Chapter: 番外編・ビアンカ流・影との付き合い方 2「―――王都の義母の元です……」 小柄な影の声はお世辞にも明るいものではなかった。「やはりここに連れてきたらどうだ?―――ユリウス、彼女は夫が若い女と逃げたのに、子供を夫の実家に預けるしかない状況で困っているのです」 ユリウスはビアンカが影のプライベートを聞き出しただけではなく、心配までしていたことに驚いてしまう。 ただ、身分や状況に囚われないやさしい心を持っているビアンカだからこそ、ユリウスは彼女のことを好きになったのだ。 ユリウスは新妻のために一肌脱ぐ事にした。「南館の離れに影専用の詰め所と人数分の部屋を用意する。この城に家族を連れて来たい者は私に申請書を提出しろ」「ユリウス、ありがとうございます! メイ、良かったな! みんな、これからもよろしく!!」「「「「「御意!!」」」」」 五人の影は声を揃えて返事をする。 流石に小声だったが……。「では、持ち場へ戻れ!」 ユリウスの一言で、彼らは消え去った。「ビアンカ、もしかして全員の名前を知っているのですか?」「はい、家族構成も知っています。何かあった時はご家族に連絡しないといけないですから」 ユリウスはブッと吹き出す。 影にそこまで心を砕くのはビアンカだけだろう……と。 だいたい、影というのは影同志でも、素性を明かしたりしない秘密主義の世界だ。 なのに、ビアンカの影たちをひとつのチームのように扱っている。「どこに笑う要素があったのですか?」「いえ、あなたの優しさはどこまで広がるのかと……」「優しさ……? 私はそんなに優しくないですよ?」「無自覚が酷い……」 クックックッ……とユリウスは笑う。(この感じ&hellip
最終更新日: 2026-09-18
Chapter: 番外編・ビアンカ流・影との付き合い方 1 辺境伯城の温室は常に世界各国から集められた植物が花を咲かせている。 恐らく、開花のタイミングを見計らって入れ替えているのだろう。 ビアンカは国軍で野営をする時、必ず周辺に毒のある植物が生えてないかどうかを確認していた。 なので、植物に関して、多少の知識は持ち合わせている。「ユリウス、この温室の中の植物って、何気に毒のあるものが多いですよね?」「それは辺境の地なので、様々な用途を考えて育てているのではないかと……思います」「―――思います?」「ええ、私が赴任してくる前から、この状態だったので……」 ユリウスは花壇の一角を見つめる。 その視線の先にはジギタリスやスズランが植えられていた。 一見、可愛らしい花だが、しっかりと毒がある。「まぁ、備えあれば憂いなしですね」「そうですね」 ユリウスと微笑みあってから、ビアンカはアンナが用意してくれたミントライムソーダ―を一口飲んだ。 シュワッと口の中で炭酸が弾けて、ミントの爽やかな香りが鼻に抜けていく。 ライムの酸味もいい塩梅だ。(おっ! 旨いな~、コレ!! グラスの底に沈んでいるのは、もしかして、粗目の砂糖!? 実に罪深い飲み物だな……) ビアンカはチラリとユリウスを見る。 彼はグラスを片手に持ったまま、目を見開いていた。(ユリウスはいい顔をするなぁ~)「ユリウス、美味しかったですか?」「ええ、驚きました」 普段、ユリウスは感情をあまり表に出さない。 だが、なぜか食事に関しては美味しい、まあまあ、微妙、不味いなどの気持ちをしっかりと顔に出す。 ビアンカはそれを確認するのが楽しくて、ついつい彼の顔を眺めてしまうのだ。「飲み干した後の爽快感が絶妙ですよね。―――朝訓練の後にコレを出したら、兵士たちが喜ぶかも&hellip
最終更新日: 2026-09-17
