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花室 芽苳
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Romans de 花室 芽苳

唇に触れる冷たい熱

唇に触れる冷たい熱

唇に触れる御堂の指は冷たいのに、触れられた私の唇はジンジンと熱を持つ。 お願い、御堂。それ以上何も言わないで…… 「よく覚えておけ、お前は俺から逃げきることなんて出来ないのだから――」 課長の代理として支社にやってきた幼馴染の御堂に強引に迫られる紗綾。 とある理由で恋に憶病になっている紗綾はそんな御堂を避けるようになるが、御堂に紗綾を逃がす気は全くないようで――? 強引な幼馴染に仕事に生きたい臆病な美人がジリジリ追いつめられる、じれったいオフィスラブ。 本社から支社に移動して来た課長代理 御堂 要(みどう かなめ)29歳 × 支社に勤める仕事一筋の美人主任  長松 紗綾(ながまつ さや)29歳
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Chapter: 迎えに来たわよ 7
「そんな事になれば俺が紗綾《さや》を壊しかねないんだが、それでも良いと?」 余裕が無いような事を言いながらも、結局は私を気遣ってくれているのだ。要《かなめ》の本気がどれだけかを分かっているつもりで、まだ理解出来てなかったのかもしれない。 それでも、今望むことは変わらなくて…… 「壊れるほど愛してほしい、そんな時だってあるのよ。私だって貴方がこんなにも好きだから」 「紗綾っ……!」 その一瞬で要の目つきと表情が今までよりもずっと獰猛なものに変わった気がして、私の身体が痺れるような喜びを感じた。嬉しいの、こんなにもこの人の心を揺さぶれるのが自分だということが。 優しかった手つきが今までよりもずっと熱を帯びたものに変わって、私が反応する場所を執拗に攻めてくる。 「紗綾、愛してる……」 耳元でそう囁かれ背を仰け反らせれば、彼の前に晒された胸の頂きを指の腹で念入りに弄られて。ゆっくりと胸の前まで降りて行った要に今度は口に含まれ舐めしゃぶられて、快感でどんどんお腹の下が疼いてくるのがわかる。 彼の厚い舌で舐め転がされ吸われれば、もっともっとと言うように要の頭を両腕で抱え込んでしまう。理性なんてどうでも良くなるほどの、快感が与えられるから……身体だけじゃなく、心まで裸にされている気がして。 「あっ……わた、しも……っ、んんっ……!」 きちんと彼の想いに応えたいのに、私もだと言い終わらないうちに次の刺激が身体に与えられて。閉じきれなくなっていた両脚の間に要の手が滑り込み、ゆっくりとその中心部を指で撫で上げた。 クチュリ……その場所からはっきりと聞こえた水音に、一気に恥ずかしさで顔が熱くなる。感じすぎてその場所が濡れているだろうとは思っていたが、滴るほどだったなんて。淫らな自分を彼はどう思うだろう? そんな不安から顔を隠そうとすると…… 「堪らないな、こんなに紗綾が感じてくれているなんて。ちょっと約束を守れる自信がなくなりそうだ」 そう呟いた要の瞳はギラギラと欲望を灯していて、私が思っているよりずっと彼も興奮しているのだと気付く。けれど要の反応をじっくり見ている余裕なんて与えられるわけがなく…… 愛液を纏った指が中に入れられたかと思うと、そのままグルリと掻き回されて感じる場所を探り当てられる。私が反応すれば、彼は執拗にその場所を指の腹で押したり擦ったり
Dernière mise à jour: 2025-08-21
Chapter: 迎えに来たわよ 6
