Chapter: 95.斉藤の思惑「斉藤さん、メンズスーツのフランドを起ち上げるらしいんだわ」「メンズスーツ……」「名前が|Matusiro.Homme《マツシロ.オム》だと。ちょいダサいけどな。あの人頑固だから聞かねぇんだ」そんな話は初耳だった。確かに、カタギになった龍之介は、これからどんな仕事をしていくつもりなのか、気になってはいたけれど、まさか紳士服ブランドなんて……「起ち上げに協力するということは、デザインして型紙起こして……生地を裁断してミシンをかけるって、そういうことですか?」「あっはは……っ!そっか、桜の頭のでは、そんな風に想像するのか!」桜の頭を撫でながらひとしきり笑ったあと、龍之介はなんとか笑いをおさめて説明を続ける。「デザインはちゃんとデザイナーがやるんじゃねぇの?……服を作るのもその道のプロがやってさ、俺はなんていうんだ……その出来上がった服を着て、写真を取られたり歩き回るだけでいいっていうんだよな」「龍、龍之介さん……それ、モデルってこと?」「あぁ、そのモデルだ。モデルといえば女だろ?……男のモデルなんか見たい奴、いるのかねぇ?」……いると思います。この、整いすぎて冷たそうにすら見える顔で、鍛え上げられた筋肉を隠した体でスーツなんか着たら……「あ、あの、ファンがいっぱいできちゃいそうで、私……」ヤキモチ爆発します、とは言いにくい。そこで足元で遊ぶ龍桜の横にしゃがんで、目の前を通るアリの行進を眺めた。「大丈夫だ。ファンができたとしても、そのへんの対応は斉藤さんがやってくれるだろ」龍桜と桜の頭に手を置いて、見上げる桜と目を合わせる。龍之介さんをモデルになんて、斉藤さん、先に話してくれたら良かったのに……「そんな話したら、桜ちゃん心配しすぎて倒れちゃうと思ったから……いきなり本人に言ってごめんね?」義母の家で一泊した翌日の夕方、蔵之介を送り、自宅へ帰ってきた。カフェは結構な忙しさで、美紀も手伝いに来てくれている。桜は留守を預かってくれたお礼を伝えながら、斉藤にこそっと龍之介のモデルの件を聞いたことを話した。「人気者になっちゃったら、どうするんですか?もぅ……」「任侠者から人気者へ。西門龍之介、華麗な転身……なんちゃって?」「斉藤さん、龍之介さんを売り出すつもり?さすが、松白屋専務!」美紀も話に入ってきて、2人で龍之介をモデルする構
Terakhir Diperbarui: 2026-05-28
Chapter: 94.西門家の団らん「いいところだろ。海風が気持ちいい……」「あぁ。高台で、人に見下されたくない親父には最適な墓だな」助手席を降りて空を仰ぐ龍之介の言葉に、運転席を降りた蔵之介が感想を言う。2週間の入院の後、さらに自宅で1週間休んでから、組長……龍之介と蔵之介の父親の墓参りにやってきた。「早いうちにお墓を買っておいて良かったわ」「ハァイ…!」お義母さまに抱かれた龍桜も一緒だ。龍之介が墓前に報告した。「桜が産んでくれた俺の息子、龍桜だ。親父に言った通り、これから俺は……嫁と子供のために生きていく」桜の肩を抱く龍之介。見よう見まねで手を合わせる龍桜に、そこにいる皆が目を細めた。「まさか我ら一族に、こんな平和な時間が訪れるとはね」「そうだな。……組長の最後は壮絶ではあったが、あの行動があってこその、今かもしれない」西龍会を守るために。家族を、そして組員たちを守るためにすべてを背負い、1人で逝った組長。お義母さまがそっと涙を拭った。「怪我はしても命まで取られなかったのは、組長に守られたからだ」龍桜を囲むようにして、全員で手を合わせる。組長への感謝、そしてこれから先のの、静かで平穏な日々を祈って……墓参りを終えた一行は、母が1人で暮らす家へと場所を移動した。今日はこのまま泊まる予定。桜のカフェは、斉藤が桜に代わって営業をしてくれることになっている。「別に……斉藤ちゃんに頼まなくてもさ。1日くらい休んでもお客さん離れねぇだろ?」「離れませんけど、あのカフェはもう、私だけの居場所じゃないんですよ?……斉藤さんがお手伝いを申し出てくれたときは、お言葉に甘えるんです」「あぁそうですか。……甘えるのは言葉だけにしろよな」「……何か言いました?」