Chapter: 41話 作戦開始湊から連絡入る。~すまない、加山良江を誘い出す餌が見つからなかった~そのメッセージを読んで、車の中で待機していた私と高嶺遼大は少しの間、作戦を練る。「加山良江は私が引き付けるわ」私がそう言うと高嶺遼大が頷く。「まぁ、それが一番自然だろうな。森崎家へは俺が居るから出入り出来るとしても、俺が加山良江とは今日会ったばかりで、何の接点も無いからな……」大人しそうな見た目で、控えめだった加山良江。でもそれは世間を欺く為の仮面。私はそれを知っている。あからさまに私に敵意を剥き出しにして、あの頃の私はその敵意にさえも気付かない程、無知で無垢だった。(今度はそうはいかないわ)私はそう思いながら、森崎家の近くで高嶺遼大と車の中で、待機する。◇◇◇「くるみー」そう呼ぶ声が聞こえる。「はーい」そう返事をして、階下へ降りて行く。湊は身なりを整え、手に花を持っている。可愛い小さな花束。何ていう花なのかは知らないけれど。湊と階下で軽く抱き合い、花を受け取る。「くるみにピッタリだろう?」そう言われて私は微笑む。「そう?」そう聞くと湊は微笑み、言う。「あぁ、小さくて可愛くて守りたくなるような、そんなイメージだ」そう言われて私は湊に言う。「ありがとう」そのまま湊の迎えの車に乗り、走り出す。「くるみにね、もう一つ、プレゼントがあるんだ」そう言われて湊を見る。「まだ、あるの?」そう聞くと湊は真っ赤な高級そうな紙袋を取り出し、私に渡す。「これ……イルミの新作! しかも限定品じゃない!」そう言うと湊が微笑む。「あぁ、くるみはイルミのバッグが好きだろう? 今日のお詫びにね」そう言われて私は湊に寄り掛かる。「嬉しい」湊は私にお詫びと言って食事を予約し、こうして時間を割いて、限定品の新作バッグを買って来てくれた。燈と会って話しただろうに、湊にはそんな素振りは微塵も感じない。(やっぱり、決裂したのね。それで私に戻って来たんだわ)そう思いながら私は真っ赤な紙袋を早く開けたい気持ちを抑える。ここで湊よりもバッグを優先するのは可愛くない。◇◇◇目の前でくるみが目の色を変えたのを見て、俺の目が今までいかに曇っていたかを実感する。花を渡した時はそれ程でも無かったくるみの反応はバッグを渡した瞬間に目を輝かせ、そして俺に甘えるように寄り掛かり、でもしっかりそ
Last Updated: 2026-03-02
Chapter: 40話 傲慢な女王早速、湊が行動に移してくれる。私と高嶺遼大はそれに合わせて動く事にした。「上手く誘えそう?」そう聞くと湊がスマホを見ながら頷く。「大丈夫そうだ、今夜、これから食事に行く事にする」湊はスマホから顔を上げ、苦笑いして言う。「これからくるみにあげるプレゼントを探さないと」そう言う湊に私も苦笑いする。「それなら新作のバッグとかで良い気がするけどな」そう言ったのは高嶺遼大だ。「確かにそうね、それならくるみのご機嫌も良くなりそうだわ」湊は溜息をついて、苦笑いのまま言う。「さっき、くるみが来た時にちょっと冷たくあしらったから、ご機嫌取りしておかないと」そう言う湊に同情する。「仕事の事で頭がいっぱいだったとか何とか言えば、機嫌直るんじゃないか?」高嶺遼大が軽い口調でそう言い、腕を組む。「俺の見立てじゃ、これ程の罠を仕掛けられるくらいには頭は回るが、ことさら、男に関しては詰めが甘い気がするからな」そう言われて笑う。確かにそうかもしれない。「今日、森崎家に行った時、愛沢くるみは俺に媚を売るような態度だった。この聖カトリーナで間接的にではあっても、俺に怒鳴られたっていうのに、だ。あの傲慢さと厚顔無恥さは本当に脱帽だよ」――傲慢――愛沢くるみが今まで私に向けて来た悪意は、私のそれまで居たポジションを自分のものにしたいという欲望と、私が恵まれた生まれだという事への嫉妬のなれの果て。そしてそこに張り巡らせた罠に、笑ってしまう程、易々と掛かって行った湊と私。もがき苦しみ、悶える様子はさぞ可笑しかっただろう。私を絶望の淵へと叩き落した愛沢くるみは、その傲慢さをブクブクとその身の内に太らせている。肥大した傲慢さは時に命取りになるものだ。「丁度、限定品のバッグが出ているな」湊がスマホを見ながらそう言う。スマホから顔を上げて、湊が言う。「これを買って、持って行く事にするよ」私は湊に言う。「悪いわね」そう言うと湊は笑って言う。「こんな事で罪滅ぼしになるとは思っていないが、少しでも燈の役に立てるなら、それで良い」そう言う湊に高嶺遼大がその肩を軽く叩く。「くれぐれも取り込まれないように気を付けろよ。まぁ覚醒し始めてるから、おかしいと思う事は多いだろうが、愛沢くるみに気取られないようにしてくれ」湊が頷く。「分かっている」◇◇◇湊から連絡が来た。
Last Updated: 2026-03-01