 一秒でも早く触れあいたいのは自分だけじゃない筈なのに、こういう時に先に音を上げてしまうのはいつも私の方だ。十年以上も私の事を想っていてくれた、要《かなめ》の忍耐強さにはきっと一生勝てっこない。 だけど私の負けで良い、要のこんな満足そうな表情が少しでもみられるのならば。「いい子だ、紗綾《さや》」「バカっ……!」 そう文句を言いながらも、彼が脱がせやすいようにと協力してしまうのは……結局は私も要の事をどうしようもなく愛しているから。 昔よりずっと可愛気のない性格になってしまった私でも、変わらず愛してくれるというこの人のおかげ。 オフホワイトのシャツを優しく脱がしてくれるが、それすらも焦れそうになって何度も手を出しそうになるがその度に止められる。これはもう絶対楽しんでるんでしょう? 一枚一枚を時間をかけて脱がされて、やっと触れてもらえる頃には期待で身体はもう熟れきってしまっていた。確認しなくても、きっと早く欲しいと願っている事が要にはすべてバレてしまっているに違いない。「ん……要、早く……」「そう急かすな、今日は優しく甘やかしたいと言っただろう?」 そういう要も声が上ずっているような気がして、彼も意外と限界に近いのかもしれない。それならば……「ねえ。今の一番の優しさは、要が私を熱く抱いてくれることなんじゃないかしら?」「その言葉は狡すぎる。だが今夜はそうさせてもらう、俺の忍耐も限界だからな」 ニヤッと悪そうな笑みを見せた彼、その表情に背筋が期待でゾクゾクしてしまう。愛されたい、彼に思い切り……今すぐに! それまでの優しさを残しつつも、要の愛撫は熱がこもっていてとんでもなく気持ちが良い。 胸を大きな手で柔らかく揉まれて、その先を舌で突かれればそれだけでお腹の下が熱くなる。身体の中心が彼を受け入れる準備を整えているのが、自分でもハッキリと分かるほどに。 無意識に揺れてしまう腰を、気付かれないようにすることも出来そうになくて。彼の前ではどれだけでも淫らな自分を曝け出してしまうのだ。「そう煽るな、俺にも少しくらい余裕のある顔をさせてくれないか?」「私には、そんな余裕なんてないものっ! 要だってそうでいいじゃな……んあっ!」 言い終わらないうちに乳首を軽く噛まれて、その刺激で背中が仰け反ってしまう。狡い、こういう時にいつもそんな手を使うのは
Dernière mise à jour: 2025-08-19
Chapter: 迎えに来たわよ 5
 珍しく気が急いているのか、要に少し乱暴な仕草でダブルベッドに降ろされる。普段は決して見せない、そんな彼の余裕なさげな様子に余計ドキドキさせられて。 私がそうであるように、この人も全てを曝け出して一つになりたいと思ってくれているはず。 ベッドに仰向けに寝かされた私、要は迷うことなく覆いかぶさってきて……彼の手が頬に触れた瞬間、つい言ってしまったのだ。「……その、今日は少しくらい手加減してよね?」 もちろんこれは本音ではない、咄嗟に出てしまった照れ隠しのようなもの。それを分かってるはずなのに、柔らかい笑みを浮かべて彼は予想もしない言葉を口にしたのだ。「心配しなくていい、今夜は紗綾に思い切り優しくして甘やかしてやるつもりだから」「ば、ばかっ……!」 私の事になると、とことん甘くなってしまう要。でも今日はそれが極甘のようで、流石に私も恥ずかしくなって顔を隠してしまった。それでも手の甲を撫でる彼の指は、やはりどこまでも優しく温かい。 この人が好きで好きで、とても愛おしくて…… 指が離れたと思ったら、今度は柔らかな唇が手の甲に触れるのが分かる。要はこうやって、この手をどかして私の顔を見せろと伝えてくるのよ。 いっそ強引に手を動かしてくれればいいのに、私が自ら動くように仕向けてくるの。 ああ……じれったい。けれども結局、早く要と触れ合いたくて私の方が先に降参してしまう事ばかりで。「意地悪……っ」「こういう時だけそういう顔をする、紗綾が悪い」 そんな、私が悪いみたいに言うけれど。こんな顔をさせてるのは間違いなく要なわけで……でもね、とても嬉しそうな目で見つめてくるから嫌だとは言えない。 私も要のその愛おしそうな眼差しで見られるのが、本当は凄く好きだから。 顔を隠していた手はそっと要の背中に回して、彼を見つめてキスの続きを強請る。私の後頭部に手を添えると、要はその唇をゆっくりと重ねてきた。啄むような軽いキスから、徐々に深くなりお互いの内を探り合うかのようで。 離れる前にぺろりと唇を舌で舐められて、期待でぞくりと胸が震えた。「さあ、どれから脱がして欲しい?」「なんで、そんなこと聞くの……っ?」 普段はいちいち私に確認なんてしないくせに、今日の彼は何だか少し意地悪で。焦らされるのはお互いに辛いはずなのに、余裕のある笑みにちょっとだけ腹がたってし
