ある日世界に突如として異次元への「ゲート」が現れた。その扉の向こうに広がるのは「ダンジョン」と呼ばれる異質な世界。ダンジョンという現象の出現に伴い、ダンジョンを攻略し、その消失を生業とする「ダンジョンクリーナー」たちが現れた。いまいち社会に溶け込めずどこか疎外感を抱いていた主人公「水瀬 優」は苦悩の末、ダンジョンクリーナーを目指すことになる。超常の力が交錯するダンジョン。そこを生き抜く人々の物語であり、これは……彼の神話だ。
View Moreある日、世界各地に「ゲート」が現れた。
ゲートといっても扉のような姿をしているわけではない。
言うなれば、空間に空いた穴。
ある種の空間の歪み。
そういった現象だ。
ゲートの向こう側にはまるでアニメやゲームのような、いわゆるファンタジーという言葉でくくられるような空間が生成されていた。
その空間はリアルタイムで成長し、変容し、やがて実体化する。
ゲートが出現した場所の周囲がそのままゲート内の空間に置き換わってしまうのだ。
そうなれば当然、魑魅魍魎とでもいうべき魔物たちが解き放たれてしまう。
後にその異空間は「ダンジョン」と呼称されるようになった。
初めにゲートが現れたのは東京という大都市のど真ん中。
突如現れた謎のゲートは人々の注目を集めたが、ダンジョンの実体化が起きてしまってからそれどころではなくなった。
瞬く間に都市中に魔物があふれ、何人も死んだ。
そしてその後……何者かの手によって実体化したダンジョンは東京ごと消滅させられた。
その事件から数十年と時は進み、ダンジョンに立ち入った者が特別な力に目覚めることがあると明らかになる。
そこからは、ある種の新時代の到来である。
ダンジョンがあるのが当たり前の時代、そしてそれを攻略する者たちの時代。
そんな特別な力に目覚めた攻略者たちを人々はこう呼ぶ。
「ダンジョンクリーナー」と。
そしてまた、今ここに新たなダンジョンクリーナーが生まれようとしていた。
◇◇◇
いつからこうだっただろう?
もしかしたら初めからこういう運命だったのかもしれない。
俺の名前は水瀬 優。
どこにでもいる普通の学生……少し前まではそうだった。
しかし、その身分も失った。
今の俺は何者でもない。
漠然と、どうにかなると思ってきた。
なるようになると、そういう風に考えていた。
現に今までどうにかなって来たし、最終的には大団円のオチが待っていると思っていた。
そしてその結果、無残にも社会から振り落とされた。
職もなければ愛想もない。
社会に居場所がないと、まるで自分が人間でないみたいだった。
今の俺には何も無い。
かといってそんな空虚な人生に自ら別れを告げる度胸もない。
「もう……」
カーテンを閉め切った部屋で一人頭を抱える。
「もう、おしまいだぁ……」
俺の心境を知ってか知らずか、窓の外からは電線の上を跳ねるスズメの鳴き声が聞こえてきた。
「ぬわあああああ……!!」
そうして哀叫しながらアスファルトの上をのたうつミミズのように自室の床を転がっていると、部屋の扉がノックされるのを聞く。
コンコン、と軽快なリズムで二回。
ノックは二回ではマナー違反だ、と結実することのなかった努力の足跡が無意味に頭の中に浮かぶ。
無論自室の扉をたたいてくるのは家族なので、そこにマナーもくそもない。
「優くん、いる~……? 一応ご飯できたんだけどぉ……」
「はい、います。ゴミ人間はここにいます! ウゥッ……」
「……あちゃ~、いまそういう時間かぁ……。じゃあ……まぁ、お姉ちゃん先食べてるね」
結局、ドアが開かれることなく足音は遠ざかっていく。
いまのは姉さんだ。
人間の失敗作みたいな俺と違って基本的に何でもできて、人当たりもよくて俺にだって優しいし、おまけに美人だし……。
とにかく、完璧とは言わずとも真っ当にできた人間だ。
どういう仕事をしているかとかは実は詳しく知らないのだが、姉さんのおかげで姉弟二人暮らしでも何ら不自由することは無かった。
「本当に……」
それに比べて俺はいったいどうしたんだか。
何を間違ったわけでもないのに、こうしてくすぶっている。
いや、もしかしたら間違うのが怖くて何もしてこなかったのかもしれない。
ただずっと、真っ当に生きているつもりで足踏みをしていただけなのかもしれない。
「……よっと」
何はともあれ、一日中のたうっているつもりもないので立ち上がる。
