Chapter: 第14話 増える人々 興奮して詰め寄ってくるメイドたち押し留めながら、落ち着かせながら言う。「みんな、ありがとう。でも推し活は生活に負担がかからない程度にね」「推し活?」「さっきの物語みたいに、好きなことにお金や時間をかけることよ。そりゃあ楽しいけれど、普段の生活をしっかりこなしてからの話だから」「それはそうだよね。分かったわ。気をつける」「ええ、お願い。それから夜の執筆を、これまで通り見逃してほしいのだけれど」「もちろん!」 メイド長は力強くうなずいた。「何なら昼間も時間が取れるよう、仕事を調整するけれど?」「それは駄目です。私はメイドとしてしっかり働いた上で、物語を書いていきたい。私はこのゼナファ軍団のメイド、みんなの仲間だもの」 まあ本音を言えば、少数ファンのカンパだけで専業作家になるほどの勇気がない。 今は本業(メイド)をこなしながら、生活基盤を作りながら、兼業作家としてBL布教に邁進する時期である。 専業になるのはしっかり売れるようになってからで遅くないのだ。 じゃないと生活の不安があるもの。夢を追いかけるのは大事だが、足元の生活も大事。「フェリシア先輩……!」 リリアが駆け寄って手を握ってきた。「わたし、先輩についていきます。物語執筆のお手伝いも、がんばります!」「あっ、リリアずるい! あたしだってフェリシアのファンになったんだから」「私も!」「あたしもー!」 メイド部屋の中の熱気は全く収まらない。 この熱い空気の中で、私たちは存分に萌え語りを楽しんだのだった。 リリアに続きメイドの皆さんが腐女子仲間になってくれた。 休憩時やちょっとした時間に萌え語りができるようになって、私の生活はますます充実している。 今日はこんなシーンを目撃した。 食いしん坊の兵士が厨房につまみ食いにやって来て、
Terakhir Diperbarui: 2025-05-11
Chapter: 第13話 増える人々 執筆の時間は変わらず夜に取っている。昼の仕事に支障が出ないよう、こっそりと。 夜寝る前にメイド部屋を抜け出すのだが、私一人からリリアと二人になった分、ずいぶん目立ってしまったらしい。 メイド長から呼び出されて、どういうことかと聞かれてしまった。「フェリシア先輩は、とっても素敵な物語を書いているんです!」 息巻くリリアに、どうどう、と制止をかける。 メイド長と他のメイドたちは不思議そうな顔をしていた。「物語ですって?」「フェリシアさんが?」「さすが、貴族のお嬢様のすることは違うわね」 幸いなことに、彼女らの様子に嫌悪は見えない。ただ不思議そうにしているだけだ。 メイド長は首を振った。「けど、消灯時間以降に出歩くのは規則違反よ。今後はやめなさい」「すみません。それはできません」 私がきっぱり言えば、メイド長はますます困惑した様子になった。「なぜ? 住み込みメイドである以上、規則には従わないと駄目よ」「いけないことをしているのは分かっています。でも物語の執筆は――私の使命なのです」 私は両手を胸に当てた。 これだけは絶対に譲れない。私の身命を賭してでも、やりとげなければならない大事業なのだ。「使命」 言い切ると、彼女は眉間に深くシワを刻んだ。困惑がにじんでいる。「そこまで言うのなら、その物語とやらの内容を聞かせなさい。聞いて判断しましょう」「……はい!」 そうしてメイドたちの前で、私は語り始めた。 神々と英雄の戦いの物語を。 私が語るのは誰もが知る古典物語であって、そのままではない内容。熱い男たちの絆と友情と、愛と憎しみに主眼を置いた物語だ。 とりあえずメイドの皆さんはBL初心者なので、えっちなシーンなどは省いてブロマンス的に語ってみた。あまり濃厚な絡みは初心者には刺激が強すぎるからね。 メイドたちの反応を見ながら、少しずつBL要素を濃くしていく。
Terakhir Diperbarui: 2025-05-11
