季節は夏を過ぎて秋になり、やがて冬に差し掛かる。
それぞれの役割を忠実に果たし続けた俺とクマ吾郎、それに奴隷たちは、努力に見合った成果を手に入れていた。俺とクマ吾郎は戦闘能力がかなり上がった。
もう一流冒険者としてどこへ行っても恥ずかしくない実力だ。「俺は一流。クマ吾郎は超一流かもな」
「ガウ!」
奴隷たちはおのおののスキルを磨いた。
錬金術のレナのポーションは、店で売っているポーションより一回り高い性能を発揮する。中級レベルまでのダンジョンであれば十分に通用する性能だ。場合によってはボスにも使える。
宝石加工のバドじいさんのアクセサリーは、冒険で大きな効果を出している。
このクラスのアクセサリーは店では売っていないし、ダンジョンのドロップを狙うにも難しい。
ある程度の数をいつも揃えているこの店はとても評判がいい。
エリーゼも裁縫の腕を上げて、みんなの服を作るようになった。ただ、彼女は店の経営と二足のわらじ。他の奴隷に比べれば裁縫スキルはゆっくりとした成長になっている。
イザクは農業スキルを上げて、見事に畑を耕した。
家の裏手はよく整えられた畑が広がっている。 秋まきの野菜が植えられて、もう少しで収穫できるという。楽しみだ。子供のエミルと女戦士のルクレツィアは、そこまで変化はないな。
エミルはまだまだ幼い。 ルクレツィアは元からけっこう強かった上に、まだうちに来てからそんなに経ってないし。「それにしても、みんなすごい成長ぶりだよなぁ」
ダンジョンから家に帰った俺は、レナとバドじいさんの新作を見ながら言った。
「世の中に錬金術師や宝石加工師は、たくさんいると思うんだけど。レナやじいさんは修行を始めてまだ半年そこらだろ。それが標準より良い性能のものを作るんだから、びっくりだよ」
「そうですね……。実はわたしも、ちょっと不思議で。やっぱりご主人様の人徳でしょうか?」
表示されたステータスに妙なものを見つけて、俺は思わず叫んだ。「え! なんだこの『特殊スキル、統率(小)』って!」 メダルで習得した覚えはないし、それっぽい行動も特に覚えはない。 思わず声を上げると、エリーゼも不思議そうに言った。「でも、何となく味方がパワーアップしそうな名前ですね。統率」「確かに」 いつの間にこんなの生えてたんだろうか。 俺たちは首をかしげながらも、分からなかったので保留となった。 統率のインパクトがすごすぎて忘れていたが、ついに魅力が上がったのも地味に嬉しい。 エリーゼが教えてくれた歌唱スキルのおかげだと思う。もう音痴とは言わせない。 後日、王都で色々と調べた結果。 統率は多くの仲間を引き連れたリーダーに与えられるスキルだと判明した。 仲間の数と忠誠心によって会得する。 効果は仲間にさまざまなボーナスを与えるのだという。 俺は今年になって奴隷をたくさん買った。 奴隷というより仲間に近い感覚で彼らに接していた。 そりゃあそんなに甘やかすつもりはなかったけど、彼らはあくまで人間。仕事仲間だ。その思いは変わらない。 だからみんなも俺に心を開いてくれた……と思う。 それが忠誠心という形で表れて、統率スキルになったのか。 確認されている統率スキルの効果はさまざまだが、その中に「仲間の潜在能力を引き出し、成長を促す」というのがあった。 ここ最近のみんなの急激な成長はそのおかげだろう。 そういえば、俺自身の成長よりもクマ吾郎パワーアップのほうが上なんだよな。 統率スキルの影響だったのか。「そんなことってあるんだなぁ」 思わずつぶやくと、「ガウガウ!」 クマ吾郎が得意げな顔で鳴いた。 まるで「分かってたもんね!」とでも言いたそうだ。 そん