せっかく姉さんが作ってくれた料理なのだから、冷ましてしまってはもったいない。
それにどうせ姉さんのことだ、先に食べているとは言いつつも俺を待っているだろう。
だから服だけ着替えて、急いで部屋を出た。
リビングに向かうと、案の定姉さんは待っていた。
二人用の小さめのテーブルに頬杖をついて、ニュース番組のコーナーの一つである動物たちの映像集みたいなのを眺めている。
そこそこ大きめのテレビ画面には仰向けのまま笹の葉をむさぼる自堕落の究極系みたいなパンダが映っていた。
「この子、かわいいね。優くんみたい」
「ウッ……それは……すみ、ません……」
「あっ、いや違くて! そういう意味じゃないからもー!」
慌てて姉さんが俺の言葉を否定する。
どうやら俺のことを食っちゃ寝するだけの怠惰なパンダと言いたいわけではないようだ。
いや、さすがにそうでないということはもちろん分かっていたが。
「うそうそ、冗談だから。姉さんがそう焦ることでもないって」
「……でも優くん自虐で普通に傷つく人だし……」
「それは……まぁそう……」
姉さんの言葉に苦笑いしながら椅子に座る。
テーブルに並べられているのは簡素ながら手の込んだ朝食だ。
わかめの味噌汁から暖かい湯気が上っている。
姉さんは俺が座ったのを見て満足げに頷いてから、やっと箸を持ち上げた。
「いただきます」
そういう姉さんに合わせて俺も朝食に手を合わせる。
感覚としてはどっちかというと食材にというか姉さんに手を合わせてる気分だ。
それが済むと、姉さんはすぐにテレビのリモコンを手に取る。
お行儀よく食事を始めたからと言って、別に最後までそうというわけでもないのだ。
少なくともウチでは。
姉さんはいつもテレビを見ながらご飯を食べるし、俺もその姉さんに時折目をやりながら食事をしている。
チャンネルが何度も切り替えられ、中途半端に途切れた音声が連続する。
時々何か興味のある言葉に惹かれたのかリモコンを操作する手が止まるけれど、結局また別の番組に変えていた。
今日はなかなか見たい番組が決まらないようだ。
『本日は全国的に……』
『……を記念して……が……』
『旧首都の消滅。あれから……』
様々なニュース番組が告げる日常。
日々をちゃんとした一人の人間として生きている人たちに向けられた言葉。
そのどれもが今や俺には関係がない。
「姉さん……たぶんもうチャンネル一周したよ……」
「ん~……あんまり面白いのやってないなぁ……」
「まぁ、朝だし。こんなもんでしょ」
味噌汁を一口すすって、姉さんに言う。
姉さんはつまらなそうな顔をして、諦めたようにリモコンを置いた。
結局、最初に見ていたニュース番組で固定される。
その番組では動物のコーナーなどもう終わっていて、今は違う話題が中心になっていた。
それは……。
『……史上最年少のB級クリーナーが、ここ日本で誕生しました! なんと14歳でB級に昇格ということで、今多くの注目が彼女に集まっています!』
アナウンサーのはきはきした声。
それが告げるのは、ダンジョンクリーナーについての話だった。
ダンジョンクリーナー。
スキルさえ目覚めれば誰でもなれて、この番組で紹介されている少女のように若くして成功を収める可能性だって秘めている。
死と隣り合わせだけれど。
そんななか、この少女は若々しい才能を携えてB級に昇格したのだ。
スキル覚醒さえすれば、C級まではわりと行けるらしい。
ところがB級はそうはいかない。
B級の壁、なんて言葉が生まれるほどだ。
「へぇ、14歳……無垢ちゃんだって。すごい子もいるんだね~」
「……でも、本来子どもにこんなことさせるべきじゃないだろ。まぁ、俺が言えたことじゃないけど……」
俺の言葉に姉さんが一瞬目を丸くする。
そして少ししたら柔らかく微笑んだ。
「……ふふ、そうだよね。確かに! 優くんは優しいね」
「ウッ……」
「え、ちょっと! ほめてるのに何でそうなるのさ~!」
姉さんのまっすぐすぎる笑顔は、場合によっては悪口以上に効くのだった。
優しい人間ならこんなところで立ち止まってないよ。
しかしあの歳でB級か……。
となると収入は……。
少し考えて、そしてすぐにやめる。
あまりにも自分がみじめに思えてきたからだ。
才能さえあれば億万長者も夢じゃない。
ダンジョン内で手に入る物質は基本的に高値が付くし、高難易度のダンジョンを攻略すればそれだけで大儲けだ。
