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猫宮乾
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Novels by 猫宮乾

本当にあった怖い話。

本当にあった怖い話。

「左鳥、今日もつかれてるな」大学時代、そんな風に言われ、肩を叩かれていた日常があった。平成(2000年代初頭)の何気ない大学時代の日常を振り返る主人公の左鳥の物語。ごく普通の何気ない大学生活を送っていた左鳥は、視える人として有名な、大学の同級生である時島とルームシェアをする事になる。ライターのバイトをしていた為、怖い話のネタを集める事になり、友人の紫野から怖い話を聞いたり、時島と共に、実際に怪異に巻き込まれたりしていく。――現在では、それらも良い思い出だと考えながら、地元の友人である寺の泰雅と酒を飲む。過去の大学生活の、ほのぼのホラーと、現在の軸が時に交錯するお話です。
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Chapter: 【71】刻限を言祝ぐ鐘の音の終焉
 以降、二週間ほど時島は俺の実家のそばにいた。俺は近くの温泉に時島を連れて行ったり、椚原に時島を連れて行ったり――正確には、時島に車で連れて行ってもらったのだが、とにかく出かけ回った。出かける度に、酷く息切れがして、俺は相当体力が落ちているのだと気づいた。何だろう、歳だろうか? ――ちなみに椚原では、祖父が家に入れてくれなかった。しかし、庵に立ち寄れたので良かったという事にしておく。 そんな時島が、二週間目に言った。「左鳥、戻ろうかと思うんだ」「実家に? 東京に?」「……取り敢えず、東京に」「良いんじゃないか?」「一緒に来て欲しい」「え、それは……そのほら、俺は家も引き払っちゃったし……」「嫌なら、はっきりと言ってくれ」「そういうわけじゃないんだけど……」「その場合は、こちらに新しく家を借りないとならないからな」「え?」「なんだ?」「帰らなくて良いのか?」「――俺の帰る場所は、左鳥の隣だ。左鳥の帰る場所も、俺の隣であって欲しい」「時島、何言ってるんだよ。お酒も入ってないのに」「本気だからな」「本気って……」「嫌か?」「……」 俺は、嫌じゃない。嫌だと思わない自分に、少しだけ悲しくなった。 そして、時島がそばにいてくれるだけで満たされる自分に気がついていた。「もう目の届かない所に左鳥を置きたくない」「それって蛇の執着?」「蛇なんて関係ない。俺の嫉妬だ」「嫉妬……っ……」「寂しい思いをさせたんなら――もし俺の不在を寂しいと思ってくれたのであれば、謝る」「あたりまえだろ。寂しいに決まって……そんなの。連絡も無いし、会いにも来ないし
Last Updated: 2025-08-28
Chapter: 【70】愛の告白
 なおこの時の事は、後になってもまとめる事は決して出来無い。何故ならもう俺は、何も書く必要が無くなったからでもあったし――三人が決して俺に話してくれないという理由もある。不思議なものだ。書く事が存在証明だとあれほど思っていたはずなのに、憑き物が落ちたかのように俺は書かなくなった。 時島達が来てから、もう三日が経過していたらしかった。 俺はその間、眠っていたのだと繰り返された。 寺の誰に聞いてもそれしか話してはくれなかった。けれど俺は、鎌の生々しい感触を覚えている。 五日目――時島と紫野が帰る日になった。 そこには、右京の姿があった。「帰ろう、左鳥」「ああ……」「紫野さん、それで良いですよね?」「まぁ、俺としては良いってわけでもないけどな。東京にはいつ戻ってくるんだ?」「未定です」 どうして右京は、紫野に確認を求めているんだろうか。そう考えていると、右京が続いて泰雅を見た。「泰雅さん、お世話になりました」「俺は良いとは言ってないぞ?」「それじゃあお寺に監禁されているって噂立てちゃいますよ。警察沙汰だ」「やめろ」 三人が冗談めかしたそんなやり取りをしている所から、少し離れた場所に、俺は立っていた。 俺の隣には時島がいる。 その時、人目があるにも関わらず、時島が俺の手を静かに握った。 狼狽えて、手と、時島の顔を交互に見る。「これからは、ずっと俺が左鳥を守る」「ずっとって……」 俺はそんな曖昧な言葉は、もう信じたくはない。それに縋って生きる事は辛すぎた。「そばに居させて欲しいんだ」「いられないだろ。実家、大変なんだろ?」「――出てきた」「え?」「しばらくは姉さんに頼んである。確かにいつかは戻らなければならないのかもしれない。ただな、俺は、俺だから。左鳥に会いたくて、触れていたくて――ああ、遅いな、どうして今まで言えなかったんだろう。頼む左鳥