Chapter: 番外編・立役者・ルイーズ 2「お~い! ルイーズ!! 少しの間、抜ける! 迷子を親へ届けて来る」 突然、聞き覚えのある声がして、ルイーズは声の主の方へ視線を動かす。 少し離れた場所から、ビアンカが大きく手を振っていた。 「分かった!!」 ルイーズは即答したものの、ビアンカの初歩的なミスにガックリと肩を落とす。 ―――なぜ、あの子は軍服を着ている相手に『少し抜ける』なんて、大声で言ってしまったのだろう。 その余計なひと言でビアンカが軍の関係者だと周囲に知られてしまった。 厄介なことになったな~と思いながら、迷子らしき子供の方を確認すると……。 「はぁ~?(なぜ、ジャスミン(隠された王子ユリウスを表す隠語)が、ここにいるんだ!?)」 イヤな汗が背中をつたっていく。 どうして、ここに……と、頭の中は大混乱していた。 しかし、しっかりとルーズの目に彼(ユリウス)が映っている。 ―――あれこれ考えるのは後だ! 至急、対応しなければ……。 ビアンカたちがルイーズに背を向けた瞬間、彼女は影の潜んでいる路地裏へ走った。 異変に気付いた影たちがルイーズの元へ集まってくる。 「サム、ジャスミンが現れた。詳細は不明だ。王宮に連絡を入れて指示を仰いでくれ! 残りの者はビアンカとジャスミンの後を追って!―――あたしは国軍の兵士たちをかき集めてくる!!」 「「「「「了解!」」」」」 指示を一気に捲し立てたあと、ルイーズは国軍の兵士たちが立っているポイントに向かって、再び、駆け出した。 ♢♢♢♢♢♢♢ ――――致命傷を負ったビアンカが地面に倒れ込んだ。 ルイーズも潜んでいる影たちも、『これはどう対処したらいいんだ?』と、途方に暮れてしまう。 最悪なことに彼女を治療出来る者がその場に居なかったのだ。 だが、兵士たちがビアンカの死を覚悟したその時、彼女の腕に縋りついていたジャスミンが突然、呪文を唱え始め……。 ――――あの日から七年の月日が過ぎた。 ルイーズはジャスミン(ユリウス)の放った美しい魔法を思い出しながら、目の前にいる二人へ話しかける。 「閣下~、新婚旅行楽しんで来て下さいね~。お土産はお菓子がいいです!」 「―――分かった」 「ルイーズ、甘いのと辛いのはどっちがいい?」 「そりゃ~、辛いのが好きだけどさ~
最終更新日: 2026-09-09
Chapter: 番外編・立役者・ルイーズ 1「今回、ルイーズとビアンカはこの部屋を使ってくれ」 国軍第二部隊の副隊長ルパートは二人に向かって言った。「「はい!」」 ふたりの声は、掛け声など無くとも、しっかり揃っている。「では、十五時から食堂でミーティングを行う。遅れるなよ!」「「はい!!」」 ルパートは踵を返して、爽やかに階段を降りて行く。 国軍一、イケメンな上司は去り際までスマートだった。 ここはツィアベール公国との国境にあるチミテロという名の村だ。 昨日、この村を襲撃するという犯行予告が王宮に入ったため、急遽、国軍の第二部隊が派遣されることになったのである。「ビアンカ、あんた先月の戦闘で、いい働きをしたらしいね」 適度なコミュニケーションを図るのは年上の仕事と思っているルイーズ。 彼女は荷解きをしながら、ビアンカに話題を振ってくる。 これまで数々の任務を一緒にこなしてきたが、ふたりが同室になるのはこれが初めてだった。「いい働き……、一体、何のことだ?」 真顔でルイーズを見据えるビアンカ。 宝石のような紫色の瞳に吸い込まれてしまいそうで、ルイーズはドキッとする。―――年下の猛者(ビアンカ)はかなり目立つ見た目をしているくせに無自覚なので、タチが悪い……。「いや、私があんたに聞いているんだよ!!」「別に特別なことは何もしてない……」 ビアンカはぶっきらぼうに言い放つ。「いや、普通に仕事をしているだけのやつが、陛下から表彰されたりするか? というか、あんたはまだ見習いなのに……」「見習い……、まぁ、確かに……」 ビアンカはカバンから本を取り出して棚に並べて行く。 今回の任務で、ここには十日ほど滞在する予定なので、その間に読もうと思っている歴史書を持って来たのだ。
最終更新日: 2026-09-08
