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Novels by 輪廻

万有禊ぐ天津甕星

万有禊ぐ天津甕星

門開きて、其は来たる── 幼少期に両親を【敷島】なる特務機関によって殺され、天涯孤独の身の上となった"私"は、"日ノ本の裏御三家"と呼ばれる巨大な一族に保護され、それまでの名前と人生の全てを捨てて、新たに"御陵奏"という名前を貰う。 やがて成長し、15歳になった私は裏御三家に属する巫女として認可され、日本を脅かす超常的存在・まつろわぬ神々の調査と、彼らの復活を未然に防ぐ役割を託されることとなる。 調査のため赴いた、海と山に面した町・此岸町。足を踏み入れた先は、地獄と呼ぶことすら生温いほどに悍ましい場所だった。 夕闇に蠢く種々の異形、排他的な町民、大日本帝国の復活を目論み暗躍する怨敵、特務機関【敷島】。そのような脅威に晒されながらも、裏御三家への恩義に報いるべく懸命に調査を進める私だったが── 果たして【敷島】はこの忌まわしい土地で何をしようとしているのか。そして、異形や町民たちが畏怖し、信仰している天津甕星とは何者なのか。 これより始まるは、過酷な運命という名の荒波に翻弄されながらも懸命に抗う、一人の少女の物語。
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Chapter: 第三章 第28話 洗礼、そして忠告
シャワーと着替えを済ませた私は、ちょうど起床してきたと思しき金剛さんたちと顔を合わせ、一人一人に足首の内出血の処置をして下さったことや、意識を失っている間介抱して下さったことへのお礼を述べ、彼ら一人一人と固く握手を交わしながら、深々と頭を下げて回りました。 そのまま流れで、巫女装束の着替え方を習得し切れていない和さんの着付けを手伝い、皆で談話室にて軽めの朝食を摂りました。 食事中は何故か、各々が今朝に至るまでに経験した怪奇現象の話で盛り上がりました。曰く、和さんは消灯直後に部屋の片隅に浮かぶ生首を見て、周防さんは私と金剛さんが星降山に立ち入っていた頃に巫女装束の女の子を社務所内で目撃し、鈴木さんは入浴中に曇りガラス越しに小さな人影を見たとか。 この神社は実は曰く付きの場所なのではないか、と皆さん疑っていらっしゃる様子でしたが、事情を知る私と金剛さんはそうかもしれない、と言うのみに留めました。 宮司の平坂さんの奥さんと娘さんが、特務機関【敷島】の秋津に殺され、生首だけの状態で神社の鳥居前に見せしめとして置かれていたという痛ましい事件。それを不用意に話す訳にはいきませんでしたから。 朝食を摂り終えた後、私たちは各々歯磨きを済ませ、朝拝が始まるまで神社の敷地内とその周辺を掃除することにしました。 表向き、私と和さんは巫女、金剛さんたちはアルバイトです。平坂さん以外にも禰宜《ねぎ》や巫女長、神主に巫女といった関係者の方もいらっしゃいますので、彼らにだけでも好印象を抱いて貰わねばなりません。 竹箒を手に、私と和さんは神社の鳥居前の落ち葉を掃いて集めながら、目の前を行き交う此岸町の人たちに笑顔で挨拶をします。 時刻は午前七時半──通学中の小学生たちや、自転車に乗った中学生、高校生といった所謂《いわゆる》子供世代の方たちは、見慣れない二人の若い娘が巫女装束を纏って鳥居前を掃除している光景を物珍しそうに見つめながら、元気よく挨拶を返したり、挨拶を返さずとも笑顔で会釈してくれたりします。 閉鎖的且つ排他的と言っても、若者世代は必ずしもそうではないのだと、少し心が温まるのを感じました。 その分、大人世代の反応は冷ややかでした。私と和さんを横目で見やりながら、これ見よがしにひそひそと小さな声で陰口を叩いて、私たちの挨拶には耳を貸しません。無表
