——奇跡の治癒と新たな出会い
護衛兵は俺を怪訝な目で見つめ、掴んだ肩を強く引いて少女から遠ざけようとする。その手のひらが、俺の肩に食い込むほどの力だった。
「邪魔しないでくれ!助けたくないのか?」
俺の言葉に、貴族の少女を抱きかかえていた護衛の一人が、苦渋に満ちた表情で呟いた。その顔には、一縷の希望が灯ったようにも見えた。彼の口から、掠れた声が漏れる。
「……頼む……助かるのか?……どうか、助けて下さい……」
その必死な願いに、俺は冷静に答える。
「俺の邪魔をしなければ、助かるかもしれない……」
その言葉を聞いた護衛兵は、顔色を青ざめさせながらも、すぐさま周囲に目を配り、群衆を押しとどめるように指示を出し始めた。
「分かった。誰にも邪魔はさせないようにしよう! 頼んだぞ!」
人々のざわめきが少し遠のき、空間が作られる。その様子を確認してから、俺は再び少女に近づき、その容態を詳細に確認する。
意識はほとんど残っていない。息は浅く、体温も冷たい。そして……おびただしい大量の出血に、内臓まで達している傷。
俺はすぐに治癒ポーションを取り出し、きらめく琥珀色の液体を傷口に直接それを振りかける。すると、まるで魔法のように、血がみるみるうちに止まり始めた。あの深く切り裂かれた腹部の傷が、あっという間に塞がり、他の小さな傷や生々しい傷跡までもが、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せたのだ。肌は透き通るように滑らかに戻っている。
そして、もう一本を自分の口に含み、ゆっくりと唇を重ね少女の口の中に流し込んでいった。甘い香りが微かに漂い、弱々しいながらも、少女が少しずつ『……コク。……コク。……コクリ。コクリ。』と飲み込む反応を示した。
「よしっ!これなら大丈夫そうだな……」
俺は安堵の息を漏らした。このポーションは、やはり規格外の効力を持っているようだ。
「これで一安心だな。あとは……体力回復ポーションかな」
大量の血を失い、体力も落ちているだろう。俺は再び体力回復ポーションを口移しで飲ませた。甘酸っぱい香りが口内に広がる。すると、見る見るうちに少女の顔に血色が戻り、青白かった肌に健康的な赤みが差していく。やがて彼女の瞼がゆっくりと開いた。透き通るような青い瞳が俺の視線と絡み合うと、少女の頬がほんのりと赤く染まる。そして、無垢な表情で俺の首に手を回し、チュウ……♡と甘い音を立てて吸い付いてきた。
「おいっ。元気になったんだったら自分で飲んでくれ」
俺は戸惑いながら言った。唇に彼女の柔らかな感触が残る。まさかキスされるとは。
「いえ……まだ具合が……うぅ……めまいが……しますわ……」
少女は上目遣いで訴える。その瞳は潤んでいるが、どこか茶目っ気も感じられる。完全に治癒ポーションを使ったんだぞ?それに体力回復ポーションまで使ったんだ。具合が悪いわけがないだろう……ただ甘えているだけだろ。
「元気じゃないかよ」
「そう仰らずに……お願いしますわ」
少女はさらに甘えた声を出す。俺に甘えてるいるのか? こんな金髪で透き通るような青い目をした、可愛らしい少女が。いや、今は同じくらいの歳に見えるが。
「はぁ……」
俺は照れ隠しで、わざとらしくため息をついた。まあ、可愛いから俺は構わないけどさ。でも、皆が見てるんだけど、貴族の娘っぽいのにそれでいいのか? 周囲の視線が突き刺さるような気がした。
俺は何度も口移しでポーションを一本全て飲ませた。その度に、ミリアは満足そうに目を細めた。
「よし。これで大丈夫だろ」
外では、少女が元気になったのを見て、周囲の人々から「おおっ!」「奇跡だ!」という歓声が巻き起こった。人々が興奮して近寄ろうとするのを、先ほどの護衛と使用人たちが必死で抑えている。彼らの表情には驚きと安堵が入り混じっていた。
