唇に触れる御堂の指は冷たいのに、触れられた私の唇はジンジンと熱を持つ。 お願い、御堂。それ以上何も言わないで…… 「よく覚えておけ、お前は俺から逃げきることなんて出来ないのだから――」 課長の代理として支社にやってきた幼馴染の御堂に強引に迫られる紗綾。 とある理由で恋に憶病になっている紗綾はそんな御堂を避けるようになるが、御堂に紗綾を逃がす気は全くないようで――? 強引な幼馴染に仕事に生きたい臆病な美人がジリジリ追いつめられる、じれったいオフィスラブ。 本社から支社に移動して来た課長代理 御堂 要(みどう かなめ)29歳 × 支社に勤める仕事一筋の美人主任 長松 紗綾(ながまつ さや)29歳
더 보기―Prologue—
唇に触れる御堂《みどう》の指はとても冷たいのに、私の唇はジンジンと熱を持つ。
睨むような切れ長の目に囚われて、指一本動かすことが出来ないのに…… 心臓の鼓動は驚くほど速い。お願いよ、御堂《みどう》。 それ以上何も言わないで……
「…… よく覚えておけ、紗綾《さや》。 お前は俺からどうやったって逃げきることなんて出来ないのだから――」
大きな手が私の視界を塞ぎ、何も見えないくなる。
ああ…… 蛇が絡みつくように、御堂《みどう》は私をとらえて離さない気なんだわ。
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「あっ、茶柱が立ってる。ふふ、ラッキー。 今日は良いことありそう!」
朝食用に淹れた暖かい緑茶に、茶柱が立っているのを見つけて朝からいい気分になる。
私はおばあちゃんっ子だったせいもあり、昔から朝食に飲むのは緑茶と決めているのだけど茶柱が立った日はいつも良いことが起きていた。用意した朝食を食べながらテレビのニュースををボーっと眺める。
テレビに懐かしい景色が映る。 ああ、子供の頃にお祖母ちゃんとよく散歩した公園じゃない。 変わらないなあ、あの滑り台。
よく幼馴染の男の子と、どっちが先に滑るかで喧嘩したっけ? いつの間にか引っ越して行ったあの子は今も元気にしてるだろうか? あまりに昔の事で、もう名前も出てこないけれど、子供の頃の大切な思い出よね。そう言えば、骨折した課長の代わりが今日から来るって言ってような。 どんな人だろう、仕事が出来て何でも相談しやすい人だといいな……
そんな事を考えながら支度を終えると、私はバッグを持って今日も元気に部屋の玄関を開ける。 ほら、今日もいい天気!私の名前は長松《ながまつ》 紗綾《さや》。 二十九歳の仕事が生きがいのOLだ。
拗ねたように言う御堂が何だか可愛くて、思わず笑っちゃいそう。手でその頃の身長を表すと、御堂はそんな私を見て「そうだな」と微笑んでくれる。「残り物のお弁当だけど、ちょっと食べてみる?」 「……いいのか?」 私が聞くと御堂は本当に食べたかったらしく、隣の席から椅子を借りて私の傍に座った。 今の御堂は素なんだろうけれど、ちっとも怖くない。むしろ子供みたいで、少し可愛くも感じてしまう。「ねえ、どれがいい? そう言えば【かんちゃん】は野菜全然食べれなかったわね」 「その呼び方は止めろと言っている。そうだな、その卵焼きが食べたい」 彼の視線の先、その中から一番上手く出来た卵焼きをフォークのまま彼に差し出す。それにしても、御堂みたいな男が小さなフォークで玉子焼きを食べてるなんて。「うん、美味い……俺好みの味付けだ。紗綾はさっきから俺を見て楽しそうだな。昨日は少し触れただけであんなに怯えてたのに」 御堂はフォークを返しながらフッと微笑む。昨日必死で逃げ出した私の姿でも思い出したのだろうか? 「私には御堂が何を考えているのか、分からないの。私をどうしたいのかも……それに私を見る時だけ、貴方の瞳はとても鋭くなるでしょう?」 「俺がどうしたい、か。紗綾が思っている程、難しく考える必要は無いんだがな……それに、俺の視線はこれからも変えるつもりはない。後は紗綾、お前次第だ」
