author-banner
花室 芽苳
花室 芽苳
Author

Novels by 花室 芽苳

唇に触れる冷たい熱

唇に触れる冷たい熱

唇に触れる御堂の指は冷たいのに、触れられた私の唇はジンジンと熱を持つ。 お願い、御堂。それ以上何も言わないで…… 「よく覚えておけ、お前は俺から逃げきることなんて出来ないのだから――」 課長の代理として支社にやってきた幼馴染の御堂に強引に迫られる紗綾。 とある理由で恋に憶病になっている紗綾はそんな御堂を避けるようになるが、御堂に紗綾を逃がす気は全くないようで――? 強引な幼馴染に仕事に生きたい臆病な美人がジリジリ追いつめられる、じれったいオフィスラブ。 本社から支社に移動して来た課長代理 御堂 要(みどう かなめ)29歳 × 支社に勤める仕事一筋の美人主任  長松 紗綾(ながまつ さや)29歳
Read
Chapter: 思い出の先を紡いで 5
 ――EPILOGUE―― 「ねえ、要《かなめ》はどっちが良いと思う? どうしてもこの二着から、一つを選べなくて」  私達は結婚式に向けてウエディングドレスを選ぶために、式場連携のドレスショップに来ている。要からのプロポーズを受けて、あれよあれよと結婚の話がどんどん進んで今のこの状況。  なによりも驚いたのは、こういうのを苦手そうな彼の方が積極的にブライダルフェスを見て回った事で。選ぶのは私に任せてくれたけれど、意外な一面を見た気がしたの。  並べられた二つのドレスを眺めると、要は迷いもなくこんな事を言い出した。 「迷うのならばどちらも着ればいいんじゃないか? なんならオーダーメイドのウエディングドレスを作っても俺は全く構わないが」 「……そういうことじゃなくてぇ」  要らしい発言にちょっと脱力してしまう、私が聞きたいのはどちらが彼好みで私に似合っているのかという事なのだけれど。全て私の事優先で物事を考える要は、いつもこうなのでちょっと困る。 「ああ、どちらが似合うかという事ならば答えは簡単だ。紗綾《さや》ならばどちらを着ても似合うに決まっている」 「もう! またそんなことを真顔で……」  そんな私達のやりとりに、ドレスを見せるために立っていたスタッフの方もクスクスと笑ってしまって。要はそういう事を全く気にしないから、私一人で恥ずかしがることになるのだ。  試着を済ませてショップを出ると、もう夕方近い時間になっていて。どこかで夕飯を食べていこうという話になったので、最近お気に入りのイタリアンの店に決めた。 「それにしても両親に挨拶をしに行って、すぐに結婚式の準備をすることになるなんてね。反対どころか大賛成なんだもの『こんな娘で良いんですか?』なんて、失礼しちゃうわよ」 「俺はかなり緊張してたんだがな、相手に気にいられようと必死になるのなんて初めてだったかもしれない」  確かにあの時は普段の彼よりずっと笑顔が多くてお喋りだった気もする、家に帰ってからぐったりしてて面白かったけれど。  今思えば、あの時に要が『準備が必要だ』って言っていたのはそういう事だったんだろうけど。私は全く気が付かなくて、この人をヤキモキさせていたに違いない。 「結局ドレスは一つに決めていたが、それで良かったのか?」 「ええ、良いの。一番大事なのは、誰の隣でそのド
Last Updated: 2025-08-31
Chapter: 思い出の先を紡いで 4
 私をベッドに座らせたまま、要《かなめ》はゆっくりと歩いて目の前に来ると静かにその場に跪いた。何故そんな事をするのか分からずにいる私の前に、そっと彼が小さな箱を差し出して……「……っ!!」 ここまでされて、今の状況が分からない筈はない。慌てて要を見れば、彼はとても真剣な表情で私をジッと見つめている。まさかの展開に一気に緊張が押し寄せて、なにも言葉が発せなくなって。 これから起こることを期待して、ゴクリとつばを飲み込んだ。「長松《ながまつ》 紗綾《さや》さん。俺と結婚してもらえませんか?」 要らしい、セオリー通りのプロポーズだけど彼が本気なのは十分伝わってくる。きっとさっき言ったように色々考えて、悩んでのこのセリフなのだと。 熱いまなざしでジッと私の返事を待つ彼の目の前に、私はそっと左手を差し出した。その指輪を、貴方の手で指に付けて欲しいという意味を込めて。 その行動に込められた気持ちを理解し、黙ったままの要が私の手を取ると細身の指輪をスッとつけてくれた。「とても素敵、嬉しいわ……」「そうか」 キラリと輝くダイヤのついた、細身のプラチナリング。派手なものをあまり好まない私のために、あえてシンプルなデザインにしてくれているみたい。 要のそんな私を想ってくれる心が嬉しくて、凄くほわほわとした気分になる。「それにしても……いきなりプロポーズされるなんて、想像もしなかったわ」「そう言うな、俺だってこの時のために色々考えてはいたんだ。だが紗綾があまり鈍い発言ばかりするから、つい……」 少し拗ねたような表情でそんな事を言うから、余計に胸の中が熱くなるじゃない。 要が何度も私の薬指を触って、サイズを確認していたのは気付いていたの。でもきっとまだまだ先の事だと勝手に思い込んでて。 この人が中途半端な気持ちで私と付き合い同棲してるとは思っていなかったけれど、二人の将来を真面目に考えていてくれたことがとても嬉しい。 要の過去にも現在にも、そして未来にも私がずっと隣に居れるんだって。「ずっと大切にするって、約束してね?」「ああ、誰より何よりも大事にする。だから俺の傍でそうやって微笑んでいてくれ」 そっと私の頬に触れる大きな手、要の顔が静かに近付いてきて優しく口付けられる。 今も変わらない、唇に触れる貴方の熱は少し冷たいように感じるけれど……本当は
Last Updated: 2025-08-31
Chapter: 思い出の先を紡いで 3