Last Updated: 2026-03-24
Chapter: 第三章 第27話 憂鬱な目覚め
どうやら、泣き疲れてそのまま眠ってしまったようです。重い瞼を開くと、私は何度か頭を軽く振り、ゆっくりとソファーから身を起こしました。 左手首に嵌めている腕時計に目をやると、時計の針は凡そ午前四時半頃を指し示していました。鳴神山地周辺の梅雨明け頃、正に今の時期ならば丁度日の出の頃合いです。 「…………」 腕時計で時刻を確認する際、視界に映りこんだものを見て、私は陰鬱な気持ちになりました。 左手の甲に刻まれた、正五芒星状の大きな傷。出血も痛みも特にありませんが、今のように時間を確認しようと腕時計へと視線を向けると、否が応でも視界に入り込み、存在を主張してくる《《ソレ》》は昨夜、星降山の香々星之宮にて星を司る神・天津甕星《アマツミカボシ》によって刻まれたものでした。 「────」 泣きたいと思う反面、泣いたところで今更どうしようもないという諦念もあり、私は左手の甲を見つめたまま小さな溜め息を一つ吐くと、裸足のまま草履を履いてすっと立ち上がりました。 脱がされて床に置かれていた白足袋はどうやら、私が泣き疲れて眠っている間に誰かが洗濯するために持っていってくれたようです。代わりに、タオルに包まれた保冷剤が幾つか、私の足許に置かれていました。私の両足首の内出血を、夜通し金剛さんたちが処置してくれた証です。 お陰で、鈍い痛みこそ感じはするものの、歩行する分には何ら問題はなさそうです。金剛さんたちには、感謝しなければならないでしょう。後でお礼を言わなければ。 疲労とショックで思考能力は平時よりもやや鈍っていましたが、何とか私は今自分が置かれている状況を把握することが出来ました。 その時でした。 「…………?」 烏のけたたましい鳴き声が、私の思考を遮りました。一羽や二羽どころではありません。結構な数の烏たちの鳴き声が、外の方から聞こえてきました。 外の様子を探るべく窓際まで歩を進め、カーテンをほんの少しだけ開けてみます。暗雲に覆われて太陽光が遮られているためか、幸いにも逆光で目をやられることはありませんでした。 私の視線の先には、注連縄が巻かれた、御神木と思しき立派な大木が一本。その枝に無数の烏たちが留まっており、此方を見ながら次々に鳴き声を発していました。 嘴の形状から、どうやらハシブトガラスのようです。私の生まれ故郷や、第二の
Last Updated: 2026-03-16
Chapter: 幕間 第26話 戦友
政治資金パーティーの会場を後にし、某所にある自邸へと舞い戻った《《御上》》こと神代 大和は、軽くシャワーを浴びた後、書斎で冷えた麦茶を飲みつつ、先刻の御陵 清とのやり取りをゆったりと思い返していた。 時刻は既に午前一時。秘書の如月も流石に、今は夢の中である。人ならざる者へと変容した神代にとって、睡眠という行為は最早不要。故に彼は、暇さえあれば書斎に篭もり、独り思索に耽る習慣を確立していた。「────」 嘗ての命の恩人である、御陵 清。先刻彼女から、自分たち特務機関【敷島】の方針や最終目標に対して、明確な拒絶の意を示された訳だが、神代は彼女に対し怒りを覚えることはなかった。 御陵 清が自分たちを拒絶したのは、彼女個人の意思ではなく、あくまで裏御三家の代表としての意思である。神代はそのことを鋭敏に察していた。清個人の意思はまた別にあり、それらは自分たちに近しいものであると、彼女とのやり取りを通じて、彼は強く確信していたのである。 如何に強大なる裏御三家とて、決して一枚岩ではない。