。百メートル程離れた場所に武装した人が待機しており、彼が見えない力に引っ張られるようにこちらに飛んでくる。 「予想通り。雑兵ならこの距離でも十分だ」 そして彼を受け止めそのまま校舎の壁に投げつけ、加重空間で押さえつけ捕縛する。 「なっ……!? その人を離せっ!!」 「ならば我を殺せばいい。逃げずに立ち向かえばな。殺すほど力は強くしていないし、万が一力が解けても死なない高さに磔にしておいた」 「くっ……!!」 「貴様はキュアヒーローなのだろう? ヒーローと語るからには同胞を見捨てはしないのだろう?」 今壁に磔にされている彼にもきっと私にとっての波
Last Updated: 2025-10-16
Chapter: 156話 侵食 「な、何を言ってるの波風? お母さんだよ!?」 死別したと思っていた娘に会えたのに忘れられ拒絶され、それでも必死に彼女の心に訴えかける。 「おかあ……さん……?」 実の母親が必死に訴えかけても彼女の記憶が蘇ることはなく、代わりに私の頭が痛む。 家族と一緒に誕生日を祝う姿や、私と会う前の幼い日に一緒に動物園に連れてってもらった光景が脳裏にフラッシュバックする。その他数多の記憶が一気に流れ込んできて酔いが全身に回る。 「お願い思い出して……あなたは……!!」 やっと頭が落ち着き周りを見えるようになった時には彼女が波風ちゃんに抱きついていた。 波風ちゃんも記憶自体はないものの、自分の母親に関しての記憶が抜け落ちていることは気づいており、目に見えて狼狽え現実を拒絶し目を背けようとしている。 「おやおや、もう我が同胞の亡骸を始末したのか。相変わらず対応が速い」 横で聞いていた声と同じものが上空からする。見上げると体育館の屋根に王が腰掛けており、こちらが認識すると躊躇いなく飛び降りてくる。 「お母さん危ないっ!!」 私達は即座に後ろに引き、波風ちゃんは母親を引っ張り衝撃から守る。奴が地面に着地すると大きな土埃が舞い、小石や枝が足や腕にぶつかる。 「お母さん逃げて……!!」 「えっ!? 私のこと思い出し……」 「いいから逃げて!! 高嶺いくよ!!」 一切の躊躇を見せず波風ちゃんは変身しようとする。前から強くなっていく感覚。もしかしたら今ならこいつを倒せるかもしれない。だがそれは同時に波風ちゃんの消滅を意味するかもしれない。 「高嶺早く!!」 「っ……!! キュアチェンジ!!」 すぐそこまで迫る不安の壁。それから逃げる手段はなく、立ち向かって壊すしか選択肢はない。 「二人ともその姿は……? それより波風が二人……?」 「早く逃げて!! 近くに武装した人が居るはずだから早くそこまで!!」 鬼気迫る勢いで捲し立て避難を促す。理解は追いつかないだろうが、本能で危機を感じ取り速やかに退散してくれる。その間王は一切動かず退屈そうに欠伸をかく。 「見逃してくれたの?」 「恐怖を伝播させるにはこれ以上の殺しはあまり意味がない。寧ろ生かして外に逃げさせ語らせた方が良い。特に電波系統が麻痺しているこの状況では。問題は中々外へ逃げ出
Last Updated: 2025-10-15
Chapter: 155話 家族 「キュアチェンジ!!」 走ること数分。良い感じの高台を見つけそこから目的地を見下ろす。ヘドロかはたまたイクテュスなのか、何かが暴れている気配があるので私達は変身して氷の足場を作り、一気に滑り降りてそこまで向かう。 隣町の小学校の中庭。暴れているのはイクテュス三匹。だが目を凝らしてみるとどいつも傷口や目から黒いヘドロを垂らしている。 (あれが乗っ取られた……) 敵だったとはいえ、私達と同じように考え生きていた存在が乗っ取られ弄ばれているという状況に胸に刺さるものがある。 とはいえ今は一刻を争う状況。