「これからは思い出の私も目の前にいる私も、大事にしてくれるんでしょう?」「そんなの当然だろう、俺にとって一番大切なのはいつだって紗綾《さや》なんだから」 そんな甘い言葉を当たり前のことのように言いながら、要《かなめ》は優しく私の身体を抱きしめ返してくれる。こうしている時間が一番心が満たされる気がするし、なによりも幸せだと思う。 以前の私では考えられなかった事だけど、もうこの人のいない未来なんて想像出来ないくらいなの。「……ところで、紗綾のお母さんから俺宛に伝言があると言っていたが。それはどんな内容なんだ?」「あら、そっちはすっかり忘れてたわ」 そのために彼をこの部屋に呼んだのに、ついついいつものような時間に酔ってしまっていて。そんな私を要は少し呆れたような表情で見ている。彼はしっかり覚えていて、手紙の内容がかなり気になっていたのだろう。 机の上に置いたままになっていた二通の手紙、その片方の封筒を手に取って要に渡した。手紙の内容は私も知らないけれど、そこに悪い事が書いてあるとは思ってはいない。 鋏《はさみ》を渡すと要は丁寧に端を切り、中の便せんを取り出して静かに読み始める。さっきとは違い、今度は読み終えるのを待っている私の方がソワソワしてしまって。「……要、お母さんはなんて?」 やはり手紙に何が書いてあったのかが気になって、黙ったまま便箋を封筒に戻している要に聞いてしまう。反対されるとは思っていないけれど、どんな反応なのかは知りたくなるもの。 そう落ち着かない気持ちで、返事を待っていると……「そうだな、近いうちにきちんとご両親に挨拶へ行く必要があると思う」「ああ、それはそうね。お母さんは要がどんなふうに成長したのかを、凄く気にしていたから」 子供の頃、私は彼の家庭事情を全く知らなかったけれど両親は気付いていたはずだ。口には出さなかったけれど、両親はきっと要の事もずっと気になっていたに違いない。 今のこの人を見れば二人も安心するでしょうし、出来るだけ早く会いに行った方が良いのかも?「それじゃあ来週の休みにでも会いに行きましょうか? 私からお母さんに時間が取れるか聞いて見るから」「……お、おい? ちょっと待て、紗綾」 スマホを取り出して母の番号をタップしようとすると、慌てた表情の要にスマホを取り上げられて。珍しく焦っているみたいだけど
Last Updated: 2025-08-30
Chapter: 思い出の先を紡いで 2
 自分用に部屋を用意してもらっているけれど、普段は要《かなめ》と一緒にリビングで過ごすことが多い。ここに来てまだほとんど使ってないベッドに腰かけて、荷物の中から取り出した目的の物をパラパラとめくっていく。 両親が大切に保存してくれていたようで、二十年近く経つのに中の写真はほとんど色褪せてはいなかった。このアルバムを開くのは学生の時以来だったかしら? つい最近まで存在もすっかり忘れていたというのに、こうして見てみると懐かしさに心がジンとしてくる。「ふふ、本当に昔の面影を探す方が大変なんだから……」 幼い頃の要をみると、自然と笑みが零れてしまう。再会した時に、彼が誰だか分からなかったのも仕方ないと思ってしまうもの。 そんな事を考えながら、一枚一枚の思い出に浸っていると部屋の扉がノックされた。「……入るぞ、紗綾《さや》」「ええ、どうぞ」 彼は私が返事をするまで決して扉を開けようとはしない、一緒に暮らしてもちょっとした気を使ってくれるのは有難くもある。 部屋に入ると私が座っている隣に腰かけ、手元に開いているアルバムを覗き込む要。「何を見てるんだ? ずいぶん楽しそうだが……ん、これはまさか俺なのか?」「ふふ、そう貴方よ」 そう答えると途端に要が驚いた表情を見せるから、可笑しくて笑っちゃったの。無言でアルバムを捲っていく彼を眺めているのも結構楽しいかも?「まさか、俺のガキの頃の写真があるなんて……自分の手元には一枚も残ってなかったから、かなり驚いた」「そうね。うちの母は、思い出は宝物だって言うような人だから」 要の育ってきた環境や境遇を考えれば、写真が残さず処分されていてもおかしくない。そう思ったからこそ、私はこのアルバムを母に頼んで送ってもらったのだから。 お互いにうろ覚えの記憶でも、二人の思い出を重ね合わせればその時の光景が浮かぶかもしれないって。「懐かしいな、こうしてみると俺にもこんな子供の頃があったのかと不思議な気分になる」「そう? この頃の要は女の子に間違えられるくらい可愛かったじゃない、そういうのも全部忘れちゃったの?」 ちょっと揶揄《からか》ってみると、要は苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやら幼い頃に何度も性別を間違えられたことを、本人は結構気にしていたのかもしれない。 ……でも本当にあの頃の要は可愛くて、私が守ってあげ
Last Updated: 2025-08-30
Chapter: 思い出の先を紡いで 1
「ただいま」「おかえり、紗綾《さや》。昼過ぎに実家のお母さんから、何か大きな荷物が届いてたぞ」 要《かなめ》と二人で暮らすマンションに仕事から帰って来れたのは二十時過ぎ。まだまだ不慣れな事もあるが、少しずつ自分が担当する業務も増えて残業する日も少なくない。 今日の要は有給消化で強制的に休みを取らされている、そうでもしないとこの人はちっとも休もうとしないから。「ああ、それは私がお母さんに頼んでおいたの。まだ残してあるって聞いて、久しぶりに見たくなって」「残してあるって、何の話だ?」「……ふふ、まだ内緒」 彼は中身を気にしているようだが、今は秘密にしておきたい。見る前に取り上げられたりしては、せっかく母に頼んだ意味がなくなるものね。 早く開けて確認したいけれど、疲れたしお風呂にも入りたいなと考えていると……「夕飯と風呂の準備は出来ているから、先に湯船に浸かってサッパリしてくるといい」「嬉しいわ、ありがとう」 互いの休みが重ならないときは、こうやって家のことなどをしている事が多い。彼も休みを好きに使えばいいのに『紗綾と一緒でなければ、外に出る意味はない』と。 再会した幼馴染の意外な執着愛に戸惑う事もあったけど、今はそれすら愛おしいと感じれる。それくらい要との日々は喜びに満ちているから。 入浴をすませリビングに戻ると、テーブルには既に食事が並べられていて。その美味しそうな香りに、一気に空腹を感じてお腹がくうっと音を立てた。 そんな私に要は早く座って食べろと目で合図してくるから、先に席について彼が座るのを待って手を合わせた。「んん~、凄く美味しいわ。この秋ナスの肉詰め、ポン酢だとサッパリしてていくらでも食べれそう!」「少し多めに作ってしまったから、好きなだけ食べるといい」 分量を間違えたかのように彼は言うけれど、わざと多めに作っているって私は気付いてる。ここに来た当初はなかなか環境に慣れず、私の体重が少し減ってしまったから。 でもそれもとっくに元に戻って、それどころか……「もう、ここ最近は体重が増えて困ってるって言ってるのに」「紗綾は元々が瘦せすぎているんだ、以前より少し増えたくらいが丁度良い」 何度言っても、こうやって受け流される。彼の料理が美味しすぎて、いつも食べ過ぎてしまう私も悪いのだけれど。 ……にしても、今日の要はいつも
