Chapter: 番外編・動く絵 ビアンカは読書が大好きだ。 任務でいろいろな場所に赴くときも、つねにカバンの中へ本を忍ばせているくらいに……。 しかし、身一つでやって来た辺境伯城には当然、彼女の本も本棚も棚はない。 その代わり、ユリウスの書斎や城の図書館にある書物を自由に読むことが出来るようになった。「なんて幸せな環境~!! ユリウス、今日も書斎の本を借りて良いですか?」 昼食を終え、午後の予定がないビアンカは嬉々として彼に尋ねる。「ええ、お好きなものをどうぞ。私は王宮に行ってきます」 彼はソファーから立ち上がって、ビアンカの頬とくちびるにチュッ、チュッと軽く触れるだけのキスを落とした後、もう一度、くちびるを重ねた。(わ、わわ! 今日も甘い~! 慣れな~い!!) 顔を真っ赤にしているビアンカの頬をユリウスは楽しげな表情を浮かべて、指先でなぞる。「なっ! くすぐったいです!!」 ビアンカは彼の指先をつかんで止めさせた。「フフフッ……、遅くならないように帰ってきます。夕食は一緒に食べましょう」「はい、はい、お気をつけて!」 ビアンカはユリウスを見送ってから、彼の書斎へ入る。 書斎は寝室とドア一枚で繋がっているため、二十歩くらいで本棚の前に着いた。「最高の環境だな……」 本棚の背表紙を眺めて今日の一冊を選ぶ。「あ~、あの本……、イマイチだったな~」 つい先日、この本棚から拝借したターキッシュ帝国の歴史書をビアンカは読んだのだが、あからさまに著者が身内贔屓をしていて、うんざりとしてしまった。 何が一番嫌だったかというと、皇族のことを神のように崇め奉っているところが痛々しくて耐えられなかったのだ。 ここでビアンカはふと想像してみる。(あの歴史書にアホ皇子・テオドロスのことをのせるとしたら、どんな風に褒め称える? いや~、アレは最初から居なかっ
Last Updated: 2026-10-01
Chapter: 番外編・ビアンカ流・影との付き合い方 2「―――王都の義母の元です……」 小柄な影の声はお世辞にも明るいものではなかった。「やはりここに連れてきたらどうだ?―――ユリウス、彼女は夫が若い女と逃げたのに、子供を夫の実家に預けるしかない状況で困っているのです」 ユリウスはビアンカが影のプライベートを聞き出しただけではなく、心配までしていたことに驚いてしまう。 ただ、身分や状況に囚われないやさしい心を持っているビアンカだからこそ、ユリウスは彼女のことを好きになったのだ。 ユリウスは新妻のために一肌脱ぐ事にした。「南館の離れに影専用の詰め所と人数分の部屋を用意する。この城に家族を連れて来たい者は私に申請書を提出しろ」「ユリウス、ありがとうございます! メイ、良かったな! みんな、これからもよろしく!!」「「「「「御意!!」」」」」 五人の影は声を揃えて返事をする。 流石に小声だったが……。「では、持ち場へ戻れ!」 ユリウスの一言で、彼らは消え去った。「ビアンカ、もしかして全員の名前を知っているのですか?」「はい、家族構成も知っています。何かあった時はご家族に連絡しないといけないですから」 ユリウスはブッと吹き出す。 影にそこまで心を砕くのはビアンカだけだろう……と。 だいたい、影というのは影同志でも、素性を明かしたりしない秘密主義の世界だ。 なのに、ビアンカの影たちをひとつのチームのように扱っている。「どこに笑う要素があったのですか?」「いえ、あなたの優しさはどこまで広がるのかと……」「優しさ……? 私はそんなに優しくないですよ?」「無自覚が酷い……」 クックックッ……とユリウスは笑う。(この感じ&hellip
Last Updated: 2026-09-18