「何でもありましぇん……」桜が斉藤を頼りにする素振りを見ると、とたんに面白くなさそうにする龍之介。「斉藤さん、料理できんの?」そんな龍之介に呆れた顔をしてみせて、蔵之介が聞いた。「どうなんでしょう?でもあまりキッチンに入ってこないので、苦手なのかもしれませんね!」「今後は入れない方がいいと思いますよ?キッチンなんて狭いんだから……」「はい、だから今日はランチはお休みして、ケーキと飲み物だけで営業してもらってるんです……けど」龍之介が話に入ってきて口をとがらせ、その顔を見て、また蔵之介が呆れた。「龍之
Terakhir Diperbarui: 2026-05-26
Chapter: 93龍之介の話 Side.斉藤「志田川の若い者たちに、俺を良く思わないのが多くいたらしい」組長の葬式の最中のこと……突然乱入してきた数人の若い男にいきなり切りつけられたという龍之介。「麗香のこともそうだが、手を組んで3年で俺たち兄弟がいなくなって西龍会解散とは……納得いかなかったんだろうな」「そういうことか。……で、母さんは?」「祖父さんが晩年を過ごした地方の家に、骨になった組長と一緒に行った。……向こうなら、母さんの姉妹もいるから、心配ないだろ」蔵之介との話が終わったあたりで……桜が龍之介に向き合う。「……その怪我、本当はまだ治療中なんじゃないですか?もしかして、点滴を勝手に外して病室を出てきたんじゃ……」心配そうに龍之介を見上げる桜の目は、憂いを帯びて、ひどく色っぽい。……そんな表情は、彼がいる時しかしないことに、いち早く気づく自分に呆れてしまう。「まぁ、看護師には散々止められたがな、必ず戻ってくるって約束して出てきたから大丈夫だ」龍之介も桜を見下ろし、これまた彼女にしか向けない柔らかい表情をして見せる。相思相愛とは……彼らのためにある言葉のようだ。「志田川の奴らにやられたことは、咎めねぇつもりだ。足を洗う俺に対する組員たちからの別れの挨拶ってことで、この痛みは受け入れる」「俺のときはなんもなかったのに……」不服そうな蔵之介に、龍之介は笑顔を返した。「当然だ。たった1人の弟に、こんな痛い目見せてたまるかよ」「蔵之介さんの分もまとめて切られたってことですか……カッコよすぎでしょ?」「いや、蔵之介が組を抜ける決断をしたから、俺も抜ける事が出来たんですよ」兄弟の話に入る斉藤に、龍之介は少し眩しそうな目を向けた。「蔵之介に後のことは任せたいと思ったことはあったが……志田川とまとまってからは、あいつには若頭も組を継ぐことも、任せられねぇって思った。だから、蔵之介が組を抜ける決意を固めなきゃ、俺も今頃ここにはいねぇってことです」話を聞く限り、龍之介さんは組長の死という形で西龍会に幕を引き、志田川組へ礼儀を通し、報いをうけたことになる。確かにもう、自由の身だ。そして確信する。桜への、自分の想いは叶わなかったと。けれどここであっけなく退散したくはない……「状況は、わかりましたよね?皆さん」しんみりしたムードをわざと壊してやった。話は、先を見越して弟を組
Terakhir Diperbarui: 2026-05-25
Chapter: 92.龍之介現る「あのバカっ!……いったい何をやってんだか」龍之介がやって来たあの夜から、まもなく3ヶ月が過ぎようとしていた。「麗香共々、連絡してもまったく捕まらないんだよねぇ……和哉の後の舎弟とはろくに話さないで屋敷を出たから、連絡先知らんし、櫻川も閉まってるんだよなぁ」「気長に、待ってみます」桜も携帯の番号はすでに変わっていて、連絡を取り合う手段がなかった。あの夜、龍之介が来てくれた時の言葉を信じるだけ。でも最近思う。もしかしたらもう、会わない方がいいのかもしれないと。「蔵之介さんは、もう屋敷には入れないんですか?極道さん辞めちゃったから?」「なに美紀ちゃん。俺に偵察に行けってか?」「あんな怖いとこに近づけるの、蔵之介さんだけでしょ?悪いけど……美紀は行かせられないよ?」美紀を引っ込め、昭仁が身を乗り出した。ちょうど来てくれた時間が同じで、美紀と昭仁と同じテーブルに案内した蔵之介が口を尖らせる。「はいはい。