頬を赤く染めた貴族の少女が、俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。その手のひらは、小さく、しかし温かい。
「ありがとうございます……お名前を」
「俺はユウヤだけど……」
「わたくしはミリアと申します。ユウヤ様ですか……素敵な御名前ですわ」
ミリアはうっとりとした表情で、俺の名前を繰り返した。傷は治ったが、服は元に戻らない。切り裂かれた腹部の肌が露わになっていて、正直、俺の視線はそこに釘付けになってしまう。そこで、俺は羽織っていた上着を脱ぎ、彼女にそっとかけた。上着からは、俺の体温がまだ残っているはずだ。
「傷は治ったけど、服までは直らないから、上着で隠しておいてな」
「きゃぁ♡ はわ、わわぁ……♪」
ミリアは頬をさらに赤く染め、自分の血まみれのドレスを見て恥ずかしそうにしながら、深々と頭を下げて礼を言った。その仕草は優雅だ。まだ何か話したそうにしていたが、その時、護衛の男がミリアが無事であることを確認し、安堵の表情で深々と頭を下げてきた。
「本当に……あの傷を治していただけるとは……有難う御座います!」
「俺は外の兵士たちも見て回るから」
俺は立ち上がって言った。
「そうですか……本当に感謝いたしますわ。ユウヤ様……兵士の治療までしていただけるのですか……」
ミリアは驚いたように、そして感動したように俺を見上げた。少女とお付きの者、護衛の人々からも重ねて礼を言われた。
ミリアは不承不承ながらも頷いた。納得してない様子だったので、もう一度、笑顔で念を押した。「ね?」「はいっ♪」 ミリアの機嫌が再び直ったのを見て、俺は安堵した。「ここに居ると、危険そうなので出ていきたいのですが……」 俺は総隊長に言った。「はい。本当に有難うございました。助かりました……ユウヤ様」 総隊長は深々と頭を下げた。名前も覚えられて、『様』付け? ミリアがムッとした表情で、再び総隊長を睨んだ。その視線は、有無を言わせぬ圧力を放っている。「次は無いですわよ……分かりましたか?」「はい! 全員に言い聞かせます!」 総隊長は震える声で答えた。兵士全員が、まるで一糸乱れぬように頭を下げてきた。彼らの額には、冷や汗が滲んでいるのが見て取れる。 ん? なんだかとても感謝されてるんだけど……そこまで?「じゃ、じゃあ行こうか?」 俺はミリアの手を取った。「はぁい♪」 ミリアは嬉しそうに俺の腕を組み、詰め所を出た。外に出ると、またミリアではない男性の怒鳴り声が聞こえた。 今日は俺が建物から出ると、怒鳴り声が良く聞こえてくる日だなぁ……。「先程は、ビックリしましたわ~ユウヤ様ったら……もぉ♡」 ミリアは腕を組み、俺の顔を見上げてきた。その頬は、まだほんのりと赤みを帯びている。「皆が見てなかったから大丈夫でしょ?」 俺はそう言ったが、ミリアは頬をさらに赤くして、恥ずかしそうに答えた。「……はいっ♪ 今度は……ユウヤ様の意思ですわね?」「まぁ……そうだね。俺の意思だね」「そうですか~嬉しいですわっ♡」 ミリアは幸せそうに目を細めた。
ん? 何この学校で恐い担任が朝、教室に入ってきて静まり返るのと同じ感じは……。見た目は可愛らしい美少女なのに? そんなに、お貴族様は権力があるのかな? あ。警備兵って、もしかして領主兵だからかな? それでミリアは領主の娘で雇い主の娘だから?「すみません……ミリア様」 お偉いさんが恐縮したように呟いた。「ふんっ! 1日に、わたくしの大切な方を2回も捕らえるなんて、わたくしに対しての嫌がらせなのかしら……」 ミリアは顔を曇らせ、明らかに不機嫌な様子で言った。その声には、怒りの感情が込められている。「そのような事は決してありません! どうかお許しを……」 お偉いさんは顔面蒼白になり、必死に弁解する。「まぁ……俺みたいな子供がアクセサリー店に入ったから怪しまれて当然だよな」 俺は場を和ませようと、軽い調子で言った。