Chapter: 番外編 立役者・アデリーナ 2(突然、現れておいて『狭い!』と文句を言われても、私にはどうにも出来ないぞ!? しかし、まぁ、部屋は片付けておいて良かった。元々、荷物は少ない方だが、アポなしというのは、流石に焦るぞ!)「―――で、ビ~ちゃん、その恰好はどういうことなの?」 ビアンカは今、真っ裸に薄手のガウンを羽織って、腰ひもを軽く結んでいるだけの状態だ。屈んだりしたら、胸がポロリとこぼれてしまいそうである。「あ~、寝る時はいつも何も着ていないので……」(これでも慌ててガウンを羽織ったんだ。褒めてくれ)「あり得ないわ……」 ビアンカの回答を聞いて、アデリーナは絶句した。「急な呼び出しも多いので、いつ如何なる時も最短で軍服に着替えられるようにしておきたいんです」「―――それなら、最初から軍服を着て寝たらいいじゃないの」「おお~!!」(それだ!! 母上、ナイスアイディア!!)「感心するところじゃないわよ! 冗談で言ったの!! 本気にしないで頂戴!!」 アデリーナはビシッと音を立てて扇を畳み、先端をビアンカの方へ向けた。(あ~、これは反論したら面倒になるやつだな……)「あ、はい」「ところで、ビーちゃん、今日はお休みなのでしょう? 一緒に買い物に行くわよ」「え、なぜ?」(母上と買い物に行ったことなど、過去に一度も無い気がするのだが……、というか、いつもは家に商人を呼んでいるじゃないか! どうして、突然、一緒に出かけるなんて言い出すんだ!?) ビアンカはアデリーナをジト目でしげしげとみつめる。 何か裏があるのではないかという疑いを込めて……。「買い物に行くのに理由なんて無いわ!! 早く用意しなさい!!」 アデリーナは勢いで押し切った。口で勝負しても勝てる気がしないビアンカはやむなく了承する。「―――分かりました」
最終更新日: 2026-09-02
Chapter: 番外編 立役者・アデリーナ 1―――これは半年ほど前の出来事である。「母上……、いったい、どうしたのですか!?」 ノックの音で目覚めたビアンカが、急いで私室のドアを開くと、おんぼろの国軍官舎の廊下にド派手な出で立ちの貴婦人がひとり立っていた。(いやいやいや、場違い感が半端ない!! 早朝だというのに、バッチリメイクの上、羽飾り付きの帽子まで被っている……)―――貴婦人の正体はビアンカの母、アデリーナである。「ビ~ちゃん、もう、細かなことは気にしなくていいの!! とりあえず、部屋の中に入れて頂戴!!」 オホホホ~と笑顔で押して、彼女の部屋へ侵入しようとするアデリーナ。 そして、若干引き気味のビアンカ……。(いや、気にするだろ。面と向かって会うのは二年ぶりだぞ!? それにどうやってここまで侵入したんだ? もしかして、父上の力を借りたのか? それ、職権乱用だぞ!) 意味不明な状況だったが、廊下で騒ぐわけにもいかず、ビアンカはアデリーナを部屋へ入れた。 国軍の官舎は階級によって広さや調度品が違う。 ビアンカの私室は指揮官を務めているということもあって、一般の兵士よりも広く、少しだけ質の良いベッドと小さめのソファーセット、そして、上等とは言えない机と本棚がある。 ただ専用の洗面所はあるものの、洗面台とトイレのみで風呂はついていない。 入浴する時はひとつ下の階にある女性兵士専用シャワールームへ行かなければならないのだ。「ビ~ちゃんのお部屋は……、まさか、これだけなの?」 アデリーナは信じられないという表情で室内をウロウロしている。(母上、遠慮も何もないな……) ピサロ侯爵夫人こと、アデリーナ・セーラ・ピサロの生家はローマリア王国を支える四代公爵家の一つであるフォルトナ―ゼ公爵家だ。 四代公爵家というのは、ジョバンヌ公爵家、カナック公爵家、ポーリア公爵家、そして、フォルトナ―ゼ公爵家の
最終更新日: 2026-09-01