近く行ってみますよ。……そんで、いい加減待たせすぎって怒鳴りつけてやる!」そんな言葉に、つい目を伏せてしまう。会いたいのに、会いたくない。このまますべてを忘れてしまえたらいいのに……と、思うようになったから。そこへ、斎藤に抱かれ、龍桜が帰ってきた。「まだ遊ぶ気満々だったんだけど、やたら目をこすってグズりはじめてさ……こりゃ眠いんだなと思って帰ってきた」「それは……お手数かけました」「そんなのいいから!……あ、皆さん、いらっしゃいませ」蔵之介たちが来ていることに気づき、挨拶をしたものの、自分の店じゃなかった、と言って赤面する斎藤。……あの日から、確実に距離は近づいている。麗香さんの妊娠を聞いて、やはり龍之介を忘れなくちゃいけないと思った。泣き出す私に胸を貸し、やがて頬に手をかけ、見つめ合った……けれど、キスはできなかった。もちろん彼も、無理強いする人ではない。でもあの日から、ハッキリと好意を示し、顔を見せてくれる日は確実に増えている。龍之介と2度と会えなくなっても、彼で寂しさを埋めるようなことをしてはいけない。慣れた様子で龍桜を寝かせに行ってくれたけれど……桜は斎藤にも、決意を伝えようとしていた。「斎藤さん、優しいよね。ちゃんとした人だし、最高じゃない?」「もう……美紀ちゃん、その話は無しで!」「俺もそう思うよ?」
Terakhir Diperbarui: 2026-05-24
Chapter: 91.崩れ去る屋敷「今なんて言ったんだい……龍之介さんよ、」「自分の立場を佐竹に譲って、俺は組織を抜けます。麗香とも別れて」「……はっ!そんなこと、西龍会が許すはずがねぇだろ?」志田川会、と書かれた横型の掛け軸の下で、俺は志田川の組長と向き合って話をしていた。「認めさせます。どんな犠牲を払っても」「冗談じゃないよ……いつの間にか蔵之介も見えなくなってるじゃない。和哉も殺られてその上若頭までいなくなったら、西龍会に残るのは下っ端ばかりだ」「佐竹のことは、組長も目をかけているんじゃないですか?ならばあいつにこれからのことを……」「これからあんたと揉めさせようと思ってたんだよ。そのうえで、やっと勝ち取った若頭の地位じゃなきゃ、意味はねぇよ!」脅しても泣きを入れても、微動だにしない俺に、志田川の組長はだんだん苛立ちを募らせていく。「けじめはつけますんで……お言葉、待ってます」言葉、というのは、西龍会では組織を抜けるために積む金の金額を意味する。昔は指を詰める、など手荒なことをしていたが、現組長の代になって、西龍会でそういったことは行われなくなったと聞く。そもそも、命を落として組織を抜ける者はいても、別の道を行く選択をする者はいなかった。それが……組長の息子自らがそんなことになるとは、皮肉なものだと思う。「……待てやっ!」話は終わったとして、立ち上がる龍之介に慌てて声をかける組長。事務所を出ていかれたら、抜けることを認めても同じ……俺を呼び止めた声には、何の拘束力もないように聞こえたが。「……あんた、惚れてる女がいるそうじゃないの」眉間にシワを寄せ、厳しい視線を向ける俺に手応えを感じたらしい。「麗香とは別れてもいい。そんで!……その女と一緒になれば、なにもここを去る必要はないでしょうが……!」「そのつもりはありません」桜のことは、麗香や組の連中から聞いているのだろうが、多くを語るつもりはない。「麗香には話をつけてありますし、それなりの配慮はするつもりです。……そもそも俺と麗香の結婚で組織は手を組み、楓卿組、龍城組を傘下に入れて、関東最大の組織に成長したはずですよ。……俺は役割をまっとうした」「そうはいっても、中が空洞じゃ……いつバラされるかわかったもんじゃねぇっ!だからあんたの力が……」「お言葉ですが……俺は単なる若頭。現組長お2人の、鉄砲玉に
Terakhir Diperbarui: 2026-05-23