Last Updated: 2025-08-29
Chapter: 上司と部下ではなく 4
「今日からお友達、なんですよね? 私と主任、そして御堂《みどう》さんは」 嬉しそうに微笑んでその手を揺らす横井《よこい》さん、そんな彼女を見て少しホッとするの。今の私達ではこうしてあげるのが精一杯だけど、もし何かあった時は本社からでも飛んでくるから。 そう思っていると、どこからかスマホのメロディーが鳴りだした。すぐに動いたのは横井さん、バックの中からスマホを取り出して画面を操作している。「この人もなんだかんだで、相当捻くれた心配性なんですよね。ふふ……」 画面を操作しつつ何か楽しそうな雰囲気の横井さん、そんな彼女が気になり誰の事かを聞いてみると……「ああ、今のメールは伊藤《いとう》さんです。あの人、どうしてか私の番号を知ってたみたいで」「彬斗《りんと》君が? どうして海外にいるはずの彼が、今も横井さんと連絡を取ってるの?」 彬斗君の考えている事は、昔からよく分からないとこがある。けれど、横井さんを巻き込むような事はしないで欲しいのに。「大丈夫ですよ、私だってちゃんと伊藤さんの事は警戒していますから。でも彼は何故か私の愚痴を聞いてくれたりもして……」 予想外の二人が仲良くなっている事に私と要は戸惑いを隠せなかったけれど、当の横井さんは彬斗君を愚痴吐き相手と見ているみたいで。 梨ヶ瀬《なしがせ》さんにはあんなに苦手意識を見せてるのに、彬斗君は平気だなんて横井さんもよく分からないところがあるわ。 「今夜は紗綾《さや》さんを私が独り占めしていいんですよね、御堂さん?」 予約していたホテルの部屋、要《かなめ》と眠るはずのダブルベッドの上で横井さんは私に抱きついている。 彼女は要と正々堂々と勝負をして、私と一緒に眠る権利を手に入れたのだった。 普段はすんなり諦める要だけど今日はよほど諦めがつかないのか、部屋の端のソファーに陣取ったままでもう一つの部屋へと移動する様子はない。「全く、御堂さんも諦めが悪いですよ? 紗綾さんとはいつでも一緒に眠ってイチャイチャベタベタ出来るんですから、今日くらい私に譲ってくれて良くないですか?」 遠回しに要に向かってさっさと部屋を出て行けと伝える横井さん。もちろんそんな彼女に要が黙っているはずもなく……「横井さんは俺たちが空港に着いてからは、紗綾を散々独り占めしてると思うが?」 バチバチと音を立てて睨み合う
Last Updated: 2025-08-29
(仮)花嫁契約 ~元彼に復讐するはずが、ドS御曹司の愛され花嫁にされそうです⁉~

(仮)花嫁契約 ~元彼に復讐するはずが、ドS御曹司の愛され花嫁にされそうです⁉~

学生時代からの恋人である、守里 流(ながれ)から突然の婚約破棄!? その理由は彼の会社の御曹司、神楽 朝陽(あさひ)という男の所為だと聞かされた鈴凪(すずな)。 あっさり恋人に捨てられてしまう鈴凪。 怒りにまかせて、婚約破棄の原因である神楽 朝陽に会いに行くが…… 「元カレに復讐するつもりなら……いっそ、世界一の愛され花嫁になってみないか?」 追い詰められた鈴凪に、謎の提案を持ちかける神楽。 どうやら彼も、なにやら訳ありのようで――? 眼鏡を外すとドSに変貌する御曹司、神楽 朝陽 × 明るさと前向きな姿勢が取り柄の雨宮 鈴凪  元カレの流に復讐するため、鈴凪は朝陽の愛され花嫁になりきるはずだったのだがーー? 表紙AI学習禁止
Read
Chapter: 愛され花嫁は誓う 3
 ****** 白いタキシード姿の新郎が待つ祭壇へと続くバージンロードを、純白のドレスを着た新婦が父親のエスコートを受けてゆっくりと進んでいく。 厳かな雰囲気の中でも美しいその鈴凪《すずな》の花嫁姿に、誰もが見惚れそして感嘆の声を上げた。「雨宮《あまみや》さんの花嫁姿、凄く綺麗だわ。新郎もかなりのイケメンだし、二人共とてもお似合いよね~」 「もう……轟《とどろき》さんってば、まるで娘を嫁に出したみたいに感動しちゃって。でも分からなくはないです、本当に素敵な結婚式なんだもの」 鈴凪が務める会社の先輩である轟は意外にも涙脆いらしく、ハンカチを持った手でその目元を押さえているようだ。そんな彼女に苦笑いを浮かべつつも、同僚の女性スタッフも式の素晴らしさに感動している。  その向かい側には鈴凪の母と兄が並んで座っており、母は娘の美しい花嫁姿に嬉し涙を浮かべかけていた。それでも彼女の兄である響《ひびき》は朝陽を睨んでブツブツと何かを呟いているが、それもたった一人の妹が可愛いからなのだろう。「悔しいけれど……今日の鈴凪は、今までで一番綺麗で幸せそうに見えるな」 「そうね、あの子の花嫁姿が見れて私も本当に嬉しいわ」 「はあ、アイツめ……鈴凪を誰よりも幸せにしないと、絶対に許さないからな」 そうしてその奥の席には離婚の危機を何とか回避したらしい、朝陽《あさひ》の父である幹臣《みきおみ》と妻の月子《つきこ》も二人で並んで座っている。彼らの息子が浮かべる柔らかな笑みを見たことで、やっと心から二人の結婚を喜ぶことが出来たようだった。「本当に朝陽のあんな幸せそうな笑顔を見るのは久しぶりですね」 「……ああ、そうだな」 今まで目を背けてしまっていた家族の関係をもう一度しっかりと築く、そう約束した幹臣の言葉を信じる事に決めた月子。彼女は長年連れ添ったその夫に、静かに寄り添うように座っていた。  そして少し離れた席に並んで座っているのは、スーツ姿の白澤《しらさわ》と淡いブルーのドレス姿を着た紫苑《しおん》で。美しい花嫁となった鈴凪を見て、紫苑はやや興奮気味に白澤へと話しかけている。「……なあ、白澤。この美しい鈴凪の花嫁姿を見て、どうにか記念に残してみたいとは思ったりはしないか?」 「そうですね、一生の思い出として残るようにプレゼントしても良いかもしれません」 紫
Last Updated: 2026-02-28
