Chapter: 【4】日高さんがやっぱり大好き ー 彼女のことを、また今日も好きになる【最終話】④(それって、まさか・・・入学式の日ってこと?)「ねぇそれって、」と彼女の背中に声を掛ける。そんな幸せなことがあっていいのだろうか。僕は遠くなっていく姿を追い掛けて、呼びかけても反応してくれないすずちゃんの手を取る。くるりと、顔が見えるようにしてその手を引くと、顔をゆでダコのように真っ赤にさせた彼女。その表情に僕は思わず、その小さな唇に口付けを落とした。突然の行動に驚いたのか、すずちゃんは身体を強張らせる。なりふり構わず僕はそんな彼女の両手を取り、ぎゅっと手を握った。「すずちゃん。僕を好きになってくれて、ありがとう」見つけてくれて、好きになってくれて、夢を持たせてくれて、隣にいてくれてありがとう。何度、ありがとうと伝えても足りない。来年から文系を選択したくせに未だに語彙力の幅が狭くて、受験科目である国語が些か心配になる。だけど、すずちゃんが一緒に頑張ってくれると思ったら、そんな心配も不安も吹き飛んでいくような気がする。「律くん。私を好きになってくれて、ありがとう」彼女の声は少し上ずっていて、「別に泣いてなんか無いよ」と聞いてもいないのに自ら泣いていない宣言を発する。これって泣いている人が言うセリフじゃ無いかな。それもまた可愛くて、僕はおかしそうに笑う。「笑わないでよ、律くん!」「ごめんね。凄く可愛くて思わず、ね?」「可愛いって、もう、そんなこと言われたら」怒れないじゃん。と悔しそうに顔を歪めるすずちゃん。やっぱり優しさの塊で出来た彼女である。大人ぶることが癖になっているこの子を見て、もう少し我儘とか言ってくれた方が僕としては助かるんだけどなと思う。(でも、僕たちはまだまだここから。時間は沢山あるよね)僕は今まで『日高すず』と目を合わせることも、話すことも、隣を歩くことも、付き合うことも、全部全部『奇跡』だと思ってきたけれど。僕らが出会ったことも、恋をしたことも、その恋を叶えたことも、全部全部偶然なんかじゃなく必然だったんじゃないかと、そう思える。これは終わりじゃなくて、ここからが始まりなんだと、そう思えた。「すずちゃん、好きだよ」そして、始まりには終わりがあると言うけれど。「・・・私も好き、です」「あははっ知ってる!」今日も、明日も、何十年後も、きっと僕はすずちゃんのことが好きなのだろう。月島くんは日高さんのことがお好き。【完】
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 【4】日高さんがやっぱり大好き ー 彼女のことを、また今日も好きになる【最終話】③僕は卒業まであと1年はあるけれど、既に思う存分高校生を充実させて楽しんでいる。でも、飽き足らずにまだまだこれからも楽しんで行きたいと思う。それは、これからも楽しくて色褪せることのない思い出をすずちゃんとなら作れるという自信があるからだ。大人になっても、おじいちゃんおばあちゃんになっても、忘れることのない思い出て溢れた日々をみんなにも送ってほしい。「一生に一度の高校生活だから、みんなに思い切り楽しんで欲しい。あぁ高校3年間楽しかったな、ってそう思わせるような事がしたいんだ」そうなるには先生になることが1番早いかなって、そう告げるとすずちゃんは「すっごく良いと思う!」と声を張り上げた。「きっと律くんなら出来るよ!私が律くんに救ってもらったみたいに、絶対に誰かを救えると思う」「ありがとう」僕は「でもね、」と続ける。「そう思えるようになったのはすずちゃんのお陰だよ」「私、何もしていないのに?」「すずちゃん、僕に助けてくれてありがとうって言ってくれたことあったでしょ。こんな僕でも人を助けられるんだって、嬉しくなったんだ」「だから、僕の方こそありがとう」と、そうすずちゃんに告げる。僕はすずちゃんと向き合うようにして立ち止まる。「これからも僕はすずちゃんと楽しい時も辛い時も、全部一緒にいたい。何度だって助けるから、何度だって支えるから、来年も卒業しても、隣にいていい?」それはまるで将来の確約を乞うような言葉。