王弟殿下のその眼差しは熱く潤んでいる。王弟殿下は私を片腕で抱きながら、もう片方の手で私の頬を撫でる。
「こんなに麗しい貴方を泣かせるなんて……! あの青二才が!」
そして歩き出しながら言う。
「だから最初からこの婚約には反対だったんだ! あの青二才がヴァロア嬢の魅力に釣り合う筈無いんだからな」
ノシノシと歩く王弟殿下は逞しく、まるで私など抱っこしていないかのようだ。最初からこの婚約には反対? それはどういう……考えが纏まらない。
「あの、王弟殿下、下ろしては頂けませんか?」
王弟殿下はノシノシ歩きながら言う。
「嫌です」
そしてふと立ち止まると私を見上げてまた頬を撫でる。
「私のような年上の者が妙齢の貴方に恋焦がれていた事、貴方はご存知あるまい」
王弟殿下の瞳は熱を帯びていて、戯言を言っているのでは無いと分かる。
「王弟殿下が、私を……?」
聞くと王弟殿下は優しく微笑むと私の胸元へ顔を埋める。
「そうです、ずっと、初めて見た時から」
そして顔を上げると私をわざとスルッと落とし、私の足が地面に付く前にキャッチする。王弟殿下のお顔が目の前にある。
「あの、私……」
言いかけると王弟殿下が言う。
「黙って」
そのまま唇を奪われる。頭の中が混乱する。何も考えられないくらいの熱く甘い口付けに体の力が抜ける。とても長く口付けていたと思う。唇を離した王弟殿下は私を抱き上げ歩き出す。
◇◇◇
庭園を出ると王弟殿下の馬車が待機していた。王弟殿下は私を馬車に乗せると自分も乗り込み、私の横に座る。
「ヴァロア家へ」
それだけを告げてドアを閉める。そしてハンカチを出すと私の肘にそれを巻き付ける。
「あの、大丈夫です、血で汚れてしまいますから……」
王弟殿下は微笑んで言う。
「ハンカチなど、いくらでも捨て置けば良いのです」
そして自身の上着を脱ぐと私に掛ける。
「お寒いでしょうから、これを」
王弟殿下を見上げて言う。
「でもそれでは王弟殿下が……」
王弟殿下が笑う。
「私なら大丈夫、遠征でここよりも寒い所へは何度も。この程度の寒さにやられるようなヤワではありません」
ガタンゴトンと馬車が動き出す。馬車の揺れで体ごと揺れる。王弟殿下はそんな私を見てクスっと笑うと言う。
「今からする事をお許しください」
そう言って王弟殿下は私を持ち上げると自分の膝の上に乗せる。そして私の腰を抱き、もう片方の手で私の頭を自分に寄り掛からせる。
「この方が楽でしょう」
逞しい王弟殿下の大きな体。殿下に比べたら私などほんの子供のようだ。触れあっている部分が温かい。王弟殿下はずっと私の頭を撫でている。
「あの、先程、私に恋焦がれていた、と言っていたのは本当でしょうか」
聞くと王弟殿下は言う。
「本当ですよ。年甲斐も無くあの青二才に醜い嫉妬までしていた」
王弟殿下を見上げる。王弟殿下は優しく私を見下ろし、その手で私の頬を撫でる。
「だから今こうして貴方の頬を撫でているのが夢のようだ」
王弟殿下の大きな手が私のうなじにまで回る。大きな手の親指で私の唇を撫でる。互いに口で息をする程に惹きつけられて王弟殿下はまた私に口付ける。
◇◇◇
ヴァロア家までは小一時間。口付けた後は恥ずかしくて王弟殿下の胸板に頭を預けていた。不意に王弟殿下が笑う。不思議に思って王弟殿下を見上げる。王弟殿下は私の頭を撫でながら言う。
「私も卑怯な男だ」
そう言う王弟殿下は切ない顔をしている。
「何故、そのようにお考えか、聞いても?」
聞くと王弟殿下は微笑んで言う。
「貴方は先程、あの青二才に婚約を破棄された。多少なりとも傷付いていたでしょうに。それを好機とみて私は貴方につけこんだ。傷付いている貴方に優しくして懐柔しようとしている」
そう言われて笑う。