Chapter: 愛され花嫁は誓う 2
 ふと何かを思い出したような仕草をした朝陽《あさひ》さんだったが、もう一度私の花嫁姿を見て複雑な表情をする。いったいどうしたというのか?  何かおかしなところがあるのかと、今の自分の姿を鏡で確認しようとする。すると今度は彼の腕が私の肩へと伸びてきて、そのままふんわりと抱き寄せられて。「それにしても最初は元カレに見せつけるはずだった花嫁姿なのに、その守里《もりさと》 流《ながれ》が今の鈴凪《すずな》を目にすることは無いんだよな」 「……まあ、そうなりますね」 これはもしかすると嫉妬しているのだろうか? 意外にも嫉妬深い性格をしている朝陽さんは、今もまだ元カレの流の存在が気になっているようで。  私の中では綺麗サッパリ終わった恋でしかないので、そんなに気にする必要があるのかと思っていると。「幸せな愛され花嫁になる姿を見せれなくて、少しガッカリしてるのか?」 ……ああ、そういうこと? 確かに朝陽さんとの契約を交わした時は、それが一番の目的だった。一方的な婚約破棄と浮気に傷付いて、何とか見返したかったから。  でもそれも全て私の中では過去の事でしかない。流が今の自分の姿を見なくてもそれを悔しいとか残念だと思う必要なんて、これぽっちも無いのだから。「いいえ、今の私はこの姿を朝陽さんに見てもらう事が一番なので。正直なところ流の事は言われるまですっかり忘れていましたし」 これも本当の事で、事件後は確かに流の事を考える時間も少なくはなかった。でも式が近付くにつれてそんな余裕は無くなったし、何より今の私はこんなにも朝陽さんに夢中なんだもの。「確かにそうだな、俺もそうであってくれると嬉しい。鈴凪はこれからずっと、俺だけの愛され花嫁でいてくれ」 「一生涯、私を朝陽さんの愛され花嫁でいさせてくれるのなら……喜んで」 お互いの顔がゆっくりと近付いて、優しくその唇が重ねられた。すぐに挙式で誓いのキスをすることになるのに、私達は今の気持ちに素直に従ってしまって。  ふふふ……と笑って正面から抱き合えば、これ以上ない程の幸福感で心が満たされていく。「こんなに幸せで良いんでしょうか?」 「良いんじゃないか? こんな特別な日に幸せを感じるのは、主役である俺たちの特権だからな」 特権かあ、それは良いかもしれない。朝陽さんと一緒に一度だけ使えるそんな権利も、今日くらいは
Last Updated: 2026-02-28
Chapter: 愛され花嫁は誓う 1
 ――そして迎えた、結婚式当日。 華やかなホテルでの挙式が始まるまであと少し、その新婦用の控室でやっと全ての準備が整ったはずなのだけど。まさかこんなにも、全身をアレコレされることになるとは……  それでも目の前の鏡に映る自分の姿はまるで別人、もしかして知らないモデルが鏡の向こうにいるのではないかと疑う程だった。  そんな私に年配の女性スタッフが、それはもう大袈裟に褒めてくるから余計に戸惑ってしまって。「まああ、本当にお美しいです! 新郎様が新婦様に一番似合うデザインを選んだとおっしゃってましたが、まさかここまでとは……」 「ええと、その……ありがとうございます」 確かに最終的にこのドレスを選んだのは朝陽《あさひ》さんだった。最初は私の好きなのにすればいいと言っていた彼だが、いざドレスの試着が始まると意外なほど細かな注文をしていたくらいで。  結局はほとんど朝陽さんの意見を採用した、オーダードレスが出来上がったわけだけど……確かにこのドレスは、彼の言った通り私にとても似合っている。「うふふふ。では準備も整いましたので、こちらに新郎様をお呼びいたしますね」 「あ、はい……」 ああ、この姿を見られるのはやっぱり緊張するかも。今の私を見て朝陽さんはどんな反応をするのだろう、それを考えると胸のドキドキが止まりそうにない。  ゆっくりと後ろの扉が開かれると、朝陽さんがこちらに向かってくる足音が聞こえて。私の隣まで来た彼はその場で片膝付くと、見上げるような形で私と視線を合わせた。「……ああ、凄く綺麗だな。聞いてはいたが実際にこうして見ると、世界一の花嫁って感じがする」 「それは言い過ぎです、これはプロによるメイクとオーダーメイドのウエディングドレスによる魔法ですよ?」 照れ隠しもあるが普段褒められなれてない事もあり、朝陽さんの言葉に対して素直に嬉しいと言えなくて。でもそんな私の言葉も、朝陽さんは余裕の笑顔を返してくる。「魔法ねえ、シンデレラみたいに一夜で解けるとでも? その気になれば俺が何度でもその魔法をかけることが出来る事を、もちろん鈴凪《すずな》は忘れてないよな」 「……ああ、そうでしたね」 このオーダーメイドのウェディングドレスやプロのメイクも、朝陽さんからすれば用意することは容易いのかもしらない。  半分くらいは冗談で言ってるのかもし
Last Updated: 2026-02-28
Chapter: その結末は当然で 8
 ひとしきり二人で大笑いした後で、また元の真面目な話に戻ったのだけど。笑われただけの私は、まだちょっと不満が残っている。 でもその内容が気になっていたことでもあったため、朝陽《あさひ》さんの話の続きを大人しく聞くことにした。「それから守里《もりさと》 流《ながれ》の方は、今回の事もそれ以前の件についても素直に答えているらしい。彼が事件の実行犯ということに変わりはないが、それもきちんと受け止めているようだ」 あの時には既に反省の色を見せていた流だったが、警察の取り調べにも協力的でこれからはきちんと罪を償うつもりのようだ。 彼からは決して許せないような事もされたけど、それでもやっぱり……「それなら良かったです。今の流に対して以前のような感情はありませんが、それでも彼には前を向いていて欲しいと思うので」「そうだな。鈴凪《すずな》のそういう思いも、今ならきっとアイツにだって伝わっているだろう」 朝陽さんが理解のある彼氏でとても嬉しいです。