高校生の若者が背伸びをして良いことを言っている、なんてそう思われるかもしれない。確かに未来なことなんて誰にも分からないけれど、その言葉に嘘偽りは全く無い。少し目を見開かせた彼女だったが、その頰は次第に赤みを増していく。「私の方こそ、ずっと隣に居てもらえると嬉しいです」そしてふわりと微笑んだ。何度だって見てきたはずなのに、ゴクリと唾を飲んだ僕はまたその笑顔に打ちのめされてしまう。この子は、何度僕を惚れさせたら気がすむのだろう。「それに、私のうんと長かった片思い歴。舐めないでほしいな」「・・・え?ちょっと待って、本当にいつから僕こと好きだったの?ちなみに僕の存在知ったのはいつ?ねぇすずちゃん」「そうだなぁ・・・私が体育館で代表の挨拶をした日」「え?」「だったりして」すずちゃんはお茶目に笑っては「さ、帰ろう」と前を歩き出してしまった。僕は時が止まった
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 【4】日高さんがやっぱり大好き ー 彼女のことを、また今日も好きになる【最終話】②「はぁ、何であんなに可愛いんだろう」「顔やばいけどさ、日高さん来てるよ」「え?!ど、どこ、いた!!!!」桔平に言われるがまま、顔を上げると、廊下から教室に顔を出すすずちゃんの姿があった。どうやら迎えに来てくれたらしい。ほらみろ、全世界の男子ども。すずちゃんの彼氏は僕なのだ。すずちゃんはふるふると手を振って、僕を呼んでいる。クッソ可愛い。こんな彼女の隣を歩けるなんて、彼氏は幸せ者だろう。あぁ、彼氏って僕のことだった。優越感に浸る僕の傍で桔平は「顔やベぇ」とぼそりと呟く。もちろんその言葉は僕に向けられているのだろう。「早く行ってやれよ。一緒に帰る約束してんだろ」「言われなくても」さっさと行け、と煙たがれるようにして教室を追い出された僕。お待たせ、と彼女に駆け寄ると「全然待ってないから大丈夫だよ」と笑ってくれた。優しすぎて好き。僕の彼女になってくれないかな。あぁ、そういえばもう彼氏だった。桔平に別れを告げて、僕たちは歩き出す。周囲に生徒がいないからといって、校内で手を繋ごうとすると「恥ずかしいからだめ」と怒られるのだ。だから手を繋ぐのはいつも学校を出てからである。しばらく他愛もない話をしていた僕ら。学校の敷地を出たところで、すずちゃんはふと何かを思い出したかのように「あ、そういえば」と声をあげた。「本当に良かったの?進路希望、同じ教育学部にして」そう、僕はすずちゃんと同じ大学の、同じ教育学部を志望することにした。これには担任の先生はもちろん両親も驚いていて、何か悪いものを食べたかと大騒ぎになったくらいである。もちろん桔平にも「お前が先生になんの?なんかうける」と言われた。「無理して私に合わせたりしていない?」「うん、大丈夫。僕が自分で決めたから」彼女は「将来の幅が狭くなっちゃうよ」と眉を下げて心配しているようだった。確かに経済学部や商学部に行ったほうが、将来就活先の幅が広がるだろう。大学生になったらなったで、別のやりたい事が見つかるかもしれない。 でも、教育学部は僕もちゃんと考えた上での希望だった。「僕さ、大人になったら先生になって、生徒が思い切り高校生活を楽しめるようにサポートしてあげたいんだ」将来自分は何をしたいのか。そう考えた結果、自然と出てきたのがその答えだった。これ以上完璧な人なんていない、とそう思っていたすずちゃんも誰にも言え
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 【4】日高さんがやっぱり大好き ー 彼女のことを、また今日も好きになる【最終話】①「まさか、本当に付き合うことになるなんてなぁ」「初恋は実らないって誰が言ったんだろうね」「でもさ、りっちゃん」「何?あ、今度の土曜日なら空いてないよ。すずちゃんとオープンキャンパスに行くから」「聞いてねぇよ。じゃなくて、アレはないと思うぜ」あれ?そう首を傾げる僕は、桔平に頭を叩かれる。心当たりはあるが、別に叩かなくても良いと思う。だって、大好きな彼女が出来たのだ。見せつけて、牽制して、一人占めして、何が悪い。合法なんだからいいじゃないか。