「何を仰っているのかしら? わたくしだって、たまにですがアクセサリー店に入りますわよ?」 ミリアは、きっぱりと言い返してきた。「それはミリアがお金持ちだって皆が知ってるからでしょ? 俺みたいなお金が無さそうな格好で入ればね……頭が良いミリアなら分かるんじゃない?」 俺がそう指摘すると、ミリアの表情が一瞬和らいだ。しかし、すぐにまたご立腹になった。「それでも捕らえた兵士は許せませんわっ。もぉ!」 ミリアは足を踏み鳴らし、不満を露わにする。連れてきた兵士の顔色が悪くなって座り込んでしまった。その体は震えている。 ん? 死ぬわけでも無いのに、そこまで怯える事なのか? それとお偉いさんも顔色が悪くなってるけど? 何か罰でもあるのか? そこまで怯える意味が分からないけど俺のせいなんだよな。はぁ……あまり気乗りしないけど……。「えっと……ここの責任者って
「護衛を男1、女1、メイドさんを1人でお願いします」 俺の提案に、護衛の責任者は顔をしかめ、即座に言い放った。「それは無理です!許可できません!」 その声には、一切の妥協が感じられない。「でしたら俺、一人で行くので付いてこないでください。ちょっと、目立ち過ぎなので……」 俺はきっぱりと言い放った。「平民服を着て平民を装ってるのがバレバレになってるし……平民が護衛を付けてる訳が無いし。お金持ちや重要な人物だから護衛を付けるのですよね? 今回の行動で顔を覚えられてしまいますよ?」 俺の言葉に、ミリアは表情を硬くし、護衛の責任者を鋭く睨みつけた。その視線は、まるで氷のように冷たい。責任者はゴクリと唾を飲み込んだ。「一応、今日は店舗を調べる予定だったからさ、ちゃんと調べないと。昼食と色々と話しが出来て楽しかったよ。ありがとね」 俺は、これ以上揉めるのを避けるように、ミリアに柔らかく話しかけた。「そうですか……ううぅ……」 ミリアは悲しそうに眉を下げ、ウルウルと瞳を潤ませながら俺を見つめてきた。その瞳は、まるで今にも零れ落ちそうな露を含んでいるようだ。「あの……次は、いつお会いできますか?」「明日も町の中にいると思うけど……ドレスを着て護衛を大量に連れて会いに来ないでくれるかな。お金持ちの知り合いが居ると思われて店舗の価格を上げられそうだし」 俺がそう言うと、ミリアはパッと顔を輝かせた。「分かりましたっ! むぅ……」 彼女は不満げな声を漏らし、再び警護責任者を睨みつけた。責任者はビクリと肩を震わせた。「ちなみに、もし会いに来られるなら護衛とメイドさんも普段着でお願いしますね。平民でメイドに護衛を連れて歩いてる人いないですし」「はいっ。分かりましたわ」 ミリアは素直に頷いた。
俺が礼を言うと、メイドは深々と頭を下げた。「いえ。お役に立てて良かったです」 教え終わると、メイドはお辞儀をして元の位置に下がった。その動きは流れるようにスムーズだ。「ポーションを売ろうと思ってるんだけどさ、価格ってどれくらいが良いと思う?」 俺はポーションの話を切り出した。「えっ!? あの治療薬ですか?」 ミリアは目を見開いた。「まぁー色々と売ろうと思ってるんだけど、ここに来たばっかりでさ、価格設定の相談が出来る知り合いがいなくてさ……困っていたんだよね」「あの治療薬をお売りになられるんですか?」 ミリアの声には、動揺が混じっている。「まぁ……商人をしようかと思って」「それはダメです。あの薬を売ると大混乱が起きかねませんので……お止めください」 ミリアはきっぱりと言い放った。その表情は真剣そのものだ。「え!? ダメなの? 混乱? なんで?」 貴族なら金儲けの話に乗ってくるんじゃ? 儲かりそうな話をしてるんだけど? この世界じゃポーションって栄養ドリンク程度で傷も治らないんだろ? 医者も応急手当だけで手術も出来なそうだし。「あの薬は、規格外に強力な効果を持っています。