記憶喪失の私が貴族の彼と付き合えた訳

記憶喪失の私が貴族の彼と付き合えた訳

last updateDernière mise à jour : 2025-08-25
Par:  ニゲルEn cours
Langue: Japanese
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地球とはまた違う遠い星、そこのある街では記憶喪失の少女が拾ってくれた師匠への恩返しとして探偵助手をやっていた。そんな日々の中ひょんなことからお忍びで街に来ていた貴族の彼に助けられてしまう。そしてイケメンで、心までも美しく格好良い彼に一目惚れしてしまうのだった。

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Chapitre 1

1話 初恋

その日は雷雨の夜だった。手元にあるランプだけが頼りで、しかし時折鳴る轟音が刹那の間全てを映し出してくれる。

今一度雷が落ちる。窓のすぐ側に落ちたのか、ガラスを大きく揺らす。

「ごはっ……!!」

私の血を吐く音が雨音に混じり溶けていく。目の前に深くフードを被ったロングコートの男が居た。その手に持った、血が滴るナイフが闇夜に光るのであった。

⭐︎

「シュリンちゃん? おーい!」

「はっ……!!」

師匠に頼まれたお使いの最中。わたしはボーッとしてしまっていたようで、商人のおじさんに意識を戻される。

「どうしたの?」

「なんかぼーとしちゃって……」

「それよりはいこれ林檎一つおまけね」

「わーありがとうございます!」

行きつけのお店の店主からおまけに林檎を受け取り、それを鞄に入れ帰路に着く。

「ん〜美味し〜」

シャキっとした食感に甘酸っぱい味。噴水の流れる音や馬車の走る音を聞きながらそれを味わう。

(そういえばわたしが記憶を失ってからもう二年かぁ……)

わたしがこの街で探偵の師匠に拾われたのは二年前。聞いた話によると雷雨の中倒れていたらしい。

今日までずっと探偵のツテや療法など用いて記憶を取り戻そうとしたが、それが実を結ぶことは一回たりともなかった。

(ま、もうここまで来たら……戻らなくてもいいか)

正直に言って今の生活はかなり心地が良い。探偵業をやるのも中々に楽しいし、この街の人達も優しく友達や知り合いもたくさんできた。

「ま、先のことは先に考えればいっか!」

わたしは明るく前向きに未来を考えることにして、歩幅を大きくさせる。だが突然右腕がグッと引っ張られ、林檎を落とし路地裏に連れ込まれる。

「んむむぅ〜!」

抵抗しようとしたものの、わたしを掴むその腕は太くとてもじゃないが勝てない。

「だ、誰!?」

やっと口だけは解放され、わたしは屈強な男二人を睨む。腕や顔に刃物で傷つけられた様な跡があり、人相も相まって明らかに表の人間ではない。

「テメェこの前はよくもやりやがったな……!!」

「えっ? 何を……ですか?」

適当に因縁をつけてきたという訳でもなく、二人は明確に、真剣に恨みからくる敵意をこちらに向けてくる。だがわたしはこんな強面と面識などないし、恨みを覚えられる筋合いはない。

