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二人で朝食を……

last update Last Updated: 2025-07-18 20:42:36

凄まじい一日だった。私はあの時何故、冷静だったのだろう。冷ややかな目で二人を見ていた。何となくあの二人はきっと上手くいかなくなると感じてさえいる。現実的に考えても子爵位の令嬢が王族になるなど、今まで前例が無い。例え無理を押し切って結婚まで至ったとしてもあの厳しい王妃教育にグラハム嬢が耐えられるとは到底思えなかった。差別は禁止されていても貴族同士でさえ家柄などに拘る家は多い。それが王族ともなれば、もう普通の貴族とは世界が違うのだから。

私はこの5年で王妃教育を叩き込まれた。寝る間も惜しんで勉強し、常に清廉潔白でなければならない。王族の誰もがそうであるように。そこで私は考えるのを止めた。あの二人の事は私の出る幕では無い。

そしてこれからの事を考える。王弟殿下はこの国の騎士団長だ。この国の誰よりも強い。体も大きくて逞しい。その上、私よりも15歳も年上だ。見目も麗しく、今まで女性の影が無かった事が不思議な程。王弟殿下は初めて見たその時から私を見初めて下さっていたと仰った。

王弟殿下と初めてお会いしたのは確か、婚約が決まってすぐの頃だった。王妃教育で王宮に出入りしていた私はそこで初めて王弟殿下にお会いしたのだ。それまではずっと遠征に赴かれていた殿下とはホンの少しご挨拶をした程度だった。そして思い出した。あの時、私は確かに王弟殿下にときめいていた。けれどそれを無視したのだ。自分は王太子殿下の婚約者なのだから、と。

それからはほとんどお会いする事もなく、言葉を交わす事も無かった。それなのに、王弟殿下は私に恋焦がれていらっしゃった。あんなにも熱く強引に口付ける程に。思い出しただけで顔が紅潮するのが分かる。眠れそうにない。

◇◇◇

翌朝目覚めると、侍女たちが集まって来て、支度をしてくれる。

「今日はこちらをお召しください。」

出されたのはヴァロアの象徴である赤い薔薇があしらわれているドレス。宝飾品はサファイア。王弟殿下の瞳の色だ。恐る恐る床に足をついてみるとそこまで痛みは無かった。腫れもひいている。それ程長い距離でなければ歩けそうだった。支度が整うとノックが響く。

「失礼するよ、お支度は整ったかな?」

そう言いながら王弟殿下が姿を現す。昨日とはまた違う濃紺の正装。王弟殿下は私を見ると甘い溜息を吐く。

「おはよう。ヴァロア嬢」

そう言って近付いて来る。私は立ち上がり掛ける。

「そのまま、座って」

王弟殿下が言う。私の足を気遣ってくれての事だろう。そして私の元へ来ると片膝を付いて手を差し伸べる。その手に私の手を乗せると手の甲に口付けて言う。

「美しくて息が止まりそうだ」

片膝を付いてそう挨拶をする王弟殿下を見た私の方こそ息が出来なくて苦しい。

「私の方こそ王弟殿下が麗しくて息が出来ません」

言うと王弟殿下はクスッと笑って立ち上がる。そして私をふわっと抱き上げる。

「さぁお食事に参りましょう、婚約者殿」

◇◇◇

テラスに用意された朝食。向かい側に座る王弟殿下はとても楽しそうにしている。

「朝一番でご当主にご挨拶して正式に婚約を結ばせて貰ったよ。後であなたにもサインをして貰わないといけないけれどね」

そこでふと疑問に思って聞く。

「国王陛下には?」

王弟殿下はクスッと笑って言う。

「昨日の夜のうちに話したさ。俺があなたを追って出て行ったのを見ただけで、全てお見通しだったらしいがね。国王と言っても俺にとっては頼りになる兄だから、俺が正直に話したら喜んでいたよ。兄にとってもヴァロアとの繋がりは強固にしておきたいという思惑もあったんだろうしね。良くやった、我が自慢の弟よ!なんて言ってたな」

そこで王弟殿下は真面目な顔になる。

「あの青二才はおそらく相当絞られるだろうな。20歳にもなったというのに自分の立場を分かっていなかったからね」

前途多難という訳だ。

「それに、あのグラハム嬢…だったか、あのご令嬢は気を付けないといけないね」

そう言われて首を傾げる。王弟殿下はまたクスッと笑って言う。

「あのご令嬢は今まで男性に頼る生き方しかして来なかったと拝察する。故にあの青二才が使えないと分かるとおそらくは更に上に守って貰おうとするだろうからね」

嫌な予感がする。

「更に上、と申しますと?」

聞くと王弟殿下は苦笑いして言う。

「あの青二才よりも上と言えば、俺か、国王か」

グラハム嬢ならやりかねないと思う。そこで王弟殿下は笑い出す。

「まぁ、そこ二人に関しては心配はいらないよ。国王陛下にそんな事をすれば不敬罪になるし、俺にはあなたが居る」

そこでふと思い付いた事を言ってみる。

「王太子殿下が私と婚約していたのを破棄させたのだから、私と今、婚約をしているあなたをまた私から奪おうとするかもしれませんね」

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