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第870話

Author: かんもく
その言葉は、ただの冗談のつもりだった。

だが、三浦はどこかぎこちない表情を見せた。

一瞬ぼんやりしたあと、ぎこちない笑顔を浮かべて言った。「たぶん、結菜だけじゃなくて、あの方のことも恋しくなってるからじゃない?今の仕事も一段落したし、そろそろ帰国してもいいと思うわ」

とわこは、まだすぐに帰国する気にはなれなかった。

蓮とレラはもう学校に通っていて、あまり手がかからない。それに、ここ数日、手術続きで心身ともにかなり消耗していた。

もう少し休んでから、帰国のことを考えたかった。

このまま帰っても、どうせ家で寝込むだけだ。

「もし疲れてるなら、ゆっくり休んで。私は急いで帰る必要ないから」三浦はすぐに空気を読んで、やさしく続けた。「ただ、ちょっと、蓮とレラに会いたくなっちゃって。一日でも顔を見ないと、心がスースーして落ち着かなくなるの」

「うん、私も二人に会いたい、でも今は本当に疲れすぎてて。二日くらい休んで、それから帰国しようと思う」とわこは、ようやくそう決めた。

奏を避けるために、永遠に帰らないわけにはいかない。

「わかったわ。とわこさん、スープ煮ておいたの。飲んだらすぐ寝てね。この数日で痩せちゃったみたいよ」三浦は蒼をベビーベッドに寝かせてから、キッチンへ向かった。

蒼はとてもお利口だった。ベビーベッドに一人でいても、全然泣かない。

抱っこに慣れている子ほど、離すと泣きやすいのに。

「ねえ、蒼。お兄ちゃんとお姉ちゃんに会いたい?」とわこはベビーベッドのそばに立ち、話しかけた。「もうすぐ一緒に帰ろうね?ごはんいっぱい食べたかな?ママに抱っこしてほしいの?」

疲れ切っていたはずの彼女も、蒼を見ているうちに自然と笑顔になり、思わず抱き上げてしまった。

そのとき、三浦がスープを持って戻ってきた。「やっぱり、蒼を見たら抱っこしたくなっちゃうんでしょ?」

「うん。あまりにお利口さんすぎて、なんだか、話が通じてる気がするんだよね」とわこは蒼を抱いてソファに座りながら微笑んだ。「だって、泣かないし、騒がないし、ママが話しかけると、ずっと目を合わせてくれるの。まるで、天使みたい」

三浦はスープをテーブルに置いた。「さ、まずはスープを飲んでね」

「うん」蒼を三浦に預けて、とわこはスープを口に運んだ。「そういえば、私が今朝病院に行ってる間に、レラから電話
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    「ここ数日、三木家で起きた一連の出来事について、みなさんに説明する必要があると思います」直美はカメラに向かって、ゆっくりと言った。「父は五年前、末期の肺がんと診断され、それ以来病魔と戦い続けました。彼の体はすでに限界を迎えており、薬を飲んで命を繋いでいた状態でした。私の結婚式の日、残念ながら彼は命を落としました」「三木さん、もっとあなたと奏さんの結婚について知りたいのですが」と、会場から記者の鋭い質問が飛び込んできた。すぐに、別の記者も尋ねた。「三木さん、なぜ奏さんは結婚式の日に姿を現さなかったのでしょうか?結婚式を改めて挙げる予定はありますか?」直美は、記者たちがこれらの質問をすることを予想していた。「いいえ。私は奏と結婚することはありません」直美は言った。「私は彼が協力してくれたことに感謝していますが、すべては私の兄、和彦の仕業です。彼は三木家の財産を独り占めしようとし、私を殺すつもりだったのです。もし奏が昔の情を考えて助けてくれなければ、今頃私は和彦の手にかかって死んでいたでしょう」彼女の説明に、会場からは驚きの声が上がった。「父ががんと診断されると、和彦は父に私を家族の後継者として認めさせようと圧力をかけてきました。外では父が男女の差別をしているように見せかけていましたが、実際には私をとても大切にしてくれていました。残念ながら、父は日々衰弱していき、私を守ることができなくなりました」直美は続けた。「三木さん、あなたが顔を傷つける前、和彦さんとの関係は良好だったようですね。和彦さんのアパートで火事が起きた時、あなたはそこで暮らしていたのでは?」と、記者が疑問を投げかけた。「その通り、それは私が顔を傷つける前のことです。顔を傷つける前、私が知っていた男性たちはみんな良くしてくれました」直美はここで一瞬、胸の奥で悲しみを抑え込んだ。「それらはもう過去のことです。これからは信和株式会社を率いて、さらに輝かしい未来を築いていきます」記者会見が終わった後、直美は車に戻り、マスクを外した。手を上げて、顔の傷に触れた。彼女はすべてを手に入れたようで、何も手に入れていないような気がした。信和株式会社を手に入れ、たくさんのお金もある。けれど、それは彼女が望んでいた生活ではなかった。常盤グループ。この日、奏は出社しなかった。

