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松井健太朗│纏美神化主義の祖
松井健太朗│纏美神化主義の祖
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Romans de 松井健太朗│纏美神化主義の祖

シャレコウベダケの繁殖

シャレコウベダケの繁殖

※ジャンルはイヤミスになります 自らの美貌に自信があるも、旦那との生活に微かな不満を持つ由樹は、旦那の悪口を気軽に投稿できるサイト「旦那デスノート」を日頃活用していた。 だがある日、「旦那デスノート」に見たことのない、チャット機能が追加された。好奇心から一つのトークルームに参加すると、ひょんな流れからトークルームにいる全員の旦那を、皆で協力して殺害することになった。 殺害方法はなぜか、首から上だけを地面から出して山奥に放置し、小動物や蛆に食わせて腐らせる方法。そんな地面から首だけ出す死体が全国で発見される事態に発展する。 黒幕は何者なのか? 由樹たちの行く着く先はどんな地獄か?
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Chapter: 行き着く先は安息の地なのか
東中野駅の改札を出て事務所へ戻りながら成子と播磨の関係について考えた。取調室では弱い者がマインドコントロールされていると思っていたが、本当だろうか。幾ら操られていたとはいえ、成子自身にも僅かでも殺人の意志がなければ、あそこまでできないのではないか。彼女は人を殺す方法や拷問のやり方も播磨の真似をしていたのではないか。播磨自身も殺害をして人の首から下だけを埋める方法を実行したのではないか。彼女は指示のみで動いていたのであれば、自死するために留置所にもワイヤレスイヤホンや眼鏡を付けていなければならない。イヤホンも眼鏡も留置所まで付けているとは思えなかった。播磨に恋するあまり本人と同化したいという欲求から、殺人も犯したのではないか。自分の恋した相手が好きなバンドの音楽を聴いたりして本人に近付こうとする現象と本質は何も変わらないのではないか。だが、そんな単純な心理のせいで多くの人間が人生を棒に振ることになった。播磨を慕う女は成子、サヤカ、ユウコ以外にも何人もいたのだから。事務所に戻った。電気が点いていなかった。治は外出中らしかった。電気を点けて無音の中、椅子に座った。何時間か経った頃、スマホから着信を知らせる通知音が鳴った。画面を見ると知らない番号からだった。仕事の依頼だろうか。仕事どころではないが電話に出た。「大輔さんの電話ですか。柴崎隆広です」電話をかけて来たのは隆広だった。「隆広さん、お世話になっております。どうかされましたか」由樹はあの日、刺されていたため病院に搬送された。彩花も一緒の病院に向かった。「いえ、由樹がご迷惑おかけしまして。申し訳ございません」「とんでもないです。力になっていただいて感謝しているくらいです」彼女が来てくれなかったら彩花や佳苗を外に逃がせず、自分も子供たちもどうなっていたか分からない。「いやあ、僕が悪いんですよね。大輔さんが真犯人を突き止めて和歌山県に行く日を教えてしまったんですよ。その日まで頑張れって勇気付けるために。そしたら病院抜け出して大輔さんの後を追っちゃったらしいんです」神社の境内に入った時、木の葉が擦れる音が背後から聞こえて来た記憶がある。由樹が出した音だったのか。「全然、迷惑なんかじゃないです。由樹さん逞しかったです。
Dernière mise à jour: 2025-08-24
Chapter: 第32章 死神の凡俗さ。シャレコウベダケはいつまでも