Chapter: 番外編・ビアンカ流・影との付き合い方 1 辺境伯城の温室は常に世界各国から集められた植物が花を咲かせている。 恐らく、開花のタイミングを見計らって入れ替えているのだろう。 ビアンカは国軍で野営をする時、必ず周辺に毒のある植物が生えてないかどうかを確認していた。 なので、植物に関して、多少の知識は持ち合わせている。「ユリウス、この温室の中の植物って、何気に毒のあるものが多いですよね?」「それは辺境の地なので、様々な用途を考えて育てているのではないかと……思います」「―――思います?」「ええ、私が赴任してくる前から、この状態だったので……」 ユリウスは花壇の一角を見つめる。 その視線の先にはジギタリスやスズランが植えられていた。 一見、可愛らしい花だが、しっかりと毒がある。「まぁ、備えあれば憂いなしですね」「そうですね」 ユリウスと微笑みあってから、ビアンカはアンナが用意してくれたミントライムソーダ―を一口飲んだ。 シュワッと口の中で炭酸が弾けて、ミントの爽やかな香りが鼻に抜けていく。 ライムの酸味もいい塩梅だ。(おっ! 旨いな~、コレ!! グラスの底に沈んでいるのは、もしかして、粗目の砂糖!? 実に罪深い飲み物だな……) ビアンカはチラリとユリウスを見る。 彼はグラスを片手に持ったまま、目を見開いていた。(ユリウスはいい顔をするなぁ~)「ユリウス、美味しかったですか?」「ええ、驚きました」 普段、ユリウスは感情をあまり表に出さない。 だが、なぜか食事に関しては美味しい、まあまあ、微妙、不味いなどの気持ちをしっかりと顔に出す。 ビアンカはそれを確認するのが楽しくて、ついつい彼の顔を眺めてしまうのだ。「飲み干した後の爽快感が絶妙ですよね。―――朝訓練の後にコレを出したら、兵士たちが喜ぶかも&hellip
Last Updated: 2026-09-17
Chapter: 番外編・立役者・ルイーズ 2「お~い! ルイーズ!! 少しの間、抜ける! 迷子を親へ届けて来る」 突然、聞き覚えのある声がして、ルイーズは声の主の方へ視線を動かす。 少し離れた場所から、ビアンカが大きく手を振っていた。 「分かった!!」 ルイーズは即答したものの、ビアンカの初歩的なミスにガックリと肩を落とす。 ―――なぜ、あの子は軍服を着ている相手に『少し抜ける』なんて、大声で言ってしまったのだろう。 その余計なひと言でビアンカが軍の関係者だと周囲に知られてしまった。 厄介なことになったな~と思いながら、迷子らしき子供の方を確認すると……。 「はぁ~?(なぜ、ジャスミン(隠された王子ユリウスを表す隠語)が、ここにいるんだ!?)」 イヤな汗が背中をつたっていく。 どうして、ここに……と、頭の中は大混乱していた。 しかし、しっかりとルーズの目に彼(ユリウス)が映っている。 ―――あれこれ考えるのは後だ! 至急、対応しなければ……。 ビアンカたちがルイーズに背を向けた瞬間、彼女は影の潜んでいる路地裏へ走った。 異変に気付いた影たちがルイーズの元へ集まってくる。 「サム、ジャスミンが現れた。詳細は不明だ。王宮に連絡を入れて指示を仰いでくれ! 残りの者はビアンカとジャスミンの後を追って!―――あたしは国軍の兵士たちをかき集めてくる!!」 「「「「「了解!」」」」」 指示を一気に捲し立てたあと、ルイーズは国軍の兵士たちが立っているポイントに向かって、再び、駆け出した。 ♢♢♢♢♢♢♢ ――――致命傷を負ったビアンカが地面に倒れ込んだ。 ルイーズも潜んでいる影たちも、『これはどう対処したらいいんだ?』と、途方に暮れてしまう。 最悪なことに彼女を治療出来る者がその場に居なかったのだ。 だが、兵士たちがビアンカの死を覚悟したその時、彼女の腕に縋りついていたジャスミンが突然、呪文を唱え始め……。 ――――あの日から七年の月日が過ぎた。 ルイーズはジャスミン(ユリウス)の放った美しい魔法を思い出しながら、目の前にいる二人へ話しかける。 「閣下~、新婚旅行楽しんで来て下さいね~。お土産はお菓子がいいです!」 「―――分かった」 「ルイーズ、甘いのと辛いのはどっちがいい?」 「そりゃ~、辛いのが好きだけどさ~
