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松井健太朗│纏美神化主義の祖
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Novels by 松井健太朗│纏美神化主義の祖

シャレコウベダケの繁殖

シャレコウベダケの繁殖

※ジャンルはイヤミスになります 自らの美貌に自信があるも、旦那との生活に微かな不満を持つ由樹は、旦那の悪口を気軽に投稿できるサイト「旦那デスノート」を日頃活用していた。 だがある日、「旦那デスノート」に見たことのない、チャット機能が追加された。好奇心から一つのトークルームに参加すると、ひょんな流れからトークルームにいる全員の旦那を、皆で協力して殺害することになった。 殺害方法はなぜか、首から上だけを地面から出して山奥に放置し、小動物や蛆に食わせて腐らせる方法。そんな地面から首だけ出す死体が全国で発見される事態に発展する。 黒幕は何者なのか? 由樹たちの行く着く先はどんな地獄か?
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Chapter: 行き着く先は安息の地なのか
東中野駅の改札を出て事務所へ戻りながら成子と播磨の関係について考えた。取調室では弱い者がマインドコントロールされていると思っていたが、本当だろうか。幾ら操られていたとはいえ、成子自身にも僅かでも殺人の意志がなければ、あそこまでできないのではないか。彼女は人を殺す方法や拷問のやり方も播磨の真似をしていたのではないか。播磨自身も殺害をして人の首から下だけを埋める方法を実行したのではないか。彼女は指示のみで動いていたのであれば、自死するために留置所にもワイヤレスイヤホンや眼鏡を付けていなければならない。イヤホンも眼鏡も留置所まで付けているとは思えなかった。播磨に恋するあまり本人と同化したいという欲求から、殺人も犯したのではないか。自分の恋した相手が好きなバンドの音楽を聴いたりして本人に近付こうとする現象と本質は何も変わらないのではないか。だが、そんな単純な心理のせいで多くの人間が人生を棒に振ることになった。播磨を慕う女は成子、サヤカ、ユウコ以外にも何人もいたのだから。事務所に戻った。電気が点いていなかった。治は外出中らしかった。電気を点けて無音の中、椅子に座った。何時間か経った頃、スマホから着信を知らせる通知音が鳴った。画面を見ると知らない番号からだった。仕事の依頼だろうか。仕事どころではないが電話に出た。「大輔さんの電話ですか。柴崎隆広です」電話をかけて来たのは隆広だった。「隆広さん、お世話になっております。どうかされましたか」由樹はあの日、刺されていたため病院に搬送された。彩花も一緒の病院に向かった。「いえ、由樹がご迷惑おかけしまして。申し訳ございません」「とんでもないです。力になっていただいて感謝しているくらいです」彼女が来てくれなかったら彩花や佳苗を外に逃がせず、自分も子供たちもどうなっていたか分からない。「いやあ、僕が悪いんですよね。大輔さんが真犯人を突き止めて和歌山県に行く日を教えてしまったんですよ。その日まで頑張れって勇気付けるために。そしたら病院抜け出して大輔さんの後を追っちゃったらしいんです」神社の境内に入った時、木の葉が擦れる音が背後から聞こえて来た記憶がある。由樹が出した音だったのか。「全然、迷惑なんかじゃないです。由樹さん逞しかったです。
Last Updated: 2025-08-24
Chapter: 第32章 死神の凡俗さ。シャレコウベダケはいつまでも
