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第3話

Author: 逆行者
翌朝早く、私は丁寧に化粧をした。

人生の最後くらい、惨めな姿で終わりたくなかった。

だが、役所でいくら待っても、明士は現れなかった。

何度電話しても出なかった。

私はすぐに葵に電話をかけた。

「明士、あんたのところにいるんでしょ?早く離婚に来るように言って!」

すると電話の向こうから、怒りに満ちた明士の声が聞こえてきた。

「初、調子に乗るなよ!本当にサインしてしまったら、後悔しても遅いぞ!」

私は冷静に言い返した。

「後悔なんかしないさ。あんたこそ、離婚する度胸がないのか!」

面子を何より重んじる明士は、結局のところ姿を現した。

手続きはすぐに終わった。

離婚届の文字を見て、私は心の中でやっと息がつけた気がした。

私の死後も明士の名と共に刻まれるなんて、想像するだけで虫唾が走る。

気づけば、私の口元には自然と笑みが浮かんでいた。

それを見た明士は、ひどく険しい顔つきをしていた。

「お前ってやつ、離婚がそんなにうれしいことか?何だ?もうイケメンでも見つけたか?

お前が下品なのは勝手だが、陽葵に悪い影響を与えないでくれ。近いうちに、病院に陽葵を迎えに行く。ふざけた真似をしたらどうなるか、分かってるだろうな?」

葵が後ろを振り返り、勝ち誇った笑みを私に向けてきた。

ゴミのような男を手に入れて、彼女はまるで得意げになっているようだった。

明士、あなたは二度と陽葵に会えない。

萌々が新たな命を得たその日、陽葵はすでにこの世を去っていた。

明士が喜ぶべきでしょう。これでもう養育費も払わなくて済むから。

私はかつて家と呼んでいた場所に戻った。

そしてひとりで、娘との思い出の品を整理した。

持ち出せるものは持っていき、持ち出せないものはすべて叩き壊した。

ここ数日で、私は明らかに体が弱ってきたのを感じた。たったそれだけの作業でも、息が詰まりそうになるほどだった。

それでも離婚を済ませ、明士に関する痕跡をすべて消したのは、ただ一つの理由があった。

私はもう、明士の顔も見たくない。自分に関わるものを彼のそばに残しておきたくもない。

同じ場所の空気を吸うことすら、吐き気がするほどだった。

その日のうちに、航空券を予約してから、私は少しの荷物と娘の骨壺を抱えて、親友の家へ向かった。

本当は故郷に帰りたかった。

でも私は明士に嫁いだせいで、地元を離れ、両親を置き去りにしていた。

両親の体調はずっと良くなかったが、電話をすれば、大丈夫だとしか言わなかった。

結局、ただのインフルエンザで二人とも亡くなってしまった。

もう帰ったところで、思い出が押し寄せてくるだけだと思った。

親友は明士のことを罵り、私の今にも倒れそうな姿に涙を流してくれた。

私は日を追うごとに弱っていき、親友の顔にも次第に疲れの色が浮かび始めた。

そのとき、私は突然、後悔した。

こんなふうに誰かを頼るべきじゃなかった。

どこか人のいない静かな場所で、誰にも迷惑をかけずに、ただ静かに死神を待つべきだった。
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