「そういえば、そうでしたわね」
王弟殿下の胸板に寄り掛かり言う。
「殿下の告白で舞い上がってしまって忘れていました……」
王弟殿下の手が私の顔を上げさせる。
「舞い上がったのですか?」
そう聞く王弟殿下は切ない顔をしている。そんな王弟殿下の顔に私の胸は締め付けられる。
「はい、今も舞い上がっていて、胸が苦しいくらいです」
王弟殿下は優しく微笑む。
「貴方はもうあの青二才の婚約者では無いのだから、私が婚約を申し込んでも何の問題も無い」
頬が紅潮するのを感じる。
「私と婚約して頂けますか?」
あぁ、どうしよう。こんなにも素敵な方に婚約を申し込まれている……胸が高鳴って苦しい。
「私で宜しいのですか? つい先程、婚約を破棄された、いわば傷モノですのよ?」
聞くと王弟殿下は微笑む。
「そんな事でこの私が怯むとでも?」
王弟殿下の手が私の頬を撫でる。
「喜んでお受け致します。こんな私で宜しければ」
王弟殿下が私を抱き締める。
「夢のようだ」
そう言って私の頭を撫でる。
「聞こえますか? 私の心臓の音が」
王弟殿下の胸板の下で殿下の心臓が大きく脈打っている。
その年の夏、国王陛下が亡くなった。テオは王位を継ぎ、国王となった。私もまた王妃となった。前王妃のセリーヌ様はお子を身篭られていて、その経過は順調だった。セリーヌ様は後宮に下がられ、テオと私が王宮に住むようになった。前国王陛下の面影が残る王宮は温かく、そして寂しかった。◇◇◇王宮で過ごす事に慣れてきた頃。俺は執務を終えて、王宮に下がる。風呂に入ると、そこには女が居た。見た事の無い女。女は一糸まとわぬ姿で立ち上がると俺にひれ伏す。「王国陛下、ご機嫌麗しゅうございます」俺は顰め面で風呂を出ようとする。「お待ちください!国王陛下!」女が声を上げるが、俺はそのまま立ち去る。最近、こういう事が増えた。これは由々しき事態だ。王宮に女を送るだと?怒りに震え、俺はガウンを来て、王宮内をずんずん歩く。「ジル!ジル!」呼ぶとジルに付いている侍女が出て来て言う。「王妃殿下はただいま、湯浴み中です」そう聞いて俺は笑う。「そうか、なら、ちょうどいい」俺は中に入り、王妃専用の風呂場に入る。「ジル!」呼ぶとジルが振り向く。「あなた」侍女たちが頭を下げて伏す。「下がれ」言うと侍女たちが下がって行く。「どうなさったの?」ジルが聞く。俺はガウンを脱ぎ捨て、ジルの居る湯船に入り、ジルを抱き寄せる。「俺の風呂場に女が居た」ジルは溜息をつく。「またなの?」聞かれてジルの体を愛でて撫でながら頷く。「あぁ。俺がジルにしか興味が無いという事をまだ理解していないらしい」ジルの豊かな胸を愛撫しながら、ジルの首元に唇を這わせる。◇◇◇「禁止令?」お風呂から出て、ジルとベッドに入る。「あぁ、俺の部屋や風呂場に女を送るのは禁止させる」ついさっきの女の事を思い出す。ハッキリと見た筈なのに、もう顔さえ覚えていない。「ジル以外の女など、俺にとってはどうでも良い。皆、一様に同じ顔で同じ作りにしか見えん」ジルがクスクス笑う。「笑い事では無いんだぞ?」言うとジルが俺の胸板に頬擦りする。「私は心配していません、あなたが私を愛してくれている事は分かってますから」ジルの頭を撫でる。「あぁ、そうだ。だが、不快だ」またジルがクスクス笑う。「それでは、そのように、国王陛下」俺は笑って言う。「あぁ、そうするさ、王妃殿下」◇◇◇翌朝、俺は朝早くから家臣たちを呼び
