LOGINヤドリギ横丁の占いの館『レダの家』には、毎日お悩みを抱えた方がいらっしゃいます。私ことカレンは訳ありまして、店主の占い師レダさんの身代わりをしております。最初は、ハラハラドキドキの連続でしたが、最近、人生相談くらいは人並みに出来るようになりました。――――と、油断していたところへ、元婚約者であるあの方が、何故か、こんな裏通りの占い館へ相談に来られたのです…
View Moreニルス帝国の王都にある下町、ヤドリギ横丁の『レダの家』の看板に明かりが灯った。『レダの家』は占い師レダが営む“占いの館”でかなり古くから、ここに存在している。
噂では数百年前から営業しているといわれているが、店主レダは占い以外の話には一切応じないため、確認のしようもない。結果、この噂は都市伝説扱いとなっている。 また占い以外にも、レダは魔法が使えるといわれているが、その力を見たという者は居なかった。それ故、レダが魔法使いなのかという話も真偽が分からない。 そして今、店内では黒いローブを目深に被った占い師レダが、薄暗くなって行く窓の外を眺めながら、深いため息を吐いている。 「レダ様、どうされたのですか?」 見習いのキュイはレダのフードを引っ張って、彼女の顔を覗き込んだ。 「キュイ、今夜は満月でしょ。あの御方と約束した日なのよ」 姿とは似合わない、可憐な声で答えるレダ。 「レダ様!声っ!」 「あっ、ごめんなさい。声色を変えるの忘れていたわ!」 レダはキュイに謝ると一度、咳払いをしてからブツブツと呪文を唱え始めた。キュイは静かにレダを見守る。 「これで、大丈夫よね?」 「はい」 この占い館の主であるレダは少々ワケありで、フードを目深に被って、顔を隠し、声色を変え、年齢も誤魔化している。一番の理由は客からナメられるから。―――というのは、言い訳で本当は大きな理由がある。
(今のところ、師匠と私が入れ替わっていることを、誰も気づいてないのよね。このまま、師匠が帰ってくるまで隠し通せたらいいけど……。大体、師匠の用事って、いつ終わるの? もう出かけてから半年以上経つし……) いうまでもなく、占いの館へ相談に来る者たちは厄介な悩みを抱えている者が多い。しかし、ここにいる身代わりのレダは占い師の修行もしたことが無い、ズブの素人だ。 今のところ、訪れた者のお悩みを聞き、相槌を打って、頑張りを褒めたたえ、励ますという流れを繰り返し、何とか乗り切っている。 しかし、自分が師匠(レダ)でないと、相談者にバレたらどうなるのか。 (今更だけど、余りにも安易に引き受け過ぎたわよね。それと師匠が私に成りすまして何をするつもりなのか、あの時にしっかり聞いておかなかったのは失敗だったわ) そして、その身代わりのレダの前に、やんごとない身分の大物が現れたのは、つい先日のことだった。 ♢♢♢♢♢♢♢ ――――今から十日ほど前の出来事である。 突然『レダの家』に現れた(やんごとなき身分の)大物客は、躊躇なく店内へ入って来た。そのまま、店主レダに歩み寄り、彼女を上から下まで遠慮なく視線で辿る。レダは緊張のあまり挨拶をするのも忘れて立ち尽くしてしまう。 しばらく沈黙が続き、先に口を開いたのは大物客の方だった。 「次の満月の晩、ここに泊めて欲しい」 大物客、もとい銀髪で見目麗しい男は、唐突にとんでもないことを口にする。レダは一見、平静を装っていたが内心かなり動揺していた。 (こ、ここに泊まるですって!?) 男はスラッとしていて、背が高い。且つ、しなやかな身のこなしから、身体をしっかりと鍛えていることが分かる。意志の強そうな瞳の色は紫と紺色が混ざったような独特な色。身なりはレダと同じく黒いマントを羽織っているが、薄暗い店内の明かりでも上品な光沢を帯びていることが見て取れた。これは、素人目でも高価な布地を使用していると分かる。また、マントの袖口やフードの縁には精巧緻密な刺繍も施されていた。
一方、レダのマントは師匠から借りているマントである。そのため、寸法は合っていないし、布地には歴史を感じさせる毛羽立ちがあり、とてもじゃないがオシャレとは言えない代物だ。 しかし今、レダはそんな身なりの違いに気を回す余裕などなかった。先ほど(やんごとなき身分の)大物客が放った相談内容に首を傾げているのだ。 (それって、相談じゃなくてお願いごとじゃない? 一体、どういう……)「あ~ら、殿下。うちのエマをどうするおつもりなのかしら? その嘘つき女に誑かされていらっしゃるの? 目を覚ましなさい!! 淫乱なその女を妃にするなんて、誰も認めないわ!!!」(殿下に対して、不敬だわ。レベッカ、あなたって……、本当にみにくい言葉しか吐けないのね……。