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オデットオディール
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Novels by オデットオディール

跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する

跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する

私が流産した夜、私の夫はーー家政婦の娘に付き添って、妊婦検診を受けていた……。 その事実を知った時、燈(あかり)は夫を捨て、新しい世界へ足を踏み出す! 政略結婚をした久遠燈(くおん あかり)は二年前のあの事故でメスを置き、専業主婦となった。夫の久遠湊(くおん みなと)は脳外科の部長として、そして若き脳外科医のエースとして第一線で活躍している。 二年前のあの事故。全てはそこに起因している……。 湊の親友、颯太の死。 そしてそこに絡む愛沢くるみの影……。 久遠湊、森崎颯太、佐伯燈、そして絡み付く愛沢くるみ。4人は幼馴染でもあり、互いに相容れない感情を持っている……。
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Chapter: 143話 聴取
「それで?」藤堂氏の居る特別室を出て、廊下を歩きながら聞く。私にそう聞かれた遼大が少し笑う。「千堂彰?」そう聞き返されて頷く。「えぇ」遼大は腕まくりをしながら言う。「これからその秘匿施設に行って、話を聞くよ」遼大がそう言うと、湊が言う。「俺は……千堂理の方の検査を優先したいんだが」そう言う湊の顔は何だか辛そうだ。「それはそれで良いけど、湊、大丈夫?」そう聞くと湊が頷く。「あぁ、さっきは動揺して情けない姿を見せてすまない」そう言われて私は微笑む。「仕方ないわ、あなたは最初の被害者と言っても良いんだもの」遼大も湊を見て微笑む。「あぁ、くれぐれも無理はしないでくれ。トラウマは誰にでもあるからな」◇◇◇湊と別れ、私は遼大と共に遼大のいう秘匿施設に向かった。秘匿施設は聖カトリーナから少し離れた場所にあり、外側からは一体、何の建物なのか、全く分からない造りになっている。「こんな所、あるのね」私がそう言うと遼大が笑う。「まぁ、高嶺の家は表向きはそれ程、大きくないと思われているけどね」大きな真っ黒の門が自動で開く。車がその門を潜り抜ける。大きくない訳は無い。あのEMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)なんていう組織の創設者の一族なのだから。世界各国に支局がたくさんあって、営利目的では無いというだけで、これが一般企業だったら、世界的に展開をしている一大企業だ。今更ながらブラックカードを持っている事にも頷ける。車を降り、建物の中に入る。中には何人かの男性が立っていて、皆、遼大に向かって頭を下げる。遼大が一つのドアの前に来て、ドアを開けて言う。「中へどうぞ」そう言われて私は中に入る。中は小さな小部屋で、大きな壁一面がガラス張りになっている。そのガラスの向こうに男性が一人、項垂れるようにして椅子に座っている。「彼は千堂彰の部下の百田という男だ。俺たちが閉じ込められていた地下階のコントロール室の責任者だそうだ」遼大がそう言いながら私に並ぶ。「彼の手元にはEMSO日本支局の地下階での記録を全消去するボタンがあった」私はそう言われて遼大を見る。「でもあなたの端末には……」私がそう言うと遼大が頷く。「そう。百田はその記録を消せなかったんだ」そう言われて改めてガラス張りの向こうに居る男性を見る。項垂れていて、おそらくは自分のやっ
Last Updated: 2026-06-12
Chapter: 142話 隔離
早い段階で、湊は愛欲の女王に晒され、その脳を支配されて来た。幸運だったのはその量が比較的、少なかった事だ。 私と結婚していた時は、その雛形であるアロマを炊かれていたけれど、そのアロマはそれ程、強くは無かったのだろう。 香水として愛沢くるみがその身にまとい、更にサロン・ド・オーキッドの中で愛欲の女王が蔓延した。サロン・ド・オーキッドの外でもその香水を愛用しているのは愛沢くるみくらいだったのが、不幸中の幸いだった。 「違法賭博場、そして売春が横行しているサロンがあるんですよ」 湊がそう言う。堤氏が少し微笑む。 「サロン・ド・オーキッド、ですよね」 そう言われて私たち全員が堤氏を見る。 「違法賭博、売春斡旋……噂は聞いていますし、今、内偵させていたところだったんです」 内偵……つまりは国が既に危険を察知し、秘密裏に動いていたという事だ。 「ベンゾジアゼピン系物質を主成分としたその香水も脅威だが、この、EMSO日本支局の地下階に漏出しているレプリトール・ディザスターとやらも、厄介だな」 遼大から渡されたタブレットを見て、藤堂氏が言う。「えぇ、私のこのタブレットに千堂彰が残した全記録が転送されていますが、このレプリトール・ディザスターの方が愛欲の女王やレプリトールよりも何十倍も危険です」遼大がそう言う。「そのレプリトール・ディザスターっていうのは、千堂彰が開発したっていう新薬の事か?」湊がそう聞くと遼大が頷く。「そうだ」そう言って遼大は藤堂氏からタブレットを受け取り、湊へ渡す。そこには千堂彰が残したという地下階での記録が記されている。「燈は見たのか?」そう聞かれて頷く。「えぇ、さっき遼大に見せて貰ったわ」湊はタブレットに記されている記録を見ながら、言葉を失っている。「不幸中の幸いたしては、この害薬が外には漏れていないという事です」遼大が藤堂氏にそう言う。藤堂氏もそれを聞いて頷く。「まだ実験段階にあったというのが、幸いだったな」既に何人かの犠牲が出てしまっている事は、厳然とした事実ではあるけれど。それは千堂彰がその新薬によって人が死ぬという事を理解して使ったのだから、全ての非は千堂彰にある。「それで、千堂は?」そう聞かれた遼大がクスッと笑う。「事情聴取をしなければいけないので、秘匿施設に入れてあります」そう言って遼大は堤
Last Updated: 2026-06-11
Chapter: 141話 接触
