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第5話

Author: チョウドイイ
「きゃっ!」

その時、助手席の雅乃が突然小さく悲鳴を上げた。

「裕、どうしよう……!私、窓を閉め忘れちゃったの!あなたがくれたあの鉢植え、窓辺に置きっぱなしなのよ。こんな大雨じゃ、きっと水がかかりすぎて枯れちゃう……そんなことになったら、私、本当に耐えられないわ!

あれは、私の誕生日の日にあなたが自ら植えてくれた小さな緑の子。あれが、私が生きていくための希望なの。あの子がいてくれるからこそ、私はうつ病がぶり返す夜をなんとかやり過ごせるのよ。自分自身より大事にしているんだから……!」

後部座席からバックミラー越しに見ていた千晴は、雅乃の視線がちょうど自分に向けられていることに気づいた。

その瞬間、千晴は悟った。雅乃は、わざとやっている。

「今すぐ引き返して送っていく」

裕は、一瞬の迷いもなくそう答えた。

「うん!裕は本当に優しいんだから!」

喜びを隠しきれない表情を浮かべた雅乃だったが、すぐにちらちらと後部座席を伺うように視線を向け、ためらいがちに口を開いた。

「でも裕、そうすると千晴は私たちに付き合って無駄に往復することになるわ。病院へ行くのが遅れてしまったら……可哀想じゃない?」

次の瞬間、車がキィッと音を立てて路肩に止まった。裕は千晴を指し、冷たく言い放った。

「降りろ。自分で病院へ行け。トランクに傘がある」

千晴は一瞬だけ呆然としたが、すぐに小さく返事をし、黙ってドアを押し開けた。

そのとき、雅乃が甘えた声を出した。

「でも裕……今日のこのワンピースも、誕生日にあなたが買ってくれたものなの。もし濡れちゃったら、どうしたらいいの……?」

その声が響いたとき、千晴はちょうど車を降りたところだった。

裕は傘を取る隙さえ与えず、車を勢いよく発進させた。

「傘はまだ使える。お前にはやれない」

舗道の水たまりが大きく跳ね上がり、千晴は慌てて数歩下がって避けた。顔を上げた瞬間、車窓の向こうに見えたのは雅乃の整った顔立ち、そして消えきらない得意げな表情だった。

千晴はかすかに息を吐き、急いで近くの店の軒下へと駆け込んだ。

雨はあまりにも激しく、車を降りた瞬間にはすでに全身がずぶ濡れになっていた。

体は冷えきり、震えが止まらない。加えて、手術後の虚弱な体は立っているのもつらく、彼女はその場にしゃがみ込み、自分の体を抱きしめた。

普段ならこのあたりはタクシーも拾いやすいのだが、今日の突然の豪雨で道路は渋滞し、空車のタクシーはほとんど見当たらない。

近くで手を振り続けてタクシーを呼んでいる人たちを見て、今日は車で帰るのは無理だ、と悟った。

千晴は震える体を奮い立たせ、雨の中を歩き出した。だが、数歩進んだところで、腹部に激痛と寒気が走った。

彼女は今日一日、まともに食事をしていない。午前中に中絶手術を受けたばかりで、休む間もなかった。

もう限界だった。視界が暗転し、そのまま激しい雨の中へと倒れ込んだ。

次に目を開けた時、見えたのは白い壁と、裕の険しい顔だった。

「っ……!」

驚いた彼女は慌ててベッドから起き上がり、その手の甲に点滴の針が刺さっていることに気づいた。

千晴は、反射的に腹を押さえ、不安が胸をよぎる。

――中絶のこと……バレてないよね?

「誰がベッドを降りていいと言った。戻って横になれ。

もう十八にもなって、まだまともに食事もできないのか。

お前、また低血糖が出たのをわかってないのか?」

「低血糖」を聞いた途端、千晴の顔色はようやく落ち着いた。

裕の視線に押され、千晴はおとなしくベッドへ戻った。

周囲を見回して初めて、ここが病院ではなく雅乃の家だと気づいた。

「叔父さん……小林さんを送っていったんじゃ……どうしてここに……」

裕は苛立ちを隠さずに遮った。

「なんで引き返して、お前まで迎えに来たのかって?お前がどれだけ俺に迷惑をかけたか、わかってるのか。お爺さんに、どれだけ叱られたと思ってる!」

ここで、千晴は自分が倒れた瞬間、誤ってスマホが緊急連絡先へ発信してしまったことを知る。

緊急連絡先は泰夫だ。それは、泰夫自身が強く望んで設定させたものだった。

「家族にはそれぞれ忙しい時がある。だがわしは暇だ。二十四時間お前の電話を取れる」

そう言って、泰夫は登録させたのだ。

その電話が偶然発信され、返答がないと気づいた泰夫は大慌てで裕へ連絡した。

途中で千晴を置き去りにしたと知った泰夫は、烈火の如く怒り狂った。

電話を切るなり裕は引き返し、雅乃の言葉さえ耳に入らないほど、頭の中は千晴のことでいっぱいだった。

――千晴に何かあれば、お爺さんに殺される。

そして車を降りた場所からさほど離れていないところで、倒れている千晴を見つけた。

裕はすぐ病院へ連れて行こうとしたが、雅乃は「病院は距離があるし、渋滞してる。まず私の家へ行って、家庭医を呼んだほうが早い」と提案した。

こうして、千晴は雅乃の家のゲストルームに運び込まれたのだった。

千晴自身も、こんな展開になるとは思っていなかった。

「ごめんなさい、叔父さん……迷惑をかけてしまって。もうずいぶん楽になったし……これ以上あなたと小林さんの邪魔はしないね」

それは、嘘のない本心からの謝罪であり、本心からの気遣いだった。

前世では、自分はいつも雅乃に嫉妬し、そのせいで何度も喧嘩になった。裕はいつも、自分を「子供だ」と叱った。

けれど今、自分は大人になった。なのに――なぜか裕は前より怒っているように見えた。

「こんな時に……まだ他人の心配をする余裕があるのか?」
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