統率スキルの効果が確認できたので、俺たちはますます仕事に励んだ。「なあ、ユウ様よ。たまにはあたしもダンジョンに連れて行ってくれよ。腕がなまっちまう」「まあ、そうか。今のとこ店に強盗が来たわけじゃなし、実戦の機会がなかったもんな」 女戦士のルクレツィアがそう言うので、自宅の警備をクマ吾郎と交代してダンジョンに行ってみた。「ヒャッハァ! 死ね、死ねー!」 ルクレツィアはぱっと見、美人なんだけど。 戦い方はバーサーカーだった。「ちょ、ルクレツィア、ストップ! 一人で突っ込んだら危ないだろうが」「ユウ様のサポートが届く範囲までしか、行ってないぜ?」 しかも野生の勘が鋭いバーサーカーである。 彼女の戦士としての腕前の割に、奴隷の値段が安いのはなんとなく察した。 狂犬すぎて御するのが大変だったんだろう。 ボスを見つけて単身で突っ込んでいったときは肝が冷えた。 しかも瀕死になるまでダメージを受け続けて、後一撃で死んでしまう! となってから回復ポーションを飲むのだ。 いくらレナのポーションが効果抜群だと言っても、これはない。「お前、ほんっとーにやめろよ! そんな戦い方してたら、いつか死ぬぞ!」「いいじゃん。戦士は戦いで死んでなんぼよ」 ケロッとした口調で言うので、俺は怒りを覚えた。「いいわけあるか! 俺は誰にも死んでほしくないんだよ。俺自身、今まで必死で生きてきた。生きたくても生きられない人の気持ち、考えたことあるか!?」 この世界で目を覚ましてから、理不尽な死者は何人も見てきた。 あんなふうに死にたくない一念で俺はここまで来たんだ。 ルクレツィアは気圧された様子で口ごもる。「え、あの……?」「お前が死んだら、家のみんなが悲しむと分かって言ってんのか? エミルは泣いて夜寝られなくなるぞ。他の大人だってどれだけ落ち込むことか。それ分かった上で言ってんのか!?」「……悪
そうしているうちに季節は巡り、三度目の春がやってくる。 俺は記憶喪失で誕生日を覚えていないので、難破船から放り出されて洞窟で目覚めた日を誕生日代わりにしている。 だからその日、俺は十七歳になった。「ユウ様、お誕生日おめでとうございます!」「おめでとう!」「おめっとさん」「ガウ~!」 家の皆が盛大に祝ってくれて、ちょっと照れくさかった。 その日の食卓はいつもより豪華な食事が並んで、みんなでおいしく食べた。 今さら誕生日を祝うような年齢ではないが、こうやってパーティ気分で楽しくやるのは悪くない。 食後のケーキはエリーゼとレナの手作りだそうで、おいしかった。みんなすっかり満腹、満足。 エミルが「僕もお手伝いしたんだよ!」と胸を張っていたので、頭を撫でてやったよ。 レナとバドじいさんの生産品はますます品質が上がって、店の売上は絶好調。 ひっきりなしにお客が来るものだから、店が手狭になってきたので、拡張を決意する。 ついでにいよいよ、俺も鍛冶スキルの練習を始めよう。 王都の大工に出張を頼んで、店舗スペースを広げてもらった。 さらに家の横に鍛冶場を作る。 それなりにお金がかかったが、資金はしっかり貯めてある。問題ない。 これで準備は整った。 ダンジョン攻略と素材採集はルクレツィアとクマ吾郎のコンビに任せる。 ルクレツィアは突撃癖がまだ抜けきっていないが、クマ吾郎がいれば安心だろう。あいつは頼れる熊だからな。「いいか、二人とも。くれぐれも『命大事に』だ」「へいへい。分かってるよ」「ガウー!」 そうして俺は鍛冶に取り掛かる。 最初は扱いやすい青銅なんかを叩いて、そのうち鉄に。 カーン、カーン……。 熱した鉄は真っ赤になって、叩くたびに火花が散っていく。 叩き具合によって金属の硬度
春、夏と半年間を鍛冶に目一杯打ち込んだおかげで、俺の鍛冶の腕前はかなり上がった。 扱える素材はずいぶん増えて、今は魔法銀を主体にやっている。 魔法銀は名前の通り、魔力が含まれた銀色の金属だ。 軽い上に魔法と相性がいいので魔法使いに愛用されている。 ただ頑丈さはやや難あり。 なので生粋の戦士たちには、耐久度抜群のアダマンタイトのほうが人気がある。「ユウ様よぉ。ダンジョンでグリーンドラゴンをぶっ殺したら、こんな素材が手に入ったぜ」 ある日、ルクレツィアが変わった素材を取ってきてくれた。 緑色でツヤツヤした鱗である。「おっ、これは竜鱗だな! 素材としては最高クラスだよ。やるじゃないか!」 俺が目を丸くすると、ルクレツィアとクマ吾郎は得意げな顔になった。「へへっ。あたしらにかかれば、ドラゴンだって敵じゃないんだよ」「ガウ!」 まったく頼もしいな。 俺の手の竜鱗を覗き込みながら、ルクレツィアが言う。