Dernière mise à jour: 2025-08-17
Chapter: 迎えに来たわよ 4
 その言葉でハッとする。 意を決してここまで来たはずなのに、また迷い始めてしまった自分を要に見透かされてしまっていた。もう離れないと決めたはずなのに、私には覚悟が足りていなかったんだと。「……そっか。要には私が不安に思ってる事まで、全部バレてしまっちゃうのね」「当然だろう? 俺はこんなガキの頃から、誰よりも紗綾を見ているんだから」 そうやって当たり前じゃ出来ないような事を、貴方は迷わず言えちゃうのよね。この人のそういう面にも強く惹かれているのは事実だけれど。誰よりも愛されてるのは分かってるし、それを実感もしている。 ……いつも自信がないのは、私自身なだけで。「俺が紗綾を幸せにしたい、それだけではダメか?」「そうね、私的にはダメかもしれないわ」 少し驚いたような表情をする要に構わず、言葉を続ける。だって彼のそういう考え方、ちょっとだけ納得いかないんだもの。「要が私を幸せにしてくれるのなら、私には「俺を幸せにしてくれ」くらい言ってくれなきゃ。これは貴方と私、二人の未来なんだからね?」「……紗綾」 確かに要なら私の幸せそうな顔を見ていられれば、自分はそれだけでいい。なんて言い出しそうだけれど、それは私の望む幸福な未来とは違う。 だから、ね? ちょっとぐらい要も私に望んで見せてよ。「ははっ、俺はもうお前には一生勝てる気がしない。だから……俺を幸せにしてくれないか、紗綾」「……ふふ、それなら出来る限り頑張ってみるわね」 素直じゃない、そんなプロポーズの返事。でもこれが私たちらしい気もして、どちらからともなく腕を背に回して抱きしめ合った。 「紗綾」 名前を呼ばれ顔を上げれば、要からの優しい口付けを受けることになる。柔らかな唇、少しカサついているのはやはり不眠のせいなのかしら? いつの間にかキスに夢中になってしまって、それが舌をも絡める深いものに変わっていた。静かな部屋に響く水音に反応するように、体の芯がジンジンと熱くなっていく。 「……はあ。要、これ以上は……きゃっ!」 彼からのキスを止めようと顔を少し離した瞬間! 膝裏に手を添えられて、グンと持ち上げられた。 そのまま要は私を肩に担ぐように持つと、黙ったまま奥の部屋に向かってズンズンと歩き出してしまう。「ちょっと待って、要? 嘘でしょ、まだ昼間なのよっ!」「……そんなこと知るか。
Dernière mise à jour: 2025-08-14
Chapter: 迎えに来たわよ 3
「……それで、確認しておきたいんだが。紗綾《さや》が迎えに来てくれたって事は、俺と暮らす気でいてくれてるって思っても良いのか?」 ソファーに座ったままだった私に、要《かなめ》がアイスカフェオレを用意してくれる。それを手渡され、隣に腰を下ろした彼に微笑んで答えた。「柊社長からは単身者用の住居を用意しますって、誘われた時に言ってもらったのだけれど。もう断っちゃったし、ここに住まわせてくれるしょう?」 もちろん柊社長は形式的にそう話しただけで、私が要と暮らすことは予想していたのだと思うけど。それでも私が選べるように、わざわざ選択肢を与えてくれたのだと分かってる。 意外な事に要は何も話を聞いてなかったのか、少し驚いた顔をしていて……「あの人は少し悪戯好きなところがあるから。そうやって俺がヤキモキするのを楽しんでいるのかもしれないな、全く」「そうなの? でもそう言われると、あんなに温厚そうなのに社長としての威厳もある人だったわ」「俺だって出来れば、紗綾に自分で選んで欲しいとは思ってる。でも……俺がお前の一番になりたい、これも本音だから」 困った様にそう話すから、余計に胸がキュンとしてしまう。こんなトキメキをくれる人は、どう考えても要しかいないのだから自信を持って欲しいのに。 私もこの人の一番でいたいし、これから先ずっと私の一番であって欲しい。「要は、私が貴方を選ぶまでずっと待ってるつもりでしょう? もう貴方を待たせたくないし、これ以上は私も待ちたくないもの」「紗綾……」 想いは通じ合ってるのに、ずっと遠回りばかりしてた。