   ※大輔は警察署で事情聴取を受けていた。机以外何も置かれていない小さな会議室のような部屋に、一人の中年の警官と対面して座っていた。「播磨雄作は死にました」驚いた。まさか播磨まで死ぬとは思ってもいなかった。あの日、警官に連れて行かれる播磨は濡れタオルのようにぐったりしていた。自力では何もできなさそうで、愚かな姿だった。播磨にはしっかり罪を償い、刑務所の中で屈辱を味わいながら死んでほしかった。「留置所でね、首を吊って死んでいたんだ。高松成子と同じ死に方だった。もしかしたら成子の死も奴の指示なのかもな。お前の言う通り、高松は播磨にマインドコントロールされていたのだろう。そうなると全ての辻褄が合う。播磨の死体は、同室の人間が最初に気付いたみたいだ。見つかった時には服で首吊って息絶えていたみたいだ」力が抜けて座っていたパイプ椅子の背もたれに全身の体重を預けた。だが、播磨について知りたいことがあった。再度背中を浮かせて聞いた。「播磨は子供の時から満たされていた存在だと言っていました。親は金持ちで全てを持っていた存在だったと。ただ他人のみが自分の思い通りにならずに、コントロールしようとしたのだと。これは事実なのでしょうか」「そこが複雑なところなんだ。播磨の家は別にお金持ちとかじゃないって彼の学生時代の友人からの話がある。友人曰く、父親は醬油製造の会社に勤めていて、母親も殆ど毎日スーパーでレジ打ちしているような家庭だと播磨本人から聞いたみたいだ。だが実際に播磨の実家に行くと、京都の北山にある大きな一戸建て住宅だった。本当は父親は伝統工芸品を扱う会社の社長のようだ。弟さんもいたが、奥さんとお子さんが二人いる裕福な家庭だった」「あの神社の中で言っていた播磨の発言は本当だったということなんですね。でもどうして友人には、金持ちじゃないなんて嘘を言って、自分のような何の関係性もない探偵に本当のことを言ったのでしょうか」警官は唸りながら無精髭の密生した顎を撫でていた。「恐らくだが、裕福な家庭で育った自分に対してコンプレックスを抱いていたんじゃないのか」大輔の中でも朧げな納得感が生成された。「播磨の友人曰く、学生時代はあの見た目の割には異性からの人気がなかったようだ。大学時代の友人なんか
Last Updated: 2025-08-22
Chapter: 下らない人間
考え込んでいると、背後にいた由樹がユウコの腹に肩から突進して突き飛ばした。ユウコは仰向けに倒れて畳の上で三肢を風に吹かれる枯草のように動かしていた。由樹はそのまま襖に向かって逃げようとしたが、ユウコに足首を掴まれて前のめりになって倒れた。彩花と佳苗はユウコの圧にやられて固まって動けない。「逃げて」由樹は子供二人に怒鳴って襖の方を指差した。彩花はイヤイヤ言って動かなかったが、佳苗が彩花を引っ張って逃げて行った。これで後顧の憂いもなくなった。大輔はサヤカの手を放して、ポケットから催涙スプレーを取り出した。噴射口を彼女の顔に向けて発射した。オレンジ色の粉末が勢い良くサヤカのドブのような色の顔にかかった。サヤカは両手で自分の顔を必死に拭っていたが取れるわけがない。あとはユウコだと思って彼女の方を見ると、刃物が由樹のふくらはぎに突き刺さっていた。由樹は声一つ上げずに顔を歪めて倒れていた。大輔はユウコの顔にも催涙スプレーを噴射してから、由樹の腕を肩に回して、この建物から逃げ出そうと決めた。ユウコもサヤカも畳の上でのたうち回っていた。「ちょっと待って下さいね。もう逃がすことはできませんよ」襖に手をかけようとしたところで、播磨が大輔の肩に手を置いていた。余裕そうな微笑みまで浮かべていた。美形な白い化け物が笑いかけている。自分の手を汚すことなく、何の価値もない欲だけのために殺人を犯す男を許せなかった。自分は何も穢れを知らないと述べているかのような無垢な子供のような表情が顔に貼り付いている。大輔は憎悪から殆ど条件反射で催涙スプレーの噴射口を播磨の顔に向けていた。播磨は一人では非力だ。