……私、次第? それは、私が御堂の要望に応えられるかという事なのだろうか? 御堂は確か、私の事を「迎えに来た」と言っていたはず。それがどんな意味で私に告げられた言葉なのか、彼の本心はまだよく分からない。 けれども彼が私に思い出して欲しいのは「昔の約束」で、それは御堂にとってはとても大切な事。 そして最後の、御堂からの目隠しのキス。あの時は深く考える余裕もなかったけれど。 もし、あの行為が御堂にとって恋愛感情を含むものだとしたならば――? ……イヤ! あの時のような酷く醜い感情に振り回されるなんて、私は二度と耐えられない。 それに過去にあんな事をしてしまった私が、今さら【恋】をするなんてことは決して許されないはずだから。「どうした、紗綾? お前、顔が真っ青……っ⁉」 私に向かって伸ばされた御堂の手を、気付けば思い切り叩いていた。今、彼に触れられるのがとても怖くて。 真っ黒な自分の心の中を、彼の真っ直ぐな瞳に見透かされたくなかった。「触らないで、御堂! 私、本当は……」 「紗綾……?」 思い出したくない事を思い出してしまい、凄く胸が苦しいけれど。でもこれ罰なんだって、あの日に大事な人を傷付けてまで自分を優先した罰。 そう、だから私は…… 「もし御堂が私に恋愛感情を持っているのなら、今すぐ諦めて。私はこれから先、誰も好きになったりはしない」 「……俺が、そんな言葉だけで納得すると思うのか?」 やっとの思いで御堂を見つめそれだけ伝えると、逆に誤魔化しを許さない言わんばかりの鋭い目つきで睨み返される。 ……分かってる、こんな言葉だけじゃ貴方が納得しないってことくらい。
私が御堂から逃げようとしてるから彼は私が逃げないように、あんな風に挑発的に言ったに違いない。『俺が怖いか、紗綾』 怖いわよ! 怖いに決まってるじゃない。それなのに、あなたの呼び出しに私はきっと応えてしまう。 逃げたくて堪らないのに、あなたが私にどんな話をしてくれるのか気になって仕方ないの。 ……もしかしたら昔の頃の様な優しい【かんちゃん】と、穏やかな思い出話が出来るんじゃないかって。 小さなメモ紙をもう一度ポケットに入れると、ファイルを探して『分かりました』というメモを挟んで御堂に渡す。彼は柔らかく微笑んで、普段通りに礼を言っただけだった。 ……そんな私たちの隠れたやり取りをジッと見ている人がいたなんて、その時は気付きもしなかったのだけれど。 私はこの時すっかり忘れてしまっていたのだ、御堂が女子社員にとても人気だと言う事を。 昼休みになり一人でお弁当を食べていると、食堂で昼御飯を済ませたらしい御堂が一人で戻って来た。「紗綾は弁当か?」 「ええ、夕飯の残り物だったりで手抜きですけどね」 そう、自分一人が食べる分だもの。朝からそんなに手間暇かけては作っていない。それでも御堂は意味深に私のお弁当をジッと見てる。「いや、美味そうだ。そう言えば俺は紗綾の手料理を食べたことは無いな」 「もう、何を言ってるのよ? 一緒に居たのは私達がこんな小さな頃だったじゃない」
出来るなら御堂と関わらないよう仕事をする事が一番いいのだけれど……自分も主任という立場で。課長代理の彼と関わらずに仕事をするなんて、どうやっても無理がある。 それにそんな都合のいい関係性を、御堂が利用しないわけがない。「長松さん。課長と行ったミーティングの内容を、ちょっと確認させてもらいたいんだけど」 私の予想は外れることなく、何かあるたびに御堂は私を呼ぶ。 でも、確かに私に聞くのが一番いいだろうという内容を確認してくるから、文句を言う事も出来ない。「課長。その事についてでしたら、内容を纏めたファイルがありますので持ってきます」 「ありがとう、やはり長松さんはとても頼りになるね」 そう言って穏やかな笑みを浮べる御堂は昨日とは別人のよう。 二人きりの時もこの笑顔なら、そんなに怖くはないのに……「ありがとうございます」 私はお礼を言って御堂のデスクからから離れようとする。 