「藤堂先生」俺が部屋に入ると、そこには堤氏が既に居た。「あぁ、久遠先生」藤堂氏はそう言って少し微笑む。「見ての通り、報告を聞いていたところだ」そう言われて堤氏を見る。堤氏は俺に頭を下げ、そして微笑む。俺は藤堂氏の居るベッドに近付き、改めて頭を下げる。「本日はお力を貸して頂き、本当にありがとうございました」一礼すると、藤堂氏が言う。「いや、頭を上げてくれ、久遠先生」そう言われて俺は藤堂氏を見る。藤堂氏は堤氏を見て頷く。堤氏はそれに応えるように頷き、言う。「こちらとしても千堂彰には少々、困っていたところなんですよ、久遠先生」堤氏にそう言われて俺は聞く。「困っていた、というと?」俺がそう聞くと堤氏が苦笑する。「千堂彰は最近、厚生労働省の人間にコンタクトを取り始めていたんです」そう言って堤氏が俺に一枚の紙を差し出す。受け取り、それに目を通す。そこには厚生労働省の役人の名前が数名分、載っていた。「そちらに記載のある役人たちは、つい最近、千堂彰とコンタクトを取った者です」まだ数名、いや、もう数名か。「千堂彰に接触した者たちは、何を持ち掛けられたんですか?」そう聞くと堤氏が藤堂氏を見る。藤堂氏が堤氏に頷いて見せ、堤氏が言う。「認可ですよ」そう言われて俺は驚く。「……それは、あのベンゾジアゼピン系物質で作られたものを、という事ですか?」そう聞くと堤氏が頷く。「そうです」乾いた笑いが込み上げる。不意に扉がノックされる。「はい」藤堂氏が返事をすると扉が開いて、高嶺さんと燈が入って来る。俺は口元を覆い、込み上げて来る吐き気を抑える。◇◇◇藤堂氏の居る特別室に入ると、そこには湊が居た。湊は顔色が悪く、口元を覆っている。「ご挨拶に伺いました、藤堂先生」遼大がそう言う。私は湊が気になり、聞く。「大丈夫?」そう聞くと湊は苦笑する。「あぁ」一体、何を話していたんだろうと思っていると、湊が私に手に持っていた紙を渡す。遼大と共にその紙に目を通す。「これは?」遼大がそう聞くと、湊と一緒に居た男性が言う。「千堂彰が接触を図った厚生労働省の人間のリストです」その紙には数名の人間の名が記されている。私が顔を上げると、その男性が微笑み、言う。「私は厚生労働省の堤と申します」そう言って私に握手を求める。それに応え、握手する。「佐
Last Updated: 2026-06-10
Chapter: 140話 秘匿施設
役人に掴まって連れられて来た部屋。ここは一体、どこなんだ?何も無い部屋。テーブルと椅子のみの部屋で、壁一面が鏡になっている狭い部屋。連れられて入った建物自体、見た事も無いような無機質な建物だった。私は自分がてっきり警察に連れて来られるものだとばかり思っていた。それが。国家権力とは全く関係の無いような建物に連れて来られているのに、私の手には手錠が掛かっている。椅子に座らせられ、私を連れて来た男たちは何も言わずに出て行こうとしていた。「待て! 私には弁護士に連絡する権利がある!」そう声高に言ってもその男たちは無表情で私を椅子に座らせて一言も発する事無く、部屋を出て行った。ここは警察組織とは全く関係無い、全く別の権力下で動いている組織か……?そう思った時、私の背筋が凍る。私はEMSO(アイゼンバーグ医療戦略機構)という組織に属している人間だ。そして今日、その組織のトップの人間がEMSOの日本支局に来ていて、私はその男に逆らった。しかも私はその日本支局を私物化し、違法の薬品の開発に関わり、更に新薬の漏出までさせたのだ。今更になって自分が私腹を肥やし、自分がトップに立っているような気になっていた事実に気付き、寒気を感じる。世界的に権威を持っているEMSOという組織に私は逆らい、そこで自由気ままに振る舞ったのだ。最高責任者であるあの男をあまつさえ、殺そうとまでして。そんな組織を自分の一存で動かせる男なら、私くらいの人間一人、消す事だって他愛の無い事かもしれない。冷や汗が背中を伝う。私はこれからどうなるのだろう。こんな事なら警察に捕まった方がまだマシだ。◇◇◇「動けそうか?」そう聞かれて私は微笑む。「えぇ、もう大丈夫よ」そう言うと遼大は微笑み、聞く。「藤堂氏に挨拶に行かないといけないが、先にシャワーでも浴びるかい?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、そうしたいわ」そう言うと遼大が微笑む。「じゃあ、浴びておいで。俺はここで待ってるよ」特別室に備え付けられているシャワールームに入る。埃と汗と砂で体中がべたついている。◇◇◇俺は鼻歌を歌いながら、タブレットを操作する。さっきからタブレットには関係各所から連絡が入っている。千堂彰は俺の指定した場所へ入れられ、更に千堂彰の部下の百田という男も別の部屋に入れてあった。久々に権力というものを振るい、
Last Updated: 2026-06-09
Chapter: 139話 贖罪
私がそう聞くと湊が言う。「会話がちゃんと出来る。バイタルも安定していた。軽い脱水症状があったが、今は輸液を点滴中だ」そう言って湊が少し笑う。「治療方針を考えないといけない」そう言われて私も頷く。「そうね」遼大が腕を組んで言う。「まずは千堂理の体の状態を確認だな」湊が頷いて言う。「あぁ、本人にも体が復調したら詳しい検査をすると言ってあるよ」私は千堂理に触れたあの時の感覚を思い出す。「千堂理の栄養状態はそれ程、良いとは言えないと思う」私がそう言うと遼大も頷く。「あぁ、俺も同意見だ。背負った時に、成人男性とは思えない程の体重の軽さだったからな」湊が少し考えながら言う。「あの状態で失血量を抑えられたのは幸運だったが、体が復調するまでには少し時間をかけないといけないかもしれない」そう言われて私も遼大も頷く。「最大の敵は、やはりベンゾ・マスクだな」遼大がそう言う。「えぇ、そうね」そう返事をしながら私は千堂理の状態を思い出す。無表情で筋肉の弛緩により、垂れ下がった顔……。「高嶺さんが作った解毒薬を千堂理にも投与するべきだろうと思う」湊がそう言う。「解毒薬の話を?」遼大が湊に聞く。湊は苦笑しながら言う。「えぇ、しました。俺自身も愛欲の女王に晒されていた事も話しましたよ」遼大はそれを聞いて少し悲し気に笑う。「そうか」私は湊を見て言う。「きっと千堂理にとっては湊は一筋の光になったと思うの」私がそう言うと湊が私を見て聞く。「一筋の光?」そう聞かれて私は言う。「えぇ、程度の差こそあれ、同じ愛欲の女王に晒されていた湊が解毒薬によって愛欲の女王の支配から抜け出して、医師としてそこに立っているんだもの」遼大はそう言う私の頭をポンポンと撫でる。遼大を見上げて微笑む。遼大も私を見て微笑んでいる。「EMSO日本支局内の事は?」私がそう聞くと遼大が言う。「今、人をやって、色々と調べさせてるよ。千堂彰の悪事と、それを許容せざるを得なかった人間も含めて、ね」湊がふと笑い出す。不思議に思って湊を見ると、湊が苦笑しながら言う。「あぁ、いや。さっき愛沢くるみから電話が来てね」そう言われて私は聞く。「何て?」湊は苦笑したまま言う。「恐らくは不安なんだろう。俺に自分を好きかと聞いて来た」そう言われて吹き出す。事態が大きく動いてい
Last Updated: 2026-06-08
Chapter: 138話 まやかし