やっとこうして、素直な二人でいられる場所に立つことが出来たのだから。 そう考えながら二人の時間に浸っていると、突然要の口から思いもしない言葉が出てきた。「式はなるべく早い方が良いだろう? 紗綾のご両親にもきちんと挨拶したいし、いつ頃時間が取れそうか聞いておいてくれないか?」「……はい?」 式とは、何の式の事だろうか? もしかして……いや、そんな筈はないわよね。私はまだここに来たばかりだし、来週には本社での仕事が始まるのだもの。冗談とかいうのね、要も。 なんて思ってゆっくり要の方を見てみるが、彼は至極真面目な表情で。「まさかここまで来て、結婚はする気が無い……なんて言わないよな?」「私の方からすると、いきなり出た結婚話の方
Dernière mise à jour: 2025-08-12
Chapter: 迎えに来たわよ 2
 ……この選択を後悔するかしないかなんて、今はまだ分からない事だけど。自分の心に素直に生きることがあっても良いんだって、そう思えるようになったのは要のおかげ。 優しい温もりと、愛しい香りに包まれて嬉しくて瞼が痛くなる。 ああ、これが幸せというものなんだと。 ……けれどふと気付く。以前と目の前の彼、思い切り抱きしめられたその違和感に。「要、あなた痩せた?」「……」 無言の肯定、離れていたのはそんなに長い期間ではない。なのにこうして触れて分かるほどに、彼の体重は減っていたようだ。 要は結構長身ではあるし、筋肉がついていて無駄な贅肉はない細マッチョという感じなのだけど。「年齢的に脂肪もつきやすくなるから、少し筋トレを増やしただけだ」「……そう。要は私に素直でいて欲しいというくせに、自分はそうやって心配かけないようにと見栄を張るのね?」 ジトっと見つめてそう言えば、流石の要も困った様に視線を泳がせる。素直になって欲しいのも、弱音を吐いて欲しいのもお互い様だもの。 これからも対等な関係でありたいからこそ、今度は私からやって来たのだから。 しばらくは戸惑っていたようだがそのうち諦めたのか、彼は頭を私の肩にのせるように置いてから小さな声で呟いた。「……紗綾がいなくて辛かった。夜もよく眠れなくて、仕事にがむしゃらになることで誤魔化してた」「そうだったの……」 こうしてこの人が、素直に私に甘えてくれるのはとても珍しい事。辛い思いをさせてしまったという申し訳なさと同時に、どうしようもなく母性本能が刺激されてしまって。 「可愛い」と言ったら、きっと要は怒ってしまうだろうけれど。そう言葉に出来ない代わりに、肩に置かれた頭を両手で優しく抱きこんだ。「……甘やかすのは、俺の役目のつもりだったんだが?」「たまには良いんじゃないの? 私にも愛しい相手から甘えられたいって、そう思う時だってあるもの」 ふふ、と微笑んで彼を困らせていると。リビングの奥から茶太郎が「チーチー」と鳴きだして、お互いの顔を見合わせた。「どうやら感激の再会もこのくらいにしておかなきゃみたいね? 茶太郎が「ご主人様を取るな」って怒ってるみたいだもの」「どうせアイツはおやつが欲しいだけだろう。こんな時なんだから、少しくらい待たせておけばいい」 そうぶつくさ言いながらも、要は茶太郎のため
Dernière mise à jour: 2025-08-11
(仮)花嫁契約 ~元彼に復讐するはずが、ドS御曹司の愛され花嫁にされそうです⁉~

(仮)花嫁契約 ~元彼に復讐するはずが、ドS御曹司の愛され花嫁にされそうです⁉~

学生時代からの恋人である、守里 流(ながれ)から突然の婚約破棄!? その理由は彼の会社の御曹司、神楽 朝陽(あさひ)という男の所為だと聞かされた鈴凪(すずな)。 あっさり恋人に捨てられてしまう鈴凪。 怒りにまかせて、婚約破棄の原因である神楽 朝陽に会いに行くが…… 「元カレに復讐するつもりなら……いっそ、世界一の愛され花嫁になってみないか?」 追い詰められた鈴凪に、謎の提案を持ちかける神楽。 どうやら彼も、なにやら訳ありのようで――? 眼鏡を外すとドSに変貌する御曹司、神楽 朝陽 × 明るさと前向きな姿勢が取り柄の雨宮 鈴凪  元カレの流に復讐するため、鈴凪は朝陽の愛され花嫁になりきるはずだったのだがーー? 