夕食になり、ジルと食事をする。「賊は捕まえたよ。ブランとタイランに吹き矢を放った奴らだ」ジルは切り分けた肉を俺の口に運びながら言う。「じゃあ、とりあえずは一安心ね」ジルの腰を抱く。ジルは俺を見上げ微笑む。「食事中は御触り禁止にしましょうか」俺は肉を飲み込んで言う。「それはダメだ。絶対に」ジルの手を掴んで口付ける。ジルがクスクス笑う。そこから時間をかけてジルは体調を戻し、ブランにまた乗るようになった。俺はまた王城と屋敷を行き来し、国政にあたるようになり、日常が戻って来た。そんなある日。「王宮より!王弟殿下テオ様に!」王宮の使者が息を切らして俺の元へ来る。「テオ様!国王陛下が!」俺は急いで王宮に上がる。扉を開けるとベッドに兄上が寝ている。「兄上!」駆け寄ると兄上が目を開ける。「…テオか」兄上はこんなに弱々しかったか?こんなに顔色が悪かったか?どこかが悪いなんて、思いもしな……いや、違う。俺は兄上の体調に気付いていた。兄上は世継ぎを作るのに忙しいと言っていた……それにまんまと騙されたのか……兄上が体を起こす。俺はそれを支える。「どこが悪いんだ?!いつから?!」聞くと兄上は笑う。「私の病気はもう何年も前からだ」そう言われて俺は驚く。そんな事、全然知らなかった。「なら何故!教えてくれなかったんだ!」言うと兄上は笑って言う。「お前に教えたところで、何も変わらん」兄上の膝に頭を乗せる。涙が止まらない。兄上は俺の頭をポンポンと撫で、言う。「皆、下がれ」◇◇◇兄上と二人きりになる。「テオ、お前に話しておきたい事がある」顔を上げる。「セリーヌが身篭った」え?身篭った……?「私の子だ」兄上は俺を見て微笑んでいる。「これから話す事を良く聞いてくれ」兄上が俺の涙を拭う。「まだ懐妊については誰にも話していない。だがそのうちに話は広まるだろう。口さがない連中は多いからな」兄上は俺の頭をクシャッと撫で、言う。「私はいつまでもつか、分からん。だから」俺は兄上に言う。「イヤだ、死ぬなんて許さん!絶対に許さん!」兄上が微笑む。「聞け、テオ」また兄上が俺の頭を撫でる。「セリーヌのお腹の子が生まれるのは今年の冬か年を越すか、まだ寒い時期だ。そしてその子が王位を継げるのは成人してからになる。成人と共に結婚出来たとした
「ジル、手を見せて」部屋に戻って軽く食事をとり、部屋に戻った時に言う。乗馬中は革の手袋をするが、あれだけの事があったのだ、確認しておきたかった。ジルが俺に手を見せる。やっぱりか。ジルの手は赤くなっている。その手に触れて聞く。「痛くはないかい?」ジルは俺を見上げて俺に抱き着く。「手は大丈夫。でも今日は疲れたわ……」ジルを抱き上げる。「今日はもう寝よう」ジルを抱き締めながら眠る。本当に何事も無くて良かった。きっとジルは明日、体中が痛くなるだろうなと思いながら、ホッと息をつく。◇◇◇翌朝、腕の中でジルは良く眠っていた。その寝顔を見て微笑む。俺の愛する人。俺はジルの額に口付けて、ベッドを出る。出掛ける支度をする。ギリアムがマントを渡してくれる。「ジルはゆっくり休ませてやってくれ。今日は執務もしなくて良い。きっと体中が痛む筈だ。ゆっくり湯浴みでもさせてやってくれ」ギリアムは頷いて言う。「かしこまりました」◇◇◇詰所に行くとマドラスが待っていた。「おはようございます、殿下」軽く手を上げる。早速、本題に入る。「で、どうだ?」マドラスは吹き矢を持って来て言う。「この吹き矢はやはり賊の物で間違い無さそうです」溜息をつく。「そうか」敷地外とは言え、目と鼻の先でこんな事が起こるとは。「賊狩りの準備を進めさせろ。南の森一帯を制圧するぞ」マドラスが頭を下げる。「はい、殿下」◇◇◇厩舎へ向かう。「おはようございます、殿下」厩者が言う。「タイランとブランはどうだ?」聞くと厩者が微笑む。「大丈夫です、体調に変化はございません」厩舎の中に入ってタイランの様子を見る。ん、大丈夫そうだ。タイランは俺を見てブルルルと鼻を鳴らし、その鼻を俺に擦り寄せる。