Last Updated: 2025-08-28
Chapter: 【69】浄霊
「……あれ?」 次に気づいた時、俺は一人寺の蔵に立っていた。 まだ夜だった。 左手も右手もぬめる感触がしたから、持ち上げてみる。壁の明かりが灯っていた。 見れば、俺の手は鮮血に濡れていた。 瞬きをして、何度も確認して、そして臭気から血だと再認識する。 俺は右手に、鎌を持っていた。 何故こんな物を俺は持っているのだろう――? 嫌な予感がした。それは、被害者になる恐怖では無かった。俺はこの感覚を知っている。加害者になる恐怖だ。 強姦被害に遭った時、自分は被害者なのだからと、そう……過去にもずっと『被害者』だったではないかと、記憶に鍵をかけて忘れた感覚だ。違う、本当は違う、俺は加害者なのかもしれなかった。冬だというのに裸足の俺は、足の裏にも、土でも木でもなく血の感触を覚えていた。恐る恐る視線を下げれば、その血溜まりには、数珠の玉がいくつも転がり、白い紙人形が沢山落ちていた。そして、寺で飼育されていた鶏が死んでいた。何羽も、そう何羽も。冬の寒さとは異なる、恐怖から、俺の背筋は寒くなったのに、なのに体は熱に浮かされたように熱い。ああ、ああ、嗚呼嗚呼嗚呼、あああああああああああ。俺は、俺は何をした? 時島は? 紫野は? 泰雅は? すべてを殺してしまったイメージに襲われる。残虐な光景が、脳裏を過ぎっては消えていく。 その時、何かを踏む音がした。 しかし俺の体は、俺の自由にはならず、俺は鎌を握ったまま、振り返りざまに横に払った。 肉を裂く嫌な感触がした。「左鳥、ずっと会いたかったんだ。こんな事を今更言うのは、遅いかもしれないけどな。でもな、言いたいんだ。何度でも言う。俺はお前に会いたかった。ずっと会いたかったんだ。顔を見られて、それだけで良いなんてもう言えない」 俺は時島の肩を抉っていた。背中には鎌の刃が突き立てられている。誰でもなく、俺の手によって。 肉や骨の感触よりも、溢れ出てくる赤に、一歩乖離した理性が何かを叫んだ。 多分俺は、泣き叫んでいたのだと思う。 しかし耳に入
Last Updated: 2025-08-27
Chapter: 【68】俺の友人
「あがったのか。思ったより長かったな」「いつもよりは早い」 座敷に戻ると、日本酒の猪口を持った時島が振り返り、その正面では一升瓶を持った泰雅が笑っていた。「――いつも?」「いつも一緒だったからな。それが何か?」「緋堂さん、左鳥は――」「左鳥の事を、今一番よく知っているのは俺だ」 どこか喧嘩腰の時島と泰雅の姿に首を傾げながら、俺は二人の間に座った。 紫野はといえば、時島の隣、俺と時島の中間に座った。 長方形の机の上には、様々な来客用の料理が並んでいる。 食欲をそそる。思わず手を合わせてから箸を取ると、紫野に苦笑された。「食欲はあるのか」「何言ってんだよ紫野。まるで人をさっきから病人みたいに」 ――忘れていた鐘の音が響いてきたのは、その時の事だった。「!」 直後に停電した。 ああ、やめてくれ、もうやめてくれ、東京の友人達には――時島と紫野には……頼むから……時島にだけは知られたくない。知られたくなかった。 俺は両手で耳を覆いながら、この場から逃げ出したくなった。その思いに素直に立ち上がり、部屋の襖に手をかける。 俺はここにいてはいけない。 時島を巻き込んではいけない。 勿論紫野なら良いわけでは無かった。そもそも本来であれば、泰雅の優しさに甘える事もいけなかった事なのだ。そう考える間も高い鐘の音が響き続ける。俺の頭を侵食し、何も考えられなくさせていく。だから無我夢中で戸を開け、外へと出ようとした。その時だった。「左鳥」 誰か――だなんて、分かりきっていた、俺はその温度を知っていた。時島が、俺を抱きしめた。なだめるように、あやすように、耳元で名を呼ばれた。その声は決して大きいものでは無かったが、俺にはそれ以外の音の何もかもが消えて無くなったように感じた。勿論錯覚だ。ああ、ああ、鐘の音がする。鐘の音だ。鐘だ。鐘が追いか