余計な考えは履き捨て滑る足場の角度を微調整し最速で中庭に飛び込む。 「ふっー……今っ!!」 完璧なタイミングで足場を砕きつつ前にかっ飛び、ついでにそのまま一体の胴体を槍で真っ二つにし葬り去る。 (あと二体……近くに逃げ遅れた人も居ないし、良い感じに避難させてくれたみたい) 「すみませんあとは頼みました!」 「はい! こっちは大丈夫なので下がっててください!!」 傷口を押さえた武装した人達を退かせ、残りの二体の注目をこちらに集める。 「ごぽっ……ぶしゅぅぅぅ……」 残された取り憑かれた二体は仲間が倒されたというのに一切の反応がなく、そこに知性や感情が感じられない。 (怖い……!!) 今まで戦ってきたイクテュスは、知性がないものでも生物としての習慣や意志を感じられたし、ゼリルや王のような個体は明確な知能と目的を持っていた。 だがこいつらは違う。既存の生物の枠組みから、もちろんイクテュスからもかけ離れており生物としての意志を感じない。命に対する感情がなく、行動原理や方向性が読めない。未知からくる恐怖が胸を覆い尽くす。 [高嶺大丈夫……?] [あっ、うん大丈夫だよ。それより次奴らが動いたら一気に決めよう。これ以上見たくない……] 奴らは関節や首の謎の隙間から黒い液体を垂らし、その片方だけが思いついたように、転ぶように駆け出す。 (二体の距離が離れた……今だっ!!) 近づいてきた方の背後を地面から生やした氷柱で覆い、二体を分断しながら確実に仕留めていく。踏み込んで槍を突き出し外皮を貫通させ、傷口を凍てつかせ破裂させる。 そのまま下がってもう一体も迎え討とうとするが、氷の壁が易々と壊され巨大な拳が目の前に飛び出し
Last Updated: 2025-10-13
Chapter: 154話 疑問符 翠がゆっくりと右手を上げる。 じゅくじゅくと膿が腕を這い回りそこからヘドロが溢れ肥大化し固まっていく。それは鉄槌のような形を為し容赦なくわたしへと振り下ろされる。 「っ……!!」 動揺していたためか反応が遅れてしまう。左足の先がハンマーに押し潰され、足首から下が潰れ骨が砕ける。 「ノーブル!!」 追撃が来ようとしていたがわたしの身体は宙を浮かびアナテマの方へ引っ張られる。 「すまない油断した。片足を持ってかれた……!!」 左の足首から下の感覚がなく、一ミリも動かせない。こんな状態では戦えるはずもなく、辛うじてあと一発攻撃を躱すのが限界だろう。 「何で翠が……だってあいつが死んだのはもう半年以上……」 アナテマもわたし同様に目の前の現状を脳が受け付けず混乱してしまっている。だが敵はそんなことお構いなしに攻撃してくる。 「あ……あ……」 アナテマがわたしを抱え振り下ろされる鉄槌を躱し、次に備えるが奴はこちらの胸に、いや正確には胸についているブローチを見て硬直する。 「おいおいマジかよ……!!」 アナテマが悲鳴めいた声を捻り出す。 奴が体内からブローチを取り出した。それを胸につけ、出現した杖を握る。 「き"ゅゅあ"ぢぇんじ」 ゴポゴポと口から泡を立てながらも奴は魔法の言葉を唱える。黄緑色の法衣が奴を包み、生前と、かつての仲間と全く同じ姿になる。 一歩、また一歩とこちらににじり寄ってくる。歩いた箇所にはアスファルトの上だというのに草花が生い茂り、地面から生えてきた蔓がこちらに迫ってくる。 「ちっ……ここは一旦引くぞ!!」 怪我をしたわたしを庇ったまま戦うのは不利だと思ったのか、かつての親友に斧を向けることが耐えれなかったのか。アナテマは前に出る選択肢を取らず敵に背中を見せる。 しかし背後には既に植物が先回りしており、蔓や木々が複雑に絡み合い壁を成している。 「どけっ!!」 わたしを抱えそのまま空いた右手で斧を振り下ろす。闇を纏わせたそれは植物達を一刀両断するが、壁は厚く再生力も高く破壊が追いつかない。 「アナテマ!! すぐ後ろまで来てる!!」 アナテマが斧を振り下ろした瞬間もう距離は半分以上縮められており、先程よりも更に巨大化した鉄槌が命をすり潰そうとしてくる。 「引っ張れ!!」 引力の
