author-banner
花室 芽苳
花室 芽苳
Author

Novels by 花室 芽苳

(仮)花嫁契約 ~元彼に復讐するはずが、ドS御曹司の愛され花嫁にされそうです⁉~

(仮)花嫁契約 ~元彼に復讐するはずが、ドS御曹司の愛され花嫁にされそうです⁉~

学生時代からの恋人である、守里 流(ながれ)から突然の婚約破棄!? その理由は彼の会社の御曹司、神楽 朝陽(あさひ)という男の所為だと聞かされた鈴凪(すずな)。 あっさり恋人に捨てられてしまう鈴凪。 怒りにまかせて、婚約破棄の原因である神楽 朝陽に会いに行くが…… 「元カレに復讐するつもりなら……いっそ、世界一の愛され花嫁になってみないか?」 追い詰められた鈴凪に、謎の提案を持ちかける神楽。 どうやら彼も、なにやら訳ありのようで――? 眼鏡を外すとドSに変貌する御曹司、神楽 朝陽 × 明るさと前向きな姿勢が取り柄の雨宮 鈴凪  元カレの流に復讐するため、鈴凪は朝陽の愛され花嫁になりきるはずだったのだがーー? 表紙絵AI学習禁止 
Read
Chapter: 偽装された復縁に 7
「ああ、戻って来てくれて良かった! 雨宮《あまみや》さん、かなりふらついてたから心配だったのよ~」 先程まで座っていた席に近付くと、すぐに私に気付いたのか轟《とどろき》さんが駆け寄って来てくれた。ずいぶん心配させてしまったようで、申し訳なく思う。 だけど、流《ながれ》に脅されている私は余計な事は言えなくて。「もう大丈夫です。すみませんが、今日はお先に失礼しようかと……」「そうそう、鈴凪《すずな》は俺が責任もってアパートまで送り届けますんで!」 でも白澤《しらさわ》さんは、今夜は朝陽《あさひ》さんが迎えに来ると言っていたはず。このままではすれ違いになるかもしれない、その事も気になっていて。 スマホでメッセージを送れたらいいが、流に見張られていてそれも出来そうにない。 そう悩んでいた時、なぜか轟さんが……「ああ、その必要はないですよ。今夜は雨宮さん《《も》》私の部屋に泊まるって約束してたので。会社メンバーでのお泊り会ですから、どうそ安心してお帰りください」「え? いや、そういう訳には……」 いきなりそう言われて驚いたが、直ぐに轟さんが私の異変を感じて機転を利かせてくれたのだと気が付いた。それも私だけではなく他の女性もいるような言い方をしたのは、流がそれを断りにくくするためだろう。 それでも元カレはしつこく食い下がろうとしたのだが、轟さんがトドメのように……「それとも雨宮さんや私達の事が信用出来ないとでも? 彼女の婚約者なんですよね、貴方は」「……分かりましたよ。鈴凪、また連絡するから」 営業部のエースである轟さんにあっさりと言い包められ、流はふてくされて店から出ていった。そのことにホッとして、そのままストンと椅子に座り込んだ。 緊張で手足が震え、私も色々限界だったみたいだ。「何だったのよ、本当にあんなのが雨宮さんの婚約者?」 よほど流の態度が気に入らなかったのか、轟さんはまだ文句が言い足りないようで。 本当にどうしてあんな男を何年も信じていられたのか、自分でも不思議に思えてしまう。「正確には……だった、ですね。別の女性に浮気され、一方的に婚約破棄されたので」「なによそれ、サイテーじゃない! しかも自分が婚約破棄したのに、あんなこと言って頭おかしいんじゃないの?」 もうここまでバレてしまったら、隠してもしょうがないと本当のことを
Last Updated: 2025-10-04
Chapter: 偽装された復縁に 6
 何を言っているの? 婚約破棄を言い出したのも、他の女性を選んだのも流《ながれ》の方だったじゃない。それを今更、どうして自分が婚約者だなんて……? 馬鹿な事を言わないで、と反論したいのに頭がグラグラして言葉が出てこない。「ほら、鈴凪《すずな》。まったくしょうがないな」 すぐ傍まで顔を近づけた流が、私にだけ聞こえるように耳元で囁いてくる。近付かないでとはっきり言えない、今の状況がもどかしい。 それなのに、この男は……「色々バラされたくないだろ、この意味は分かるよな?」「――!?」 それはもしかして、朝陽《あさひ》さんとのことを言っているの? 元彼からこんな風に脅されるなんて思っても無かった、そんな男を自分はずっと愛していただなんて。怒りで身体は震えるのに、ニヤついた笑みを浮かべた男のいう事を聞くしかないの?「鈴凪、自分で立てるよな?」「……ええ」 グラつく身体を何とか起こすと、他の社員に「少し抜けます」と言って流と共に店の外に出た。 わざと自分のバッグを籠の中に置いたままにして。 流はふらつく私の手首を乱暴に掴んで、店の入り口からは見えない位置へと連れてきた。嫌な予感がする、何が目的でこんな場所に移動させるのだろうか?「流、あなたは何が目的でこんな事を……くっ!」 急に掴まれていた手首を引っ張られて、流の方に倒れこむ形になって。その衝撃で余計に頭がクラクラして、流から離れることが出来ない。 私の背中に回された腕。そのまま抱きしめられた事で全身が粟立つほどの嫌悪を感じ、全力で流を突き飛ばした。「――ってえな! 鈴凪の分際で、ふざけるなよ?」「……アンタこそ、何のつもり? 今さらこんな事して、鵜野宮《うのみや》さんはどうしたのよ」 今の流の態度は私とヨリを戻したいとか、そんな風にはとても見えない。わざとこんな事をやっている、でもいったい何のために?「ふん。鵜野宮さんは俺を選ぶさ、あんな男よりも……お前にはその役に立ってもらうだけだ。ほら、さっさと行くぞ」 それはどういう意味なのだろう? 流は鵜野宮さんと繋がっていて、彼女の気を惹くためにこんな事をしているってことなのか。 とりあえず、今の自分に出来そうなことを必死に考えて。「……少しだけ待って、バッグを忘れたの。会社の人にちゃんと挨拶もしたいし、五分だけ良いかしら」「じ