Chapter: 第12話 新たなる盟友 TPOはわきまえるべき。それはもちろんだ。 腐女子は隠れて生きる定め。場所もわきまえずに大っぴらにしてはいけない。 けれどこれはチャンスではないか? もしもリリアにBL適性があれば、腐女子仲間を一人増やせるのだ! よし、ここは慎重に……!「……物語を考えるわ」 私は言葉を選びながら言った。 もしリリアにBL適性がなかったとしても、別の方向に話を逸らせばいい。「物語ですか?」 意外だったらしく、リリアはきょとんとしている。「ええ。私が気に入っているのは、英雄と神々の戦いのお話。あの有名な古典の英雄叙事詩よ」 平民であるリリアも知っていたようで、うなずいている。「でも、戦いのお話は男性むけじゃないですか? わたし、戦争のことはよく分かりません」「あのお話は戦いばかりではないわ。英雄たちの友情と絆、愛憎、そういったものが重要なの」「絆……」 リリアがいいところに食いついた。さりげなく『愛憎』を混ぜたかいがあったぞ。「そう、絆。憎しみも愛情も全ては人と人との絆と言える。あの物語の発端は、ある国の王妃だった絶世の美女を、他国の王子が奪い取ったことだったわね」「はい。奪われた王が激怒して戦争になったんですよね」「王妃は神々の力で王子を愛するようになった」「ひどい話です。神様が夫婦の仲を引き裂くなんて」「でも、もしかしたら王妃は王を愛していなくて、略奪者である王子を待ちわびていたのかもしれないわ」「え……」 リリアが目を丸くしている。 こういった解釈の多様さが二次創作の醍醐味ってやつだ。「絶世の美女というからには、人しれぬ苦労もあったでしょう。本当は好きな人がいたのに、王に無理やり結婚を迫られたのかも」「ありそうです!」「もしもを考えるなら、いろんなことがあるわね。例え
Terakhir Diperbarui: 2025-05-10
Chapter: 第11話 新たなる盟友 男ばかりのBLパラダイスな要塞町であるが、やはり推しカプはいる。 まず第一にベネディクト×クィンタの幼馴染カプ。 彼らはあらゆる面が対照的なのがいい。 性格はベネディクトがクソ真面目、クィンタがチャラ男。戦闘スタイルはそれぞれ剣と魔法。出自もベネディクトは貴族に対し、クィンタは平民と聞いた。 彼らはずっと昔から仲がいいのに、お互いに腐れ縁だと言っている。そこもよい。 腐れ縁だの悪口を言いながら、背中を預けるだけの信頼がにじみ出ている。よきよき。 で、第二に軍団長×ベネディクトだ。ベネディクト氏大活躍である。 包容力のある大人な軍団長と堅苦しくて融通の効かないベネディクトの組み合わせ。もはや鉄板と言っても過言ではないだろう。 今日もクィンタとベネディクトが親しげに肩を組んでいたのを見て、私、内心で大歓喜である。 まあクィンタが一方的に腕を肩に回していて、ベネディクトはちょっと迷惑そうだったが。 むしろカプ解釈に沿っていてよろしい。 脳内に焼き付けた肩組み映像を反芻しながら掃除をしていると、急に声を掛けられた。「フェリシアさん? またニマニマして、どうしたんですか?」「うひょおぅ!?」 目を上げるとリリアがいた。 彼女とはすっかり打ち解けたので、つい油断して奇声まで上げてしまった。 他の人相手ならまだこうはならない。かつての帝都の鉄面皮令嬢の名にかけて、顔面崩壊だけは避けたい所存だ。 リリアは私の奇声に首を傾げた。「うひょう……。フェリシアさんは、普段は儚げなお嬢様なのに。ときどき変ですよね」「ごめん、聞かなかったことにして」「はあ」 リリアは呆れたようにちょっと笑った。 なんだろう、元気がない感じがする。「どうしたの? 何かあった?」「いえ……。また仕事で失敗してしまって」 リリアは肩を落としている。 彼女は私に仕事を教えてくれた先輩だけれど、確かにちょっとドジなところがある。
Terakhir Diperbarui: 2025-05-10
Chapter: 第10話 ベネディクトの内心【ベネディクト視線】 去っていくフェリシアの姿を眺めながら、ベネディクトは先程のやりとりを思い出していた。 この要塞町では常に魔物との戦いが繰り広げられていて、息をつく暇もない。負傷者はしばしば出て、死亡するものも少なくはない。 ここしばらくは――そう、フェリシアがやって来た頃からだ――小康状態が続いているが、いつまた激戦が始まるか分からないのだ。 だから『聖女』の伝説に希望を持ってしまった。 先代の聖女はもう百年以上前の人物で、その功績はどこまでが事実でどこからが伝説なのかも判然としない。 だが彼女は魔物との戦いに大きな存在を示し、多数の人々を守ったとされている。 先代だけではない。 聖女と呼ばれる人物は今まで何人もいて、それぞれに功績が語られている。 特に最初の『建国の聖女』は神話めいた伝説上の人物だ。彼女は国を建てる際に大きな貢献をしたとされるが……。 フェリシアの身の上は軍団長からおおよそ聞いていた。 有力貴族家の出身で、元は皇太子の婚約者。