Chapter: 番外編・ありがとう 3 眺めの良いアデンの丘は夜景の時間だけでなく、お昼も人が多い。「レダ、カフェ・ロッソでお茶でも飲もう」「いいね~。いつ振りだろう」 カールの誘いに乗るレダ。 カフェ・ロッソは昔からアデンの丘にあるお店で、看板メニューはカプチーノとシナモンロールだ。「あ、良い席が空いてる!」 レダは丘の先端に突き出している席を指さした。「急ごう!」 他の人に席を奪われないように二人は急ぎ足で店に入っていく。♢♢♢♢♢♢♢ 皇宮はアデンの丘の向かい側の大きな岩場の上に立っている。そのため、顔を上げるだけで視界に入ってしまう。「ニックは今日も忙しいのかい?」「ああ、しばらく居なかったからね~」 カールは核心を避けて話す。「他国と変な取り決めをしてしまったのを白紙に戻す交渉だけで、数年も掛かりそうだ」「あ~、それは大変だね~」 ニックこと皇帝ニコラスはシュライダー侯爵家に入り込んでいた大魔女ジェシカの手で一年半、深い眠りについていた。 その間の執務は身代わり人形が好き勝手にしていたため、かなり深刻な状態になっているのだという。「アルフレッドが居ても、手が足りなさそうだからね~」 レダは呟きながら、コーヒーカップに手をのばす。 大きな葉っぱのラテアートが施されていて、可愛い。「レダ……」「ん?」「殿下のことを買いかぶり過ぎじゃないか?」「はぁ?」 レダは素っ頓狂な声を出してしまった。「買いかぶり? どういうこと?」 レダは眉を顰める。 今はオフなのでフードは被っていない。風に撫でられて、美しい金色の髪がたなびいている。「部屋を用意したり、手料理を振舞ったりしたことが気に入らないのか?」「違う。殿下は仕事も早いし、気配りもしっかりとしている。とはいえ、大魔女の君が彼を頼る必要はないだろう」
最終更新日: 2026-08-27
Chapter: 番外編・ありがとう 2レダとシュライダー侯爵が出かけた途端、貿易商のシューマンが店に現れた。 「レダ、お久しぶり~!」 「あ、シューマンさん! お久しぶりですね。買い付けの旅はいかがでしたか?」 「あれれ~? しばらく会わないうちに随分と僕に興味を持ってくれるようになったね~」 カレンはドキッとする。 ここ最近、レダが『カレンの好きにしていいよ~』と、甘やかしてくれるので、お客様とのおしゃべりを気兼ねなく楽しんでいたのだが……、まさか、そこを指摘されるとは思わなかった。 (シューマンさんとは、しばらく会ってなかったから、突然の変化に驚くわよね~。失敗したわ……) 「……」 「あ~、大丈夫? 僕のせい?」 シューマンはカレンが俯いてしまったので、心配する。 「いえ、大丈夫です。急に馴れ馴れしくしてすみませんでした」 「え~~~、そんなこと言わないでよ。気楽に話してくれた方が嬉しいから」 「そうですか?」 「そうそう! ごめんね、気を遣わせて~」 明るいシューマンの声を聞いて、カレンは顔を上げた。 もちろん、フードをしっかりと被っているので、シューマンの目にカレンの表情が映ることはない。 「今日は何を占いましょうか?」 カレンはテーブルの上の水晶に手を翳す。 「待って! 今日は先にお礼を言わせて!」 「お礼?」 「うん、前回、レダが香辛料を仕入れた方がいいってアドバイスをくれた件なんだけど……。イシュタル共和国とオルセント王国が一時険悪になって国境を閉ざしていた期間があっただろう?」 「あ~、ありましたね」 (レダさんが陰で両国に働きかけて国境を封鎖した時のことね) 「僕がキャラック船で順次ニルス帝国に送っていた香辛料が毎回、予約完売してしまう状態になって、信じられないほどの利益が出たんだ」 (羽振りのいいシューマンさんの言う『信じられないほどの利益』って、想像も付かないのだけど……) 「で、今回はレダにもボーナスというか、御礼!! これを受け取って!」 シューマンは懐から革袋を取り出した。 (まさか!? 金貨入りの袋? えっ、本当に?) 大金かも知れないと動揺しているカレンの前で、シューマンは手際よく、革袋の紐を解いて、中身を取り出す。 「は!? 凄っ!!」 シューマンが差し出したのは大きな真珠がのっている銀色の