Chapter: 90.龍之介の真実「……それは、本当ですか?」「あぁ。言うつもりはなかった。だが、ここへ来たときの彼の様子を見て、心配になって」龍之介を龍桜に会わせる事ができた軌跡を思い、幸せに浸っていた数日後、斎藤がやってきて、つらい話を聞くことになった桜。「龍之介さんの車は目立つんだよね。……どうしてかな?高級車だけど、ただの黒い車なのにね?」神妙な様子の桜に、斎藤は少しだけおどけてみせる。そんな気づかいを感じながら……悪い話を予感している桜はうまく笑えない。「2人でいるところを、見ちゃってね」それは、少し前のことだという。「仕事で訪れた場所だったんだけど、車を降りたら目の前に黒塗りの車が停まって、麗香さんと龍之介さんが降りてきた。……すぐ目の前に産婦人科病院があって、2人でそこに入っていったんだ」「それは、麗香さんが……」そうだ……どうしてそんな可能性を想像しなかったんだろう。あれから3年……2つの組を存続させるための政略結婚。子供を望む声が上がるのは自然なこと。それだけじゃない。女性と同じ部屋で眠って……何年も何もないなんて、考えられないことだと聞いたことがある。ふと、自分にしか機能しないと聞いたあの日を思い出した。私は、龍之介さんのあの言葉を信じたかったんだ。現実的ではないのに……もうとっくに治っているかもしれないのに。自分が、ひどく滑稽に思えた。「麗香さん、とても嬉しそうな笑顔だった。それとなくお腹に手を当てて。まだ全然大きなお腹ではなかったけど、もしかしたら定期検診に龍之介さんが付き添ったのかな、って思ったよ」目の前がゆらりと波打って見える……波打ち際に立っているかのように、足を取られる感覚にぐらついた。「……大丈夫?桜ちゃん、変な話をして悪かったね。でも、見過ごせなかった」桜に手を貸し、椅子に座らせる斎藤。「もう店じまいの時間だよね?」斎藤は手慣れた様子で看板をしまい、店先の明かりを消し、ドアの鍵をかけてくれた。いつもなら、人さまにそんなことさせないのに……けれどこの時は、自分でやる、と言えないほどショックを受けていた。ありがとうの言葉も出ないほどに。「美紀ちゃんは、泊まって行くのかな?」「……はい。今、龍桜をお風呂に入れてくれてるので」斎藤はホッとしたように息を吐き出し、桜の様子を伺う。そして決心したように、話を戻した。「
Terakhir Diperbarui: 2026-05-21
Chapter: 46.熱い蓮……「どうして?……蓮さんが熱いなんて、おかしいんじゃないですか?」「そうだな。……俺もこんな風になるのは初めてだが」体が熱い証拠だろう。頬を赤く染めている蓮なんて初めて見る。……体調が優れないということはなさそうなので、レアな蓮をつい、ニヤけながら見つめてしまった。「あれ?アミルさんは?」そこでふと、自分達以外の人の存在を思い出す。「あぁ、それならさっき蒸発した」「蒸発って…この場から姿を消すとか、そういう意味ですよね?」そう信じたい、と思った。煙になって消えるなんて、まるで魔法のランプじゃないか……少し心配になってしまう自分は、お人好しなんだろうか。つい今しがた、喉元を持ち上げられ、危うく命が奪われかねなかったのに。「いや、紛れもなく蒸発だ。固体が液体になって、やがて蒸気になるってアレだ。跡形もなくなるやつ」「……なんでもないことみたいに言いますね」「いや、たいしたもんだ。アミルをあそこまで本気にした人間は、凛花が初めてだからな」……ということは、私は決闘その1に勝ったということ?「どうした?笑顔が見えないようだが?」「いえ、なんだか実感がわかなくて……」このときからきっと、目に見えない不安を心で捉えていたのかもしれない。あっけない勝利……そして今度こそ本当に、死神最高幹部と戦うことができるのか……蓮と永遠に結ばれるために。「とりあえず、今日は休もうか。明日は朝イチでイベントだ」「あ、そうでした……!」今回こちらで販売される商品を、広く一般にアピールし、その結果を分析することになっている。イベントの運営には、私と鮫島も同行することになっていて、普段のデスク業務とは違う仕事に、少しだけウキウキしていた。「それじゃ、お風呂の支度してきますね」「あぁ、悪いな」パソコンを取り出した蓮に代わり、バスルームへ行こうとして、ふと思った「今日お風呂に入ったら、蓮さんの体……ピンク色になるんでしょうか?」「……ピンク?」それだけのことで、何やらスイッチが入ってしまったらしい。パタン、とノートパソコンを閉じ、凛花に向かってくる蓮。「俺がピンク色に染まる過程を見たいだろ?」「そ、それは……まぁ」「じゃあ決まりだな」手を引かれ、洗面室のドアを閉められた。その先に、バスルーム。2人でお風呂に入って、そこで恋人らしい秘め