Last Updated: 2025-10-04
Chapter: 偽装された復縁に 5
「みんな手にグラスを持って……それでは!」「「「カンパーイ!!」」」 ビールのジョッキやカクテルのグラスで乾杯し、さっそく轟《とどろき》さんが取った契約の話で盛り上がり始めた。 やり手の会社経営者から、大口の契約を取れることは本当に凄い事で。轟さんはどんな話で喜んでいたのかとか、契約の決め手は何だったのかと次々に聞かれていた。 そんな会話の中でも轟さんが、何度も「これも雨宮《あまみや》さんのサポートがあったからよ」と話してくれて。 嬉しくもあったが、ちょっとだけ照れてしまった。「それにしても、あの時の悪戯はなんだったんですかね?」「ある日、突然ピタリと止みましたよね……」 そう。実は私に向けられていた嫌がらせの数々が、数日前にピタリと無くなったのだ。 もしかして朝陽《あさひ》さんが? そう考えて白澤《しらさわ》さんにも聞いたが、それはないだろうと言われて。 不思議だったが周りの社員に迷惑がかからなければ、それが一番だと思う事にしたのだけど。「そうね、これで終われば問題ないわよ」「まあ、そうですよね〜」 話を聞きつつ頷いていたが、まだどこか不安が残っていて。あれくらいで、あの二人が本当に諦めるだろうか? 婚約式の控室にまで、強引に入ってきたのに……「おかわりお持ちしました。カシスオレンジのお客様ー」「はい、私です」 店員さんからそのグラスを受け取り、ゆっくりと口をつける。一杯目より少し濃い気がしたが、深く考えずのんでいると……「あれ、鈴凪じゃないか? そういえば、今日は飲み会だって言ってたっけ?」「流《ながれ》? どうしてアナタがここに……うっ」 いきなりこの場に現れた、元カレの流に驚いて。 なぜここにいるのかと問い詰めようとした瞬間、視界が大きくグラついた。頭を激しく振った後のような眩暈に、体勢を維持することも出来なくて。 そのまま倒れるようにテーブルに突っ伏した私に、まるでこうなることを分かっていたかのように流が近づいてきた。「ああ、鈴凪はお酒に弱いんだから。《《いつも》》飲み過ぎないように、って言ってるだろ?」「な、にを……」 確かにザルとまでは言わないが、そこまで弱くもないはず。カクテルを二杯飲んだくらいでこんな事になる訳がないのに、今日に限ってどうして? 動けない私の髪に流が触れる、まるで恋人のようなその
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 偽装された復縁に 4
 ――そして、迎えた慰労会当日。  私を集合場所まで送ってくれたはずの白澤《しらさわ》さんが、何故か課の女性社員に囲まれてしまっている。「ねえ、白澤さんも参加しません? どうせ雨宮《あまみや》さんが帰るまで、どこかで待ってるんでしょう?」「そうそう、ずっとお話したかったんです! 雨宮さんも、それで良いですよね?」 そこは私ではなく、今日の主役の轟《とどろき》さんか課長に聞いてほしい。そもそも白澤さんが私を護衛をしてくれてるのも、朝陽《あさひ》さんからの依頼があっての事で。そんな権限は自分にはないのだから。 と、素直にそれを話すわけにもいかないので返答に困っていると……「すみません。お誘いは嬉しいのですが、これから人と会う約束がありますので」「ええ~、それって今日じゃなきゃダメですか?」 女性社員が頑張って食い下がるが、白澤さんは優しく微笑んで「すみません」と繰り返し断った。綺麗なその笑顔に魅せられて、彼女たちは「はい」としか言えなくなったみたい。 白澤さんは自身の魅力を最大限に利用できるタイプらしい、さすがだわ。「いやあ、良いもの見れたわ。眼福ね、やっぱりイケメンの笑顔は健康に良いと思うの」「……そういうもんですかね?」 あれ、おかしいな? 私も今はかなりのイケメン御曹司と同居している筈なのに、たまに胸や胃が痛くなるんですけど。 ……それも胸が二割、胃が八割ぐらいの割合で。 そんな馬鹿な事を考えていると、白澤さんがサラッととんでもない事を言い出した。「ああ、言い忘れていましたが。帰りは朝陽が迎えに来るそうなので、私は今日はこれで上がらせて頂くことになります」「え? ……今、なんて?」 まさか、朝陽さんが迎えに来るなんて思ってなくて。ただでさえ白澤さんの事も上手く説明できてないのに、あの人まで来たらみんなにどうすればいいのよ? 外見だけならモデル並みの容姿をしている朝陽さんを見たら、それこそ大騒ぎになるって分かりそうなのに。「彼が自分で迎えに行くと言って聞かなかったので、諦めてください鈴凪《すずな》さん」「ええ~、そんな無茶苦茶な……」 簡単にそう言うけれど、白澤さんだってどうなるか予想出来てるんでしょう? これから数時間後の事を想像しただけで、まだ慰労会前なのにどっと気疲れしたかもしれない。 そんな私に笑顔で「じゃあ、頑
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 偽装された復縁に 3