   ※大輔は警察署で事情聴取を受けていた。机以外何も置かれていない小さな会議室のような部屋に、一人の中年の警官と対面して座っていた。「播磨雄作は死にました」驚いた。まさか播磨まで死ぬとは思ってもいなかった。あの日、警官に連れて行かれる播磨は濡れタオルのようにぐったりしていた。自力では何もできなさそうで、愚かな姿だった。播磨にはしっかり罪を償い、刑務所の中で屈辱を味わいながら死んでほしかった。「留置所でね、首を吊って死んでいたんだ。高松成子と同じ死に方だった。もしかしたら成子の死も奴の指示なのかもな。お前の言う通り、高松は播磨にマインドコントロールされていたのだろう。そうなると全ての辻褄が合う。播磨の死体は、同室の人間が最初に気付いたみたいだ。見つかった時には服で首吊って息絶えていたみたいだ」力が抜けて座っていたパイプ椅子の背もたれに全身の体重を預けた。だが、播磨について知りたいことがあった。再度背中を浮かせて聞いた。「播磨は子供の時から満たされていた存在だと言っていました。親は金持ちで全てを持っていた存在だったと。ただ他人のみが自分の思い通りにならずに、コントロールしようとしたのだと。これは事実なのでしょうか」「そこが複雑なところなんだ。播磨の家は別にお金持ちとかじゃないって彼の学生時代の友人からの話がある。友人曰く、父親は醬油製造の会社に勤めていて、母親も殆ど毎日スーパーでレジ打ちしているような家庭だと播磨本人から聞いたみたいだ。だが実際に播磨の実家に行くと、京都の北山にある大きな一戸建て住宅だった。本当は父親は伝統工芸品を扱う会社の社長のようだ。弟さんもいたが、奥さんとお子さんが二人いる裕福な家庭だった」「あの神社の中で言っていた播磨の発言は本当だったということなんですね。でもどうして友人には、金持ちじゃないなんて嘘を言って、自分のような何の関係性もない探偵に本当のことを言ったのでしょうか」警官は唸りながら無精髭の密生した顎を撫でていた。「恐らくだが、裕福な家庭で育った自分に対してコンプレックスを抱いていたんじゃないのか」大輔の中でも朧げな納得感が生成された。「播磨の友人曰く、学生時代はあの見た目の割には異性からの人気がなかったようだ。大学時代の友人なんか
Dernière mise à jour: 2025-08-22
Chapter: 下らない人間
考え込んでいると、背後にいた由樹がユウコの腹に肩から突進して突き飛ばした。ユウコは仰向けに倒れて畳の上で三肢を風に吹かれる枯草のように動かしていた。由樹はそのまま襖に向かって逃げようとしたが、ユウコに足首を掴まれて前のめりになって倒れた。彩花と佳苗はユウコの圧にやられて固まって動けない。「逃げて」由樹は子供二人に怒鳴って襖の方を指差した。彩花はイヤイヤ言って動かなかったが、佳苗が彩花を引っ張って逃げて行った。これで後顧の憂いもなくなった。大輔はサヤカの手を放して、ポケットから催涙スプレーを取り出した。噴射口を彼女の顔に向けて発射した。オレンジ色の粉末が勢い良くサヤカのドブのような色の顔にかかった。サヤカは両手で自分の顔を必死に拭っていたが取れるわけがない。あとはユウコだと思って彼女の方を見ると、刃物が由樹のふくらはぎに突き刺さっていた。由樹は声一つ上げずに顔を歪めて倒れていた。大輔はユウコの顔にも催涙スプレーを噴射してから、由樹の腕を肩に回して、この建物から逃げ出そうと決めた。ユウコもサヤカも畳の上でのたうち回っていた。「ちょっと待って下さいね。もう逃がすことはできませんよ」襖に手をかけようとしたところで、播磨が大輔の肩に手を置いていた。余裕そうな微笑みまで浮かべていた。美形な白い化け物が笑いかけている。自分の手を汚すことなく、何の価値もない欲だけのために殺人を犯す男を許せなかった。自分は何も穢れを知らないと述べているかのような無垢な子供のような表情が顔に貼り付いている。大輔は憎悪から殆ど条件反射で催涙スプレーの噴射口を播磨の顔に向けていた。