それが聖女を騙った罪で王都を追放され、この要塞町で雑用係に落とされた。 ベネディクトは軍団長同様、フェリシアはわがままな悪女なのだろうと思っていた。皇太子を騙して聖女の地位にあぐらをかいていた、贅沢好きな性悪女なのだろうと。だから警戒していた。 ところが見張っていると、彼女は健気な頑張り屋にしか見えない。 箱入り令嬢とは思えないほど積極的にメイドの仕事をこなす。誰もが嫌がるトイレ掃除を引き受けてピカピカに磨き上げ、その後の使い方まで指導した。 斬新なアイディアで食事を改善して、兵士たちの士気と体調が大いに改善された。それも予算内で食材を収めたというのだから、感心する以外にない。 また彼はフェリシアが夜中に書き物をしているのも知っている。 内容をあらためるべきか迷ったが、執筆中の彼女がとても真剣で、ときどきうっとりと幸せそうな表情をするものだから、つい声をかけそびれてしまった。 ベネディクトは、フェリシアという女性が分からなくなってしまった。
Terakhir Diperbarui: 2025-05-09
Chapter: 第9話 軍団長面談 軍団長が微笑んだまま続けた。「フェリシア嬢、正直私はきみという人を見誤っていたよ。帝都を追放された貴族令嬢で、しかも皇家をたばかったというじゃないか。どんな悪女が来るのかと戦々恐々としていたのだが」「まあ……」 そんなふうに思われてたんだ。 まあ表面だけを見ればそのとおりなので、返す言葉もございませんってとこだが。「ベネディクトにそれとなく見張らせていたんだが、きみの実際の行いは予想と真逆でね」 見張りときた。どうりでちょくちょくベネディクトと鉢合わせたわけだ。 彼のほうを見ると、そっと目を伏せてられてしまった。「これからもどうかゼナファ軍団の力になってくれ。困り事があればいつでも相談に乗ろう」「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」 深く頭を下げて、軍団長との面談は終わった。 軍団長の部屋を出ると、ベネディクトがついてきた。「フェリシア。私からも少しいいか?」「はい、なんでしょう」 正直さっさと戻りたかったが、副軍団長を無下に扱うわけにもいかない。「きみはかつて『聖女』の称号を得ていたと聞いた。本当だろうか?」「本当ですよ。十歳の魔力鑑定で属性が『光』と出たので」「……!」 魔力鑑定は自由市民であればほぼ全員が受ける儀式だ。 大抵は木・火・土・金・水の五属性のいずれかになるが、稀に私のようなイレギュラーが現れる。 光はその中でも特別で、邪気と瘴気を払う聖女の役割を負うと言い伝えられてきた。その希少さから皇家に嫁ぎ、帝国のために働くのだと。「言い伝えの聖女の力は真実なのか?」 ベネディクトの口調は真剣だった。 この北の要塞町は魔物との戦いに明け暮れる前線の場所。 もしも聖女が本当に瘴気を払えるのであれば、魔物との戦いを有利に進められる。彼らにとって切実に欲しい力だろう。 けれど
Terakhir Diperbarui: 2025-05-09
Chapter: 第29話 エピローグ シャーロットがシリト村にやってきてから、3度目の春を迎えようとしている。 1度目の春は、王都を追放された失意で八つ当たりをしてばかりいた。 2度目の春は、村人たちと協力しながら農業と農村の暮らしへの学びを深めた。彼らのありようをより深く知り、最適な作物を共に考え、暮らしに足りないものを観察して補うように行動した。農閑期の学校開催などもその1つである。 そして今。3度目の春、エゼルとシャーロットはシリト村を旅立とうとしていた。 2人とも悩んだ末の決断だった。けれども農民たちのより豊かな生活、より幸せな暮らしを幅広く実現するために、王都へ戻って政治に携わる決意をしたのだ。 シリト村を始めとした不正な税の搾取を告発したことで、エゼルの名声は多少の挽回をしていた。かつての「無能王太子」から、少しは見る目のある若者に変わった。 それをもって、エゼル夫妻の王都追放と立入禁止は解かれた。ただし政界へ復帰するには、臣籍降下が条件だった。 以前のように王太子どころか、一貴族からの再出発になる。 それでも彼らは帰還を決めた。 ――自分たちにできる最大限のことを。 あの冬の日に宣言した想いは、今なおエゼルとシャーロットの心に刻まれている。「ご領主様と奥様がいなくなったら、寂しいよ」「オーウェンとメリッサも行っちゃうんでしょ?」 