常に人を使って暴力や殺しを行っていたため、彼自体には何も恐怖を感じない。オレンジ色の粉末が播磨の顔にかかる。彼は顔を背けようとしたが、間に合わなかった。整った目鼻に粉末が張り付いて瞼の隙間や鼻腔から吸い込まれて行った。「あっ、貴様あ」弱々しい叫び声を上げながら播磨は尻餅を着いた。彼は何も見えないにも拘わらず、手をブンスカ振り回していた。ブリキ玩具のような不格好で憐れな姿だった。これが日本全国を震撼させたシャレコウベダケ事件の黒幕なのか。こんな惨めな男によって日本が恐怖のどん底に落とされていたのか。か細い声を出し
Last Updated: 2025-08-22
Chapter: 第31章 シャレコウベダケ、ついに消え失せたか……
部屋の外から不気味な叫び声が聞こえた。するとすぐに襖が開かれた。大輔は言葉が咄嗟に出なかった。山姥がいた。デップリ太った体でギシギシの髪の毛を腰まで伸ばし、Tシャツの袖から露わになった腕には真っ赤な切り傷、ミミズ腫れ、内出血痕、蒼痣、リスカ痕。あの時見たままだ。「ここの部屋以外にも小さめの部屋が三つあったでしょ。そこの畳を一枚外したら下に空間があるのです。サヤカさんはそこで生活しているのです。でも優しい方なので、名前を呼ぶとすぐに駆け付けてくれます。サヤカさん、そいつを殺しちゃって下さい」サヤカと呼ばれた山姥は両手にナイフを握っていた。「そいつを上手く殺せば、今日はご褒美を三つ差し上げます」「うんがああ。ぴーひょろひょろひょろ」喉から意味不明な音を発した後、山姥はいきなり大輔に襲いかかって来た。躊躇のない勢いだった。殺人に慣れているのかもしれない。身をかわそうとしたが、背後に佳苗と彩花がいるため逃げられない。受け止めるしかなかった。大輔は両手を前に出して、サヤカの両方の手首を掴んだ。目の前にはがら空きになった山姥の腹部が突き出ていた。大輔は自分の踵で邪気を退散させるイメージで彼女の腹を蹴りつけた。にぃいという呻き声を上げた彼女の口から白い玉が出て来た。だがサヤカは倒れずに、手首を取られながらも大輔に対峙し続けている。以前アンジェラを空港に送る時と同じで、かなりの執念だった。彼女が倒れるまで蹴り続けなければいけない。とにかくこの山姥の動きを止めなければ、後ろの子供たちを安全なところに避難させる行動もできない。サヤカは何度蹴られても顔をしかめて呻き、ゆらゆら揺れるだけで倒れなかった。光のない目が歪んで失敗した土偶のような顔になる。どうするべきか。このままでは大輔の体力が持たない。いずれ力がなくなり蹴ることも手を押えることもできなくなるだろう。サヤカは痛みを我慢して、その時を待っているのかもしれない。徐々に力がなくなり呼吸が荒くなる。何も策がない。このまま力尽きるだろう。そうすれば鈍色に光る山姥の刃によって肉を貫かれて殺されるだろう。いや、殺すなんて温いことはしないはずだ。和歌山のクヌギの木々が生える山奥に頭蓋骨を晒して死ぬ運命となるだろう。サヤカの顔を見た。
Last Updated: 2025-08-21
Chapter: 何が悲しくて、こんな事件を起こすのか⋯⋯
「佳苗ちゃん。泥棒の前で取り乱してはいけません。泥棒は刺激すればするほど興奮して実害を与えて来ます。これは色々なことに当て嵌まる現象です。こちらが無害だと言うように何もしなければ、他人は優しく攻撃はしてこないのです。だが、目立つことは悪と見做す人が多い世の中ですので、目立ってしまうと害だと見做されるのですよ。害と見做された存在はいち早く排除される。この理を覚えておきなさい。で、貴方は誰ですか」男が部屋に入って来た。彼が播磨雄作のようだ。身長が百八十近くあるだろう細身のモデル体型で、顔は少年のような顔をしている。クルンとした睫毛が生えた綺麗な平行二重の目。鼻筋はスッと通っており、唇は赤くてすこし厚い。色白できめ細かな肌。