「三日前の夜のことだよ! よくも兄貴を刺し殺してくれたな!!」

「刺し殺……わ、わたしが!?」

全くもって何を言っているのか分からない。わたしがそんなことできるわけないし、そもそも夜は女の子一人で出歩くなと師匠にキツく言われているので外出すらしていない。

「人違いです! わたしはそんなことしてません!」

「うるせぇ! 兄貴の最後の抵抗で攻撃が掠った時、フードが捲れてテメェの顔が見えたんだよ!」

見間違えか、はたまたそっくりさんでも居たのか。ともかく二人は完全に聞く耳を持たず、懐から銀色に光るナイフを取り出す。

「ひっ……!!」

お腹の前にそれを突き立てられ、わたしは恐怖に声を漏らしてしまう。

「あぅ……」

まだ刺されていないというのに呼吸ができなくなってきて、何故か意識が遠のいていく。体の支配を誰かに奪われていくような感覚で、不思議な浮遊感すら覚える。

「ぐえっ!!」

しかしわたしを掴んでいた男がいきなり吹き飛ぶ。突如空中に放り出されたわたしの体は綺麗な、暖かい手に受け止められる。

「大丈夫ですか?」

身なりの整った、清潔感を与える服装にフードの隙間から見える金色の髪。覗かせる顔はこちらの胸を脈打たせる程の美貌だった。

「な、なんだテメェ!?」

蹴り飛ばされ地面を転がった奴は怒りよりも困惑を声に乗せる。

「ただの通りすがりだ。それより男二人が刃物まで持って女の子に寄ってかかって……一体何をやってるんだ」

「うるせぇ退きやがれ!!」

暴漢達は彼にナイフを振り上げるが、手を捻られナイフを落とされる。

「はっ!!」

彼はナイフが落ちた瞬間にシュッと距離を詰めて鳩尾に拳をめり込ませる。

「ごはっ……!!」

「おいもう一人の。そいつを抱えて去るなら、もう二度とこんなことしないなら見逃してやる」

「く、くそっ……!!」

残された方は倒れた仲間を抱え路地裏に消えていく。

「全くここも治安が悪くなったものだな……こんな昼間っから……大丈夫だったかい?」

「は、はい……!!」

フードのせいで全容は分からないが、温かみのある笑顔。あの紳士的な態度に先程の暴漢を追い払ったかっこよさ。

わたしは今日この時恋に落ちる音を聞いたのだった。

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1話 初恋
その日は雷雨の夜だった。手元にあるランプだけが頼りで、しかし時折鳴る轟音が刹那の間全てを映し出してくれる。 今一度雷が落ちる。窓のすぐ側に落ちたのか、ガラスを大きく揺らす。 「ごはっ……!!」 私の血を吐く音が雨音に混じり溶けていく。目の前に深くフードを被ったロングコートの男が居た。その手に持った、血が滴るナイフが闇夜に光るのであった。 ⭐︎ 「シュリンちゃん? おーい!」 「はっ……!!」 師匠に頼まれたお使いの最中。わたしはボーッとしてしまっていたようで、商人のおじさんに意識を戻される。 「どうしたの?」 「なんかぼーとしちゃって……」 「それよりはいこれ林檎一つおまけね」 「わーありがとうございます!」 行きつけのお店の店主からおまけに林檎を受け取り、それを鞄に入れ帰路に着く。 「ん〜美味し〜」 シャキっとした食感に甘酸っぱい味。噴水の流れる音や馬車の走る音を聞きながらそれを味わう。 (そういえばわたしが記憶を失ってからもう二年かぁ……) わたしがこの街で探偵の師匠に拾われたのは二年前。聞いた話によると雷雨の中倒れていたらしい。 今日までずっと探偵のツテや療法など用いて記憶を取り戻そうとしたが、それが実を結ぶことは一回たりともなかった。 (ま、もうここまで来たら……戻らなくてもいいか) 正直に言って今の生活はかなり心地が良い。探偵業をやるのも中々に楽しいし、この街の人達も優しく友達や知り合いもたくさんできた。 「ま、先のことは先に考えればいっか!」 わたしは明るく前向きに未来を考えることにして、歩幅を大きくさせる。だが突然右腕がグッと引っ張られ、林檎を落とし路地裏に連れ込まれる。 「んむむぅ〜!」 抵抗しようとしたものの、わたしを掴むその腕は太くとてもじゃないが勝てない。 「だ、誰!?」 やっと口だけは解放され、わたしは屈強な男二人を睨む。腕や顔に刃物で傷つけられた様な跡があり、人相も相まって明らかに表の人間ではない。 「テメェこの前はよくもやりやがったな……!!」 「えっ? 何を……ですか?」 適当に因縁をつけてきたという訳でもなく、二人は明確に、真剣に恨みからくる敵意をこちらに向けてくる。だがわたしはこんな強面と面識などないし、恨みを覚えられる筋合いはない。 「三日前の
