大学生の月野美良(つきのみら)は卒業論文作成の為に北関東の村に取材に行った それから美良の身辺に異変が起きる様になり、遂には失踪してしまう 美良の婚約者・宝来雅史(ほうらい・まさし)と共に妹の月野姫星(つきのきら)が村に捜索に出かける そこで、村の神社仏閣に押し入った泥棒が怪死した事を知る 美良が訪ね歩いた足跡を辿りながら、村で次々と起こる異変の謎を二人が解いていくミステリー・ホラーです
View More府前市。
月野美良(つきの・みら)は、ずっと片頭痛に悩まされていた。
頭の奥底から荒々しく神経を引き吊り出されて来るような頭痛だ。良く判らないが他に形容の仕様が無い。片頭痛の痛みは、一般的な外傷と違って、当事者でなければ理解出来ないモノだ。それでも片頭痛とは高校時代からの付き合いなので、今はある程度は対処が出来るようにはなっている。痛みが始まる前に鎮痛剤を飲んで大人しくしているという、実に消極的な方法だった。
それならば、鎮痛剤を常時飲んで居れば、良いのではないかと思われる。それも不味い。鎮痛剤に慣れてしまい効かなくなってしまうのだ。それに鎮痛剤頭痛という病気もある。脳が鎮痛剤を服用させるために頭痛を起こすのだ。
原因はストレスと言われているが、片頭痛に画期的な治療法は今の所見つかっていない。そんな美良は府前大学文学部の四回生。今年は卒業論文を提出しなければ卒業が出来ない。片頭痛も痛いが、これも別の意味で頭の痛い問題だ。
そこで美良は卒業論文のテーマに『失われつつある農村の風習』にしようかと考えていた。美良の婚約者・宝来雅史(ほうらい・まさし)は同じ大学の講師をしている。彼の研究テーマは『民俗学』である事から、色々と助言を期待して卒論のテーマに選んだのだ。
もちろん、雅史も賛成して全面的に協力を申し出てくれている。地方の農村などに伝わる祭りなどを、昔からの風習や因習に結び付ける。それを、卒業論文にしようという、良く見かける在り来たりな論文だ。
それでも論文とするためには、ある程度の下調べは必要なので雅史に相談してみた処。『五穀の器』をメインのテーマにしてはどうかと言われた。『五穀の器』とは東北地方に伝わる風習で、五穀豊穣を願って盃に酒を満たしてお祈りをする物らしい。雅史が研究の対象としている民間信仰の対象物の一つだ。
「インターネットを使って情報を集めてみて、後は現地に取材に行って論文の形式にまとめれば楽勝だよ」
雅史は事も無げに言っていた。普段から彼が行っている活動の仕方だからだ。
「そ・れ・に……現地取材に行く時には一緒に行くからさ」
どうやら雅史は一緒に旅行に行くという点に関心があるらしい。普段なら年頃の娘を思って門限にうるさい父親も、かつての教え子であり、婚約者でもある雅史が一緒なら簡単にOKしてくれるだろう。
「でも、現地調査のやり方が分からないの……」
美良は雅史に上目遣いに尋ねた。これで雅史が美良の頼みごとを断った試しはない。美良の必殺兵器だ。
雅史が現地調査に同行してくれれば論文作成が捗る。すべてを任せるわけではないので、これぐらいはいいだろうとも考えていた。「現地調査と言っても地元のお爺さん・お婆さんや郷土研究家に話を聞くだけさ」
「お祭りなんかがあったら、それを写真に収めてレポートに貼り付ければ、それっぽい論文になるもんだよ」雅史はニコニコしながら答えた。彼は取材に連れて行って貰えると考えているらしい。
「僕も一緒に行くからさ。 大船に乗ったつもりで居て良いよ」
まるで、散歩に連れて行って貰えると喜んでる子犬のようだ。
「うん、わかった」
美良はクスリと笑ってしまった。
自分の研究室に戻った美良は早速、インターネットを使って取材先の絞り込みに入った。
ネットに溢れ返る雑多な情報の中から、何点かの祭りの話をピックアップして読み込んで行く。目に付いた祭りを更に詳しく検索したり、大学の文献で調べたりしていく中で、ある動画サイトで祭りの様子を紹介している物もあった。その中のひとつに奇妙な祭りの様子のレポを見つけた。どこかの神社らしき境内の真ん中で、ふんどし姿の中年男性が寝そべり、その周りには火を灯した蝋燭を立っている。
村の男たちが竹のようなもので地面を叩いて回っているだけだった。何が奇妙かと言うと誰も言葉を発しないのだ。録画自体が無音なのかと思ったが竹の棒が地面を叩く音は聞こえている。そして、無言にも関わらず地面を叩く音は全員が揃っているのだ。