「昨日は良く頑張ったな、お前のお陰だ」撫でてやる。次はブランだ、そう思ってブランの元へ行く。ブランも特に問題は無さそうだった。「ブラン」呼びかけるとブランは俺を見て近付いて来る。心無しか、申し訳なさそうな顔をしている。「大丈夫か、ブラン」聞くとブランもブルルルと鼻を鳴らす。顔を出し、俺に頭を下げるような素振りだ。俺は笑ってブランの鼻を撫でてやる。「良いんだ、ブラン、お前のせいじゃない。お前に痛い思いをさせた奴は俺が捕まえてやるからな」◇◇◇目が覚める。体を動かそうとすると
テオが眉間に皺を寄せて言う。「あぁ」溜息をつく。「タイランは強い。こんな小さな針くらい刺さっても驚きはするが、制御出来る。だがブランエールはまだ経験が浅い。だから我を失ったんだろう」ブランエール、私の愛馬……。ポロポロと涙が出て来る。「泣くな、代わりの馬なら」私はテオに抱き着く。「代わりなんて言わないで……ブランエールはあなたが私にくれた馬なのよ?初めての私の馬だったのに……」毎日、会いに行き、鼻を撫で、櫛で体を梳かしてやり、体を拭いて、お散歩もしたのに…。「ごめん、そうだったな」テオが私の背中を撫でる。◇◇◇「殿下と奥様が戻らないだと?」厩者から聞いて俺は厩舎へ向かう。「南のゲートから出て行ったんで、その奥の牧草地か、そのまた奥の森か」厩者が言う。もう日が落ちている。その時。「ブランエール!」厩者が言う。ブランエールは奥様の馬だ。「どうした、ブランエール……お前、奥様は?」厩者が馬をなだめながら様子を見る。「マドラスさん!これ!」厩者が言う。「どうした!」馬に近付く。馬の後ろ足に何か刺さっている。それを引き抜く。「…吹き矢か」幸いにも麻酔や毒の匂いはしない。…となると。奥様と殿下が森の中という事か。「全員、聞け!」その場に集まっていた騎士団員たちに言う。「奥様と殿下が迷われている可能性がある!日は落ちているが、これから志願した者のみ、馬に乗り、捜索を開始する!」◇◇◇このままここに残るか、タイランノワールに騎乗して帰るか。しかし、帰るには道が分からない。帰る予定の時間はとうに過ぎている。部下たちが動き出しているだろう。だとしたら、下手に動かない方が良い。火を起こして煙が上がっているからそれが狼煙代わりになるだろう。それにしても。吹き矢は誰が仕掛けたんだ?最初のブランエールのいななきもきっと吹き矢のせいだろう。あの時、俺たちは走っていた。全力では無いにしても、それなりのスピードだった。馬を狙ったのか、それとも狙いは馬ではなく俺たちなのか。俺たちが狙いなら馬から降りた時に襲撃されている可能性が高い。やはり馬か。それでも人が乗っている馬を狙うなどとは。昔から馬狙いの賊は居たにしても、ここは俺の屋敷の目と鼻の先だ。こんなところに賊が出るなんて話は聞いた事が無いし、もし耳に入っていたら放ってはおかない。屋敷に戻
草原に出る。遠くには森が見える。「少し走らせてみるか」そう言われて頷く。馬が走り出す。テオは私と並走している。風を切って走るのは気持ちが良い。あっという間に森の入口に到着する。馬の手綱を引いたその時。◇◇◇ジルと馬を走らせる。ジルに並走しながらジルと共に笑い合う。もう少しで森の入口にさしかかろうとした、その時だった。何か光る物を視界の端に捉えた、次の瞬間、ジルを乗せていたブランエールが急にヒヒーンといななき、その前足を高く上げ、暴れ出した。「ジル!」ジルは驚いているのか、振り落とされないように手綱にしがみつく。ブランエールがジルを乗せたまま走り出す。「待て!ブランエール!」俺はタイランノワールを走らせて追いかける。「ジル!捕まっていろ!今、行く!」森の中を蛇行するように走り抜けるブランエールを追いかける。