まずは治療計画だ、そう思い、俺は千堂理に言う。「あなたの体の状態をきちんと把握したいので、詳しい検査をさせて下さい」千堂理が頷く。「もちろんです」俺は頷いて、立ち上がる。「体調が復調したら、すぐに検査に」そう言うと千堂理が頷きながら言う。「よろしくお願いします」特別室を出る。特別室の前には高嶺さんが配置したであろう人員が立っている。俺の顔を見て軽く会釈する。(本当に高嶺さんの素性は底知れないな)そう思って笑う。歩き出した俺のスマホが鳴る。見れば画面には愛沢くるみの名前。俺は周りを見て、適当な部屋に入り、通話を繋げる。「はい」そう言うと電話の向こうから愛沢くるみの声。『湊さん……』その声は泣き声に近く、泣いていたんだろうと分かる。「どうした?」優しさを装ってそう聞く。『私、今、すごく心細いの……』そう言われて少し笑う。(それはそうだろうな、レーザー治療して、今はその傷が癒えるのをただ待つだけなんだから)そう思いながら俺は何も知らない無垢な自分を演じる。「心細い? どうして?」そう聞くと電話の向こうで愛沢くるみが、俺の問いには答えずに聞く。『湊さん……私の事、好き?』そう聞かれるとは思っていなくて、思わず吹き出しそうになるのを堪えたが、堪えなくても良いと気付いて、少し笑う。「どうしたんだい? 急に」そう聞いても愛沢くるみは何も言わない。俺は笑って最大の嘘をつく。「くるみの事、好きだし、大事に思っているよ」自分で言っていて鳥肌が立つほどのおぞましさを感じる。電話の向こうで愛沢くるみが言う。『ありがとう』(“ありがとう”か……)そう思って笑う。「くるみ、悪いが患者さんの検査が入っているんだ。行かないと」そう言うと愛沢くるみが言う。『分かった……』その返事を聞き、俺は電話を切る。(まぁ、会いに来いとは言えないだろうな……)そう思って笑う。そのまま、また燈の居る部屋に向かう。千堂理の全体の治療方針を決めないといけない。ノックをすると、返事が聞こえる。「はい」そう返事をしたのは高嶺さんだ。(もう起きたのか)そう思って微笑む。◇◇◇湊が合流し、私も半身を起こして、三人で話し合う。「千堂彰に関しては厚生労働省の人間に任せて来た」湊がそう言う。「それが一番でしょうね」私がそう言うと遼大が
Last Updated: 2026-06-07
灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く

灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く

「さよなら、永遠に」 実の父親に泥の中へ蹴り飛ばされ、最愛の婚約者と義妹にすべてを奪われた夜、私は一ノ瀬美緒としての人生を捨てた。 捏造されたスキャンダル、強行された堕胎手術、そして監禁された療養所の謎の爆発。 火の海の中で死んだはずの「令嬢」は、激しい復讐の炎を胸に宿し、灰の中から這い上がる。 切り裂かれるような激痛を堪え、彼女が雨の中、向かった先――。 それは一ノ瀬家の宿敵であり、あの狂った夜の男、九条征哉の元だった。 テーブルに置かれた、一つの小さな指輪の箱。 復讐のために宿敵と交わした、冷徹な『氷の契約』。 灰となった令嬢の、すべてを滅ぼすための残酷で美しいカウントダウンが、今、始まる――。
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Chapter: 9話 決意
「フフ……アハハハ……クソッ!」笑い出しながら俺は自分が持っていたグラスを投げ付ける。ガシャーン!!!グラスが砕け散り、中に入っていたブランデーが飛び散る。むわっとブランデーの濃い香りが部屋中に充満する。俺は目頭を押さえながら、涙を堪えていた。助けられなかった……。それに気付いた時には、彼女はもうこの世には居なくなっていた。灰になってしまった後だったのだ。天を仰ぐ。あの夜、夢中で抱いた女 ―― 一ノ瀬美緒 ――後から調べさせたところによれば、俺の飲んだ酒の中には強烈な媚薬と、その媚薬の効果を高める為の高濃度のアルコールが検出されている。そのせいで俺の記憶は曖昧になっている。媚薬のせいか、はたまた一ノ瀬美緒が美しかったからなのか。一ノ瀬美緒の訃報を聞き、俺は葬儀に出向いた。俺の知らない間に、俺自身が利用されていた、と気付いた時にはもう遅かった。彼女を失くした事がどうしてここまで自分に喪失感を与えるのか。俺はもうその答えを既に知っている。「征哉様、お客様です」そう声を掛けて来たのは俺の部下、日下部だ。「客?」日下部は何も答えずにただドアを開ける。◇◇◇バスルームの扉を閉め、私は浴室の鏡に映る自分の姿を見た。青白い顔……こけた頬……泣いたせいでむくんだ瞼に、目の下は酷い隈だ。鏡の中の自分に微笑もうとする。けれど笑えない。及川は私に言った。私を海外へ逃がすと。それはきっと私の今の一ノ瀬美緒という名前も、一ノ瀬香織という私の母の子である一ノ瀬家の長女という立場も、全てを捨てて、生き延びろという事……。それは母の願いでもある。目頭が熱くなる。涙で鏡の中の自分が歪む。母は私に生きて欲しい、生き抜いて欲しいと願った。私はそこで歯を食いしばる。涙が落ち、私の視界がクリアになる。私は行けない、行かない。今、ここで私が逃げ出したら、あの人たちが私へ向けた悪意も悪行も、全て無かった事になる。永遠に闇に葬られ、私という可哀想な令嬢が一人、死んだ、それだけになってしまう。高橋翔太は一ノ瀬瑛理香と結婚し、お腹の中の命を育み、その子を一ノ瀬家の後継にするだろう。一ノ瀬華瑛は今まで通り一ノ瀬家で好き勝手に振る舞い、私の父、一ノ瀬恭介を上手く騙し、一ノ瀬家を食い潰すだろう。父はそんな毒婦に騙され続け……そこで少し笑う。いいえ、もしかしたら、
Last Updated: 2026-06-12
Chapter: 8話 甘美な夢
雨は降り続いている。傘が必要な程の雨では無いが。涙雨まさしく骨の髄に染み入るような、そんな雨だ。俺は目の前の墓石を見つめ、一束の花束をその墓石に供える。記憶の中の彼女は俺に微笑んだ事は無い。それなのに彼女の微笑みを想像出来てしまう程に、俺は彼女を知っているような気がしている。無意識に拳を握り締める。その時 ――微かな物音が聞こえた気がして、反射的に顔を上げる。視界の隅で何かが動くのを捉える。少し離れた場所、その場所の墓石の影から清掃員の制服を着た人間が足早に立ち去ろうとしていたところだった。その背中に何故か、惹き付けられる。(あれは……いや、そんな筈は無い……)療養所は爆発し、遺体も発見されている。だからこそ、今日の葬儀なのだ。「征哉様?」部下の日下部の声に、我に返る。「……いや、何でも無い。行こう」そう言って俺はその場を後にする。車に乗り込み、目を閉じる。あの清掃員の後ろ姿……体の線が細く、しなやかな歩き方。……知っている。忘れる筈が無い。理性を失い、求め合ったあの夜に俺はその背中に口付けたのだから。俺の腕の中で小さく震えていた女……あの女の背中に似ている気がする……。◇◇◇屋敷に戻った俺は部屋に籠り、ブランデーを傾ける。「献杯、だな」そう一人で呟く。あの夜の女がまさか、一ノ瀬の長女だったなんて思いもしなかった。一ノ瀬美緒の事は噂では聞いていた。俺の家・九条家と敵対する一ノ瀬家の長女で、聡明な箱入り娘。後妻に入った華瑛という毒婦とその娘の瑛理香が一ノ瀬家を蹂躙している事は知っていたが、そもそも敵対している家の事情など、俺には無関係だ。もっと言えば、内側から瓦解してくれれば、わざわざ俺が手を下す事も無くなり、煩わしい事が一つ消えるだけ。だがパーティーで初めて一ノ瀬美緒を見た瞬間、俺は目を逸らせなくなっていた。これまで数え切れない程の女を見て来た。その内の誰一人として俺の心を揺さぶった事は無い。しかし、彼女は違った。一ノ瀬美緒、彼女だけは違ったのだ。目を奪われる、そんな事が本当にこの世に存在するのだと思い知らされた。一ノ瀬美緒の美しさは俺がそれまで想像して来たものとは違っていた。てっきり過保護に育てられ、箱入りで世間知らずで……か弱く儚い女性だと思っていた。しかし、実際は違った。スラリと伸びた身体に、上品なドレスを
Last Updated: 2026-06-11
Chapter: 7話 消えた令嬢