「昨日私が帰ってから、そんなやりとりがあったんですか。見たかったですね、もう少し居座っていればよかったな」 白澤《しらさわ》さんに職場まで送ってもらいながら昨日会ったことを話すと、彼はとても楽しそうにそんなことを言い出して。私としてはむしろ、居座っている白澤さんの方が見たい気もするけれど。「もう、白澤さんまでそんな事を。大変だったんですよ、あの暴君を宥めるのは」 そう返すと彼は、本当に可笑しそうに肩を震わせて。だけど笑い事じゃない、あれから朝陽《あさひ》さんが機嫌を直してくれるまで相当な嫌味を言われたのだから。 普段は魅力的な大人の男性って雰囲気なのに、どうしてああも子供っぽいのか。「ふふ、鈴凪《すずな》さんと一緒だとずいぶん素の朝陽でいられるようです。私にはそんな態度はとりませんからね」 そりゃあ白澤さんを相手にそんな事しても、鼻で笑われて終わりそうですし? 朝陽さんもそれは十分に分かってるだろうから、 絶対にやらないと思う。「そう、なんでしょうか? 私にはドSな暴君でしかないですけど、もちろん良いところもたくさん知ってはいますが」 最初の頃はずいぶんと流《ながれ》の件で迷惑をかけたのに、それについて恩着せがましい事は言ったことが無い。契約の事に関しては、まあ別だけど。 それから白澤さんと自分を比べて、律義に機嫌を直してくれるまで相手をしている私の方に問題があるのかも? と、悩んでいると……「私としては、鈴凪さんにずっと朝陽の傍にいてもらいたいと思っています」「……それは、その」 それは簡単に『はい、わかりました』とは返事することは出来ない話で。白澤さんがそう思っていてくれても、相手を決めるのは朝陽さんだもの。 ……きっとその時、私の存在は彼の選択肢の中にはないはず。お役御免になって、その先は朝陽さんや白澤さんに関わることもないのでしょうし。 それを想像すると、少しだけ寂しい気もするけれど。「無理強いするつもりはありません、私が勝手にそう思っているだけなので。それに朝陽も、きっと……」「朝陽さんが?」 そんなはずはない。 朝陽さんが傍にいて欲しいと思っているのは、鵜野宮《うのみや》さんただ一人だけ。私との契約も、そもそもは彼女の気を惹くためだけのものなのに。「目に見えないところで、変わっていく何かがありますから。良い事も、
Last Updated: 2025-10-01
Chapter: 偽装された復縁に 2
 やってしまった! とそこで気付いても、もう手遅れで。慌てて上手く誤魔化せるような言葉を考えたのだけど。「誰って、ただの同居人ですよ。その、ルームシェアみたいな感じで今は住んでるので」「ほほぉ、ルームシェアねえ……?」 好奇心旺盛な轟《とどろき》さんがこれで納得してくれるはずもなく。興味津々といわんばかりの顔でこちらを見つめてくる。 ああ、これはどうしたものか。 だからと言って、本当の事など話せるわけもない。なので……「絶対、信じてないでしょ? この話は、誰かに広めたりしないでくださいね!」「はいは〜い、もちろん分かってるわよぉ?」 そういうわりには、楽しそうにニヤニヤと笑っていてちょっと怪しい気がする 本当に大丈夫かなあ? 悪戯っ子のような顔をしている轟さんに、少し不安を感じつつこの話を終わらせたのだった。「……へぇ、部署メンバーでの慰労会か。参加していいんじゃないか、たまには?」「本当ですか、ありがとうございます! 今回はどうしても参加したかったので」 帰宅してすぐに朝陽《あさひ》さんに相談すると、案外すんなりと許可が下りた。本当にたまにしかないし、今回は轟さんが主役なので参加出来るのは凄く嬉しい。 彼が良いと言ってるのだから、遠慮なく慰労会には行かせてもらう事にした。「まあ、白澤《しらさわ》に送迎だけはしてもらえよ。店内の方は、他の社員もいるだろうから大丈夫だとは思うが」「はい、分かりました。それと帰宅は遅くなると思うので、その時は朝陽さんを起こさないように気を付けますね」 もしかしすると日付も変わってから帰宅する可能性もある。だから朝陽さんは先に眠るんだろうと思っていたのに。それは私の勝手な思い込みだったらしく。「はぁ? そんなの、起きて鈴凪《すずな》の帰りを待ってるに決まってるだろ?」「えっ? 待ってなくていいです、気にせず先に休んでてください」 それは流石に申し訳なくて、朝陽さんにはゆっくりしてもらおうと思ってそう言ったのだけど。あからさまにムスッとした表情をされて、訳が分からず私の方が戸惑ってしまう。「……ああ、そうかよ」 ……ええと、なぜ今の会話で拗ねるのだろう? そんな要素は、さっきのやりとりの中にありましたか? やっぱり朝陽さんの考えてる事は、私にはよく分からないかも。その後に朝陽さんの機嫌を取るのが
Last Updated: 2025-09-30
唇を濡らす冷めない熱

唇を濡らす冷めない熱

触れる指先で私の唇を濡らさないで…… いつだって貴方の指先は、冷めない熱を持っているから。 その熱で私を狂わせようとするのはもう止めて? そう言いたいのに…… 新しい課長として支社にやって来た優男、梨ヶ瀬 優磨。 誰からも好かれる明るい性格と優し気な容姿を持つ梨ヶ瀬を、あからさまに避ける女子社員の横井 麗奈。 ミーハーな性格である彼女だが、彼の事だけは毛嫌いしているようで……? ある日横井は部長に呼び出され、梨ヶ瀬のサポート役を頼まれるのだが? 笑顔の裏で何を考えているのかを決して見せない二面性のある優男と、そんな男の隠した危なさに気付いて逃げ出したい女子社員。 二人の攻防戦の行方は? 表紙絵 neko様 AI学習禁止
Read
Chapter: 見せない、その胸中 8
「それで、結局何のために私をこの部屋に連れてきたんです? そもそも梨ヶ瀬《なしがせ》さんは私に、怪我一つ無いって気づいてたんですよね」 まさか私の注意力が足りないとか言う類の、お説教が始まるとか? それなら資料室で済ませてもらいたかったわね、こっちは私の部署から少し離れてるし。 一人でブツブツと、そんな事を考えてたら……「もし君がさっきので、ショックを受けてたら休ませなきゃって思って」「……え?」 さっきのって、閉じ込められたことよね。梨ヶ瀬さんは私がそれで、精神的なダメージを受けてないかと心配してくれたの? えっと、貴方ってそんな過保護な人でしたっけ?「……そう考えてたけど、全然必要なかったよね。横井《よこい》さんそういうとこ、意外と図太そうだし?」 にっこり笑顔でそういう梨ヶ瀬さん、自分が嫌味を言うのはOKなんですか? さっきのは前言撤回、彼の場合は過保護なんかじゃなくただの気紛れに違いない。「ええ、梨ヶ瀬さんの性根の歪み方には負けますけど。