フェイリムとティララの兄妹が、そんなことを言う。この2年で彼らはずいぶん大きくなった。特にフェイリムは、そろそろ子供から若者に変わっていく時期だ。 シャーロットは笑って、兄妹の頭を順に撫でた。フェイリムはもう背丈がシャーロットより高いけれど、照れくさそうに撫でさせてくれる。「また戻ってくるわ。シリト村は、私とエゼル様の第二の故郷だもの。私、王都で頑張ってくる。王都でしか出来ないことを、精一杯やるの」「うん」 うなずいた彼らに、今度はエゼルが言う。「だから、フェイリムとティララもここでしっかりやってくれ。お前たちや他の村人が農村で暮らしているからこそ、僕たちもよりよい未来を描けるんだ
Terakhir Diperbarui: 2025-03-08
Chapter: 第28話 去りゆくもの 荒れ狂う雪の中に一点、雪よりも白い純白の光が灯った。 それはみるみるうちに大きくなって、やがて一角獣の形を取った。 彼は蹄で空を駆ける。分厚い雪雲を切り裂いて。 彼が足を一蹴りする度に、雪崩が割れた。 彼がたてがみを振る度に、雪が消えた。 雪崩に飲まれて流されかけた人らを、彼はまとめて掬い上げ背に乗せる。 高くいなないて地を蹴れば、雪崩は完全に勢いを失った。 ユニコーンは一度空高く舞い上がると、森に向かって急降下をした。 降り立つのは、あの泉のほとり。 けれど泉に水はなく、枯れて底を晒している。「助かった……の、か……?」 エゼルが呆然として言った。 その声を聞いたユニコーンは、ぶるっと体を震わせて人々をふるい落とした。「ユニコーン様が、本当にいらっしゃったなんて」 村長が地面に伏して拝んでいる。オーウェンとメリッサはまだ自失から戻っていない。 シャーロットはティララを抱きしめながら、ユニコーンに向き直った。「ありがとう、ユニコーン。また助けてもらって……!?」 言葉の途中で絶句した。 久方ぶりに見た純白の獣は、その象徴である一角を失っていたのである。「あなた、どうして?」 するとユニコーンだった獣は、ふんっと鼻を鳴らした。『そりゃあそうだろう。乙女ではないもののために、あんなに力を使えば、魔力がなくなって当然さ』「そんな。守り神であるあなたから、力を奪ってしまったというの?」 守り手を失ったシリト村は、これからどうなってしまうのだろう。 信仰の柱をなくしてしまえば、この村は立ち行かなくなるのではないか。 そんな心配がシャーロットの心に生まれた。 そんな彼女を見つめながら、ユニコーンが言う。『僕は長らく村を見守ってきた。でも、シャーロットが来てから少し考えを変えたんだ。精霊や神様が人
Terakhir Diperbarui: 2025-03-07
Chapter: 第27話 雪の降りしきる山 山の崖下にティララはいた。崖の途中にへばりつくように木が生えていて、彼女はその枝に引っかかるような格好で泣いている。 木の枝には、冬にふさわしくない鮮やかな緑の葉。不思議なまでに瑞々しい葉。ティララはそれを握りしめて、離すまいとしている。「ティララ!」 村長が叫ぶと、幼子は彼らに気づいた。「おじいちゃん!」「今、助けてやるからな。動くなよ」 村長が崖を降りようとするが、足元の雪がずるりと崩れた。オーウェンが慌てて引き上げる。「かなり足場が脆い。なるべく体重が軽い者が行ったほうがいいだろう」 エゼルが言って、シャーロットがうなずいた。「それじゃあ私ね。一番背丈が小さくて、痩せているもの」「奥様、無茶です」「いいえ、私が一番ちょうどいいの」 メリッサは女性としては上背があり、護衛という職業柄、かなり体を鍛えている。重量という意味ではシャーロットが最適だった。 皆で協力して、シャーロットの胴体にロープを結わえる。ロープの端は残った者たちがしっかりと持った。 シャーロットは慎重に崖に近づいた。村長ならば崩れた雪の足場も、彼女の体重であれば支えてくれた。 凍って滑る崖を少しずつ降りて行く。 時間はかかったが、彼女はついにティララの元へたどり着いた。「ティララ! 怪我はない?」「だいじょうぶ。でも、怖かったよお」 泣きじゃくっていたティララの頬は、涙の跡が凍ってしまっている。シャーロットは頬にそっと手を当ててから、小さい体を抱きしめた。「こんなに無茶をして、皆心配したのよ」「ごめんなさい……。でも、でも、ユニコーン様の薬草を見つけたの!」 ティララの手には輝くような緑の葉がある。この冬の寒さの中で、ひときわ輝くようなグリーンだった。本当に何かの効能がある薬草なのかもしれない。「じゃあそれをしっかり持って。ロープで引き上げてもらいますからね」「うん」 シャーロットは自