そう主張した僕に「やりすぎなんだよ」と釘を刺してくる。例えば、昨日の朝。早起きをしてすずちゃんを迎えに行った僕は、手を繋いで登校した。学校1の人気者のすずちゃんと学校1モテるであろう僕だ。生徒や先生からの注目が凄かったから、僕は「付き合ってるんだからいいじゃん!!」とグラウンドの中心で愛を叫んだ。例えば、昨日の放課後。勉強を教えてと詰め寄られていたすずちゃんを後ろから抱きしめて「今から僕とデートなの!だから今日はだめ!」と教室の中心で愛を叫んだ。例えば、今日の昼休み。進路の件で呼び出されたすずちゃんについていった。「もっとハイレベルの大学を目指さないか」と言う先生に「すずちゃんは教育学部を志願しているんです!ちなみに僕と一緒の大学に行くんです!」と職員室の中心で愛を叫んだ。「別にいいじゃん。嘘は言っていないし、ちゃんとはっきり言わないと」「まぁ、それは、そうだけどさぁ」「それに、やっぱり牽制は必要でしょ」僕とすずちゃんが付き合っていると学校中に知れ渡った時、「俺、日高さん狙ってたのに」「俺らの日高さんが」とかなりの隠れファンが表に出てきたのだ。これはちゃんと牽制しないといけない。そう思った僕は暇さえあればすずちゃんにくっ付いている。「日高さんも、最近何か変わったよな」「うんうん。すずちゃんは毎日可愛さが更新しているからね」「そうじゃなくて」「でも、前に比べたら垢抜けたかのようにきらきらしてる」悩みを全部吐露したせいか、憑き物が取れたかのように前向きになったすずちゃん。加えて恋人フィルターがかかっているせいか、きらきらと輝いて見えるのだ。それに本人も最近はスキンケアとかヘアケアに力を入れているって言っていたから、そのせいかもしれない。可愛くなってくれるのは嬉しいけれど、これ以上ファンが増えたら大変である。
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 【4】日高さんがやっぱり大好き ー 僕の長い初恋の終わりと始まり④「え、待って、僕のことが好きなの?何で?!僕だよ?!」「好きだよ、律くんのことが」「本当に?僕を?何で?」「どうして信じてくれないの。好きだからしょうがないじゃん」いつから好きだったの、そう尋ねるとすずちゃんは「秘密」と教えてくれなかった。最近小悪魔感がより前面に出てきて僕は華麗に踊らされている気がしてならない。むむ、と口を尖らせた僕に彼女はふわりと笑ってくれる。「嫌だって言っても、もう無理だよ」「うん。律くんの方こそ、やっぱり無しとかダメだからね」そんなこと言うわけないじゃん。天地がひっくり返ってもあり得ない。何なら今ここで一筆書いても良い。そう言うと「信じているから別にしなくて良いよ」と返ってくる。はぁ好き。もう無理。好きすぎて辛い。「ねぇ、すずちゃん」「うん」「・・・キスしてもいい?」恐る恐る、僕は聞いてみた。ストレートに尋ねた質問にすずちゃんは、恥ずかしげに顔を赤らめて僕から目を逸らした。もう、可愛くてしょうがない。今ここで食べていいと言われたら、僕はもう人目を気にせずとも食べに走るだろう。ただ、女の子のロマンを考えるなら、聞かずに多少強引にキスしたら良かったかもしれない。そう考えていると、すずちゃんは顔を赤くしたまま、覚悟を決めたかのようにゆっくりと口を開く。「律くん、私もね──っ」キスしたい。その言葉ごと飲み込ませるように、僕はすずちゃんに口付けた。「すずちゃん。好き、好きだよ」彼女の唇はとろけるように甘くて、柔らかかった。何度かぴとり、ぴとり、と唇同士をくっ付ける。うっすらと目を開けると、頰を赤らめながら頑張って受け入れようとしてくれているすずちゃんがいた。やたらと扇情的に見えるその表情に、僕の身体はこれでもかと疼く。理性よりも本能が優って、もっともっとと強請るようにして勢いのまま、僕はその小さな口の中に舌を差し込んだ。ぬるりと生温かい感触に驚いたのだろう。彼女は身体をビクつかせるが、抵抗することなくそのまま僕に委ねてくれていた。「な、ふっ、ふぁっ・・・ま、まって、りつく、ン」「・・・ごめん。もうちょっとだけ」この時やめていたら良かったのだろうが、調子に乗っていた僕はすずちゃんの息が上がっているのを分かっていながら、逃げていく彼女の舌を捕まえては吸って絡めてを繰り返す。あぁ、このままじゃやばいな。そう思い始めた時