お互い様ですよね?」「そうだね、でもそれって意外と相性良さそうだと思わない?」 何でそうなるんです、いくらなんでもこじつけが酷すぎませんか? この人の頭の中がどうなってるのか、本当に理解出来ない気がする。「私は全く思いませんね。では、先に部署に戻らせていただきます」 言われっぱなしでいるつもりはない、そう言われたらこう返すだけ。そしてまた梨ヶ瀬さんの本気か冗談か分からない遠回しな言葉を聞き流して、彼を置いてけぼりにして仕事場に戻る。 それでも、助けに来てくれた時の梨ヶ瀬さんは普段よりカッコよく見えたのは、彼には絶対黙っておくことにしようと思った。「ああ、横井さん無事だったんだね? さっきは梨ヶ瀬が血相を変えて走って行くから、君に何かあったのかと思って……」 梨ヶ瀬さんから離れ、部署に戻る途中で鷹尾《たかお》さんに出会う。 鷹尾さんが私のことを梨ヶ瀬さんに知らせてくれたおかげで、資料室の件が大事にならずに済んだのよね。彼には一言お礼を言わなければと思っていたので、ここで会えたのは都合が良くて。「はい、鷹尾さんのおかげで助かりました。閉じ込められてすぐ梨ヶ瀬さんが来てくれたので、私も怖い思いをせずに済んだんです」 そう言うと、感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げる。梨ヶ瀬さんには素直な行動は
Last Updated: 2025-10-06
Chapter: 見せない、その胸中 7
「……聞いてるよ、ちゃんと。だけどこれでも結構焦ったんだ。たまたま鷹尾《たかお》に横井《よこい》さんが資料室に入るところを見たと、教えてもらえたからすぐに探し出せたけど。その時の俺の気持ちは、横井さんにはわかんないでしょ?」 なるほどね。梨ヶ瀬《なしがせ》さんが私を見つけ出せたのは、鷹尾さんのおかげだったんだ。それなら彼に、何かお礼をしなくては。 でも梨ヶ瀬さんは、本気で私のことを心配してくれていた。いつもだったら迷惑だと思うのに、なぜか悪い気はしなくて。「分かんないっていうか、想像も出来ないですよね。梨ヶ瀬さんは、私に本心を見せようとはしてませんから」 そういうのなら、もっと私に本音を聞かせて欲しい。素直な感情を伝えてくれなきゃ、梨ヶ瀬さんの考えを理解するのはまだ無理だから。「そんな言い方は狡い、ちょっとは分かろうと努力してくれたっていいのに」「狡いのはいつもの梨ヶ瀬さんです。私はちっとも狡いことは言ってませんよ?」 珍しく梨ヶ瀬さんに言葉で勝てそうな気がする。いつもなら余裕の返しも、今日はいつまで経っても来ないようだから。 調子に乗って梨ヶ瀬さんにとどめを刺してみようかな、なんて極悪な事を思い浮かべた。その一瞬……私の身体をふんわりと包む、最近よく嗅ぐ爽やかな香水の香り。「あーあ。もういっその事、君を俺の部屋に閉じ込めてしまえればいいのに……」 ええと、これは梨ヶ瀬さんのいつもの冗談? それともちょっと独占欲強めな、彼の本音だったりするのかな。 そのどちらにしても……「もしかしてヤンデレなんですか、梨ヶ瀬さんって」 余裕綽々なところばかり見せるくせに、私を閉じ込めたいだなんて。もしかして性格だけでなく、愛情表現まで歪んでいるの? もちろん私は素直に閉じ込められてあげる気なんてない、それくらい彼だって分かっているでしょうに。「俺が真面目に話してるのに、そんな風に茶化さないで」 茶化したつもりなんて無かったのに、真剣な顔をした梨ヶ瀬さんにピシャリと言われてしまった。じゃあこんなこと言われて、私はどう答えればいいのよ。「分かってますよ、それくらい。ただ、私も貴方に一言だけ言わせてもらっていいですか?」「……何?」「さっきは、資料室に助けに来てくれてありがとう……」 本当は彼が来てくれてすぐに言おうと思ったの。だけど梨ヶ瀬さんは
Last Updated: 2025-10-03
Chapter: 見せない、その胸中 6
「あの、もしかして怒ってます? 確かに迷惑かけたとは思ってますけど、でもこれって全部が全部私のせいじゃ……」 いつもより梨ヶ瀬《なしがせ》さんの笑顔が意味深に感じるのも、少し行動が強引なのもそれしか考えられない。 だからそうなんだと思ったのに……「怒ってるよ、怒ってるけど君にじゃなくて自分に対してだから。これじゃあ俺が、横井《よこい》さんをストーカーから守っている意味がない」「……梨ヶ瀬さん」 そうか。梨ヶ瀬さんは私を守りたくて、色々考えてくれていたはず。それなのにその行動のせいで、周りの女性社員から私が嫌がらせされている。これでは確かに意味がない。 でもそれくらい、梨ヶ瀬さんなら考え付きそうなのに……「別に梨ヶ瀬さんのせいだけではありませんよ。私に可愛げが無いので、こういう事が起こるんでしょうし? ただ、何でも完璧なイメージの梨ヶ瀬さんにしては意外だと……」「焦ってたんだよ。君に何かある前に、自分が守れる範囲に入れてしまいたかったんだ。本当は周りに誤解されない説明を、真っ先にするつもりだったのに」 普段は全く見せない梨ヶ瀬さんの胸の内、それを少しテレているのか乱暴に話してくれている。絶対こんな事を私には教えてくれないと思ってた。 弱い部分なんか、人には見せたがらなそうなのに……「そういうの、梨ヶ瀬さんはちっとも教えてくれないじゃないですか。ちゃんと話してくれれば、私だってもう少し……」 これもストーカー問題も私が被害にあっている本人なのに、なぜか梨ヶ瀬さんが一人で問題を解決しようとしてるように思える。 それって何かおかしくない? 私は自分の事を人任せに出来るほど、お気楽な性格じゃない。こんな私にだって出来る事があるはずなのに。「分かってるよ、今回のは俺のミスだって。次は、こんな失敗はしないから——」「そういう事を言ってるんじゃないです! 私が言いたいのは……」 言いたいことはあるのに言葉がうまく思い浮かばなくてもどかしい。梨ヶ瀬さんは考えてることが顔に出ないんだから、ちゃんと言葉で伝えて欲しいのに。「なに? 文句はいくらでも聞くけど、だからと言って同居は止めないよ。ストーカー問題は、このまま放っておける事じゃないし」「だから、ちゃんと私の言う事を聞いて……!」 いつもはもっと余裕があって私の話を聞いてくれるのに、今の梨ヶ瀬