なんとも夢のある話だが……俺とは住む世界が違過ぎる。
もう目に見えているのだ。
きっと俺はC級どころかスキル覚醒すらしない。
そんな才能、あるわけない。
そうだ。
この現状もなるべくしてなったんだ。
俺ははなから失敗作で、何の才能もなく、空っぽで……。
「あーもう!! すぐそういう顔する!!」
突然、ぐわんぐわん視界が揺れる。
何かと思えば、姉さんが俺の頭をわしわし乱雑に撫でていた。
そうやって髪の毛をぐちゃぐちゃにして、テレビを消す。
「ふぅ……まったく。あの手の話は今の優くんには毒だったかもね」
「…………」
姉さんの言葉に何も言えなくなる。
ひどくみじめで、言葉が出なかった。
「そりゃさ、受けたところことごとくお祈りメールで、おまけにバイトもクビになったら誰だって落ち込むよ!」
「ウッ……」
「今はそれ禁止!」
ぺちんと、姉さんの指先が額をたたく。
「……けどね、優くんは優くんのペースでいいの。焦らないで。急がないで。お姉ちゃんは、ずっと優くんのそばにいるから! だからさ、大丈夫。大丈夫だよ。ね?」
まるで子どもを慰めるような表情で、姉さんは俺の顔を覗き込む。
それに俺は、黙って頷くほかなかった。
姉さんは優しい。
でも、だからこそ今のままではいけないと、強くそう思うのだ。
自分に言い聞かせる。
お前が最後に本気になったのはいつだ?
そう問いかければ、いやでも自分のどうしようもなさが見えてくる。
結局そう、本当に俺は今まで足踏みをしていただけなのだ。
前に進もうとしなかった。
姉さんの優しさに甘えて。
いつだってそう、自分に何も無いかもしれないということを知るのを恐れて、本気になれなかった。
壁にぶつかる前に「ここは自分に向いていない」と背を向けてきた。
だけど、流石にそろそろ姉さんの優しさに応えなければならない。
人として、成し得なければならない最低ラインだ。
それほどに俺は姉さんに守られ、救われてきた。
だから、今できることをしなければならない。
そしてそれは……。
「姉さん、とんでもないこと言っていい?」
住む世界が違う?
どうせそんな才能などない?
本当に……?
確かめもせず何を言っているんだ、俺は!
「なぁに? 優くん?」
姉さんが首をかしげる。
「俺……俺さ……」
言え!
臆するな、退路を塞げ!
いい加減人間になれ!
「俺、ダンジョンクリーナー……試してみる」
宝くじよりはまだ現実的な確率だろう、たぶん。
テレビの14歳に感化されてなんて馬鹿みたいだけど、頭から可能性を否定して賽を振らないのはもっと馬鹿だ。
姉さんは俺の言葉に不安そうな表情を浮かべる。
しかし決して首を横には降らなかった。
「うん、分かった。あんまり危ないことは……だけど、優くんが決めたならお姉ちゃんも手伝う。応援してるからね!」
俺の肩に手を置いて、姉さんは深く頷く。
そして数秒後、体の力をフッと抜いた。
そして笑う。
「へへ、ご飯冷めちゃったね」
「あ、ごめ……」
申し訳ないのと、なんだか小恥ずかしいような気持ちで頭をかく。
もちろんそれで気がまぎれるようなことはなかった。
そしてそんな俺の顔を、姉さんは穏やかな表情でじっと見つめる。
「え、っと……姉さん?」
「ふふ……優くんは優しいね」
「え……え? なんで?」
「なんでも」
なんだか分からないけれど、そうやって姉さんがくすりと笑うのが無性に嬉しかった。
その後、しばらく三人でうろついてみて……いくつか分かったことがある。 まず一つ、このダンジョンにはモンスターが存在しないわけではないということだ。何の障害物もなく延々と広がっている空間だが、モンスターがいるのであろう場所に近づくと、空間自体にノイズが走るようにして歪んだ黒色からモンスターが現れるのだ。そのモンスターの見た目も……このダンジョンの異様さの中でも浮かない異形、全身がモヤのような不安定な物質で構成され蛍光色の妙にカラフルな目玉が体のどこかに一つだけついている。その形は様々で、人型らしきものもあれば、獣のような姿のものもある。ただ、前述したようにモヤのような不定形に近いもので体が構成されているため一切のディティールを欠いている。そのため、具体的に何と似た形をしているかと考えると、輪郭が曖昧過ぎて分からなかった。 