最初は一定の間隔で叩くのかと思って見ていた。だが、そうでは無くて三歩歩いたら叩く、一歩歩いたら叩く、四歩歩いたら叩くをなど、見た限りではランダムな歩数だ。普通なら何がしかの祝詞を唱えるなり、御囃子が聞こえたりして華やかなものだ。
しかし、その祭りでは終始無言で地面を叩いて回っていた。そして、物の五分程で儀式は終了したらしい。『らしい』というのはそこで録画が終っているからだ。(んーーーー、何だろう? 不思議なお祭りね。 これの続きがあるのかも知れない……)
興味を持った美良は村の所在地を調べてみた。『霧湧村(むわきむら)』という北関東の山間部にある村だった。
(これなら日帰りで行ける距離じゃない……明日にでも車で出かけて日帰りして来ようっと……)
そう考えた美良は、雅史の研究室に行くと肝心の雅史は居らず、研究室のホワイトボードには『出張』と書かれていた。
「……」
そう言えば、何日か前に信州方面に『五穀の器』の取材に行くと言っていたのを思い出した。東北から離農した人が住み着いた村で行われる、珍しい祭りを見に行くと言っていた。
「しょうがないなー、わたし一人で行っちゃうぞー」
雅史とは味気ない取材ではなく、旅行だけを楽しみたかった美良は、一人で出かけることにしたのだった。
「……雅史はさぞがっかりするかもね」
美良はクスクス笑いながら、雅史には取材先から帰って来てから謝っておこうと考えていた。
雅史は霧湧村で起こっていた、数々の異常現象の原因は、山が崩壊する時の微振動だったのではないかと推理していた。岩同士がこすれ合うと、電磁波を起こすのは良く知られている事だ。 いきなり空き家が地面に吸い込まれて行ったのも、崩壊前の地面移動に従って岩盤に隙間を作ってしまい、そこに飲み込まれたのだろうと推測している。「彼等にとってそれが精一杯なのかも知れないね……」 神様といっても人間に都合の良い存在とは限らない。「そういえばお寺で私が聞こえていた異常な周波数の音ってどうして発生していたんですか?」 姫星は霧湧村の寺で幽霊が見えるとパニックに成っていたのを思い出した。高周波は新設されていた、監視カメラのスピーカーで再生できるが、低周波はそれなりのサイズが無いと無理なのだ。 そして幻覚は高周波より低周波の方が見えやすいとの研究結果もある。「推測だけど、山体が崩壊する時に、石同士の摩擦で発生した音が、洞窟か何かで増幅されたんじゃないかと思う」 あの時に逆送波を作るために録音したデータはまだ持っている。そのうち解析してみようと思うが今は暇が無い。崩壊した霧湧村を管轄する県庁の土木事務所から、詳細な情報の提供を求められているのだ。「そういえば動物たちも逃げ出してたわ……」 霧湧神社の帰り道で出くわした猪や鹿を思い出していた。あの動物たちも助かったのだろうか。確認する手段が無いのがもどかしかった。「うん、動物は人間には聞こえない周波数も聞こえるからね。 人間が幻覚を起こせるくらいの異音だと、動物たちにも酷い影響が出たんだろう」(そういえば怯えた目をしていたっけ……) 姫星が思い出してると、ふと疑問に思う事があった。「…… そういえば、どうしてまさにぃは何とも無かったの?」 パニックになって泣き出した自分を励ましながらも、冷静に対策法を考え着いた雅史を思い出したのだ。「ぶほっ!…… 人間、年を取る
宝来雅史の研究室。 行方不明だった月野美良は、自宅の居間にいたところを母親が見つけていた。 母親が庭先で洗濯物を取り込んで、家に入ったら居間の長椅子に座って居たのだそうだ。外から帰って来た様子も無く、行方不明になった時の服装のままだったそうだ。 今は美良が体調不良を訴えたので検査入院している。妹の月野姫星は姉の着替えを持って行ったり、本を差し入れしたりして、毎日のように病院に通っていた。そして、帰り道のついでに宝来雅史の研究室に立ち寄るのを日課にしていた。 両親が姉に行方不明の間、どこに居たのかと尋ねたが、要領の得ない返事しかしないらしい。雅史や姫星が尋ねても同じだった。あまり問い詰めると、また居なくなりそうなので、今はあやふやなままにしている。 『話したくなったら自分で言うのではないか?』 そう母親が姫星に言っていたそうだ。それもそうかと雅史は納得する事にしていた。「結局、収穫はこの陶器の欠片一つでしたね……」 姫星は欠片をひっくり返したり、手にかざしたりしながら言った。