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 【67】現在と過去の交差
 ――泰雅の家のお風呂は、温泉だ。といってもごくごく小さなものだから、せいぜい二人、基本的には一人で入る代物だ。 俺は今、そこに紫野と入っている。 時島は泰雅と先に飲んでいると言っていた。「それにしても紫野、久しぶりだなぁ」「それ俺が言っても良いか? みずくさいってやつだろ、いきなり帰るなんて」「悪い。なんだか、ちょっとな――それより、どうして二人はここに?」「来ちゃダメだったか?」「そういうわけじゃないし、そういう意味じゃなくて――なんで泰雅の家に?」 純粋に疑問に思って俺が問うと、紫野が微笑した。「お前、寺生まれのTさんって知ってる?」「は?」「や。緋堂さんもイニシャルTだよな」「何の話だ?」「怖い話」「ああ、右京が好きな、寺生まれの話か」「右京君に聞いたんだよ。ここにいるって」「右京に?」「そ。それで左鳥の顔でも見に行くかっていう話になったんだ」 そういうものなのかと俺は考えた。その時、まじまじと紫野が俺を見た。正確には俺の体だ。「痩せたな」「そう?」「ああ。あー、キスマーク」「嘘だろ?」「うん、嘘」 自覚が無かったから、俺は自分の胸の下に触れ、そして驚いた。 肋骨が浮いていた。 元々そう太っていたわけでは無かったが、ここまで痩せていた記憶も無い。「そろそろ出るぞ、左鳥」「え、もう?」「のぼせたら困る。お前、最後に一人で入った時も、のぼせて倒れたんだろ?」「は?」「目が離せないって緋堂さんが嘆いてたぞ」「嘘だよな?」 果たしてそうだっただろうか。確かに記憶を掘り返してみると、最近は泰雅と一緒に風呂に入った記憶しか無かった。その記憶も、昨日や一昨日の事であるはずなのに、何故なのか霞がかかっている。言われてみれば、頬が火照っているような気もした。こんな時には、風呂上がりの麦酒が飲みたい。 上がろうとした時、俺は立ちくら
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 【66】SIDE:時島
 ――左鳥は、綺麗だ。 時島は、待ち合わせをしている東京駅のホームに降りた時、改めて思った。 物憂げな表情を俯きがちにしていた左鳥は、それから我に返ったように視線を彷徨わせている。それが、己の到着を待っていたから、自分の姿を探していたからのものである事を実感し、時島は喜ばずにはいられなかった。 大学時代は、左鳥の顔を見ると、ホッとしている自身が確かにいたのに。 距離が遠くなると、安堵とは異なる――会う度に胸が高鳴る現実を、時島は自覚させられていった。 視線が合うと、左鳥が微笑した。その笑みに心が疼いたけれど、それを押し殺すように時島もまた小さく笑った。 実家に戻り、数ヶ月が過ぎようとしていた。ここの所は、あまり東京に足を運んでいない。 理由が無いわけでは無かった。いくらでも作り出せる。けれど、不思議と左鳥に言い訳をする気持ちは起きなかった。ただ、足が自然と遠のいただけだったからだ。理由は分からない。ただ、左鳥に嫌われる事が怖かった。左鳥に会って、二度と手放せなくなる自分も怖かったのかもしれない。「左鳥」 名を呼ぶだけで生まれる透明感。氷のような左鳥の気配が、硝子のように変わるひと時。 それだけで、時島の胸には満足感が満ちる。ああ、左鳥は自分の声で、表情を明るく変えてくれる――今は、まだ。左鳥の事を考えると、自分が自分ではなくなりそうで、時島は怖かった。「時島、元気にしてたか?」「左鳥、すぐにホテルに行きたいんだ」「あ、ああ」 そして、『抱きしめたいんだ』と続けようとして……それが出来無かった。 ただ左鳥は時島の言葉に、微笑しただけだった。けれどその表情が、どうしようもなく寂しそうで、悲しそうで。時島にはそう見えた。「ン、ぁあっ、あ……や、あ」「左鳥」「時島っ、時島、ああ、もう、俺」 左鳥の中を暴きながら、ホテルの一室で時島は痛む胸を押さえた。瞬きをする度に、蛇の瞳が映っている気がする。けれど蛇にすら、神にすら、
Last Updated: 2025-08-25
白雪王の結婚

白雪王の結婚