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 【4】日高さんがやっぱり大好き ー 僕の長い初恋の終わりと始まり③「え?」「え?・・・今、僕の口から何か聞こえた?」僕の問いに彼女は頷いて、ゆっくりと口を開く。「・・・好きって、そう言ってたよ。律くん」誤爆。無意識に口から「好き」が溢れていたらしい。それも当の本人の目の前で。ピシャリと氷のように固まった僕に、すずちゃんは頬を赤く染めながら視線をそらす。一応僕だって告白のシチュエーションを考えたり、どう伝えるか言葉を選んだりしていた。一世一代の告白だから気合い入れて練習してきたのに。それなのに、変わりばえもしない屋上で口走るだなんて。「えっと、今のは」適当に誤魔化してその場の凌ごうとした僕。「もう一回、言って?」それを止めたのは、すずちゃんだった。「お願い律くん。もう一回、言って欲しい」僕はごくりと唾を飲み込む。これは、期待をしてもいいのだろうか。そろりと顔を上げると、すずちゃんの瞳の中に自身の姿が映り込む。望んでいたものが、手を伸ばしたらすぐにでも捕まえられる。差し迫ってきた緊張感に僕は、深く、腹の奥底から、深呼吸をした。そして、僕は口を開く。「すずちゃんのことが好き」「・・・うん」「入学式の日からずっと。一目惚れだった」入学式のあの日、君を初めて見た時からずっと。まだ17年しか生きていないけれど、こんなにも好きになれるのは後にも先にもすずちゃんだけ。そう神様にだって誓えるほど、すずちゃんだけを想ってきた。強いところも、弱いところも、知れば知るほど好きになった。わがままな僕はそれだけじゃ足りなくなって、今はずずちゃん“の”特別になりたいのだ。「だから、僕の恋人になってくれませんか?」どうやったら想いは伝わるのだろう。そう考えながら言葉を並べている間、すずちゃんはずっと何も言わずに聞いてくれていた。全部を伝え終わった時、彼女はその大きな目で僕を真っ直ぐに柔らかく見つめる。その目の奥におひさまのような温もりを揺らがせたまま、すずちゃんは口を開いた。「私の方こそ、よろしくお願いします」「・・・えっうそ、ほ、本当に?」「本当。いつ言ってくれるんだろうって、ずっと待ってたのに」ふふ、と笑うすずちゃんに僕はあんぐりと口を開ける。「やっぱり女の子は、告白されたいんだよ」と女の子のロマンを語る彼女の目の前で、僕はただ“日高すずは僕の彼女”と成った現実にもういろいろと爆発しそうだった。
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 番外編 彼女の第一印象とは2(Another story)***彼女がいつものように来店した。もうそこは特等席と化したカウンターの1番奥の席。注文したのはもちろんホットコーヒー。僕は毎週火曜日と木曜日の夜に彼女が訪れていることに気づいた。年齢は同じくらいだと思うけれど、名前も何も分からない。話しかけてみようかな、なんて幾度となく思ったが上手く話が切り出せないのだ。自分は男子中学生かよと呆れる。他のお客さんのように世間話や天気の話をしたらいいのに。そのもどかしさを抱えたままここ最近は働いている。とにかく、今日も彼女を笑顔にしよう。気合を入れていつもの器具を手にかける。淹れているこのコーヒーを今から彼女が飲むのだと考えたら、少し手が震えた。早くコーヒーを飲んで欲しい、彼女が最初のひと口を運ぶ間、ドキドキしていた。あともう少し。あともう少し。早くその笑顔を見せてほしい。そして、彼女はまた笑った。すると僕の胸の内側からポカポカと暖かくなる。嬉しくなる。顔が緩んでしまう。どうかして彼女と話してみたい。いつも昼間の時間に訪れる腐れ縁の由紀に相談してみた。一応小説家の端くれだし、高校大学とずっと一緒に過ごしてきたのは彼だから。相談を持ちかけた時、彼は少し驚いたような顔をしていたけれど、ちゃんとアドバイスをくれた。