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Chapter: その契約は強制で 2
 そんな大事な事は最初に言っておいて欲しい、これじゃあ後出しじゃんけんみたいで狡いような気がする。今になって言い出す所がドSな神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》らしいとは思うけれど、さすがに私だって不満を感じて。 納得出来ないといういう顔で彼を睨めば、相手を喜ばせるだけで。どう考えても神楽 朝陽は自分の発言で、私が焦ったり戸惑ったり怒っていたりするの見てを楽しんでいるように思える。 ドSなうえに相当な性悪なのではないだろうか? こんな人に借りを作ってしまったことを今更後悔してもどうにもならないのだけど。「不満か? 心配しなくてもいい、鈴凪《すずな》が完璧な婚約者と最高の花嫁を演じればなんの問題ないんだから」「婚約者……は分かりますが、その花嫁っていうのはなんです? 私の役目って、神楽さんの恋人のフリをするだけじゃないんですか?」 確かにさっきの神楽社長との話では婚約するつもりだという話だった気もするが、それにしても花嫁とはいったい?  婚約者なら契約が終わった後すぐに有耶無耶にするのも難しくないだろうが、結婚式をするとなれば話は全く変わってくる。それも神楽グループの御曹司ともなれば、そのスケールも普通とは桁違いなものになる可能性があるというのに。「まさか、私と貴方で結婚式を挙げる……なんて言いだしませんよね?」「もちろんそれも含めて契約内容に入れているが、まさか何か問題でもあるのか?」 ……ええと、問題しかないと思いますが? 主に私にとっては、なのかもしれないですけれど。そう言ってしまいたいのに言えなくて、がっくりと肩を落としてしまう。 契約の内容を全て聞かないうちから『出来ません』というつもりはない。自分が彼にしたことを考えれば、やれるだけのことはやるべきだという気持ちもある。 けれども誰にとっても結婚式というのは、特別なのものであるはずだ。簡単にそう話してみせる神楽 朝陽に、私はかなり戸惑ってしまう。「結婚式を挙げれば、色々後が面倒になると思います。どうにか式を行わずに済ませることは出来ないんですか?」 私なりに考えて提案をしているつもりだった、その方が絶対にお互いの為になると思えたから。神楽 朝陽もそれを十分に分かっているはずなのに、それでも首を縦には振ることはなかった。「……鈴凪《すずな》の言いたい事は分かる。だがそれじゃあ駄目なん
Dernière mise à jour: 2025-08-21
Chapter: その契約は強制で 1
「ちょ、ちょっと待って! どこまで行くんです、もうとっくに会社も出ちゃったんですけど⁉︎」「うるさい、さっきまでビビッて小さくなっていたくせに。親父が見えなくなった途端、ぎゃあぎゃあ騒ぎだすな」 自分だって人のこと言えないじゃない!  社長室を後にしてから、すぐに素に戻った神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》の言い方にイラッとしたが我慢する。あの時の彼は笑顔で冷静に見えたが、内心ではそうでもなかったのかもしれない。 神楽社長が昔の女性の話をした時は特に、神楽 朝陽の様子が変だった気もするし。いきなり恋人役を任された私には分からないことが多すぎて。 そんな事を考えていたら、神楽 朝陽は有名なデザイナーホテルのドアをくぐってそのまま奥のエレベーターに向かって歩いていく。 ……何故、ホテル? それもこんな真昼間から。寝るにはどう考えても早すぎるし、私が連れて来られる理由も分からないのだけど。「あの、ここには何の用で?」「は? 