Terakhir Diperbarui: 2026-05-23
Chapter: 45.夜の対決「……蓮さん」アミルのことを非常識だとしながら、2人はその場で熱いキスを交わした。……誰が見ていたってかまやしない。それほど2人は惹かれ合っていたのだ。やがて新幹線は目的地に到着した。地方の大きなターミナル駅は、中も外も意外にもごった返していて、新しい商品の戦略をこの地で仕掛けるという会社の方針に妙に納得した。駅舎を出たところに、自社の車が停まっているのが見える。「お待たせしました。東京本社、マーケティング戦略部の神西です」車から降りて待っていてくれた男性社員に、蓮は名刺を渡した。「遠いところありがとうございます。……えっと、こちらの方は?」アミルを見て驚く男性社員。名刺によると、名前は長谷川というらしい。「新入社員の中村でぇす!アミルって呼んでください!」「中村はまだ社会人経験が少なく……申し訳ない。着替えさせてから合流します」そう言って蓮は、出てきたばかりの駅ビルの中にアミルを押し込む。「え?!1人で行くんですかぁ?」不満げなアミルに、長谷川という社員が自分の名刺を渡し、戻ってきた。きちんとした服を買って着替えて、名刺の住所を頼りに来い、という意味。……なかなかスパルタだ。アミルを置いて長谷川を加えた4人は早速社用車で支社へ向かう。挨拶を終えてから、早速仕事に取り掛かる。新商品とデータを見比べ、消費者ニーズを把握し、細かい戦略の改善と、この地域ならでは強みを分析した。「現在の商品に試作品を張り付けて、得られた結果なんですが、おもしろいことがわかりました」鮫島くんが蓮にデータを見せながら説明している。長谷川さんも興味深そうに聞いている。凛花はひたすら分析結果をまとめてデータ化し、全員で共有しやすいように作業を続けた。……そんなことをしているうちに夕方になり、長谷川さんが蓮を酒の席に誘った。「皆さんもどうですか?ここの名産品で一杯!」「いいですね!地方出張は少なくなったので……実は今日、それを楽しみに来ました!」鮫島のノリの良さに、一気に話がまとまった。やがて夜になり、支社の社員たちも交え、居酒屋へと繰り出す面々。……席に座って気がついた。「そういえば……アミルさんは?」「あいつなら帰ったぞ」「……え?出張で来たのに?」1人で放り出されたのが気に入らなかったのだろう。……自分で追い出したわけではない
Terakhir Diperbarui: 2026-05-20
Chapter: 44.出張に同行「呼び出すには……こういうことをすればいい」蓮はもう一度凛花にキスをして……「ほら来た……」蓮の目には何かが映っているようだ。けれど凛花には何も見えない。そこへ看護師が通りがかり、凛花は慌てて離れた。「鈴原先生なんですが、今眠ってらっしゃるようなんです。できれば起こさないように……」「わかりました。寝顔をひと目見て、帰りますので」蓮と2人、そっと病室に入ると、確かに父は静かな寝息を立てている。「……お父さん、蓮さんが来てくれたよ。……って、来たら怒るかな。でもね、私はやっぱり彼と離れられないよ。きっと、解決してみせるから、待ってて」凛花は小さくそう言って病室を出た。改めて、決闘を心に誓いながら。そんな凛花に変化が訪れたのは、それからしばらく過ぎてからのこと。(……証明せよ、)オフィスの自分のデスクでパソコンを叩いている時、頭の中に突然響いた声。ハッとして、とっさにあたりを見渡した。いつも通りのオフィス、社員たち。凛花のデスクの背後にある課長の席で、蓮もパソコンを見つめていた。……今の声、誰?男性の声だった。けれど蓮の声ではない。もっと低く、冷たい声……もしかしたらこれは、コンタクトが取れたということかもしれない。死神最高幹部の方から?仕事を続けながら、ひと言の意味がわからず考え続けてしまった。