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命を拾った俺は、もう妻を愛さないと決めた
命を拾った俺は、もう妻を愛さないと決めた
Author: ドリアンさん

第1話

Author: ドリアンさん
あの日、通りがかりの人に助けられてから退院するまでの約1カ月、彼女からは一切連絡がなかった。

俺に届いた唯一のメッセージは、事件が起きた当日のものだった。

「たかが電話に出なかったくらいで、家出なんて子供じみた真似しないでよね?さっさと帰ってこないなら、もう二度と戻らなくていいから!」

その後、俺の番号はブラックリストに入れられていた。

昼も夜も、体の痛みは引かず、彼女への想いが胸を締めつけた。

それでも俺は、毎日彼女のSNSを確認し続け、自らの心を痛め続けた。

そこに映っていたのは、彼女の秘書の朝比奈恭一(あさひな きょういち)と娘が一緒に遊園地へ行く写真ばかりだった。

まるでその三人こそが本当の家族のように。

結婚して7年になるが、俺は一度も彼女の投稿に登場したことがなかった。

彼女が「そういうのが好きじゃない」と思っていたが、別の男との写真なら喜んで載せるらしい。

つまり、俺が嫌だっただけなんだ。

過去の小さな疑念が、鋭い矢となって心臓を射抜いていく。

胸の刀傷は蛇のようにうねり、腹部にまで達していた。

首の傷跡は目立つ縫合痕となり、見るだけで醜かった。

今でも、唾を飲み込むだけで痛みが走る。

身体の痛みに加え、愛する人の裏切り。ダブルパンチだった。

俺は生きる気力を完全に失い、何度も死にたいと思った。

俺が集中治療室で何度も死線をさまよっている間、彼女は家で娘と「新しい父親」を迎え入れていたらしい。

心が深い絶望に沈む中で、自分の存在が滑稽で、哀れに思えた。

退院後、醜い首の傷跡を隠すため、真夏だというのに分厚いマフラーを巻いていた。

それから1カ月、ついに俺は自宅の玄関に立った。

指紋認証を押しても、警告音が鳴るばかりで、鍵は開かない。

負傷した指紋が原因だと思い、何度も試したが、ついに警報が鳴り始めた。

やがて、霧島美智瑠(きりしま みちる)が車で急いで戻ってきた。

彼女の視線が、無力感に満ちた俺に触れた瞬間、その表情は心配から嫌悪へと変わった。

冷たい態度で鍵を開けると、嘲笑を浮かべながら言った。

「ずいぶん早かったわね。陽真(はるま)、まだ家の場所、覚えてたんだね」

胸が痛んだ。首の傷跡が疼くのを感じた。

一人で耐えてきた苦しみが、一気にこみ上げてきた。

俺は立ち上がり、目を赤くして彼女に叫んだ。

「1カ月以上もたって、ようやく俺が家にいないことに気付いたのか?あの日、俺が電話したのに、どうして出なかった!?

この1カ月間、一度でも俺のことを気にかけたか?俺が死んでたらどうするつもりだったんだ!」

声が震え、怒りで体が熱くなる。

「むしろ俺が消えた方が良かったんだろう?お前とあの秘書のために!

SNSでも全部晒してるじゃないか!いっそ俺が死んだって宣言して、別の男を堂々と迎えればいいだろ!」

美智瑠は靴を脱いでいる途中で動きを止め、険しい顔でこちらを睨んだ。

「何度も言ってるけど、恭一はただの秘書よ!

彼は仕事ができて、人間性もいい。それをあんたの勝手な嫉妬で辞めさせろって言うの?!

だいたい、時間通りに帰らないあんただから、娘が泣きわめいたのよ。私は娘をあやすのに忙しくて、電話に出る暇なんてなかったの。それを文句つけるなんて、いい度胸ね」

その言葉を聞いた俺は、目を見開いた。

信じられなかった。どうしてこんなことを言えるんだ。

生きるか死ぬかの状況で、ただ一目会いたかっただけなのに、帰ってきたのは冷淡な言葉と非難だった。

言葉が詰まった俺を見て、美智瑠が冷笑する。

「もし恭一がいなかったら、娘はとっくに入院してたわよ!父親のくせに何やってんの?」

もう我慢の限界だった。

「いいだろう。それなら娘は俺一人の子供だ。お前には関係ない!離婚後も養育権は絶対に渡さない!娘は俺が責任を持って育てる!」

目の前の、美しくて七年間も愛してきた女。その姿に、今では失望と他人のような距離感しか感じられない。

俺たちの関係は、とっくに終わるべきだったんだ。
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