「ドラゴンは色違いが何種類もいるだろ。そいつらの鱗も素材になるの?」「もちろんだ。ドラゴンは属性を持っているからな。例えばこのグリーンドラゴンは、弱い冷気属性。レッドドラゴンは火属性」「へぇ~。じゃあ、色んな色のドラゴンの鱗をむしり取ってくりゃあ、ユウ様の鍛冶の役に立つな?」 俺はうなずいた。「今の俺の実力じゃ、竜鱗はちょっと難易度が高いが。もっと練習すれば、必ず扱えるようになる。そうすればお前たちの武器や防具を作ってやれるよ」「いいね! ユウ様が作ってくれた斧、切れ味よくてさ。気に入ってるんだ」 そんな話をしていると、バドじいさんがひょっこり顔を出した。「今、竜鱗がどうとか聞こえたんじゃが」「うん、ほらこれ。ルクレツィアとクマ吾郎が取ってきてくれた」 グリーンドラゴンの鱗を見せると、彼は目を輝かせた。「おおお、素晴らしい! 竜鱗は宝石加工スキルでも最高ランクの素材でしてなあ。これがあれば、効果の高い護符が作
奴隷制は未だに嫌いだが、もうそんなことも言っていられない。「そうしてもらえると、助かります」 夕食時、みんなが揃ったところでこの話を切り出した。 今日はルクレツィアとクマ吾郎も戻っている。ちょうどいい機会だった。「というわけで、人手不足解消のために奴隷を買おうと思うんだ。どんな人がいいとか、みんなの意見を聞きたい」「接客と計算ができる人だと助かります」 エリーゼが言った。 彼女の仕事は店関係。特に帳簿や商品管理は一人でしているので、負担が重いだろう。「私は助手がほしいです」「わしもじゃ」 錬金術のレナと宝石加工のバドじいさんは、同じことを言った。「最近は店の売上が好調で、生産が追いつかないんです。ユウ様たちのダンジョン攻略の際には、良いポーションを持っていってほしいから」「わしも作るはしから売れる今の状態は、ありがたいんじゃが。いいものができたら、ユウ様やルクレツィアやクマ吾郎に使ってほしいんじゃ」「ガウ」 バドじいさんはクマ吾郎の頭を撫でた。 そのクマ吾郎の首には、宝石の嵌った首輪がつけられている。 魔法の守りが込められた、バドじいさん自慢の一品だった。「オレは畑をもっと広げたい。農業スキル持ちを買ってもらえるとありがたい。できれば三、四人」「そんなに?」 思わず言うと、イザクはうなずいた。「広い畑を手入れするには、人手がいる。今はオレ一人でやれる分しかやっていなくて、いつももったいないと思っていた」 今でもけっこう広いと思うんだけどな。 特に今年は春蒔きの小麦を植えたので、そろそろ収穫できそうなのだ。 小麦が採れれば麦粥にしたり製粉してパンにしたりと、自給自足の幅が広がる。「……そういえば、製粉するにも労力がかかるよな」「そういうことだ」 俺のつぶやきにイザクが同意した。 純粋な農作業だけでなく、周辺の仕事も含めての人数か。なるほ
みんなの意見がまとまったことだし、近い内に王都へ行って奴隷を買ってこよう。 そう思っていたある日、家にパルティア国の役人がやって来た。衛兵を三名ほど連れていた。 役人は横柄な口調で言った。「この家で麦を植えていると聞いて、確認しに来た。畑を見せろ」「どうぞ。こっちです」 家の裏手、イザクの畑は金色の麦穂でいっぱいだ。 横のほうにはナスやトマトなんかの野菜も植えてある。 役人は畑の実り具合を見て唸った。「この広さで麦を栽培しているとなると、税金がかかる」「えっ。俺、収入に対しての税金はきちんと納めていますけど。それとは別に?」 それにそもそも、ここの畑は自家消費用で作物を売ったりはしていない。 俺は思わず文句を言いかけて、ぐっとこらえた。 ここで役人と言い争うのは得策じゃない。「そうだ。麦は我が国の主食。ごく小さな家庭菜園程度なら見逃すときもあるが、ここまで広ければきっちりと取り立ててやろう」 ええー! ただでさえ二ヶ月に一度の税金はけっこう重いってのに、畑からも取るのかよ。「税率はどのくらいです?」「五割だ」 高すぎんだろ! この国に食い詰めた人が多いのが分かったわ。 苦労して畑を耕しても、半分も作物を持っていかれるんじゃ暮らしが成り立たない。 肥料とかの経費を差し引くとかそういう考えもない。出来高からまるっと五割だ。 だが、国家権力に逆らえるわけがない……。 今ここで衛兵と役人を皆殺しにするくらいの実力なら、今の俺にもある。 昔は衛兵に歯が立たなかったが、今なら三人相手取っても負ける気がしない。 けれどもそんなことをやってしまったら、俺は一気に重犯罪者だ。 奴隷たちも連座の罪に問われて死刑になるだろう。 そんなのできるわけがない。くそ。「今日は測量をしていく。計算結果にもとづいて税金を請求するので、必ず支払うように」