播磨は一人では非力だ。常に人を使って暴力や殺しを行っていたため、彼自体には何も恐怖を感じない。オレンジ色の粉末が播磨の顔にかかる。彼は顔を背けようとしたが、間に合わなかった。整った目鼻に粉末が張り付いて瞼の隙間や鼻腔から吸い込まれて行った。「あっ、貴様あ」弱々しい叫び声を上げながら播磨は尻餅を着いた。彼は何も見えないにも拘わらず、手をブンスカ振り回していた。ブリキ玩具のような不格好で憐れな姿だった。これが日本全国を震撼させたシャレコウベダケ事件の黒幕なのか。こんな惨めな男によって日本が恐怖のどん底に落とされていたのか。か細い声を出し
Dernière mise à jour: 2025-08-22
Chapter: 第31章 シャレコウベダケ、ついに消え失せたか……
部屋の外から不気味な叫び声が聞こえた。するとすぐに襖が開かれた。大輔は言葉が咄嗟に出なかった。山姥がいた。デップリ太った体でギシギシの髪の毛を腰まで伸ばし、Tシャツの袖から露わになった腕には真っ赤な切り傷、ミミズ腫れ、内出血痕、蒼痣、リスカ痕。あの時見たままだ。「ここの部屋以外にも小さめの部屋が三つあったでしょ。そこの畳を一枚外したら下に空間があるのです。サヤカさんはそこで生活しているのです。でも優しい方なので、名前を呼ぶとすぐに駆け付けてくれます。サヤカさん、そいつを殺しちゃって下さい」サヤカと呼ばれた山姥は両手にナイフを握っていた。「そいつを上手く殺せば、今日はご褒美を三つ差し上げます」「うんがああ。ぴーひょろひょろひょろ」喉から意味不明な音を発した後、山姥はいきなり大輔に襲いかかって来た。躊躇のない勢いだった。殺人に慣れているのかもしれない。身をかわそうとしたが、背後に佳苗と彩花がいるため逃げられない。受け止めるしかなかった。大輔は両手を前に出して、サヤカの両方の手首を掴んだ。目の前にはがら空きになった山姥の腹部が突き出ていた。大輔は自分の踵で邪気を退散させるイメージで彼女の腹を蹴りつけた。にぃいという呻き声を上げた彼女の口から白い玉が出て来た。だがサヤカは倒れずに、手首を取られながらも大輔に対峙し続けている。以前アンジェラを空港に送る時と同じで、かなりの執念だった。彼女が倒れるまで蹴り続けなければいけない。とにかくこの山姥の動きを止めなければ、後ろの子供たちを安全なところに避難させる行動もできない。サヤカは何度蹴られても顔をしかめて呻き、ゆらゆら揺れるだけで倒れなかった。光のない目が歪んで失敗した土偶のような顔になる。どうするべきか。このままでは大輔の体力が持たない。いずれ力がなくなり蹴ることも手を押えることもできなくなるだろう。サヤカは痛みを我慢して、その時を待っているのかもしれない。徐々に力がなくなり呼吸が荒くなる。何も策がない。このまま力尽きるだろう。そうすれば鈍色に光る山姥の刃によって肉を貫かれて殺されるだろう。いや、殺すなんて温いことはしないはずだ。和歌山のクヌギの木々が生える山奥に頭蓋骨を晒して死ぬ運命となるだろう。サヤカの顔を見た。
Dernière mise à jour: 2025-08-21
Chapter: 何が悲しくて、こんな事件を起こすのか⋯⋯
「佳苗ちゃん。泥棒の前で取り乱してはいけません。泥棒は刺激すればするほど興奮して実害を与えて来ます。これは色々なことに当て嵌まる現象です。こちらが無害だと言うように何もしなければ、他人は優しく攻撃はしてこないのです。だが、目立つことは悪と見做す人が多い世の中ですので、目立ってしまうと害だと見做されるのですよ。害と見做された存在はいち早く排除される。この理を覚えておきなさい。で、貴方は誰ですか」男が部屋に入って来た。彼が播磨雄作のようだ。身長が百八十近くあるだろう細身のモデル体型で、顔は少年のような顔をしている。クルンとした睫毛が生えた綺麗な平行二重の目。