Chapter: 39話 共闘愛沢くるみは加山良江に何かを渡している。映像を巻き戻し、湊がズームしてくれる。渡されていたのは紫のラインの入ったブリスターパック。すなわちラインプロスだ。そこで映像を止めた湊が言う。「俺にはこれが誰か分からない」私と高嶺遼大は顔を見合わせて同時に言う。「加山良江」その名を聞いて湊が驚く。「加山、良江……?」驚くのも無理は無いだろう。加山良江は目立たず、そして湊の前では礼儀正しかったから。「俺たちが結婚していた時に、使用人として俺と燈のマンションに来ていた、あの加山良江か?」そう聞かれて私は苦笑いする。「そうよ」私にそう言われて、湊は深い溜息をついた。「そうか……それなら燈にラインプロスを飲ませるのも、そう難しい話じゃないな」そう。実際に私は加山良江からお茶を用意されたり、スープを用意されたりしている。そのどれにラインプロスが混入していたかまでは分からなくても、実行犯は加山良江、これで確定した。そして。この件に関して、湊は少しも関わっていなかった。むしろ愛沢くるみの仕掛けた罠に汚染されていた被害者の一人だった。それでも。私はやっぱり、湊の口にしたあの言葉たちを忘れられなかった。目の前の湊を見る。寝ていないのだろうか、それとも眠る事が出来ないのだろうか、目の下にクマを作り、ここ数日でかなり痩せた感じがする。「ちゃんと食べてるの?」そう聞くと湊が少し笑う。「いや、実はここ数日はこの映像の事で色々考え込んでたのと、まぁ、仕事が忙しいのもあって……」そう言って語尾を誤魔化す。「いずれにせよ、愛沢くるみの愛用している香水を手に入れたいところだな」そう言って高嶺遼大が私の背中に触れる。「えぇ、そうね」私がそう言うと高嶺遼大は優しく微笑む。「じゃないと湊くんの解毒が進まないかもしれないし、離脱症状が出る可能性だってある」長年、あの香水に晒されていたのだとしたら、脳に何かしらの影響が出る可能性をも秘めているのだ。「さて、どうやって手に入れるか……」高嶺遼大が考え込む。「私なら、手に入れられるかもしれないわ」そう言うと大の男二人が私を見る。私は少し笑って言う。「私が湊と会って話をするかもしれない事は、既にくるみには伝わっている筈よね」私がそう言うと高嶺遼大が頷く。「あぁ、そうだろうな。愛沢くるみの母親がくるみに電話で
Last Updated: 2026-02-28
Chapter: 38話 イルミのバッグ「それで、久遠先生、話したい事って?」高嶺遼大が聞く。湊は私たちにノートPCの画面を見せながら言う。「これを見てくれ」そう言われて私はその画面を見る。ノートPCに映し出されていたのは監視カメラの映像だった。「……監視カメラ?」そう私が湊に聞くと、湊が言う。「実はここ数日で分かった事が色々あるんだ」そう言われてまた私は高嶺遼大と顔を見合わせる。「五年前のあの日……燈が流産をしたあの日……燈の異常を感じ取って、産婦人科の須藤先生が燈の血液検査をしてくれていた事は知っているか?」そう言われ、私は苦笑いする。「知ってるわ」私のその答えを聞いて、湊は一瞬驚き、そして少し笑う。「そうか……じゃあ、燈の血液検査の数値に異常があったのも?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、知っているわ」そう言うと湊が少し悲しそうに笑って言う。「そうか、じゃあ話は早いな」湊が胸元からUSBメモリを出して、ノートPCにそのメモリを挿す。画面に映し出されたのは私のカルテだ。「俺はこれを産婦人科のデータベースから引き出した。けれど公になっているデータを見るだけでは分からなかったんだが」そう言って湊が自嘲的に笑う。「その時に須藤先生がすぐ近くに居てね。須藤先生が教えてくれたんだ」湊はまた胸元に手を入れ、一枚の紙を出す。「燈の血液検査票だな」高嶺遼大がそれを見て、そう言う。湊が頷く。「そうだ。これを見ておかしいのは一目瞭然だった。そして」湊がPCの画面を切り替える。「俺はこの薬品庫で須藤先生からある話を聞いた」そう言われて胸がドキドキし出す。「須藤先生はあの日の燈の数値の異常と燈の状態を実際に見て、照らし合わせた。導き出されたのは」そこまで湊が言うと、高嶺遼大が続ける。「ラインプロス、だろ」高嶺遼大にそう言われて湊が頷く。「そうだ。そしてすぐに須藤先生はラインプロスの数を確認したそうだ」湊がそこまで言って言葉を飲み込む。「……合わなかったのね」私がそう言うと湊が頷く。「それも二回分」そう言われて少し驚く。「二回分?」そう私が聞くと湊が少し笑う。「あぁ、そうなんだ。二回分」そして湊はPCに映された映像を動かす。薬品庫に入って来た人物は……。「これは薬剤師の波多野優斗。彼は今も聖カトリーナに在籍しているよ」湊がそう言う。波多野優
Last Updated: 2026-02-27