中性的な雰囲気が浮世離れして見えるほどだ。もし大輔が他のシチュエーションで出会っていたら、絶対に嫉妬するだろう美貌の持ち主だ。「誰ですか。今すぐ出て行って下さい。ここは僕の家です。もし出て行かないと言うのであれば、こちらもできることをするだけです」播磨はデスクの前にある椅子に腰かけた。「播磨雄作だな」大輔の言葉に反応して播磨はこちらを向いた。「ああ、よく見たら成子さんのところにいた探偵じゃないですか。調べさせていただきましたよ。水川大輔さん。探偵のくせに簡単に成子さんに捕まってしまうような、無能ですからね。気になって調べたんですよ。そしたら案の定と言いますか、親の七光りで探偵になったそうで。ハハハッ、七じゃ収まらないですね、百二十八くらいの光がなければ、貴方には足りないでしょうね」この男は何を言っているのか。怒ってしまうと相手の思う壺なので、自分の感情をコントロールした。「播磨、お前はどうしてこんなことをしているんだ。お前に一切の利もないだろう。何で全国の人間を恐怖に落とし、殺人までも犯すんだ」「私は殺人をしていません。直接手を下したことはないんでね」播磨はモニターを見てパソコンのキーボードを叩きながら答えた。片手間で相手をされているようで不愉快だった。「だが、お前がそうやって指示をしている女性たちが次々と殺しを行っているじゃないか。お前が殺しているようなものだぞ」播磨は大輔を無視してマイクを顔の手間に持って来た。「カナコさん聞こ
Last Updated: 2025-08-21
Chapter: 第30章 シャレコウベダケの中へ、死神正体表す
佳苗に言われた通り、押し入れの襖を開けた。開けると目が合った。人がいた。気配の正体が分かった。ウッと言って後退りながら、押し入れの中を凝視した。上の段と下の段があり、そこには多くの子供がすし詰め状態になっていた。全員手足を布で縛られて猿轡も付けられていた。イヤホンが両耳に付けられており、聴覚からの情報は一切遮断されていた。真っ暗な押し入れの中に閉じ込められていたところ、急に襖が開いて光が入って来たため、全員が驚いた顔で大輔を見詰めていた。「この子たちも助けてあげてほしい」「この子たちは一体?」佳苗は目線を逸らして子供たちの顔を見ないようにしていたが、説明はしてくれた。「みんな、お母さんが遠くに行っちゃったの。播磨のおじちゃんの言うことを聞かないとビリビリされちゃう」ビリビリとはスタンガンのことか。成子の部屋で散々見たのでよく分かる。佳苗が言うには、押し入れの中の子供たちの親も成子のようにどこか遠くに行っているそうだ。この子供たちの母親も播磨にマインドコントロールされているのではないか。治はマインドコントロールされる者の特徴として、弱点があると言っていた。彼女たちの弱点は子供を人質に取られていることなのではないか。ただ、遠隔操作で播磨の手で操縦されていただけではなさそうだ。彼の指示を聞くように子供を使って下拵えをしていたようだ。大輔は改めて押し入れの中を確認した。全員土気色の顔をしている。子供らしい無邪気さが感じられない。常に抑圧された環境に身を置いて、自分の考えの発露を許されていないようだ。そのため、自我の発育が上手にできていないのだろう。播磨専用のロボット人間と化してしまうかもしれない。上の段にいる子供たちの顔を見ていると、見たことのある顔が見えた。「彩花ちゃん」彩花が目を剥いて覗き込む大輔の顔を凝視している。彼は真っ先に彩花を抱き上げて押し入れの中から出した。「その子は播磨のおじちゃんに命令されて私が連れて来させられた。病院の外でお母さんの声を出したら、この子が窓からびっくりしながら出て来たの」 病院から播磨の命を受けて佳苗が連れ出したようだ。だが、病院には怪しい人物の姿は見当たらなかったという話だ。どういうことなのか。彩花の耳に入っているイヤホンを抜き