鼻筋はスッと通っており、唇は赤くてすこし厚い。色白できめ細かな肌。中性的な雰囲気が浮世離れして見えるほどだ。もし大輔が他のシチュエーションで出会っていたら、絶対に嫉妬するだろう美貌の持ち主だ。「誰ですか。今すぐ出て行って下さい。ここは僕の家です。もし出て行かないと言うのであれば、こちらもできることをするだけです」播磨はデスクの前にある椅子に腰かけた。「播磨雄作だな」大輔の言葉に反応して播磨はこちらを向いた。「ああ、よく見たら成子さんのところにいた探偵じゃないですか。調べさせていただきましたよ。水川大輔さん。探偵のくせに簡単に成子さんに捕まってしまうような、無能ですからね。気になって調べたんですよ。そしたら案の定と言いますか、親の七光りで探偵になったそうで。ハハハッ、七じゃ収まらないですね、百二十八くらいの光がなければ、貴方には足りないでしょうね」この男は何を言っているのか。怒ってしまうと相手の思う壺なので、自分の感情をコントロールした。「播磨、お前はどうしてこんなことをしているんだ。お前に一切の利もないだろう。何で全国の人間を恐怖に落とし、殺人までも犯すんだ」「私は殺人をしていません。直接手を下したことはないんでね」播磨はモニターを見てパソコンのキーボードを叩きながら答えた。片手間で相手をされているようで不愉快だった。「だが、お前がそうやって指示をしている女性たちが次々と殺しを行っているじゃないか。お前が殺しているようなものだぞ」播磨は大輔を無視してマイクを顔の手間に持って来た。「カナコさん聞こ
Dernière mise à jour: 2025-08-21
Chapter: 第30章 シャレコウベダケの中へ、死神正体表す
佳苗に言われた通り、押し入れの襖を開けた。開けると目が合った。人がいた。気配の正体が分かった。ウッと言って後退りながら、押し入れの中を凝視した。上の段と下の段があり、そこには多くの子供がすし詰め状態になっていた。全員手足を布で縛られて猿轡も付けられていた。イヤホンが両耳に付けられており、聴覚からの情報は一切遮断されていた。真っ暗な押し入れの中に閉じ込められていたところ、急に襖が開いて光が入って来たため、全員が驚いた顔で大輔を見詰めていた。「この子たちも助けてあげてほしい」「この子たちは一体?」佳苗は目線を逸らして子供たちの顔を見ないようにしていたが、説明はしてくれた。「みんな、お母さんが遠くに行っちゃったの。播磨のおじちゃんの言うことを聞かないとビリビリされちゃう」ビリビリとはスタンガンのことか。成子の部屋で散々見たのでよく分かる。佳苗が言うには、押し入れの中の子供たちの親も成子のようにどこか遠くに行っているそうだ。この子供たちの母親も播磨にマインドコントロールされているのではないか。治はマインドコントロールされる者の特徴として、弱点があると言っていた。彼女たちの弱点は子供を人質に取られていることなのではないか。ただ、遠隔操作で播磨の手で操縦されていただけではなさそうだ。彼の指示を聞くように子供を使って下拵えをしていたようだ。大輔は改めて押し入れの中を確認した。全員土気色の顔をしている。子供らしい無邪気さが感じられない。常に抑圧された環境に身を置いて、自分の考えの発露を許されていないようだ。そのため、自我の発育が上手にできていないのだろう。播磨専用のロボット人間と化してしまうかもしれない。上の段にいる子供たちの顔を見ていると、見たことのある顔が見えた。「彩花ちゃん」彩花が目を剥いて覗き込む大輔の顔を凝視している。彼は真っ先に彩花を抱き上げて押し入れの中から出した。「その子は播磨のおじちゃんに命令されて私が連れて来させられた。病院の外でお母さんの声を出したら、この子が窓からびっくりしながら出て来たの」 病院から播磨の命を受けて佳苗が連れ出したようだ。だが、病院には怪しい人物の姿は見当たらなかったという話だ。どういうことなのか。彩花の耳に入っているイヤホンを抜き