高橋翔太と瑛理香は元々、繋がっていて……一ノ瀬家の家名が欲しかった高橋翔太と、一ノ瀬家の令嬢という地位を自分だけのものにしたかった瑛理香が手を組んでいた……。高橋翔太と一ノ瀬瑛理香は笑いながら、私の墓石を足蹴にして、去って行く。しとしとと降る雨の中、私はまだ衝撃に体を動かせないでいた。不意に私は笑い出す。「フフ……」そう言う事だったのね……箒を握る手に力が入り、指の節が白くなる。私がどうしてあの夜の記憶を失くしたのか……それはあの二人が結託して私を嵌めたからだ。宿敵である九条征哉という男をも巻き込み、私に言い逃れが出来ないように写真を撮り……そして私のお腹の中に宿った子供でさえも、奪い……私をこの世から追い出した……!そしてお父様は最初から全てを知っていた……!そう……そうなのね……お父様もあの女たちとグルだったのね……。私が唯一信じていたお父様……最初から私を騙していたんだ……。三カ月だと言っていたあの言葉も……全て嘘だった……そして私のお腹の中の命まで……!怒りが沸々と湧き上がって来て、叫び出したくなるのを堪える。身が捩れる程の怒り……今まで経験した事が無い程の……! 怒りで体が震える。かつてお嬢様だった私のお母様は、何も持っていなかったお父様の為に、多額の持参金を持って、実家を出て、その多額の持参金をお父様に全て捧げたと聞いた。お母様にとってはそれが愛の形だったのだ。けれどその結果は?お母様がお父様と共に歩み、築いてきたものは、華瑛と瑛理香という女二人に踏み荒らされ、今はもう面影さえ無い。そして ――一ノ瀬家の正当な後継者である筈の私は、そんな女二人に人生を奪われ、壊された。私が心を許し、愛した恋人さえも奪い、そのお腹にその人の命まで宿して。(あぁ、お母様……)私は天を仰ぎ見る。膝の力が抜け、崩れるように泥の上に膝を付く。(お母様……あなたが全てを賭して、愛した男は……こんなにも非情で無情な選択を……)(あなたが何よりも大事だと言った私を、こうして地の底に落として、嘲笑っている……)許せない。こんな事、あってはならない事だ。後悔なんて生温い言葉で終わらせてはいけない。不意に周囲を包む雰囲気がガラッと変わる。その重たい雰囲気に私は思わず顔を上げる。私が埋葬されている場所へ、何人もの黒いスーツの一団が向かって来る。(彼
Last Updated: 2026-06-10
Chapter: 6話 密偵
及川との通話を切る。軽く溜息をつき、私は私の夫の元へ向かう。入るなと命じられている部屋に近付く。中からは嗚咽が聞こえる。私は静かに扉を開け、中に入る。部屋に入って来た私を見て、私の夫は視線を伏せる。私は夫に近付き、その肩を抱く。「火事は事故だったのよ……」慈愛を込めた声を装い、そう言う。「あの子の葬儀はもう手配しました。だから安心して、あなた」肩を抱いた私の手を握る、私の夫は泣き崩れている。「すまん……」夫はそう呟くように言って、肩を揺らす。私はそんな可哀想な夫を見つめながら、ほんの少し微笑む。部屋を出て、扉を閉めて。笑みが零れるのを我慢出来なかった。誰にも聞こえない声で呟く。「次はあなたよ」そう言って私は鼻歌を歌い、その場を後にする。◇◇◇郊外の墓地、今日もあの日と同じ雨。でもあの日と違うのは今日の雨は涙雨だという事。私が一ノ瀬家を追い出されたあの日の、雷鳴が響く土砂降りの雨のとは違い、今日の雨はしとしとと降っている。私は墓地の清掃員の制服を着て、大きなマスクをつけ、俯き加減で掃除する。誰も掃除をしている人間など、気にしない。少し離れた場所で、家族のみが集まり、私の葬儀が簡易的に執り行われ、私の遺体が墓地の下に埋葬される。私は参列している少ない参列者の中に、見つける。私の父―― 一ノ瀬恭介 ――お父様は少ない参列者の最前列、墓石に一番近い場所に立っていた。たった一日だ。たった一日会わなかっただけなのに、お父様の肩は落ち、背中も丸まっている。まるで一気に年をとったように見える。埋葬が終わると、華瑛さんがお父様を支え、その場を後にする。雨の中、私は箒を握り締め“自身の葬儀”を見つめ、何も出来なかった。お父様に伝えなければいけないのに。お父様のすぐ横に居る、その女の策略を。(今はダメだわ……)(このタイミングで出て行くのはダメよ……華瑛さんが付いているんだもの……)(待たないと……お父様が一人になるタイミングを……)雨が帽子のつばを伝って滴り落ち、私の箒を持っている手に落ちる。その場に残ったのは、義妹の瑛理香と婚約者だった高橋翔太だ。離れているせいで表情は分からない。二人は私の墓石を見つめ、何かを話しているようだった。(一体、何を話しているの……?)それは一種の好奇心のようなものだったかもしれないし、もし
Last Updated: 2026-06-09
Chapter: 5話 業火と未練
目の前で。オレンジの炎が燃え盛っている。夜空に映える炎のオレンジ色はその触手を天に伸ばし、更に炎自身が燃えるものを探している。炎の触手の先からは黒煙が立ち上り、夜空の星を覆い隠す。私を閉じ込めて、絶望の淵へ追いやった療養所という“檻”は、今はもう燃えながら歪み、崩れ落ち、灰と化して行く。「お嬢様」及川が私の横に立つ。「今この瞬間からお嬢様は灰になりました。もう一ノ瀬家の令嬢ではございません」全ては燃えて灰になった……私と一ノ瀬家の縁も、そして未練も全て燃えて灰になったのだ。思い出されるのは幼い頃の記憶――お母様が生きていた頃は……私もお父様に確実に愛されていた。お母様とお父様に囲まれて、とても幸せな日々を過ごしていたのだ。そしてそれはずっと続くものだと、私は純真無垢にもそう信じていたし、それが当たり前だった。でも、お母様は亡くなってしまった。お母様が亡くなった時の事は今でも良く覚えている。お母様が息を引き取るその瞬間まで、お父様はずっとお母様の名を呼び続けていた。大事そうにその手を握って。私は部屋の中に入る事が出来なかった……怖かったのだ。お母様が死ぬなんて、有り得ないと思っていた。ずっとずっと私は優しいお母様とお父様に囲まれて生きて行くのだと、そう信じて疑わなかったから。だから私はずっと部屋には入れず、ただただその部屋のドアの前で泣いていた。お父様はそんな私を見つけ、私を抱き上げると、お母様の手を握ったその手で、その腕で私をギュッと抱き締めてくれた。「美緒、私にはお前が居る……そう、お前が居るんだ……」私はそんなお父様の肩に縋って泣き、その言葉を信じた。でもお母様の葬儀が終わるか、終わらないかのうちに華瑛さんと瑛理香がこの家に踏み込んで来た。その日から全てが変わってしまった。ズカズカと無遠慮に踏み込んで来た華瑛さんは私を見て微笑んだ。けれど、その微笑みは冷たかった。華瑛さんはお母様の部屋を奪い、服を奪い、装飾品を奪い……いつの間にかお母様の面影はお屋敷からは消えてしまった。それと共に、お父様の視線は私から瑛理香へと移り、瑛理香を目に見えて可愛がるようになった。瑛理香は私よりも可憐に振る舞い、お父様の心を掴んで行った。気付けばお父様の私を見る目には失望が浮かぶようになっていた。ズカズカと入り込んで来た二人は、いつしかお母様が座っ
Last Updated: 2026-06-08
Chapter: 4話 絶叫
