Moonlight Deception: A Tale Of Ties.

「お母さん、この前の見合いの話、受けることにしたわ」

月見里遥禾（やまなし はるか）がそう口にした瞬間、胸のつかえがようやく取れたような、安堵の気持ちに包まれた。

娘がもう時雨に執着していないと知り、遥禾の母の声も優しくなった。

「遥禾がそう思ってくれたならそれでいいのよ。栗花落家は私たちのような庶民にとって高嶺の花だ。それに......」

遥禾の母は失言に気づき、慌てて話題を変えた。

「お母さんが紹介してくれた人は、時雨くんほどじゃないけど、顔立ちも端正で格好いいし、あなたにとてもお似合いよ」

遥禾は母が自分を慰めているのだと、もちろん理解していた。だが、9年間も時雨に尽くしてきた身としては、やはり少し寂しさを感じた。

「うん、あと1ヶ月だね」

言い終わると、背後から男の声がした。「何が1ヶ月？」

遥禾は慌てて電話を切り、振り返った。いつの間にか時雨がドアのそばに立っていて、その瞳にはからかいの色が満ちていた。

遥禾は落ち着いた声で言った。「あと1ヶ月であなたの誕生日だよ」

時雨は鼻で笑った。「てっきり、あと1ヶ月で俺にまとわりつくのをやめるのかと思ったぜ。なんだ？しつこく付き纏うのがダメだと分かって、今度は焦らし作戦か？」

遥禾は「ええ」とだけ返した。

初めて会った頃、時雨は同い年の遊び相手ができたことを喜び、毎日宿題を終えると、遥禾と一緒に遥禾の母の手伝いをしていた。

だが、あの事件以来、時雨の彼女に対する態度が豹変し、機嫌が良い時には彼女をもてあそび、遥禾が自分に夢中になる様子を楽しんだ後、冷たく突き放すのだった。

機嫌が悪い時は、目線すら恵んでくれなかった。

遥禾はもう慣れっこになっていた。

遥禾が前のように慌てないのを見て、時雨は面白くなさそうに眉をひそめた。

立ち去る前、彼は振り返って釘を刺した。

「遥禾、今夜は友達と徹夜で遊ぶから、電話するな。もちろん、俺を探しに来るなよ」

遥禾は目を伏せた。前回、泣きながら頼み込んでパーティーに同行した時、彼がダンスフロアで城之内心美（じょうのうち ここみ）を抱きしめて踊っていたのを思い出した。

耳をつんざくような音楽の中、遥禾はめまいがして、息ができないほど心が痛んだ。

高校時代、心美は家政婦の娘である遥禾を見下し、クラスの女子たちと一緒にいじめていた。

時雨が転校してくるまでは。彼は遥禾の前に立ちはだかり、彼女の救世主となったのだ。

それなのに今、時雨は心美が自分に与えた傷を知っていながら、何のわだかまりもなく彼女と遊び戯れることができる。

その日、遥禾は突然悟った。この報われない片思いは、もう終わらせるべきだと。

遥禾が黙っているのを見て、時雨は顔色を曇らせた。

「おい、聞こえたか？もし俺の邪魔をするようなら、今すぐこの家から出て行け」

これは時雨が遥禾を脅すのに最もよく使う言葉だった。その言葉を聞くたび、彼女はどんなに嫌でも、目を赤くして承諾していた。

「はい」遥禾は体を震わせながらも、いつものように頷いた。

時雨は遥禾が今日、妙におとなしいことに漠然とした違和感を覚えたものの、彼女が彼にすがりついて、出て行かないでと泣き叫ぶ姿を思い出すと、また安心した。

やはり遥禾は彼から離れるのが一番怖いのだ。

友達からの催促の電話が鳴り止まず、時雨は深く考えることなく、鼻歌を歌いながら出掛けた。

玄関のドアが重く閉まり、屋敷全体が再び静寂に包まれた。

遥禾は手に持ったウサギのぬいぐるみを見つめ、結局スーツケースに入れるのをやめた。

18歳の誕生日、母はプレゼントを買い忘れてしまい、買いに行こうとした時には遥禾がずっと欲しがっていたウサギのぬいぐるみはすでに誰かに買われていた。遥禾は母を困らせたくなくて、布団の中でこっそり泣いた。

時雨がそれを知ると、街中を駆け回って同じものを探したが、すでに廃盤になっていることを知った。そこで、わざわざ職人に頼んで、遥禾のためだけに、世界に一つしかないウサギを作ってもらったのだ。

「遥禾、俺はずっと君のそばにいる。少しも辛い思いはさせないから」少年はウサギのぬいぐるみを抱きしめてそう言った。

後に心美がそれを知ると、怒り狂って遥禾の手から奪い取り、引き裂いた。

大目玉を食らっても遥禾は泣かなかったが、ウサギのぬいぐるみが破れた瞬間、彼女は泣き崩れた。

あの日、遥禾はまるで凶暴な小動物のように、泣きながら心美を地面に押さえつけて殴った。

時雨が慌てて駆けつけると、遥禾を抱きしめて慰めた。「遥禾、泣かないで。明日にはウサギちゃんは元通りになるから」

翌日、ウサギのぬいぐるみは本当に元通りになっていた。

遥禾は嬉しくて飛び跳ね、時雨は彼女の楽しそうな笑顔を見て、思わず彼女のふっくらとした頬をつまんだ。

時雨の傷だらけで絆創膏だらけの手は少しチクチクしたが、遥禾はその優しさに胸が締め付けられる思いだった。

だが、そんな甘い日々は、時雨の父である栗花落会長が亡くなったその日に、ぴたりと止まった。