Terakhir Diperbarui: 2025-03-06
Chapter: 第26話 冬の訪れ 彼らは手早く話し合って、森をこのまま探す組と山へ捜索の手を伸ばす組を決めた。 フェイリムと村人は森を、村長とシャーロット、エゼル、使用人2人は山を探すことになる。「捜索者が遭難してはいけません。安全第一でお願いします」 オーウェンが念を押した。皆でうなずいて、散って行く。「ティララみたいな小さい子が、そんなに距離を進んでいると思えないが」 エゼルが言って、メリッサが首を振った。「そうとも言えません。体重が軽ければ、大人なら雪に沈んでしまう場所でも、歩いて行けるケースがありますから」 山へ近づくと雪がだんだんと激しさを増してくる。「これはいけない。エゼル様、シャーロット様、お2人はお戻り下さい」「嫌よ!」 オーウェンの言葉に、シャーロットは強く言い返した。「ティララはきっと、1人で寒い思いをしているわ。大人の私が見捨ててどうするの」「しかし、この雪です。ご領主夫妻に万が一のことがあったら……」 村長の顔には苦悩が見えた。「村長、薬草が生えているという言い伝えの場所に心当たりはないか?」「どうでしょうか。おとぎ話ですので、具体的にどことは……あ」 エゼルの言葉に何かを思いついた村長が、目を上げる。「あの子の母親が言い聞かせていたのを聞いたことがあります。西の崖で、晴れた日には我が家からよく見える場所」「それは、どちらの方角だ?」「あちらです!」 村長が指をさす。「よし。じゃあそちらを重点的に探そう。皆、気をつけて、くれぐれも無理をせずに。雪が激しくなったら、戻るのも決断しなければならない」 エゼルが言って、シャーロットも不承不承、うなずいた。「ティララ、待っていなさい。必ず私が見つけて、家に帰してあげるから」 シャーロットの呟きは、山から吹き下ろす雪風にかき消されて消えていった。
Terakhir Diperbarui: 2025-03-05
Chapter: 第25話 冬の訪れ 秋祭りが終わってから、シャーロットはユニコーンに会えなくなってしまった。 何度森へ出かけても、彼の姿は見えない。あの青い泉にたどり着くことさえできなくなってしまった。「お礼を言いたかったのに」 落ち葉が舞い散る森の小径で、彼女は残念そうに呟いた。 ユニコーンはシャーロットを助けてくれた。そのおかげでとうとう、エゼルと身も心も結ばれて夫婦になれたのだ。「まったく、『乙女の守り手』なんて面倒よね。お礼も言えないんですもの! ねえユニコーン、聞いてる? 私、あなたのおかげで幸せになれたわ。いつかきっと、また会えるわよね?」 答えはない。木々の梢を渡っていく風が、さわさわと笑い声のような声を立てるばかり。 シャーロットはお土産に持ってきた葉野菜を置いて、その場を去った。 季節は冬に近づいていく。 農民たちは越冬の支度の最中だ。貴重な豚の命をもらってベーコンを作り、野菜を酢漬けにして樽に詰める。森に薪を調達しに行って、軒先でよく干しておく。用水路の水門を閉めて来年に備える。 冬は憂鬱な季節だと、彼らは口を揃えて言った。「けれど今年は、小麦の税が3割でしたから。今まではずっと楽です。餓死者は出さずに済むでしょう」 村長が言う。当たり前の口調で口に出された「餓死者」という言葉に、エゼルとシャーロットは胸が痛んだ。 やがて初冬になり、雪が降り始めた。 シリト村は王国でも北に位置する。しかも山が近いために、一足早く冬が深まるのだ。 雪が積もってしまえば、シリト村はほとんど陸の孤島となってしまう。きれいな雪に喜ぶのは子供たちと犬だけで、大人たちはうんざりとした顔で分厚い雪雲を眺めていた。 その知らせは冬も後半に入ったある日、雪のちらつく朝にもたらされた。「領主様、奥様!」 領主の館の扉を叩く者がいた。フェイリムだ。 朝食を終えたシャーロットが玄関を開けると、フェイリムは泣きそうな顔
Terakhir Diperbarui: 2025-03-04