祭りの後で霧湧神社に仕舞われたはずだった。しかし、欠片は車の後部座席に毛布に包まれていたのだ。毛布を片付けようと持ち上げた処、ポロリと落ちて来たのだ。「きっと姫星ちゃんの言った通り。 あの小石に山の荒ぶる神を封じていたんだと思うよ。 逸れを解放した事で、神様の力を制御する術を失って、山体崩壊を招いたんだろう」 雅史は研究ノートに書き込みをしながら姫星に説明していた。確信がある訳では無いが小石が割れたのが始まりだったと考えている。 姫星は欠片を見ていた。人形の様な模様があり、その右手のらしき部分にバツ印が付いている。「じゃあ、あの時に村から逃げる時に一緒にいたのは……」 姫星は欠片を人差し指で突きながら言いよどんだ。姉の美良にそっくりな謎の人物。結局、一言も言葉を交わさずに笑っているだけだった女性だ。「何だったんだろうね…… どちらにしろ、正体を暴こうとか探ろうとかは思わない方が良いのかもしれないね&h
車は猛スピードのまま土砂崩れの先頭に躍り出てきた。車のバンパーがアスファルトに触れて火花を散らしながら外れていった。 姫星は後ろを振り返りながら、押し寄せる土埃が人の形になるのを見ていた。それは大きく口を開き、目に当たる部分が窪んで黒くなっていた。 伝説のダイダラボッチとはこんな風だったに違いない。そのダイダラボッチが土埃の手を伸ばしてきた。ブボォォォォッ その手が届きそうになる寸前に、雅史の運転する車は霧湧トンネルの中に飛び込んでいく。速度の出ていた車は物の一分もかからずにトンネルを抜け、砂ぼこりを立てながら反対がわの出口から躍り出て来た。 そして、そのタイミングを見計らったようにトンネルは横滑りしながら崩れ去って行った。「キャハハハハハッ」 その間も美良は後部座敷で笑い続けている。 そして、トンネルが流れていくのが合図だったかのように、押し寄せる土砂や土埃がパタリと止んだ。「まさにぃっ! まさにぃっ! もう大丈夫っ! 土砂がいなくなった!!」 姫星は後ろを振り返りながら叫んだ。雅史は急ブレーキを踏み、車は横滑りしながらも、つんのめるようにして停車した。車はデコボコに窪んで傷だらけになっている。まるで廃車寸前の車のようだ。 雅史はハンドルに突っ伏して肩で息をしている。ドロドロと大地を震動させていた音は止み、粉塵が風に吹かれて青空が見え始めた。 山体の崩壊が終ったようだ。始まりから終わりまで二十分も掛かっていないはずだが、雅史には一時間近く掛ったような気がしていた。 姫星は助手席からヨロヨロと表に出て、村があった谷の方を見た。そこには田園風景が広がる長閑な村の風景は無く、一面が茶色の土だらけの光景が広がっていた。「みーんな、無くなっちゃった……」 姫星は涙声になっていた。姫星は全身が灰を被って泥だらけになっている。「ああ、村も川も畑も…… 何もかも土砂の下になっちまったな……」 緊張の連続の脱出ドライブから解放された雅史は、フラ
村から続く山道。 家ほどもある大きな岩が転がって来た。雅史は車を止めようとしたが、後ろからは土砂が迫って来るのがサイドミラーに映っている。転がって来る岩は大きく跳ね上がったかと思うと雅史の運転する車を飛び越えて行った。「あんな小っちゃい石にそんな力があったのかっ!」 村長が割れた石を手に持って嘆いている様子を思い浮かべていた。子供のこぶしぐらいの石だったはずだ。「物理的な大きさが問題じゃないの、自然と言うのはその力をどこへ向かわせているのかが重要なの。 その方向を制御してたのが小石に宿った神様で、居なくなってしまった余波が、村で起こっていた怪異現象だったのよ」 姫星は、力の向く先を制御する術を失った流れが、暴走したのかもしれないと思い付いたのだ。「石と言うのは只の象徴なの、それを全員が信じて念じる。 その行為に意味が発生するの。 発生した御霊の流れに意味を持たせて、漠然とした流れに方向性を与える。 その流れを作物育成の力に載せてしまう。 それが『神御神輿』の祭りの意味なのよ」 自然エネルギーという考え方なのだろう。風水の考え方だと龍脈と呼ばれている。「だから、公民館にあった仏像を、元の場所に戻す必要があったんだ」 雅史がハンドルを握ったまま怒鳴り返した。車の左手から見える、対岸にあった民家が土砂に呑み込まれていった。「それをコソ泥が奪ってしまって事故で一緒に燃えてしまった。 だから、均衡が保てなくなってしまった。 不均衡な力の働きは山体崩壊を招いてしまったのよ」 道路に入った地割れから土ぼこりが巻き上がっている。その土ぼこりに車は付き抜けた。いきなりだったので避ける暇がなかったのだ。「山を滅茶苦茶にする程のエネルギーを放出しているのか?」 雅史はハンドルを握ったまま姫星に尋ねた。(ええっ? 山が横に滑っている!?) 姫星が見ている内に山が形を崩して行く、地面が圧力に耐え切れずに横滑りを起こしているのだ。「くそっ! 道が曲がりくねっている!!」 車の中で左右に身体が激しく振られている。だが、速度
