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Novels by ニゲル

高嶺に吹く波風

高嶺に吹く波風

2021年日本。異形の怪物イクテュスが現れ人々の生活が脅かされていた。しかしそんな怪物に立ち向かう勇敢な少女達が居た。 キュアヒーロー。唐突に現れ華麗にイクテュスを倒していく美麗なヒーロー。彼女達はスマホ等の電子機器にどうやってか配信動画を発生させて人々から希望と期待の眼差しを与えられていた。 日本のある街で中学校に通うどこにでもいる女の子である天空寺高嶺。彼女には一つ重大な秘密があった。それは彼女自身がキュアヒーローだということだ。 青髪の水を操るヒーロー、キュアウォーター。それが彼女の別の名前だ。 正義感が強い彼女は配信を通じて人々に希望を与えていき、先輩ヒーローや新たになった人達とも交友を深めて未来を築いていく。 人間とイクテュスと妖精の宇宙人。様々な思惑が交差しながらも高嶺は大好きな彼女と共に今を生きていく。 過去も未来もないこの今の世界を。 ギャグありシリアスあり百合要素ありのドタバタの魔法少女達の物語の開幕!!
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Chapter: 162話 旅路の果て
「行った……か」 ナイフを躱そうとするが、どれだけ技術を凝らそうが向こうの方が速く幾度も皮膚を切り裂かれる。それに合間に入れられるハンマーもかなり脅威で、ギリギリで躱せているものの風圧が凄まじく生前よりも鋭い攻撃だ。 「うっぐ……!!」 触手を駆使し二人を捌こうとするが、後ろから飛び掛かってきた蛇のイクテュスが首筋に噛み付く。頸動脈が傷つき多量の血が舞い背の高い木をてっぺんまで赤く染め上げる。 (前にノーブルが倒した個体か……!!) 噛みつかれたまま奴の鳩尾に後ろ蹴りでドツきよろめかせる。吹き飛ばす気だったが重たくそこまではいかない。 (やっぱりどいつも強くなってる……) 気づけば高嶺達がかつて倒したイクテュスに囲まれており、逃げ場も封じられている。触手に変身して飛ぼうにもその些細な隙も見逃してくれないだろう。 「ぎゃりゃぁぁぁ!!」 メサが渾身の力を込めナイフを投擲する。それが他の奴らの攻撃にも重なりボクは防御もできない。 「うっぐ……!?」 視界の右側が真っ赤に染まり直後暗転する。ナイフが深々と突き刺さり脳にまで達している。人間なら即死だっただろう。 (ボクが化け物だから……) 助けた女性に吐き捨てられた言葉やボクの胸を撃った特殊部隊の人達のことがフラッシュバックする。 どれだけ助けようとしても、ボクがヒーローであっても周りは理解を示さない。こうやって肉を削がれ身体を抉られても人々は再生する化け物と恐怖する。 それにこことキュア星のために戦い続けたとしても、ボクの未来は今まで通り迫害と追放、良くて監視という名の監禁だろう。高嶺達は違うかもしれないが、彼女達が寿命で死んだ未来、似たような結末にいつか辿り着く。 (そしてボクの寿命的に力を失って最後は……) きっとここで力尽きて死んでも、生き残ったとしても末路はさして変わらないだろう。常軌から逸脱した生物は、尋常な死に方はできない。 「うっぷ……!!」 ついきは避けきれずハンマーが胴体を捉え、ボクの身体は吹き飛ばされ木々を何本も薙ぎ倒し岩に激突する。 背骨が粉々に砕け、血管もほとんど切れて破裂している。血を絶え間なく作成しているせいでまるで幾千もの死体でもあるかのように血の池ができている。 そんなボロボロになっても、周りから蔑ろにされてでもボクは
Last Updated: 2025-11-12
Chapter: 161話 殿