Last Updated: 2025-08-21
艶撫亮~embryo~

艶撫亮~embryo~

産科の看護師として勤める唯織の自宅に、腐敗した赤子の死体を放置される。 犯人はすぐに見つかるも、「子供を授かるつもりはなかった。ただ恋物語を購入しただけだ」と意味不明な言葉を残す。 唯織は同居する歌手の亮にも依頼し、恋物語の購入とは何か調査を開始する。 だが亮の前に謎の美女の沙耶が現れ、彼は自らの顔面を破壊するまでに至る。 唯織は沙耶の背後に恋物語を売る謎の集団の存在を察知するが、彼女の前に夢人葵という全身包帯まみれの男が現れ、物語はあらぬ方向へと転がってしまい……。 彼らの行く先には何が待ち構えているのか? 令和の時代に更新された唯美主義的ミステリーをぜひ堪能してください。
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Chapter: 絶望は速度を高め、這い寄って来る
   ♠ 亮自室の和室の中で久々にSNSで艶撫亮のアカウントから投稿をした。デートで映画を観ることすらできなかった俺は、もう売れて艶撫亮の存在を認知させるしかないと結論を下した。沙耶も俺の話を聞いて改めてプロデューサーとして全力を出すと約束してくれた。今度新曲を出す予定だ。今日は新曲発表の日にちについて告知した。昔も似たような出来事があったと思い出す。中一の時に面談でHydeみたいな歌手になりたいと話したことを盗み聞きされ、馬鹿にされた後の出来事だ。当時片思いをしていた女の子がいた。彼女はAcid・Black・Cherryが好きなようだった。教室内で眠り姫という曲を口ずさんでいた。俺もAcid・Black・Cherryが好きだったが、話しかけられなかった。音楽の趣味について共通点があるので、仲良くなれるチャンスは作れたはずなのだが勇気がなかった。そんな中で俺を殴った同級生三人が俺の歌手の夢を教室内で暴露し、笑い者にした。Acid・Black・Cherryが好きな彼女も俺を嘲笑していた。将来の夢を馬鹿にされると、俺自身が未来に向けて生きる現実自体を否定された気分になる。好きな子に生きることを嘲笑われ、酷く落ち込むと同時に絶対に諦められないと思いも強くした。俺が間違っていないと証明するには歌手として売れるしかない。当時のように今もがむしゃらに音楽に熱中する。過去から現在に意識を戻して時計を確認した。時刻は二十時になり丁度空腹を感じた。夕飯を作ろうと腰を上げた。最近は自炊するように努めている。簡単な鍋であるが、これまで何も料理などできなかった俺にとっては大きな変化だった。キャベツやニンジン、玉ねぎや長ネギと豚バラ、出汁用の昆布を入れて湯を沸騰させる。気分が良く、思わず一人前よりも多く食材を入れた。鍋の蓋が音を立て始めた時、インターホンが鳴った。扉の除き穴に目を当てると外には沙耶が立っていた。だが、何だか俯き気味で顔も暗かった。「どうしたの急に。いつも来てくれる時は連絡くれるのに」扉を開けて招じ入れたが目元に光がない。俺の問についても曖昧な返事しかしない。「髪切ったの。すごく似合っているね」彼女は前会った時は肩までの長さでウェーブがかったヘアスタイルだったが、今日はストレートで毛
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 動きだす桃色のヘドロは悪臭を放ち始める