清のような《《夢見鳥》》──人ならざる力を有する選ばれし者もいれば、そうでない力持たざる者もいる。後者が多数を占めているのは、言うまでもないだろう。故に、清たち選ばれし者は、妥協や迎合を余儀なくされる。 その結果……清たちは自らの意思を押し殺し、組織としての意思を示す他なくなる。そう──特務機関【敷島】と敵対し続ける道を選ぶという、持たざる者たちの意思を。「……やはり"高天原計画"は、腐敗した日本を浄化するのに必要不可欠。直に分かりますよ、清さん。貴女たち《《夢見鳥》》が自我を殺し、心の奥底に秘めている想い……腐敗した日本国を浄化せねばならないという切なる想いが、間違いなどではなかった……と、ね」 煙草に火を点けながら、神代はニヤリと笑う。裏御三家に拒絶されたからと言って、"高天原計画"を白紙撤回するつもりなど、彼には毛頭なかった。《《夢見鳥》》の意思が介在していない、持たざる者たちの下らぬ意思など、彼にしてみれば端から聞くに値しない。「籠の中の鳥で居続けるのにも、流石にもう疲れたでしょう。我々が枷を外し、楽にして差し上げますよ。《《夢見鳥》》……誇り高き日本の防人たちよ」 神代が吸い終えた煙草の火を灰皿の上で揉み消し、新しい煙草に火を点けた、ちょうどその
Last Updated: 2026-03-10
Chapter: 幕間 第25話 凶報、二つ
「────」 机の上に置かれた白黒写真を見つめながら、御陵 宗一は東京より帰還した清の応急処置に向かった《《彼女》》が執務室に来るのを待っていた。 戦時中に撮られたその写真には、三人の若い男女が写っていた。黒い着流し姿の宗一と、巫女装束の清……そして清とお揃いの格好をした、満開の花を思わせる無邪気な笑顔が可愛らしい少女。 御陵 静《しず》──それが、少女の名だった。清が生まれた三年後に誕生した、宗一とは十五も歳が離れている三兄妹の末っ子。天真爛漫という言葉がよく似合う愛らしい少女であり、類い稀なる人たらしの才能を持っていた。 一族の最高傑作たる清ほどではないにせよ、彼女もまた《《夢見鳥》》として高い評価を得ており、特に神々と心を通わせる能力に長けていた。 そう……ちょうど今、鳴神山地に赴いている奏のように。 ──宗一。 不意に、耳許で少女の透き通った声が聞こえ、宗一は写真を見るのを止めてゆっくりと顔を上げた。見ると、扉を音もなくすり抜けて、白の小袖と緋袴の上から純白の打掛を羽織ったアルビノの少女が、正に今、執務室内へと入ってくるところだった。「……来ましたか、我らが御祭神。早川の瀬に坐す姫君」 宗一は少女に対し、丁寧に一礼した。少女もまたそれに応えるように、無表情ながらも軽く会釈をする。 ミコト。清をそのままアルビノにしたような外見の、神秘的な少女。名も力もある強大なる国津神。本来、清と奏以外の者が安直に触れ合ってはならぬ存在。「……清の容態は? 如何でしたか?」 ──今は、安定している。彼女と軽く接吻して、口からその身を蝕む穢れを全て吸い上げたから。衰弱しているけれど、言葉は話せるし、命に別状はない。 声には出さず、唇の動きだけでミコトは律儀に答えた。 実際ミコトの言葉を裏付けるように、彼女の首筋には黒い痣のようなものが浮かび上がっており、時折それが寄生虫のようにうねうねと不気味に蠢いていた。「……命に別状はない、か。良かった……それを聞いて安心しました。あの子の体質の弱さを考えると、下手をすれば命を落とす可能性もありましたから。あの子が生きて帰ってきてくれて、何よりですよ」 特務機関【敷島】の創設者、通称"《《御上》》"の正体を知るために必要だったとはいえ、清には辛く苦しい思いをさせてしまった。そのよう
Last Updated: 2026-03-06