「こちらドローン偵察。そちらから前方に五百メートル程進んだところにMが鎮座しています」 「了解」 生人さんがトランシーバーを耳に当て特殊部隊の人達と応対する。 「ここからは慎重に行こう。とりあえず倒すのは二人に、逃がさないためにボクは鳥とかも使って上手く包囲してみるよ」 先程木からもぎ取った木の実をチラつかせ、それを道中の鳥達に食べさせ命令し一定間隔で配置し飛ばす。 「こちらドローン偵察! 緊急事態! そちらから東に七百メートルの地点に動きあり! ヘド……」 「もしもし……? もしもし!!」 トランシーバーから怒号のように叫ぶ声が聞こえてくるが、電波が届かなくなったのかノイズが入りプツリと音声が途切れる。 「かなり良い物のはずなんだけどな……ちょっとテレパシーの方でキュアリン辺りに聞いてみ……」 風切り音が響く。一瞬遅れてわたしとアナテマが身構えるのと同時にゴトンと重たい物が落ちる。 「生人さん手が……!!」 彼のトランシーバーを持っていた右手が地面に転がる。一歩右の地面にはナイフが突き刺さっており、時間が経つにつれ崩れ灰となって消えていく。 「東に六百メートル……何か着地した。こっちに向かってくる……!!」 言葉も交わさずわたし達は太陽の方へ向き直り数歩下がって気配探り警戒する。 「翠じゃない……何か来る!!」 草むらを掻き分ける複数の足音。そのうちの一つが猛スピードでこちらに向かってくる。 「ご……ぽぽ……」 口からヘドロを垂らし奴が姿を現す。黒の法衣を纏い、両手には鋭利なナイフを握っている。 「メサ……!?」 かつて倒した、爆散したはずのサメのイクテュス。彼女が虚な瞳で、黒い涙を垂らしながらこちらを捉える。 瞬きの間の後わたしの目の前で火花が舞う。地面を強く蹴ったので反射的に剣を構えたが、運良くそこに奴の突進が命中した。それほどに奴は速く生前とは段違いだ。 「こいつらまで……!! 今助け……」 競り合っている中アナテマが後ろから斧を振りかぶりその首を落とさんとする。 「アナテマ危ないっ!!」 しかしメサが飛び出してきた方向からハンマーが猛スピードで向かってくる。生人さんがアナテマにタックルをかまし、本来彼女が受けるはずだったそれを肩代わりする。 ぐしゃり。彼の後ろ姿が揺れ、辺りに血
Last Updated: 2025-11-05
Chapter: 160話 捨て身と覚悟
「……偶然ですからね」 「分かってるよ流石に。で、全員で行くのか?」 「いえ……イクテュス、特に王がまた来るかもしれませんので最低限の戦力は、半分ほどは残しておかないともしもの場合壊滅的な被害が出てしまいます」 イクテュスだけでなく件のヘドロのせいで思うように戦力が割けない。分断はあまりしたくないが、しないという選択を取った場合のリスクがあまりにも大きすぎる。 「翠が居るなら、アタイと橙子は行かせてほしい。頼む」 「……分かりました。では念の為、不足の事態の場合を考え生人さんも同行してください」 「構わないけど、ここからその場所まで何分くらい?」 「最低限走れる車がありますのでそれを使って……十五分程。向こうの動向次第で変動すると思いますが……」 「それだけあれば大丈夫」 先程から生人君は長方形の機械をガチャガチャ弄っており、床には地球上のものとは微妙に違う工具が散らばっている。 「あ! それってこの前川で見せてくれた昔使ってた変身装置ってやつ!?」 「あーうん……そうだよ」 「あれ? でもそれって今の生人君の身体じゃ使えないんじゃ……?」 「い、いや改造して短時間だけど使えるようにしてて……後は車の中でパパッとやるよ。翠がいつ動くか分からないし、早く行こう!」 腕を触手に変えパパッと工具を拾い上げてまとめる。 「連絡してありますので三人は校門に着けさせておいた車までお願いします」 「じゃ、またな……みんな」 健橋先輩は部屋を出ていく前に、最後にみんなの顔を見回す。その先に波風ちゃんが映った瞬間目に見えて悲しそうな表情をする。 