「本間さん、大丈夫ですか」扉が開いて宮田さんが声をかけてくれた。いつまでも来ない私を心配して来てくれたに違いない。「すぐに行きます。山本さん、今はやらないといけないことがあるので今日は失礼いたします。また何か不調がありましたら来てくださいね」他者が介入したからか素直に袖を離してくれた。山本さんは何事もしていなかったように白い天井の一点を見つめて横になっていた。病室から出ると、既に宮田さんがカートの上に手術に必要なガーゼ、スポンジ、注射器など、その他器械を載せて分娩室に向かおうとしていた。「また何かされたの。何か山本さんから出る雰囲気が嫌な感じしたんだけど」カートを押すのを代わりながら、とにかく大丈夫と言い張った。手術にて間接介助の仕事を終えてから昼休憩に入った。分娩室から食堂に向かう途中、山本さんのいる部屋の扉がなぜか開いたままになっていた。脇腹を擽るような気持ち悪さを伴う嫌な予感を覚え、ゆっくり音を立てないように忍び足で部屋に近寄った。横目で視線を点で残すくらいの速度で目を動かして部屋の中を確認した。宮田さんの丸い背中が見えた。宮田さんがベッドで横になっている山本さんと何やら話している。何を話しているのか興味が沸く。部屋の前を通り過ぎ、向こうから見えない場所に立った。ナース服に着いた細かいゴミを取る振りをして足を止めた。だが声を潜めているようで二人の言葉が一語も聞き取れない。なぜコソコソしているのか。聞かれたくないのであれば扉を閉めないのはなぜなのか。そもそも宮田さんが山本さんと密かに話している事実自体が不自然な気がする。いつまでも立っているわけにはいかないので、食堂に向かおうと歩を進めた。食堂は二階にあるので階段を降りて下の階に向かう。下の階から上って来る足音が聞こえた。見舞い客のようだ。季節に合ったオフホワイトのチェスターコートと、ミルクティ色のボブヘアがよく似合う可愛らしい女の子だった。会釈だけして通り過ぎようとしたら声をかけられた。「山本優香さんのお部屋ってどこですか」若くて爽やかな甘い声だった。どこかで聞き覚えのある声だ。大きすぎないつぶらな瞳がダークブラウンに光っている。チークとアイシャドウがピンク系で統一されて、小さな唇には赤いグロスがアクセントになって可
Last Updated: 2026-01-25
Chapter: 第六章 甘ったるい餡子が私を包み込む
   ♢ 唯織この日は昼勤で朝の八時にナースステーションに入った。「山本さんが来ているよ。本間さんが来たら教えろってずっと言っているの」同僚の子が申し送りノートを私に手渡しながら小声で呟く。沙耶と通話で接触してからほぼ二週間、一切亮からも連絡がなく合同会社への手がかりが一向に掴めなかった。山本さんが来たと聞き、不快感と一緒に絶対に元旦那について聞き出してやると意気込みも沸き上がる。申し送りノートを確認してから山本さんが待っている部屋に向かう。ノートには入院する旨が書かれていたが、入院までしないといけない時期なのか。通常入院の準備を始めるのも妊娠し始めてから八か月ほど経ってからが普通だ。今入院するとなると、昨年の七月頃に懐妊したことになる。私の自宅に赤子の死体を置かれた直後の時期だ。赤ん坊が殺された時には山本さんには新しいパートナーがいた可能性もある。それが事実ならば、事態は考えているよりももっと複雑なのかもしれない。院内を歩きながら色々と推測する。だが、何も結論らしい考えは浮かばなかった。山本さんのいる部屋の扉をノックしてから中に入る。ここで逃げるわけにはいかない。看護師として全ての赤ん坊の命に責任を持つ。赤子殺しなど今後一切起こさないように尽力する。「本間さん、来てくれたの。嬉しいわあ」ベッドの上で横になっている山本さんが和紙みたいな白い顔を綻ばせる。赤紫色の唇がニッと横に広がる。「どうしたのですか。とても妊娠の兆候があるようには見えないのですが」ノートには定期的な陣痛や出血があると記載されていた。だが、目の前にいる山本さんのお腹は一切せり出していなかった。医師の診断結果に疑いを持ちたいわけではないが、どうしても疑問を抱く。「この中には小さい体だけど新しい命がいるの」彼女は自身の一切出ていない腹部をゆったりと何度も撫でながら、ぬるりと口を動かし笑顔を浮かべる。「二週間少し前に私に手紙を送りませんでしたか。茶封筒の中に短い文で横浜の相鉄ジョイナス前に来るようにって」「そんなの知らないわ。私が送ったのは本間さんにお世話になりますっていう挨拶の手紙だけ」嘘か本当か分からない。お腹を撫でながら私に目を向けないで答える。容易に信じてはいけないと再認識する。「あと、もう一個。佐