Chapter: 幕間 第24話 決して交わることのない道
政治資金パーティーという名の、自由保守党の敗残兵の集まり……何処までも惨めなその集会が、何とも重苦しい雰囲気で幕を開けてから、凡そ小一時間が経過した頃。 御陵 清はパーティー会場を抜け、迎えのヘリを要請すると、ホテル屋上にあるヘリポートへと向かった。 ホテルは貸切となっているため、会場を抜けると人の気配はなく、静寂に包まれた廊下に、清の履くパンプスの踵の音のみが虚しく響く。 そのまま真っ直ぐエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押すと、清はぐったりとした様子でエレベーターの壁にもたれ掛かりながら、黒のストッキングに包まれた自身の白い膝頭を見つめて溜め息を吐いた。 顔色は悪く、呼吸は浅い。今にも倒れてしまいそうであったが、彼女は気力で何とか持ち堪えているようだった。 「…………」 パーティー会場に漂っていた、主催者たちの醜い願望や悍ましい悪意を含む澱んだ空気は、清の決して丈夫とは言えない身体を蝕むには、十分過ぎる程に効果があった。 一族の最高傑作と謳われる《《夢見鳥》》、御陵 清。御堂本家の当主にして現人神《うつしおみ》、御堂 清治に拮抗する実力と彼を遥かに凌駕するポテンシャルを有している彼女であったが、それ故に消耗が激しく、体質の弱さに悩まされてきた。 特に悪意、敵意、害意に弱く、それらが満ちた空間に長時間身を置くと寿命が削られてしまうという致命的な弱点を抱えていた。たとえ悪意、敵意、害意が自分に向けられたものではなかったとしても消耗してしまう程に、生命体としての彼女は脆く儚い存在であった。 今回の政治資金パーティーも、彼女の体質の弱さを考えたならば本来は兄の宗一、或いは御堂 清治が参加すべきであり、対《《まつろわぬ神々》》の切り札たる清を無理に消耗させてまで送り込むべきところではなかった。 そう──《《本来であれば》》、だが。 特務機関【敷島】の創設者、日本の政財界を牛耳る《《御上》》こと神代 大和。彼の素顔を知るのは、一族の中で清ただ一人であった。そのため、彼女に白羽の矢が立ったのである。 エレベーターが止まり、扉が開く。どうやら、最上階へと辿り着いたようだ。清は覚束ない足取りでエレベーターを出ると、ヘリポートへと続く非常階段を登る。 果たして……《《彼》》はそこで待っていた。旧き友人がやって来るのを、今か今か
Last Updated: 2026-02-26
Chapter: 幕間 第23話 敗残兵の集まりにて
御陵 奏たちが現地入りし、星降山へと立ち入る準備を進めていた頃……御陵 清もまた、米軍の横田基地を経由して東京入りしていた。 与党第一党たる自由保守党……彼らが主催する、政治資金パーティーに招かれていたためである。 招待状が届いた当初、彼女が属する御陵本家は参加を見送る方針であった。ところがそこへ、特務機関【敷島】の創設者たる《《御上》》こと、神代 大和が招待に応じパーティーに参加するとの報告が、各所に放たれている間者たちによって齎された。 神代 大和……保守界隈から《《御上》》と呼ばれ畏怖されている彼と穏便に接触を試みるには、政治資金パーティーというイベントは正に最適と言えた。 裏御三家に対して敵対行動を取る理由、そして総理の座に居座る国賊・因幡に助力した目的。それらを彼の口から直接聞くまたとない好機にして、事故や病気に見せかけて暗殺する絶好のチャンスでもあったからだ。 何より……これは《《御上》》の正体を知る、良い機会でもあった。 裏御三家の要人たちが知る限りでは、神代 大和という男は大日本帝国海軍所属の中尉であり、忌まわしき"高天原計画"に深く関わっていた人物である。 