Chapter: 37話 甘い罠の痕跡ラボのモニターに映し出される、複雑な分子構造。「未承認の合成オキシトシン誘導体と……特殊なベンゾジアゼピン系物質か……」高嶺遼大がそう呟く。「判断力の低下を誘う向精神薬……」湊がモニターを見ながら愕然とした様子でそう言う。溜息をついた高嶺遼大が言う。「あれはただの香水じゃないって訳か。吸入型の向精神薬とでも言おうか」そう言われて私は高嶺遼大を見る。高嶺遼大が言う。「長期間これを浴び続ければ、前頭葉の機能が低下して、特定の人物に対して異常な執着と保護欲を抱くようになるって訳だ」私は高嶺遼大に聞く。「で、一体、これは何の成分なの?」そう聞くと高嶺遼大が言う。「これはくるみが愛用してる香水の成分だよ」高嶺遼大はそう言って湊を見る。「大丈夫か? 久遠先生」高嶺遼大がそう聞くと、湊はハッとして言う。「あぁ、大丈夫だ……」そう言う湊は大丈夫なようにはとても見えなかった。「これはどこで……?」そう湊が高嶺遼大に聞く。私もそれが知りたかった。「森崎家で採取した」そこで私は思い出す。(そうか、湊は知らないのよね)「遼大は颯太の腹違いの兄なのよ」私がそう言うと湊が目を見開く。「颯太、の……?」高嶺遼大が苦笑いする。「あぁ、黙っていてすまない。森崎颯太は俺の弟、森崎家当主の健太郎は俺の父だよ」理解が追い付かない事ばかりだろう。私だって知った時は驚いたんだから。「俺は今日、森崎家に顔を出して来たんだ」そう言いながら高嶺遼大は頭をかく。「そもそも俺は、森崎健太郎の先妻の子なんだよ。後妻に入った颯太の母親である望美さんと折り合いが悪くてね。かなり早い段階から森崎家を出てるんだ」湊が私を見る。「知って、いたのか?」そう聞かれて私は苦笑いする。「私も最近、知ったの」これを理解するまでにはかなり時間も必要だろう。「それで、どうやってくるみの香水の成分を採取したの?」そう聞くと高嶺遼大が笑う。「別に特別な事はしてないさ。向こうが香水のにおいをプンプンさせながら俺に近付いて来たんだ」そう言って私を見下ろし、微笑む。「恐らくは自分の味方に付けたかったんだろうな」そう言われて私は思わず笑う。「まぁ、くるみならやるでしょうね」湊がそこで口を出す。「多分、くるみが香水を振っていたのは、その前に俺に会いに来たからだ……」そ
Last Updated: 2026-02-26
Chapter: 36話 ラボへ「燈がくるみさんを嫌っているかどうかは、俺が口を出す問題じゃないから、俺からは何も言わないが」そこで言葉を切り、愛沢くるみを見る。「あなたが五年前に燈に何を言ったのか、あなたに毒された湊くんが燈をどう傷付けたのかぐらいは知ってるとだけ、言っておくよ」そして少し笑って言う。「今頃、燈と湊くんは二人で話し合ってる頃かもな」俺がそう言った瞬間、愛沢くるみの瞳に一瞬、強い光が走る。自分の手中だと思っていた男が燈に奪い返されるとでも思っているんだろう。さて、俺に自分の本性がバレ始めているかもしれないこの瞬間から、愛沢くるみはどう出るか……。そう思っていると愛沢くるみが俯き加減で言う。「燈ちゃんから何をどう聞かされたのか、私には分からないけど、それを信じるって言うなら、それで良いです……」小さな消え入りそうな声でそう言う愛沢くるみにゾッとする。(ある意味、すごいな……)そしてさっきから愛沢くるみを包んでいる匂いが気になった。仕事柄、匂いには敏感な俺にはこの匂いが香水の類に何かが混ざっていると直感する。(何だ……? 媚薬の類か?)俺はその匂いが不快で、愛沢くるみに背を向け、書斎の窓を開ける。フワッと風が入って来た瞬間、愛沢くるみが呟くように言う。「颯太も湊もこれでイチコロだったのに」俺は愛沢くるみに振り返る。愛沢くるみはその顔に微笑みを貼り付けて、言う。「やっぱり、高名なお医者様は違うんですね」次の瞬間、愛沢くるみは無表情になり、言う。「何で燈ばっかり、私より良いものを持てるの」そう言って、愛沢くるみは俺に背を向け、書斎を出て行く。鼻腔に残る、この匂いの正体を知っておいた方が良さそうだと俺は思い、すかさず、ジャケットの内ポケットからSPMEファイバーを取り出す。上手く吸着出来れば良いが。◇◇◇藤堂氏の経過は順調だった。特に変わった所見も無く、順調に回復している。私はそれを見て、看護師に言う。「何かあれば、スマホで呼んでください」そう言うと、看護師が頷く。「はい、先生」私はICUを出て、手に持ったカルテを抱え、ホテルに戻ろうと考える。その時。スマホが鳴った。メッセージの着信だ。~燈、今、どこに居る?~高嶺遼大からのメッセージだった。~私は今、病院だけど~そう返すと、すぐに返事が来る。~病院で調べたいものがある。聖カトリーナ
Last Updated: 2026-02-25