Last Updated: 2025-10-12
Chapter: 36話 六年前「よし……準備オッケー!!」 鏡の前で髪を整え、今日も一日頑張るべくほっぺを叩き気合いを入れる。それからロンドさんと共に朝食をとり、それから例のイメン家について調べに行く。「そういえばこの家にイメン家の場所について何か分かる資料があるんですか?」「過去に少し交流がありましてね。探せばあると思いますし、街で聞いたり他の方法で調べるよりかは早いと思いますよ」 屋敷の資料などが多く仕舞われている部屋でわたし達はせっせと手を動かす。「おや、こんなところに居ましたか」「リ、リントさん……ど、どうしたんですか?」 作業を始めてから三十分程経過したところでリントさんが顔を出してくる。わたしはちょっと顔が引き攣りそうになるが、我慢して笑顔を作る。「そう怖がらなくても良いじゃないですか。それより二人ともイメン家について調べてるんですよね?」「兄さん何か知ってるんですか?」「いえいえ……丁度用事の一環で調べる機会がありましてね。家の位置や他の情報などは頭に入っているんですよ」「ほ、本当ですか!?」 わたしは餌を目の前にぶら下げられた犬のように前のめりになり話に食いつく。「えぇほんと……」「それはどこですか!? 他の情報も含めて教えてください!!」「す、少し待ってくださいまだ話は終わっていませんよ……」 リントさんはわたしから一歩距離を取り、一回咳き込んでから話を仕切り直す。「とはいえ無条件に話すつもりはありません。良い機会ですし、貴方達探偵に依頼をしようと思いまして」「い、依頼って……?」 この人の性格からなんとなくタダで教えてもらえないような気はしていたが、とりあえず話だけは聞いてみることにする。「六年前にこの屋敷で起こった事件の調査……とはいったものの資料や情報を後で渡すのでそれを元に探偵さんの推理を聞きたいというだけですがね」「推理を聞きたい……?」「弟が気に入るくらいですし、何か私が思いつかないような考えを言ってくれるかと期待も含めて。まぁ一日もかからず終わると思いますし、場所を街に聞きに行ったりここで調べたりするよりは早いし疲れないと思いますが? どうします?」 明確に利点を述べ自分の願いを聞き入れてもらおうとする。少し言い方がムカつくがこちらに損はないし条件の提示も理に適っている。「待ってください兄さん。六年前の事件ってまさ
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: 35話 次の目的地 "お前はこの家の一人息子なんだ""お前がこの家を引っ張っていくんだ。もっとしっかりしろ" この言葉を言われたのは一体何度あるのだろうか? 脳内で再生が余裕なくらいには少なくとも聞いたはずだ。「しんど……明日また抜け出そうかな」 母親が居なくなり、現実逃避に走り女装して街に出る。最近はストレスかその回数も増えてきた。最初は親父にも怒られたが回数を重ねる内に何も言わなくなってきた。(やっと見捨てられた……か。ふん、まぁ他の養子を探すなり好きにすりゃいいさ) オレは不貞腐れベッドに潜り込む。内心では親父が自分を大事に想ってくれていることは分かっているが、どこか反発してしまう。将来への不安や期待の重圧に耐えられなくなってしまう。「ミラモ様。紅茶をお持ちしました」 そういえばメイドのテルタに紅茶を頼んでいた。