用があるから来たんだろ、いちいち聞かなくても分かるだろうが」 いいえ、全然分かりません。 そう言いたいけれど、言ったら今度こそ酷い目にあわされそうなので黙っておくしかない。 彼に続いてエレベーターに乗り込むと、押されたのは最上階のボタン。本当に何がどうなってるのか分からないまま、エレベーターから降ろされ強引に目の前の部屋の中へと押し込まれてしまった。「もう少し丁寧に扱ってもらえませんか? これでも一応は貴方の恋人役なんですよね?」「分かってるのなら最後まで気を抜いたりするな、何があっても笑っていろと言ったはずだろう!」 そう言われて、この部屋に着くまでがお芝居だったのだという事に気付く。社長室を出た後から演技を忘れ素に戻ってしまったので、そんな私に慌てて彼はここまで連れて来たのかもしれない。 父親との会話で機嫌が悪いのもあるのだろう、神楽 朝陽はいつもよりピリピリとした様子だった。だからといってここで黙って立っている訳にもいかない。さっきの事についてきちんと説明してもらわなくては。「……それで、私の演技は合格でしたか? 確かそれを確かめるためでもあるって言ってましたよね」「あんなハッキリと紹介しておいて、別の相手なんか連れて行けるわけないだろう? 多少、いや……かなり不満はあるがギリ合格にしておいてやる」 ずいぶん上
Dernière mise à jour: 2025-08-20
Chapter: 不安的中な思惑に 5
「なあ、鈴凪。父はああ言っているが君はどう思っている?」「あら? 私は朝陽さんにさえ選んでもらえれば、他の誰に相応しくないと言われても気にしません。私がなりたいのは神楽グループの嫁ではなく、貴方の妻ですから」 まさかこの状況で私に丸投げされるとは思ってなくて焦ったが、自分にしては良い答えが出せたと思う。もちろん神楽 朝陽のスペックに目が眩みそうになるのは仕方がないと思うけれど、それでも彼の中身を愛せなければ私は結婚なんてしたくはない。「鈴凪はこう言っていますし、俺も彼女の考え方が好ましいと思ってます。生涯を共にする相手は、俺には彼女以外には考えられないので」 これってお芝居なのよね? 神楽 朝陽の真剣な表情に、本気で言われてるような気がしてなんだか落ち着かない。こんな風に真っ直ぐに自分を必要とされた事って、流の時には一度もなかったから。 嬉しい気持ちと同時に、これがすべて作り話だというどうしようもない虚しさも味わってしまう。それこそバカバカしい事だと、自分でもちゃんと分かっているのに。 お互いに笑顔で見つめ合っていても、決してその心が通じ合ってるわけじゃない。私たちを繋げるものは愛情などではなく契約となるはずだから。 それでもやると決めたからには、きちんと神楽 朝陽の恋人役を演じるしかない。「今はそう言うことが出来ても、そのお嬢さんもすぐにお前から離れていくだろう。まあ、それまでは二人の好きにすると良い」「……その言い方、やはり彼女の時も貴方が何かを?」 何かを言いかけて、私に視線を移して神楽 朝陽はその言葉の続きを飲み込んだようだった。彼女、というのは以前紹介した女性という事だろうか? 彼の父親は私がその人と同じように、神楽 朝陽から距離を取るみたいに話しているけれどどういう事だろう?「あの女性には、所詮その程度の覚悟と気持ちしかなかったという事だ。そのお嬢さんは……どうだろうな? さあ、もう部屋から出ていきなさい。私は次の予定が入っている」「……もう行くぞ、鈴凪」 悔しさを滲ませるような表情、そして言葉遣いもいつも通りに戻っている。そんな神楽 朝陽に手を掴まれて、そのまま私は社長室を後にした。 そのままこの前連れて来られた隣の部屋に入るのかと思えば、彼はドアを開け中にいる誰かに話しかけている。すると中の人物からカードキーのようなも