Chapter: 第24話 秋祭り 3日目、祭りの最後の日。 この日は夜に、広場の焚き火に藁づくりのユニコーンをくべて燃やす。そして今年の感謝と来年の安寧を祈るのだ。 捧げ物に囲まれている藁のユニコーンを、男たちが担ぎ上げた。村の中を練り歩く。 子供たちがきゃあきゃあと歓声を上げながらついていった。もちろん、フェイリムとティララもその中にいる。 その間に広場の火が灯された。 やがて到着した藁のユニコーンが、慎重に炎の中に降ろされていく。 藁は少しずつ燃えて、ある時一気に燃え上がった。ぱちぱちと火の粉が飛び、村人から祈りの声が上がった。「ユニコーン様、今年もありがとうございました。無事に収穫祭が終わります」「来年もどうか、見守っていて下さい」 若者たちが何人か、この祭りの間にすっかり心を通わせたパートナーと手をつなぎ、炎の前で祈っている。 仲睦まじい様子に、シャーロットの心が痛んだ。 ――私もエゼル様と一緒に、この炎を見たかった。 仕方ないと思っても、泣きたい気持ちになった。 隣に立つメリッサが、そっと背中を撫でてくれる。シャーロットは首を振って強がった。「平気よ。エゼル様がいなくたって、私はちゃんと秋祭りを最後まで見守るわ。だって、後を頼まれたんですもの!」「頼りになるなあ、シャーロットは」 不意に、一番聞きたかった人の声がした。 燃え盛る炎を背に、シャーロットは振り返る。地面に揺らぐ影の向こう、会いたかった人が立っている。「エゼル様!」 藁のユニコーンの炎が一層燃え上がった。シャーロットは短い距離を飛ぶように駆けて、エゼルに抱きついた。 戸惑うエゼルからは、旅の匂いがする。遠い場所の空気と、埃っぽさと、汗の匂い。「どうして? お帰りにはまだ、時間がかかると手紙にあったのに」「弟が、デルバイスが話を取り持ってくれてね。それで思ったよりも早く済んだ。秋祭りを思い出して、せめて最後の日だけでもシャーロットと一緒に祭りに出たくて、急いで戻ってきた」「そうでしたの……」
Terakhir Diperbarui: 2025-03-03
Chapter: 第78話 いっときの別れ 盗賊ギルドのバルトと交渉してみよう。 俺が差し出せる対価はたかが知れている。 でも開拓村の将来性を考えれば、あるいは何とかなるかもしれない。 俺の言葉を受けて、イーヴァルはうなずいてくれた。「パルティアとの交渉は、ユウに頼らざるを得ない。頼んだぞ」「ああ、最善を尽くすよ。もともとが俺の開拓村計画だしな」 ひとまず話はまとまった。 一度家に戻って、盗賊ギルドに連絡しよう。「じゃあ俺は帰る。次の待ち合わせは……そうだな、二ヶ月後にここでいいか?」 盗賊ギルドのやり取りの時間と移動時間を考えて、期限を切ってみた。「構わない。吉報を待っている」 イーヴァルがうなずいた。「ユウ様、帰るの?」 俺の言葉を聞きつけてエミルが近づいてきた。 そうだ、この子の今後を決めないとな。「エミル。お前は雪の民の血を引いている。家族といっしょに暮らすのが、本来あるべき姿だと俺は思う」「…………」 エミルは不安そうに俺を見上げている。「お前はどうしたい?」「僕、僕は……。ユウ様に買われた奴隷で、パルティアの家に友だちがいる。みんなと離れるのは、さびしいです……」 続きの言葉を待つ。しばらくして、やっと彼は言った。「でも僕は、おじいちゃんとおばあちゃんといっしょにいたい。そんなの、できますか?」「できるさ」 俺がうなずくと、エミルは嬉しそうな悲しそうな、複雑な表情を浮かべた。 イーヴァルが言う。「パルティアの奴隷とはどんな身分なのだ? わしは詳しく知らなくてな」「人間をお金で売り買いするクソッタレな制度ですよ。で、買い主は奴隷を命まで自由に扱える」「ひどい」 イーヴァルの奥さんが顔をしかめている。「奴
Terakhir Diperbarui: 2025-05-11
Chapter: 第77話 いっときの別れ「これはあくまで俺の予想だが、パルティア王国は北の土地を重要視していないと思うんだ。あの国は東と南、最近では西からも他国の重圧にさらされているから、北まで手が回らないとも言える」 今までの考えをイーヴァルに話す。「実際俺も、ここへ来るまで雪の民を知らなかった。パルティアは北の土地をほとんど忘れているのだと思う」「ふん。軽んじられたものだな。まあいい」 イーヴァルは肩をすくめた。 俺は続ける。「それで、もし俺が雪の民の土地に開拓村を作って栄えたら、今度は急に利益をよこせと言ってくるかもしれない。あの国は欲深いんだ。長い間放っておいた不可侵条約を破る可能性さえある」「奴隷制などを作って人を人とも思わず、酷使する国だ。そうだろうよ」 イーヴァルはいまいましそうに吐き捨てた。 