Dernière mise à jour: 2025-08-21
艶撫亮~embryo~

艶撫亮~embryo~

産科の看護師として勤める唯織の自宅に、腐敗した赤子の死体を放置される。 犯人はすぐに見つかるも、「子供を授かるつもりはなかった。ただ恋物語を購入しただけだ」と意味不明な言葉を残す。 唯織は同居する歌手の亮にも依頼し、恋物語の購入とは何か調査を開始する。 だが亮の前に謎の美女の沙耶が現れ、彼は自らの顔面を破壊するまでに至る。 唯織は沙耶の背後に恋物語を売る謎の集団の存在を察知するが、彼女の前に夢人葵という全身包帯まみれの男が現れ、物語はあらぬ方向へと転がってしまい……。 彼らの行く先には何が待ち構えているのか? 令和の時代に更新された唯美主義的ミステリーをぜひ堪能してください。
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Chapter: 恋物語、完成
   ♠ 亮光のない空間、俺は横になる。唯織が亡くなってから、恐らく一週間ほど経っただろう。俺は結局唯織を助けられなかった失意から死を決意し、再び顔を破壊する行為に出た。唯織を助けようと思って生きていたため、今更生き永らえる目的もなかった。今回は誰の勧めでもなく、俺自身の意思で顔面の破壊を実行した。前回の破壊では口は手を着けなかったが、今回は水酸化ナトリウム水溶液を口の中に含んで口腔も爛れさせ、舌も溶かした。もう歌手として活動しない俺には、口も必要ない。口を失って、本格的に今の人生をやめる決心が付いた。唯織の自害からずっと心配してくれた警官の一人が、自室で顔を血と膿で一杯にして倒れている俺を発見したようだ。病院へと搬送されたように感じる。沙耶も唯織も、歌手としての夢も、俺の未来自体も何もかも捨て去り、ただ死に損なった。残った左の眼球も錐でめった刺しにしたため、視覚ももうない。今は脳内の世界で残り僅かな正気で思考だけをし、命尽きるのを待つだけだ。俺にとっては沙耶や唯織、歌手としての艶撫亮のみが唯一の思考の中に残る光だ。ひたすら三つの光の鮮やかさに見惚れ続け、人生が途絶える瞬間を待つ。だがその中で、輝かしい空想だけではなく、当然のように不純な思考が差し込む。宮田老人は何故自らの娘も一緒に殺そうとしたのか。死に価値を見出していた宮田老人でも、娘の死は思い留まらないのか。娘に消火器に収めた臭いを発射させる役を与え、逃がす機会を奪っていたように見えた。宮田老人は自らで消火器を使って娘は逃がしても良かったのではないか。ずっと何かが引っかかっている。宮田老人は娘もまとめて殺そうとしていたのではないか。それは果たして、生死の神秘性を与えて作品化させるためだけか。もしかしたら、娘が死ぬべき存在だと見做していたのではないか。だが、その理由が思い当たらない。しばらく考えていると、一つ別の角度からの可能性に思い当たった。逆に娘が父親を利用していたとなるとどうだろうか。今まで親子の関係から、父親の宮田老人が諸悪の根源だと思い込んでいた。だが、実際に沙耶をリンチする際、集団を束ねているのは娘の方だった。もしかしたら、既に合同会社は父から娘に代表の座を受け継いでいたのではないか。
Dernière mise à jour: 2026-03-05
Chapter: 何もかも、失えば……