「ごめんなさい……アタシにはもう何も、思い出せない……でも、同じ志を持つ仲間として言わせてもらうわ。またね」 「わたし達も過去にケジメをつけてくる……二人も、悔いがないようにね」 二人はまだ何か言いたげだが、それを堪え部屋を出て校門へと向かっていく。 「ねぇゼリル……」 生人君もそれに続こうとするが、その前にゼリルの元に行く。 「後は……頼んだよ。周りを頼ることを忘れないでね」 「生人……?」 「じゃあね」 ゼリルがその一言に反応するよりも速く生人君は素早く駆け姿を消すのだった。 ☆ 「待たせてごめん!!」 わたし達が車のところまで到着するのとほぼ同時に生人君がす
Last Updated: 2025-10-30
Chapter: 159話 侮辱
「とりあえず治療は……終わったのだ」 乗っ取られた翠にやられてから十分後。すぐに駆けつけてくれたリンカルにより砕かれた骨はくっつき多少無茶をすれば戦闘できるまで回復する。 「なぁリンカル一つ聞いておきたいことがあんだけどよ……」 神奈子が重々しい口調で詰め寄るように問い始める。 「半年前のあの時、翠の死体って……どうなった?」 「それは……政府の判断で一時冷凍保存することになったのだ」 「つまり……親に死んだことも伝えず行方不明のまま、今後何かに使えるかもって私利私欲で冷凍してたってことか……?」 ポタポタと神奈子の握り締められた手から血の雫が垂れる。彼女の怒りの矛先はリンカルに向けられており、今にも殴りかかりそうだ。 「落ち着くんだ神奈子。政府の判断とリンカルは言った。リンカルにとやかく言えたり指示できる力はないんだ……」 「じゃあ橙子は許せるのかよ……!! こいつがずっとアタイ達にそのこと黙って隠してたことが!!」 「それは……」 翠の冷凍保存の件を一体何人が知ってたのだろうか? キュアリンや鷹野さんや生人さんでさえ知っていたかもしれない。 それなのに彼らが一言でもその件に触れたことも、触れようとする素振りすらなかった。 「そのせいで……こいつらが損得で翠を隠したせいで今もあいつは身体を操られてるんだぞ!?」 「ごめんなさい……なのだ」 リンカルは蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、小さく謝罪の意を述べる。 「それで、翠は今どこに?」 「橋が崩れてから海岸の方に向かったけどそれっきり……どこかに消えているのだ」 人気の多い所に行かなかったのは不幸中の幸いか、それとも二度と見つからない可能性を考え最悪の事態と言うべきなのか。 「こんな状況で我儘言って申し訳ないが、もし次翠が現れたら……その時はわたしと神奈子に任せてくれないか?」 「他のみんなにも伝えておくのだ……」 先程は動揺し本領の半分程度しか出せなかったが、覚悟し二人で挑めば勝てない敵ではないだろう。それにこのケジメは他の人には譲れない。 「それと他の場所の状況は? こっちはとりあえず最初居たのは倒せたけど……」 「それならゼリル達は無事で、高嶺達の方は王に襲われたけど生人が間に入ってなんとか退けたらしいのだ」 「生人が……? やっぱ生きてたのか
Last Updated: 2025-10-18
Chapter: 158話 猶予はあと一日
「しぶといな……あれだけ挽肉にしてやってもまだ立ち上がるとは」 「生憎あの程度じゃ死ねなかったみたい。ボクを完全に殺したいならこの星ごと爆破でもするんだね」 互いに一定の距離を保ち牽制し合う。生人君はすぐに躱せるように、そして王は先程の言葉が気掛かりなのだろう。 「同胞がどうこうほざいていたが……何のことだ?」 「君のことは良く見てたし、理解してるよ。ボクの攻撃じゃ殺せないことも、そして仲間を大事に想ってることもね」 「何が言いたい?」 「君がここに来るまでのルートも最初から見ていた。