そして二つ目、モンスターの方は……これもこのダンジョンならではの特殊な現象で一応戦闘を避けることができているのだが……目下問題となっているのはこの二つ目の発見だ。それは……発見というにはあまりにも単純すぎるかもしれないが、実際に歩くことでその恐怖は色濃く俺たちにまとわりついている。少し考えればすぐにわかることだったが、こうも変わり映えのしない景色がずっと続くと……自分たちの現在地が全く分からないのだ。 最初の方こそ、迷いたくないという思いが強く直進しかしていなかったが、それは魔物と出会うことですぐに破綻する。この想定外が過ぎる状況に危機感を覚えた俺たちは、ひとまず魔物から距離をとることを選んだが……思えばそれが間違いだったのかもしれない。 逃げる、逃げた先で魔物と出会う、そしてまた逃げる……の繰り返しで、もう自分たちがこのダンジョンのどこに居るのか、最初の位置からどれくらい離れたのか全く分からなくなってしまったのだ。「どう……しよっか……」「これじゃ埒が明かないですね……」 ハナさんと倉井さんもどこか疲れた様子だ。体力的にではない、精神的にだ。この現実離れした光景、いつ現れるかもわからない虚空から姿を現す怪物、あるかもわからない出口を手がかりもなしに探す不安、そういったものはたやすく俺たちの精神をむしばんでいた。「ちょっと一旦……動画止めますね……」 手詰まりというほかないこの状況に、倉井さんは一時的に撮影を
「ここ……だよね……」 あれから三人でしばらく移動して、そしてとうとう本当の目的地にたどり着いた。たどり着いてしまった。 言い出しっぺであるハナさんも実際にそれを前にすると緊張するのか、その光を見つめて唾を飲んだ。 C級ゲート。もちろんそれはありふれたゲートの一つであり、中に入りさえしなければ他のゲートと何ら変わりない。だが、これからそれに立ち入ろうという俺たちの前では……異様なまでの重圧感を持っていた。 倉井さんも流石にここまでくれば眠気も吹っ飛ぶようで、そのまなざしは真剣にゲートへ向いている。それでも覚悟は揺らがないようで、既に携えてきたカメラの調整を手元では行っていた。 ゲートの前に立ったハナさんが、その光を背にこちらを向く。一人一人の顔色を確認するように視線を這わせ、その小さな口を開いた。「準備は……いいよね……? いい?」「……」 俺も倉井さんも無言のまま頷く。それにハナさんも頷いて応え、緊張の面持ちでゲートの光に手を伸ばした。ハナさんの体は瞬く間に光に包まれ、蛍火のように光の残滓だけを残して消える。「水瀬さん、僕たちも行きましょう……」「はい……!」 いよいよもう後に引けないところまで来たのだ。ボスに挑む挑まないというのはあれど、一度入ってしまえば出口を見つけるまでは出られない。そして当然、ハナさん一人を行かせたままにするなんてことをしていいわけがない。 俺と倉井さんはほとんど同時にゲートに手を触れる。ゲートの光は触れた指先から登ってくるようにして全身を飲み込み、視界を複雑に織りなす光で埋め尽くした。 奇妙な力の流れが俺たちをさらっていく。その長いようで短い”転移”を抜けると、光が破れるようにその内側から景色が現れ、急接近してくる。そして……気づいたときにはもう、俺の足はダンジョン内の地面を踏みしめ、その空気を吸っているのだった。 俺と倉井さんをここへ送り込んだ光は、風に馴染むように霧散していく。ハナさんはそれを見届けて、俺たちの到着に頷いた。「うん……みんないるね……。いい? ここからは絶対に離れないように……! いつも何か起こっちゃった時は……大概分断されたりだったから……今回は絶対そんなことは起こしたくないの」「分かってるよ……。水瀬さんも、どうか気を付けて……」「はい……」 いつもは
翌日。結局考えもまとまらないまま、俺はハナさんたちとの待ち合わせ場所に来ていた。今回はゲート目の前での集合でなく、駅前での集合だ。やっぱりC級ダンジョンに潜るというのは多少無茶だとは分かっているみたいで、そのぎりぎりのラインで理性が勝ったのか全員集まってから潜るダンジョンは精査したいと言うのだ。 昨晩はなんだか気がかりなことが多くなってしまってよく眠れなかった。気も急いているのか、待ち合わせ場所に着いたのは予定時刻よりだいぶ早め。朝の駅なんて当然混みあっているが、そこにハナさんや倉井さんの姿はまだない。 