   ♢ 唯織ここはどこだろうか。白い壁、白い天井、白い床。天国にでも行けたのかと思ったが、違うとすぐに気づけた。白衣観音像の〈本当の〉胎内だ。「唯織、しっかりしてくれ」隣から声が聞こえる。夢人かと思ったが違った。亮だ。頭の中が霞がかっている。胎内の中は先ほど見たように、影の人間もおらず何の香りもせず、ただ無機質なだけだ。壁にかかる生クリームや果物も落ちて、床の端にゴミみたいに積もっている。生命が消えたような喪失感が、ふやけた脳みそをホロホロと崩しながら入り込んで来る。一年程前に山本さんの赤ん坊の死骸を見て、生まれたての子の気持ちを想像した時の喪失感とどこか似た苦味がする。とりあえず何か実体のあるものを感じたかった。適当に右手を動かしていると、何か温かいものを掴んだ。私の名を呼ぶ声と一緒に拍動が手のひらに伝わる。亮の体のどこか一部を掴んだみたいだ。人間の一部に触れていると徐々に感覚が研ぎ澄まされていく。清水から銃で撃たれた腹部に激痛が走る。「唯織、今警察の人が救急に連絡してくれているから、それまで頑張って耐えてくれな」どうやら警察もいるみたいだ。私が清水に銃で撃たれた後、宮田さんが清水を撃った。それから何があったのかは記憶にない。ただ一つ、今まで一生懸命働いていた仕事が幻と分かった今、私の生きる意味を失った。「夢人さんは、どこに」人生を生クリームと果物で甘く酸っぱく味付けしてくれた夢人葵は今どうしているのか。亮が助かって、警官が一緒にいる現実を考えると嫌な予感がする。「夢人は警察に捕まった。良かったよ。アイツは簡単に人を殺せるれっきとした犯罪者なんだから」亮の言葉と同時に周囲に散乱する果物の匂いが鼻を突いた。今、確かに彼は捕まったと聞いた。私が唯一愛した男は、結局宮田老人の駒も同然だった事実や、私自身の不甲斐なさ、理不尽と分かっているが亮への憤りが、明瞭になっていく意識の中で旋風のように吹き荒れる。「宮田さんは、どこにいるの」「さっきまでいたけど、今はここにいないみたい。多分何人かの警官と一緒に外にいるのかな」掴んでいる亮の一部が手首と分かったので、両手で捻じって床に伏せた。どこから力が沸いて出るのか腹部から血を流しながら立ち上がり出口に向
Dernière mise à jour: 2026-03-05
Chapter: 人間を作品と化すること②
「なぜ、恋に死が絡むことを望むのですか」我慢できず、老人に問いかけた。「艶撫亮、あなたはまだ理解できないのでしょうか」老人は顔を上げ、眼を剥き、俺の潰れた顔を瞠目する。老人の白目は充血して赤い蜘蛛の巣が張っているみたいだ。「艶撫亮の意味は小野から聞いていただろう。それに全てが凝縮していると言っても過言ではない」艶撫亮の意味については何度も確認した。死を潜った新しい生である艶撫亮が最も美しいなど記載されていた。宮田老人は言葉を続ける。「なぜ恋物語に死が絡むべきなのか。大前提として、新たな生命を作り人間の種を維持するために備えられた人が人を恋する機能は、そもそも死とは裏表の関係だ。生死という人間にはコントロール不能で神のみが扱える聖の領域があるために、人生はより刺激的になるのだ」「人は必ず最後は死ぬ生き物です。そんな人を死に追い込むようなことをする必要があるのですか」「分からないのかい。人の手による命のコントロールだからこそ魅力を生むのではないか。なぜなら恋物語に神聖な要素を手で装飾して、人生を人の手によって煌びやかな作品にできるからだ」つまりこの老人は最初から他人の人生を自分の作品にしようと考えていたわけだ。「命をコントロールすることに罪悪感とかは沸かないんですか」「なぜそんなもの抱かないといけないのか。人生を作品にすることで、その者の価値も上がるではないか。今まで何も持たなかった人間に、作品としての価値が付与されるのだから」その哲学の下で生まれたのが艶撫亮ということか。宮田老人は、人の手によって生み出された死を孕んだ人生が最も美しいと思っている。そのために沙耶を名乗った小野美里は死に、俺は顔を破壊して死にかけた。艶撫亮はこの老人の作品に過ぎなかった。「いつからそんな考えを持つようになったのですか」「具体的な時期なんて分からないですよ。でも、私が十四歳の時に二歳の弟がいたのですがね。彼は二歳の時に病気で亡くなったんです。その時私の父が、『人が死ぬから、他の人は生きられるのだ』と言っていた。私はその時に初めて人の死を意識し出したかもしれない。死があるからこそ、私含めて生きている人間の命が尊くなるんだと」宮田老人はなぜか弟の死体にハエが集まる汚らわしい様子を見た記憶があ