及川は私を見つめ、頷く。「お嬢様、生き延びてください。それもあなたのお母様の最後の願いなのですから」そう言われて私はポロポロ落ちる涙を拭い、聞く。「私は、何をすれば?」及川が簡潔に言う。「時間がありません。今すぐにお嬢様のお召しになっている服とネックレスを外して頂けますか」及川はそう言って自分の足元にある遺体袋を見る。「この遺体にお嬢様の服を着せ、ネックレスをつけさせます。そうすればお嬢様は死んだ事になり、万が一にも生きている事が知られたとしても、その時にはお嬢様はここから遠い地へ離れている事でしょう」及川は私に紙袋を渡す。「着替えは中に」その紙袋を受け取る。漆黒のワンピースに着替え、ネックレスを外し、及川に渡す。このネックレスは私にとって特別だったものだ。けれど今はもう、その未練さえ、断ち切る覚悟が決まっている。及川はそれを受け取り、遺体袋に近付く。「お嬢様はご覧にならない方がよろしいかと」及川にそう言われて私は視線を外す。不意に私たちが居る部屋から離れた場所から衣擦れの音が聞こえる。「お嬢様、急ぎましょう!」及川の声は張り詰めている。及川は私の腕を掴むと、引っ張り歩き出す。その足取りが徐々に早くなる。私の身体は痛みで悲鳴を上げていた。それでもそれを必死で堪え、よろめきながら及川の急ぎ足の歩調に合わせる。ほとんど引き摺られるようにして廊下を抜ける。施設を出たその瞬間 ――ドオオーーーンっ!!!背後で爆発音がして爆風を浴びる。次の瞬間には灼熱の衝撃波が破片を巻き上げ、背中から私たちに襲い掛かる。私は本能的に身を伏せ、及川がそんな私を庇ってくれる。数歩前へ、この衝撃波と灼熱から逃げる為に、また一歩前へ、駆け出す。振り返る。建物全体が既に烈火の中で。その形を崩している。歪んだ鉄骨と吹き飛ばされ、崩した建物。その建物の全ての窓から、いや、窓だったものからオレンジ色の炎が噴き出し、全てを煉火が飲み込んで行く。◇◇◇「何だと?!」知らせを聞いた私は椅子から立ち上がる。「それは本当か?」そう聞くと知らせを持って来た者が言う。「間違いありません」そう言ってタブレットを差し出す。そこに映されたのは燃え上がるあの施設。「行くぞ!」そう言って慌てて屋敷を出る。辿り着いた先は私設療養所。炎は最初程の勢いは無くなったのか、パ
Last Updated: 2026-06-07
始まりは婚約破棄~王弟殿下の溺愛~

始まりは婚約破棄~王弟殿下の溺愛~

絶世の美女であり王国で強大な力を持つ侯爵家の一人娘のジルは王太子であるエドワードと婚約を結んでいた。しかしある夜、夜会にて王太子であるエドワードから婚約破棄を言い渡される。素直に受け入れたものの、傷心のジルに国王の弟であるテオドールが婚約を申し込む…。テオドールは密かにジルに恋心を抱いていた。騎士団団長のテオと絶世の美女ジルの愛の物語が始まります…。
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Chapter: 春の訪れ
ジルの体の向きを変えさせ、開いたドレスの隙間から手を入れジルの胸を鷲掴みにする。「んっ……」ジルの口から声が漏れる。「声出すなよ?聞こえてしまう……」ジルの目の前には夜会会場へと繋がる扉。その扉にジルは手をついて俺の愛撫に体を震わせている。ドレスをたくし上げ、ジルの足の間に手を入れる。「あぁ、濡れてる……」そこを愛撫しながら俺の頭は既に痺れていた。俺は着ていた服からそれを解放し、ジルの足の間にそれを押し付ける。「……んっ……」ジルが小さく声を出す。「シーッ」そう言って俺は俺のそれでジルのそこを擦る。ジルが俺を見て、小さな声で言う。「挿れて……」そう言われて俺はそれを押し込む。「……!!」ジルの耳元に口を寄せて囁く。「入ったよ……全部……」ジルの腰を引き寄せて、一番奥に押し付ける。ジルの息が浅くなり、中がキュウッと締まる。「あぁ、ジル……すごい締め付けだ……」囁くとジルが体を震わせる。「あ……ダメ……」そう言われて我慢が出来なくなる。ゆっくりと音を立てないようにジルの中を抉る。ジルは身体を仰け反らせ、ビクビクと身体を震わせる。扉一枚向こうは夜会会場。玉座に行くまでの通路があるにしても、すぐ外にはおそらく何人かが立っているだろう。ジルの中を抉りながら、背筋がゾクゾクする。繋がったまま、ジルを抱え、向きを変える。すぐそこにはソファーがある。ソファーにジルを乗せて、四つん這いにさせる。音を立てないように突く。ジルは必死で声を我慢しているせいか、中が良く締まる。息を切らし、ジルに覆い被さる。腰を押し込みながら抱き締める。「あぁ、ジル……愛してる……」耳元で囁く。「テオ……もう……」ジルの体が強ばる。あぁ、イキそうなんだ、そう思った。「イッて良いよ……俺も……イキそうだ……!」キュウッと中が締まる。腰を押し込み押し付ける。背筋がゾクゾクする。「イ、ク……」ジルがそう小さく言うのと同時に俺の熱い飛沫が噴き出す。「あっ……!」ビクンとジルの体が跳ねてガクガクと震える。ジルの中がヒクヒクと甘く痙攣する。その甘い痙攣を味わうように腰を抉るようにゆっくりと動く。会場には俺だけ戻り、夜会をお開きにした。休憩室に居るジルをマントで包み、抱き上げる。◇◇◇ その冬、前王妃殿下が無事に男児をご出産された。
Last Updated: 2025-12-17
Chapter: 王位継承
その年の夏、国王陛下が亡くなった。テオは王位を継ぎ、国王となった。私もまた王妃となった。前王妃のセリーヌ様はお子を身篭られていて、その経過は順調だった。セリーヌ様は後宮に下がられ、テオと私が王宮に住むようになった。前国王陛下の面影が残る王宮は温かく、そして寂しかった。◇◇◇王宮で過ごす事に慣れてきた頃。俺は執務を終えて、王宮に下がる。風呂に入ると、そこには女が居た。見た事の無い女。女は一糸まとわぬ姿で立ち上がると俺にひれ伏す。「王国陛下、ご機嫌麗しゅうございます」俺は顰め面で風呂を出ようとする。「お待ちください!国王陛下!」女が声を上げるが、俺はそのまま立ち去る。最近、こういう事が増えた。これは由々しき事態だ。王宮に女を送るだと?怒りに震え、俺はガウンを来て、王宮内をずんずん歩く。「ジル!ジル!」呼ぶとジルに付いている侍女が出て来て言う。「王妃殿下はただいま、湯浴み中です」そう聞いて俺は笑う。「そうか、なら、ちょうどいい」俺は中に入り、王妃専用の風呂場に入る。「ジル!」呼ぶとジルが振り向く。「あなた」侍女たちが頭を下げて伏す。「下がれ」言うと侍女たちが下がって行く。「どうなさったの?」ジルが聞く。俺はガウンを脱ぎ捨て、ジルの居る湯船に入り、ジルを抱き寄せる。「俺の風呂場に女が居た」ジルは溜息をつく。「またなの?」聞かれてジルの体を愛でて撫でながら頷く。「あぁ。俺がジルにしか興味が無いという事をまだ理解していないらしい」ジルの豊かな胸を愛撫しながら、ジルの首元に唇を這わせる。◇◇◇「禁止令?」お風呂から出て、ジルとベッドに入る。「あぁ、俺の部屋や風呂場に女を送るのは禁止させる」ついさっきの女の事を思い出す。ハッキリと見た筈なのに、もう顔さえ覚えていない。「ジル以外の女など、俺にとってはどうでも良い。皆、一様に同じ顔で同じ作りにしか見えん」ジルがクスクス笑う。「笑い事では無いんだぞ?」言うとジルが俺の胸板に頬擦りする。「私は心配していません、あなたが私を愛してくれている事は分かってますから」ジルの頭を撫でる。「あぁ、そうだ。だが、不快だ」またジルがクスクス笑う。「それでは、そのように、国王陛下」俺は笑って言う。「あぁ、そうするさ、王妃殿下」◇◇◇翌朝、俺は朝早くから家臣たちを呼び
