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輪廻の小説

万有禊ぐ天津甕星

万有禊ぐ天津甕星

門開きて、其は来たる── 幼少期に両親を【敷島】なる特務機関によって殺され、天涯孤独の身の上となった"私"は、"日ノ本の裏御三家"と呼ばれる巨大な一族に保護され、それまでの名前と人生の全てを捨てて、新たに"御陵奏"という名前を貰う。 やがて成長し、15歳になった私は裏御三家に属する巫女として認可され、日本を脅かす超常的存在・まつろわぬ神々の調査と、彼らの復活を未然に防ぐ役割を託されることとなる。 調査のため赴いた、海と山に面した町・此岸町。足を踏み入れた先は、地獄と呼ぶことすら生温いほどに悍ましい場所だった。 夕闇に蠢く種々の異形、排他的な町民、大日本帝国の復活を目論み暗躍する怨敵、特務機関【敷島】。そのような脅威に晒されながらも、裏御三家への恩義に報いるべく懸命に調査を進める私だったが── 果たして【敷島】はこの忌まわしい土地で何をしようとしているのか。そして、異形や町民たちが畏怖し、信仰している天津甕星とは何者なのか。 これより始まるは、過酷な運命という名の荒波に翻弄されながらも懸命に抗う、一人の少女の物語。
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Chapter: 第二章 第18話 逢魔が刻に神は鳴き
その後、二、三度のトイレ休憩を挟み、私たちは鳴神山地の東端に位置する、海と山とに面した町……此岸町の香々星神社《かがせじんじゃ》に到着しました。 香々星神社は、依頼人の平坂さんが宮司をしていらっしゃる神社で、此岸町の中で二番目に大きな神社とのことです。御祭神は言わずもがな星を司る神・天津甕星。香々星とは天津甕星の《《個》》としての名前だと、平坂さんからそう伺っています。 日本書紀に於ける天津甕星は、"香々背男《カガセオ》"の名を持つ男神なのですが、鳴神山地では男神とは扱っていないようで、明らかに当て字であろう《《背》》の字を本来の《《星》》に戻し、名を呼ぶ際は"香々星《カガセ》"さまと呼称しているのだとか。「────」 ワゴンから降り立つと、私は風に靡く自身の長い黒髪を右手で抑えながら、溜め息混じりに空を仰ぎ見ます。轟く雷鳴、慟哭する強風。渦を巻く巨大な暗雲が町全体の上空を覆い尽くし、遠目に見える雄大なる太平洋の水面には白波が立っているのが確認出来ます。「……陰鬱って言葉が良く似合うわね、この町」 私に倣って空を見上げながら、和さんが何処か不安そうな様子でそう呟きます。周防さんや鈴木さんも似たような感想を抱いたのでしょう。依頼人の平坂さんがいる前で、ある意味失礼極まりない彼女の発言を、二人とも特に咎めようとはしませんでした。 左手首にはめた腕時計を、私はちらりと見やります。午後五時十五分……まだ、日の入り前です。にも関わらず、香々星神社は既に宵の口かと錯覚する程に暗く、周囲の光源と言えば精々、社務所内の電気の明かりか、雲の隙間より漏れ出る雷の煌めきくらいのものでした。「────」 ふと……獣の唸り声が耳に届き、私は空を見上げることを止めて、声の聞こえた駐車場の出入り口へと流れるように視線を向けました。 そこに居たのは──山椒魚《サンショウウオ》を彷彿とさせる四足歩行の異形。黒みがかった身体のあちこちから人間の顔や手足を生やし、血を思わせる真っ赤な体液を滴らせながら、私たちの様子を窺っています。 彼の異形は《《まつろわぬ神々》》の下級神格。上位神格ほどの強い力を持たぬが故、常に飢えた状態で更なる力を欲して彷徨い歩く哀れなる子。秋津に殺された《《お友だち》》と、ほぼほぼ同じ存在です。 何か一つ、《《お友だち》》との相違点が