娘のリリアンがパルティアで死んだことで、彼のパルティアへの好感度が最低ラインまで下がっている。「だが俺は、開拓村を諦めたくない」 俺の言葉にイーヴァルはうなずいてくれた。「わし個人としても雪の民の総意としても、ユウの開拓村を支援するつもりだ。雪の民の長としては、食料確保を安定させたい。そして個人としては娘と孫の恩を返したい」 イーヴァルの言葉に、奥さんとエミルがこちらを見て頭を下げた。 俺は軽く手を振って応える。「ありがとう。けれどパルティア王国は、腐っても大国。万が一、武力で攻められることがあれば抵抗は難しい」「ふむ……。雪の民は戦士として優秀だが、そう数は多くない」「だからパルティアが欲をかかないよう、できる限りの予防線を張っておこうと思う」「というと?」「この不可侵条約の文書は、俺が見る限りでは正式なものだ。これを逆手に取って、現在のパルティア王に改めて不可侵条約を結ばせよう」「……むう」 イーヴァルは唸った。 俺は続ける。「現在の王が正式な条約として認めれば、よほどの大義名分がない限
Terakhir Diperbarui: 2025-05-11
Chapter: 第76話 再会「そうでしたか……」 イーヴァル夫妻の言葉を聞いて、俺はうなずいた。 思わぬところで難題の一つ、『雪の民の協力を取り付ける』が解決してしまった。 ここは素直にラッキーだと思っておこう。 エミルのおかげである。 でもまだ問題は残っている。 パルティア王国との関係だ。 あの欲張りな国は、北の土地に旨味があると分かれば見逃すはずがない。必ず手出しをしてくるだろう。「立ち話も何だな。中に入って再会を祝おう」 イーヴァルが言って、俺たちはテントの中に入った。 雪の民のテントをエミルは珍しそうにあちこち見ている。「この道具はなに?」「機織り機よ。羊の毛を刈って、紡いで糸にした後、これを使って布を織るの。服やじゅうたん、バッグにもなるのよ」「へぇー! おばあさんも布を織るの?」「ええ。わたしはじゅうたん織りが得意よ」「すごいなぁ」 そんな孫につきっきりで、祖母があれこれと教えている。 見ていて微笑ましい光景だ。 そんな彼らを横目で見ながら、テントの奥の定位置に座ったイーヴァルに、俺は話をした。「開拓村の運営は、雪の民の皆さんの協力が得られればきっとうまくいくでしょう。ただ、パルティア王国がどう出てくるかが心配です。雪の民とパルティアは相互不可侵の約定を交わしていると言っていましたね。それはどんな内容ですか?」「境界線を南の森として、森を出た平原は我が雪の民。森はパルティアと取り決めた。百年ほど前の話だ」 イーヴァルは言って、テントの奥に置いてあった箱から古びた紙を取り出した。 見せてもらうと、案外しっかりとした外交文書である。パルティア国王の正式と思われる捺印もしてあった。「この文書を交わした前後は、かの国とやり取りがあったのだが。いつの間にかふっつり
Terakhir Diperbarui: 2025-05-10
Chapter: 第75話 再会 再び北への旅が始まった。 今度は俺とクマ吾郎、エミルの三人旅だ。 子供のエミルを連れての旅は、いつもより少々苦戦した。 エミルは体力がまだあまりないので、どうしても歩みが遅くなる。 とはいえ彼が一生懸命なのは伝わってきた。 ときどきクマ吾郎の背中に乗せてスピードを上げながら、それでも歩ける分はなるべく歩いてもらった。 エミルの心意気を無駄にしたくなかったからな。 魔物が出たらクマ吾郎にエミルのボディーガードをしてもらって、俺一人で戦った。 まあ、極端に強い魔物はここらじゃ出ない。 戦うのが俺だけでも、油断しなければ特に問題はない。 いい腕ならしになったってとこだ。 そうして半月と少しの日にちが経過して、俺たちは再び北の平原へとやって来た。 森の先の平原は前よりも残雪が減っていて、すっかり春の様相を呈している。 川沿いに約束の場所へ向かえば、イーヴァルたち雪の民はテントを張って待っていてくれた。「ああ、間違いないわ! この子はリリアンの息子」 エミルと対面すると、イーヴァルの奥さんは泣き出してしまった。 イーヴァル自身も目を潤ませながら、妻と孫を両手に抱きかかえる。 エミルは祖父母の様子に戸惑いながらも、嬉しそうにしている。 並んでいる彼らを見ると、確かに血縁関係を感じた。 特にエミルは奥さんとよく似ていた。 エミルもきっと、母親の面影を祖母に見出したことだろう。「リリアンは、この子の母親は私似でしたから」 奥さんは泣き笑いの表情だ。「ユウよ、お前には大きな恩ができてしまったな」 イーヴァルが言う。ごまかしているが、目が赤い。「前にお前が言っていた、開拓村の話。お前たちを待っている間、我が民と話し合ってみた」「え?」 以前は取り付く島もなく断っていたのに。 意外な言葉に驚きの声を発すると、イーヴァルは説明して