《《御上》》の正体は神代 大和その人なのか、将又《はたまた》神代 大和の名を騙る別人なのか。この機を逃さず確かめるべきだ……御門本家の当主代理を除き、裏御三家の要人たちの意見は《《ほぼ》》一致していた。 斯くして、裏御三家側は、前世で神代と面識のある清を賓客として、自由保守党の政治資金パーティーへと送り込む決断を下したのである。"日ノ本の裏御三家"……一族の最高傑作と呼ばれる清らかなる少女を、《《御上》》という怪物に対抗するための切り札として。 「────」 車から降りると、清はパーティー会場である高級ホテルを見つめて小さく溜め息を吐いた。身に纏う白のカーディガンや濃紺のワンピースの裾が、ハーフアップにセットした長い黒髪と共にゆらゆらと夜風に靡く。 「──行ってきます」 笑顔で手を振って車を見送ると、清はコツコツとパンプスの踵の音を響かせながらホテルの中へと入り、パーティー会場の受付へと向かった。 「──はい。御陵 清さまですね」 チケットを受付の男性に渡す。彼からパーティーの大まかな流れについて書かれた用紙を受け取り、清は礼を述べて会場へと足を
Last Updated: 2026-02-23
死にゆく世界で、熾天使は舞う

死にゆく世界で、熾天使は舞う

人は皆、罪の子なれば── "崩壊の砂時計"──突如としてそれが出現したことにより、世界は一変した。遥かなる天空より来たる、翼持つ者たち──"天使"の暗躍。地の底より這い出てくる異形──"魔族"の活発化。そして、嘗て人間だった者たちの成れの果て──"堕罪者"の出現。 それらの脅威が跋扈し、終末までの残り時間が可視化された世界を、相棒の黒狼マルコシアスと共に旅する黒衣の少女──その名はセラフィナ。 彼女の歩む旅路の果てに、待ち受けているものとは──
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Chapter: 第五章 第152話 命を賭して時間を稼げ
涙の王国── 意図せず敵本拠地が巨大要塞パルマノーヴァであることを突き止める快挙を成し遂げた堕天使バルマー指揮下の帝国第二軍であるが、その代償は余りにも重いものであった。 第二軍を目の上の瘤と危惧する敵幹部、優美なる黒豹オセが主君アザゼルの許可を得て強襲部隊を編成。第二軍はこれまで以上の猛攻に晒されることとなったのだ。 神出鬼没の敵軍を相手に第二軍は奮闘しているが、状況は芳しくない。毎日のように死傷者が出るのだから。将兵たちは少しずつ疲弊し、精神に異常を来たしつつあった。「──失礼します、閣下」 まだ年若い参謀が、司令部で独り煙草を吸っているバルマーの元へと歩み寄ってくる。ハルモニア軍では、参謀も最前線で臨機応変に立ち回ることが奨励されているため、司令部にて偉そうにふんぞり返って胡座《あぐら》をかく者など滅多にいない。 そのため、司令部が参謀や各部隊の指揮官で埋め尽くされるのは総指揮官の召集がかかった時と、定期的に行われる作戦方針を定める会議の時くらいである。「──貴官は確か、この度第二軍に配属されたばかりの新人であったな」「はっ──閣下の下で働けること、光栄に思います」 キレのある動きで敬礼する参謀を見て、バルマーは煙草の煙を吹かしながら顔を少しだけ綻ばせた。まるで、息子でも見ているかのように。 実際、バルマーに限らずハルモニアの将軍は、自らの指揮下にある将兵たちを我が子のように大事にしている。大勢の命を預かっている身なので、一人一人の命を軽々しく扱うことなどまずしない。将が兵たちに対し死ねと命令することなど、ハルモニアの歴史的に見ても稀である。「──閣下。恐れながら、閣下に進言したきことがあり参りました。今一度、私の話をお聞き願えますか?」「許可する。遠慮なく話し給え」 煙草の火を消すと、バルマーは身を乗り出して話を聞く体勢に入る。若干表情を強ばらせつつも、参謀は意を決したように口を開く。「連日のように死傷者を出し、将兵たちの士気が少しずつではありますが下がって