Chapter: 54話 あなたの懺悔に口付けを「さぁ、さぁ!私の可愛い孫たち!!こっちへいらっしゃい!」お母様がそう言いながら子供たちを連れて、ロッジの中へ入って行く。「外は寒くなるぞ。中に入って温まって」お父様はそう言って駆け寄った桜丞を抱き上げる。お母様は苺果を抱き上げ、私と龍月にウィンクする。今日は家族で別荘へ来ていた。龍月の療養という名目で。「傷はもう良いの?」そう聞くと龍月が私を抱き寄せる。「確かめてみるかい?」そう言われて私は笑う。「ダメよ、療養しに来たんでしょ?」空には星々が輝き、木々は風に揺れている。「杏」呼ばれて龍月を見る。「なぁに?」そう聞くと龍月が一歩下がり、私の前に片膝を付く。手には小さな箱を持って。「俺は今までたくさんの過ちを犯して来た。だからこそ、誓うよ。もう杏を離さない。離したくない」小さな箱が開けられる。「もう一度やり直そう、最初から。俺の全身全霊をかけて、杏を愛すると誓う」小さな箱の中には大きく輝くダイヤモンドをたたえた指輪が入っている。「やり直してくれるかい?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、良いわ」龍月はその指輪を手に取り、私の左手薬指にその指輪を収める。◇◇◇三か月後。私と龍月の結婚式の日。「こんなに急いで結婚式をしなくても」そう不満そうに言うのは桃李だ。私は笑いながらそんな桃李に言う。「仕方ないじゃない。お母様が急かすんだもの」桃李は私に微笑み、聞く。「で、いつ言うの?」そう聞かれて私は笑う。「さぁ?」そう返事をした時。「何か隠し事かい?」そう言いながら部屋に入って来たのは龍月だ。龍月の着ている真っ白なタキシードは国宝級イ
Last Updated: 2025-11-22
Chapter: 53話 懺悔お母様が私の頬に触れる。「あなたに似せて、自分の顔を整形したのよ」そうか、だから……龍月が私に離婚を言い出した時、龍月は私が華凜に似ていると、そう言ったんだ……。「ごめんなさいね、私たちもつい最近、知ったの」お母様が私の頬を撫でる。「華凜が私たちを狙って事故を起こさせたのも、自分を悲劇のヒロインに仕立てて、あなたを悪者に仕立てようとした華凜の誘拐も、全ては華凜が仕組んだ事なのよ。その時の運転手はもう捕まえたわ」私と龍月が離婚する切欠になったあの手紙の主である運転手がもう捕まった……。「華凜が海外へ療養に行く時に、一緒に海外へ逃げたのね。華凜は二度と国内へ帰って来るなと念を押して、その男に大金を渡していたの。そして海外で華凜は色んな男と派手に遊んでいたと聞いているわ」龍月の熱病、一時的な記憶喪失、華凜の海外脱出と、整形……。私の知らないところで色々な事が起きていた。「あなたを傷付けた事は謝っても許して貰えるとは思えないわ。そのせいであなたは龍月に妊娠した事を言い出せずに、一人で子供たちを産んで、育てていたんだもの」お母様が眠っている龍月を見る。「でもね、あなたが行方をくらまして、どこへ行ったか分からないのに、あなたの妊娠を知って、龍月は本当にどん底に落ちたの……あの当時の龍月は本当に狂ってしまったかと思うくらいだったのよ」お母様は私に向き合い、言う。「本当にバカな子、そんな子でも私の子なの……そして私は杏、あなただけが龍月の事を癒せると思っている……親ばかでごめんさないね。でも無理強いはしないわ、あなたが嫌なら龍月には諦めさせる」そう言われて私は微笑む。「私もバカなんです。あんな事があったのに、私はまだ龍月を愛している……子育てが忙しいとか、仕事が忙しいとか、そんな理由を付けて、私はずっと自分を誤魔化して来
Last Updated: 2025-11-21
Chapter: 52話 顔を変えた女あれから3日。病院に運ばれた龍月は手術を受けた。手術を成功したものの、龍月は目を覚まさなかった。私は必死に龍月に呼び掛けた。けれど龍月はまだ眠っている。「杏」呼ばれて見ると、お母様が居た。「あなた、ずっと付き添っているそうね。休まないと杏が倒れてしまうわ」お母様はそう言って微笑む。私は龍月を見る。「大丈夫です。傍に居たいんです」そう言いながら龍月の手を握る。龍月が華凜に刺されて倒れ込んだ時、私は龍月に聞いた。何故、私を庇うのか?と。龍月は倒れ込みながら言ったのだ。「杏を守る、今まで出来なかった事をやらなければ……」私は眠っている龍月を見る。「バカな人……」そう言って微笑む。お母様が私の隣に座る。「杏、聞いて欲しい事があるの」私はお母様を見る。「何でしょうか」お母様は悲しそうな顔で言う。「龍月が何故、華凜に固執したと思う?」そう聞かれて私は言う。「華凜を愛していたからでは?」私がそう言うと、お母様が言う。「華凜はね、龍月の心の中に居るのが自分じゃないって気付いていたのよ」龍月の心の中に居るのが華凜じゃない……。「それってどういう事ですか?」お母様は少し笑って言う。「大昔、龍月が誘拐されかけた時、それを救ったのがあなただったのは覚えているわね?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、覚えています」お母様は少し笑い、言う。「あの時、龍月があなたとずっと一緒に居るんだ、あなたと結婚するんだって言い張ったのは知っているでしょう?」そう言われて思い出す。泣き虫だった男の子の
Last Updated: 2025-11-20