Last Updated: 2025-09-10
Chapter: 王の危機
夕食になり、ジルと食事をする。「賊は捕まえたよ。ブランとタイランに吹き矢を放った奴らだ」ジルは切り分けた肉を俺の口に運びながら言う。「じゃあ、とりあえずは一安心ね」ジルの腰を抱く。ジルは俺を見上げ微笑む。「食事中は御触り禁止にしましょうか」俺は肉を飲み込んで言う。「それはダメだ。絶対に」ジルの手を掴んで口付ける。ジルがクスクス笑う。そこから時間をかけてジルは体調を戻し、ブランにまた乗るようになった。俺はまた王城と屋敷を行き来し、国政にあたるようになり、日常が戻って来た。そんなある日。「王宮より!王弟殿下テオ様に!」王宮の使者が息を切らして俺の元へ来る。「テオ様!国王陛下が!」俺は急いで王宮に上がる。扉を開けるとベッドに兄上が寝ている。「兄上!」駆け寄ると兄上が目を開ける。「…テオか」兄上はこんなに弱々しかったか?こんなに顔色が悪かったか?どこかが悪いなんて、思いもしな……いや、違う。俺は兄上の体調に気付いていた。兄上は世継ぎを作るのに忙しいと言っていた……それにまんまと騙されたのか……兄上が体を起こす。俺はそれを支える。「どこが悪いんだ?!いつから?!」聞くと兄上は笑う。「私の病気はもう何年も前からだ」そう言われて俺は驚く。そんな事、全然知らなかった。「なら何故!教えてくれなかったんだ!」言うと兄上は笑って言う。「お前に教えたところで、何も変わらん」兄上の膝に頭を乗せる。涙が止まらない。兄上は俺の頭をポンポンと撫で、言う。「皆、下がれ」◇◇◇兄上と二人きりになる。「テオ、お前に話しておきたい事がある」顔を上げる。「セリーヌが身篭った」え?身篭った……?「私の子だ」兄上は俺を見て微笑んでいる。「これから話す事を良く聞いてくれ」兄上が俺の涙を拭う。「まだ懐妊については誰にも話していない。だがそのうちに話は広まるだろう。口さがない連中は多いからな」兄上は俺の頭をクシャッと撫で、言う。「私はいつまでもつか、分からん。だから」俺は兄上に言う。「イヤだ、死ぬなんて許さん!絶対に許さん!」兄上が微笑む。「聞け、テオ」また兄上が俺の頭を撫でる。「セリーヌのお腹の子が生まれるのは今年の冬か年を越すか、まだ寒い時期だ。そしてその子が王位を継げるのは成人してからになる。成人と共に結婚出来たとした
Last Updated: 2025-09-09
Chapter: 賊狩り
「ジル、手を見せて」部屋に戻って軽く食事をとり、部屋に戻った時に言う。乗馬中は革の手袋をするが、あれだけの事があったのだ、確認しておきたかった。ジルが俺に手を見せる。やっぱりか。ジルの手は赤くなっている。その手に触れて聞く。「痛くはないかい?」ジルは俺を見上げて俺に抱き着く。「手は大丈夫。でも今日は疲れたわ……」ジルを抱き上げる。「今日はもう寝よう」ジルを抱き締めながら眠る。本当に何事も無くて良かった。きっとジルは明日、体中が痛くなるだろうなと思いながら、ホッと息をつく。◇◇◇翌朝、腕の中でジルは良く眠っていた。その寝顔を見て微笑む。俺の愛する人。俺はジルの額に口付けて、ベッドを出る。出掛ける支度をする。ギリアムがマントを渡してくれる。「ジルはゆっくり休ませてやってくれ。今日は執務もしなくて良い。きっと体中が痛む筈だ。ゆっくり湯浴みでもさせてやってくれ」ギリアムは頷いて言う。「かしこまりました」◇◇◇詰所に行くとマドラスが待っていた。「おはようございます、殿下」軽く手を上げる。早速、本題に入る。「で、どうだ?」マドラスは吹き矢を持って来て言う。「この吹き矢はやはり賊の物で間違い無さそうです」溜息をつく。「そうか」敷地外とは言え、目と鼻の先でこんな事が起こるとは。「賊狩りの準備を進めさせろ。南の森一帯を制圧するぞ」マドラスが頭を下げる。「はい、殿下」◇◇◇厩舎へ向かう。「おはようございます、殿下」厩者が言う。「タイランとブランはどうだ?」聞くと厩者が微笑む。「大丈夫です、体調に変化はございません」厩舎の中に入ってタイランの様子を見る。ん、大丈夫そうだ。タイランは俺を見てブルルルと鼻を鳴らし、その鼻を俺に擦り寄せる。「昨日は良く頑張ったな、お前のお陰だ」撫でてやる。次はブランだ、そう思ってブランの元へ行く。ブランも特に問題は無さそうだった。「ブラン」呼びかけるとブランは俺を見て近付いて来る。心無しか、申し訳なさそうな顔をしている。「大丈夫か、ブラン」聞くとブランもブルルルと鼻を鳴らす。顔を出し、俺に頭を下げるような素振りだ。俺は笑ってブランの鼻を撫でてやる。「良いんだ、ブラン、お前のせいじゃない。お前に痛い思いをさせた奴は俺が捕まえてやるからな」◇◇◇目が覚める。体を動かそうとすると
Last Updated: 2025-09-08
Chapter: 狩りの準備
テオが眉間に皺を寄せて言う。「あぁ」溜息をつく。「タイランは強い。こんな小さな針くらい刺さっても驚きはするが、制御出来る。だがブランエールはまだ経験が浅い。だから我を失ったんだろう」ブランエール、私の愛馬……。ポロポロと涙が出て来る。「泣くな、代わりの馬なら」私はテオに抱き着く。「代わりなんて言わないで……ブランエールはあなたが私にくれた馬なのよ?初めての私の馬だったのに……」毎日、会いに行き、鼻を撫で、櫛で体を梳かしてやり、体を拭いて、お散歩もしたのに…。「ごめん、そうだったな」テオが私の背中を撫でる。◇◇◇「殿下と奥様が戻らないだと?」厩者から聞いて俺は厩舎へ向かう。「南のゲートから出て行ったんで、その奥の牧草地か、そのまた奥の森か」厩者が言う。もう日が落ちている。その時。「ブランエール!」厩者が言う。ブランエールは奥様の馬だ。「どうした、ブランエール……お前、奥様は?」厩者が馬をなだめながら様子を見る。「マドラスさん!これ!」厩者が言う。「どうした!」馬に近付く。馬の後ろ足に何か刺さっている。それを引き抜く。「…吹き矢か」幸いにも麻酔や毒の匂いはしない。…となると。奥様と殿下が森の中という事か。「全員、聞け!」その場に集まっていた騎士団員たちに言う。「奥様と殿下が迷われている可能性がある!日は落ちているが、これから志願した者のみ、馬に乗り、捜索を開始する!」◇◇◇このままここに残るか、タイランノワールに騎乗して帰るか。しかし、帰るには道が分からない。帰る予定の時間はとうに過ぎている。部下たちが動き出しているだろう。だとしたら、下手に動かない方が良い。火を起こして煙が上がっているからそれが狼煙代わりになるだろう。それにしても。吹き矢は誰が仕掛けたんだ?最初のブランエールのいななきもきっと吹き矢のせいだろう。あの時、俺たちは走っていた。全力では無いにしても、それなりのスピードだった。馬を狙ったのか、それとも狙いは馬ではなく俺たちなのか。俺たちが狙いなら馬から降りた時に襲撃されている可能性が高い。やはり馬か。それでも人が乗っている馬を狙うなどとは。昔から馬狙いの賊は居たにしても、ここは俺の屋敷の目と鼻の先だ。こんなところに賊が出るなんて話は聞いた事が無いし、もし耳に入っていたら放ってはおかない。屋敷に戻