Dernière mise à jour: 2025-08-19
Chapter: 不安的中な思惑に 4
 んん? 前に婚約者として紹介した女性がいるならば、今回もその人に頼めばよかったのでは? そう思って隣に座る神楽 朝陽の顔を見ると、一瞬だけだが彼から目を逸らされた気がした。 ……もしかして私になのか他の誰かに対してなのか分からないけれど、後ろめたい気持ちでもあるのだろうか? そう考えてしまうぐらい彼の視線の逸らし方は不自然だった。 でもそんなことをいつまでも気にしている余裕は私にはなくて。 「そうですね。確かに鈴凪《すずな》は以前紹介した女性とは違いますが、今の俺にとって一番大事な人なんです」 父親に向かってそう話している神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》に同意するように黙って頷いていたが、心の中は結構複雑だった。 今こうして私がここにいるのは、彼にとって都合の良い時に大きな借りを作ってしまったから。そうでなければ、ここで恋人役をしているのは自分ではなかったはずなのに。それが妙に引っかかる気がして。 それもこれも全部、神楽 朝陽が変や契約を持ち出してこんな事をやらせる所為だと思い込むことにしたのだけど。「そんな簡単に心変わりをするようならば、結婚は私が選んだ相手とするべきでは? そうした方がそのお嬢さんにも余計な気苦労をさせずに済むと思わないか」「……反対ならそのまま言えばいいのに、相変わらず自分を悪者にしないための遠回しな言い方をするんですね」 椅子に座ったままの彼の言葉に、社長の眉間に僅かな皺が刻まれたことに気付く。自分の意見を回りくどく伝える父親と、わざと煽るような言い方をしている神楽 朝陽。 私が知っている親子の関係とは全く違う、その様子にとても口を挟めるような状況ではなくて小さくなっているしかない。 「このお嬢さんの目の前でハッキリと言った方が良いのか、ただ傷付けるだけだろうに。まあいいだろう、伝えたい事は簡単だ。お前の恋人は神楽の嫁としては相応しくない」「ええ、そうおっしゃると思ってました」 ビリビリとした緊迫感に、息を吸うのも忘れてしまいそうになる。どうしよう、この状況では笑ってなんていられないし焦りで手のひらには汗をかいていた。 出来る事なら「そうですか、それでは失礼させて頂きます」と言ってこの場から逃げ出したい気持ちなのだけれど。 ……もし私がそうすれば、きっと神楽 朝陽は相当困るに違いなくて。 それでも彼の父は私
Dernière mise à jour: 2025-08-18
Chapter: 不安的中な思惑に 3
「それで私がやらなきゃいけない事って何なんですか? 私の迷惑料の支払いは、もう始まってるってことなんでしょう」「それは会ってからのお楽しみだな、もう説明している時間もない」 時間がない? 嫌な予感しかしない言葉に突っ込む間もなく前に来た最上階でエレベーターから降ろされる。ここまでは予想出来ていたことなのだけれどが、前回と決定的に違ったのは神楽《かぐら》 朝陽《あさひ》が思い切り空けた扉が社長室のそれだったという事。「社長、約束通り彼女を連れてきましたよ」「……朝陽か、まあいい。二人共、そこに座りなさい」 奥に設置された大きな机と高級感のある革張りのチェアー。そこに座っていたのは、何度かテレビでも見た事のある神楽グループの社長だった。 落ち着いた雰囲気の男性だが、どこか威圧感も感じさせるのはやり手と噂の経営者だからだろうか? なんにせよ、平凡な私の人生で関わることなどない筈の人なのだけど。「えっと、あの……?」 意味が分からず、どういう状況ですかと聞きたくなる。でもさっき神楽 朝陽から「何があっても笑っていろ」と言われたばかりでそんなこと出来るはずもなく。 