最終更新日: 2026-02-04
Chapter: 第二章 第17話 其は神話に非ず、其は史実なり
「──では、粗方《あらかた》自己紹介も終わったことですし……今一度、調査対象である鳴神山地について概要や仔細を共有しましょうか。ねぇ……奏さま?」 金剛さんの一声で、和やかな雰囲気だった車内は一瞬にしてしん、と静まり返りました。車窓から望む景色も、目的地である鳴神山地が近付くにつれて、心做しかじわじわと薄暗くなってきているような……そんな気がします。 「そう、ですね……では、何から話しましょう?」 「……ふむ。我々には生憎、《《まつろわぬ神々》》を認識する術がありませんので……そうですな、歴史的視点と神話的視点から、鳴神山地がどのような場所なのか。それを、奏さまの口からお話頂ければと。鈴木二曹は兎も角、貴方をサンドイッチしている二人は、彼の地が如何に忌々しい場所なのか……それをまだ、理解していないようなので」 「分かりました。では、そのようにしましょう」 私はすうっと大きく深呼吸を一つすると、皆さんが聞き取りやすいように、努めてはきはきと喋ることを心掛けながら口を開きます。 「鳴神山地は嘗て、大和朝廷と蝦夷《えみし》とが相争う最前線に位置していました。蝦夷は大和朝廷に屈服しなかった現地民のことで、言語や文化も大和朝廷とは異なっていたと考えられています。中央集権を目指す大和朝廷にとっては正しく、自らに従わぬ異民族、言葉の通じぬ蛮族と言っても過言ではなかったでしょう」 「あー、聞いたことある。以前ドラマの主人公に抜擢されていたアテルイだっけ。あれも確か、蝦夷よね?」 和さんが食いつくのを見て、周防さんが人の説明を遮るなと聞こえよがしに彼女に苦言を呈します。ですが、興味を持って頂ける方が、話半分で聞き流されるよりもずっとずっと有り難いことです。 和さんの問いに対し、私は笑顔で頷きながら、 「はい。彼もまた、蝦夷の中の一部族を率いる長で、近年までは歴史上の悪役として有名でした。今は、アテルイ復権運動などで再評価が進んでいますが、反対に大和朝廷を悪逆非道な侵略者とする見方が生じてきたのは、少々行き過ぎているような気もします」 「ん、一部族? 蝦夷って、一つの民族じゃないの?」 「はい、難しいところですね……あくまで、大和朝廷側が敵対する現地民を蝦夷と呼称していただけですから。蝦夷側が統一されたアイデンティティや独自の民族意識を持っていたかどうか
最終更新日: 2026-02-02
Chapter: 第二章 第16話 各々、ほぼ初対面につき
ブラックホークで米軍の横田基地へと直行した私たちは、そこで依頼人の平坂さんと合流し、平坂さん先導の元、鳴神山地の東端──星降山の麓にある此岸町へと続く道を車で進み始めました。 平坂さんの愛車の後に、付かず離れずの車間距離を維持しながら五人乗りのワゴン車が続く。用意されたワゴン車が黒色でなかったことを、天に感謝するべきでしょうか。若し用意されていたのが、横田基地まで乗ってきたブラックホークと同じ、真っ黒なワゴン車だったら……平坂さんの愛車が白色のクラウンなこともあり、変に目立ってしまった可能性がありますから。 車窓から望む景色──それが急激に変化し始めたことを確認すると、それまで黙々と運転に集中していた運転手の金剛さんが、護衛の方々に挟まれる形で後部座席に座っている私に声を掛けてきました。 「……首都圏を抜けました、奏さま。この辺りで一度、今回の調査任務の趣旨……及び任務の詳細を今一度、皆で共有しておこうと思うのですが、如何でしょう?」 