Last Updated: 2025-10-03
Chapter: 見せない、その胸中 5
 だからと言って彼女らの思惑通り、ショックを受けて泣いて怖がってやるつもりもない。 私を梨ヶ瀬《なしがせ》さんから引き離すのが目的だろうが、私からそれが出来るなら苦労はしていない。 ……こんな陰湿な嫌がらせじゃなく、どうせなら梨ヶ瀬さんに直接そう頼めばいいんでしょうに。「さて、どうやってここから出ようかしら」 スマホはデスクに置いたままだし、ここには連絡用の電話機も設置されてない。しかも建物の端にあり滅多に人がやってこない場所で、カップルの密会に使われてるという噂もある。 窓を開けて下を見れば、やはり飛び降りれる高さじゃない。 半分は梨ヶ瀬さんのせいなんだし、私がいない事に気がついて助けに来てくれないかな。なんて冗談半分で考えた後、馬鹿馬鹿しいと思って笑い飛ばしかけた。 その時……「横井《よこい》さん、ここにいるんでしょ?」 今の声、梨ヶ瀬さんだ! 驚いているとすぐにカチャリと鍵の音がして、ゆっくりと資料室の扉が開いていく。 いつもと変わらない笑顔で、資料室の中へと入ってきた彼。 窓の近くに立っていた私の姿をじっくりと確認したかと思うと、手首を掴んで資料室の外へと連れていく。 ……何故、どうしたのかと聞いてこないの? こんなところに閉じ込められていれば、誰にされたのかとか気になるはずでしょう? 変わらない笑顔では、梨ヶ瀬さんの感情はちっとも読めない。 少しくらいは笑顔に隠された、その胸の内を見せてくれてもいいでしょうに……「ねえ、どこに行くんですか? こっちは私たちの部署とは、逆方向ですよね」 いつもなら私に合わせてくれる歩幅も、今はそうではなくなっている。高身長の彼についていきながら訪ねるが、返事をする気はないらしい。 もしかして怒ってる? さっきはいつもの笑顔だったはずなのに、彼の後姿からは少し怒りを感じるような気もする。 ……この人、私を助けに来てくれたんじゃないの? それなのに、どうしてそんな態度をとるのよ。 梨ヶ瀬さんの考えている事が分からないまま、事務所に近いある一室に連れていかれる。 ここには休むためのベッドが二台と、色んな薬や衣料品が置かれた部屋。医師や看護師はいないが、体調が悪い時はここで休むようになっている。「あの……私どこも悪いとこは無いですよ?」 もしかしたら梨ヶ瀬さんは私が閉じ込められた時に
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 見せない、その胸中 4
「どうしてやろうかって、いったいどういう……?」 おそらく自分にとって良い意味とは思えないが、念のため確認してみる。 だって私と梨ヶ瀬《なしがせ》さんは仕事場も帰り道も、そして帰る家までも一緒で。もし彼が本気を出したら、その時は逃げることなど不可能な気がするから。「それも、言わなきゃ分かんない? それとも怖いもの見たさかな、知りたければすぐに教えてあげるけど?」 いつもの目が笑ってない笑みの方が良かった。 満面の笑みなのに彼の背中には真っ黒なオーラが見えるようで、私は急いで頭を左右に振った。 その視線の先に同じ部署の男性社員が目に入る、そう言えば彼に仕事で訊ねたいことがあったんだ。「いいえ! 充分、分かったような気がします。もうすぐそばなんで、先に出社しますね!」 私は梨ヶ瀬さんから離れ、その男性社員に声をかける。 どうやら彼も仕事の内容が気になっていたらしく、すぐに話に夢中になってしまった。 ……そんな様子を梨ヶ瀬さんが、どんな表情で見つめていたかも知らずに。「ところでさ、横井《よこい》はなんで梨ヶ瀬課長と一緒に出勤してたんだ? メチャクチャ目立ってたぞ」「うそでしょ、たまたま見えたとかじゃなく?」 部署に着いてパソコンを操作し、あらかた説明が済むと同僚からそう言われた。予想はしていたけれど、どうやら思っていたよりも周りの人に見られていたようで……「梨ヶ瀬課長人気だからなあ、女子社員に目を付けられないように気をつけろよ?」「……うん、そうする。でも私みたいな普通の女は相手にしない、って思われてるはずだし」 なんて同僚の前では大丈夫なふりをしたけど、そんな楽天的な予想は見事に外れるのだった。 朝礼を終えて、いつものように起動しておいたPCのメールをチェックする。特に問題はなさそうだと、引き出しから大きなファイルを取り出した。 急ぎの仕事も無かったはずだし、納期はまだ先だが手の掛かるものを仕上げておきたい。 今日はそのつもりだったのに……「横井さん。三年前のこの資料を、代わりに探してきてくれない? 今すぐこれが必要なの!」 向かいのデスクで仕事をしている先輩に頼まれて、作業を中断し資料室へ向かう。 雑用も押し付けられることが多いが、いつもは気さくに話しかけてくれる人だったので少しも疑いはしなかった。「あれ? 確か、いつもは
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 見せない、その胸中 3