Last Updated: 2026-09-09
Chapter: 番外編・立役者・ルイーズ 1「今回、ルイーズとビアンカはこの部屋を使ってくれ」 国軍第二部隊の副隊長ルパートは二人に向かって言った。「「はい!」」 ふたりの声は、掛け声など無くとも、しっかり揃っている。「では、十五時から食堂でミーティングを行う。遅れるなよ!」「「はい!!」」 ルパートは踵を返して、爽やかに階段を降りて行く。 国軍一、イケメンな上司は去り際までスマートだった。 ここはツィアベール公国との国境にあるチミテロという名の村だ。 昨日、この村を襲撃するという犯行予告が王宮に入ったため、急遽、国軍の第二部隊が派遣されることになったのである。「ビアンカ、あんた先月の戦闘で、いい働きをしたらしいね」 適度なコミュニケーションを図るのは年上の仕事と思っているルイーズ。 彼女は荷解きをしながら、ビアンカに話題を振ってくる。 これまで数々の任務を一緒にこなしてきたが、ふたりが同室になるのはこれが初めてだった。「いい働き……、一体、何のことだ?」 真顔でルイーズを見据えるビアンカ。 宝石のような紫色の瞳に吸い込まれてしまいそうで、ルイーズはドキッとする。―――年下の猛者(ビアンカ)はかなり目立つ見た目をしているくせに無自覚なので、タチが悪い……。「いや、私があんたに聞いているんだよ!!」「別に特別なことは何もしてない……」 ビアンカはぶっきらぼうに言い放つ。「いや、普通に仕事をしているだけのやつが、陛下から表彰されたりするか? というか、あんたはまだ見習いなのに……」「見習い……、まぁ、確かに……」 ビアンカはカバンから本を取り出して棚に並べて行く。 今回の任務で、ここには十日ほど滞在する予定なので、その間に読もうと思っている歴史書を持って来たのだ。
Last Updated: 2026-09-08
Chapter: 番外編 立役者・アデリーナ 2(突然、現れておいて『狭い!』と文句を言われても、私にはどうにも出来ないぞ!? しかし、まぁ、部屋は片付けておいて良かった。元々、荷物は少ない方だが、アポなしというのは、流石に焦るぞ!)「―――で、ビ~ちゃん、その恰好はどういうことなの?」 ビアンカは今、真っ裸に薄手のガウンを羽織って、腰ひもを軽く結んでいるだけの状態だ。屈んだりしたら、胸がポロリとこぼれてしまいそうである。「あ~、寝る時はいつも何も着ていないので……」(これでも慌ててガウンを羽織ったんだ。褒めてくれ)「あり得ないわ……」 ビアンカの回答を聞いて、アデリーナは絶句した。「急な呼び出しも多いので、いつ如何なる時も最短で軍服に着替えられるようにしておきたいんです」「―――それなら、最初から軍服を着て寝たらいいじゃないの」「おお~!!」(それだ!! 母上、ナイスアイディア!!)「感心するところじゃないわよ! 冗談で言ったの!! 本気にしないで頂戴!!」 アデリーナはビシッと音を立てて扇を畳み、先端をビアンカの方へ向けた。(あ~、これは反論したら面倒になるやつだな……)「あ、はい」「ところで、ビーちゃん、今日はお休みなのでしょう? 一緒に買い物に行くわよ」「え、なぜ?」(母上と買い物に行ったことなど、過去に一度も無い気がするのだが……、というか、いつもは家に商人を呼んでいるじゃないか! どうして、突然、一緒に出かけるなんて言い出すんだ!?) ビアンカはアデリーナをジト目でしげしげとみつめる。 何か裏があるのではないかという疑いを込めて……。「買い物に行くのに理由なんて無いわ!! 早く用意しなさい!!」 アデリーナは勢いで押し切った。口で勝負しても勝てる気がしないビアンカはやむなく了承する。「―――分かりました」