その日の夕食時、みんなの前で今日の話をする。「……というわけで、畑の作物に税金がかかるんだそうだ」 俺が言い終えると、部屋の中はため息とがっかりした空気で満たされた。「お国のすることは、いつだって横暴じゃのう」 バドじいさんがため息をつく。 俺も続ける。「正直、これからの方針が不安になった。下手にお金を稼ぎ続ければ、国に目をつけられるかもしれない」「実は店のほうも、帳簿に難癖をつけられて」 エリーゼが遠慮がちに言う。「間違いとも言えないような小さいミスをあげつらって、違反金を払えと言われました」「そんなことがあったのか」「はい。その後、間違いではないと証明できたので、お役人は引き下がってくれましたが」 役人どもはろくなことしないな。 最悪、ミスのでっち上げもあり得る。「たぶんそれ、ワイロよこせって意味だと思うぜ」 夕食のかぼちゃスープをすすりながら、ルクレツィアが言った。「帝国じゃよくある話でさ。袖の下を渡しておけば、色んなことを見逃してもらえる。ワイロを拒めば必要以上に厳しくされる。どこも同じだね」「嫌ですねえ。わたくしたちはいいものを作って、真っ当に商売したいだけなのに」「ガウ……」 レナとクマ吾郎もげんなりした表情だ。 エミルは困った顔で大人たちを見ている。「これからもうるさく言われるようなら、ワイロを渡すのもアリか……」 ムカつくが、奴隷たちの身の安全とスムーズな商売のために仕方ないのかもしれない。 エリーゼが言った。「わたしが開拓村にいた頃は、子供だったので。ここまで税金が重いとは知りませんでした。家族がわたしを奴隷商人に売ったのも、やむを得ないと実感しています」 彼女は家族が生き延びるために売られたんだったな。 悲しい思い出を思い出させて申し訳ないよ。 &he
秋にガッツリと畑の税金が取られてしまった。 けれどいつまでも引きずっていては仕方がない。 俺たちは気を取り直して、残った収穫物を楽しんだ。 家に製粉機がなかったので、王都に小麦を運んで製粉してもらう。 さらにその小麦粉をパン屋に持ち込んでパンを焼いてもらう。 製粉とパン焼き、それぞれの場所で手数料と税金(また税金だよ)が取られた。「これじゃあ普通にパンを買うのと値段的に大差ないよな」「そうですね……」 エリーゼもがっかりしている。 だがもう一度気を取り直そう。 今回王都パルティアまで来たのは、パンを焼くためだけではない。 人手不足解消のため新しく奴隷を買いに来たのだ。 人を『買う』という行為は何度やっても慣れない。慣れたくもない。 けれど自分の利益のためにやるのだから、俺もあさましくなったものだ。 奴隷市場に行って、希望を伝えた。 レナとバドじいさんの生産スキルの助手。 エリーゼの店舗経営の補佐。 イザクの農業の助手。 警備兼ダンジョン攻略要員の戦闘職。 それからエミルの年の近い友だちだ。「ユウ様ですね。お噂はかねがね。かなり稼いでいらっしゃるとのことで、羨ましいですなあ」 奴隷商人の態度は前よりも明らかにゴマをすったものに変わっていた。 どうやら俺の店の評判が王都まで届いているらしい。 冒険者相手に商売を成功させて、品質の高いポーションやアクセサリー、最近は武具類も扱っている。 そりゃ、お役人に目をつけられるよな。 奴隷たちを何人も物色……いいや面接して、今いるメンバーの相性も考えながら選んだ。 こっそり考えている開拓村計画のこともある。 人数は多めに。でも慎重に選ばないといけない。 エリーゼと相談しながら進めた結果、今回は六人を買うことにした。 全員分で金貨九枚である。 今