さて、潜るダンジョンが決まっていないということは……同時にこれがハナさんを考え直させる最後のチャンスだということでもある。鹿間さんの話からすれば、既にこういう無茶で痛い目を見たことが少なからずあるようだし……話せばわかってくれそうだが……。もしくは、それだけ危険に遭っても行動を改めていないということで、取り付く島もないかのせいもあるにはある。 ハナさんたちはもとより集合時間よりは早めに来るつもりだったようで、しばらく待っているとすぐにやってくる。そして二人の視線はすぐに俺を発見し、こちらに歩み寄ってくるのだった。「おっ、みーちゃん早い! 気合十分だねぇ~!」 まだ朝も早いのに、ハナさんは相変わらず元気な様子だ。しかし、これからのことと鹿間さんから得られた情報のことを考えると……そんな明るい態度にも曖昧に笑うことでしか返せなかった。「ふわぁ……おはようございます。なにやら今日は挑戦的な撮影らしいですから……気を引き締めていきましょう……」 ハナさんとは対照的に、倉井さんは朝は弱いみたいであくびをしながら眠たげな眼をこすっていた。けれども、まぁC級ダンジョンに挑むなんて話をハナさんが事前に通していない今日やることについてはしっかり分かっているようだ。倉井さんからは……俺のような不安や、ハナさんのような熱は感じられない。カメラマンだからだろうか……これからすることの危険さを俺たちよりかは遠くに感じているのかもしれない。 ハナさんのやる気に水を差してしまうようで気が引けるが、ここはきっちり言っていかないとと思い口を開く。「その……ハナさん、C級って言うのは……やっぱりやめにしませんか? その……昨晩、このことについて鹿間さんにも
「おっ……」 早速届いた鹿間さんの返信を開く。俺が開いたタイミングでは、既に三つのメッセージを着信していた。『ハナちゃんなら知っているけど…どうしたんだい?』『彼女に会ったの?』『本当に…いったい何が知りたいんだい?』 話がしたいという旨だけのメッセージを送ったため、鹿間さんの返信には困惑の色が強い。まあ確かに急すぎると言えば急だっただろうと少し反省した。そんな鹿間さんの困惑も解消するために、急いで返信を入力する。「はい」「その…ハナさんから鹿間さんとの昔の話を聞きまして…」「鹿間さんから見てハナさんってどういう人だったのかなって」「それを聞きたいんです」 たぶんこれで過不足なく俺の趣旨は伝えられるはずだ。ただ結局のところ性急すぎるところは変わっていなかったらしく、鹿間さんの返信は依然としていまいち話をつかみかねてる感じだ。『またずいぶん急だね』『ハナちゃんとの間に何かあったのかい?』『ごめんね、いまいちまだ水瀬君が何を聞きたいのかよく分かってないんだ』 もう一度段階を踏んで、結局何が知りたいのかをはっきりさせる必要がある。数秒考えた後、ことの経緯を説明することにした。「俺、こないだハナさんの撮影に協力したんですよ」「それで、今さっき新しい誘いがきて…」「今度はC級のダンジョンに潜ってみないかって…」 まだ俺が説明しきらないうちに鹿間さんの返信が来る。『ハナちゃん、いまD級だっけ?』 俺は入力しかかっていた文字をいったん消して、その質問への答えを投げた。「はい、D級です」「それで…結局俺が聞きたいのは、ハナさんがそんな無謀なことをするような人なのかってことなんですけど…」『なるほど』『大体わかったよ』 なんだかまだ説明が足りなさそうだったのに、鹿間さんはそこですべてを察したような返信をしてくる。それは……鹿間さんの中に、これに関したことでハナさんへの特別なイメージがある……ということなのだろうか? その後、何かを考えているのか、はたまた長い文を入力しているのか、しばらくメッセージが来なくなる。しかしこの流れで会話が終わるはずないと分かっているので、特に急かすようなこともせず続きを受信するのを待った。 しばらくすると、思った通り鹿間さんはメッセージを続けてくる。『まず最初に』『彼女がそういうこと