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2話 再会は意外に早く
「どうしたんだい? 顔が赤いけど……」 「あ、いやその……何でもないです!! とにかくありがとうございました!!」 わたしは深く頭を下げてから逃げるようにその場から駆け足で立ち去り事務所に戻る。 「おかえり〜どうしたんだそんな息切らして?」 事務所では師匠が紅茶を飲んで依頼の資料などを整理していた。こちらまで良い香りが伝わってくる。 「な、なんでもない! とにかくお昼ご飯作るね!」 「お、おう……」 今日のご飯担当はわたしなので、火照った顔を冷やすようにこっちに集中するのだった。 ☆ 「んぅ〜やっぱシュリンが作るパスタは最高だな!」 わたしが作った料理はトマトソースのパスタ。トマトの酸味と旨味がパスタに絡んでおり、具のキノコも香りを引き立てることに貢献しており二感覚で料理を楽しめる。 「あ、そうだシュリン。これからは夕方以降も外を出歩かないようにな」 「あー最近何かと物騒ですもんね」 「まーそうだが……そうだな。今や実の娘当然のお前に危険な目には遭ってほしくないからな」 師匠はお人好しな人で、拾ったわたしの面倒も見てくれたし今や親同然の人だ。 「なぁシュリン。最近お前眠れないだとか疲れが取れないみたいな悩みあるか?」 「え? 別にないけど……もしかして今わたしそんな顔色悪い?」 突然探るようにこちらの顔色を窺ってくるので、つい不安になりペタペタと自分の顔を触る。 特段熱かったり隈があるといったわけではないし、気分的にも良好だ。 「そういうわけじゃないんだが……いや、問題ないなら良いんだ。今日は仕事を頼むかもしれないしな」 「誰か依頼人が来るの?」 「あぁ。多分今までで一番大物かもな」 「へぇ……大物かぁ……」 どんな人だろうかと想像を膨らませる。白馬に乗った王子様……は言い過ぎだとしても、きっと気品のある殿方なのだろう。 そんなことを考えていると、ふと先程助けてくれたあの人の顔が脳裏を過ぎってしまう。 (はぁ……名前くらい聞いておくんだった……) きっとわたしは二度とあの人とは会えないのだろう。ここら辺では見ない顔だったし、何らかの用事で来た可能性が高い。数日後にはもう違う街へ行っていると考えるのが自然だ。 食事も終えそのお客さんに備えて掃除などして準備しておく。 「おっ、来たな」
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3話 喪失者
目の前の、わたしを助けてくれた男性がこの街を仕切る領主の息子。そんな信じられない事実に開いた口が塞がらない。 「自己紹介が遅れてすみません。僕はロンド・テオス。所長が紹介してくれた通りこの街の領主の次男です」 彼は相当な地位の者だというのに、威張ったり偉ぶったりする様子はない。寧ろ物腰丁寧で従者のようだ。 「え、えーとその……」 「そんな畏まらなくてもいいよ。今はお忍びで来てる、ただのロンドだから」 「は……はぁい」 とは言ったものの、やはり緊張してしまう。 「とにかく二人で調査頼むぞ」 「はい……って、わたしとロンドさんでですか!?」 「おうそうだぞ。二人で協力して頼む」 「い……いやいや貴族の人をこき使うなんて正気ですか師匠!?」 領主の息子をこき使うなんて、こんなことバレたら下手したら打ち首ものだ。 「いえ僕は別に大丈夫ですよ。今はただの一個人ですし、こういう探偵の調査とかもしてみたかったですから」 師匠とロンドさんは乗り気で、狼狽えているのはわたしだけだ。結果多数決で負け彼が同行することになる。 無論嫌ではないし、こんなカッコいい人と仕事ができるなんて寧ろ光栄だが、緊張のあまり集中力が落ちて自慢の洞察力が鈍ってしまう。 (そうだ……緊張を無くすためにも何か世間話でもすれば……!!) 「あ、あの〜ロンドさんって普段はどんなことをしていらっしゃるんですか?」 「基本的にはイメージ通りだと思いますよ。税の管理や政治をやったり……あ、でも僕はよくこうやってお忍びで来たりとかしますかね」 「え……危なくないんですか? そういうの」 ロンドさんは確かに良い人だが、貴族である以上敵も居るだろうし街中を護衛を付けずに歩くなんて危険極まりない。 「どちらかというと顔が割れているのは兄さんや父さんですからね」 「あー確かに……話を聞くのは長男とか領主様が多いですね」 思い返してみれば街の人と話す際に話題に上がるのはいつも彼の父にあたる領主様や、兄にあたる長男についてだった。次男であるロンドさんに関しては好青年というくらいしか聞かない。 「やっぱり領地を治める者として実際に人と会いたくて。上でふんぞり返って、民の気持ちも分からない貴族にはなりたくないですから」 「……すごいですね」 あまりの人格者っぷりに、こ