Chapter: 51話 血に染まる手その時だった。一瞬にしてバタバタと雪崩れ込むように四方八方から人が駆け込んで来る。気付けばあっという間にその場がその人たちによって制圧される。私は海原有起哉から解放され、振り返る。子供たちを拘束していた男たちも入って来た黒服の男たちに制圧されていた。「桜丞!苺果!」そう言って私は子供たちに駆け寄る。子供たちは口を塞がれていたテープをはがされると、駆け出し、私に抱き着いて来る。「良かった……」そう言いながら桃李を見る。桃李もその拘束を解かれている。「篠江龍月!!!」黒服の男たちに捕まった海原有起哉が叫ぶ。龍月は私と子供たちの所まで来ると、聞く。「大丈夫か?怪我は無いか?」そう聞かれ龍月を見上げる。一人の男性が龍月に近付き、言う。「制圧完了です」龍月は頷いて言う。「あぁ、ご苦労」そう言って桃李に振り返り、言う。「彼を病院へ」黒服の男たちにそう指示して、龍月がしゃがみ込む。「おじさんだ!イケメンのおじさん!」苺果がそう言って龍月に抱き着く。龍月は目を細め、苺果をその腕に抱く。「おじさんが助けてくれたの?」今度は私に抱き着いたまま桜丞がそう聞く。「そうだよ、この人が助けてくれたの……この人はあなたたちのパパよ……」私がそう言うと、子供たちは驚き、そして言う。「パパなの?パパはヒーローなの?」そう聞かれ私は涙ぐみながら頷く。「そうよ、パパはヒーローよ」龍月は苺果と桜丞の頭を交互に撫でて微笑む。「龍月……!」そう叫ぶ声が聞こえて、その声の方を向く。華凜が黒服の男に拘束されながら涙を流している。「どうして杏なの……私の事を愛してるって言ったじゃない!杏の事を憎んでいたじゃない!」龍月は苺果を下ろし
Last Updated: 2025-11-19
Chapter: 50話 邪悪な笑み頭を殴られたような衝撃が走る。「俺は君だけが欲しいんだ、子供も弟もこのまま解放したら、警察に駆け込むだろう?」桃李を見る。桃李が首を振っている。「大丈夫よ、警察には行かないわ。私が行かせない」海原有起哉はニヤッと笑い言う。「子供には興味は無いんだよ、それにこのまま解放しても、厄介なだけだろう?」「まだかかりそうなの?」そう言う声がして振り向くと、そこには華凜が居た。「華凜……」華凜はゆっくりと歩いて来ながら言う。「結婚、おめでとう、姉さん」そう言われてやっぱり、華凜の計画なのだと分かる。「華凜、あなた、何がしたいの」そう言うと華凜が笑う。「言ったでしょう?目障りなのよ。龍月は私のもの、篠江家の夫人の座も私のものなの。私は龍月と結婚して、篠江夫人になるのよ」海原有起哉に拘束されて身動きが取れない私に華凜は笑う。「アンタが他の男と結婚すれば、龍月だってアンタに手を出せなくなる。それが篠江夫妻であってもね。アンタが自分から篠江家と縁を切ってくれさえすれば、誰も傷付かずに済むのよ」そして背後に居る子供たちを見ながら言う。「それに、これを機に子供たちが居なくなってくれれば、龍月だって諦めがつくでしょう?」そこまで華凜が言った時、私を拘束していた海原有起哉が言う。「ちょっと待ってくれ、篠江龍月と峰月杏の子供に何の関係があるって言うんだ?」華凜は海原有起哉を見ながら言う。「そんな事はアンタには関係無いの。アンタはこのまま、杏の弟も子供も、消せば良いのよ」海原有起哉の腕から力が抜けかける。「アンタが欲しいのは峰月杏だけでしょう?私は峰月杏さえ、龍月に手を出せなくなればそれで良いけど、この事を知っている人間を生かしておけば、アンタは刑務所行きよ?」華凜がそう言うと海原有起哉が呟く。「峰月杏が産んだ子供は篠江龍月の子
Last Updated: 2025-11-18
Chapter: 49話 婚姻届もし仮に華凜が関わっているとしたら、どうだろう?華凜は杏の行方を知らなかったが、俺が東山市に来てすぐに華凜も東山市に来た。そして昨日、俺たちの前に姿を現し、俺の両親から邪険に扱われていた。南陽市に戻るように言ったが、納得している様子では無かった。杏と俺が離婚して、華凜は意気揚々と篠江家に入ろうとしたが、俺の両親がそれを許さなかった。あの夜、手紙を寄越した運転手の行方が分からなかった事で、杏への疑いを両親は確信出来なかったからだと思っていたが。門田が言っていた。杏の母親が亡くなった事故の件も、俺の両親の事故の件も、その後に起きた華凜の誘拐の件も、全てに華凜が関わっているとしたら、筋道が通ってしまうのだ。全ては俺と杏が結婚する為に華凜と別れさせられた事に繋がっている。◇◇◇車が停まる。私は車のドアを開ける。私の腕を龍月が掴む。「杏、やっぱり一人では」そう言い掛けた龍月の手に触れる。「大丈夫、相手は一人で来いと言っているの。一人で行かなければ、3人とも危ないわ」私は車の外へ出る。少し離れた場所に車を停めて貰った。指定されたのは東山市の外れにある廃工場だ。龍月は人員を配置すると言っていた。龍月ならそれぐらいはやるだろう。コツコツと足音が響く。廃工場の中に入って行く。周りを見回しながら進む。目の前が開けて、椅子に縛り付けられている桃李とその後ろに縛られて寝転がらされている二人の子供を見つける。桜丞と苺果だ。「桃李!」桃李は椅子に縛り付けられていて、更には口も塞がれている。「来たか」そういう声がして現れた男。全く知らない人だ。「峰月杏だな?」そう聞かれて私は頷く。「そうよ、私が峰月杏よ。一人で来たわ。桃李と子供たちを解放して」その男が手を上げる。すると何人かの男たちが現れ、子供たちと桃李をそれぞれ近付く。最初に現れた男は桃李