淫乱? それは、あなたが捏造した話でしょう) レベッカの常軌を逸した発言に呆れてしまう。(この女と同じ土俵に立ちたくない、視界に入れたくない、口も聞きたくない) カレンはレベッカへ激しい嫌悪感を抱く。 一方、隣のアルフレッドは深呼吸と瞑想で落ち着こうとしていたが……。「罪人レベッカ!!」―――たった今、堪忍袋の緒が切れた。レベッカがカレンのことを『淫乱な女』と侮辱したからだ。 アルフレッドはレベッカを双眸で鋭く見据える。「お前に最後通告をする。俺の最愛に対する侮辱は許されない。今すぐ謝罪をしろ。然もなければ、この場で斬り捨てる」 圧のあるアルフレッドの声が響き渡った。 夜会会場は呼吸をするのも忘れてしまいそうな緊張感に包まれる。 しかし、ほとんどの参加者は事前に『この夜会は悪党を捉えるための茶番である』とレダから伝えられていたため『何が起きても静かに見守る』という覚悟が出来ていた。 そして、何も知らされていないのは断罪される側のリビエル公国の大公メロー、大公妃リステル、公女エイミール。 リビエル公国の大公一家は固唾を飲んでこの様子を見守っていた。 それは彼らとレベッカが一蓮托生だからだ。 レベッカの悪事がニルス帝国やアーロック王国及び、周辺諸国へ知られてしまうのは彼らにとって非常に都合が悪い。 周辺諸国を侵略しようしていたリビエル公国は諸々の計画が破綻したら、一気に存続の危機を迎える。「何をバカなことを……。その女は平民の母親が産んだ卑しい子なの。殿下、目を覚ましなさい!! 卑しい血筋を皇家に入れるなんて、
エマはアルフレッドに堂々と言い返した。(マズイわ! 殿下が……) カレンは血の気が引いてしまう。アルフレッドが人を殺してしまいそうな目で、彼女を睨みつけていたからだ。(物凄く怒ってる……。そうよね~、殿下のことを『アル』と呼ぶのは、ごく親しい人だけだものね。不快になるのも分かるわ。エマは私に見せつけるためにわざと言ったのでしょうけど……)「この場ではっきりと断言しておく。俺の婚約者はカレン・マーレ・シュライダー侯爵令嬢だ。そこの女(エマ)! 帝国法に則り、不敬罪で逮捕する。捕縛せよ!!」(エマのことをそこの女って……。もう、名前も呼びたくないのね) アルフレッドの指示を受け、ニルス帝国の騎士が六名現れた。(どこから騎士が……。あれれ? 全員銀髪じゃない? もしかして……) 騎士たちはエマを拘束しようと近づいていく。 バチッ。 バリ、バリバリ。 異様な音がした。エマが抵抗したのだろう。 しかし、騎士たちは何事もない様子で平然と対応している。あっという間にエマは後ろ手に手錠を嵌められた。「カレン、あれはまた別の歴代(歴代皇帝)だ。心配はいらない」 アルフレッドはカレンの耳にくちびるを寄せて囁く。(やっぱり! だから、エマの抵抗にも対応出来たのね)「あ~、あんた! よく見たら、カレンじゃないの。どうやって屋敷から抜け出したのよ!!」 エマは騎士たちに引き摺られながら退場していく途中で、カレンの存在に気付いた。(エマは私が侯爵邸からここに来たと思っているのね。あれは身代わり人形なのに……。私が絶望して『レダの家』に駆け込んだことも知らないのだわ) カレンは無言でエマを見据える。真実を教えてやるつもりなどない。「くっそ~、泥棒猫め!! あんたなんかお母さまに言い
カレンはアルフレッドの袖を引っ張る。 少し屈んでくれたので耳元へ囁いた。「エドリック王子って、おバカなのでしょうか?」「ああ、この謎の演出が今回の計画を狂わせたのは間違いないだろう」 アルフレッドは視線を上げると、会場内をゆっくりと見回す。精悍な横顔にカレンは見惚れてしまう。(まるで彫刻の巨匠が手掛けたような造形美ね。鼻もスッとしていて、くちびるの厚みもちょうど良くて、額の広さも……。殿下、今日は前髪を上げているから余計に美しい顔が際立っているわ~~~) そこへ、イランイランの魅惑的な香りが漂ってくる。 アルフレッドへ無意識に手を伸ばしてしまいそうになり、カレンはハッとした。(ん? この殿下に対して、やけにムラムラとしてしまうのは何なの? もしかして、この香りのせい?? 何か変なものを仕込んでないわよね? エドリック王子!!) カレンは心の中でエドリックを疑う。―――と、ここで、アルフレッドから肩をトントンと優しく叩かれた。「カレン、あそこにエドリックたちがいる」 カレンはアルフレッドの視線の先を辿る。「あれは……」「ああ、エマと対峙している。到着したタイミングが良かったのか、悪かったのか……。俺たちの出番だな」「そうですね。行きましょう」 カレンはアルフレッドにエスコートされながら、彼らに近づいて行く。 歩いていると、先日、エマに傘で殴られたことを思い出した。ついつい怪我をしたこめかみを手で触ってしまう。今はもう傷も消えているが……。(エマは私を殴ったとは気付いていないのだから、気持ちで負けないようにしないと!!) カレンは首を左右に振って、あの嫌な出来事を振り払う。 近づくにつれ、会話の内容が耳に入ってくる。「―――そう、あなたはアウローラというのね……。わたくしはニルス帝国の第一皇子の正式な婚約者として、エドリック王子の婚約者選びを見届けに来たの。婚約者気取りの女の挨拶なんていらないわ。下賤な女、今すぐここから去りなさい。目障りよ!」