***今日は彼女が来店する日。でも、まだこない。時間はもう過ぎているのに。接客をしている時も、コーヒーを淹れている時も、ドアの方を気にして仕事にならなかった。もしかして他のお店に行ってしまったのではないか、なんて彼女には関係ないことなのにただ不安になってしまった。好きなこの喫茶「ベコニア」の場所さえ、少し色褪せて見える。彼女がいつきた時でも座れるように、「予約席」なんて暇な時間帯に作ってみたプレートが寂しくカウンターの一番奥の席にポツンと置かれている。やがて彼女はやってきた。同時に僕の視界は彩度が上がる。少し疲労を見せた表情をしていた。きっと残業でもしてきたのだろう。ホッとした気分になった。良かった、また会えて。そして彼女が注文したのはやっぱりホットコーヒー。笑顔にさせたい、そう思いながら淹れていたコーヒー。今日、話しかけてみようかな。早く、早く、と気持ちばかりが先を行く。今日きたらサービスしようと思っていたクッキーもそろそろ焼ける頃だろう。皿洗いや明日の準備なんて全て後回しにして、全力で彼
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 番外編 彼女の第一印象とは1(Another story)目の前で一杯のコーヒーと向き合う彼女を見ていた。己の手で淹れたコーヒーを運ぶなり、待ちわびたかのような恍惚とした表情を見せる。そして最初のひと口を噛み締めるように味わった。間も無く、彼女は笑みを浮かべる。実際は目に見えるほど表情の変化はないが、なんだろう。こう、なんとなく。接客を生業としているからか、感覚で分かる。または、惚れた弱みなのだろう。「水樹くん、水樹くん、・・・大丈夫?」「・・・あ、ごめん。」昔のことを思い出していたからか、ボーッと立ち尽くしていた僕の顔を奈央は心配そうに下から覗き込む。上目遣いをされているみたいで、思わず「可愛い」という言葉が仕事中にも関わらず口から飛び出しそうになったのを抑える。代わりに「考えてごとをしてただけだから、大丈夫だよ」と言うと、彼女は安心したようで「そっか」と再びコーヒーに視線を落とす。本当に彼女は僕ではなく、僕が淹れるコーヒーの方が好きなのではないかと思う。いや、それはそれで嬉しいことなのだが。コーヒーの香りを全身で感じて、飲んで、うっとりしている奈央を見ていると、また出会った頃の彼女が頭の中に浮かんできた。***彼女の第一印象と言えば、泣いている人、だっと思う。幼い頃からこの喫茶「ベコニア」に足を運んでいたから、初めて来店する人は顔を見ればわかるものだ。あの日、扉を開けて入ってきたのは初めてみる泣いている女性だった。泣いている・・・というか泣いていた、の方が正しいのだろう。涙の跡が薄暗いこの照明の下でも分かるくらいに、くっきりと残っていた。カウンターの1番窓際の席に座る彼女に、メニューだけ手渡し待つ事数分。化粧が崩れているその表情からは思い浮かばなかった、透明感のある声で呼ばれる。注文したのはシンプルにホットコーヒーのみ。特にコーヒーを淹れるために、特別なことはしていなかったと思う。普通にいつもの器具を準備してお湯を沸かしてコーヒーを入れて下がっていくのを待つだけ。なんら普段と変わらない手法で淹れたコーヒー。それなのに。コーヒーをひと口、それだけなのに。彼女の表情は一変した。綻ぶような笑顔で、目尻を下げて、内側から湧いてくる感動を滲ませたような表情になったのだ。あの時、僕は目を逸らすことが出来なかった。僕の入れたコーヒーが、この人を笑顔にさせたんだと。もちろん今までも他のお客さんから幾度