なんて思っていたら、何故か急に横から白澤《しらさわ》さんが口を挟んできて。「朝陽、そうカッコつけても口の端が引き攣ってますよ? そのうち嫉妬深い男だと鈴凪さんに呆れられないと良いですね」「……そういう余計な事まで気付くから、お前は嫌なんだ」 どうやら朝陽さんは理解のあるフリをしながらもしっかり嫉妬していたらしく、それに気付いた白澤さんにばっちり指摘されてしまったようだ。 付き合いが長いから分かる、そんな彼らがちょっと羨ましくもあるけれど。「ふふふ、何だかんだと仲が良いんですね」 和やかな空気が流れるが、話題が彼の嫉妬深さについてだったのを誤魔化したかったのだろう。朝陽さんは次に、鵜野宮《うのみや》社長のことについて話しをしだした。「そう、後は鵜野宮社長についてなんだが」「そういえば社長はあれからどうしてるんでしょうか? あの事件後に謝罪を頂いてから、連絡もないので少し気になっていて」 事件後に鵜野宮社長からは、もう一度謝りたいときちんとした場所で誠意ある謝罪をされた。しかしその後はお互いに何の連絡もしていない、特に理由が無いと言えばそれまでなのだけど。「鵜野宮社長は自身の経営する会社を、後継者へと引き継ぐ準備をしているらしい。それもあって今は鵜野宮カンパニー内も、かなり慌ただしいようだ」「……そうだった
Last Updated: 2026-02-28
Chapter: その結末は当然で 7
「それと、ここからは梨乃佳《りのか》についての話になるんだが……」 当初は全ての容疑を否認していた鵜野宮《うのみや》さんだったが、少しずつ自分のしたことを認めて時折反省の言葉も口にしているそうで。 一番意外だと思ったのは、彼女が本当に計画していた内容についても素直に話すようになった事だった。 事件の日に鵜野宮さんが朝陽《あさひ》さんをあの場所に案内したのは、私が流《ながれ》とヨリを戻して親密な関係になった様子を朝陽さんに見せつけるためだったらしい。 強引にでも流が私との既成事実さえ作ってしまえばどうとでもなる、そう考えての事だったと。想像すると恐ろしい話だが、それも失敗に終わったからあんなに焦ってたのかもしれない。「やっと一歩前進したって感じですね、まだこれからの事も多いとは思いますけど」「彼女がそこまで認めたのは大きな進歩だと思いますよ、正直あんな性格ですからずっと否認し続けてもおかしくはなかったですし」 白澤《しらさわ》さんは当初から鵜野宮さんに対してやや冷たい感じがするが、彼女の態度を考えればそれも仕方ない。好き嫌いは見せないタイプかと思っていたが、意外とハッキリしてるのが逆に面白くもある。「……確かに、そうだったかもな。でも最後の鈴凪《すずな》との直接的な関りが、梨乃佳の心の何かを変化させたのかもしれないとは思ってる」 そう言われても私は鵜野宮さんに何かをしたわけではない、彼女に対し言いたい事をハッキリと言葉にしただけ。それもあの時の鵜野宮さんには、あまり響いてるとは感じなかったのだけど。 それでも私の言葉は彼女の心境を変化させるような、何かしらの効果があったのだろうか?「え? ……私が、ですか?」「本人は無自覚でしょう、それも鈴凪さんの良いところではありますが」「ははは、それはそうだな~」 無自覚って、何だか私だけ除け者にして二人だけで通じ合ってないですか? こういう時だけ妙に気の合う様子を見せる朝陽さんと白澤さんに、少しだけ嫉妬してしまう。「……え? これってもしかして、私は今お二人に揶揄われてたりするんでしょうか?」「さあ、それはどうだろう」「さあ、それはどうでしょうね」 この男共は、こんな時に限って二人で揃ってドSな本性を見せてくる。ああ、本当にタチが悪い! 楽しそうな二人に、ムキになった私の不満をぶつけても笑われ
Last Updated: 2026-02-28
Chapter: その結末は当然で 6
 それから数日も過ぎてしまえば、何事も無かったかのように落ち着いたいつもの生活に戻ったのだけれど。あの出来事が私の記憶から消える訳でもないし、夜中に何度か夢で見る事もあった。 朝陽《あさひ》さんはそんな私を心配してか、マンションにいる間はずっと傍にいてくれて。私はそれで十分だったけれど、彼はまだ気になっているようで私に訊ねてくるのだ。「本当にあの事件の事を公に公表しなくても良かったのか? アイツらが警察に捕まったとはいえ、今もまだ鈴凪《すずな》が攫われたことは隠されたままなんだぞ」「それはいいんです。私はこうして元気ですし、これ以上大事になれば朝陽さん達に迷惑がかかる可能性だってあるんですから。本当にそんな事は望んでないんですよ」 私としてはあの事件に関して、必要以上に表沙汰にするつもりはない。朝陽さんはそれが不満だったようだけれど、色々な事を考えた上でちゃんと決めた事だから。 私がそう答えると、渋々といった感じではあるが最終的にはこちらの意見尊重してくれるのだ。「鈴凪がそういうのなら、俺はこれ以上は口出ししないが……」「ふふふ。ありがとう、朝陽さん」 こんな私達の会話を聞きながら黙ってティーカップを傾けている白澤《しらさわ》さんは、いつも通りマイペースなようで。それでも彼やシオさんには凄く助けてもらって、今でも感謝の気持ちしかない。「そういえば、白澤さん達の事情徴収は全て終わったそうですね? 本当にお二人にも迷惑をかけてしまって」「鈴凪さんは被害者なのですから、私達に謝る必要なんてありませんよ。それに紫苑《しおん》も貴女のためならと、全く苦ではなかったようですし」 あの事件があった後、心配するシオさんからは何度もスマホにメッセージをもらった。励ましや労わりの言葉、そして前向きになれるような面白い画像まで。本当に嬉しくて、荒んだ心も全部満たされるようだった。「……それなら良かったです、シオさんにもまた会いに行きたいな。以前交わした、お茶の約束もまだですし」「そうですね、鈴凪さんと会えれば紫苑もきっと喜ぶでしょう」 そういえば私が攫われる前に、シオさんが白澤さんと二人きりで話した内容はいったい何だったのだろう? ふと思い出しそのまま黙ってしまうと、その様子を見ていた白澤さんが不思議そうな顔をしてしまって。「……鈴凪さん、どうしましたか?