家は人数が増えるのを見越して増築が済んでいる。 元からいるメンバーに、自分の助手になる奴隷の面倒をきちんとみるよう頼んだ。 少し時間はかかっても、この家に馴染んでほしいと思っている。「よろしくね!」 エミルは同じ年頃の少年と少女がやってきて、とても嬉しそうだ。 新しく買った子らはパルティア人。 こうして見ると、エミルの色白さと色素の薄さが目立つ。「エミル、ちょっといいか?」「はい、ユウ様」 エミルの経歴書には『種族:パルティア人』とある。 違和感を確かめるのに、俺は聞いてみることにした。一応、他の子とは別の部屋でな。「エミルの両親はどんな人なんだ? ほら、お前は他のパルティア人と髪や目の色がちょっと違うだろ。不思議に思って」「…………」 彼は目を伏せてしまった。 子供が奴隷になるような状況だ。トラウマに触れてしまったかもしれん。「すまん、言いたくなければいいんだ」 エミルはゆっくりと首を振って話し始める。「おとうさんは、会ったことがありません。僕がうんと小さいときに、死んじゃったみたいです。おかあさんは、僕が六歳のときに病気で死にました」 あああ、やっぱり重い話だった! 俺が内心でワタワタしていると、エミルはゆっくりと続けた。「おかあさんはよく、昔話をしてくれました。北の雪が降る場所の話です。おかあさんは寒い土地の生まれで、あるときパルティアまで旅をしたら、奴隷商人に捕まってしまったんだって。おとうさんとは奴隷になってから知り合って、結婚はできなかったけど、愛し合っていたって」 なるほど、やはり異民族の血を引いているのか。 ただし父親がパルティア人だから、この子もパルティア人ということになっている。そんなわけだ。「おかあさんは寒い土地の偉い人の娘で、お嬢様だったんだよって言っていました。ほんとかなぁ……」 そこまで言って、エミルの
秋にガッツリと畑の税金が取られてしまった。 けれどいつまでも引きずっていては仕方がない。 俺たちは気を取り直して、残った収穫物を楽しんだ。 家に製粉機がなかったので、王都に小麦を運んで製粉してもらう。 さらにその小麦粉をパン屋に持ち込んでパンを焼いてもらう。 製粉とパン焼き、それぞれの場所で手数料と税金(また税金だよ)が取られた。「これじゃあ普通にパンを買うのと値段的に大差ないよな」「そうですね……」 エリーゼもがっかりしている。 だがもう一度気を取り直そう。 今回王都パルティアまで来たのは、パンを焼くためだけではない。 人手不足解消のため新しく奴隷を買いに来たのだ。 人を『買う』という行為は何度やっても慣れない。慣れたくもない。 けれど自分の利益のためにやるのだから、俺もあさましくなったものだ。 奴隷市場に行って、希望を伝えた。 レナとバドじいさんの生産スキルの助手。 エリーゼの店舗経営の補佐。 イザクの農業の助手。 警備兼ダンジョン攻略要員の戦闘職。 それからエミルの年の近い友だちだ。「ユウ様ですね。お噂はかねがね。かなり稼いでいらっしゃるとのことで、羨ましいですなあ」 奴隷商人の態度は前よりも明らかにゴマをすったものに変わっていた。 どうやら俺の店の評判が王都まで届いているらしい。 冒険者相手に商売を成功させて、品質の高いポーションやアクセサリー、最近は武具類も扱っている。 そりゃ、お役人に目をつけられるよな。 奴隷たちを何人も物色……いいや面接して、今いるメンバーの相性も考えながら選んだ。 こっそり考えている開拓村計画のこともある。 人数は多めに。でも慎重に選ばないといけない。 エリーゼと相談しながら進めた結果、今回は六人を買うことにした。 全員分で金貨九枚である。 今