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 後書き読者の皆様へ初めまして、岩瀬みさきと申します。この度喫茶「ベコニア」の奇跡を無事に完結させることができて嬉しく思っています。この物語の構想を練り始めたのが、9月末頃。何か今年中に1つ書きたいな、そんなことを思っていました。実は短編でもなんでも完結したのは、今回が初めてです。今まで趣味で色々なジャンルを模索してきましたが、完結までに至らず。短編でもなんでもいいから完結作品を作りたい。そういう思いで書いていたら、いつの間にかクリスマスギリギリの完結になってしまいました。感想など良ければお聞かせください。次の活力にします。この物語の中で、何度か「人は他の誰かを幸せにするために生まれてきた」と書かせて頂きました。今年に入って生活環境を変えた私がずっと思っていたことです。結局自分自身で自分の幸せを掴むことは難しかったのだと。周りの人の支えや思いがあって今自分は幸せを感じているだと、思う思うようになりました。この手で他の誰を幸せにできた時、笑顔を見せてくれた時、見ていた景色がより一層美しく見えると思います。どうか、この小説をお読みくださった皆様の幸せへの手がかりになりますように。2019.12.22 岩瀬みさき
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 最終話 喫茶「ベコニア」の奇跡6「ふふん!なんと新作が書き終わった!」「へえ・・!すごいじゃん!」嬉しそうにバタバタと動かすその大量の紙束はここ数ヶ月書きためていた小説とのこと。なかなか進まないと隣で嘆いていたことを思い出す。まだ下書き段階で、数回チェックを重ねて製本するまでにはまだ時間がかかるらしい。一体どんな内容なのか、完結したとなれば少し気になったしまう。「どんなお話なの?」「奈央、それは聞かない方がいいかも、」水樹くんがそう言って私を止める。その制止を遮るように由希くんは「ズバリ」と人差し指を天井に向ける。私は次の言葉を待つようにごくりと唾をのみこむ。「喫茶店店員と客から始まるラブストーリー」「・・・・うん?」私の反応とは違い、水樹くんは「こいつ・・・」と顔を引きつらせていた。そう、あの日小説のモデルを知っているのかと聞いた時みたいな反応だ。しかし、まあ喫茶店店員と客なんてどこぞかでよく知っている光景。水樹くん様子にピンときてしまった私は、由希くんをじとりと睨むように見る。「いやあ、2人がくっついてくれたおかげで完結できたよありがとう」「待って、前に言ってたモデルって」「もちろん水樹だよ。もちろん奈央ちゃんもね」当たり前かのようにツラツラとこの作品を書き始めた経緯を話し出す。あの日喫茶店で由希くんと私が初めて会った日、あれはどうやら本人に合わないとイメージが湧かないと待ち伏せをされていたらしい。公園で会った時もあれよあれよというまに由希くんの言葉に乗せられたのも全て彼の計画通りだったということか。友人から恋人になるということも、全部最初から予想して通りだったというのか。「・・・・」「ちゃんと形になったら2人にはプレゼントするよ。もちろん俺のサイン付きで」そう言ってバチリとウインクを決める由希くん。いや、それでも私が水樹くんと一緒になれたのも彼のおかげなのは変わりないのだが。それでも由希くんの手のひらの上で転がされた感が否めない。「でも本当に嬉しい、心から祝福するよ」でも目に薄膜を貼らせて喜びを伝えてくれる彼を見て、私たちは何も文句は言えないのだ。「さあ、コーヒーで乾杯しよう」と由希くんは2人分のコーヒーと1杯の砂糖たっぷりのカフェオレを注文をする。普通乾杯ってお酒じゃないのかなと思うが、まあ私たちには合っている気がする。それぞれ飲み物を受け取る。しかしそこで水樹
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 最終話 喫茶「ベコニア」の奇跡5どこかで私たちのことを祝福してくれているかのように鐘の音が聞こえる。ふと視線を水樹くんに向けると、私を見ていたその目と重なる。お互い顔を合わせてクスリと微笑む。それが合図かのように自然と落ちていく瞼。間も無く降りてくる温もりにこれ以上ないくらいに心臓が高鳴った。12月25日の0時0分。私はこの世界で誰よりも最高のクリスマスプレゼントをもらった。ーーー後日、晴れて友人から恋人になれたのはいいものの、仕事が忙しさは金曜日まで続いた。結局次に喫茶「ベコニア」に足を運ぶことができたのは土曜日の午前中。いつものようにカウンターの奥の席に座る。