「そう、ですね。それでは──」 「待って下さい、小隊長。まずはお互い自己紹介からした方が良いのではないでしょうか。小隊長は兎も角、私たちは奏ちゃんのことを良く知りませんし。どんな人と一緒に仕事をするのか知っておいた方が、奏ちゃんも安心出来るのではないでしょうか」 横田基地を発った時からずっと私の隣に座っている、セミロングの黒髪が特徴的な若い女性の方が、何故か私を大事そうに抱きしめながら金剛さんに異を唱えます。 「えっと……その……私は、どうすれば……」 「……何方でも構いませんよ。和《なごみ》の言う通り、私と奏さまは面識がありますが──他は初対面です。奏さまも正直なところ、不安なのではないでしょうか」 途方に暮れていると苦笑混じりに、金剛さんが助け舟を出してくれました。 「えっと……では、私から……」 私の両隣に座る二人が、興味津々といった様子で一斉に私の顔を見てきます。二人とも、私よりは歳上で金剛さんより歳下の若い人たちです。 首から提げた勾玉……ミコトから貰った御守りをそっと握りしめ、緊張で浅くなりそうな呼吸を整えると、私は努めて笑顔を維持しながら自分のことを紹介しました。 「……今回、鳴神山地周辺の調査任務を担当することになりました、巫女の御陵 奏と申します。若輩者ゆえ、皆さまにご迷惑を何度
最終更新日: 2026-01-29
Chapter: 幕間 第15話 秋津 日向
血溜まりの中で力なく横たわる二人の少女……軽く手首を掴んでそれぞれの脈の有無を確認し、完全に事切れたのを確認すると、青年は──否、特務機関【敷島】の実働部隊の一つを率いる稀代の怪物・秋津 日向は淡々と部下たちに労いの言葉を掛ける。 「──阿呆を殺すのにも流石に、諸君もそろそろ慣れてきたとは思うが。強いストレスを感じた者は、遠慮なく名乗り出ると良い」 手を挙げる者は、誰一人としていない。皆、秋津に絶対の忠誠を誓い……そして、秋津の主君である"御上"こと神代 大和を信仰している。彼らなら、腐敗した日本国を在るべき形に戻してくれる、そのためならどれほど手を汚そうとも構わない。そんな、狂気とも言える忠義の心が表情から垣間見えた。 鳴神山にある旧軍施設に立ち入った者を失神させて星降山へと拉致・拘束……場合によっては殺害し、社に祀られている《《ソレ》》に捕食させる。鳴神山地に眠る《《まつろわぬ神々》》の上位神格……それを現世へと顕現させるために、彼らは幾度となくそれを実行に移してきた。 捕食させた数、殺した数は最早覚えていない。兎に角一人でも多く捕食させ、《《ソレ》》が在りし日の力を取り戻すことに手を貸す……それに尽力しなければ。彼らはそれしか、考えていなかった。 犠牲者の多くは好奇心から、或いは自らの行動を動画などに挙げて自己顕示欲を満たしたいという、頭の足りない若者たち。腐敗せし日本国を形成するモノ。秋津たちからすれば彼らは塵以下の存在である。生かす価値も、生かしておく理由もない。 「──各々、持ち場に戻れ。供物の末路は、この私が見届けておく。諸君らは少しでも疲れを癒し、そして再び日常へと溶け込むのだ。良いな?」 「はっ──お疲れ様です」 秋津に敬礼をすると一人、また一人と闇に溶け込むように姿を消してゆく。数分もしないうちに、社の敷地内に残っているのは秋津と、事切れた少女二人のみとなった。 「────」 ナイフでズタズタに切り裂かれた少女たちの遺体は見るも無惨で、遺体の傍らには切除された舌や切断された手の指などが散らばっている。顔を狙わなかったのは、部下たちのせめてもの慈悲だろうか。それとも加虐心を増幅させるために敢えて顔は狙わなかったのか。 「…………」 どちらでも構わない、自分には何ら関係のないことだと考えるのを止めると、秋津は徐ろ