Last Updated: 2026-01-23
Chapter: ごめん、 せっかく楽しみにしていた外出なのに
久々に人と並んで歩いた気がする。隣には俺の大好きな沙耶が笑顔でこちらを向いている。桜木町駅まで行き、ショッピングモールに入っている映画館へ向かう。映画を見た後はそのまま買い物や食事をしようと約束する。「映画館にポップコーンとオレンジジュースってベタだなって思うけど、ベタを楽しめる時間って心から楽しいなって思えるんだよね」沙耶の言う通りだ。ベタで当たり前な日常がどれだけ貴重か。顔を失った今、身に染みるほど理解できる。指定の席に座り、映画の開始まで待つ。待つ間も何でもない雑談をして過ごした。俺の話に沙耶はよく笑ってくれる。映画が始まる時間となり、劇場も暗くなった。「始まるんだから帽子取れよ。見えねえんだよ」突然、後頭部のヘッドレストが強く揺れた。後ろを振り向くと、高校生くらいの二人の女の子が俺を睨んでいた。体の芯が強張り、一気に血の気が引いていく。「帽子取れって言ってんだよ」ずっと頭を隠すためにニット帽を被ったままだった。映画を選んだことで、こんなピンチに陥るとは予想していなかった。だが、冷静に考えれば普通帽子は取る。沙耶との外出で浮かれておりリスクを忘れていた。仕方ないのでニット帽を外す。顕になった頭部を見た二人の女の子は暗くてもよく分かるくらい顔面蒼白になる。「すみません、気をつけます」静かな空間の中で片方の子が絶叫し始めた。彼女の叫びをきっかけに周囲がざわめき始める。劇場全体が大きな騒ぎとなり混乱し始めた。「亮君、出た方が良さそうだよ」隣にいた沙耶の比較的冷静な声が俺を正気に返らせる。ニット帽を取り爛れた頭皮が露わになっただけではなく、帽子で陰になっていた目元も晒されたようだ。劇場の暗さの中だと余計に化け物じみて恐怖心を煽っただろう。沙耶に引っ張られる形で席の間を抜けて出口へと向かう。俺が通ると近くにいる者たちは悲鳴を上げる。──ナニアレ。ヤダキモチワルイ。ヤバスギ。ドウナッテイルノアレ。ウワァサイアク。ヤダミチャッタ。彼女は劇場の外に出てすぐに俺の身を案じてくれた。彼女もきっと不快だったはずなのに、心配かけさせて申し訳なく情けなくなる。「ごめん、せっかく楽しみにしていた外出なのに」手足が震えてまともに立っていられない。へたれ込んでいると廊下の奥
Last Updated: 2026-01-20
Chapter: 美が醜を飲み込む。狂っていく
   ♠ 亮唯織は沙耶を怪しい女と言っていた。公園から自宅に帰り、和室で大の字になって倒れて考え事をしていた。唯織の言い分も理解できる。今まで疑問に思っていたが、沙耶への思慕を持続させるために無視し続けてきた点がたくさんある。特に金銭に関する矛盾だ。なぜメイド喫茶を開店させたい人が俺の生活費を出すのか。未だに完璧な回答を俺自身も出せない。佐々木姓の雛人形を作る会社の社長が存在しないという唯織の言葉が頭の中に残っている。公園で沙耶と唯織の会話に聞き耳を立てていたが、いつもの沙耶の声とは思えなかった。綿菓子のような柔らかさはなく、鉄鋼でできた鉄くずの塊みたいに冷たく無機質だった。沙耶を信じて良いのか。一度寝転び起き上がれなくなった。うつらうつらしているとインターホンの音が耳に入った。ようやく起き上がって覗き穴に目を当てると、沙耶がいた。さっき唯織から、沙耶から連絡来たら絶対に連絡するようにとラインのメッセージが来た。