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    とわこは、彼からの電話を見た瞬間、迷わず切った。彼の自尊心はとても強い。きっと、彼女が電話を切ったのを見て、もう二度と掛けてこないだろうと思った。だが、奏は電話がすぐに切れたのを見て、しばらく呆然とした。とわこが電話に出ないのは理解できる。結局、彼は自分の過ちで、彼女の心を傷つけてしまったからだ。しかし、彼女があまりにも早く電話を切ったことに、思わず驚き、慌て、深い悲しみに沈んだ。もしとわこがこれで彼が諦めると思っているなら、彼女は自分をあまりにも甘く見ている。奏は三浦の電話番号を見つけると、迷うことなく番号を押した。電話をかける前に、彼はすでに理由を考えていた。それは、蒼が熱を出したと聞いたので、そのことを確認したいという理由だ。もし三浦が出たら、その理由を使おうと思った。だが、三浦もまた、奏の電話を切った。奏は切られた電話の画面をただ黙って見つめ、表情が凍りついた。三浦が自分のもとを離れてからまだ1ヶ月も経っていない。どうしてこんなにも冷たくなったのか?何十年もの主従関係が、たった数ヶ月のとわこと三浦の絆に勝てなかったのか?その現実に、胸が張り裂けそうだった。 アメリカ。三浦は奏の電話を冷たく切った後、とわこが明らかに安堵したのを見た。三浦はバカではない。さっき、とわこが電話を切ったとき、三浦ははっきりとそれを見ていた。そして、とわこは以前から、三浦に対して奏と連絡を取らないようにと言っていた。だから、三浦がとわこの前で奏からの電話を受けるわけがなかった。もし連絡を取るなら、こっそりと裏で取るものだ。「とわこ、私は電話を取らなかったわ。でも、あんな時間に電話をかけてきたのは、何か急用かもしれないわね?」三浦は携帯をポケットに戻しながら言った。とわこは首を横に振った。「たぶん、蒼の風邪のことを聞きたかっただけよ」さっき、マイクと話しているときに、マイクに理由を説明してもらうよう頼んだ。だから、再度電話をかけて、蒼のことを話す必要はない。「そう、あの時間に彼が来たのは、もしかして私の荷物を届けに来たのかもね?」三浦はそう言った後、すぐに訂正した。「でも、彼、私に直接荷物を届けるなんて言ってなかったわよ」「三浦さん、私は彼と別れたけど、敵対しているわけじゃないわ。彼

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第873話

    とわこは分かっていた。奏は子どもを奪おうとしたり、無理に何かを強要するような人間ではない。それでも、胸の奥に広がるこの不安は、どうしようもなかった。「とわこ、いったん切るよ。あいつ、まだ俺の車の後をつけてきてる」マイクの声には、奏を振り切ろうとする意思が感じられた。とわこはすぐさま口を開いた。「マイク、スピード出しすぎちゃダメよ!ついて来させとけばいいじゃない。レラの学校の中にまで入ってくるわけじゃないんだから」「わかったよ。あいつ、蒼のこと心配してるんだろうな。蒼が熱出したって聞いたとたん、顔色真っ青になってさ。俺も最初、同じこと思ったからな、また前みたいに、って」マイクの声からは、すでに焦りは消えていた。「じゃあ、あとでちゃんと説明してあげてね。運転気をつけて。私、先に切るね」「うん、わかった」通話を切ったあと、マイクはバックミラー越しに後部座席のレラを見た。レラは唇を尖らせ、目は赤く泣きはらしていた。もう涙は止まっているが、その顔には明らかな不満と不安が浮かんでいる。「レラ、さっきは怖かったか?大丈夫、大丈夫。あいつ、俺に手を出すようなヤツじゃないさ。たとえケンカになったって、俺が負けるとは限らないぞ」マイクは優しくなだめた。「もし彼があなたを殴ったら、もう二度と彼のこと好きにならないもん」レラは真剣な顔で言った。「え?ってことは、今はまだ好きってこと?」マイクは驚いた。レラは眉を寄せ、悩ましげに言った。「彼が、チャンスをくれって言ったでしょ?だから、まだ考えてるの」マイクは思わずため息をついた。「そんなに簡単に人を許すなよ?後々苦労するぞ。とわこにもっと学べって。だって、とわこは......」「だって、彼カッコいいし、お金持ちだし、甘いこと言うの得意だし......だからママは彼の子を3人も産んだんでしょ」レラは真顔で事実を言った。マイクは何も言えなかった。数秒の沈黙のあと、ようやく反論した。「甘いこと言うって?あいつのどこが?」「だって、ベイビーって呼んでくれたもん」マイク「......」確かに、奏みたいなクール系男子がそんな甘い言葉を口にするなんて、よほどの覚悟が必要だったに違いない。レラの心を取り戻すために、どれだけ努力しているのかが見えてくる。約15分後、車は小学校の正門前に