その日の夕食時、みんなの前で今日の話をする。「……というわけで、畑の作物に税金がかかるんだそうだ」 俺が言い終えると、部屋の中はため息とがっかりした空気で満たされた。「お国のすることは、いつだって横暴じゃのう」 バドじいさんがため息をつく。 俺も続ける。「正直、これからの方針が不安になった。下手にお金を稼ぎ続ければ、国に目をつけられるかもしれない」「実は店のほうも、帳簿に難癖をつけられて」 エリーゼが遠慮がちに言う。「間違いとも言えないような小さいミスをあげつらって、違反金を払えと言われました」「そんなことがあったのか」「はい。その後、間違いではないと証明できたので、お役人は引き下がってくれましたが」 役人どもはろくなことしないな。 最悪、ミスのでっち上げもあり得る。「たぶんそれ、ワイロよこせって意味だと思うぜ」 夕食のかぼちゃスープをすすりながら、ルクレツィアが言った。「帝国じゃよくある話でさ。袖の下を渡しておけば、色んなことを見逃してもらえる。ワイロを拒めば必要以上に厳しくされる。どこも同じだね」「嫌ですねえ。わたくしたちはいいものを作って、真っ当に商売したいだけなのに」「ガウ……」 レナとクマ吾郎もげんなりした表情だ。 エミルは困った顔で大人たちを見ている。「これからもうるさく言われるようなら、ワイロを渡すのもアリか……」 ムカつくが、奴隷たちの身の安全とスムーズな商売のために仕方ないのかもしれない。 エリーゼが言った。「わたしが開拓村にいた頃は、子供だったので。ここまで税金が重いとは知りませんでした。家族がわたしを奴隷商人に売ったのも、やむを得ないと実感しています」 彼女は家族が生き延びるために売られたんだったな。 悲しい思い出を思い出させて申し訳ないよ。 &he
みんなの意見がまとまったことだし、近い内に王都へ行って奴隷を買ってこよう。 そう思っていたある日、家にパルティア国の役人がやって来た。衛兵を三名ほど連れていた。 役人は横柄な口調で言った。「この家で麦を植えていると聞いて、確認しに来た。畑を見せろ」「どうぞ。こっちです」 家の裏手、イザクの畑は金色の麦穂でいっぱいだ。 横のほうにはナスやトマトなんかの野菜も植えてある。 役人は畑の実り具合を見て唸った。「この広さで麦を栽培しているとなると、税金がかかる」「えっ。俺、収入に対しての税金はきちんと納めていますけど。それとは別に?」 それにそもそも、ここの畑は自家消費用で作物を売ったりはしていない。 俺は思わず文句を言いかけて、ぐっとこらえた。 ここで役人と言い争うのは得策じゃない。「そうだ。麦は我が国の主食。ごく小さな家庭菜園程度なら見逃すときもあるが、ここまで広ければきっちりと取り立ててやろう」 ええー! ただでさえ二ヶ月に一度の税金はけっこう重いってのに、畑からも取るのかよ。「税率はどのくらいです?」「五割だ」 高すぎんだろ! この国に食い詰めた人が多いのが分かったわ。 苦労して畑を耕しても、半分も作物を持っていかれるんじゃ暮らしが成り立たない。 肥料とかの経費を差し引くとかそういう考えもない。出来高からまるっと五割だ。 だが、国家権力に逆らえるわけがない……。 今ここで衛兵と役人を皆殺しにするくらいの実力なら、今の俺にもある。 昔は衛兵に歯が立たなかったが、今なら三人相手取っても負ける気がしない。 けれどもそんなことをやってしまったら、俺は一気に重犯罪者だ。 奴隷たちも連座の罪に問われて死刑になるだろう。 そんなのできるわけがない。くそ。「今日は測量をしていく。計算結果にもとづいて税金を請求するので、必ず支払うように」
奴隷制は未だに嫌いだが、もうそんなことも言っていられない。「そうしてもらえると、助かります」 夕食時、みんなが揃ったところでこの話を切り出した。 今日はルクレツィアとクマ吾郎も戻っている。ちょうどいい機会だった。「というわけで、人手不足解消のために奴隷を買おうと思うんだ。どんな人がいいとか、みんなの意見を聞きたい」「接客と計算ができる人だと助かります」 エリーゼが言った。 彼女の仕事は店関係。特に帳簿や商品管理は一人でしているので、負担が重いだろう。「私は助手がほしいです」「わしもじゃ」 錬金術のレナと宝石加工のバドじいさんは、同じことを言った。「最近は店の売上が好調で、生産が追いつかないんです。ユウ様たちのダンジョン攻略の際には、良いポーションを持っていってほしいから」「わしも作るはしから売れる今の状態は、ありがたいんじゃが。