お仲間のところから律儀に歩いてくるところをね。ところでボクのこの触手中々に便利でね。離れた箇所にトラップのようなものも作れるんだ。例えば一定の場所に留まってる者に刃物を飛ばしたり……」 「貴様……!!」 生人君が見たこともない悪辣な顔をする。実演するかのように生やす触手も気味悪くうねり嫌悪感が背中を伝う。 「今もし何かしらの通信手段を取ろうとすればトラップを作動させる。集合場所には蟻すら殺せない代わりに不可視の分体を置いてあるから、すぐに分かるからね」 生人君の背中から生えた触手が千切れ落ち、ウネウネと動き捻って消えていく。 「もしここを立ち去って戻るなら、トラップは解除する」 「信じられないな。貴様を今ここで殺した方が……」 「君が急いで戻ればそのトラップの攻撃くらい弾き落とせると思うけど?」 「……命拾いしたな」 奴は怒りをぶつけるように触手で地面を殴り、砂埃を上げながら後ろに飛んでいく。数秒で物理的に見えなくなり、同時に私の体調的にも視界が消えそうで変身も解除される。 「波風……君肉体が……」 「アタシのことはいいから今は高嶺を!!」 「うん……!!」 奴が見えなくなると生人君はすぐにいつもの優しい表情に戻り、両手を触手に変えて治療を始めるのだった。 ☆ 「どう? 動かせる?」 「とりあえず……死ぬことはないと思う」 痛みこそ残っているが、傷は問題なく塞がり内蔵器官なども徐々に修復されていく。多少貧血状態が残り眩暈に襲われるが、走れなくても歩ける程には回復する。 「とりあえず校舎の中に身を隠そう。いつあいつが憤慨して戻ってくるか分からない」 「え? どういうこと?」 「さっきの演技と嘘がバレるのも時間の問題だ
Last Updated: 2025-10-17
Chapter: 157話 光すら飲み込んで
「ぐ……動……ける……!!」 前と同等の負荷をかけられるがそれでも手足はなんとか動かせ、力に逆らって前へ前へと重たい身体を進める。 「ほう、成長……にしては急だな。何か作用が働いた……? まぁどのみち結果は変わらん」 加重空間から抜け出し浮遊感が襲う一瞬。それを狙い奴は杖をフルスイングする。なんとか左腕で頭への直撃は防げたものの、私の膝を逆向きに折り曲げたあの一撃をもらってしまう。 「ぐっ……!!」 (痛いけど……折れてない!!) 痺れはするものの前のように目も当てられない形になることはなく、恐らく骨にヒビすら入っていない。 [今なら倒せるかも……終わらせよう、もう……!!] [そうだね……!!] 槍を握りしめ、もう痛みが引いた手に力を込める。 互いに睨み合い数秒の後、奴がこちらに手を翳そうとする。それを見切り横に躱してから突進し、ガラ空きになった奴の腹に槍を突き立てる。 「我の触手に傷をつけるとは……」 攻撃は触手にガードこそされたものの今までと違いその外皮を引き裂き、多少とはいえ傷をつけ赤い血を垂らさせる。 「だが……!!」 奴が防御に用いていない他の触手を神速の如く地面に叩きつけ衝撃波を発生させる。ふわりと浮遊感に包まれ、無抵抗になったところを杖の先が腹に激突する。 「ごはっ……!!」 研ぎ澄まされ磨きのかかった今の私達でも躱わせず、内臓に強い衝撃が走り血の塊がボタボタと口から吐き出される。 「この成長、君を野放しにしていたら五十そこらの部下達でも抑えられなくなるだろう。ここで確実に命を奪わせてもらうおうか」 奴の手が私達とは少し外れた方向に向く。百メートル程離れた場所に武装した人が待機しており、彼が見えない力に引っ張られるようにこちらに飛んでくる。 「予想通り。雑兵ならこの距離でも十分だ」 そして彼を受け止めそのまま校舎の壁に投げつけ、加重空間で押さえつけ捕縛する。 「なっ……!? その人を離せっ!!」 「ならば我を殺せばいい。逃げずに立ち向かえばな。殺すほど力は強くしていないし、万が一力が解けても死なない高さに磔にしておいた」 「くっ……!!」 「貴様はキュアヒーローなのだろう? ヒーローと語るからには同胞を見捨てはしないのだろう?」 今壁に磔にされている彼にもきっと私にとっての波