Last Updated: 2026-09-02
Chapter: 番外編・新たな一歩 3「面倒なことにならないためにも、順番は守りたいわね」 無意識のうちに心の声が外に出てしまった。 アルフレッドはピクッと眉を揺らす。「順番!? 何の順番だ?」 彼は小さな声でぼやく。 アルフレッドは判断がつかなかったのである。 カレンの言う順番が子供を産む順番なのか、はたまた男女の仲に関する順番なのか……。 少し考えてみたが答えは出ない。 諦めたアルフレッドはカレンに本音を伝える。「―――子供の件はレダたちの子が産まれた後でも構わない。だが、俺はカレンと寝たい。そろそろ覚悟を決めてくれ」(覚悟決めてくれだなんて、大げさね~)「いいわ、覚悟を決めてあげる」「えっ!? 本当に」 目を大きく見開くアルフレッド。 これまでの道のりの長さが彼の胸を熱くする。 カレンが病に伏したと聞いて案じていたら、ニコラス(皇帝)がいきなり彼女との婚約を破棄し、程なく別の女が急に婚約者になった。しかも、その女はカレンの継母の連れ子だというのだから、意味が分からない。 国政も乱れ始め、軍の仕事が増えた。 カレンに会いたいのに会えない日々が続く。 ある日、貴族たちが悪巧みをしていることに気付いた。シュライダー侯爵の勢力が気に入らない彼らは愚かな計画を進めていたのだ。 アルフレッドに媚薬を盛る。 こんなおバカな計画で相手の足を掬おうとしているのかとアルフレッドは呆れた。 彼が罠に嵌ることにしたのはシュライダー侯爵家を守るためではない。おバカな家門が倒れると継母の勢力が増してしまうからだ。 その結果、カレンと再会することが出来た。 だが、彼女は心を傷つけられて、ボロボロになっていて……。 アルフレッドは自分に腹が立った。なぜ、もっと早く動かなかったのだと
Last Updated: 2026-10-26
Chapter: 番外編・新たな一歩 2 シュライダー侯爵家の屋敷はニルス帝国の重鎮らしく、広大な敷地の中にある。 森、湖、庭園が三つ。建物も本館の他、別館が五つ。別館は国賓をもてなす宿として使われることも珍しくない。 以前、アウローラが泊めてもらったと言っていた職員の寮も本館の東側にある。 二人を正面玄関で出迎えたのはポートウェルだった。今日も丸い眼鏡をかけている。「お帰りなさいませ、レダ様、カレン様」 彼は古参の執事のように慣れた所作で二人を出迎えた。「ただいま、ポ~ちゃん」(ポ~ちゃん!?) レダはポートウェルに近づいて、チークキスをする。(何なの、このタダならぬ雰囲気は……)「カレン様もしますか?」 ポートウェルは自身の頬を指差して、カレンに問う。「―――遠慮しておきます」 カレンは両頬を手で押さえて拒絶した。「うん、アルは嫉妬深そうだから、私もこれ以上無理強いするのは止めておこう」 ポートウェルはレダの帽子を預かりながら、ぼやく。「ポ~ちゃん、応接室に全員集めてくれないかい」「承知しました」(全員? まさか、歴代の皇帝陛下のことではないわよね……) カレンの予想は大当たりだった。 応接室には歴代の皇帝たちがズラリと並んでいる。使用人の服を着て……。 どうしてこういうことになっているのか? それは今後、シュライダー侯爵邸が聖獣(歴代皇帝たち)のアジトとして使用されることになったからだ。 それに伴い、レダは聖獣たちに任務の無い時は使用人の仕事をしろと命じた。 この話を聞いたニコラスは歴代皇帝たちを気遣って、皇宮からハース一族(代々、皇宮の使用人をし
Last Updated: 2026-10-25