いいものができたら、ユウ様やルクレツィアやクマ吾郎に使ってほしいんじゃ」「ガウ」 バドじいさんはクマ吾郎の頭を撫でた。 そのクマ吾郎の首には、宝石の嵌った首輪がつけられている。 魔法の守りが込められた、バドじいさん自慢の一品だった。「オレは畑をもっと広げたい。農業スキル持ちを買ってもらえるとありがたい。できれば三、四人」「そんなに?」 思わず言うと、イザクはうなずいた。「広い畑を手入れするには、人手がいる。今はオレ一人でやれる分しかやっていなくて、いつももったいないと思っていた」 今でもけっこう広いと思うんだけどな。 特に今年は春蒔きの小麦を植えたので、そろそろ収穫できそうなのだ。 小麦が採れれば麦粥にしたり製粉してパンにしたりと、自給自足の幅が広がる。「……そういえば、製粉するにも労力がかかるよな」「そういうことだ」 俺のつぶやきにイザクが同意した。 純粋な農作業だけでなく、周辺の仕事も含めての人数か。なるほ
春、夏と半年間を鍛冶に目一杯打ち込んだおかげで、俺の鍛冶の腕前はかなり上がった。 扱える素材はずいぶん増えて、今は魔法銀を主体にやっている。 魔法銀は名前の通り、魔力が含まれた銀色の金属だ。 軽い上に魔法と相性がいいので魔法使いに愛用されている。 ただ頑丈さはやや難あり。 なので生粋の戦士たちには、耐久度抜群のアダマンタイトのほうが人気がある。「ユウ様よぉ。ダンジョンでグリーンドラゴンをぶっ殺したら、こんな素材が手に入ったぜ」 ある日、ルクレツィアが変わった素材を取ってきてくれた。 緑色でツヤツヤした鱗である。「おっ、これは竜鱗だな! 素材としては最高クラスだよ。やるじゃないか!」 俺が目を丸くすると、ルクレツィアとクマ吾郎は得意げな顔になった。「へへっ。あたしらにかかれば、ドラゴンだって敵じゃないんだよ」「ガウ!」 まったく頼もしいな。 俺の手の竜鱗を覗き込みながら、ルクレツィアが言う。「ドラゴンは色違いが何種類もいるだろ。そいつらの鱗も素材になるの?」「もちろんだ。ドラゴンは属性を持っているからな。例えばこのグリーンドラゴンは、弱い冷気属性。レッドドラゴンは火属性」「へぇ~。じゃあ、色んな色のドラゴンの鱗をむしり取ってくりゃあ、ユウ様の鍛冶の役に立つな?」 俺はうなずいた。「今の俺の実力じゃ、竜鱗はちょっと難易度が高いが。もっと練習すれば、必ず扱えるようになる。そうすればお前たちの武器や防具を作ってやれるよ」「いいね! ユウ様が作ってくれた斧、切れ味よくてさ。気に入ってるんだ」 そんな話をしていると、バドじいさんがひょっこり顔を出した。「今、竜鱗がどうとか聞こえたんじゃが」「うん、ほらこれ。ルクレツィアとクマ吾郎が取ってきてくれた」 グリーンドラゴンの鱗を見せると、彼は目を輝かせた。「おおお、素晴らしい! 竜鱗は宝石加工スキルでも最高ランクの素材でしてなあ。これがあれば、効果の高い護符が作
そうしているうちに季節は巡り、三度目の春がやってくる。 俺は記憶喪失で誕生日を覚えていないので、難破船から放り出されて洞窟で目覚めた日を誕生日代わりにしている。 だからその日、俺は十七歳になった。「ユウ様、お誕生日おめでとうございます!」「おめでとう!」「おめっとさん」「ガウ~!」 家の皆が盛大に祝ってくれて、ちょっと照れくさかった。 その日の食卓はいつもより豪華な食事が並んで、みんなでおいしく食べた。 今さら誕生日を祝うような年齢ではないが、こうやってパーティ気分で楽しくやるのは悪くない。 食後のケーキはエリーゼとレナの手作りだそうで、おいしかった。みんなすっかり満腹、満足。 エミルが「僕もお手伝いしたんだよ!」と胸を張っていたので、頭を撫でてやったよ。 レナとバドじいさんの生産品はますます品質が上がって、店の売上は絶好調。 ひっきりなしにお客が来るものだから、店が手狭になってきたので、拡張を決意する。 ついでにいよいよ、俺も鍛冶スキルの練習を始めよう。 王都の大工に出張を頼んで、店舗スペースを広げてもらった。 さらに家の横に鍛冶場を作る。 それなりにお金がかかったが、資金はしっかり貯めてある。問題ない。 これで準備は整った。 ダンジョン攻略と素材採集はルクレツィアとクマ吾郎のコンビに任せる。 ルクレツィアは突撃癖がまだ抜けきっていないが、クマ吾郎がいれば安心だろう。あいつは頼れる熊だからな。「いいか、二人とも。くれぐれも『命大事に』だ」「へいへい。分かってるよ」「ガウー!」 そうして俺は鍛冶に取り掛かる。 最初は扱いやすい青銅なんかを叩いて、そのうち鉄に。 カーン、カーン……。 熱した鉄は真っ赤になって、叩くたびに火花が散っていく。 叩き具合によって金属の硬度