Dernière mise à jour: 2026-03-03
Chapter: 最終章 人間を作品と化すること①
   ♠ 亮「そこです、そこの『優美カフェ』と書いてあるところです」ショーケースの中に目的の文字を発見した。確かに唯織は「優美カフェ」と言っていた。山にめり込むように店を構え、上へ行くと大船観音寺がある。「本当なのですよね。あの動画で言っていたことは」パトカーを運転する警官はまだ半信半疑みたいだ。「さっき見たじゃないですか。あの倒れていた包帯男は夢人葵です。本名は新木葵。昔、『小中学生立ちんぼ倶楽部』の事件で逮捕された男です」「でも、個人を特定できる物が何もなかったからね」俺は美里の母の意思を考慮し、動画はまだ警察に見せていなかった。どうやら小野美里の母は、公園で送ったラインのメッセージを見てくれたみたいだ。彼女は品濃中央公園の位置を調べて、戸塚警察署に連絡入れてくれたようだ。その後、ゴッホによる異臭騒ぎで多数通報があり、小野母の通報の内容と繋がって本格的に警察が動き出した。ファンの男とスウェットの男も助かり、先程救急搬送された。計四人の警官と一緒にパトカーから降りてカフェに入った。「待て、落ち着きなさい」入った途端、一人の警官の鋭い声が響いた。見ると、唯織の先輩ナースの宮田という女性がこちらに銃口を向けている。周囲を見ると、三浦と名乗った宮田老人も銃を右手に持ち、胡坐をかいて座っている。清水は顔中血だらけにしながら、ワイシャツの胸の位置も真っ赤にしていた。その隣には丸まって苦しそうにする一人の女性がいる。彼女の下には血液が流れている。「唯織、大丈夫か」「近寄っちゃ駄目だ」警官の一人に止められて近寄れなかった。唯織は微かに動いてはいるものの、殆ど力は残っていなさそうに見える。警官の一人が救急に連絡を入れている間、銃を持つ宮田親子に呼び掛けている。「何をしているんだ。説明しなさい」「お父さん、どうする。こうなったら大団円も考慮しないとじゃないかな」「そうだね。この後の展開は中々厳しそうなものになりそうだな」老人は苦しそうな声を上げながら立ち上がった。よく見ると彼も全身痣や出血が酷い。老人は力なさそうに、幽玄な様子で警官たちに近寄る。「どうも、私が『生きとし生けるもの合同会社』の代表社員の宮田敏幸でございます。こちらは娘でございます。娘も合同
Dernière mise à jour: 2026-03-03
Chapter: 破壊の先はより凄惨な破壊へ
   ♢ 唯織血にまみれた宮田親子がカフェのフローリングの上でロープで縛りあげられている。彼らに一蹴り入れた清水は、こちらを向いて近寄って来る。「唯織ちゃん、どうする。もう君一人だ」ヤニで汚れた清水の上の前歯と、青紫色の下唇との間に涎の糸が引いた。「どうするも何も。私に選択肢はないように見えるけど」どうせ清水たちによってリンチされるだけだ。店に戻って来るや否や、彼はいきなり宮田さんの側頭部に拳を打ち付けた。背後にいた清水の友人を名乗る男たちも加勢して宮田親子をミンチにする勢いで殴り続けた。清水曰く、昔一緒に活動していた地下格闘家の男たちを連れて来たようだ。「もう十年以上もこの団体にいるんだ。そろそろ処分されるなって、雰囲気で分かっちゃうもんなんだよな」革靴の先で宮田老人のこめかみを踏みつけながら、野卑な笑い声を発する。「処分されるのが嫌なら、出て行けば良かったじゃない」「今更どこに行けって言うんだ。