最終更新日: 2026-01-27
Chapter: 幕間 第14話 星降る山にて血は舞い踊る
鳴神山地──星降山。 空には暗雲が渦を巻き、時折閃く雷光が荘厳なる造りの社を照らす。昼間でさえ、本能的に死を連想してしまうその場所に、時刻が真夜中であるにも関わらず、中学生……或いは高校生くらいに見える、二人の少女の姿があった。 二人とも気を失っており、両の手首は後ろ手の状態で手錠により、両の足首は革製の丈夫なベルトによって念入りに拘束され、自力で立ち上がることが出来ぬようにされている。そんな状態で少女たちは丁度、社の目の前に横たえられていた。 何度目かの雷鳴が轟き、少女の一人が目を覚ます。 「ううっ……うぅん……」 寝惚けた様子で呑気な声を上げた彼女であったが、直ぐに自らの手足が拘束されていることに気付き、目に見えて慌て始める。 「えっ……? ええっ……!? 何、これ……?」 ポニーテールにした長い黒髪を振り乱しながら、困惑を隠せぬ様子で少女が取り乱していると、その声で目が覚めたか、気を失っていたもう一人の少女も呻き声を発した。 「うーん……えっ? 何これ……どうなってるの……?」 「その、声……葵《あおい》……? ねぇ、葵なの……?」 「……真由《まゆ》、ちゃん? 真由ちゃんだよね?」 互いに、自分の傍に居るのが親友だと気付き安堵したのも束の間、同時にそれだけでは自分たちの身に起きている異変が何ら改善されないことを認めたようで、少女たちは程なくして戸惑いと怯えから大きな声を出し、狂ったように身を捩る。 「い、いや……いやぁ……! 助けて、葵! 私、手足を縛られて動けないの!」 「無理だよ……! 私だって、両手両足を縛られてるし……そもそも、自分の身に何が起こっているのか、さっぱり分かんないんだから……!」 「そもそも……此処は何処なのよ! 私たち、鳴神山の旧軍施設跡地に肝試しに来た筈でしょ!? こんな場所、探索した時にはなかったのに……!」 「そんなの、知らないよ! 旧軍施設跡地の中を探索していたら、突然目の前に黒い影が──」 黒い影──そう、黒い影だ。《《それ》》に頭を強く殴打されて以降の記憶が一切ない。黒い影が目の前に現れると同時、相手が何かを振りかぶり、激しい痛みと共に視界が暗転したのを少女たちは思い出した。 「黒い、影……《《あれ》》って、人間なの……?」 「……分かんないよ。ほんとに、一瞬しか見えなかっ
最終更新日: 2026-01-24
Chapter: 幕間 第13話 過日の栄光を求める者
時は少々遡る── 日本国内某所──荘厳なる和洋折衷の大豪邸、そのある一室。士官服を纏った若い男が、机の上に並べられた写真をじっと見つめながら煙草を吹かしていた。 男の傍らには、黒いビジネススーツをぴったりと着こなした若い女性秘書が分厚い書物を携えて佇んでおり、強ばった表情で男の顔色をちらちらと窺っている。 よく見るとベージュ色のストッキングに包まれた細い脚は、まるで生まれたての仔鹿が如く震えている。部屋の中が寒い訳ではない。部屋の中は弱冷房……ほんの少しだけ涼しいと思える、程よい塩梅となっていた。 では何故、震えが止まらないのか。彼女はその答えを既に持っていた。自らの仕える主君が……彼があまりにも恐ろしい存在だから、恐怖で震えが止まらないのだと。 そう──彼女が仕える主君は、青年将校の姿をした何者か。人であって人でない、そんな歪な存在だった。 「────」 怯える秘書には目もくれず、男は優雅に煙草を嗜みながら、写真の一枚一枚に目を通してゆく。 ふと、《《何者か》》の視線を感じ、女性秘書は一際大きく身を震わせた。