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4話 パン屋
「いらっしゃいま……あら? もしかして探偵のお方ですか?」 事前に師匠からわたしの容姿等の話は聞いていたのか、お店に入るなりすぐにこちらに話しかけにくる。 「はい! プロメス探偵事務所のシュリンです!」 「それと……あら? 所長さんは……?」 「それが所長は別件の方に対応しなければいけなくなりまして……大変申し訳ございません」 「あ、いえいえ大丈夫です! こちらの依頼もダメ元だったので、対応してくださるだけありがたいです」 パン屋の店主である女性は人当たりが良く、こちらの不手際に優しく対応してくれる。 「ところでそちらの男性は……?」 「僕は今日から探偵事務所を手伝うことになったロン……ネフィリムと言います」 (あ、そっか。ロンドさんは貴族ってバレたら色々ややこしいことになっちゃうよね……) 彼の意図を汲み取りロンドさんは探偵見習いの、わたしの部下ということにして話を進める。 「それでその……頼んだ人探しの人物というのは、一年前に失踪した自分の夫なんです」 「一年前……ですか」 人探しと聞いていたので、数日前とかの子供の捜索などを想像していたが、現実は昔の成人した男性だった。 今まで人探しをしたことは山ほどあるが、一年も時間が経っているパターンは初めてなので来て早々自身が少し揺らいでしまう。 「一年前に居なくなったというこですよね? その直前に何か旦那さんに変わったこととかありませんでしたか?」 「いえ特には……ただ今思えば少し元気がなかったような……自分が気が付けなかっただけでもしかしたら何か悩みを抱えていたかもしれません」 女性は思い返すように遠くを見つめ、過去を悔いる様に頭を抱える。 「衛兵さんとかには相談しなかったのですか?」 「居なくなってからすぐに相談したのですが、手がかりはなく捜査は打ち切られてしまいました」 手がかりなしの状態で半年以上も見つからないのであれば、事故死か失踪を疑われ基本的に捜査はされなくなる。大抵はそうなる前に生死を問わず見つかるが、今回はその場合には当てはまらなかったようだ。 「難しい依頼ですがわたし達なら……」 「いえ、そちらに依頼したのには理由があるんです」 「理由……?」 「一週間程前、街を歩いている時に旦那を見たんです」 「それは本当ですか!?」 「えぇ
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5話 借金取り
「お前がさっさと金を払わないからそうなるんだぞ……ほら利子分払ってもらおうじゃないか」 「それは先週支払ったはずですよ!?」 「事情が変わったんだよ!! お前が口答えできる立場かあぁん!?」 男は胸倉を掴み上げようとするが、ロンドさんがそうはさせない。 「手を出すなら流石に黙っては居られなくてね」 「そうですよ……いい加減にしてください」 わたしも怖けず、倍近くある体格の奴らに凄んで見せる。だがロンドさんの圧にすら反応しないのにわたしでどうにかなるはずもなく、一人がこちらに迫ってくる。 「どこの誰かは知らないがガキは引っ込んでろ」 「ガ、ガキって……あなた達本当に……」 こちらが反抗の意思を見せると男は更に詰め寄ってくる。 「どうやら痛い目見ないと分からなくらい頭が弱いらしいな」 拳が強く握られ、ぎゅぅぅと鈍い音を立てて男はそれを振り上げる。 「危ない!!」 ロンドさんが止めに入ろうにも他二人が邪魔で咄嗟に近寄れない。 (頭……が……) 突如世界の全てがスローモーションになる。拳が止まったようにゆっくり動き、ロンドさんの発する声も鈍く低い。 (意識が……) 遅くなる世界に対して頭痛は加速していき、わたしは意識を途切れさせるのであった。 ⭐︎ 「お、おい大丈夫か!?」 次に意識が戻ったのはどれくらい時間が経った後なのだろうか。拳を振り上げていたはずの男が目の前で蹲っており、他二人が背中を摩っている。 周りの反応や陽の光の入り方から等から推測しても数秒程度しか時間は経っていなさそうだ。 「ごほっ……テメェよくも……!!」 「ここは引いときましょう……」 先程までの威勢はどこに行ったのか。男二人は倒れた奴に肩を貸し、そそくさとこの場から立ち去ろうとする。 「待っ……いやそれより大丈夫ですかご婦人」 ロンドさんは暴行を加えた奴らを引き止めようとするが、腫れた頬を抑える彼女を優先する。わたしも台所を貸してもらい、タオルを濡らし腫れている部分に押し当てる。 「ありがとうございます……」 そこまで酷い怪我ではない。腫れてはいるものの数日、早ければ今日中にも治るだろう。しかしその間に男達は店から出て完全に逃げ去っていた。 「ご婦人今のは?」 「借金取りです……夫がここを始めた際に借金をしたのです
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6話 喫茶店
「それより格好良かったですね。さっきのシュリンさん」 パン屋を出てわたし達は旦那さんを目撃したという場所まで足を運んでいた。 「ん〜師匠の受け売りですけど、ちょっとキザなこと言っちゃいましたかね?」 依頼者の未来と笑顔を守る。師匠がよく言い教えてくれた言葉で、わたし自身記憶がない状態でこれを胸に生きていた。 だが冷静になって考えてみるとちょっと小っ恥ずかしいセリフだ。 「それもそうですが……まさかあの大柄な男を伸びさせるなんて思いもしませんでしたよ」 「え……あれって勝手に倒れたんじゃないんですか?」 「え……?」 話が食い違いお互い首を傾げる。わたしの記憶……というか意識が飛んでいたのでよく覚えていないが、奴が恐らく転んだかして打ったのだと思われる。 「いや僕も男に遮られてよく見えなかったのですが……確かにシュリンさんが拳を入れたように……見間違いだったのでしょうか?」 「あははわたしにそんなことできませんよー。人を殴ったことなんてないし、こんなか弱い女の子に大柄な男を倒す力があるだなんて思うんですか?」 「そう……ですよね。すみません多分見間違いでした」 そんなこんなでわたし達は依頼者が旦那さんを目撃したという場所まで着き調査を開始する。 「確か目撃したのは三日前。それで昨日探偵事務所に依頼した……という感じですよね?」 「はい。ちょうどわたしが買い出しに行ってた時間に依頼に来てたらしいです」 状況確認しながらわたし達は道ゆく人達に書き込みを行っていく。旦那さんの見た目や目撃時の服装等は聞いてあるのでそれを主に尋ねる。 「そっちどうでしたか?」 「すみません僕の方もダメでした」 数時間聞き込みを行ったもののお互い成果は得られなかった。 「わたしの勘によれば、多分このまま聞き込みをしても見つからなそうですね……」 「ではどうするのですか?」 「それは……」 その時ぐぅぅとわたしのお腹が音を鳴らす。 「あ……す、すみません」 乙女らしくない大きな音を鳴らしてしまったことに恥ずかしくなり、顔を赤くしてしまう。 「いえかなり歩きましたし……どこかで軽食でも取りましょうか。あ、あそこの喫茶店とかどうですか?」 ロンドさんはこちらに気を使ってくれて、わたしはその言葉に甘え彼が指差す喫茶店へと入店する
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7話 張り込み
「どうしたんですか二人とも? そんなに見つめ合ったりして……」 ロンドさんが紅茶を飲みつつわたしと店主の顔を交互に見る。別にわたしは特に何も思って居ないが、向こうが迫真の表情でこちらを見つめるのでついこっちも同じようにしてしまう。 「店主さんどうしたんですか? お皿割れてますよ?」 「えっ……? あ、あぁそうだねごめんねボーッとしちゃって……」 彼は本当に今お皿を落としたことに気付いたようで、急いで破片をかき集める。 (まさか……) ある一つの考えが浮かぶがここでは言えない。一つ間違えればこの依頼は全て白紙になる危険がある。安直な行動は禁物だ。 「……そろそろ出ましょうか」 「そうですね。あっ、ここは僕が奢りますよ」 こちらが何か行動を起こす前にロンドさんはスッと財布を出し支払いを済ませる。 