オレは過去の自分を脳内で軽く殴りながらもしんどい身体を動かして起こす。「気分が優れませんか?」 部屋に入り紅茶を渡してもらうが、隠そうとしたはずなのに彼女はオレの些細な表情の変化を察知する。ここに来てからもうすぐ二年くらいだが、オレのことをよく理解し親身に接してくれる。「悪くもなるさ……オレなんかに家の将来とか……二人目の妻とか養子とか他にも色々あるだろ……」「あの人は良くも悪くも一途ですからね」「はぁ……」「そうため息をつかなくても……ミラモ様は優秀ですし大丈夫だと思いますよ」「そうかい……」 面向かって言われると少し照れてしまいそっぽを向いてしまう。「ねぇテルタ……もうすぐ親父の結婚記念日なんだけどさ、何か親父が喜びそうなプレゼントとか思いつかない?」「そういえばもうすぐですね……」 仕事人間の父親が唯一絶対に予定を空ける日。この日だけはオレにもあれこれ言わず、従者も巻き込んで食事を楽しむ。「花とか……いや何か形が残る物がいいかな……?」「ふふっ……なら明日私と抜け出しますか?」「いいのか?」「えぇ。ミラモ様一人で行かせるよりは」「お前って結構言ってくるよな……ま、良いかもな、それ」 明日の予定が決まり、自然と気持ちが明るくなってくる。照れながらも軽く一言お礼を言いその日は寝ることにする。 そして結婚記念日の前日、親父は殺され翌日テルタも殺されるのだった。☆「ごめんなさい……」 自分の過去を吐露し、ミラモは私
Last Updated: 2025-08-24
Chapter: 34話 次の手がかりに向けて「はぁ……なんとかなった……」 あの話し合いの後、わたしは連行せずロンドさんの元辻斬り捜索に死力を尽くすことを条件に解放された。「とりあえずお水をどうぞ」「あ、ありがとうございます……」 わたしは緊張で、ロンドさんは捜査で心身共に疲弊しており、それを見たミラモが気を利かせてしばらく客室で休ませてくれることになった。「ごくごく……ぷはぁ」 しばらく振りの水はとても新鮮で、全身が透き通るような感覚だ。「そういえばあの話し合いの最中で意識失っちゃってたみたいなんですけど、どんなこと話してたんですか?」「えっ……!? そうなんですか!? どの辺から?」「えっと確か……ロンドさんが被害者がわたしの顔を正確に覚えているのか? って投げかけたあたりからです。ミラモに依頼をされるところでちょうど目が覚めて咄嗟に反応したんすけど……」 あの時また頭痛が酷くなり、視界が歪んで気づけば時間が進んでおり体調は良くなっていた。「じゃあ途中で呟いたのは何だったんだろう……? 無意識に出た言葉なのかな?」「え? わたし何て言ってたんですか?」「確か"姉"と一言だけ。それで僕が色々思い出せて話を繋げれたんですよ」「姉……?」 考え込み記憶を探ってみるが、やはりそのようなことを言った覚えはない。それからわたしが意識のなかった間どんな話をしたのか事細かに説明してもらう。「わたしがその……イメン家の生き残り……?」「まだ確定ではないですけど……その可能性が非常に高いです」「そんな……わたしが貴族だったなんて……」 驚きはあるが、どこか納得している自分も存在する。探偵をやっていく中で自分はこの見た目の娘にしてはやけに知識が豊富だとは自負していた。それも自分が元貴族であると仮定したらそれだけの教養があったことにも納得がいく。「じゃあわたしは……」 その情報を元に今一度記憶を探ってみる。記憶という水面に新情報という石を投げ込み、上手く波紋を発生させようとする。(雨の日……雷……光る何か……刃物?) その場に居るロンドさんのことなど忘れるかのように、必死に集中し全意識をそこに向ける。「来るな」「うぐっ……!!」 突如聞こえた誰かの声。それにより一瞬脳は刺激されるものの、すぐに痛覚に変換され集中するどころではなくなる。「シュリンさん!? 大丈夫ですか……?」