この部屋には今、自分と主君の二人しか存在していない。主君は写真に目を向けており、自分には一瞥すらしていない。 では、この視線の主は誰だと言うのか。女性秘書は恐る恐る、視線を感じる場所へと目を動かした。 そこにあったのは、一枚の姿見だった。しかしながら、何かが可笑しい。 違和感の正体に気づいた時……女性秘書は戦慄した。 部屋の片隅に置かれたその姿見……男は全くと言って良い程そちらへは顔を向けていないのだが、何と姿見の中に映し出された彼はしっかりと、姿見の方へと顔を向けていたのである。 感情の籠っていない虚ろな目──それが、自分を入念に観察していると気付き、まだ二十代半ばの若々しさに溢れる可愛らしい容姿を持つその女性秘書は、思わず悲鳴を上げそうになるのを懸命に堪える。瞬きをしてもう一度姿見を確認してみると、彼は姿見には顔を向けておらず、粛々と写真の一枚一枚に目を通していた。 ──今見たものは気の所為だ、タチの悪い幻覚だ。 心の中で何度も自分自身にそう言い聞かせ、何時でも主君からの要望に応えられるよう気を落ち着かせながら、彼女は姿見から目を逸らし、主君の動きを注視した。 写真に写っているのは全て、現内閣を
最終更新日: 2026-01-22
死にゆく世界で、熾天使は舞う

死にゆく世界で、熾天使は舞う

人は皆、罪の子なれば── "崩壊の砂時計"──突如としてそれが出現したことにより、世界は一変した。遥かなる天空より来たる、翼持つ者たち──"天使"の暗躍。地の底より這い出てくる異形──"魔族"の活発化。そして、嘗て人間だった者たちの成れの果て──"堕罪者"の出現。 それらの脅威が跋扈し、終末までの残り時間が可視化された世界を、相棒の黒狼マルコシアスと共に旅する黒衣の少女──その名はセラフィナ。 彼女の歩む旅路の果てに、待ち受けているものとは──
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Chapter: 第五章 第152話 命を賭して時間を稼げ
涙の王国── 意図せず敵本拠地が巨大要塞パルマノーヴァであることを突き止める快挙を成し遂げた堕天使バルマー指揮下の帝国第二軍であるが、その代償は余りにも重いものであった。 第二軍を目の上の瘤と危惧する敵幹部、優美なる黒豹オセが主君アザゼルの許可を得て強襲部隊を編成。第二軍はこれまで以上の猛攻に晒されることとなったのだ。 神出鬼没の敵軍を相手に第二軍は奮闘しているが、状況は芳しくない。毎日のように死傷者が出るのだから。将兵たちは少しずつ疲弊し、精神に異常を来たしつつあった。「──失礼します、閣下」 まだ年若い参謀が、司令部で独り煙草を吸っているバルマーの元へと歩み寄ってくる。ハルモニア軍では、参謀も最前線で臨機応変に立ち回ることが奨励されているため、司令部にて偉そうにふんぞり返って胡座《あぐら》をかく者など滅多にいない。 そのため、司令部が参謀や各部隊の指揮官で埋め尽くされるのは総指揮官の召集がかかった時と、定期的に行われる作戦方針を定める会議の時くらいである。「──貴官は確か、この度第二軍に配属されたばかりの新人であったな」「はっ──閣下の下で働けること、光栄に思います」 キレのある動きで敬礼する参謀を見て、バルマーは煙草の煙を吹かしながら顔を少しだけ綻ばせた。まるで、息子でも見ているかのように。 実際、バルマーに限らずハルモニアの将軍は、自らの指揮下にある将兵たちを我が子のように大事にしている。大勢の命を預かっている身なので、一人一人の命を軽々しく扱うことなどまずしない。将が兵たちに対し死ねと命令することなど、ハルモニアの歴史的に見ても稀である。「──閣下。恐れながら、閣下に進言したきことがあり参りました。今一度、私の話をお聞き願えますか?」「許可する。遠慮なく話し給え」 煙草の火を消すと、バルマーは身を乗り出して話を聞く体勢に入る。若干表情を強ばらせつつも、参謀は意を決したように口を開く。「連日のように死傷者を出し、将兵たちの士気が少しずつではありますが下がって