「カレン、レダどのがここに来るらしい」「えっ!?」「お疲れさま、荷物の件は無事に終わって良かったね~」 衝立の向こう側から聞こえてくる、レダの声。タイムラグゼロである。 レダは指先をひょいと振って衝立を消し、カレンたちと半日振りの対面をした。 偽アルフレッド(人形)もレダの隣に立っている。 今のレダは一応、カレンに変装している(ことになっている)ため、いつもの真っ黒なローブ姿ではない。美しく輝く金色の髪はリボンを一緒に編み込んでオシャレに結い上げられ、ドレスもすみれ色の柔らかな生地を使用した若々しいデザインのものを着用していた。 ちなみにカレンも同じドレスを着ている。(これは私と交代するということ?)「レダさん、夜会を抜けるつもりなのですか?」「う~ん、抜けるというか、修羅場が予想以上に長くてね~。居心地の悪さが半端ないんだよ」「修羅場……」「というわけで、あたしはいつもの姿に戻らせてもらうよ。あとはよろしく!」(あ、やっぱり入れ替わるんだ……) レダは指をパチンと鳴らして、いつもの黒いフード姿になった。後ろにいたアルフレッド人形も白い人形に戻されて、レダの懐へ。「レダどの、状況を教えてくれ」「いや~、状況もなにも……。アウローラが他国から来たご令嬢の一人一人に、エドリックを横に連れて挨拶して回っているんだよ~。『私がエドリック王子の婚約者アウローラです。以後、お見知りおきを~!』って、そりゃ~、いい笑顔を浮かべてね。でも、目は全く笑ってないんだ。あれは見ているだけで怖いよ……、クックック」(ローラさん、あいさつ回り……。良かった~! 流血事件とかじゃなくて……)「カレン、良からぬことを考えただろ」 アルフレッドはカレンの頬を人差し指でプニッと押した。タイミングが良過ぎて、アルフレッドに心を読まれ
いきなりドアが開いた。(うわっ! 誰!?)「昼ご飯を持って来たぞ」 バスケットを抱えたアルフレッドだった。「殿下~。急に入って来るから、ビックリしましたよ。お昼ご飯、ありがとうございます!! ちょうどお腹が空いたな~と思っていたので、最高のタイミングです!!」 カレンは満面の笑みで彼を迎える。こんなに喜んでもらえると思ってなかったアルフレッドは、つい照れ笑いをしてしまう。 それでも、彼はカギを締めるのを忘れない。(ああああっ! カギを……)「私、カギを掛け忘れ
―――午前十時半を少し過ぎた頃。 コンコンとドアをノックする音がした。どうやら、午前中二人目のお客様がやって来たようだ。 カレンはドアをそっと開く。 そこに立っていたのは白くて大きなストールを頭から被った女性だった。俯いているので、顔を晒したくないのかも知れない。 「あの、占いをお願いしたいの……」 見知らぬ女性は透き通った声でカレンにお願いする。 明らかに常連ではないお客様のため、カレンはじっくりと
「だけど、十日後に商船に乗れたとしても、オルセント王国かその先の国に行った商人は再び商船で戻って来ないといけないだろう? そんなことをしていたら王都のパプリカパウダーは在庫が尽きてしまうよ」「なるほど」(仕入れ先に辿り着いても、帰るための船が来るまで待たないといけないから、時間が掛かるということね。陸路が絶たれるとこんなに大変なことになるのね)「あの色味は食欲をそそるからね。飲食店を経営してる奴らは困るだろうね」「それなら、今ではなく、この辺りの飲食店のパプリカパウダーの在庫が切れた頃に、マーガレットさんのビストロでパプリカ
「カレン、何か飲むか?」「いえ、今は大丈夫です。殿下、お先にお風呂へ入られます? シャワーしかありませんけど」「ああ、借りる。バスルームは何処にある?」「一階の廊下の突き当りの左側です。タオルなどは脱衣所に置いてあります。着替えはどうします?」「警護の指令を受けてるから、このままでいい。ありがとう」「いえ、昨日も拘束したまま寝ていたでしょう、疲れてませんか?」「大丈夫だ。寧ろ、昨夜はいつもより睡眠時間が長い」 アルフレッドは苦笑している。カレンはふと気付いた。昨夜、アルフレッド