Last Updated: 2025-11-17
Chapter: 春の訪れジルの体の向きを変えさせ、開いたドレスの隙間から手を入れジルの胸を鷲掴みにする。「んっ……」ジルの口から声が漏れる。「声出すなよ?聞こえてしまう……」ジルの目の前には夜会会場へと繋がる扉。その扉にジルは手をついて俺の愛撫に体を震わせている。ドレスをたくし上げ、ジルの足の間に手を入れる。「あぁ、濡れてる……」そこを愛撫しながら俺の頭は既に痺れていた。俺は着ていた服からそれを解放し、ジルの足の間にそれを押し付ける。「……んっ……」ジルが小さく声を出す。「シーッ」そう言って俺は俺のそれでジルのそこを擦る。ジルが俺を見て、小さな声で言う。「挿れて……」そう言われて俺はそれを押し込む。「……!!」ジルの耳元に口を寄せて囁く。「入ったよ……全部……」ジルの腰を引き寄せて、一番奥に押し付ける。ジルの息が浅くなり、中がキュウッと締まる。「あぁ、ジル……すごい締め付けだ……」囁くとジルが体を震わせる。「あ……ダメ……」そう言われて我慢が出来なくなる。ゆっくりと音を立てないようにジルの中を抉る。ジルは身体を仰け反らせ、ビクビクと身体を震わせる。扉一枚向こうは夜会会場。玉座に行くまでの通路があるにしても、すぐ外にはおそらく何人かが立っているだろう。ジルの中を抉りながら、背筋がゾクゾクする。繋がったまま、ジルを抱え、向きを変える。すぐそこにはソファーがある。ソファーにジルを乗せて、四つん這いにさせる。音を立てないように突く。ジルは必死で声を我慢しているせいか、中が良く締まる。息を切らし、ジルに覆い被さる。腰を押し込みながら抱き締める。「あぁ、ジル……愛してる……」耳元で囁く。「テオ……もう……」ジルの体が強ばる。あぁ、イキそうなんだ、そう思った。「イッて良いよ……俺も……イキそうだ……!」キュウッと中が締まる。腰を押し込み押し付ける。背筋がゾクゾクする。「イ、ク……」ジルがそう小さく言うのと同時に俺の熱い飛沫が噴き出す。「あっ……!」ビクンとジルの体が跳ねてガクガクと震える。ジルの中がヒクヒクと甘く痙攣する。その甘い痙攣を味わうように腰を抉るようにゆっくりと動く。会場には俺だけ戻り、夜会をお開きにした。休憩室に居るジルをマントで包み、抱き上げる。◇◇◇ その冬、前王妃殿下が無事に男児をご出産された。
Last Updated: 2025-12-17
Chapter: 王位継承その年の夏、国王陛下が亡くなった。テオは王位を継ぎ、国王となった。私もまた王妃となった。前王妃のセリーヌ様はお子を身篭られていて、その経過は順調だった。セリーヌ様は後宮に下がられ、テオと私が王宮に住むようになった。前国王陛下の面影が残る王宮は温かく、そして寂しかった。◇◇◇王宮で過ごす事に慣れてきた頃。俺は執務を終えて、王宮に下がる。風呂に入ると、そこには女が居た。見た事の無い女。女は一糸まとわぬ姿で立ち上がると俺にひれ伏す。「王国陛下、ご機嫌麗しゅうございます」俺は顰め面で風呂を出ようとする。「お待ちください!国王陛下!」女が声を上げるが、俺はそのまま立ち去る。最近、こういう事が増えた。これは由々しき事態だ。王宮に女を送るだと?怒りに震え、俺はガウンを来て、王宮内をずんずん歩く。「ジル!ジル!」呼ぶとジルに付いている侍女が出て来て言う。「王妃殿下はただいま、湯浴み中です」そう聞いて俺は笑う。「そうか、なら、ちょうどいい」俺は中に入り、王妃専用の風呂場に入る。「ジル!」呼ぶとジルが振り向く。「あなた」侍女たちが頭を下げて伏す。「下がれ」言うと侍女たちが下がって行く。「どうなさったの?」ジルが聞く。俺はガウンを脱ぎ捨て、ジルの居る湯船に入り、ジルを抱き寄せる。「俺の風呂場に女が居た」ジルは溜息をつく。「またなの?」聞かれてジルの体を愛でて撫でながら頷く。「あぁ。俺がジルにしか興味が無いという事をまだ理解していないらしい」ジルの豊かな胸を愛撫しながら、ジルの首元に唇を這わせる。◇◇◇「禁止令?」お風呂から出て、ジルとベッドに入る。「あぁ、俺の部屋や風呂場に女を送るのは禁止させる」ついさっきの女の事を思い出す。ハッキリと見た筈なのに、もう顔さえ覚えていない。「ジル以外の女など、俺にとってはどうでも良い。皆、一様に同じ顔で同じ作りにしか見えん」ジルがクスクス笑う。「笑い事では無いんだぞ?」言うとジルが俺の胸板に頬擦りする。「私は心配していません、あなたが私を愛してくれている事は分かってますから」ジルの頭を撫でる。「あぁ、そうだ。だが、不快だ」またジルがクスクス笑う。「それでは、そのように、国王陛下」俺は笑って言う。「あぁ、そうするさ、王妃殿下」◇◇◇翌朝、俺は朝早くから家臣たちを呼び