最終更新日: 2026-07-30
Chapter: 番外編・ありがとう 1 甲板の先端。 強い日差し、海面からの照り返し、酷く眩しい。 ニルス帝国を出て、早三か月。 白いスリーピースを着た男は水平線の先を見つめて、微笑む。 懐から、金属製のケースを取り出し、葉巻を一本取り出した。 シガーカッターで先端を切って、軽く口にくわえ、手でドームを作る。そして、ライターでゆっくりと丁寧に火をつけた。 ゆるりと吸い、フ~と吐き出すと、いつも旅の前に立ち寄るレダの家が思い浮かんだ。「レダは元気にしているかな~?」♢♢♢♢♢♢♢ 本日のランチのメインはカモ肉のローストをたっぷりの野菜と一緒に薄いパンで巻いたものだった。デザートはヨーグルト。トッピングはブルーベリー。「今日のメニューはあたし好みだね~」 レダは昔、東の国を旅したときにこういう料理を沢山食べたという話をしてくれた。「ここ最近は真面目に仕事をしていて、どこにも行ってないからね~。久しぶりに旅でもしたいね~」「侯爵と行ったらいいのでは?」「いや、カールと行くより、あんたたちといった方が楽しそ……」 バタン!!「レダ!!」(うそ!? 最悪のタイミングで現れた……)「あ~、カール!」「酷いじゃないか!! 私はのけ者か? 君の夫なのに……」 レダとカレンはアルフレッドの持って来たランチを三人で一緒に食べていたのだが……。 いきなり、カール(シュライダー侯爵)がダイニングに飛び込んで来た。 彼はこういう風に突然現れることが多い。「いや、カールと行きたくないという訳じゃなくて……。この二人は見ているだけで面白いというか、何というか……」「私が面白くないということか……?」「面倒くさいな…&hellip
最終更新日: 2026-07-01
Chapter: 番外編・カールとニック 最近カールは皇帝の補佐のような仕事をしており、しばらく屋敷に帰ってない。「屋敷に戻っても可愛い娘はいないし、レダも……。というか、どうして、殿下は私の家族と一緒に暮らしているんだ?」 心の声がつい漏れ出てしまう。 どう考えてもおかしい。 カレンとアルフレッドは婚約者同士ではあるが、結婚式の予定もない。 なのに、義理の母も一緒に三人で同居? ズルすぎるだろ! カレンの夜間護衛? レダがいるのに護衛が必要なのか!?―――腑に落ちない。「カール、どうした? 険しい顔をして……」 ニックこと皇帝ニコラスは微笑みながら彼に問う。 聞かなくても理由は分かっているが……。少しでもピリピリとした執務室の空気を改善したかったのである。「陛下、ご子息をどうかしてください。私だけのけ者です」 カールはアルフレッドのことをワザとご子息と言った。殿下と言いたくなかったからである。「うちの息子がすまない。カレン嬢に夢中で……」 ニックはレダの名を出さなかった。これ以上、拗らせたくなかったからだ。「夢中……。だからといって、婚前に同居なんて……」「ああ、それなら、いっそのこと結婚させるか?」 ニックは子供たちの結婚式を想像した。 皇后に似て、綺麗な顔立ちをしているアルフレッドと、レダと瓜二つのカレンが並んでいる姿は人々を魅了するだろう。 最近、良くないニュース続きのニルス帝国としても、おめでたい報告を国民に出来るのは非常に良いことだ。「結婚……? 早すぎる!!」 反対の言葉と共にカールは勢いよく立ち上がった。ニックは驚いてビクッとする。「そ、そうか? 二人とも成人しているのだから、そんなに早くもないと思うのだが&hel
最終更新日: 2026-06-02