Last Updated: 2026-02-28
唇を濡らす冷めない熱

唇を濡らす冷めない熱

触れる指先で私の唇を濡らさないで…… いつだって貴方の指先は、冷めない熱を持っているから。 その熱で私を狂わせようとするのはもう止めて? そう言いたいのに…… 新しい課長として支社にやって来た優男、梨ヶ瀬 優磨。 誰からも好かれる明るい性格と優し気な容姿を持つ梨ヶ瀬を、あからさまに避ける女子社員の横井 麗奈。 ミーハーな性格である彼女だが、彼の事だけは毛嫌いしているようで……? ある日横井は部長に呼び出され、梨ヶ瀬のサポート役を頼まれるのだが? 笑顔の裏で何を考えているのかを決して見せない二面性のある優男と、そんな男の隠した危なさに気付いて逃げ出したい女子社員。 二人の攻防戦の行方は? 表紙絵 neko様 AI学習禁止
Read
Chapter: 許さない、あの過ち 7
 これは冗談とかではなく、この人は人道りの多い道路で平気でこんな事を言っているのだ。他の通行人がこちらの会話を聞いているとは思わないが、彼の甘い台詞のせいで顔が熱くなり真っ直ぐ前を向けなくて。 そんな様子の私を見て、心底嬉しそうな顔をするのは止めて欲しいんですけど。「うん、そうだね。そんな麗奈《れな》の可愛い顔は、俺だけで独り占めしてたいかな?」「……っつ! 貴方は、またそういう恥ずかしい事を!」 流石にこれ以上、甘い台詞には耐えられそうにない! そう思ってグッと顔を上げ片手で梨ヶ瀬《なしがせ》さんの頭を叩こうとしたが、すぐにその腕を掴まれて。そのままズンズン歩き出した彼に、強引に引っ張られてどこかへ連れて行かれる。「ちょっと、梨ヶ瀬さん!? いきなりどこに連れてくつもりなんですか?」「今すぐに二人きりになれるとこ。場所を選べば口説いて良いって、さっき君が言ってくれたからね」 それは違うでしょ!? そういうセリフは、時と場所を選んで言ってくださいって意味でしょうが! ……んん、いや? 私が言った言葉だと、そういう事になるのかもしれない。ああ、だんだん私の頭が混乱してきた気がする。 私がぐるぐるしている間に彼はホテルのロビーで受付を済ませ、いつの間にやらモダンな部屋のソファーに二人並んで座っていた。「……ええと、どうしてこうなってるんでしたっけ?」「そうだね、今日こそ麗奈から良い返事をもらうためにかな? 今日の運勢は大吉だったし、少しくらい強引にいこうかと」 いやいや、梨ヶ瀬さんの今日の運勢とか私にはどうでもいいですし? まずどうして今日は、良い返事がもらえると確信してらっしゃるんですかね。 なんかもう頭が痛いを通り越して、中身が全部真っ白くなりそうな気がする。本当に私がいろいろ気にしてるのが、馬鹿馬鹿しくなってしまうのに。 どうして私はまだ、あの日のあの過ちに捕らわれたままなのだろう? 今もそれを許すことが出来ないで、心があそこに留まっている。  今の自分には、こんなにも心を揺さぶってくる人が現れたというのに。その想いに応えることもせずにズルズルと引き伸ばしてる、そんな狡い自分がここにはいて。 もし……そのうちに梨ヶ瀬さんが私に興味を無くしたら、後悔するのは間違いない。素直になってみてはどうだと、私の中で葛藤が生まれる。 一歩、
Last Updated: 2025-11-30
Chapter: 許さない、あの過ち 6
 それはそれは、見た目と中身にギャップが有り過ぎてとても残念です。その時や場合に応じて軽めの恋愛を楽しんでそうな雰囲気なのに、想像以上に梨ヶ瀬《なしがせ》さんはしっかり真剣交際をしたいタイプらしい。 だから、なおさらこの人の相手が自分じゃ駄目な気がして……「私は梨ヶ瀬さんが思ってる程、価値のある女ではないと思いますよ?」「俺の中での麗奈《れな》の価値は、君じゃなく俺が決めるものだよね? 少なくとも自分にとって麗奈は、唯一無二の存在だし」 何を言っても全部こうして返してくるから、興味を無くしてもらう事も出来ない。諦めが悪いと自負しているだけあってか、それはもう手強すぎて。 梨ヶ瀬さんは私には勿体ないくらい素敵な男性だって、自分でも分かってるけれど……どうしてこの人は、もっと自分に合った女性を選ばないんだろう? 仮に付き合ったとしても、きっといつか私にがっかりするに決まってるのに。「ねえ、またうだうだ難しく考えてるでしょ? どうして麗奈は好きか嫌いか、それだけで俺を見てくれないんの。俺は君の何だって、受け止める覚悟はあるんだけど?」「……そんな簡単な問題じゃないでしょう?」 何度もそう言ってくれるけれど、答えがそんな簡単な事だとは思えない。全部の問題をクリアーにして、梨ヶ瀬さんだけを見れたら……その時の、答えは予想出来るけれど。 その感情を認めてしまったら、私はきっと身動きとれなくて余計に苦しくなってしまうから。 なのに……「簡単だよ、難しくしてるのが麗奈なだけで」 そんな風に、何も気にしてないように言うから。「そうなのかもしれないって、自分でも分かってはいるんです。梨ヶ瀬さんの言うように出来れば、きっとずっと生きやすいだろうなと思いますし。でも……私が許せないのは多分、自分自身なので」「その理由は、俺に聞かせてもらえないの?」 その答えも本当は分かってるくせに、そうやって聞いて来るんですよね。少しでも可能性があれば諦めない、その言葉は嘘じゃないって何度も繰り返すように。 素直に言ってしまえば楽になる。そう誰かが囁いても……結局は怖くて言えないの、この人に軽蔑されるかもしれないから。「それを隠したままでは、俺と付き合えない。そう考えてしまうところが、麗奈らしいとは思うけれど。正直な気持ち、好きな女性にいつまでもそんな顔をさせておきた
