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第100話

Author: 花見無双
「今日は本当に幸運だ。本物の天才に会えるなんて、もう思い残すことはない」

「あの先生の指導を一度でも受けられたら、自分だけで何十年もがむしゃらに頑張るより、よっぽど身になるだろうな」

「たぶん、もう表舞台から引退した大物だ。幸宏の先生となれば、少なくとも六十歳は過ぎているはずだ」

「来た甲斐があった」

会場にいる誰もが、まるでファンミーティングのように叫び声をあげている。

沙緒里も、その隣に座る三人も例外ではなかった。顔を真っ赤にして、力いっぱい拍手をしている。

そして、そんな中でも、彼らは俺への嫌味を忘れなかった。

「情けない奴だな、あなたの評価なんてクソの役にも立たないよ。大事なのは、徳島社長の背後にいる先生の評価だ」

「はっ、成功哲学の動画でも何本か見て、自分がビジネスの天才にでもなったつもりか?笑わせるな」

「直田さん、やっぱり離婚したほうがいいよ。あんな男、無能なだけじゃなくてペテン師だ。いっそ精神病院に放り込んで、電気ショックでも浴びせれば、少しは現実がわかるかも」

そんな言葉が飛び交っていたが、このときの沙緒里は誰かに応じている余裕はまったくなかった。
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  • 消防士なのに、俺は自分の愛だけは救えなかった   第100話

    「今日は本当に幸運だ。本物の天才に会えるなんて、もう思い残すことはない」「あの先生の指導を一度でも受けられたら、自分だけで何十年もがむしゃらに頑張るより、よっぽど身になるだろうな」「たぶん、もう表舞台から引退した大物だ。幸宏の先生となれば、少なくとも六十歳は過ぎているはずだ」「来た甲斐があった」会場にいる誰もが、まるでファンミーティングのように叫び声をあげている。沙緒里も、その隣に座る三人も例外ではなかった。顔を真っ赤にして、力いっぱい拍手をしている。そして、そんな中でも、彼らは俺への嫌味を忘れなかった。「情けない奴だな、あなたの評価なんてクソの役にも立たないよ。大事なのは、徳島社長の背後にいる先生の評価だ」「はっ、成功哲学の動画でも何本か見て、自分がビジネスの天才にでもなったつもりか?笑わせるな」「直田さん、やっぱり離婚したほうがいいよ。あんな男、無能なだけじゃなくてペテン師だ。いっそ精神病院に放り込んで、電気ショックでも浴びせれば、少しは現実がわかるかも」そんな言葉が飛び交っていたが、このときの沙緒里は誰かに応じている余裕はまったくなかった。彼女の視線は壇上に釘付けで、ただその天才が姿を現す瞬間を待ちわびている。それでも、俺のことは忘れず、ちらりと振り返って言い聞かせた。「宏人、あなたはここでおとなしく座っていて。退場するのはあとにしなさい。あの先生の目に留まって、機嫌を損ねたら、私や直田グループ全体にまで悪い影響が出るかもしれないんだから。今日は、あなた、本当に運がいいんだからね」その言葉に、俺は思わず笑いがこみ上げてきた。壇上の幸宏は、いまだ人混みの中から俺の姿を探しつづけている。そろそろ行くべきだな。まさか、彼のあの一言がここまで騒動になるとは思わなかった。だが、いい機会だ。沙緒里と、あの見る目のない三人組に、自分たちがどれだけ愚かだったかを、今こそ思い知らせてやろう。「ほかの連中に比べれば、あなたたちのほうが、本当はよっぽど運がいいんだよ」「それ、どういう意味?」沙緒里が眉をひそめ、不審そうに俺を見返してくる。「すぐにわかるさ」そう言い放ち、俺はそのまま立ち上がった。沙緒里が愕然とする視線を向ける中、席を後にする。背後の彼女が、抑えた声で叱りつけてくる