もう商店街の飾り付けはなくなり少し寂しい景色に戻ってしまったが、今ではすっかりお気に入りの街になってしまった。「はい、お待たせ」「ありがとう・・・はあ、すごく良い香り。落ち着く」そして私が来ること事前に知っていた水樹くんは、すぐにコーヒーを淹れてくれる。朝から水樹くんが淹れたコーヒーを飲めるなんて、なんて最高な週末なんだ。仕事納めを無事に終え、忘年会で疲れた心身によく染み込んでくる。ああ、落ち着く。私の正面に立っていた水樹くんは「そういえば」と口を開く。「年始いつか空いてる?」「?うん・・・特に用ないけど」「良かった。初詣一緒に行かない?」デートのお誘いだとすぐに分かり、コーヒーの魔法で半分溶けていた私はバッと身体を勢いよく起こす。もちろん答えは一択だ。「いく・・・!行きたい!」最近目紛しい毎日で実感はなかったが、初詣と言う言葉を聞いてもうあと数日後には今年が終わってしまうのかと驚く。デートの約束に舞い上がっていることを察したのか、水樹くんは嬉しそうに微笑む。ーーその次の瞬間、勢いよくドアを開ける音が聞こえる「よーっ、お二人さん!」扉を開けて入ってきたのは由希くんだった。いつものように思い荷物は抱えておらず今日はトートバック1つ。あまりのハイテンションでの登場に水樹くんは「由希?」と声を掛ける。初めて由希くんとここで会った時にように、彼はニタリニタリとした表情をして、そのまま私たちの元へズカズカと歩いてくる。私の隣に立ち止まったかと思えば、カウンターの奥に身を乗り出して水樹くんの両肩に手を置いて大きく揺さぶる。「やっとくっついてくれて俺は嬉しいよもう」何かと思えば、私たちの祝福の言葉だった。私たち以上に
Last Updated: 2025-07-09
Chapter: 最終話 喫茶「ベコニア」の奇跡4「ありがとう」水樹くんの言葉に、私は返すように腕を彼の背中に回した。とても暖かくて、気を抜けば涙が流れてきそうだ。目頭が少し熱い。しばらくこの温もりに浸っていると、肩がかすかに震えていることに気がつく。「・・・もしかして水樹くん、泣いてる?」「泣いてない。・・・すっごく嬉しいよ」少し肩が冷たいけれど・・・まあ、そういうことにしておこう。「なんて言葉に表したらいいかわからないくらい、幸せだ」それは私も同じだ。こんなにも思っていることを言葉にするのが難しくて歯がゆい気持ちになるのは初めてだ。この腕の中の温もりを身体全体で感じていると、好きというシンプルで簡単な愛情表現だけでは物足りなくなってくるようにさえ思う。言葉にならない嬉しさと愛しさが溢れ出す、この気持ちを汲み取ってくれるように腕の力がより一層強まった。「でも良かった・・・奈央ちゃんは僕の淹れたコーヒーにしか興味がないと思っていたから」「ええ・・・確かに最初はそうだったかもしれないけれど」この喫茶「ベコニア」に通う最初の理由は確かにコーヒーだった。でもーーー「今は水樹くんが淹れてくれたコーヒーが毎日のみたいな」このカウンターの一番奥の席で、水樹くんの淹れたコーヒーを飲みながら、水樹くんとお喋りして、水樹くんと一緒にもっと沢山の思い出を作っていきたいのだ。たまには由希くんも一緒に。そんな毎日を過ごす未来に胸が弾む。こんな気持ちは初めてだ。「・・・それってなんだかプロポーズみたいだね」「いや、そ、そういうつもりは全く・・・」「うん。分かってるよ、ちゃんと」“毎日君のお味噌汁が飲みたい”のようなプロポーズの言葉。そういうつもりはないが、指摘されたらそれはそれで恥ずかしくなってくる。顔を赤くした私に水樹くんはクスリと笑う。「でも、その時が来たら僕から言うから。それだけは覚えていて」「・・・楽しみに待ってるよ」その時、とは詳しくはあえて聞かなかった。まだ知り合ってたった数ヶ月。週に2回ほどのペースで顔を合わせるのも数時間だけ。「僕は桐山水樹といいます、よろしくお願いします」「・・・は、橋本奈央です。今日のコーヒーもとても美味しいです」しかしその短時間の中でも密度の濃い時間を過ごしてきた。きっと名前を知るずっと前からお互いのことを理解しようとしてきた私たちには、十分恋心を育んできたのだろう
Last Updated: 2025-07-09