Last Updated: 2025-09-10
Chapter: 王の危機夕食になり、ジルと食事をする。「賊は捕まえたよ。ブランとタイランに吹き矢を放った奴らだ」ジルは切り分けた肉を俺の口に運びながら言う。「じゃあ、とりあえずは一安心ね」ジルの腰を抱く。ジルは俺を見上げ微笑む。「食事中は御触り禁止にしましょうか」俺は肉を飲み込んで言う。「それはダメだ。絶対に」ジルの手を掴んで口付ける。ジルがクスクス笑う。そこから時間をかけてジルは体調を戻し、ブランにまた乗るようになった。俺はまた王城と屋敷を行き来し、国政にあたるようになり、日常が戻って来た。そんなある日。「王宮より!王弟殿下テオ様に!」王宮の使者が息を切らして俺の元へ来る。「テオ様!国王陛下が!」俺は急いで王宮に上がる。扉を開けるとベッドに兄上が寝ている。「兄上!」駆け寄ると兄上が目を開ける。「…テオか」兄上はこんなに弱々しかったか?こんなに顔色が悪かったか?どこかが悪いなんて、思いもしな……いや、違う。俺は兄上の体調に気付いていた。兄上は世継ぎを作るのに忙しいと言っていた……それにまんまと騙されたのか……兄上が体を起こす。俺はそれを支える。「どこが悪いんだ?!いつから?!」聞くと兄上は笑う。「私の病気はもう何年も前からだ」そう言われて俺は驚く。そんな事、全然知らなかった。「なら何故!教えてくれなかったんだ!」言うと兄上は笑って言う。「お前に教えたところで、何も変わらん」兄上の膝に頭を乗せる。涙が止まらない。兄上は俺の頭をポンポンと撫で、言う。「皆、下がれ」◇◇◇兄上と二人きりになる。「テオ、お前に話しておきたい事がある」顔を上げる。「セリーヌが身篭った」え?身篭った……?「私の子だ」兄上は俺を見て微笑んでいる。「これから話す事を良く聞いてくれ」兄上が俺の涙を拭う。「まだ懐妊については誰にも話していない。だがそのうちに話は広まるだろう。口さがない連中は多いからな」兄上は俺の頭をクシャッと撫で、言う。「私はいつまでもつか、分からん。だから」俺は兄上に言う。「イヤだ、死ぬなんて許さん!絶対に許さん!」兄上が微笑む。「聞け、テオ」また兄上が俺の頭を撫でる。「セリーヌのお腹の子が生まれるのは今年の冬か年を越すか、まだ寒い時期だ。そしてその子が王位を継げるのは成人してからになる。成人と共に結婚出来たとした
Last Updated: 2025-09-09
Chapter: 賊狩り「ジル、手を見せて」部屋に戻って軽く食事をとり、部屋に戻った時に言う。乗馬中は革の手袋をするが、あれだけの事があったのだ、確認しておきたかった。ジルが俺に手を見せる。やっぱりか。ジルの手は赤くなっている。その手に触れて聞く。「痛くはないかい?」ジルは俺を見上げて俺に抱き着く。「手は大丈夫。でも今日は疲れたわ……」ジルを抱き上げる。「今日はもう寝よう」ジルを抱き締めながら眠る。本当に何事も無くて良かった。きっとジルは明日、体中が痛くなるだろうなと思いながら、ホッと息をつく。◇◇◇翌朝、腕の中でジルは良く眠っていた。その寝顔を見て微笑む。俺の愛する人。俺はジルの額に口付けて、ベッドを出る。出掛ける支度をする。ギリアムがマントを渡してくれる。「ジルはゆっくり休ませてやってくれ。今日は執務もしなくて良い。きっと体中が痛む筈だ。ゆっくり湯浴みでもさせてやってくれ」ギリアムは頷いて言う。「かしこまりました」◇◇◇詰所に行くとマドラスが待っていた。「おはようございます、殿下」軽く手を上げる。早速、本題に入る。「で、どうだ?」マドラスは吹き矢を持って来て言う。「この吹き矢はやはり賊の物で間違い無さそうです」溜息をつく。「そうか」敷地外とは言え、目と鼻の先でこんな事が起こるとは。「賊狩りの準備を進めさせろ。南の森一帯を制圧するぞ」マドラスが頭を下げる。「はい、殿下」◇◇◇厩舎へ向かう。「おはようございます、殿下」厩者が言う。「タイランとブランはどうだ?」聞くと厩者が微笑む。「大丈夫です、体調に変化はございません」厩舎の中に入ってタイランの様子を見る。ん、大丈夫そうだ。タイランは俺を見てブルルルと鼻を鳴らし、その鼻を俺に擦り寄せる。「昨日は良く頑張ったな、お前のお陰だ」撫でてやる。次はブランだ、そう思ってブランの元へ行く。ブランも特に問題は無さそうだった。「ブラン」呼びかけるとブランは俺を見て近付いて来る。心無しか、申し訳なさそうな顔をしている。「大丈夫か、ブラン」聞くとブランもブルルルと鼻を鳴らす。顔を出し、俺に頭を下げるような素振りだ。俺は笑ってブランの鼻を撫でてやる。「良いんだ、ブラン、お前のせいじゃない。お前に痛い思いをさせた奴は俺が捕まえてやるからな」◇◇◇目が覚める。体を動かそうとすると
