第4話

車が走り出してしばらくすると、凌雅のスマホが鳴り響き、車内の静けさが破られた。

「小さなウサギちゃん、早く扉を開けて......」

その音を聞いた瞬間、胸が小さな針で何度も刺されるような痛みを覚えた。細かく、じわじわと心が疼く。

凌雅は少し慌てた様子で私に言い訳を始めた。

「これは美玲がどうしても設定してほしいって頼んできたんだよ。彼女専用の着信音だ」

私は何事もないふりをして、軽くうなずいてみせた。

彼は車を路肩に停め、電話に出た。すぐに、スマホ越しに美玲の柔らかい声が聞こえてきた。

「凌雅お兄ちゃん......」

その瞬間、彼の口元が自然と優しい笑みを浮かべた。反射的に出た表情だった。

けれど、私の視線に気づいたのか、急いで声を低く抑え、車の外に出て話を続けた。

外で彼が少し緊張した顔をしていたのが見えた。眉間にシワを寄せ、一言だけ短くこう告げる。

「すぐ行く」

彼は助手席に回り込み、私のドアを開けた。

「琴音、会社で急なトラブルがあったんだ。タクシーで帰るか、運転手を呼ぶよ。待っててくれ」

私は作り笑いを浮かべ、彼が伸ばしてきた手をそっと払いのけた。そして、自分で義足を操作しながらゆっくりと降りた。

「大丈夫、気にしないで。美玲ちゃん、今はあなたのアシスタントだもの」

「きっと仕事のことで呼んでるんでしょう？」

彼は何か言いかけたが、結局「ごめん」とだけ言い残し、車に戻り、すぐに走り去った。

私は車通りの多い大通りの端に一人で立っていた。

目の前を行き交う車を見つめながら、心の中は荒れ果てた野原のようだった。

杖をつきながら、出口を探して歩き始める。

車を降りた場所は、両側に緑地帯が広がるだけで、歩道すらなかった。彼は私をこんな危険な場所に降ろしても、気にも留めなかったのだ。

美玲からの電話があれば、彼はいつだって一番に駆けつける。

その事実が、まるで心臓を大きな手で締め付けられるような痛みを生む。

歩き続けるうちに、義足をつけた太腿がだんだん痛み始めた。

額には冷たい汗がじんわりと滲み、腕にも力が入らなくなってくる。

ふと、脚を失った直後の地獄のようなリハビリの日々が頭をよぎった。

あの頃の数ヶ月間、私は生きている心地がしなかった。

そうだ、私が両脚を失ったのは――凌雅が原因だった。

森谷家と藤堂家は、代々交流の深い家同士だった。

私たちは幼い頃から婚約を約束されており、物心ついた頃には、自分が将来凌雅と結婚するものだと信じて疑わなかった。

だから、私は他の男性からの告白をすべて断ってきたし、凌雅もまた、他の女性と必要以上に親しくなることはなかった。

けれど、典型的な自由を愛する少年のように、彼は幼い頃からエクストリームスポーツが大好きだった。

スピードを競うドライブ、スカイダイビング、バンジージャンプ、サーフィン――どれも私には理解できないものばかりだった。

一方で、私は静かに過ごすことが好きだった。

子供の頃から音楽の才能を認められ、18歳で音楽大学のピアノ科に主席合格した。教授からも将来を大きく期待されていた。

私は音楽の道をこのまま歩み続け、いつか世界トップのオペラ劇場でリサイタルを開く未来を信じていた。

けれど、その夢は5年前、一度の事故で粉々に砕け散った。

あの頃、私は22歳だった。

凌雅は私がどれだけ恐怖を感じ、嫌がっても、彼の「やりたい」という意思を曲げることはなかった。

彼は私を無理やり暴走ドライブに連れて行った。

「琴音、みんな彼女を連れてくるって約束したんだ。俺だけ連れて行かないなんて、恥ずかしいだろ？」

彼の期待に満ちた目を見たら、私は断ることができなかった。

そして山道のカーブで、事故は起きた。

彼の腕には骨が見えるほど深い傷が残り、私は両脚を失った。

この知らせを聞いた藤堂家の父は、すぐに海外から駆けつけた。

負傷した息子を病室から引きずり出し、激しい怒りを露わにしながら殴りつけた。

「森谷家に償いをしなければならない」と言い放ちながら、彼の脚を折る勢いだった。

凌雅は唇を噛み締め、痛みを一切口に出さなかった。ただ私に向かって「ごめん」と繰り返し続けた。

「琴音、本当にごめん。俺がこれからの人生、君の脚になる。どこにでも連れて行く」

私は涙を流しながら、彼を許してほしいと彼の父に懇願した。

それから数年間、彼は確かにその言葉通りに努力してくれた。

リハビリの日々、彼は常に私のそばにいてくれた――少なくとも、あの頃は。