Last Updated: 2025-10-16
記憶喪失の私が貴族の彼と付き合えた訳

記憶喪失の私が貴族の彼と付き合えた訳

地球とはまた違う遠い星、そこのある街では記憶喪失の少女が拾ってくれた師匠への恩返しとして探偵助手をやっていた。そんな日々の中ひょんなことからお忍びで街に来ていた貴族の彼に助けられてしまう。そしてイケメンで、心までも美しく格好良い彼に一目惚れしてしまうのだった。
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Chapter: 36話 六年前
「よし……準備オッケー!!」 鏡の前で髪を整え、今日も一日頑張るべくほっぺを叩き気合いを入れる。それからロンドさんと共に朝食をとり、それから例のイメン家について調べに行く。「そういえばこの家にイメン家の場所について何か分かる資料があるんですか?」「過去に少し交流がありましてね。探せばあると思いますし、街で聞いたり他の方法で調べるよりかは早いと思いますよ」 屋敷の資料などが多く仕舞われている部屋でわたし達はせっせと手を動かす。「おや、こんなところに居ましたか」「リ、リントさん……ど、どうしたんですか?」 作業を始めてから三十分程経過したところでリントさんが顔を出してくる。わたしはちょっと顔が引き攣りそうになるが、我慢して笑顔を作る。「そう怖がらなくても良いじゃないですか。それより二人ともイメン家について調べてるんですよね?」「兄さん何か知ってるんですか?」「いえいえ……丁度用事の一環で調べる機会がありましてね。家の位置や他の情報などは頭に入っているんですよ」「ほ、本当ですか!?」 わたしは餌を目の前にぶら下げられた犬のように前のめりになり話に食いつく。「えぇほんと……」「それはどこですか!? 他の情報も含めて教えてください!!」「す、少し待ってくださいまだ話は終わっていませんよ……」 リントさんはわたしから一歩距離を取り、一回咳き込んでから話を仕切り直す。「とはいえ無条件に話すつもりはありません。良い機会ですし、貴方達探偵に依頼をしようと思いまして」「い、依頼って……?」 この人の性格からなんとなくタダで教えてもらえないような気はしていたが、とりあえず話だけは聞いてみることにする。「六年前にこの屋敷で起こった事件の調査……とはいったものの資料や情報を後で渡すのでそれを元に探偵さんの推理を聞きたいというだけですがね」「推理を聞きたい……?」「弟が気に入るくらいですし、何か私が思いつかないような考えを言ってくれるかと期待も含めて。まぁ一日もかからず終わると思いますし、場所を街に聞きに行ったりここで調べたりするよりは早いし疲れないと思いますが? どうします?」 明確に利点を述べ自分の願いを聞き入れてもらおうとする。少し言い方がムカつくがこちらに損はないし条件の提示も理に適っている。「待ってください兄さん。六年前の事件ってまさ
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: 35話 次の目的地