「ありがとうございます」 「いえいえ気にしないでください」 そのまま店主に美味しかったと伝えわたし達はお店をあとにする。そしてお店を出てすぐわたしはそこを遠くから見ることができる路地裏に入り身を潜める。 「……シュリンさん? 何してるんですか?」 ロンドさんは空気を読み声量を下げながらわたしに耳打ちしてくる。 「わたしの勘混じりですけど……多分推理するにあのお店の店主が例の旦那さんっぽいです」 「なんですって!?」 「しっー! 声が大きいですよ……!!」 「あ……す、すみません」 一旦場所を変え、また別の路地裏に移り話を再開させる。 「えーと、何故シュリンさんは彼が依頼主の探し人だと……?」 「まず店主がネウロという名前に反応したこと、依頼者から提示された情報と合致すること。そして表情です」 「ひょ、表情?」 「わたし、人の表情である程度物事が分かるんです」 わたしは持ち前の洞察力と、探偵助手としての経験からある程度相手の感情を読み取ることができる。 今回の場合、店主のあれは図星を突かれ狼狽える人のそれと非常に似ていた。この前師匠が犯人を推理で突き止めた時の反応と酷似している。 「それは凄いですね……なら今すぐにでも依頼人に……」 「多分それはやめた方が良いと思います」 「何故……?」 彼は優しく誠実で思いやりのある人物だ。だがやはり探偵としてはまだまだだ。 「ロンドさんは何でネウロさんが奥さん
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8話 祈りもできず
「それにしても何も起きませんね……」 見張ること五時間程経ったあたりでロンドさんが大きな欠伸と共に声を漏らす。 「まぁ張り込みって数日に渡ってやることもありますからね」 「数日ですか……それは気が遠くなりそうですね」 「でも多分近いうちに何かアクションが起こるはずです」 わたしは少し顔を出し、喫茶店の入り口を睨む。 「それはどうして?」 「わたしがあの人の前で名前を呼び動揺させたからです。あんな風に動揺しアクションを起こされた人間は大抵普段とは違う行動を取ります。まぁ何もないようでしたらもう数回何かしらの干渉をする予定ですけど……もちろん遠回しに」 「なるほど……そういうものなのですか」 小声でこんな風な話をしながら追加で数時間。とっくに夜が深まった頃やっと変化が起きる。 「あっ……!! 店主さん出てきました」 声を潜めながらも休みの番である彼をつつき起こす。 「どこかに向かってる……わたし追いかけますから、ロンドさんはバレないようにわたしの後をつけてきてください」 「は、はい……分かりました……!!」 わたしは窓からバッと飛び降り音もなく着地する。彼は店から離れどこかに向かっており、その後ろをバレないようにつける。 ゴミ箱の裏や建物の陰。身を隠し素早く動いて完璧に気配を消して追いかける。三十分程彼は歩き続け、ある建物の前で立ち止まる。 (ここって依頼人のパン屋……? やっぱりこの人は……!!) だがまだ飛び出したりはしない。もっと確証が、欲を言えばバレたり取り返しのつかない事態にならない限り情報は多く得ておきたい。 「すまない……」 彼は俯いたまま懺悔の言葉を呟く。それは闇夜に溶けて消えていき建物の中には伝わらない。 教会で祈るかのように前に持っていった手は頭に行き、己のそこを押さえ苦悶の表情を浮かべる。 (店主さんがネウロさんなのは確定……みたいね。でも何でパン屋の場所もしっかり分かってるのに会いに行かないんだろう……?) 場所を覚えておらず物理的に行けなかった、という線はまず消えた。 彼の行動発言から推理するに、何か取り返しのつかないことをしでかした用にも見えるが、だとしたら奥さんが特に何も言わなかったことに矛盾が生じる。 (もしかして……しでかしたことを奥さんに隠している……?)
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9話 人殺し