Last Updated: 2025-09-07
Chapter: 吹き矢
草原に出る。遠くには森が見える。「少し走らせてみるか」そう言われて頷く。馬が走り出す。テオは私と並走している。風を切って走るのは気持ちが良い。あっという間に森の入口に到着する。馬の手綱を引いたその時。◇◇◇ジルと馬を走らせる。ジルに並走しながらジルと共に笑い合う。もう少しで森の入口にさしかかろうとした、その時だった。何か光る物を視界の端に捉えた、次の瞬間、ジルを乗せていたブランエールが急にヒヒーンといななき、その前足を高く上げ、暴れ出した。「ジル!」ジルは驚いているのか、振り落とされないように手綱にしがみつく。ブランエールがジルを乗せたまま走り出す。「待て!ブランエール!」俺はタイランノワールを走らせて追いかける。「ジル!捕まっていろ!今、行く!」森の中を蛇行するように走り抜けるブランエールを追いかける。ブランエールに追いつき、ジルに言う。「ジル、手綱を……」その瞬間、今度はタイランノワールが急にいななき、前足を上げる。「クソッ……!」俺は手綱を引き、タイランノワールを落ち着かせる。「ジル!」ブランエールはジルを乗せたまま走っている。「タイラン!行け!」タイランノワールがまた走り出す。◇◇◇「……ジル、ジル。」誰かが私の名を呼んでいる。「ジル!」ハッとする。目の前にはテオが居る。「テオ……」テオは私を抱き締めて言う。「あぁ、良かった……」辺りを見回す。森の中だった。テオの良い匂い。安心する……。全身の力が抜ける……。◇◇◇すんでのところでジルを助け出した。タイランノワールで追いついた俺はブランエールの手綱を引こうとした。その瞬間にジルがブランエールから落ちかける。俺はタイランノワールを寄せてジルを抱え込み、馬を止めた。ジルは気絶していて、俺は馬から降りてジルの様子を見た。ジルに呼びかけ、一旦はその声で目を覚ましたが、俺の顔を見て安心したのか、また気を失った。タイランノワールは俺の傍に立ち、俺の背中に鼻を擦り付けている。「あぁ、良くやった。偉いぞ、タイラン」撫でてやる。でもおかしい。急にあんなふうにいななくなんて。とりあえずジルを抱き上げ、俺は辺りを見回した。ここはどの辺だろうか。休めそうな場所を探す。タイランノワールは手綱を引かずとも俺に付いてくる。少し開けた場所に出る。日が落ちかけている。どうするか。
Last Updated: 2025-09-06
あなたの懺悔に口付けを 離婚後、元夫は私の妊娠検査票を見て発狂した

あなたの懺悔に口付けを 離婚後、元夫は私の妊娠検査票を見て発狂した

世界的な大会社・篠江グループのCEO・篠江龍月(しのえ りゅうが)と結婚して3年が経とうとしていた杏(あんず)は、記念日の夜、龍月から唐突に離婚を突き付けられる。 身に覚えのない罪を着せられた杏は自身の初めての妊娠を龍月に秘密にしたまま、離婚を決意する━━ 離婚後、龍月は次々と明らかになる事実と秘密に後悔と懺悔の日々を送る事になる…… 愛と裏切り、そして復讐と許し……交錯する人間模様、杏との別離の陰にある秘密と許されない裏切りとは……?
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Chapter: 54話 あなたの懺悔に口付けを
「さぁ、さぁ!私の可愛い孫たち!!こっちへいらっしゃい!」お母様がそう言いながら子供たちを連れて、ロッジの中へ入って行く。「外は寒くなるぞ。中に入って温まって」お父様はそう言って駆け寄った桜丞を抱き上げる。お母様は苺果を抱き上げ、私と龍月にウィンクする。今日は家族で別荘へ来ていた。龍月の療養という名目で。「傷はもう良いの?」そう聞くと龍月が私を抱き寄せる。「確かめてみるかい?」そう言われて私は笑う。「ダメよ、療養しに来たんでしょ?」空には星々が輝き、木々は風に揺れている。「杏」呼ばれて龍月を見る。「なぁに?」そう聞くと龍月が一歩下がり、私の前に片膝を付く。手には小さな箱を持って。「俺は今までたくさんの過ちを犯して来た。だからこそ、誓うよ。もう杏を離さない。離したくない」小さな箱が開けられる。「もう一度やり直そう、最初から。俺の全身全霊をかけて、杏を愛すると誓う」小さな箱の中には大きく輝くダイヤモンドをたたえた指輪が入っている。「やり直してくれるかい?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、良いわ」龍月はその指輪を手に取り、私の左手薬指にその指輪を収める。◇◇◇三か月後。私と龍月の結婚式の日。「こんなに急いで結婚式をしなくても」そう不満そうに言うのは桃李だ。私は笑いながらそんな桃李に言う。「仕方ないじゃない。お母様が急かすんだもの」桃李は私に微笑み、聞く。「で、いつ言うの?」そう聞かれて私は笑う。「さぁ?」そう返事をした時。「何か隠し事かい?」そう言いながら部屋に入って来たのは龍月だ。龍月の着ている真っ白なタキシードは国宝級イ
Last Updated: 2025-11-22
Chapter: 53話 懺悔
お母様が私の頬に触れる。「あなたに似せて、自分の顔を整形したのよ」そうか、だから……龍月が私に離婚を言い出した時、龍月は私が華凜に似ていると、そう言ったんだ……。「ごめんなさいね、私たちもつい最近、知ったの」お母様が私の頬を撫でる。「華凜が私たちを狙って事故を起こさせたのも、自分を悲劇のヒロインに仕立てて、あなたを悪者に仕立てようとした華凜の誘拐も、全ては華凜が仕組んだ事なのよ。その時の運転手はもう捕まえたわ」私と龍月が離婚する切欠になったあの手紙の主である運転手がもう捕まった……。「華凜が海外へ療養に行く時に、一緒に海外へ逃げたのね。華凜は二度と国内へ帰って来るなと念を押して、その男に大金を渡していたの。そして海外で華凜は色んな男と派手に遊んでいたと聞いているわ」龍月の熱病、一時的な記憶喪失、華凜の海外脱出と、整形……。私の知らないところで色々な事が起きていた。「あなたを傷付けた事は謝っても許して貰えるとは思えないわ。そのせいであなたは龍月に妊娠した事を言い出せずに、一人で子供たちを産んで、育てていたんだもの」お母様が眠っている龍月を見る。「でもね、あなたが行方をくらまして、どこへ行ったか分からないのに、あなたの妊娠を知って、龍月は本当にどん底に落ちたの……あの当時の龍月は本当に狂ってしまったかと思うくらいだったのよ」お母様は私に向き合い、言う。「本当にバカな子、そんな子でも私の子なの……そして私は杏、あなただけが龍月の事を癒せると思っている……親ばかでごめんさないね。でも無理強いはしないわ、あなたが嫌なら龍月には諦めさせる」そう言われて私は微笑む。「私もバカなんです。あんな事があったのに、私はまだ龍月を愛している……子育てが忙しいとか、仕事が忙しいとか、そんな理由を付けて、私はずっと自分を誤魔化して来
Last Updated: 2025-11-21
Chapter: 52話 顔を変えた女