 "お前はこの家の一人息子なんだ""お前がこの家を引っ張っていくんだ。もっとしっかりしろ" この言葉を言われたのは一体何度あるのだろうか? 脳内で再生が余裕なくらいには少なくとも聞いたはずだ。「しんど……明日また抜け出そうかな」 母親が居なくなり、現実逃避に走り女装して街に出る。最近はストレスかその回数も増えてきた。最初は親父にも怒られたが回数を重ねる内に何も言わなくなってきた。(やっと見捨てられた……か。ふん、まぁ他の養子を探すなり好きにすりゃいいさ) オレは不貞腐れベッドに潜り込む。内心では親父が自分を大事に想ってくれていることは分かっているが、どこか反発してしまう。将来への不安や期待の重圧に耐えられなくなってしまう。「ミラモ様。紅茶をお持ちしました」 そういえばメイドのテルタに紅茶を頼んでいた。オレは過去の自分を脳内で軽く殴りながらもしんどい身体を動かして起こす。「気分が優れませんか?」 部屋に入り紅茶を渡してもらうが、隠そうとしたはずなのに彼女はオレの些細な表情の変化を察知する。ここに来てからもうすぐ二年くらいだが、オレのことをよく理解し親身に接してくれる。「悪くもなるさ……オレなんかに家の将来とか……二人目の妻とか養子とか他にも色々あるだろ……」「あの人は良くも悪くも一途ですからね」「はぁ……」「そうため息をつかなくても……ミラモ様は優秀ですし大丈夫だと思いますよ」「そうかい……」 面向かって言われると少し照れてしまいそっぽを向いてしまう。「ねぇテルタ……もうすぐ親父の結婚記念日なんだけどさ、何か親父が喜びそうなプレゼントとか思いつかない?」「そういえばもうすぐですね……」 仕事人間の父親が唯一絶対に予定を空ける日。この日だけはオレにもあれこれ言わず、従者も巻き込んで食事を楽しむ。「花とか……いや何か形が残る物がいいかな……?」「ふふっ……なら明日私と抜け出しますか?」「いいのか?」「えぇ。ミラモ様一人で行かせるよりは」「お前って結構言ってくるよな……ま、良いかもな、それ」 明日の予定が決まり、自然と気持ちが明るくなってくる。照れながらも軽く一言お礼を言いその日は寝ることにする。 そして結婚記念日の前日、親父は殺され翌日テルタも殺されるのだった。☆「ごめんなさい……」 自分の過去を吐露し、ミラモは私
Last Updated: 2025-08-24
Chapter: 34話 次の手がかりに向けて
「はぁ……なんとかなった……」 あの話し合いの後、わたしは連行せずロンドさんの元辻斬り捜索に死力を尽くすことを条件に解放された。「とりあえずお水をどうぞ」「あ、ありがとうございます……」 わたしは緊張で、ロンドさんは捜査で心身共に疲弊しており、それを見たミラモが気を利かせてしばらく客室で休ませてくれることになった。「ごくごく……ぷはぁ」 しばらく振りの水はとても新鮮で、全身が透き通るような感覚だ。「そういえばあの話し合いの最中で意識失っちゃってたみたいなんですけど、どんなこと話してたんですか?」「えっ……!? そうなんですか!? どの辺から?」「えっと確か……ロンドさんが被害者がわたしの顔を正確に覚えているのか? って投げかけたあたりからです。ミラモに依頼をされるところでちょうど目が覚めて咄嗟に反応したんすけど……」 あの時また頭痛が酷くなり、視界が歪んで気づけば時間が進んでおり体調は良くなっていた。「じゃあ途中で呟いたのは何だったんだろう……? 無意識に出た言葉なのかな?」「え? わたし何て言ってたんですか?」「確か"姉"と一言だけ。それで僕が色々思い出せて話を繋げれたんですよ」「姉……?」 考え込み記憶を探ってみるが、やはりそのようなことを言った覚えはない。それからわたしが意識のなかった間どんな話をしたのか事細かに説明してもらう。「わたしがその……イメン家の生き残り……?」「まだ確定ではないですけど……その可能性が非常に高いです」「そんな……わたしが貴族だったなんて……」 驚きはあるが、どこか納得している自分も存在する。探偵をやっていく中で自分はこの見た目の娘にしてはやけに知識が豊富だとは自負していた。それも自分が元貴族であると仮定したらそれだけの教養があったことにも納得がいく。「じゃあわたしは……」 その情報を元に今一度記憶を探ってみる。記憶という水面に新情報という石を投げ込み、上手く波紋を発生させようとする。(雨の日……雷……光る何か……刃物?) その場に居るロンドさんのことなど忘れるかのように、必死に集中し全意識をそこに向ける。「来るな」「うぐっ……!!」 突如聞こえた誰かの声。それにより一瞬脳は刺激されるものの、すぐに痛覚に変換され集中するどころではなくなる。「シュリンさん!? 大丈夫ですか……?」