Terakhir Diperbarui: 2025-05-10
Chapter: 第74話 親子 イーヴァルと奥さんのすがるような目を受けながら、俺は言った。「エミルも母親からそれほど詳しい話を聞いていたわけでは、なさそうですが。彼は俺の家で暮らしています。連れてきましょう」「ぜひ、お願いします」 奥さんは夫の手を強く握る。「リリアンの忘れ形見を、この手で抱いてあげたい」「……そうだな。ユウよ、頼まれてくれるか」「もちろん!」 この世界は便利なもので、『帰還の巻物』がある。 読み上げれば拠点に設定した場所に一瞬でワープできるのだ。 設定済みの拠点は家である店になっている。「帰還の巻物で戻って、エミルを連れてここまで来るには半月少々というところです」「分かった。この地を離れず待っていよう」 イーヴァルがうなずく。 俺はさっそくクマ吾郎とイザクを連れて帰還の巻物の準備をした。 巻物を読み上げれば周囲の風景がぐにゃりと歪む。 軽いめまいと浮遊感。 それらが治まった後、俺たちは見慣れた我が家の前に立っていた。 帰宅した俺は、エリーゼに不在中の様子を聞いた。「お役人がまた来て、ケチをつけていきました。ご主人様に言われた通り、少しの心付けを渡したら大人しく帰っていきましたが」「やってられないな」 俺はため息をつく。 この店はすっかり目をつけられたようだ。 正規の高い税金に加えてワイロを取られるとか、めちゃくちゃだろ。「エミルはどうしてる?」「新しく来た子たちと打ち解けて、毎日楽しそうです」「そっか」 エミルと他の子たちは、子供とはいえ奴隷である。ある程度の仕事はしてもらっている。 主に畑や家事の手伝いだ。 合間にエリーゼや他の奴隷たちから読み書き計算を習って、最低限の教養とスキルの方向性を学んでいる。 けれど彼らは勉強や仕事も遊びの一環のように楽し
Terakhir Diperbarui: 2025-05-09
Chapter: 第73話 親子 翌朝、目覚めた俺は朝飯をもらってからイーヴァルに時間を取ってもらった。 彼はテントの奥の定位置に腰を下ろして、俺の話を聞いてくれた。「俺たちがここまでやって来たのは、新天地を求めてのことです。パルティア王国は税金の取り立てがきつくて、畑や店をやっていてもお金をかなり取られてしまう。これじゃあ生活が立ち行かなくなります。だからパルティアの外で開拓村を作ろうと考えました」 だからこの北の土地で開拓村を作りたいのだと話を結ぶ。 一通りの説明をすると、イーヴァルは難しい顔になった。「賛成はできぬな。我らは今の暮らしに満足している。ユウよ、お前は客人だから歓迎するのだ。住み着くとなれば、話はまた別。同じ土地に違う種類の人間が住めば、必ずいさかいが起きるだろう」 そりゃあそうだよな……。 同じ場所に違う価値観と違う暮らしぶりの人々が暮せば、どこかで衝突が起きる。 トラブルの発生元は利権の問題かもしれないし、人間関係かもしれない。 信頼関係のない中から始まって、スムーズに共存関係が築けるだろうか。なかなかに難しい。 俺がこれからどう話をしようかと迷っていると、イーヴァルの奥さんがお茶を持ってきてくれた。 奥さんが言う。「それに私たちは、パルティア人にあまりいい感情を持っておりませんの」「よしなさい」 イーヴァルが言いかけるが、奥さんは首を振った。「せっかくですもの。聞いてもらいましょう。……私たちには娘がおりましてね。けれど十年以上前に南を旅してみると行って家を出て以来、戻ってきません。八年ほど前に一度だけ手紙が届いて、息子が生まれたと知らせてきました。詳しいことは何も書いておらず、心配しないでとだけ」 奥さんの言葉にイーヴァルがため息をつく。「……わしは手紙を届けてくれた者に何度も聞いたが、彼も詳しい事情を知らないようだった。わしか妻かがパルティアまで行くのも考えたが、一族を率いる長としてそれはできなかった。なぜ娘は
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