「鏡よ、鏡。この国で一番美しいのは誰?」『それは、ハロルド陛下でございます』――自分より年上の現国王は、幼少時はとても己に優しくヒーローだったのだが、今は二面性のあるただの意地悪な仕事を押しつけてくる存在だ。継母であるマリアローズは、いつも白雪王と評されるぐらい麗しいハロルドと仕事をしつつ、目を据わらせている。※白雪姫を下敷きにした異世界恋愛ファンタジーです。ツンデレ二重人格ヒーローと、頑張り屋の純粋ヒロインのお話です。国王(白雪)×継母(皇太后)。
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Chapter: 第2話 継母の契機
 元々マリアローズは、エルバ王国の末の王女だった。姉妹は七人いる。結婚適齢期の姉達は、既に皆嫁いでいた。 そんなおり、大陸で存在感のあるパラセレネ王国が、いくつもの小国と条約を締結し、実質それらの国々を属国とするようになった。エルバ王国も例に漏れず、パラセレネ王国の属国となることが決まったのである。 ただパラセレネ王国は、属国と貿易をすることで、各国に足りない品々を援助するなどの、好ましい側面も持っていた。 だが一つだけ、属国に求めることがあり、それが非常にエルバ国王を悩ませていた。 パラセレネ王国は、自国の後宮に、必ず各国を治める王族の姫君を輿入れさせろという通達を出していたのである。そこには、人質という意味合いが込められている。万が一属国が裏切った場合は、嫁いだという形式で、後宮内でかごの中の鳥のような生活をさせている王女を殺害する。そうして報復する。その用意のために、姫君を差し出せという命令だ。 さて、マリアローズの父であるエルバ王国の国王は、非常に困った。既に娘達は、マリアローズを除いて、全員結婚していたわけであり、これでは、マリアローズを嫁がせるしかない。だが、マリアローズはまだ九歳だった。このような幼子が、後宮に召し上げられた例は、ほとんどない。だが人質を差し出さなければ、エルバ王国は裏切ったと捉えられるだろう。 悩みに悩んだエルバ国王は、パラセレネ王国にお伺いを立てた。 すると、九歳の少女でも問題は無いという返答があった。何故ならば、正妃を愛しているので、これまでに一度も側妃に手を出したことがないからだと、パラセレネ王国の国王は手紙で答えたのである。それに安堵し、エルバ国王はマリアローズを嫁がせると決めた。 幼いマリアローズは、いつもよりも華美でお洒落な子供用のドレスを着せられ、馬車に乗せられた時、自分がこれから何処へ行くのかを知らなかった。何故なのか、両親と姉達が涙を流しながら手を振っているので、手を振り返しながら不安に駆られたものである。特に一つ上の姉のミーナは号泣していた。 そのようにして馬車での旅路を終え、マリアローズはパラセレネ王国へとやってきた。その時点においては、自分はまた今後はエルバ王国へやがて帰り、父や母、姉達と再会すると信じきっていた。「ええ? 帰れないの?」 そう知ったのは、マリアローズの世話をすることにな
Last Updated: 2025-07-24
Chapter: 第1話 《魔法の鏡》
「鏡よ、鏡。この国で一番美しいのは誰?」『それは、ハロルド陛下でございます』 今日も《魔法の鏡》の回答は、いつもと同じである。問いかけたマリアローズは、目が虚ろになった。現在鏡には、この国の現国王であるハロルドが映っている。その姿を憮然たる顔で見ていると、その姿はすぐに消え、また元の通りにマリアローズが鏡に映った。 マリアローズは、己の緑色の瞳を眺めてから、右側で垂らしている茶色の長い髪が少し乱れていたので、手で直す。本日のドレスは、ベイビーブルーのマーメイドだ。ドレスに合わせた同色の扇を右手で持ち、マリアローズは嘆息した。「確かに、ハロルド陛下は、顔はいいんだけれど……」 ……けれど。 そう続けたマリアローズは、言いたいことがたくさんあった。「昔はもっと素直だったのに、どうしてあんな風に育ったのかしら」 マリアローズは、幼くしてこのパラセレネ王国の後宮へと嫁いできた。 九歳のことである。 初めて後宮の庭園に足を踏み入れた際、マリアローズはハロルドと遭遇した。 今でもその記憶は色濃い。 二歳年上のハロルドとは、その後も何度か顔を合わせた。 当時のハロルドは、優しく穏やかに笑い、とても素直だった。後宮において、他に同年代の者もおらず、マリアローズはハロルドと話すことが非常に楽しかった。 だがそれは、ハロルドが次期国王として、本格的に帝王学を学ぶため、後宮ではなく王宮の部屋で暮らすようになった頃、終わりを告げた。マリアローズが十四歳、ハロルドが十六歳の時である。マリアローズは、当初寂しくて、一緒に眺めた思い出がある白い百合に触れながら、涙で目を潤ませたものである。 ――それが、再会したら、どうだ? マリアローズは目を据わらせて、《魔法の鏡》を見る。鏡に映る己の顔は、疲れきっている。思わずため息をつきながら、マリアローズは目を伏せた。長い睫毛が影を落としている。すると頭の中に、幼少時の出来事が、より鮮明に浮かんできた。