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第872話

    マイクは彼に驚かされて、魂が抜けそうになった。「てめぇ、何俺のスマホ奪ってんだよ?!」マイクは怒鳴り、すぐにスマホを取り返した。電話の向こうで、とわこは一瞬、言葉を失った。誰がマイクのスマホを奪ったの?そんなことできる人がいるの?彼女の脳裏に、奏の顔がパッと浮かんだ。「スピーカーにしろ」奏は目を血走らせながら、マイクに命じた。蒼が熱を出した。彼は今すぐに蒼の様子を知りたかったのだ。奏の声が聞こえてきた瞬間、とわこは息を呑んだ。なぜ奏がマイクと一緒にいるの?今、日本は朝の7時過ぎ。なぜ奏が彼女の家にいるの?「お前が命令すれば俺が言うこと聞くと思ってんのか?社長気取りかよ?」マイクは彼の横暴な態度に付き合うつもりはなかった。奏の表情が瞬時に険しくなり、その目には冷たい怒気が宿った。だが、マイクもまったく怯まなかった。レラはマイクの隣に立ち、険悪な二人の様子を見ていた。今にも殴り合いが始まりそうな勢いに、思わず「うわーん」と泣き出してしまった。「学校遅れちゃう、うぅぅ!」普段めったに涙を見せないレラだけに、その涙は二人の心を一気に落ち着かせた。マイクも奏も、てふためいてレラを見つめた。「泣かないで、レラ!今すぐ学校に連れてくから、絶対遅れないよ!」マイクは片手でレラを抱き上げ、車庫に向かって足早に歩いて行った。奏も娘を追いかけて慰めたい気持ちでいっぱいだったが、自分が近づけば余計に泣かせてしまうだけだと分かっていた。彼は深いため息をつきながら、ひとり庭から出てきた。車に乗り込むと、運転手がすぐに運転席に入り、尋ねた。「社長、どちらへ?」しかし奏は窓の外をじっと見つめたまま、何も答えなかった。運転手は彼がレラと離れがたくて黙っているのだと察し、それ以上は何も聞かなかった。マイクはスマホをスピーカーモードにし、車内に置いた。レラをチャイルドシートにしっかり座らせると、すぐに運転席に戻って車を発進させた。「蒼の様子はどうだ?なんで急に熱出したんだ?」彼は運転しながらとわこに尋ねた。「お昼に暖房が故障して、数時間止まってたの。蒼は温度差に敏感だから」とわこはスマホを握りながら、少し離れた場所へ移動した。「今はもう熱も下がった。でも、多分、帰国は少し延ばすと思う」本当は明日帰国予

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第871話

    蓮が通っている天才クラスは、普通の小学校とは違う。たとえとわこにどれほどのお金があっても、レラをそのクラスに入れることは不可能だった。それに、レラ自身も天才クラスには行きたくないと思っていた。蓮が勉強していることは、彼女には全く理解できないし、興味もわかない。朝、マイクはレラを連れて別荘から出てきた。すると、目の前に黒いロールスロイスが停まっているのに気づき、二人ともその場で固まってしまった。常盤家の運転手が後部トランクを開け、そこから三浦の荷物を取り出していたのだ。マイクはレラの手を握りながら、大股で車の方へ向かった。「これは三浦さんの荷物です。常盤家を辞められたので、社長に言われてここに運んできたんです」運転手は言った。マイクは少し眉をひそめた。「それで、わざわざロールスロイスで運んできたの?」その言葉に、運転手は少し気まずそうに黙り込み、数秒後に苦笑して答えた。「実は社長が車に乗ってまして。朝ごはんを食べに行く、ついでに、ってことで」マイクは皮肉な笑みを浮かべた。レラの手を放すと、車の後部座席の窓に歩み寄り、コンコンと軽くノックした。その瞬間、ウィーンという音とともに窓がスッと下がり、奏の整った冷たい顔立ちが現れた。マイクはにやりと笑って、からかうように言った。「まだ朝の7時半だぞ?社長って、この時間はベッドで優雅に寝てるもんじゃないのか? どこの社長がこんな時間に朝食なんて食べに出るんだ?まさか、昨夜ご飯食べてなかったとか?」奏「......」「ハッキリ言えよ。お前、ウチの朝ごはん食べに来たんだろ?残り物のおにぎりとか味噌汁とかあるぞ?食う気あるなら」マイクが言い終わる前に、奏は無言で車のドアを開けて、車から降りてきた。今度は、マイクが言葉に詰まる番だった。まさか、本気で朝ごはんを食べに来たとか? そのとき、レラが奏の姿を見て、眉をしかめた。すぐにマイクの後ろへ走り寄り、彼の手をぎゅっと握りしめて引っ張った。「奏!もう車に戻れ!レラを泣かせたら、夜にとわこにビデオ電話して告げ口するからな!」マイクが警告するように叫んだ。奏の足がピタリと止まった。彼は、子どもたちに会いたくて仕方がなかった。たとえ、一目見るだけでもいいと思った。レラはマイクの後ろに隠れて、奏を見ようともせず

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