Last Updated: 2025-10-04
Chapter: 第五章 第151話 離反する決意
穏やかなある日の午後……"同族殺し"の異名を持つ天使ラグエルは、ハルモニア国境を突破してグノーシス辺境伯領へと侵入していた。 天空の神ソルに見切りをつけ、天界から離反した嘗ての同胞──死の天使サリエルを討つために。「…………」 領主の館──その庭に植えられている木の枝に、小鳥に扮して留まる。視線の先には、サリエルにサポートして貰いながら歩行訓練に勤しむセラフィナの姿があった。「ふふっ……その調子ですよ、セラフィナさん」 おっかなびっくりといった様子で、それでも一歩一歩着実に踏み締めながら歩みを進めるセラフィナ。そんなセラフィナを微笑ましく思っているのか、サリエルは満開の花を思わせる眩しい笑顔を見せていた。「……サリエル。お前、そんな顔も出来たのか……」 初めて見る、嘗ての同胞の眩しい笑顔。全てのしがらみから解き放たれ、自由の身となったからだろうか。 天界にいた頃のサリエルは、何時も決まって悲しそうな顔をしていた。死の天使という役割に重責を感じていたのもあるだろうが、何より主君たる天空の神ソルの示す方針が心優しいサリエルには合わなかったのだろう。「おっと──」 躓いて転びそうになるセラフィナを、サリエルは真正面からぎゅっと抱き留める。「もう……足元ばかり見ていても駄目ですけど、だからと言って前ばかり見ているのも駄目ですよ?」「ごめん──正直、歩行訓練が必要になるほどの重篤な傷を負ったのって、これが初めてだからさ……あれ、歩くのってこんなに難しかったっけ──って、私自身困惑しているんだよね……」「ふふっ……なら、仕方ないですね。慣れて良いものでもありませんし、次は斯様な事態に陥らぬよう……もっと上手く立ち回らないと、ですよ?」 セラフィナの額にそっとキスをすると、サリエルは小首を傾げながらにこっと笑う。その様はまるで、我が子を慈しむ母のようだった。「…………」 殺すなら、今だ──ラグエルの脳が、素早く指示を出す。
Last Updated: 2025-10-03
Chapter: 第五章 第150話 元聖教騎士と三日月の魔女
グノーシス辺境伯領、領主の館── その日のリハビリを恙無く終えたセラフィナが眠りについたことを確認すると、シェイドは寝る前に少し酒でも飲もうかと考え、階下へと向かう。 この時間帯なら、侍女のラミアとエコーは既に自室で寝る準備に入っているが、執事のナベリウスはまだ起きているだろう。彼との他愛ない世間話は、酒の肴に丁度良い。 階段を降りて食堂へと向かうと、意外にもそこには先客がいた。「──あら、君は確かシェイド君……だったかしら?」 すっかり酔い潰れた様子でテーブルの上に突っ伏し、すやすやと静かな寝息を立てているサリエル……そんな彼女を介抱していたアスタロトが、シェイドを見つめて柔和な笑みを湛える。 肝心のナベリウスの姿が見当たらないことに疑問を覚えたシェイドが彼の居場所を尋ねると、アスタロトはワインが注がれたグラスを優雅に揺らしながら答えた。「ナベリウスなら、夜風を浴びてくると言って先刻、屋敷の外へと出て行ったわよ。偶に堕天使の姿に戻って、辺境伯領の空を飛び回ってるみたい。幾ら今の生活が充実していても、ストレスは溜まるものだから」「そりゃあ、残念。