Last Updated: 2025-07-24
困窮フィーバー

困窮フィーバー

 藍円寺は、新南津市街地からは少し離れた集落の、住宅街の坂道を登った先にある、ほぼ廃寺だ。住職である俺は……なお、霊は視えない。しかし、祓えるので除霊のバイトで生計を立てている。常々肩こりで死にそうなマッサージ店ジプシーだ。そんな俺はある日、絢樫Cafe&マッサージと出会った。※現代(オカルト)ものですが、ホラー要素がほぼありません。
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Chapter: chapter:表 ……藍円寺の日常…… 【3】「またのご来店をお待ち致しております」()
「お疲れ様でした。またのご来店をお待ち致しております」 笑顔の青年――ローラというイケメンと、砂鳥という少年に見送られ、俺は今日も絢樫Cafe&マッサージを後にした。 初日以来――俺の中で、店への恐怖は、何故なのか……実を言えば、別に減ってはいない。本能的な恐怖とでも言うのか、遠くから近づく時と、遠ざかって家に向かう時は、未だに背筋がゾッとする。 だが、不思議とその感覚は、店に近づくにつれて減少していくし、店の前に来た時なんて、やっと本日の肩こりから解放されるとテンションが上がる。今までの人生で、こういう経験は無い。初めての事だから……単純に考えすぎなのかなと、最近では考えている。 考えすぎて、俺にとっての楽園と解放を逃すわけにはいかないだろう。 ただ……最近、気になる事がひとつある。 必ず気持ち良すぎて、途中でウトウトしてしまう事だ。 いつ微睡み始めたのかすら記憶にない。だが、パンと最後に肩を叩かれて、俺は目を覚ましている。うーん。相当疲れが溜まっているんだろうか……。それともローラ青年が、上手すぎるんだろうか。 俺、最初は、ローラというのは、店の名前なのかと、勘違いをしていた。 しかし、違った。一度だけ、俺は勇気を出して、雑談を吹っかけたのだ。基本的にコミュ障の俺的には、多大なる努力を要したが。「ローラというのは、店名か?」「――いや。和名で戸籍を取得した時に、露嬉と当てていて、俺の名前ですよ」 彼は笑顔だったから、俺はホッとしたものである。 俺は、小心者だが、ぶっきらぼうな口調だ。しかしこれは、俺に限った事では無い。 この地方都市の方言のようなものなのだ。みんな、こんな感じだ。 その中でも、俺はちょっと癖が強いだけである。例えるなら、強い訛りと言える。 ローラ達は、都会――どころか、海外から来た様子だ。 あんまり悪い印象を持たれたくないのもあって、俺は、必要最低限しか話さない。 さて、そんな今日も、俺は癒されに向かった。 バスローブに着替え、寝台に上がる。 ……ああ、そして……また、”いつもの”……夢が始まる。 目を覚ますと、どんな夢なのかは忘れてしまうのに、始まると”いつも”だと分かる。「そろそろ、良いか」 何が、なんだろう?俺は、ぼんやりとしたまま、首を傾げようとして、失敗した。 体に力が入らない。下着
Last Updated: 2025-07-28
Chapter: chapter:表 ……藍円寺の日常……【2】――なんだこのマッサージは!()