Last Updated: 2025-08-23
Chapter: 33話 依頼
「……正確に話すと以下が被害者から聞いた話だ……もういいか?」 ミラモが更に詳しく被害者から聞いた話を述べる。昨夜から一睡もできていないと愚痴を挟み、何度か目元を押さえながら。「お疲れのところ申し訳ございません。話し合いはこちらでやりますので後は休んでてください」「お言葉に甘えさせてもらうよ」 ミラモはソファーに深々と座り目を閉じる。寝てる……ということはないだろうが、それでも身体を休め心身共に回復させる。「やはり敷地内に居たことは保留するにしても、その証言は決定的ではないのか? そのことにシュリン自身も気づいて口封じに来た……という可能性もあるだろうし」「いえ……もちろんあなたの言うことも可能性の一つとして考えられますが、そもそも被害者の証言には確定的でない、"欠陥"があります」「欠陥……? 特に矛盾等は見られなかったと思うが?」「いえ……被害者の発言を考えると、シュリンさんが辻斬りだと示すには根拠が薄い点があります」 最初ミラモから話を聞いた時は気づかなかったが、今一度細かく聞いたことである一つの違和感を見つける。もしかしたら何でもないと一蹴されるかも、聞き間違いだったと訂正されて終わるかもしれない。それでも尋ねる以外の選択肢はない。 「まずイメン家の当時の家主、つまり推定シュリンさんの父親に当たる人物が彼女のことを辻斬りだと言っていたと述べていましたが、正確には間違っています」「間違っている……?」 ミラモが薄らと目を開きしんどそうに意識を覚醒させる。「はい。被害者の証言によると正確には辻斬りと叱っていた相手はドア越しのため分かりません」 「……確かに」「ならば相手はシュリンさん以外の家の関係者かもしれませんし、こっそり家に招いた仕事やプライベートの知人かもしれません」「姉……?」 ぼつりとシュリンさんが呟く。それがボクの二年と少し前の記憶を呼び起こす。「そうだ……確かイメン家に居たのは歳の二つ離れた姉妹だったはずです。シュリンさんをどちらと思っているのかは分かりませんが、確定的な情報だとは言い難いです」「ロンドが調べればすぐ分かる嘘をつくとも思えないしな……ミラモさん。イメン家は二人娘だったと被害者は言っていましたか?」「いや……証言されたのはさっきので全部だ。家族構成までは知らないけど……貴族なんだし二人娘くらい
Last Updated: 2025-08-22
Chapter: 32話 彼女の記憶
「じゃあロンドは犯人は、辻斬りはシュリンではないと言いたいんだな……?」 ミラモから話を聞いた一時間後。ついにシュリンさんを引き取り取り調べをするかどうかの話し合いが始まる。この場に居るのは僕にシュリンさんにミラモ。そして衛兵が数人。その中には例の僕の知り合いの彼も居る。「はい。確実に違うと思います。真犯人の捜査もしたいので、連れて行くのはやめてもらえると助かります」「とは言ったもののな……被害者の証言に深夜に敷地内に居た彼女……明らかに怪し過ぎるし取り調べをするには理由は十分だと思うが?」「いえ……辻斬りとシュリンさんは明確に別人です。それに辻斬りの特定には彼女は欠かせません。連れて行くことに僕は反対します」「ロンドさん……!!」 シュリンさんは疲れ切った顔をしていたが、僕の一言で多少はマシになる。「じゃあそれに足る根拠を出してもらおうか。無論こちらにも彼女を連行する理由はある。もう大体話したしそちらも知っていると思うが」「えぇ……こっちも反論させてもらいます」 互いに睨み合う……という程ではないが、互いに息を呑み話し合いを開始する。