戸惑いながらも精一杯の笑顔を浮かべていると……「おいで、一緒に座ろう鈴凪《すずな》」「⁉︎」 爽やかな笑顔と差し伸べた手が私に向けられたせいで、つい構えてしまう。だけどその口から出てきた衝撃の言葉に、心臓がショックで止まってしまうんじゃないかと思った。 「いきなり何を言い出すんですか?」と言いたいのをグッと堪えて、ここも笑顔で乗り切るしか自分には許されてない。引き攣りそうになるのを何とか誤魔化して、手を差し伸べたままの神楽 朝陽に笑顔で応える。 繋いで気付く、思っていたのよりも大きな掌だ。どちらかと言えば華奢だった流《ながれ》とは違って、男らしくてゴツゴツしてるから不思議な気分になる。「ありがとう、朝陽さん」「恋人として当然の事だろ? いきなりこんな場所に連れて来られて緊張してるよな、ごめん」 あー、やっぱりそういった設定なんですね。 嫌な予感は当たるもので、どうやら私は神楽 朝陽の恋人役をやらされることになっていたらしい。 それにしても、この別人のような変わりようは何なのか? 社長とはいっても彼にとっては実の父親でもあるはずなのに、なんだか二人の間に距離を感じてしまう。「
Dernière mise à jour: 2025-08-17
Chapter: 不安的中な思惑に 2
「……い、おい。お前は俺の話をちゃんと聞いてるのか?」 「あ、何か用でしたか? 今ちょうど、神楽《かぐら》さんの音声だけシャットアウト中だったので」 顔を覗き込まれ何かを話しかけられた驚きで、慌てて本当のことを言ってしまう。みるみるうちに神楽 朝陽《あさひ》の表情が満面の笑みに変わってやっと「やってしまった」事に気付いた。 こういう時に余計な一言を口にしてしまい失敗するのが多い自分、彼にとって私は丁度良い玩具になりそうだと分かっていたはずなのに。「いや、あの〜。ちょっと、私の防音システムが誤作動をですね……」「へえ? 俺の音声《だけ》に誤作動をね?」 こんな苦しい言い訳をするより素直に謝った方が良いと思うのに、自分は悪くないと主張するもう一人の私が状況を悪化させる。 すると神楽 朝陽は何故か眼鏡を外し、周りの女性陣を虜にするような素敵な微笑みを浮かべて……「いいか、鈴凪《すずな》。俺の言葉に反抗してくるのも面白いが、それが後々自分の首を絞めるだけだという事はちゃんとその脳みそに叩き込んでおけよ?」「……そう、ですよねー」 笑顔で凄むのは止めて欲しい。遠巻きに見ている女性陣には内容が聞こえないのか瞳をキラキラさせているが、私はしっかり被害を被ってるんですから。 あと、眼鏡を外すとドSになるの止めません? 貴方は普段から十分意地悪な性格だと思うので。そんなことを考えてしまっていたせいか、いい加減に人の話を聞けというように神楽 朝陽に頭を小突かれてしまった。「返事もキチンとしろ。いいか、この先何があっても言われても全て笑顔で対応して見せるんだ。これは鈴凪がどれだけ上手く振る舞えるのかを確認するのも含まれてるんだからな」「振る舞えるって、いったい何を……って、いきなり何するんですか⁉︎」 話している内容が全く理解出来ずに聞き返そうとすると、いきなり腰のあたりに手を伸ばされ引き寄せられる。 何が起こっているのか脳がついてきてくれてないのに、神楽 朝陽はそのまま歩き出してしまう。 まるで恋人の様な距離感に頭が混乱するが、彼の言われたとおりにやれなければ後で痛い目を見るのは私に決まってる。そう思うと何とか作り笑顔も貼り付けることが出来たのだけど……「やだ、何あれ?」「神楽さんの隣にいる女性は誰なのかしら? 一時期、社内で噂になっていたあの人じ
Dernière mise à jour: 2025-08-16
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