 それから――バスローブに着替えて、うつ伏せになった所までは、覚えている。 が、気づいた今、俺は動揺していた。「え」「――安心しろ、お前は、今人生で最高に気持ち良いマッサージを受けてるだけだ」「……ああ」 俺は、頷くと同時に、非常に安心していた。 けれど……先程とは異なり、思考がはっきりしてきた。 なんと現在俺は……全裸だった。え? 寝台の上にいる。これは、マッサージ用のものだ。なのに、なんか無駄に豪華なセミダブルベッドに見える。まぁ、それは良い(?) 良くないのは、その壁際で、俺は、何故なのか背中を壁に押し付けながら、涙をこぼしているという現実だ。真っ裸だ。え? え? 今時、健康診断ですら、こんな事は、無い。更にマッサージジプシーの俺が断言できる事として、普通のマッサージにおいて、全裸も無い。性感マッサージだったとしたら、風俗という表示を出していないのだから、ここは違法だ。けど、そう言う事じゃない。だって、俺、男だ。そして俺をマッサージしている、胸のバッチに『ローラ』と書いてあるイケメンの青年も、男だ。どこからどう見ても男だ。 その男に、俺は左の乳首を吸われている。全身が熱い。気づいた俺は、射精したくて仕方がない衝動に気づいて、ブルリと震えた。「ぁ、ぁ、ぁ……ぁ、嘘、あ」 俺のものとは思えないような高い声が、勝手に俺の口から出た。太ももが勝手に震えるのも止まらない。俺は、射精したいのに、何故なのかそれはしてはならないと理解していた。必死でつま先を丸めて、吐息を何度もして、体の熱を逃がそうと試みるが、酷くなる一方だ。「ああっ!」 その時、強めに右の乳首を指で弾かれた。だらりと、露出している俺の性器から、先走りの液が垂れる。「ひぁっ」 今度は、左右の乳首へ同時に、指と口の刺激が来た。 俺は思わず目を伏せた。すると、眦から涙が溢れていく。「ぁ、はぁっ、ン」 ダメだ、なんだこれ。気持ち良すぎる。 俺は、冷静に考えて、男にセクハラ――では済まない事をされているのだと思う。最早、痴漢と称して良いだろう。通報案件だ。だけれども、まずい、頭がおかしくなりそうなほどに気持ちが良い。「――安心しろ、全部夢だ」「あ、あ」 ――だよね! 俺は、全部夢だと、内心で理解した。なにせ、イケメンもそう言った。 うん、間違いない。「だから、安心
Last Updated: 2025-07-21
Chapter: chapter:表 ……藍円寺の日常…… 【1】マッサージ店ジプシー
 会員証を差し出し、お名前欄:藍円寺享夜(フリガナ:アイエンジキョウヤ)――と、繰り返し本日まで、俺は各地で書いてきた。 場所は、マッサージ関連のお店において。 時にはタッチパネルで入力する事もあれば、カードを出すだけだったり、口頭で聞かれたりという事もある。種類は問わない。指圧からタイ古式マッサージまで、何でも来いだ。 俺は、マッサージ店ジプシーである。 常にお気に入りの店を探している(が、これは即ち、俺にとって良い店が無いという意味だ)。 どうして俺がマッサージに今日も雨の中わざわざ通って、無駄な三十分に六千円を支払った事を後悔しながら歩いているかと問われたならば、そりゃあ、俺の体がこっているからだとしか言えない。 真面目に、辛い。 頭痛・腰痛・肩こり……そういうの全部が、本当、辛い。 物心ついた時には、既に悩まされていた。どんな子供だよ……。 俺には、子供の頃から、柔らかな肉体は無かったのだろうか……。 そのまま成長し、三十代が見え始めた二十七歳現在、一向に肩こり(他略)の改善は見られない。肩こりに良いと言われる事は、一通り試したが効果はゼロだ。マッサージで、人に直接触られていると、どことなく気休めになるので、今の所、対策としてはこれが一番マシであるとは言える。 黒い傘をさしながら歩いている俺は、水溜りを踏んだ時、嫌な感覚がして、目を細めた。傘の上を見る。勿論布があるから、その先の夜空は見えないが、あからさまに雨足が強まってきているのは分かった。音が激しくなったからだ。水溜りでも無いというのに、靴も水で濡れてしまっている。 元々、天気予報は雨だった。だから、覚悟はしていた。それでも肩の重さに耐えかねた。しかし、行ってきた今、既にもう、また別の店に行きたい。だって、痛いし重いし辛い。俺から肩こりを除去してくれる人がいると聞いたら、俺は何でもするかもしれないってくらい、きつい……。「はぁ……」 思わず溜息が出た。「――ん?」 灯りに気づいたのは、その時の事だった。 そこには――……実は、ちょっと前から存在だけチェックを入れておいたマッサージ店があった。Cafe&マッサージという看板が出ている。街から俺宅(寺をしている)までの一本路の入り口付近にあるため、最初は、「こんな店あったっけ?」と、そう言う認識をしたのだったと思う。 一
Last Updated: 2025-07-21
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