Last Updated: 2025-11-30
Chapter: 許さない、あの過ち 5
 これ以上、眞杉《ますぎ》さんと鷹尾《たかお》さんの前で揶揄われたら堪らない。そう思った私は、適当な理由を付けて二人と別方向へと歩き出す。梨ヶ瀬《なしがせ》さんにはわざと声を掛けなかったが、どうせあの人は勝手について来るだろう。 どうしてこんな私に執着するのか、何度聞いてもよく分からないけれど。少しずつ信頼するようになって、今では一番この心を揺らす存在になった。「もしかして俺の存在を忘れてるの、麗奈《れな》?」「むしろ存在を忘れさせてくれるような人なら、凄く良かったんですけどね」 存在感が有り過ぎなくせによく言うわよ。私は梨ヶ瀬さんが支社に来て以来、一日だってこの人の事を考えずに済んだ日なんてないのに。 こっちは嫌味でそう言ったのに、梨ヶ瀬さんはその言葉に満足そうな顔をしていて。 ああ、本当に面倒な人と距離を縮めてしまってる。後悔しても、もう後戻りが出来ないところにまで来てる気がして……「ちょっとずつだけど、麗奈の心に俺が存在する割合が増えてるみたいで嬉しいかな」「もう充分過ぎるくらいなんですけどね、どれだけ占領すれば気が済むんです?」 仕事でもプライベートでも無理矢理関わってくるくせに、これ以上を望むというの? そんなベタベタした関係を、この人が好むようには見えないんだけれど。「それはもちろん全部だよ、俺は麗奈を独占したい」「……っ!?」 ああ、もう! 本当にこの人といると頭がおかしくなりそう! こんな蜂蜜みたいに甘い言葉を平気で言えちゃうし、重いくらいの束縛宣言までしてくるんだから。 爽やかさなんてどこかに飛んでいくくらいの激重感情を持っている、そんな梨ヶ瀬さんから逃げられる気がしなくて。 素直になれればきっと楽なはず、彼なら私のどんなところだって受け入れてくれると思いはするのに。 それでもまだ、許せないのは自分自身で。 ……今もまだ記憶から消すことも出来ない、あの日の過ち。 梨ヶ瀬さんはもちろん、紗綾《さや》や御堂《みどう》さんにも話せないまま私の中で今も燻り続けてる。 軽口で周りに愛想を振りまくことも、流行の好きなミーハーなキャラでいるのもそう難しくはないのに。誰かに甘えることが簡単に出来ないのは、それが関係しているからだと思う。 そんな私を梨ヶ瀬さんは、本当にいつまでも可愛いと言ってくれるのだろうか?「……正直、
Last Updated: 2025-11-29
Chapter: 許さない、あの過ち 4
「ええっ? 今からですか、でも……」 この状況ならば、眞杉《ますぎ》さんが迷うのは分かっていた。でもここでは、女友達と言う立場を最大限利用させてもらうことにして。コテンと首を傾げ、彼女に甘えるようにその細い腕を掴んで見せる。 そうやって眞杉さんを鷹尾《たかお》さんから引き離して、私の方へと引き寄せる。そして……「ちょっと聞いてみたんですけど、どうやら今しか空きが無いらしいんです。私、どうしてもその店で眞杉さんと《《二人きりで》》話をしたくて」「まあ、そうなんですか? 鷹尾さん、梨ヶ瀬《なしがせ》さん! すみません、ブックカフェはまた今度にしてもらっていいですか?」 ほら、見なさい。眞杉さんの優先順位が、鷹尾さんから私に変わっちゃいましたよ? このままでは男二人がこの場に残されることになるが、さて鷹尾さんと梨ヶ瀬さんはどうするかしらね。 そうやって余計な事ばかりを話している男たちを、ちょっとだけ懲らしめてやる。 それくらいのつもり、だったのだけれど……「ああそうだ、横井《よこい》さん。昨夜の事は《《まだ》》眞杉さんには話さないでね?」「――っ!!」 まさか不意打ちで、そんな事を言われるとは思ってなかった。一瞬で昨日の夜の事が頭に浮かんで、あっという間に顔が熱くなるのが分かる。 ……こ、この人は本当にとんでもないわ!「ん、昨夜の事って? え、なになに? もしかして二人、何かあったりしたとか……」「鷹尾さんはそうやって、余計な事ばかり気にしなくていいですから!」 こう言う時だけ、嬉々として話を聞き出そうとしないで! 鷹尾さんがいま気にするべきなのは、隣にいる眞杉さんの事だけですよ。 少しくらい焦ればいいと思って言いだした事なのに、まさか梨ヶ瀬さんにこんな風に返されるなんて。「……あの、大丈夫ですか? 横井さん、顔が真っ赤になってますよ」「平気ですよ、頭に血が上ってるだけですから。主に誰かさんへに対する怒りでね」 そう言って睨んでも梨ヶ瀬さんは相変わらずの余裕の表情、本当にむかつく。オロオロと私達を交互に見てる眞杉さんが可哀想になって、仕方なく鷹尾さんに後は任せる事にした。「眞杉さん! 今度は絶対、私と二人きりでお茶しましょうね。邪魔者がいないときに!」「邪魔者って誰だろうね、鷹尾は知ってる?」 私はいま、眞杉さんに話しかけてるん