「にゃあっ!」 急な発進で姫星が悲鳴を上げた。どうやらシートの頭部クッションに頭をぶつけてしまったらしい。「まさにぃ…… どうしたの?」 姫星が不思議そうな顔で聞いてきた。頭をぶつけて目が覚めたらしい。「山が崩れ始めているっ!」「グズグズしてると巻き込まれてしまうそうまなんだよ!」 姫星は慌てて山を見て驚いた、どこを見ても黒い土煙りに覆われているのだ。一方、後部座席の美良はニコニコしていた。 雅史は北のバイパスに向かうのは諦めていた。村人が殺到して渋滞するのが目に見えていたからだ。渋滞しているところに土砂崩れに襲い掛かられたら終わってしまう。 そこで、雅史たちを載せた車は、霧湧トンネルを目指すことにしていたのだ。舗装していない道路を砂ぼこりを上げながら疾走させていた。すると走っている右手の森が動いているのが見えた。「まずいっ こっちでも崩れ始めたっ!」 一本の木が道の前に横たわっていた。しかし、バックミラーに後ろから土砂崩れが襲い掛かってくるのが見えている。 雅史はやむなく直進を続けた。道路の端と森の際に、無理やり車体を押し込んで、抜けようと考えていたのだ。すると、倒れた木の根元に大きな石が乗り上げて木を跳ね上げた。 シーソーのようだった。塞いでいた木が跳ね上がった隙に、雅史たちの乗った車は通り抜ける事が出来た。(シーソー……… 均衡…… っ!!!) 姫星はハタと気がつく。跳ね上がった木は車が通り過ぎると轟音を立てながら再び道を塞ぐように倒れてきた。「そう言う事なのっ! やっと、今になって意味が分かったっ!」 小型車並みの大きさの岩が目の前に転がり出てきた。雅史はハンドルを操りながら左によけ、今度は木にぶつかりそうになったので左によける。「何が分かったんだ?」 落ち来る石や枝を避けようと、雅史の運転する車は右に左にと揺られている。姫星の身体もそれに合わせて一緒に揺られていた。
日村の自宅 いつの間にか夜明けの時刻になっていた。宝来雅史は日村の自宅に居る。婚約者の月野美良も、日村の自宅に居る事が分かって、ひと安心したい所だ。だが、日村の自宅が崩れる危険が差し迫っていた。 雅史は家の奥座敷に居る美良を迎えに来ていた。何の事はない、ずっと同じ村にいたのだ。 部屋に入った時。美良は水色のワンピースを着てソファに腰掛けていた。「美良っ!」 雅史を見た美良はニッコリと微笑んだ。そして、美良の膝に頭を乗せて姫星がスヤスヤと寝ていた。美良は、そんな姫星の頭を優しくなでていた。「美良…… 無事で良かった…… とにかく一旦、外に出よう。 この家が崩れそうなんだ」 美良はニコニコしている。色々と聞きたい事があるが、今は逃げる事が優先だ。「美良…… だよね?」 雅史は一瞬見とれてしまった。見間違うはずが無い、どう見ても『月野美良』だ。ギ、ギギィィィッ…… 日村の家が歪み始めた。天井から埃がパラパラと落ちてくる。天井を睨んだ雅史は焦った。「姫星。 姫星っ! 起きてっ!」 雅史が美良の膝で寝ている姫星の肩を揺すった。「もう…… 朝ゴハンなの?」 姫星は寝ぼけているようだ。美良はそんな姫星をニコニコしながら見ていた。「逃げよう、この家に居ちゃ駄目だ」「ふぁっ?!」 雅史は美良の手を引いて立ち上がらせ、姫星を押し出すようにして部屋を出た。ヴォォォ~~~ン 雅史たちが家の玄関から出てきた時に地鳴りが一際大きくなった。地面も揺れている。そして、それが合図だったかのように、霧湧村を囲んでいる山々が震え始めた。 やがて、ドロドロゴロゴロと重低音が鳴り始めた。山の崩壊が始まったのだ。「山から煙が出てるぞ」「なんだあ?!」「山が動いている!!」 みんなが山を指差している
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