すると急に伸びてきた大きな手に自分の右手首を捕まれて。「…… ここ、ゴミが付いてるよ?」 御堂が私の上着のポケットに触れて、紙くずを取る。 思わず身体がびくりと震えて、本能的に後ろに下がろうとしてしまう。「俺が怖いか、紗綾」 誰からも見えない位置で、御堂がニヤリに笑う。 まるで怖がる私を面白がっているかのように。「…… っ、失礼します!」 御堂から離れたくて、私は急いで自分のデスクへと戻る。 ドキドキする胸を抑え、深呼吸するとポケットからカサリと音がする。 指を伸ばして中を確かめると、いつの間に入れられたのか…… 小さなメモ紙があって。【今日も同じ時間に、あの場所で】
「……紗綾……紗綾」 御堂の低い声と共に手首を捕まえられて、引き寄せられる。 スーツ越しでも分かる逞しい腕にで抱き寄せられて、私は逃げ場を失う。 絡みつくように私の動きを封じる御堂……「御堂、お願い……」 強引に唇を重ねられて「離して」という私の言葉は、そのまま御堂の口内へと吸い込まれる。 抵抗したくても、どうやってもこの男には叶わない。 このまま御堂の思う通りになってしまうの?「…… 紗綾。 お前はどうせ、俺からは逃げられはしない」 御堂が私に向かって勝者の笑みを浮べた瞬間、バチッと音を立てるように瞼が開いた。 さっきまで真っ暗な室内にいたと思っていたけれど、外はもう明るくなり始めてる。 …… ここは間違いなく私の部屋、そしていつものベッドの上。「最悪の夢……」 だけど夢で良かったとも思う。 昨日の事がショックで、御堂の事を夢にまで見てしまうなんて。 昨日、あれから私は御堂が手を離した隙に何とかあの場所から逃げ出す事が出来た。 鞄を持って全力でビルから飛び出した私を、何人かの社員が驚いた様子で見ていたけど気にする余裕なんてなくて。 これからも御堂は、ああやって私にちょっかいを出してくるのかしら? 次、あんな風に捕まえられて触れられたならば、私はどうすればいいの? 今の私に出来る御堂への対抗策なんて、いくら考えても一つしかなくて。 だけれど、それは彼にも簡単に予想出来るに違いない。 でも…… それでも、私はあなたから逃げきってみせるわ、御堂。
彼女や妻を束縛する男のような台詞《セリフ》を御堂から言われて、私は戸惑う。 まるで私にとって、自分が特別な相手だと言わんばかりの御堂。「紗綾……」 ――御堂の指がそっと私の唇に触れる。「いいか、紗綾。お前には俺を選ぶしか選択肢は無い。 俺に変に抵抗しようと考えず、あの約束を思い出す努力をしろ」 唇に触れる御堂の指はとても冷たいのに、私の唇は不思議なくらいジンジンと熱を持つ。 睨むような切れ長の御堂の目に囚われて、私は指一本動かす事が出来ないのに…… 心臓の鼓動は驚くほど速い。 怖い。 約束を思い出す事が、自分がこの男に囚われそうなことが…… 御堂が、怖い。 もし、こんな強い男に囚われてしまったら、私はどうなってしまうのだろう?「紗綾……」 お願いよ、御堂。 それ以上何も言わないで……「よく覚えておけ、紗綾。お前は俺のものだ、これだけは何があっても変わらない。 お前は俺からどうやったって逃げ切ることなんて出来ないのだから――」 唇から冷たい指が離れて、大きな手が私の視界を塞ぎ、何も見えなくなる。 真っ暗な視界の中で唇に先程とは違う温かい感触。 口付けされているのだと、気付く。 柔らかな唇は御堂の言葉とは全く反対で、優しく丁寧に私に触れる。 何度も何度も繰り返し離れては触れる優しい熱に、私の身体から力が抜けていってしまう。「紗綾……」 耳元で甘さを含んだ呼ばれ方をして、私はつい御堂のスーツを手で掴んでしまった。「…… いい子だ、紗綾」 ああ、蛇が絡みつくように、御堂は私をとらえて離さない気なんだわ。
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