夕飯後、俺は自室に戻ってハナさんの動画を見ていた。あの日に俺が一緒に映ったあの動画だ。時間を置いてみると、なんだか色々思い過ごしだったような気もして……とりあえず見てみたのだ。 動画の中のハナさんは明るく、そしてすごく自然体に見えて……とても何か問題を抱えているようには見えない。結局、あの瞬間気になっていた違和感なんて嘘みたいな気がしてきて、俺の悪癖としての臆病が顔を出しただけなのかもしれない。「そうだ……」 展開を知っている動画なので、どんな感じに仕上がっているかだけ何となく確かめたら、その画面をもう切り替えてしまう。動画の続きより、今この瞬間のちょっとした思い付きを優先したのだ。 時間は21時手前……。たぶん見るだろうと、鹿間さんにメッセージを送る。「ハナさんって知ってますか?」「あの…ダンジョンの動画上げてる…」「その人について、ちょっと聞かせてもらってもいいですかね?」 鹿間さんから見て、ハナさんはどういう人だったのか……。それを鹿間さんに尋ねてみようと思ったのだ。 鹿間さんは俺よりずっと賢いというか、人を見る目があるし……俺以上にハナさんと深い関りがある。そんな鹿間さんなら、きっと俺よりもよく彼女について分かるはずだ。 ……と、メッセージを送ってみたものの、すぐに反応が来るわけでもない。まぁそれもそうだ。さっきはハナさんが俺に動画のリンクを送ってきたタイミングで俺も返信したからすぐに会話になったに過ぎない。 いったいいつ鹿間さんがこのメッセージを見るかは分からないが、ひとまずある程度の時間は待ってみようと……結局再びハナさんの動画を開く。さっき見ていたところまでシークバーを動かして、寝転がりながら続きをみた。 動画を見ているとあの日の記憶が鮮明によみがえってくる。気がつけば……目では動画を見つつも、頭の中では実際に俺が体験した記憶を見ていた。 ダンジョン探索の動画ということで、編集の手が入っても動画時間はそれなりに長い。最初はもう少し鹿間さんからの返信を待ってみるつもりだったが、なんだか自分の中で「ここで一区切り」みたいのが出来てしまって、この動画を見終わったら返信が来ているかどうかを気にするのをやめることにした。 そうしてぼーっと画面を眺めていると、鹿間さんからの返信……ではなく、俺の部屋に姉さんが
あれから数日、一度こなしてしまえば後はもうなんてことはなく……クリーナーとしての生活にもだいぶ慣れてきた。ダンジョン内の換金素材や攻略自体に発生する報酬金に加え、俺の場合スキルで毎度毎度手に入る武器があるので、それも要らないものは売却することで……たぶんE級にしては結構儲かっている方だと思う。 しかし、こうしてしばらくクリーナー生活をしていると、俺のスキルの便利さというのを実感する。例えばあの時のハナさんのように、ダンジョンで戦う時の武器は本来誰かにつくってもらったりする必要があるわけで、そういった所での費用を浮かせられるのはかなりデカい。中には強い武器を求めてダンジョンに潜る熱心なクリーナーも居るみたいだが、俺の場合は数をこなさなくてもとりあえず武器が手に入ってしまうのだから、楽なことこの上ない。そういえば……要らない武器を売却するときに気づいたのだが、どうやら俺の手に入れた武器は……俺の手を離れるとステータス補正がだいぶ弱まり、特殊能力もだいぶ効果が薄れると判明した。これであの武器たちは俺のスキル由来のものだと確定して安心する一方、売値が安くなってしまうので残念でもあった。 今日はもう一仕事終えた後なので、自室のベッドの上で携帯を眺めてゴロゴロしている。あれからハナさんのチャンネルをちょこちょこチェックしていたのだ。ハナさんの動画は意外と多岐にわたり、ああいうダンジョン関連の動画だけでなく普通に料理したりゲームしたりという趣旨のものも多い。あとは結構配信とかもするみたいだ。なかなか忙しい。 その中でも、俺はやっぱりダンジョン関連の動画をよく見る。勉強になるのも、終始ふざけてるようなのもあるが、基本的にやっぱりクリーナーの後輩としては結構ためになるポイントが多いのだ。俺みたいに他の誰かと動画を撮るのも珍しくないみたいで、複数人で映っているのもいくつかある。まるでそこにはハナさんのクリーナーとしての歴史が全部あるかのようだった。「そういや……俺の動画っていつ上がるんだろ……」 何ならここ数日間ほとんど頭の無かったそれを思い出す。あのダンジョン攻略の直後はわりと楽しみにしていたが、ここ数日の間に日常生活の中へと埋もれてしまったのだ。とは言えこうしてずっと画面を睨んでいても更新が来るわけでもない。 ひとまず……今日はダンジョン
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