「ねえ、本当に私たちが出勤まで一緒にする必要はあります? どう考えても誰かに見つかって、会社で噂の的になる未来しか想像出来ないんですけど」 何度説得しても行き帰りは二人一緒だと譲らない梨ヶ瀬《なしがせ》さんに、思いきり嫌そうな顔を隠しもせずについていく。 今はまだマンションの最寄り駅だからいい、これが会社の近くになればそうはいかないはずだ。 別にうちの会社は、社内恋愛を禁止しているわけじゃない。だからと言って付き合ってもないのに、面白おかしく話題にされるのは嫌。「君のストーカーが、夜しか活動しないならいいんだけどね。横井《よこい》さんには俺がずっとついているって、あの男に分からせないと意味がない。そのために君が協力するのは当然でしょ?」「……もうそれ、聞き飽きました。出来るだけ協力はしますが、梨ヶ瀬さんも少しくらい私の立場を考えてくれたっていいのに」 本社から支社に課長として来たばかりの梨ヶ瀬さんは、その柔らかな物腰とスマートな容姿も手伝って女子社員の注目の的だったりする。 そんな赴任してすぐの彼が私のような女子社員に必要以上にそばに居れば目立つし、お互いに悪い意味で見られる可能性がある。 それなのに……「もちろん考えてるよ、考えたうえで妥協出来ない事だけ君に頼んでる。俺はあのストーカーに、横井さんを少しだって近づけたくないんだ」 ああ、本当にこの人は狡い。 こんな言い方をされれば、誰だって嫌だなんて言えなくなるって分かってるくせに。自分の事を心配しての行動なんだって言われれば、それは悪い気はしない。 ……私だってそんな風に感じる、ごく普通の女子だったりするのだから。「……もしかして、さっきのでテレていたりする?」「テレてなんかいません。そうやって、自分の都合に良いように思い込まれると迷惑です」 誰が素直に嬉しいなんて言ったりするものか。本気かどうかも分からない、この人を喜ばせるようなことはしたくないの。 真剣な言葉の後で、すぐこうやって茶化してくる。そんな貴方に、簡単に振り回されたりしない。「意外と慎重だよね、横井さんは。時には目を瞑って、新しいものに飛び込んでみるのも有りだと思わない?」「そうでもないですよ。私こう見えても結構、怖いもの知らずだって言われたりしますから」 嘘はついてない。だけどそのほとんどが、自分に対してでは
Last Updated: 2025-10-01
唇に触れる冷たい熱

唇に触れる冷たい熱

唇に触れる御堂の指は冷たいのに、触れられた私の唇はジンジンと熱を持つ。 お願い、御堂。それ以上何も言わないで…… 「よく覚えておけ、お前は俺から逃げきることなんて出来ないのだから――」 課長の代理として支社にやってきた幼馴染の御堂に強引に迫られる紗綾。 とある理由で恋に憶病になっている紗綾はそんな御堂を避けるようになるが、御堂に紗綾を逃がす気は全くないようで――? 強引な幼馴染に仕事に生きたい臆病な美人がジリジリ追いつめられる、じれったいオフィスラブ。 本社から支社に移動して来た課長代理 御堂 要(みどう かなめ)29歳 × 支社に勤める仕事一筋の美人主任  長松 紗綾(ながまつ さや)29歳
Read
Chapter: 思い出の先を紡いで 5
 ――EPILOGUE―― 「ねえ、要《かなめ》はどっちが良いと思う? どうしてもこの二着から、一つを選べなくて」  私達は結婚式に向けてウエディングドレスを選ぶために、式場連携のドレスショップに来ている。要からのプロポーズを受けて、あれよあれよと結婚の話がどんどん進んで今のこの状況。  なによりも驚いたのは、こういうのを苦手そうな彼の方が積極的にブライダルフェスを見て回った事で。選ぶのは私に任せてくれたけれど、意外な一面を見た気がしたの。  並べられた二つのドレスを眺めると、要は迷いもなくこんな事を言い出した。 「迷うのならばどちらも着ればいいんじゃないか? なんならオーダーメイドのウエディングドレスを作っても俺は全く構わないが」 「……そういうことじゃなくてぇ」  要らしい発言にちょっと脱力してしまう、私が聞きたいのはどちらが彼好みで私に似合っているのかという事なのだけれど。全て私の事優先で物事を考える要は、いつもこうなのでちょっと困る。 「ああ、どちらが似合うかという事ならば答えは簡単だ。紗綾《さや》ならばどちらを着ても似合うに決まっている」 「もう! またそんなことを真顔で……」  そんな私達のやりとりに、ドレスを見せるために立っていたスタッフの方もクスクスと笑ってしまって。要はそういう事を全く気にしないから、私一人で恥ずかしがることになるのだ。  試着を済ませてショップを出ると、もう夕方近い時間になっていて。どこかで夕飯を食べていこうという話になったので、最近お気に入りのイタリアンの店に決めた。 「それにしても両親に挨拶をしに行って、すぐに結婚式の準備をすることになるなんてね。反対どころか大賛成なんだもの『こんな娘で良いんですか?』なんて、失礼しちゃうわよ」 「俺はかなり緊張してたんだがな、相手に気にいられようと必死になるのなんて初めてだったかもしれない」  確かにあの時は普段の彼よりずっと笑顔が多くてお喋りだった気もする、家に帰ってからぐったりしてて面白かったけれど。  今思えば、あの時に要が『準備が必要だ』って言っていたのはそういう事だったんだろうけど。私は全く気が付かなくて、この人をヤキモキさせていたに違いない。 「結局ドレスは一つに決めていたが、それで良かったのか?」 「ええ、良いの。一番大事なのは、誰の隣でそのド
Last Updated: 2025-08-31
Chapter: 思い出の先を紡いで 4