「まずこちらがシュリンを容疑者認定する理由は二つある。被害者の証言と彼女が深夜にこの屋敷の敷地内に居たということだ。これらを払拭しない限り疑いが晴れることはない」 早速突き崩さなければならない壁が出てきた。「まず敷地内に彼女が居たこと……それについて弁明させてもらいます」「ほう……どう考えても言い訳の余地はないと思うが?」 彼はこちらに敵意があるわけではない。当然のことを言っているだけだ。実際衛兵目線シュリンさんは怪しさ満点だ。「彼女は無意識に……眠ったまま敷地内に入ってしまったのです」「はぁ……あのな、庇いたい気持ちは分からんでもないが、流石にそれはなくないか?」「いえ、ちゃんと彼女が夢遊病であるという根拠があります。夢遊病は寝たまま身体を動かしてしまう一種の精神病で、起こる理由としては精神的負担によるものが要因の一つとして挙げられます。負担として考えられるのは、あなたもご存知の通り彼女の記憶喪失についてです」「う、うーむ……でも仮に夢遊病でもここまで来るか? ロンドの屋敷からここまでは中々遠いぞ?」「それは昨日の昼の動作を反響したのだと考えられます。実際夢遊病患者には昼の行動を再現しようとす
Last Updated: 2025-08-20
Chapter: 31話 婚約相手
「やっぱり夢遊病の線が強い……か」 廊下でシュリンさんから聞いたことをメモ帳にまとめる。まだ無実を証明する証拠としては弱いが、それでも真っさらな状態からはかなりマシにはなった。(次はミラモから話を聞いてみるか……) 衛兵によればミラモは被害者からシュリンさんこそ辻斬りなのだという話をされたそうだ。そのことが妙に引っかかる。僕は従者に彼が居る部屋を問い、そこに向かう。「ロンドです」「入っていいぞ」「すみません少し聞きたいことがありまして……」「何でも答えるよ……結果は変わらないと思うけど」 ミラモは昨日とは違いどこか人を拒絶するような態度で揶揄うような素振りも見せない。心に余裕がなく、まるで前回のあのパン屋の旦那さんみたいだ。「じゃあまずは被害者の証言について……殺される直前に彼女はシュリンさんこそが辻斬りであると示したのですよね?」「そうだよ……」  ミラモは深く沈んだ声で返す。それだけシュリンさんのことを友人として気に入っており、裏切られたと思い反動で精神的にダメージを受けている。「被害者は何と言っていたのですか? できるだけ正確にお願いします」 どんな些細なことが証拠やそれを裏付けるものになるか分からない。可能な限り情報は欲しい。「えっと確か……アイツが言うには前に勤めていた家で惨殺事件が起きて、その犯人も辻斬りに違いないって話だった」「それがどうシュリンさんが辻斬りだという事実に繋がってくるのですか?」「その事件の直前にシュリンの父親が"お前が辻斬りだなんてなんてことしてくれたんだ!!"みたいな話をしていたって言ってた」「じゃあシュリンさんの顔を見て驚いていたのも……?」「多分そうだと思う。すごい動揺してて……置き手紙でも殺されるかもしれないからここを出て逃げるって……でも……」「逃げ出そうとしたタイミングで殺された……」 事件の輪郭が見えてきた。辻斬りは理由は不明だが、おおよそ逃げる姿を見られたから等の理由で被害者を襲ったのだろう。そして運悪くその際にシュリンさんとの一悶着があり、被害者自身も彼女こそが辻斬りだと勘違いしていた。 シュリンさんを辻斬りでないと仮定すると大体このような筋書きとなる。希望的な考えと一蹴されるかもしれないが不可能ではないし矛盾もない。その点に賭けるしかない。「あっ、そういえばシュリンさん
Last Updated: 2025-08-19
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