証明せよ……って、何を証明するんだろう。答えは訪れないまま夕方になり、ぼんやり考えていたので、無意識にチラチラ蓮を見ていたのだろう。オフィスに訪れた部長が、蓮の席に向かったことにいち早く気づいた。「中村さん、ちょっといいか?」「はぁい…!」アミルを呼ぶ蓮。……なんだか嫌な予感がする。「明日の朝イチから出張に同行してくれるか。……他に2人くらい…」「はいっ!神西課長っ!鮫島くんと私が行きますっ!」指名される前に立ち上がる。腕を真っすぐ伸ばして。「え、僕も?」たまたまそばを通りかかった鮫島が、突然名前を出されて驚いている。けれど蓮のそばにいる部長がホクホク顔で言った。「いいメンバーなんじゃない?あの2人にもちょうどいい機会だからね」アミルは何か言いたそうにしたが、私たちの同行はあっさり決まった。(……いいね、)またも頭の中で声がした。なに?積極的になれってこと?証明せよ、という言葉のあと、アミルが蓮さんの
Terakhir Diperbarui: 2026-05-17
Chapter: 43.コンタクトを取る方法「……いい?あなたが戦うのは、あくまで死神の頂点にいる最高幹部。あなたが勝てば、蓮と結ばれる可能性が出てくるわ。そしてお父さんの寿命も変わるかもしれない」「……なんだかフワッとしてますね。こんなに雷が鳴って、雰囲気満点なのに」「だって天使二世なんて初めて会うんだもの。もちろん幹部に戦いを挑む人を見るのも初めてよ?」そんなことより……と、めぐみは続けた。「雷雨はやめてくれない?もうすぐ退勤時間なのに、足元が濡れちゃうじゃない」そう言われて凛花がため息をつくと、やがて激しい雨がやみはじめ、黒い雲が切れはじめた。「……すご。本物ね、あなた」急に目覚めた能力者のようだが……凛花に自覚はまったくない。「とりあえず、どうしたらいいんですかね……」戦うと決意してめぐみに宣言したものの、この先の展開がわからない……電話やメールで呼び出すわけにもいかないし。この日は結局、めぐみに宣言しただけで終わった。「お前、何やってるんだよ」「あ、蓮さん……」再び父の病院に訪れた凛花を、蓮が待ち構えていた。父が倒れて早退したくせに、めぐみを訪ねるために出社した凛花の話を聞いたらしい。腕組みをして見下ろす蓮の表情に浮かぶ心配。そしてわずかな呆れと怒りまで見える。それでも、あなたと結ばれるために、死神と決闘すると決意して、それを宣言しに行ってたなんて、恥ずかしくて言えない。……足元の石を蹴る私に近づいて、蓮は続けた。「お父さんは、大丈夫なのか?」「はい、とりあえずは……でも、また倒れる可能性があるみたいで、それでアミルさんにもカマを振り下ろすとか言われて……」「アミルに?」見上げると、蓮は険しい目つきを返してきた。「あの……アミルさんが婚約者だというのは、本当ですか?」「あぁ。本当だ」「あっさり認めますね……婚約者がいながら、私にちょっかい出して、蓮さんは悪い男だったんですね?」蓮はやや首を傾げる。「悪い男か?……凛花のことは、可愛く思ったから近づいたんだが?」「浮気だったってことですか……」「このまま冥界に戻れば、自動的に結婚させられる相手がアミルだというだけだ」……だからそれを人間は浮気たと言うんだよっ!……と捨て台詞を吐いて駆け出したくなる。でも不意に掴まれた腕が引き寄せられ、たくましい胸に顔を埋めることになった。「……こうしたい
Terakhir Diperbarui: 2026-05-14
Chapter: 42.決意した天使二世「……お父さんっ!」案内された扉を勢いよく開けると、ベッドに横たわる父の姿が目に飛び込んできた。「あぁ……凛花、わざわざ来なくてもいいのに」ここは父が勤める総合病院。父が勤務中に倒れたと会社に連絡が入り、急いで駆けつけてきたところだ。「鈴原先生のお嬢さんですか?……これはまた、可愛らしい、」主治医だろうか。医師と看護師が入ってきて挨拶をしてくれたが、表情が……固い。それは父の病状が、というより、私があまりにみすぼらしい姿だったからだろう。褒める言葉を一生懸命は探しているのがわかって、心苦しい。