Last Updated: 2025-08-23
Chapter: 33話 依頼「……正確に話すと以下が被害者から聞いた話だ……もういいか?」 ミラモが更に詳しく被害者から聞いた話を述べる。昨夜から一睡もできていないと愚痴を挟み、何度か目元を押さえながら。「お疲れのところ申し訳ございません。話し合いはこちらでやりますので後は休んでてください」「お言葉に甘えさせてもらうよ」 ミラモはソファーに深々と座り目を閉じる。寝てる……ということはないだろうが、それでも身体を休め心身共に回復させる。「やはり敷地内に居たことは保留するにしても、その証言は決定的ではないのか? そのことにシュリン自身も気づいて口封じに来た……という可能性もあるだろうし」「いえ……もちろんあなたの言うことも可能性の一つとして考えられますが、そもそも被害者の証言には確定的でない、"欠陥"があります」「欠陥……? 特に矛盾等は見られなかったと思うが?」「いえ……被害者の発言を考えると、シュリンさんが辻斬りだと示すには根拠が薄い点があります」 最初ミラモから話を聞いた時は気づかなかったが、今一度細かく聞いたことである一つの違和感を見つける。もしかしたら何でもないと一蹴されるかも、聞き間違いだったと訂正されて終わるかもしれない。それでも尋ねる以外の選択肢はない。 「まずイメン家の当時の家主、つまり推定シュリンさんの父親に当たる人物が彼女のことを辻斬りだと言っていたと述べていましたが、正確には間違っています」「間違っている……?」 ミラモが薄らと目を開きしんどそうに意識を覚醒させる。「はい。被害者の証言によると正確には辻斬りと叱っていた相手はドア越しのため分かりません」 「……確かに」「ならば相手はシュリンさん以外の家の関係者かもしれませんし、こっそり家に招いた仕事やプライベートの知人かもしれません」「姉……?」 ぼつりとシュリンさんが呟く。それがボクの二年と少し前の記憶を呼び起こす。「そうだ……確かイメン家に居たのは歳の二つ離れた姉妹だったはずです。シュリンさんをどちらと思っているのかは分かりませんが、確定的な情報だとは言い難いです」「ロンドが調べればすぐ分かる嘘をつくとも思えないしな……ミラモさん。イメン家は二人娘だったと被害者は言っていましたか?」「いや……証言されたのはさっきので全部だ。家族構成までは知らないけど……貴族なんだし二人娘くらい
Last Updated: 2025-08-22
Chapter: 32話 彼女の記憶「じゃあロンドは犯人は、辻斬りはシュリンではないと言いたいんだな……?」 ミラモから話を聞いた一時間後。ついにシュリンさんを引き取り取り調べをするかどうかの話し合いが始まる。この場に居るのは僕にシュリンさんにミラモ。そして衛兵が数人。その中には例の僕の知り合いの彼も居る。「はい。確実に違うと思います。真犯人の捜査もしたいので、連れて行くのはやめてもらえると助かります」「とは言ったもののな……被害者の証言に深夜に敷地内に居た彼女……明らかに怪し過ぎるし取り調べをするには理由は十分だと思うが?」「いえ……辻斬りとシュリンさんは明確に別人です。それに辻斬りの特定には彼女は欠かせません。連れて行くことに僕は反対します」「ロンドさん……!!」 シュリンさんは疲れ切った顔をしていたが、僕の一言で多少はマシになる。「じゃあそれに足る根拠を出してもらおうか。無論こちらにも彼女を連行する理由はある。もう大体話したしそちらも知っていると思うが」「えぇ……こっちも反論させてもらいます」 互いに睨み合う……という程ではないが、互いに息を呑み話し合いを開始する。