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第二十三話 大罪

last update Last Updated: 2025-07-28 05:47:11

第二十三話    大罪《たいざい》

一八七二年 夏

 「蒸し暑いわね~」 妓女がぼやく中、小夜は団扇《うちわ》で風を吹かせている。

 「もう夏ですもんね~」

 (コッチも暑いんだから、自分で団扇を仰《あお》いでほしい……) 小夜は心で思っていた。

 古峰も同様である。

 古峰は濡れた手ぬぐいで妓女の身体を拭いていた。

 「古峰~ 済んだらコッチもね~」 妓女のお呼びが掛かる。

「はい……」 まだ慣れないのか、古峰は相変わらず不愛想なままだった。

梅乃や小夜に対しては話すようになったが、妓女には心を開こうとはしていない。

それから一時間後。

「うへぇ~ 疲れた~」 小夜と古峰はヘトヘトになっていた。

「何、休んでんだい? まだまだ仕事が残ってるよ」 今度は采である。

「お婆……」 小夜は言葉を漏らし、絶望を味わったかのような顔をしていた。

梅乃は赤岩に同行をして、他の見世の往診に出ていた。

「赤岩先生、次は鳳仙楼です」 梅乃は赤岩の助手をし、妓楼の案内をしている。

「済まないね~ なかなか見世の場所を把握《はあく》するのが難しくて……」

「いえ、その為の私ですから♪」 梅乃はニカッと笑った。

梅乃と赤岩が鳳仙楼に到着すると、店主の表情は暗く

「どうかされましたか?」 赤岩が聞くと

「鳳仙が……意地になっておりまして、診察を受けないと言っているんです……」

店主の困った表情に、何も言えなくなってしまった。

そこに鳳仙が顔を出す。

「だから診察は結構と言っているじゃありませんか!」

強い口調で赤岩を追い返そうとしていた鳳仙が梅乃に気づく。

「あら、梅乃じゃないか? どうしたんだい?」

鳳仙の口調が優しくなる。

「はい。 赤岩先生の受診の手伝いで来ました。 それで、鳳仙花魁は診察がお嫌《いや》なのですか?」 梅乃が心配そうに聞くと、

「嫌って訳じゃないけど……とりあえず、入って」

鳳仙は自室に案内をした。

「赤岩先生……もう診察が嫌になりました……」 鳳仙が下を向いて話す。

「怖いんですよね……」 赤岩は頷きながら言った。

「怖い? 何がですか?」 梅乃が、赤岩と鳳仙を交互に見て聞くと

「……もし、岩だったとしたら……」 鳳仙の目に涙が溢れてきた。

鳳仙は、岩を心配していたのである。

岩とは、癌《ガン》のシコリの意味をしている。 前回の触診で、赤岩が乳がんの恐れがある
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