Chapter: 番外編・新たな一歩 1 ある日の昼下がり。「カレン、これから、シュライダー侯爵邸に行こう」「え?」「もう客も来ないだろうし……」(レダさんから屋敷に行こうと誘われるなんて……、どうしたのかしら?) カレンは疑問を感じつつ、特に断る理由もなかったので「わかりました」と答えた。♢♢♢♢♢♢♢ 黒いローブ姿を脱いで、二人は外出の用意をする。 レダは水色のワンピースを着て、つばの広い帽子を被り、カレンはレモン色のワンピースを着て、白いレースのカチューシャを付けた。「用意出来ました~」「では、出発しよう」 レダは店の玄関の方へ歩いて行く。「レダさん、もしかして歩いて行くのですか?」「そうだよ。たまにはいいだろう?」(屋敷までの道のりを歩いていくなんて『レダの家』に駆け込んだ時以来だわ。あの時は逆向きだったけど……)「分かりました」―――外に出ると想像以上に日差しが強かった。。 カレンはレダのように帽子を被って来れば良かった……と早くも後悔する。「お天気がいいですね~」「ああ、ヤドリギ横丁の白壁が映えるね~」 海を望む高台にあるヤドリギ横丁は白壁の建物が多い。そのため、海の青、空の青にとても映える。 二人は横丁にひしめく小さなお店のショーウィンドウを眺めながら歩いていた。 ガラスの店、刺繍の店、アイスクリームショップ、靴屋さん、ベーカリーショップ……等々、素敵な店が建ち並んでいて、カレンは見ているだけで、胸が躍る。「レダさん、ここにはいろいろなお店が集まっているのですね~」「そうだね、ここはニルス帝国の始まりの地なんだよ。昔から、人が集まって、店も沢山あったんだ」「そうなのですね」(始まりの地……、レダさんはずっとこの国
Last Updated: 2026-10-24
Chapter: 番外編・ビストロ・ソレイユ 2二人の疑問はすぐにマーガレットが解決してくれた。 「皇子殿下、アデンの丘で素敵なプロポーズをしたらしいね~。上手く行って良かったね~!」 彼女の言葉を皮切りに「プロポーズで新聞の一面を飾るとはな~」、「皇子殿下もプロポーズをするんだな」、「俺も惚れてしまったぜ!」、「断られてたら、凹んでた?」など、好き勝手な言葉が飛び交う。 (まさか、ここでプロポーズの話が出てくるなんて……) 「アル、私達も皆さんにお礼を言った方がいいかな?」 カレンは場が盛り上がっている間にアルフレッドへ小声でこっそりと尋ねる。 「ああ、そうだな」 二人は目深に被っていたフードを後ろに下げて、顔を出した。 「うぉ~~~~~~、天使!! 天使が降臨した!!」 「皇子殿下も相変わらず麗しいわね~」 「悔しい~!!」 (悔しい?) 「私も二十歳若かったら~!」 「いや、若くても無理だろ!」 (あの~、ええっと……) 「俺はカレン様が三十歳年上でもイケる!」 「お前は選ばれね~よ」 (何なの!? このノリは……) カレンは隣に立っているアルフレッドの方をチラリと見た。 「えっ!?」 彼は口元を押さえて、目を潤ませている。 「アル、ど、どうしたの?」 「ん、いや、ここまで長い道のりだったと……」 「あっら~、皇子殿下はカレンちゃんにベタ惚れだったのかい! いい返事がもらえて良かったね~、本当に!!」 マーガレットは相手が皇子ということも気にせず、アルフレッドの肩をバシバシ叩く。 「マーガレットさん!!」 カレンが止めに入ったところで、美貌の皇子の目じりから一筋の涙が零れ落ちた。 場は水を打ったようにシンと静まり返る。 そして……。 「うううっ、皇子殿下!! まじで頑張ったんだな!」 (は!? 泣いてる……) 「俺たちも、もっと頑張ろうぜ!!!」 「かわいい子が沢山産まれるように祈ってるぜ!」 「皇子も努力してるんだな」 「俺たちも、もっと努力しようぜ!」 次々にお客の男性陣がアルフレッドに声を掛けていく。 (この雰囲気は何なのよ。まるで私がアルを弄んでいたみたいじゃない。本当は違うのに!) カレンだって、義妹エマにアルフレッドを取られて辛かった。 身も心もボロボロになってしまうくらいに……。 あの夜、ア