Last Updated: 2025-09-08
Chapter: 狩りの準備テオが眉間に皺を寄せて言う。「あぁ」溜息をつく。「タイランは強い。こんな小さな針くらい刺さっても驚きはするが、制御出来る。だがブランエールはまだ経験が浅い。だから我を失ったんだろう」ブランエール、私の愛馬……。ポロポロと涙が出て来る。「泣くな、代わりの馬なら」私はテオに抱き着く。「代わりなんて言わないで……ブランエールはあなたが私にくれた馬なのよ?初めての私の馬だったのに……」毎日、会いに行き、鼻を撫で、櫛で体を梳かしてやり、体を拭いて、お散歩もしたのに…。「ごめん、そうだったな」テオが私の背中を撫でる。◇◇◇「殿下と奥様が戻らないだと?」厩者から聞いて俺は厩舎へ向かう。「南のゲートから出て行ったんで、その奥の牧草地か、そのまた奥の森か」厩者が言う。もう日が落ちている。その時。「ブランエール!」厩者が言う。ブランエールは奥様の馬だ。「どうした、ブランエール……お前、奥様は?」厩者が馬をなだめながら様子を見る。「マドラスさん!これ!」厩者が言う。「どうした!」馬に近付く。馬の後ろ足に何か刺さっている。それを引き抜く。「…吹き矢か」幸いにも麻酔や毒の匂いはしない。…となると。奥様と殿下が森の中という事か。「全員、聞け!」その場に集まっていた騎士団員たちに言う。「奥様と殿下が迷われている可能性がある!日は落ちているが、これから志願した者のみ、馬に乗り、捜索を開始する!」◇◇◇このままここに残るか、タイランノワールに騎乗して帰るか。しかし、帰るには道が分からない。帰る予定の時間はとうに過ぎている。部下たちが動き出しているだろう。だとしたら、下手に動かない方が良い。火を起こして煙が上がっているからそれが狼煙代わりになるだろう。それにしても。吹き矢は誰が仕掛けたんだ?最初のブランエールのいななきもきっと吹き矢のせいだろう。あの時、俺たちは走っていた。全力では無いにしても、それなりのスピードだった。馬を狙ったのか、それとも狙いは馬ではなく俺たちなのか。俺たちが狙いなら馬から降りた時に襲撃されている可能性が高い。やはり馬か。それでも人が乗っている馬を狙うなどとは。昔から馬狙いの賊は居たにしても、ここは俺の屋敷の目と鼻の先だ。こんなところに賊が出るなんて話は聞いた事が無いし、もし耳に入っていたら放ってはおかない。屋敷に戻
Last Updated: 2025-09-07
Chapter: 吹き矢草原に出る。遠くには森が見える。「少し走らせてみるか」そう言われて頷く。馬が走り出す。テオは私と並走している。風を切って走るのは気持ちが良い。あっという間に森の入口に到着する。馬の手綱を引いたその時。◇◇◇ジルと馬を走らせる。ジルに並走しながらジルと共に笑い合う。もう少しで森の入口にさしかかろうとした、その時だった。何か光る物を視界の端に捉えた、次の瞬間、ジルを乗せていたブランエールが急にヒヒーンといななき、その前足を高く上げ、暴れ出した。「ジル!」ジルは驚いているのか、振り落とされないように手綱にしがみつく。ブランエールがジルを乗せたまま走り出す。「待て!ブランエール!」俺はタイランノワールを走らせて追いかける。「ジル!捕まっていろ!今、行く!」森の中を蛇行するように走り抜けるブランエールを追いかける。ブランエールに追いつき、ジルに言う。「ジル、手綱を……」その瞬間、今度はタイランノワールが急にいななき、前足を上げる。「クソッ……!」俺は手綱を引き、タイランノワールを落ち着かせる。「ジル!」ブランエールはジルを乗せたまま走っている。「タイラン!行け!」タイランノワールがまた走り出す。◇◇◇「……ジル、ジル。」誰かが私の名を呼んでいる。「ジル!」ハッとする。目の前にはテオが居る。「テオ……」テオは私を抱き締めて言う。「あぁ、良かった……」辺りを見回す。森の中だった。テオの良い匂い。安心する……。全身の力が抜ける……。◇◇◇すんでのところでジルを助け出した。タイランノワールで追いついた俺はブランエールの手綱を引こうとした。その瞬間にジルがブランエールから落ちかける。俺はタイランノワールを寄せてジルを抱え込み、馬を止めた。ジルは気絶していて、俺は馬から降りてジルの様子を見た。ジルに呼びかけ、一旦はその声で目を覚ましたが、俺の顔を見て安心したのか、また気を失った。タイランノワールは俺の傍に立ち、俺の背中に鼻を擦り付けている。「あぁ、良くやった。偉いぞ、タイラン」撫でてやる。でもおかしい。急にあんなふうにいななくなんて。とりあえずジルを抱き上げ、俺は辺りを見回した。ここはどの辺だろうか。休めそうな場所を探す。タイランノワールは手綱を引かずとも俺に付いてくる。少し開けた場所に出る。日が落ちかけている。どうするか。
Last Updated: 2025-09-06