ブランエールに追いつき、ジルに言う。「ジル、手綱を……」その瞬間、今度はタイランノワールが急にいななき、前足を上げる。「クソッ……!」俺は手綱を引き、タイランノワールを落ち着かせる。「ジル!」ブランエールはジルを乗せたまま走っている。「タイラン!行け!」タイランノワールがまた走り出す。◇◇◇「……ジル、ジル。」誰かが私の名を呼んでいる。「ジル!」ハッとする。目の前にはテオが居る。「テオ……」テオは私を抱き締めて言う。「あぁ、良かった……」辺りを見回す。森の中だった。テオの良い匂い。安心する……。全身の力が抜ける……。◇◇◇すんでのところでジルを助け出した。タイランノワールで追いついた俺はブランエールの手綱を引こうとした。その瞬間にジルがブランエールから落ちかける。俺はタイランノワールを寄せてジルを抱え込み、馬を止めた。ジルは気絶していて、俺は馬から降りてジルの様子を見た。ジルに呼びかけ、一旦はその声で目を覚ましたが、俺の顔を見て安心したのか、また気を失った。タイランノワールは俺の傍に立ち、俺の背中に鼻を擦り付けている。「あぁ、良くやった。偉いぞ、タイラン」撫でてやる。でもおかしい。急にあんなふうにいななくなんて。とりあえずジルを抱き上げ、俺は辺りを見回した。ここはどの辺だろうか。休めそうな場所を探す。タイランノワールは手綱を引かずとも俺に付いてくる。少し開けた場所に出る。日が落ちかけている。どうするか。
ジルを見る。「嫌だった?」聞くとジルは首を振る。「でもテオに触れなくて、切なかった……」そうか、そうだよな、と思う。「それじゃ次は目隠しだけにしようか」ジルが少し膨れて言う。「次はテオが目隠しよ」◇◇◇その日から一週間、俺はずっとジルにプレゼントを贈り続けた。花やドレス、宝飾品や靴、そして最終日……「どこへ行くの?」ジルの手を引いて歩く。「まだ内緒だよ」俺がジルを連れて来たのは厩舎だ。「支度は出来てるか」俺が聞くと厩者が頷く。「はい、殿下」厩者が連れて来たのは真っ白な芦毛の馬。「この子は大人しくて優しいんだ。この子ならジルでも乗れるよ」その子の鼻を撫でてやる。ジルが驚く。「私が乗るんですか?」俺は笑う。「あぁそうさ。俺からのプレゼントだ」最初は俺が乗り、ジルを相乗りさせた。体高が高く、見晴らしが良い。ジルはとても喜んでくれた。「この子の名前は何です?」聞かれて俺は言う。「ジルが決めるんだよ」ジルは驚いて、それでも嬉しそうに考える。「そうね……ブランエールなんてどうかしら」ジルらしい柔らかい名だ。「良い響きだな。意味とかあるのかい?」聞くとジルは馬体を撫でて言う。「白い翼よ」馬から降りて、降りて来るジルを受け止める。ジルを立たせるとブランエールはジルの肩に鼻を寄せる。「撫でて欲しいみたいだな」ジルがブランエールの鼻を撫でると、ブランエールは気持ち良さそうに目を閉じる。「この子、本当に優しいのね」ジルが言う。「奥様にだけですよ」厩者が言う。「私にだけ?」ジルが驚いて聞くと厩者が笑う。「ソイツは自分が気に入った相手じゃなきゃ、乗せません。私だって乗った事無いんです」ジルが俺を見上げる。「でもあなたは乗せたわね」すると厩者がまた笑う。「殿下は特別です。殿下に歯向かう馬なんて居ません。馬は頭が良いんです。だからすぐに相手を見抜く」そしてブランエールに近付いて言う。「良かったなぁ、ブランエールなんて良い名前貰えて」ブランエールはブルルルルとまるで返事をするように唸る。◇◇◇厩舎からの帰り道、ジルと手を繋いで歩く。「ジルは一人で馬に乗れるかい?」ジルが微笑む。「えぇ、もちろん乗れるわ。ヴァロアに居た頃にレッスンを受けたもの」俺は微笑んでジルに聞く。「じゃあ遠乗りは?」