最終更新日: 2025-10-04
Chapter: 第五章 第151話 離反する決意
穏やかなある日の午後……"同族殺し"の異名を持つ天使ラグエルは、ハルモニア国境を突破してグノーシス辺境伯領へと侵入していた。 天空の神ソルに見切りをつけ、天界から離反した嘗ての同胞──死の天使サリエルを討つために。「…………」 領主の館──その庭に植えられている木の枝に、小鳥に扮して留まる。視線の先には、サリエルにサポートして貰いながら歩行訓練に勤しむセラフィナの姿があった。「ふふっ……その調子ですよ、セラフィナさん」 おっかなびっくりといった様子で、それでも一歩一歩着実に踏み締めながら歩みを進めるセラフィナ。そんなセラフィナを微笑ましく思っているのか、サリエルは満開の花を思わせる眩しい笑顔を見せていた。「……サリエル。お前、そんな顔も出来たのか……」 初めて見る、嘗ての同胞の眩しい笑顔。全てのしがらみから解き放たれ、自由の身となったからだろうか。 天界にいた頃のサリエルは、何時も決まって悲しそうな顔をしていた。死の天使という役割に重責を感じていたのもあるだろうが、何より主君たる天空の神ソルの示す方針が心優しいサリエルには合わなかったのだろう。「おっと──」 躓いて転びそうになるセラフィナを、サリエルは真正面からぎゅっと抱き留める。「もう……足元ばかり見ていても駄目ですけど、だからと言って前ばかり見ているのも駄目ですよ?」「ごめん──正直、歩行訓練が必要になるほどの重篤な傷を負ったのって、これが初めてだからさ……あれ、歩くのってこんなに難しかったっけ──って、私自身困惑しているんだよね……」「ふふっ……なら、仕方ないですね。慣れて良いものでもありませんし、次は斯様な事態に陥らぬよう……もっと上手く立ち回らないと、ですよ?」 セラフィナの額にそっとキスをすると、サリエルは小首を傾げながらにこっと笑う。その様はまるで、我が子を慈しむ母のようだった。「…………」 殺すなら、今だ──ラグエルの脳が、素早く指示を出す。
最終更新日: 2025-10-03
Chapter: 第五章 第150話 元聖教騎士と三日月の魔女
グノーシス辺境伯領、領主の館── その日のリハビリを恙無く終えたセラフィナが眠りについたことを確認すると、シェイドは寝る前に少し酒でも飲もうかと考え、階下へと向かう。 この時間帯なら、侍女のラミアとエコーは既に自室で寝る準備に入っているが、執事のナベリウスはまだ起きているだろう。彼との他愛ない世間話は、酒の肴に丁度良い。 階段を降りて食堂へと向かうと、意外にもそこには先客がいた。「──あら、君は確かシェイド君……だったかしら?」 すっかり酔い潰れた様子でテーブルの上に突っ伏し、すやすやと静かな寝息を立てているサリエル……そんな彼女を介抱していたアスタロトが、シェイドを見つめて柔和な笑みを湛える。 肝心のナベリウスの姿が見当たらないことに疑問を覚えたシェイドが彼の居場所を尋ねると、アスタロトはワインが注がれたグラスを優雅に揺らしながら答えた。「ナベリウスなら、夜風を浴びてくると言って先刻、屋敷の外へと出て行ったわよ。偶に堕天使の姿に戻って、辺境伯領の空を飛び回ってるみたい。幾ら今の生活が充実していても、ストレスは溜まるものだから」「そりゃあ、残念。