あれから3日。病院に運ばれた龍月は手術を受けた。手術を成功したものの、龍月は目を覚まさなかった。私は必死に龍月に呼び掛けた。けれど龍月はまだ眠っている。「杏」呼ばれて見ると、お母様が居た。「あなた、ずっと付き添っているそうね。休まないと杏が倒れてしまうわ」お母様はそう言って微笑む。私は龍月を見る。「大丈夫です。傍に居たいんです」そう言いながら龍月の手を握る。龍月が華凜に刺されて倒れ込んだ時、私は龍月に聞いた。何故、私を庇うのか?と。龍月は倒れ込みながら言ったのだ。「杏を守る、今まで出来なかった事をやらなければ……」私は眠っている龍月を見る。「バカな人……」そう言って微笑む。お母様が私の隣に座る。「杏、聞いて欲しい事があるの」私はお母様を見る。「何でしょうか」お母様は悲しそうな顔で言う。「龍月が何故、華凜に固執したと思う?」そう聞かれて私は言う。「華凜を愛していたからでは?」私がそう言うと、お母様が言う。「華凜はね、龍月の心の中に居るのが自分じゃないって気付いていたのよ」龍月の心の中に居るのが華凜じゃない……。「それってどういう事ですか?」お母様は少し笑って言う。「大昔、龍月が誘拐されかけた時、それを救ったのがあなただったのは覚えているわね?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、覚えています」お母様は少し笑い、言う。「あの時、龍月があなたとずっと一緒に居るんだ、あなたと結婚するんだって言い張ったのは知っているでしょう?」そう言われて思い出す。泣き虫だった男の子の
Last Updated: 2025-11-20
Chapter: 51話 血に染まる手
その時だった。一瞬にしてバタバタと雪崩れ込むように四方八方から人が駆け込んで来る。気付けばあっという間にその場がその人たちによって制圧される。私は海原有起哉から解放され、振り返る。子供たちを拘束していた男たちも入って来た黒服の男たちに制圧されていた。「桜丞!苺果!」そう言って私は子供たちに駆け寄る。子供たちは口を塞がれていたテープをはがされると、駆け出し、私に抱き着いて来る。「良かった……」そう言いながら桃李を見る。桃李もその拘束を解かれている。「篠江龍月!!!」黒服の男たちに捕まった海原有起哉が叫ぶ。龍月は私と子供たちの所まで来ると、聞く。「大丈夫か?怪我は無いか?」そう聞かれ龍月を見上げる。一人の男性が龍月に近付き、言う。「制圧完了です」龍月は頷いて言う。「あぁ、ご苦労」そう言って桃李に振り返り、言う。「彼を病院へ」黒服の男たちにそう指示して、龍月がしゃがみ込む。「おじさんだ!イケメンのおじさん!」苺果がそう言って龍月に抱き着く。龍月は目を細め、苺果をその腕に抱く。「おじさんが助けてくれたの?」今度は私に抱き着いたまま桜丞がそう聞く。「そうだよ、この人が助けてくれたの……この人はあなたたちのパパよ……」私がそう言うと、子供たちは驚き、そして言う。「パパなの?パパはヒーローなの?」そう聞かれ私は涙ぐみながら頷く。「そうよ、パパはヒーローよ」龍月は苺果と桜丞の頭を交互に撫でて微笑む。「龍月……!」そう叫ぶ声が聞こえて、その声の方を向く。華凜が黒服の男に拘束されながら涙を流している。「どうして杏なの……私の事を愛してるって言ったじゃない!杏の事を憎んでいたじゃない!」龍月は苺果を下ろし
Last Updated: 2025-11-19
Chapter: 50話 邪悪な笑み
頭を殴られたような衝撃が走る。「俺は君だけが欲しいんだ、子供も弟もこのまま解放したら、警察に駆け込むだろう?」桃李を見る。桃李が首を振っている。「大丈夫よ、警察には行かないわ。私が行かせない」海原有起哉はニヤッと笑い言う。「子供には興味は無いんだよ、それにこのまま解放しても、厄介なだけだろう?」「まだかかりそうなの?」そう言う声がして振り向くと、そこには華凜が居た。「華凜……」華凜はゆっくりと歩いて来ながら言う。「結婚、おめでとう、姉さん」そう言われてやっぱり、華凜の計画なのだと分かる。「華凜、あなた、何がしたいの」そう言うと華凜が笑う。「言ったでしょう?目障りなのよ。龍月は私のもの、篠江家の夫人の座も私のものなの。私は龍月と結婚して、篠江夫人になるのよ」海原有起哉に拘束されて身動きが取れない私に華凜は笑う。「アンタが他の男と結婚すれば、龍月だってアンタに手を出せなくなる。それが篠江夫妻であってもね。アンタが自分から篠江家と縁を切ってくれさえすれば、誰も傷付かずに済むのよ」そして背後に居る子供たちを見ながら言う。「それに、これを機に子供たちが居なくなってくれれば、龍月だって諦めがつくでしょう?」そこまで華凜が言った時、私を拘束していた海原有起哉が言う。「ちょっと待ってくれ、篠江龍月と峰月杏の子供に何の関係があるって言うんだ?」華凜は海原有起哉を見ながら言う。「そんな事はアンタには関係無いの。アンタはこのまま、杏の弟も子供も、消せば良いのよ」海原有起哉の腕から力が抜けかける。「アンタが欲しいのは峰月杏だけでしょう?私は峰月杏さえ、龍月に手を出せなくなればそれで良いけど、この事を知っている人間を生かしておけば、アンタは刑務所行きよ?」華凜がそう言うと海原有起哉が呟く。「峰月杏が産んだ子供は篠江龍月の子
Last Updated: 2025-11-18
Chapter: 49話 婚姻届
もし仮に華凜が関わっているとしたら、どうだろう?華凜は杏の行方を知らなかったが、俺が東山市に来てすぐに華凜も東山市に来た。そして昨日、俺たちの前に姿を現し、俺の両親から邪険に扱われていた。南陽市に戻るように言ったが、納得している様子では無かった。杏と俺が離婚して、華凜は意気揚々と篠江家に入ろうとしたが、俺の両親がそれを許さなかった。あの夜、手紙を寄越した運転手の行方が分からなかった事で、杏への疑いを両親は確信出来なかったからだと思っていたが。門田が言っていた。杏の母親が亡くなった事故の件も、俺の両親の事故の件も、その後に起きた華凜の誘拐の件も、全てに華凜が関わっているとしたら、筋道が通ってしまうのだ。全ては俺と杏が結婚する為に華凜と別れさせられた事に繋がっている。◇◇◇車が停まる。私は車のドアを開ける。私の腕を龍月が掴む。「杏、やっぱり一人では」そう言い掛けた龍月の手に触れる。「大丈夫、相手は一人で来いと言っているの。一人で行かなければ、3人とも危ないわ」私は車の外へ出る。少し離れた場所に車を停めて貰った。指定されたのは東山市の外れにある廃工場だ。龍月は人員を配置すると言っていた。龍月ならそれぐらいはやるだろう。コツコツと足音が響く。廃工場の中に入って行く。周りを見回しながら進む。目の前が開けて、椅子に縛り付けられている桃李とその後ろに縛られて寝転がらされている二人の子供を見つける。桜丞と苺果だ。「桃李!」桃李は椅子に縛り付けられていて、更には口も塞がれている。「来たか」そういう声がして現れた男。全く知らない人だ。「峰月杏だな?」そう聞かれて私は頷く。「そうよ、私が峰月杏よ。一人で来たわ。桃李と子供たちを解放して」その男が手を上げる。すると何人かの男たちが現れ、子供たちと桃李をそれぞれ近付く。最初に現れた男は桃李
Last Updated: 2025-11-17
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