Last Updated: 2025-11-29
Chapter: 許さない、あの過ち 3
「へえ、鷹尾《たかお》もやるじゃないか。俺たちも負けていられないね」「そうですね、私も鷹尾さんには頑張って欲しいと思います。ただ彼と勝負がしたいのならば、梨ヶ瀬《なしがせ》さんお一人でどうぞご勝手に」 そう言ってニコニコと微笑む彼に、氷水のように冷たい言葉を頭から遠慮なくぶっかけてあげておく。 そのはずなのに……「結局、私たちも一緒に行くことになるんですね。せっかくのチャンスだったのに、鷹尾さんって本当に……」「いざとなると意気地がないよね、まあそれが鷹尾らしいんだけど」 目の前を鷹尾さんと眞杉《ますぎ》さんが並んで歩いている、私たちがついてくる必要はどこにあったのだろうか? 新しいブックカフェには興味あるが、鷹尾さんにもそろそろ本気を出して欲しいのだけど。 眞杉さんだって彼の事を嫌ってなどいない、もう少し押せば良い返事がもらえると思うのだけれど。 分かっていることだけど、この二人は見ていて本当にじれったい。「さっさと告白して付き合ってしまえばいいのに、とは思ってます。両思いなのは分かりきってるんですから、見ていてもどかしい」「……それと全く同じことを、あの二人も考えてると思うよ」 そうなんだ、じゃあ尚更さっさと恋人同士になればいいのに。では何故そうしないのか、私にはよく分からないな。 なんて思っていると……「なんですか、ジッとこっちを見て。いまのは鷹尾さんと眞杉さんの話ですよね?」「そうなんだけど、麗奈《れな》には通じてないんだなって。じれったいからさっさと付き合えって、鷹尾に言われたのは俺の方だしね」 ……はい? じれったいのは鷹尾さんたちの方じゃないの? 鷹尾さんたちから見ると私と梨ヶ瀬さんがそういう風に見えるんだって気付かされて、ものすごく頭が痛くなってしまった。「そんな周りに口出す余裕が鷹尾さんにあるのならば、私達ももう少し彼らの為にお世話を焼いてあげてもいいかもしれませんね。眞杉さーん、ちょっといいですか!」「……え、ちょっと!? 横井《よこい》さん、いったい何をするつもり?」 驚いている梨ヶ瀬さんを無視して、私は眞杉さんの隣へと移動した。そのまま彼女に『ある事』をこっそり囁いてから、ゆっくりと鷹尾さんに視線を移す。 思った通り鷹尾さんは私の行動に驚いているので、わざと彼を見て綺麗に微笑んで見せてやった。 いいで
Last Updated: 2025-11-28
Chapter: 許さない、あの過ち 2
「ねえねえ! 横井《よこい》さん、やっと優磨《ゆうま》と付き合うことにしたの?」「……すみません、鷹尾《たかお》さん。私の耳の調子が凄く悪いようです、もう一度言ってもらえませんか?」 私が笑顔で鷹尾さんにそう答えると、彼は一瞬引き攣った顔をして『……いえ、何でもないです』と目を逸らした。梨ヶ瀬《なしがせ》さんから何を聞いたか知らないが、少なくとも今は上司と部下の関係のはずだから。 それにしても、鷹尾さんも周りに人がいることをよく考えて喋って欲しいものだ。もしこんな話を梨ヶ瀬さんの取り巻きが知ったら、今度はどんな言いがかりをつけられるか分かったものじゃない。 ハッキリとした関係になるまでは、絶対に誰にも知られないようにしておきたいくらいなのに。「でもさ……優磨が昨日からずごく機嫌が良くて。今朝も並ばないと買えない、人気のパン屋のサンドウィッチを差し入れてくれて」「へえ、そうなんですか。なにか良い事でもあったんでしょうね」 鷹尾さんはまだしつこくこの話を続けようとするので、私は何も存じませんという顔で会話をぶった切ってやる。 すると隣に座っていた眞杉《ますぎ》さんの方がこれ以上は聞かない方が良いと気付いたらしく、鷹尾さんに違う話題を振って話を変えてくれた。 随分とご機嫌なのは良いが、これで私の返事が思っていたのと違ったらどうするつもりなのか。まあ……その可能性はないと分かってるから、そんなに浮かれてるんだろうけれど。 ……はあ、それにしても面倒くさい。「なに? 何の話しているの、俺もまぜてよ」 遅れてきた梨ヶ瀬さんが、トレーを持って当たり前のように私の隣に座る。以前は私の隣に眞杉さんが座っていたはずなのに、いつの間にか席替えが行われていたらしい。 『いただきます』と手を合わせる梨ヶ瀬さんは、鷹尾さんが話していた通り確かにご機嫌だ。それに関して私から、その理由を尋ねる気は全くないけれど。「そ、そういえば駅前に素敵なブックカフェが出来たんですよ! 今日の仕事終わりに、ちょっと寄ってみようかと思ってて」「え、じゃあ俺も一緒に行こうかな! ちょうど、新しく読む本を探そうかなって思ってたところなんだよね」 眞杉さんがそう話すと、鷹尾さんがすぐに話題に食いついた。そうそう。貴方は梨ヶ瀬さんのことより、まず自分の事を頑張ってください。 眞杉さんはそ
Last Updated: 2025-11-28
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status