「まずこちらがシュリンを容疑者認定する理由は二つある。被害者の証言と彼女が深夜にこの屋敷の敷地内に居たということだ。これらを払拭しない限り疑いが晴れることはない」 早速突き崩さなければならない壁が出てきた。「まず敷地内に彼女が居たこと……それについて弁明させてもらいます」「ほう……どう考えても言い訳の余地はないと思うが?」 彼はこちらに敵意があるわけではない。当然のことを言っているだけだ。実際衛兵目線シュリンさんは怪しさ満点だ。「彼女は無意識に……眠ったまま敷地内に入ってしまったのです」「はぁ……あのな、庇いたい気持ちは分からんでもないが、流石にそれはなくないか?」「いえ、ちゃんと彼女が夢遊病であるという根拠があります。夢遊病は寝たまま身体を動かしてしまう一種の精神病で、起こる理由としては精神的負担によるものが要因の一つとして挙げられます。負担として考えられるのは、あなたもご存知の通り彼女の記憶喪失についてです」「う、うーむ……でも仮に夢遊病でもここまで来るか? ロンドの屋敷からここまでは中々遠いぞ?」「それは昨日の昼の動作を反響したのだと考えられます。実際夢遊病患者には昼の行動を再現しようとす
Last Updated: 2025-08-20
Chapter: 31話 婚約相手「やっぱり夢遊病の線が強い……か」 廊下でシュリンさんから聞いたことをメモ帳にまとめる。まだ無実を証明する証拠としては弱いが、それでも真っさらな状態からはかなりマシにはなった。(次はミラモから話を聞いてみるか……) 衛兵によればミラモは被害者からシュリンさんこそ辻斬りなのだという話をされたそうだ。そのことが妙に引っかかる。僕は従者に彼が居る部屋を問い、そこに向かう。「ロンドです」「入っていいぞ」「すみません少し聞きたいことがありまして……」「何でも答えるよ……結果は変わらないと思うけど」 ミラモは昨日とは違いどこか人を拒絶するような態度で揶揄うような素振りも見せない。心に余裕がなく、まるで前回のあのパン屋の旦那さんみたいだ。「じゃあまずは被害者の証言について……殺される直前に彼女はシュリンさんこそが辻斬りであると示したのですよね?」「そうだよ……」 ミラモは深く沈んだ声で返す。それだけシュリンさんのことを友人として気に入っており、裏切られたと思い反動で精神的にダメージを受けている。「被害者は何と言っていたのですか? できるだけ正確にお願いします」 どんな些細なことが証拠やそれを裏付けるものになるか分からない。可能な限り情報は欲しい。「えっと確か……アイツが言うには前に勤めていた家で惨殺事件が起きて、その犯人も辻斬りに違いないって話だった」「それがどうシュリンさんが辻斬りだという事実に繋がってくるのですか?」「その事件の直前にシュリンの父親が"お前が辻斬りだなんてなんてことしてくれたんだ!!"みたいな話をしていたって言ってた」「じゃあシュリンさんの顔を見て驚いていたのも……?」「多分そうだと思う。すごい動揺してて……置き手紙でも殺されるかもしれないからここを出て逃げるって……でも……」「逃げ出そうとしたタイミングで殺された……」 事件の輪郭が見えてきた。辻斬りは理由は不明だが、おおよそ逃げる姿を見られたから等の理由で被害者を襲ったのだろう。そして運悪くその際にシュリンさんとの一悶着があり、被害者自身も彼女こそが辻斬りだと勘違いしていた。 シュリンさんを辻斬りでないと仮定すると大体このような筋書きとなる。希望的な考えと一蹴されるかもしれないが不可能ではないし矛盾もない。その点に賭けるしかない。「あっ、そういえばシュリンさん
Last Updated: 2025-08-19