「いつも、父がお世話になりまして……あの、父はどうして倒れたんでしょうか?」「あぁ、これはたいしたことはないんだ。要するに、寝不足と過労が祟ったんだろう」主治医をさしおいて、自分で説明する父。私が来るまで眠っていたのか、目をショボショボさせながらも、顔色は悪くない。「ならいいけど、心配させないでよね……」「あはは、悪かったな。せっかくだから入院させてもらって、あちこち調べてもらうことにするよ」「うん。ぜひそうして。……あの、父をよろしくお願いします」頭を下げる凛花に、主治医と看護師は笑顔になる。……そこへ昼食が運ばれてきたので、3人でいったん病室から出た。「鈴原先生のお嬢さん、凛花さんと言いましたか、少しお話をよろしいですか?」「……あ、はい」主治医に説明を受けて驚いた。「心臓に、疾患が?」「はい。検査をしてみないと、詳しくはわかりませんが……」「父は、気づいていないのでしょうか?」専門は外科だ。医者とはいえ、父が自分の体の中で起きていることを詳細に理解しているとは限らない。「いえ、多分わかっておいでだと思います。……ただ、凛花さんに心配をかけたくないのでしょう」「そうですか……」「検査の結果、手術が必要になることもあります。……それから、また倒れるようなことがあれば、それはかなり、危険な状態であると言わなければなりません」ホッとしたのも束の間……父の突然の体調不良に、凛花は両手をギュッと握りしめた。その後、もう一度父の病室に向かい、食事を取る姿を見守った凛花。……母が亡くなって今日まで。10歳だった私を、父は医者として忙しい日々を送りながら、愛情深く育ててくれた。そんな父に、隠れた病が進行していたなんて。ふ
Terakhir Diperbarui: 2026-05-11
Chapter: 41.中途入社の女子社員「今日から皆さんと一緒に働かせていただくことになりました。中村と申します」……華やかな美人だった。年齢はめぐみさんと同じくらいか、少し下。確実に自分より年上には見えるけど……そもそもめぐみさんはいくつなのだろう。「……原」いや、年齢という概念がないのだった。死神には……ふと視線を上げた先に、美人を伴ってこちらに歩いてくる蓮が目に入る。「……お前、名前変わったのか?」「は……」名前が変わったって?……なにそれ、結婚したって思われてる?「まさか……!私、結婚なんてしてません。こんな気持ちのまま、結婚に逃げるように見えますかっ?」「……なにを言ってるんだ?」切れ長の瞳の奥に「心配」という文字が見える。「……何度も名前を呼んだのにボケっとしてるから……お前、本当に大丈夫なのか?」「はぁ、大丈夫です」ここはオフィスで、蓮が皆を集め、女子社員を紹介したところだと思い出した。……皆が自分に注目していることにも気づく。蓮の少し後ろで、何が面白いのか、ニコニコしている美人。「今日入社した、中村さんだ。社内のことと、仕事について教えてやれ」「よろしくお願いします!凛花さん」綺麗な姿勢でお辞儀され、凛花も慌てて頭を下げながら、ふと抱く違和感。凛花って……どうして下の名前を知っているのだろう。「じゃ、頼んだぞ?」瞳の奥の「心配」が消えないまま、蓮は踵を返し、行ってしまう。同時に中村さんもくるりと後ろを向いて、蓮の後に続いた。……後ろで束ねた彼女の長い髪が、動くたびに甘やかな香りを漂わせる。「……え、あのぉ、ちょっと」自分に任されたというのに、中村さんは席に戻る蓮について行こうとしている。「あ、ごめんなさい!間違えちゃった」ニコッと笑った彼女に、男性社員が注目しているのがわかった。鼻の下を伸ばした顔、顔、顔。……きっと中村さんは、我がマーケティング部の人気者になるのだろう。「早速なんですけど、お手洗いってどこにあるんですか?」「あぁ…こちらです」廊下を少し歩き、角を曲がったところにWCの文字。案内しながら、つい一緒に入ってしまった。「ありがとうございます。ちょっと鏡を見たかったんですよね」そう言って鏡を覗き込む中村さん。……髪1本乱れていないけどな。そういえば私は、鏡なんてずっと見てない。そう気がついて、何気なく前
Terakhir Diperbarui: 2026-05-10