Last Updated: 2026-09-27
Chapter: 番外編・ビストロ・ソレイユ 1「お宿ウミネコの角を右に入って、二軒目だったか?」「ん~、そうです」 カレンは手元のメモを確認して答えた。 今、カレンとアルフレッドはヤドリギ横丁を歩いている。 朝一で本日のランチメニューを占いに来たマーガレットが見習い占い師のカレン(今日はレダが占っていた)に『今日の正午に皇子殿下と一緒に店まで来て欲しい』とお願いしたからだ。(レダさんの後ろに黙って立っていたら、いきなり『カレンちゃん~』って、話しかけてきたからビックリしたわ。しかも、アルを連れて来て欲しいだなんて……) マーガレットはアルフレッド皇子がレダの家に入り浸っているのを知っている。 とはいえ、レダがいる前でカレンにお願い事をして来るのは初めてのこと。 なぜ、店に呼び出されたのか。理由もさっぱり分からない。(レダさんは『行ってらっしゃい~』と笑って送り出してくれたけど……。今回の呼び出しには裏がありそうで怖いわ。マーガレットさんって、フワッと糸口を掴んで来る性質があるらしいし……) 実際のところ、厄介事が起こるときは大抵マーガレットが先触れのような話題を出してくる。 レダはそれを上手く活用しているのだが、カレンは……。(私は深読みするのを忘れて、おしゃべりを楽しんでしまうからダメなのよね~。無駄話を一切しないレダさんのような占い師には一生なれなさそう……)「カレン、あれじゃないか? ほら、看板に……」 お宿ウミネコの角を曲がったところで、アルフレッドが一枚の看板を指差した。『ビストロ・ソレイユ』 白壁のお店にターコイズブルーの看板。白い筆記体で書かれた文字がとてもお洒落だ。「うん、あのお店で間違いなさそう」「あのご婦人……、実在していたんだな……」「?」 カレンは
Last Updated: 2026-09-26
Chapter: 番外編・ありがとう 3 眺めの良いアデンの丘は夜景の時間だけでなく、お昼も人が多い。「レダ、カフェ・ロッソでお茶でも飲もう」「いいね~。いつ振りだろう」 カールの誘いに乗るレダ。 カフェ・ロッソは昔からアデンの丘にあるお店で、看板メニューはカプチーノとシナモンロールだ。「あ、良い席が空いてる!」 レダは丘の先端に突き出している席を指さした。「急ごう!」 他の人に席を奪われないように二人は急ぎ足で店に入っていく。♢♢♢♢♢♢♢ 皇宮はアデンの丘の向かい側の大きな岩場の上に立っている。そのため、顔を上げるだけで視界に入ってしまう。「ニックは今日も忙しいのかい?」「ああ、しばらく居なかったからね~」 カールは核心を避けて話す。「他国と変な取り決めをしてしまったのを白紙に戻す交渉だけで、数年も掛かりそうだ」「あ~、それは大変だね~」 ニックこと皇帝ニコラスはシュライダー侯爵家に入り込んでいた大魔女ジェシカの手で一年半、深い眠りについていた。 その間の執務は身代わり人形が好き勝手にしていたため、かなり深刻な状態になっているのだという。「アルフレッドが居ても、手が足りなさそうだからね~」 レダは呟きながら、コーヒーカップに手をのばす。 大きな葉っぱのラテアートが施されていて、可愛い。「レダ……」「ん?」「殿下のことを買いかぶり過ぎじゃないか?」「はぁ?」 レダは素っ頓狂な声を出してしまった。「買いかぶり? どういうこと?」 レダは眉を顰める。 今はオフなのでフードは被っていない。風に撫でられて、美しい金色の髪がたなびいている。「部屋を用意したり、手料理を振舞ったりしたことが気に入らないのか?」「違う。殿下は仕事も早いし、気配りもしっかりとしている。とはいえ、大魔女の君が彼を頼る必要はないだろう」
Last Updated: 2026-08-27