  • 消防士なのに、俺は自分の愛だけは救えなかった   第99話

    死刑を宣告されたかのように、三人はその場に硬直し、沙緒里に向けて青ざめた笑みを浮かべた。「ちょっと……まさか、あんな素人の言うことを本気で信じてるの?」沙緒里も、完全に呆気にとられていた。――宏人の言葉をよく考えると、はっとした。確かに、宏人が指摘した問題点は、どれもこれも本当に存在している!宏人は、でたらめを言っていたわけじゃない……と、思っているのだろう。だが、結婚して五年、彼女はずっとプライドを抱き続けてきた。平凡だと思い込んでいた夫にそんな投資のセンスがあるなんて、どうしても認められなかった。だから、彼女は無意識に現実から目を背ける。「保証するわ。あの人は投資の世界に一度だって関わったことなんてない、本当にただの消防士なのよ。それに、私たちのプロジェクトとは分野がまったく違う。たとえ多少の知識があったとしても、よりによってあんな短時間で全部を見抜くなんて……そんなこと、本物の天才経営者にしかできないでしょ?」ここまで言うと、沙緒里は疑わしげな視線で俺をちらりと見やり、指を突きつけて言い放った。「こいつに、できるわけがないじゃない」その物言いに、俺は内心で嘲笑が込み上げた。だから、あのとき彼女は俺の提案を採用してくれなかったのか。彼女の目には、俺は何もわかっちゃいない役立たずでしかなかったんだ。礼儀をわきまえていて、広い世界を知っている初恋の男、昭雄には遠く及ばない、とな。沙緒里、お前の企画を俺が否決したとき、お前がどんな顔をするのか、ぜひ見せてもらいたいものだな。「直田さんが嘘をついているようには見えないし、たまたま当たっただけだろ」「そうだよ。あの男は徳島の代表でも何でもないのに、俺たちの企画をこき下ろしやがって」「傲慢にもほどがある!投資説明会はこれから始まるんだ。最終結果が出たら、絶対に後悔させてやる!」沙緒里の言葉に、三人は再び自信を取り戻した。なにしろ、寝る間も惜しんで練り上げてきたプロジェクトだ。何も知らない素人の役立たずに、一蹴されてたまるか、というのが本音だった。「これ以上何を言っても無駄だ」俺は小さく首を振り、心の中で冷笑しながら、それ以上口を出すのはやめた。ちょうどそのとき、壇上の幸宏が投資説明会の開幕を宣言した。会場を割れんばかり

  • 消防士なのに、俺は自分の愛だけは救えなかった   第98話

    「この三つは、俺たちがそれぞれ持ち込んだ企画書だ。好きなだけ見てみろ。いったいどんな感想が飛び出すのか、楽しみでならんよ。もし本当に問題点を言い当てられたら、この俺が自ら頬を張って、見る目がなかったと認めてやる」橋本は冷笑を浮かべ、さらに言葉を継いだ。「だが、もし何も言えないか、でたらめを並べるようなら、ただじゃ済まさんぞ」目の前に置かれた三つの企画書を見つめ、俺は口元に冷ややかな笑みを浮かべた。よりにもよって、自ら恥をかきに来る人がいるとはな。だったら、望みどおりにしてやろう。「あなたのこれ。見掛け倒しだ。市場分析だのリスク評価だの、いかにもな数字を並べてはいるが、現実のリターンとリスクがまるで釣り合っていない。投資利益率は低すぎるし、業界の平均回収年数をはるかに超えている。こんな元の取れない企画、子どもだって見向きもしないぞ」俺は何気なく最初の一冊を手に取ると、ざっと目を通しただけで軽蔑するように投げ返した。それが運悪く山田の顔にまともに当たり、彼は真っ青な顔で怒りをこみ上げさせている。「おま……っ!」山田は反射的に反論しかけた。けれど、企画書にびっしりと書かれた華やかなデータを見つめているうちに、俺の指摘がどれもこれも、まさに図星なのだと意識した。「それから、これだ。実行計画が理想的すぎる。現実への目配りが決定的に足りていない。完了まで三か月なんて見積もっているが、リスクに耐える仕組みがまるでない。プロジェクトが動き出してから、もしサプライヤーがしくじったら、発生した損失をどうやって埋めるつもりだ。肝心の段階に不備が生じても、すぐに修正できるのか。期間の見積もりは少なくとも五割は誤っている。子供でも犯さない初歩的なミスを、徳島グループにツケで払わせる気か」言い終わるのと同時に、橋本の顔色は見る見る青ざめた。投げ返された企画書を受け止めたまま、ただの一言も発することができなかった。そのとき、白石もわずかに顔色を変えた。彼女はようやく悟ったのだ。俺が、顔だけの能なしではない。「ほ、本当にわかるの……?」「ああ」俺は彼女を見据えてせせら笑うと、彼女の企画書を手に取った。「じゃあ、私のは問題ないわよね?」白石は俺の動作を見るなり、思わず声を引きつらせた。いまの俺の目は、