統率スキルの効果が確認できたので、俺たちはますます仕事に励んだ。「なあ、ユウ様よ。たまにはあたしもダンジョンに連れて行ってくれよ。腕がなまっちまう」「まあ、そうか。今のとこ店に強盗が来たわけじゃなし、実戦の機会がなかったもんな」 女戦士のルクレツィアがそう言うので、自宅の警備をクマ吾郎と交代してダンジョンに行ってみた。「ヒャッハァ! 死ね、死ねー!」 ルクレツィアはぱっと見、美人なんだけど。 戦い方はバーサーカーだった。「ちょ、ルクレツィア、ストップ! 一人で突っ込んだら危ないだろうが」「ユウ様のサポートが届く範囲までしか、行ってないぜ?」 しかも野生の勘が鋭いバーサーカーである。 彼女の戦士としての腕前の割に、奴隷の値段が安いのはなんとなく察した。 狂犬すぎて御するのが大変だったんだろう。 ボスを見つけて単身で突っ込んでいったときは肝が冷えた。 しかも瀕死になるまでダメージを受け続けて、後一撃で死んでしまう! となってから回復ポーションを飲むのだ。 いくらレナのポーションが効果抜群だと言っても、これはない。「お前、ほんっとーにやめろよ! そんな戦い方してたら、いつか死ぬぞ!」「いいじゃん。戦士は戦いで死んでなんぼよ」 ケロッとした口調で言うので、俺は怒りを覚えた。「いいわけあるか! 俺は誰にも死んでほしくないんだよ。俺自身、今まで必死で生きてきた。生きたくても生きられない人の気持ち、考えたことあるか!?」 この世界で目を覚ましてから、理不尽な死者は何人も見てきた。 あんなふうに死にたくない一念で俺はここまで来たんだ。 ルクレツィアは気圧された様子で口ごもる。「え、あの……?」「お前が死んだら、家のみんなが悲しむと分かって言ってんのか? エミルは泣いて夜寝られなくなるぞ。他の大人だってどれだけ落ち込むことか。それ分かった上で言ってんのか!?」「……悪
表示されたステータスに妙なものを見つけて、俺は思わず叫んだ。「え! なんだこの『特殊スキル、統率(小)』って!」 メダルで習得した覚えはないし、それっぽい行動も特に覚えはない。 思わず声を上げると、エリーゼも不思議そうに言った。「でも、何となく味方がパワーアップしそうな名前ですね。統率」「確かに」 いつの間にこんなの生えてたんだろうか。 俺たちは首をかしげながらも、分からなかったので保留となった。 統率のインパクトがすごすぎて忘れていたが、ついに魅力が上がったのも地味に嬉しい。 エリーゼが教えてくれた歌唱スキルのおかげだと思う。もう音痴とは言わせない。 後日、王都で色々と調べた結果。 統率は多くの仲間を引き連れたリーダーに与えられるスキルだと判明した。 仲間の数と忠誠心によって会得する。 効果は仲間にさまざまなボーナスを与えるのだという。 俺は今年になって奴隷をたくさん買った。 奴隷というより仲間に近い感覚で彼らに接していた。 そりゃあそんなに甘やかすつもりはなかったけど、彼らはあくまで人間。仕事仲間だ。その思いは変わらない。 だからみんなも俺に心を開いてくれた……と思う。 それが忠誠心という形で表れて、統率スキルになったのか。 確認されている統率スキルの効果はさまざまだが、その中に「仲間の潜在能力を引き出し、成長を促す」というのがあった。 ここ最近のみんなの急激な成長はそのおかげだろう。 そういえば、俺自身の成長よりもクマ吾郎パワーアップのほうが上なんだよな。 統率スキルの影響だったのか。「そんなことってあるんだなぁ」 思わずつぶやくと、「ガウガウ!」 クマ吾郎が得意げな顔で鳴いた。 まるで「分かってたもんね!」とでも言いたそうだ。 そん