酒でも飲みながら世間話でもと、思ったんだが……」 シェイドが溜め息混じりにそう言うと、アスタロトはまるで悪戯っ子のようにくすっと笑う。「──あら? 私が相手ではご不満かしら?」「いや、別に構わないが……これまで、御伽噺の中でしか語られてこなかった伝説の魔女さまと、酒の席でご一緒するのは些か緊張するけども……」「なら、決まりね……ほら、こっちに来て」 対面の席を指差し、座るように促すと、アスタロトは厨房へと小走りで向かい、シェイド用のワイングラスを拝借して再び戻ってくる。「サリエルが、天界以外のワインを飲んだことがないって言うから、試しに飲ませてみたのだけれど……この子、予想以上にお酒に弱かったみたいで……匂いを嗅いだだけで、ご覧の通り。酔い潰れて、寝てしまったのよ」 シェイドのワイングラスに、エリゴールが
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 第五章 第149話 理想主義者の妄言
「──死天衆が一柱アモン、サンタンジェロ城下の聖教騎士団司令部より只今帰還致しました」 玉座の間に姿を現したアモンを見つめると、ベリアルは穏やかな声音で成果の可否を問うた。「ご苦労さまです。それで──如何でしたか?」「聖教騎士たちの反発により、交渉は難航するかと当初は思われたが……聖教騎士団長レヴィの一声で、どうやら彼らも納得してくれたらしい」 枢機卿《カルディナル》たちは兎も角、少なくともレヴィと聖教騎士団は、巨大要塞パルマノーヴァの攻略とアザゼル征討に力を貸してくれることを約束してくれた。 ダマーヴァンドの悲劇にハルモニアが関与しておらず、アザゼルの指示を受けて遊撃隊として独自に動く死の天使アズラエルの仕業であることも疑うことなく信用し、皇帝ゼノンがしたためた書状も嫌な顔一つせず受け取ってくれたので、一応は一定の成果があったと見て良い。 聖教騎士団長レヴィとしても、正に渡りに船と言った状況。巨大要塞パルマノーヴァ攻略とアザゼル征討を断る理由など、なかったのではないかと推察される。 アモンの報告を、ハルモニア皇帝ゼノンは無表情のまま黙って聞いている。その胸中には、一体如何なる感情が渦を巻いているのだろうか。「それと、陛下──聖教騎士団長レヴィより、陛下に渡して欲しいと託されたものが御座います」「……ほぅ? して、それは何だ?」「聖女シオンのしたためた、陛下宛の訴状とのこと」 アモンがシオンの訴状を見せると、ゼノンは煩わしそうに手で払いながら、訴状の受け取りを拒絶する。「其方が読め──今、この場で」「……御意。陛下がそうお望みと仰るのであれば」 アモンはゼノンの反応に困惑しつつも、聖女シオンの訴状の内容を詩でも諳んじるかのように読み上げる。 ──ハルモニア皇帝ゼノン様、風雲急を告げております。長きに渡り互いを憎悪し、血を流し続けてきた我ら聖教会と貴国ハルモニア……両勢力の在り方が、今こそ変わる時ではないでしょうか。 ──ゼノン様
Last Updated: 2025-09-30
Chapter: 第五章 第148話 山が動く時
聖マタイ王国、サンタンジェロ城下── 聖教騎士団の司令部……その目の前に、巨大なドラゴンに跨った梟頭の大男が現れたのは、夜明け前のことであった。 死天衆が一柱、堕天使アモン──何の前触れもなく、転移魔法で突如として出現した彼を見た聖教騎士たちは、聖教騎士団長レヴィの命を狙った奇襲と判断。瞬く間に、アモンと彼が騎乗せしドラゴンは、武器を手にした誇り高き若獅子たちに取り囲まれた。「──我は誇り高き死天衆が末席、堕天使アモン。聖教騎士団長レヴィ殿にお目通り願いたい。