酒でも飲みながら世間話でもと、思ったんだが……」 シェイドが溜め息混じりにそう言うと、アスタロトはまるで悪戯っ子のようにくすっと笑う。「──あら? 私が相手ではご不満かしら?」「いや、別に構わないが……これまで、御伽噺の中でしか語られてこなかった伝説の魔女さまと、酒の席でご一緒するのは些か緊張するけども……」「なら、決まりね……ほら、こっちに来て」 対面の席を指差し、座るように促すと、アスタロトは厨房へと小走りで向かい、シェイド用のワイングラスを拝借して再び戻ってくる。「サリエルが、天界以外のワインを飲んだことがないって言うから、試しに飲ませてみたのだけれど……この子、予想以上にお酒に弱かったみたいで……匂いを嗅いだだけで、ご覧の通り。酔い潰れて、寝てしまったのよ」 シェイドのワイングラスに、エリゴールが
最終更新日: 2025-10-02
Chapter: 第五章 第149話 理想主義者の妄言
「──死天衆が一柱アモン、サンタンジェロ城下の聖教騎士団司令部より只今帰還致しました」 玉座の間に姿を現したアモンを見つめると、ベリアルは穏やかな声音で成果の可否を問うた。「ご苦労さまです。それで──如何でしたか?」「聖教騎士たちの反発により、交渉は難航するかと当初は思われたが……聖教騎士団長レヴィの一声で、どうやら彼らも納得してくれたらしい」 枢機卿《カルディナル》たちは兎も角、少なくともレヴィと聖教騎士団は、巨大要塞パルマノーヴァの攻略とアザゼル征討に力を貸してくれることを約束してくれた。 ダマーヴァンドの悲劇にハルモニアが関与しておらず、アザゼルの指示を受けて遊撃隊として独自に動く死の天使アズラエルの仕業であることも疑うことなく信用し、皇帝ゼノンがしたためた書状も嫌な顔一つせず受け取ってくれたので、一応は一定の成果があったと見て良い。 聖教騎士団長レヴィとしても、正に渡りに船と言った状況。巨大要塞パルマノーヴァ攻略とアザゼル征討を断る理由など、なかったのではないかと推察される。 アモンの報告を、ハルモニア皇帝ゼノンは無表情のまま黙って聞いている。その胸中には、一体如何なる感情が渦を巻いているのだろうか。「それと、陛下──聖教騎士団長レヴィより、陛下に渡して欲しいと託されたものが御座います」「……ほぅ? して、それは何だ?」「聖女シオンのしたためた、陛下宛の訴状とのこと」 アモンがシオンの訴状を見せると、ゼノンは煩わしそうに手で払いながら、訴状の受け取りを拒絶する。「其方が読め──今、この場で」「……御意。陛下がそうお望みと仰るのであれば」 アモンはゼノンの反応に困惑しつつも、聖女シオンの訴状の内容を詩でも諳んじるかのように読み上げる。 ──ハルモニア皇帝ゼノン様、風雲急を告げております。長きに渡り互いを憎悪し、血を流し続けてきた我ら聖教会と貴国ハルモニア……両勢力の在り方が、今こそ変わる時ではないでしょうか。 ──ゼノン様
最終更新日: 2025-09-30
Chapter: 第五章 第148話 山が動く時
聖マタイ王国、サンタンジェロ城下── 聖教騎士団の司令部……その目の前に、巨大なドラゴンに跨った梟頭の大男が現れたのは、夜明け前のことであった。 死天衆が一柱、堕天使アモン──何の前触れもなく、転移魔法で突如として出現した彼を見た聖教騎士たちは、聖教騎士団長レヴィの命を狙った奇襲と判断。瞬く間に、アモンと彼が騎乗せしドラゴンは、武器を手にした誇り高き若獅子たちに取り囲まれた。「──我は誇り高き死天衆が末席、堕天使アモン。聖教騎士団長レヴィ殿にお目通り願いたい。