  • 消防士なのに、俺は自分の愛だけは救えなかった   第97話

    「宏人、あなた何様のつもり?ちゃんと目を開けて見なさいよ。直田グループのプロジェクトが、どれだけすごいかってことを!」そのとき、沙緒里は深い無力感に襲われていた。――自分の会社が危機に瀕しているのに、夫の宏人は助けるどころか、子どもじみた嫉妬に駆られ、呪うような言葉まで吐くなんて。怒りに任せて、沙緒里はプロジェクト資料を開き、俺の目の前に叩きつけた。俺がどれほど滑稽なのか、思い知らせてやろうとした。俺は眉をひそめ、沙緒里をまるで愚か者を見るような目で見ていた。沙緒里が俺に突きつけた資料には、ちらりと目を通しただけで、はっきりと問題が見えた。それも、彼女の失敗を招く、大きな問題だ。そこへ沙緒里が再び資料を引っ込め、自嘲気味に笑った。「私、どうかしてたわ。あなたに自分の立場を思い知らせようなんて。忘れてた。あなたはただの平凡な消防士で、プロジェクトのことなんて何もわからないし、見たって理解できるわけがないのに」そう言うと、沙緒里は俺から視線を外し、壇上のほうへ向けた。「もう行って。徳島社長が上がったから、投資説明会が始まるわ。結果で、あなたがどれだけ滑稽か思い知らせてあげる」こいつ、バカなのか?沙緒里の自信たっぷりの様子に、俺は呆れてものが言えなかった。ビジネスセンスがそこまで酷いなんて。直田グループが傾くのも無理はない。いったいどこから、そこまでの自信が湧いてくるんだ。あまりの馬鹿馬鹿しさに、俺は堪えきれず口を開いた。「沙緒里、帰ろう。もっとちゃんと勉強し直したほうがいい。お前のプロジェクトには、根本的な欠陥がある。今日、俺がいなくても、いずれ失敗してた。そんなプロジェクトに、投資価値なんてありはしない」沙緒里が言い返すより早く、傍らにいた三人の社長たちが食ってかかった。「この役立たずが、何もわからないくせに!」「チラッと見ただけで、直田さんのプロジェクトの命運を決められると思っているのか?」「直田さんのプロジェクトを評価するだと?正気か!せめて中身をきちんと読んでから物を言え!」「直田さんのプロジェクトは我々も見たが、自分のところよりずっといい」「そうだ。自分たちも投資を受ける身でなければ、真っ先に出資するよ。絶対に儲かる!」沙緒里の隣で、同じく自信満々な顔をしている