こんな人間が生きられる場所がこの地上にあるのか。よく考えてみようぜ」いきなり右ストレートが顔目掛けて飛んで来たので、上体を反らしながらバックステップで避け、無防備になった清水の顔にこちらからも右ストレートを叩き込んだ。「やりやがったな。待て、こいつは俺一人にやらせてくれ。お前らはその親子を引き続きやっちまってくれ」仲間の男たちを制した清水は、片方の鼻孔から血を流しながらニタニタ笑んでいる。血液が黄色い歯を赤く染めている。「シュートボクシングだろうが、要はお利口様の競技用の格闘技でしかないからな。今ここで地下の恐ろしさを教えてやろうじゃねえか」清水は顔を捻じ曲げる。下腹部を狙った金的をしかけて来た。下半身への攻撃は、手で防ぐと上半身に隙が生まれるので、バックステップで躱して相手の隙ができるのを待つ。清水が私の下腹部を狙って前蹴りを仕掛けるも脛ががら空きだ。膝で相手の脛の急所を突く。痛みによって歪む清水の顔が見えたので、顔目掛けて再び拳を入れる。「二度も同じ攻撃を食らってたまるかよ」腕のリーチは当然清水の方が長い。髪の毛を鷲掴みにされて壁に押し当てられ、何度も後頭部を叩きつけられた。「テメエみたいな世間知らずな小娘に、俺に最期を与えられるわけねえんだよ。この世界で十
Dernière mise à jour: 2026-03-02
Chapter: 破壊の先へ
   ♠ 亮「僕はずっと艶撫亮さんの裏には何かがあると思っていたんですよ。やっぱりでした。こんなことって本当にあるんですね」動画投稿後、すぐにファンと名乗る四十代くらいの男性が車でやって来た。宮田老人が三浦と自称していた時に唱えていた、ヒール好きが必ず出て来るという説は本当のようだ。事情を話してスウェットの男の案内ですぐに「優美カフェ」に向かうように指示した。唯織の命がすぐに危険に瀕するはずはないと思いつつも、自然と焦りが生まれ落ち着けない。「大丈夫ですかね、その何とか合同会社の仲間みたいな奴が急に襲って来たりしないですかね」ファンの男はジョークのつもりのようだが、現実は冗談を粉砕するほどの冷酷さを持つ。一方通行の道を走る途中、既視感のあるワゴン車が向かい側からやって来て進行を妨害した。「逆走車じゃなか。こんな時に運悪いな」ファンの男は何も気づかずにバックしようとするも、後ろにいた別の車が許さなかった。「艶撫亮さん。先ほど振りですね。生きていたなんて大誤算でしたよ」夢人葵が前方のワゴン車から降りて来た。後方の車からは先程俺を殺め損ねた金属バットの男が出て来た。「何だアイツ。ミイラじゃないか」金属バットで車のバックドアガラスが大破された。今度こそ必ず仕留める気だろう。合同会社の存在について話したうえで、殺し損ねたとなると彼の立場も相当危ういはずだ。「まずいな、こうなると予想できたはずなのに」スウェットの男は歯ぎしりをしながら前後の二人を交互に見る。「艶撫亮、お前はこのファンの方を連れて夢人の方へ行け。夢人は武力では何でもない。俺は後ろの金属バットの男の足止めをする」それで良いのか聞くと、スウェット男はどうせ罪滅ぼしの目的だからと悲しい笑みを作る。車を降り、俺はファンの男を連れて夢人のいるワゴン車の方へ突っ込む。夢人が両腕を広げて通せんぼしていたので、彼の急所に肩の骨を入れて体ごと突き飛ばした。視界の外で鈍い音が聞こえる。打ちどころが悪かったのかもしれない。「行ったぞ、お前たち」道端で悶絶する夢人の籠った声をきっかけに、幻影の人間が辺りに発生し始めた。仕組みは分かっている。女子中学生くらいにしか見えない大巫女の仕業だ。こんなのは無視すれば何でもない。だが、急に
Dernière mise à jour: 2026-03-02
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