ハルモニア皇帝ゼノンより、レヴィ殿宛の書状を預かっている」 聖教騎士たちに取り囲まれても何ら動じることなく、アモンは威厳に満ち満ちた声でそう告げた。「異教徒の守護者たる死天衆が、聖教会の神聖なる土地に足を踏み入れるとは言語道断。この地より疾く去れ。我らが騎士団長はご多忙、貴様如きに割く時間などない!」 レヴィの副官に相当すると思しき若き青年将校が、聖教騎士たちを代表して答える。才気と忠義心、そして若さ故の野心に溢れた好青年であった。「聞こえなかったか? 疾く去れ、敵国ハルモニアの守護者たる死天衆が、神聖なる聖教会の土地に足を踏み入れることは決して許されぬ」「──そこまでだ、アントニウス。それに皆も」 白を基調とした将官服を纏いし麗人が、数名の参謀を引き連れて司令部の中から姿を現し、アモンや彼を取り囲む聖教騎士たちの元へと歩み寄ってくる。 聖教騎士団長レヴィ──聖教騎士団創設以来の傑物と称される才女にして、聖アポロニウスの血を引く最後の一人。「騎士団長殿……しかし……!」 アントニウスが反論しようとすると、レヴィは諭すような口調で淡々と、「アモン卿がその気になれば、この場にいる聖教騎士たち全員を瞬時に皆殺しにするなど造作もないこと。それをしないということは、端から襲撃の意図はない」 レヴィは続けてアモンを見やると、「アモン卿もアモン卿です──要らぬ誤解を招くような真似は、控えて頂きたい。休戦協
Last Updated: 2025-09-29
Chapter: 第五章 第147話 敵に塩を送る
──"敵軍、帝国第二軍が涙の王国にて発見す。敵拠点は巨大要塞パルマノーヴァ。繰り返す。敵拠点は巨大要塞パルマノーヴァ"。 エリゴール指揮下の第三軍に代わり、涙の王国に進駐した堕天使バルマー指揮下の帝国第二軍。そしてベリアルの指示の下、行方を眩ませたアザゼルたちを見つけ出すべく"涙の王国"に地域を絞り込み捜索に当たっていた竜の王アポカリプシスの眷属たち。 彼らが命懸けで入手したその情報は瞬く間に、ハルモニア皇帝ゼノンと死天衆たちの知るところとなった。 帝都アルカディア大神殿、玉座の間──「──お呼びに御座いますか、陛下?」 ベリアルとバアルが転移魔法で姿を現すと、ハルモニア皇帝ゼノンは能面を思わせる無表情のまま頷く。「其方らならば、既に周知のことと思うが──アザゼルたちの行方が、漸く判明した。尊い犠牲を払って」「はい、陛下。本土決戦用の星形要塞……巨大要塞パルマノーヴァ。アザゼルたちはそこを拠点とし、日々兵力の増強に勤しんでいる。兵糧要らずの強力な軍隊を、今こうしている間にも作り続けています」 兵糧要らずの軍隊とは、厄介だ──ゼノンは軽く舌打ちをする。戦が長引けば長引く程、アザゼルたち"獣の教団"が当然のことながら有利になろう。「──報道機関の連中は今頃、大喜びだろうな。"若者たちよ、戦場に行け"──などと無責任な言葉で、国民の……特に戦争を知らぬ若者たちの戦意高揚を煽るだろう」「その辺りはご心配なく、陛下。既に、国内全ての報道機関に対し、此方から圧力をかけておきました。少しでもアザゼルたちや要塞パルマノーヴァの件を報じたら、死天衆の名のもとに粛清する。報じたが最後、明日の朝日を拝むことはないと知れと伝えてあります」「ほぅ……見事だ、我が友」 流石はベリアルだ。仕事が早い。報道機関なるものが如何に無責任で愚かなのか……それを良く理解している。 自分たち報道機関が、無知蒙昧なる民衆を導いてやっているのだ──彼らはそう信じて疑わない。上から目線で虚実入り混じった情報を垂れ流し、誤った情報を報じ
Last Updated: 2025-09-28
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