「下がっててくださいシュリンさん」 「は、はい!!」 ナイフを抜きこちらを刺そうとしてくる奴の前にロンドさんが立ち塞がる。 「へっ! キザな男が……お前の顔面ズタズタにしてやるぜ……!!」 「御託はいいからさっさと来なさい」 彼はナイフを突きつけられようが全く動じない。 「調子に乗んじゃねぇぇ!!」 奴は激昂してナイフを振り上げる。だが大振りなそれは容易に見切られ、上げた段階で手を抑えつけられる。 「こんなものか……」 神速の膝蹴りが奴の腹に入る。明らかに内臓にまで達していそうな程めり込み、奴は泡を拭いて倒れる。 「そ、そんな一発で……」 「刃物まで取り出して……流石に看過できないな。そっちの君達は大人しく捕まってくれるかい?」 「く……くそ……逃げるぞ!!」 二人はネウロさんをその場に放り捨てこちらに背を向け逃げ去っていく。 「ちょっ……」 「待ってくださいシュリンさん!! 今はネウロさんの介抱をお願いします。僕はこいつを縛り上げますので」 「は、はい……」 確かに尋問なら一人居れば十分だ。わたしはネウロさんの元に行く。 「あ、ありがとうございます……お昼に来たお客さんですよね?」 「はい。散歩してたら偶然見かけてしまったので……」 彼の身体を調べると所々に打撲痕があり、ほんの少しの時間で奴らから酷いことをされたのだと見て取れる。 「もう大丈夫ですよ店主さん。僕がこいつをしっかり縛り付けときましたから。何の因縁か知りませんがそれも今から分かるはずです」 「そ、それは……あ、あのやめませんか? その人も悪い人……ではあるでしょうけど尋問なんて……」 彼は何故か奴に尋問することに否定的で、何かを恐れているかのようにこの場から逃げ出したそうにする。 「……? とにかく一旦起こしますね」 しかし具体的なものを口にしないせいでこちらには意図が伝わらず、ロンドさんは奴を揺さぶり目を覚まさせる。 「はっ……! て、テメェら……って、いててて!!」 奴は暴れようとするもののガッチリと固定されており、動けば縛った箇所が悲鳴を上げる。 わたしは倒れ伏し苦悶の表情を浮かべる奴の前に行き屈む。 「ねぇ……あなたただの借金取りじゃないわよね? 昼の件もそうだし、何でこの人を連れ去ろうとしたの?」 「ぐっ…
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10話 ヒビの入ったガラス
「こいつの言葉に嘘はないん……ですね? 店主さ……いや、ネウロさん」 わたしはじっと彼を見つめ顔色を窺う。そして奴の言うことが真実だということがひしひしと伝わってくる。 「私は……取り返しのつかないことをしてしまいました……」 口を摘むんでいた彼が、懺悔するように語り出す。 「あのパン屋……は分かりますよね。妻から依頼を受けたのなら」 「えぇ。そこを開くのに借金をしたのですか?」 「はい……最初は優しそうな人と、合法な金利でやっていたのですが……数年してからお金を貸してくれていた人が事故に遭って亡くなって……」 わたしはジッと突き刺すような視線を奴に向ける。奴は顔を逸らし誤魔化すが、それが事故の真相を物語ってしまっていた。 「それからこの人達が?」 今はその件は追求しなくて良いと判断し話を進める。 「そうです……妻にはバレないようにしてましたが、明らかに脅すようにお金を巻き上げてきて……金利も前までとは考えられないくらい上げられて……」 「それでこいつらの仲間を殺してしまった……と?」 「それは……」 ネウロさんは今まで以上に気まずそうにし言葉を喉で詰まらせる。 大体何が起こったのかは予想ができる。それでも彼の口からしっかり聞かねばならない。そんな気がした。 「一年前……こいつらの仲間の一人が、妻や娘にも手を出すと、パン屋にも行くと言って……その瞬間目の前が真っ赤になって……」 怒りで我を忘れてしまい、気づいたら殺していたというパターンだろう。過去にもそうなってしまった人を何人か見てきた。 「それで妻子に迷惑をかけないために離れたというわけですか?」 「いえ……もちろんそれも後々考えましたけど、人を殺したこの手で……血濡れた手で妻や娘を抱きしめられない……顔を合わせるなんて……」 気持ちは痛いほど分かってしまう。わたしだって、もし人を、この街の人間を殺してしまったら師匠に顔向けできない。 「ははそうだ! 善人ぶってるがお前なんて俺らと同じひとごろ……」 「ちょっと黙っててください」 ロンドさんが奴の頭を掴み地面に叩きつけ気を失わせる。 「いえ……その人の言うことは何も間違ってはいません。私は醜い人殺しです……幸せになってはいけない人間なんです」 彼は罪悪感に押し潰されそうになっており、もし誰かに
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