 私をベッドに座らせたまま、要《かなめ》はゆっくりと歩いて目の前に来ると静かにその場に跪いた。何故そんな事をするのか分からずにいる私の前に、そっと彼が小さな箱を差し出して……「……っ!!」 ここまでされて、今の状況が分からない筈はない。慌てて要を見れば、彼はとても真剣な表情で私をジッと見つめている。まさかの展開に一気に緊張が押し寄せて、なにも言葉が発せなくなって。 これから起こることを期待して、ゴクリとつばを飲み込んだ。「長松《ながまつ》 紗綾《さや》さん。俺と結婚してもらえませんか?」 要らしい、セオリー通りのプロポーズだけど彼が本気なのは十分伝わってくる。きっとさっき言ったように色々考えて、悩んでのこのセリフなのだと。 熱いまなざしでジッと私の返事を待つ彼の目の前に、私はそっと左手を差し出した。その指輪を、貴方の手で指に付けて欲しいという意味を込めて。 その行動に込められた気持ちを理解し、黙ったままの要が私の手を取ると細身の指輪をスッとつけてくれた。「とても素敵、嬉しいわ……」「そうか」 キラリと輝くダイヤのついた、細身のプラチナリング。派手なものをあまり好まない私のために、あえてシンプルなデザインにしてくれているみたい。 要のそんな私を想ってくれる心が嬉しくて、凄くほわほわとした気分になる。「それにしても……いきなりプロポーズされるなんて、想像もしなかったわ」「そう言うな、俺だってこの時のために色々考えてはいたんだ。だが紗綾があまり鈍い発言ばかりするから、つい……」 少し拗ねたような表情でそんな事を言うから、余計に胸の中が熱くなるじゃない。 要が何度も私の薬指を触って、サイズを確認していたのは気付いていたの。でもきっとまだまだ先の事だと勝手に思い込んでて。 この人が中途半端な気持ちで私と付き合い同棲してるとは思っていなかったけれど、二人の将来を真面目に考えていてくれたことがとても嬉しい。 要の過去にも現在にも、そして未来にも私がずっと隣に居れるんだって。「ずっと大切にするって、約束してね?」「ああ、誰より何よりも大事にする。だから俺の傍でそうやって微笑んでいてくれ」 そっと私の頬に触れる大きな手、要の顔が静かに近付いてきて優しく口付けられる。 今も変わらない、唇に触れる貴方の熱は少し冷たいように感じるけれど……本当は
Last Updated: 2025-08-31
Chapter: 思い出の先を紡いで 3
「これからは思い出の私も目の前にいる私も、大事にしてくれるんでしょう?」「そんなの当然だろう、俺にとって一番大切なのはいつだって紗綾《さや》なんだから」 そんな甘い言葉を当たり前のことのように言いながら、要《かなめ》は優しく私の身体を抱きしめ返してくれる。こうしている時間が一番心が満たされる気がするし、なによりも幸せだと思う。 以前の私では考えられなかった事だけど、もうこの人のいない未来なんて想像出来ないくらいなの。「……ところで、紗綾のお母さんから俺宛に伝言があると言っていたが。それはどんな内容なんだ?」「あら、そっちはすっかり忘れてたわ」 そのために彼をこの部屋に呼んだのに、ついついいつものような時間に酔ってしまっていて。そんな私を要は少し呆れたような表情で見ている。彼はしっかり覚えていて、手紙の内容がかなり気になっていたのだろう。 机の上に置いたままになっていた二通の手紙、その片方の封筒を手に取って要に渡した。手紙の内容は私も知らないけれど、そこに悪い事が書いてあるとは思ってはいない。 鋏《はさみ》を渡すと要は丁寧に端を切り、中の便せんを取り出して静かに読み始める。さっきとは違い、今度は読み終えるのを待っている私の方がソワソワしてしまって。「……要、お母さんはなんて?」 やはり手紙に何が書いてあったのかが気になって、黙ったまま便箋を封筒に戻している要に聞いてしまう。反対されるとは思っていないけれど、どんな反応なのかは知りたくなるもの。 そう落ち着かない気持ちで、返事を待っていると……「そうだな、近いうちにきちんとご両親に挨拶へ行く必要があると思う」「ああ、それはそうね。お母さんは要がどんなふうに成長したのかを、凄く気にしていたから」 子供の頃、私は彼の家庭事情を全く知らなかったけれど両親は気付いていたはずだ。口には出さなかったけれど、両親はきっと要の事もずっと気になっていたに違いない。 今のこの人を見れば二人も安心するでしょうし、出来るだけ早く会いに行った方が良いのかも?「それじゃあ来週の休みにでも会いに行きましょうか? 私からお母さんに時間が取れるか聞いて見るから」「……お、おい? ちょっと待て、紗綾」 スマホを取り出して母の番号をタップしようとすると、慌てた表情の要にスマホを取り上げられて。珍しく焦っているみたいだけど
Last Updated: 2025-08-30
Chapter: 思い出の先を紡いで 2
 自分用に部屋を用意してもらっているけれど、普段は要《かなめ》と一緒にリビングで過ごすことが多い。ここに来てまだほとんど使ってないベッドに腰かけて、荷物の中から取り出した目的の物をパラパラとめくっていく。 両親が大切に保存してくれていたようで、二十年近く経つのに中の写真はほとんど色褪せてはいなかった。このアルバムを開くのは学生の時以来だったかしら? つい最近まで存在もすっかり忘れていたというのに、こうして見てみると懐かしさに心がジンとしてくる。「ふふ、本当に昔の面影を探す方が大変なんだから……」 幼い頃の要をみると、自然と笑みが零れてしまう。再会した時に、彼が誰だか分からなかったのも仕方ないと思ってしまうもの。 そんな事を考えながら、一枚一枚の思い出に浸っていると部屋の扉がノックされた。「……入るぞ、紗綾《さや》」「ええ、どうぞ」 彼は私が返事をするまで決して扉を開けようとはしない、一緒に暮らしてもちょっとした気を使ってくれるのは有難くもある。 部屋に入ると私が座っている隣に腰かけ、手元に開いているアルバムを覗き込む要。「何を見てるんだ? ずいぶん楽しそうだが……ん、これはまさか俺なのか?」「ふふ、そう貴方よ」 そう答えると途端に要が驚いた表情を見せるから、可笑しくて笑っちゃったの。無言でアルバムを捲っていく彼を眺めているのも結構楽しいかも?「まさか、俺のガキの頃の写真があるなんて……自分の手元には一枚も残ってなかったから、かなり驚いた」「そうね。うちの母は、思い出は宝物だって言うような人だから」 要の育ってきた環境や境遇を考えれば、写真が残さず処分されていてもおかしくない。そう思ったからこそ、私はこのアルバムを母に頼んで送ってもらったのだから。 お互いにうろ覚えの記憶でも、二人の思い出を重ね合わせればその時の光景が浮かぶかもしれないって。「懐かしいな、こうしてみると俺にもこんな子供の頃があったのかと不思議な気分になる」「そう? この頃の要は女の子に間違えられるくらい可愛かったじゃない、そういうのも全部忘れちゃったの?」 ちょっと揶揄《からか》ってみると、要は苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやら幼い頃に何度も性別を間違えられたことを、本人は結構気にしていたのかもしれない。 ……でも本当にあの頃の要は可愛くて、私が守ってあげ