ハルモニア皇帝ゼノンより、レヴィ殿宛の書状を預かっている」 聖教騎士たちに取り囲まれても何ら動じることなく、アモンは威厳に満ち満ちた声でそう告げた。「異教徒の守護者たる死天衆が、聖教会の神聖なる土地に足を踏み入れるとは言語道断。この地より疾く去れ。我らが騎士団長はご多忙、貴様如きに割く時間などない!」 レヴィの副官に相当すると思しき若き青年将校が、聖教騎士たちを代表して答える。才気と忠義心、そして若さ故の野心に溢れた好青年であった。「聞こえなかったか? 疾く去れ、敵国ハルモニアの守護者たる死天衆が、神聖なる聖教会の土地に足を踏み入れることは決して許されぬ」「──そこまでだ、アントニウス。それに皆も」 白を基調とした将官服を纏いし麗人が、数名の参謀を引き連れて司令部の中から姿を現し、アモンや彼を取り囲む聖教騎士たちの元へと歩み寄ってくる。 聖教騎士団長レヴィ──聖教騎士団創設以来の傑物と称される才女にして、聖アポロニウスの血を引く最後の一人。「騎士団長殿……しかし……!」 アントニウスが反論しようとすると、レヴィは諭すような口調で淡々と、「アモン卿がその気になれば、この場にいる聖教騎士たち全員を瞬時に皆殺しにするなど造作もないこと。それをしないということは、端から襲撃の意図はない」 レヴィは続けてアモンを見やると、「アモン卿もアモン卿です──要らぬ誤解を招くような真似は、控えて頂きたい。休戦協
最終更新日: 2025-09-29
Chapter: 第五章 第147話 敵に塩を送る
──"敵軍、帝国第二軍が涙の王国にて発見す。敵拠点は巨大要塞パルマノーヴァ。繰り返す。敵拠点は巨大要塞パルマノーヴァ"。 エリゴール指揮下の第三軍に代わり、涙の王国に進駐した堕天使バルマー指揮下の帝国第二軍。そしてベリアルの指示の下、行方を眩ませたアザゼルたちを見つけ出すべく"涙の王国"に地域を絞り込み捜索に当たっていた竜の王アポカリプシスの眷属たち。 彼らが命懸けで入手したその情報は瞬く間に、ハルモニア皇帝ゼノンと死天衆たちの知るところとなった。 帝都アルカディア大神殿、玉座の間──「──お呼びに御座いますか、陛下?」 ベリアルとバアルが転移魔法で姿を現すと、ハルモニア皇帝ゼノンは能面を思わせる無表情のまま頷く。「其方らならば、既に周知のことと思うが──アザゼルたちの行方が、漸く判明した。尊い犠牲を払って」「はい、陛下。本土決戦用の星形要塞……巨大要塞パルマノーヴァ。アザゼルたちはそこを拠点とし、日々兵力の増強に勤しんでいる。兵糧要らずの強力な軍隊を、今こうしている間にも作り続けています」 兵糧要らずの軍隊とは、厄介だ──ゼノンは軽く舌打ちをする。戦が長引けば長引く程、アザゼルたち"獣の教団"が当然のことながら有利になろう。「──報道機関の連中は今頃、大喜びだろうな。"若者たちよ、戦場に行け"──などと無責任な言葉で、国民の……特に戦争を知らぬ若者たちの戦意高揚を煽るだろう」「その辺りはご心配なく、陛下。既に、国内全ての報道機関に対し、此方から圧力をかけておきました。少しでもアザゼルたちや要塞パルマノーヴァの件を報じたら、死天衆の名のもとに粛清する。報じたが最後、明日の朝日を拝むことはないと知れと伝えてあります」「ほぅ……見事だ、我が友」 流石はベリアルだ。仕事が早い。報道機関なるものが如何に無責任で愚かなのか……それを良く理解している。 自分たち報道機関が、無知蒙昧なる民衆を導いてやっているのだ──彼らはそう信じて疑わない。上から目線で虚実入り混じった情報を垂れ流し、誤った情報を報じ
最終更新日: 2025-09-28
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