医者ギルド、軍事、他国等も係わって来ますのでユウヤ様の争奪、技術を手に入れようと最悪、戦争が起きる可能性も出てきますよ」 ミリアは早口で説明した。その言葉に、俺は思わず息をのむ。俺の事を心配してくれてたのか……っていうより頭良すぎじゃない? 金儲けより俺の事を、そこまで考えてくれたのか……。むしろ俺が売ることしか考えてなかった俺がバカ過ぎたか。「え? そこまで?」「瀕死の方が瞬時に回復をするのですよ?そのような治療薬存在していませんので、医者になった方が生活ができなくなりますよね?」 そりゃそうだ。逆の立場なら俺も生活が出来なくなれば、どうにかしたくなるかもな
「でも親が許さないんじゃない? 平民だよ俺は」「それも問題ありません。瀕死の状態の者を治療できるお方で貴重ですし。見返りを望まない無欲で勇敢なお方ですし。何より……この、わたくしが望んでいますので……」 ミリアは俺の目をまっすぐ見つめ、その言葉には一切の迷いがない。その真剣な眼差しに、俺は押し流されそうになる。 うわぁ……逃げられないじゃん。 別にミリアを嫌な訳じゃないけど、急ぎ過ぎで少し強引過ぎじゃない?「急だしさ、お付き合いをしてからじゃないの?」「お付き合いですか? お付き合いをしたら婚約と同義なので、どちらにしても結婚ですけれど?」 ミリアは首を傾げた。その仕草は可愛らしいが、俺の常識とはかけ離れている。「なんで、そうなるの?」「お付き合いをして取り消されたらお互い、どちらかが問題があるという事になりますので……普通は、今後の結婚がし難くなります。お付き合いと婚約は同じなのですよ」「あ~なるほど……」 この世界の常識か。俺は頭を抱えたくなった。完全に詰んでるじゃないのか……これ。「お話は、これくらいにしまして、お食事をしませんか?」 ミリアは、にこやかに提案した。その笑顔は、まるで何もなかったかのように明るい。「そうだな」 なんだか一気に食欲が無くなったんだけど。少し貴族の食事を楽しみにしていたんだけどな……。なんだか、やっぱり気楽に食べられるラーメンが恋しくなってきた。 リビングに移動すると、広くて豪華な感じで圧倒されるね……さすが貴族様って感じのリビングだなぁ。天井は高く、中央には豪華なシャンデリアが煌めいている。壁には精巧な彫刻が施され、窓からは陽光が降り注ぐ。「スゴイね……さすが貴族様って感じ」 俺は思わず感嘆の声
俺は内心で動揺した。心臓がドクンと音を立てる。それにしても、セミロングのサラサラの金髪は陽光を受けてキラキラと輝き、透き通るような青い目は宝石みたいにキレイだ。こんな近くで可愛い美少女を見られるなんて……。目のやり場に困る。 ミリアは少し顔を伏せ、戸惑いがちに口を開いた。その声は、控えめながらも真剣さを帯びていた。「あの……とても希少で高級な治療薬を使用をして頂いたとお聞きしています……しかも兵士達にまで惜しげもなく使って頂いたと……」 彼女の声は、どこか遠慮がちだ。「それも含めて、お礼は終わってるよ」 俺は軽く手を振った。別に気にすることじゃない。「いえ……それにキスまで……」 ミリアは顔を真っ赤にして、じっと俺を見つめてきた。その潤んだ上目遣いに、俺の心臓が少しだけ跳ねる。「うわぁ……上目遣いで頬を赤くして……可愛いなぁ……」 多分、どこの世界でも、貴族と平民だし付き合ったり仲良くするのは無理だろうなぁ……。彼女や友達にしても面倒になりそうだよな。貴族だし。「キスではなく、助けるためにしただけだよ? 気を失い掛けていて、一人で治療薬を飲めなかったので……口移しで飲ませただけで……」 俺は慌てて釈明した。誤解されては困る。「それでも、皆の前でキスをされたので……わたしは……」 ミリアの声が小さくなる。ん?まさかキスをしたので結婚とか? まさかなぁ……。一抹の不安がよぎる。「わたしは……ユウヤ様のお嫁さんになります……」 彼女の言葉に、俺は思わず固まった。