確かに沙耶の正体に不安を抱いた今となっては、唯織に連絡入れた方が良いと分かる。だが、最後まで信じたいという俺もいる。沙耶が現れてからの生活は確実に幸せだ。今は艶撫亮が受け入れられずに幸福度が低迷していてもいつかは上昇すると希望を抱ける。沙耶と仲睦まじく生活していれば陽の力が漲り、困難も打開できると期待できる。唯織に連絡せずに扉を開けた。「亮君。心配したんだよ。会えて良かった」扉が開いた瞬間、沙耶の円らな目が輝き涙が溢れ出た。棒立ちしていると両腕を俺の首に巻き付け密着した。彼女が着ている白のステンカラーコート越しに柔らかな肉を感じ、辛うじて残った鼻孔から髪の毛の良い香りを吸収する。何が起きたのか一瞬分からなかった。「今まで連絡できずにごめんね。でも、ずっと亮君とのこれからのことばっかり考えていて、連絡できなかったの。だから、許して」沙耶の哀願するような言葉を聞き、体が蕩けそうな心地となる。唯織がどんなに怪しいと言おうが俺には沙耶しかいない。彼女の正体が何であろうとどうでも良い。彼女だけが俺を認めてくれる。だから、俺は彼女だけを愛する。彼女と抱き合いながら部屋の中に入り扉を閉めた。三和土に立ち、お互いに一旦離れて見つめ合う。ダークブラウンの瞳を目にし
Last Updated: 2026-01-20
Chapter: 唯織と沙耶、遂に直接対決へ②
読みながら、よくこんなもの受け入れたと恐れを抱き背中に変な汗が流れた。艶撫亮という名前は胎児を意味するという点を発端に幾つかの意味を含むようだ。一つ目は、胎児は未完成で完成へ向けて進むものという意味。未完成の存在は人々から完成を期待される存在だと言う。人は自身の人生の完成と重ね合わせて未完の者(艶撫亮)をいつまでも観察するそうだ。二つ目の意味は、生命の端緒としての胎児は人々に心の中の郷愁を呼び起こすという。生命の完成直後の赤子は、ものを考えることはできないが思考の芽を持つ。赤子は常に愛らしく人々を惹き付けるが、誰もが経験している。最も普遍的な存在だそうだ。次の三つ目は、艶撫亮のように人為的に作った未完は一度死の淵を歩いたものだと言う。艶撫亮は生死の世界に最も近い存在で、生死を司る世界は人間の目からは見えないブラックボックスの領域だ。ブラックボックスは人の期待を生成し、艶撫亮自身を神聖にさせると書かれている。最後は、堕胎という行為があるように、胎児(未完のもの)は人間によって運命を握られているという意味だ。人間の際限ない支配欲を満たし、艶撫亮は一度売れても延々と人の心を掌握し続けるとされていた。「こんなので納得できたの」何度か読み返したが、納得できない。読んだ結果、やはり沙耶という女性が拵えた案ではないと確信は得た。堕胎について言及して、人間の支配欲云々と言えるのは男性しかあり得ない。私自身、読んでいて嫌悪感を抱いた。「これ読んだ時に、沙耶という女性に対して疑いの気持ちを抱かなかったの」「抱けなかった。俺はもう沙耶なしの人生なんて無理だと思ったから」どういう意味か聞くと、今住んでいるアパートの賃料や引っ越し費用も、生活費の全てに至るまで沙耶が工面してくれていると言う。私に別れを切り出し、すぐに引っ越しできた背景がようやく理解できた。インタビューの内容と完全に一致もしている。沙耶が合同会社関連の人間だとますます確信を深めた。「そもそもメイド喫茶を開くっていう夢があるのに、何で亮の生活費を面倒見ているの。矛盾しているでしょ」亮もそのあたりは疑問に思っているようで何も言い返さない。ただ頭を落として黙考している。「その沙耶っていう女性は何の仕事をしているの」「何か雛人形を作る
Last Updated: 2026-01-18
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