Last Updated: 2025-08-30
Chapter: 思い出の先を紡いで 1
「ただいま」「おかえり、紗綾《さや》。昼過ぎに実家のお母さんから、何か大きな荷物が届いてたぞ」 要《かなめ》と二人で暮らすマンションに仕事から帰って来れたのは二十時過ぎ。まだまだ不慣れな事もあるが、少しずつ自分が担当する業務も増えて残業する日も少なくない。 今日の要は有給消化で強制的に休みを取らされている、そうでもしないとこの人はちっとも休もうとしないから。「ああ、それは私がお母さんに頼んでおいたの。まだ残してあるって聞いて、久しぶりに見たくなって」「残してあるって、何の話だ?」「……ふふ、まだ内緒」 彼は中身を気にしているようだが、今は秘密にしておきたい。見る前に取り上げられたりしては、せっかく母に頼んだ意味がなくなるものね。 早く開けて確認したいけれど、疲れたしお風呂にも入りたいなと考えていると……「夕飯と風呂の準備は出来ているから、先に湯船に浸かってサッパリしてくるといい」「嬉しいわ、ありがとう」 互いの休みが重ならないときは、こうやって家のことなどをしている事が多い。彼も休みを好きに使えばいいのに『紗綾と一緒でなければ、外に出る意味はない』と。 再会した幼馴染の意外な執着愛に戸惑う事もあったけど、今はそれすら愛おしいと感じれる。それくらい要との日々は喜びに満ちているから。 入浴をすませリビングに戻ると、テーブルには既に食事が並べられていて。その美味しそうな香りに、一気に空腹を感じてお腹がくうっと音を立てた。 そんな私に要は早く座って食べろと目で合図してくるから、先に席について彼が座るのを待って手を合わせた。「んん~、凄く美味しいわ。この秋ナスの肉詰め、ポン酢だとサッパリしてていくらでも食べれそう!」「少し多めに作ってしまったから、好きなだけ食べるといい」 分量を間違えたかのように彼は言うけれど、わざと多めに作っているって私は気付いてる。ここに来た当初はなかなか環境に慣れず、私の体重が少し減ってしまったから。 でもそれもとっくに元に戻って、それどころか……「もう、ここ最近は体重が増えて困ってるって言ってるのに」「紗綾は元々が瘦せすぎているんだ、以前より少し増えたくらいが丁度良い」 何度言っても、こうやって受け流される。彼の料理が美味しすぎて、いつも食べ過ぎてしまう私も悪いのだけれど。 ……にしても、今日の要はいつも
Last Updated: 2025-08-29
Chapter: 上司と部下ではなく 4
「今日からお友達、なんですよね? 私と主任、そして御堂《みどう》さんは」 嬉しそうに微笑んでその手を揺らす横井《よこい》さん、そんな彼女を見て少しホッとするの。今の私達ではこうしてあげるのが精一杯だけど、もし何かあった時は本社からでも飛んでくるから。 そう思っていると、どこからかスマホのメロディーが鳴りだした。すぐに動いたのは横井さん、バックの中からスマホを取り出して画面を操作している。「この人もなんだかんだで、相当捻くれた心配性なんですよね。ふふ……」 画面を操作しつつ何か楽しそうな雰囲気の横井さん、そんな彼女が気になり誰の事かを聞いてみると……「ああ、今のメールは伊藤《いとう》さんです。あの人、どうしてか私の番号を知ってたみたいで」「彬斗《りんと》君が? どうして海外にいるはずの彼が、今も横井さんと連絡を取ってるの?」 彬斗君の考えている事は、昔からよく分からないとこがある。けれど、横井さんを巻き込むような事はしないで欲しいのに。「大丈夫ですよ、私だってちゃんと伊藤さんの事は警戒していますから。でも彼は何故か私の愚痴を聞いてくれたりもして……」 予想外の二人が仲良くなっている事に私と要は戸惑いを隠せなかったけれど、当の横井さんは彬斗君を愚痴吐き相手と見ているみたいで。 梨ヶ瀬《なしがせ》さんにはあんなに苦手意識を見せてるのに、彬斗君は平気だなんて横井さんもよく分からないところがあるわ。 「今夜は紗綾《さや》さんを私が独り占めしていいんですよね、御堂さん?」 予約していたホテルの部屋、要《かなめ》と眠るはずのダブルベッドの上で横井さんは私に抱きついている。 彼女は要と正々堂々と勝負をして、私と一緒に眠る権利を手に入れたのだった。 普段はすんなり諦める要だけど今日はよほど諦めがつかないのか、部屋の端のソファーに陣取ったままでもう一つの部屋へと移動する様子はない。「全く、御堂さんも諦めが悪いですよ? 紗綾さんとはいつでも一緒に眠ってイチャイチャベタベタ出来るんですから、今日くらい私に譲ってくれて良くないですか?」 遠回しに要に向かってさっさと部屋を出て行けと伝える横井さん。もちろんそんな彼女に要が黙っているはずもなく……「横井さんは俺たちが空港に着いてからは、紗綾を散々独り占めしてると思うが?」 バチバチと音を立てて睨み合う
Last Updated: 2025-08-29
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status