Chapter: 番外編・差出人不明の手紙 4カレンは相手を知らないので、相手に見つけてもらうしかない。 正直なところ、もう半分くらい無理かもと思い始めている。それくらいアデンの丘の広場は人でごった返していた。 カレンはサクロの丘の上にある皇宮の方を見る。 巨大な皇宮は闇夜のなかでも、多くの明かりが灯されて、とても美しく浮かび上がっていた。 (殿下の生まれ育った皇宮……。私も今後はあの宮殿で暮らしていくことになるのよね) カレンはボーッと巨大な建物を眺める。 (殿下から、あれだけ毎晩一緒がいいと粘られたら、私が皇宮から『レダの家』に通った方が良さそうな気がする……) 「アルは明日帰って来るのかしら」 海軍の演習は一週間とアルフレッドは言っていた。 いつでも呼び出していいと言われたが、カレンは彼に連絡を取っていない。 手すりに頬杖をついて、アルフレッドのことを考える。 彼と離れていても、カレンの心はいつもあたたかな毛布で包まれているようだった。彼の底なしの優しさと愛情の毛布に。 「私もアルにぬくもりを与えられる?」 (少しは素直になりたい。殿下のように……。心をポカポカと温められるような愛の言葉を私も言えるようになるかしら) ボーン。 カレンが考え事をしていると午前0時を知らせる鐘が鳴り響いた。 (あ~、日付が変わった。ええっと……、私は何時までここにいたらいいの? まだ、夜と言えば夜だけど……) 夜に来て欲しいとカードに書かれていたため、カレンは終わりの見極めに悩む。 「!?」 後方から、誰かがカレンのフードを引き下ろした。サラサラサラと金髪の長い髪がフードの外へ零れ落ちる。 (誰!? お手紙をくれた人? それとも、人違い?) カレンはゆっくりと振り返った。 「あ、えっ?」 目を見開く、カレン。 後ろに立っていたのはアルフレッドだった。 (何で正装なの!? 猛烈に目立っているのだけど!!) 周囲も皇太子が現れたとザワツキ始めている。 (ああああ~、大きな騒ぎになってしまう) 「殿下、早く立ち去りましょう」 カレンはアルフレッドの袖をつかんで、小声で囁く。 しかし、彼は首を横に振って、彼女の提案を断る。 (―――どうして?) 次の瞬間、アルフレッドは彼女の前に跪いた。 一瞬だけ、周りから悲鳴が上がったものの、
最終更新日: 2026-05-31
Chapter: 番外編・差出人不明の手紙 3 アルフレッドはカレンの涙にくちびるを寄せて優しく吸った後、羽が触れるくらいの軽い口づけをした。「カレン、やはり一週間も留守にするのは心配だ。毎晩、転移魔法を使って帰って来ようか?」(また、私のことを心配して、そんなことを……)「心配してくれてありがとうございます。でも、司令官がお仕事を抜けて家に帰るのは良くないですよ」「―――そうだな。だが、寂しい時は無理をしないでくれ。何とかするから」「はい」 カレンは涙を手の甲で拭って笑顔を作ってみせる。「途中で会いたくなったら、レダどのに頼んで俺を呼んでくれ。直ぐに帰ってくるから……」 アルフレッドはカレンをギューッと抱き締めた。「一人で泣いたりするなよ」「―――はい」(そんなに優しくされたら……)「では、行ってくる」「―――はい」 アルフレッドはカレンの頬にくちづけをしてから、部屋を出て行った。―――ポタ、ポタッ、ポタ……。 大粒の涙が床に落ちる。 もう我慢の限界だった。涙が止め処なく溢れて来る。「うっ、うううっ」(何も言えなかった……。『気を付けてね』の一言も……)♢♢♢♢♢♢♢ アルフレッドが出かけてから五日後の朝。 いつものようにマーガレットが一番乗りで占いにやって来た。「レダ、見習いちゃん、おはようさん! そろそろ新月だね~。新月は夜中に目が覚めたときに何も見えないから困るんだよ~」(ああ~、新月! あの手紙のことをすっかり忘れていたわ!!) カレンはマーガレットの世間話で差出人不明の手紙のことを思い出す。―――マーガレットが帰った後、カレンはレダに尋ねてみた。「レダさん、次の新月って何日ですか?」「ん?
最終更新日: 2026-05-31