  • 消防士なのに、俺は自分の愛だけは救えなかった   第96話

    視線を会場の高い壇上へちらりとやると、幸宏があたりを見回しているのが見えた。【もう会場にいる。予定どおり始めてくれ。あとで、直接壇上に上がる】幸宏にそう返信すると、俺は立ち上がって壇上へ向かおうとした。ところが、腰を浮かせかけたその瞬間、隣に座っていた沙緒里に腕をつかまれた。「なに?話を聞くに耐えなくなって、恥ずかしくなって逃げるの?」「離せ」俺は眉をひそめ、彼女に向かって冷たく言い放った。沙緒里は腕を放そうとせず、それどころか、いらだった表情をあらわにして言った。「わかった、さっきはちょっと言い過ぎたって認める。でも、いつまでそんなふうにするつもり?もういいよ。宏人、あなた、結局私が昭雄と一緒にパーティーに行ったのが気に入らないだけなんでしょ」そこまで言って、沙緒里は深く息をついた。ずいぶんと無理をして面子をかなぐり捨て、冷静に俺へ説明しようと努めているようだった。「あれは格式の高いパーティーで、決まりごとが山ほどあるのよ。あなたを連れて行ったら、かえって恥をかくじゃない。昭雄はあなたとは違う。この数年、海外で起業して大成功してるし、そういう格式張った場にしょっちゅう出ていて、マナーもわきまえてるの。見た目も中身も、あなたよりずっとあの場にふさわしい……」言い終わらないうちに、沙緒里は自分の言葉に変な含みがあると気づいたらしく、慌てて言い直した。「もちろん、いまのはパーティーの話よ。夫婦の関係じゃない。結婚するなら、ちゃんとあなたを選ぶ。これで満足?」そう言い切って、沙緒里は自分なりにこれ以上ない誠意を示したつもりでいた。――こんな大勢の前で、美人社長ともあろう自分が、体面もなげうって、宏人に噛んで含めるように説明してやっている。こんな小さなことですら我慢して説明してやっているのだから、宏人への愛情は十分伝わったはずだ、と。けれど沙緒里は知らない。彼女のその説明は、俺にとってはすべて無意味な言葉でしかなかった。そこにはおかしなほどの、俺への哀れみが混ざっている。「沙緒里、お前はどれだけ思い上がってるんだ。俺がお前じゃなきゃ生きていけないとでも思ってるのか。いい加減、目を覚ませ。俺たちはとっくに終わってる」言うなり、俺は沙緒里の腕を振りほどき、冷たく言い放った

  • 消防士なのに、俺は自分の愛だけは救えなかった   第95話

    ここまで言うと、山田は冷笑を浮かべた。「意気地なしが。自分で起業してみせたらどうだ。その力もないなら、おとなしく直田さんのもとで我慢してろ」その言葉を聞き終えるや、隣にいた橋本が口を開いた。「山田さんの言う通りだ。水草、離婚くらいで直田さんを脅せると思うなよ。お前みたいな男、成功した女なら誰も見向きもしない。さっさと直田さんに謝って、おとなしく主夫業に専念しろ。もし直田さんに本気で離婚されたら、後悔しても遅いんだぞ」三人の中で唯一の女性である白石の言葉は、一番ひどかった。「水草、顔は確かに悪くないわ。でもね、その顔だけで成功した女を永遠に縛り付けられるなんて思わないことね。あんたみたいな男は、そもそも相手にもならないわ。今の世の中、イケメンなんてたくさんいるし、あんたより素直で気の利く男ならいくらでもいる。あんただけを選ぶ理由はないでしょ」言い終えると、白石はばつが悪そうな顔をしている沙緒里に視線を移し、慰めるように言った。「直田さん、私達は同じ立場の人間よ。だからこそ言えるけど、こんな男と一緒に暮らしてたら、いずれ追い詰められておかしくなるわ。離婚を勧めるわね」その場にいる三人が、俺をまるで無価値な存在のようにこき下ろした。沙緒里は視線を上げて俺を見たが、何も言わなかった。それでも、彼女の目は隠しきれていなかった。三人の言っていることが正しいと、そう思っている目だった。「お前の友人たちがそこまで言うなら、きっぱりと離婚しよう。お互い、これ以上時間を無駄にする必要はない」「こっちも、ずっと離婚したかったの!」味方ができたことで、沙緒里は今日の俺に対する態度が、少しばかり下手に出すぎていたと感じ始めた。「いつでも離婚には応じる。それなりの財産も分けてあげる。いい加減にちゃんと理解してよ。宏人、無理を言ってるのはそっちなのよ。昔の値段で今二億の価値がある物件を手に入れようなんて、そんなの通るわけないでしょ。身の程を知りなさい」沙緒里は冷笑した。彼女の隣にいる三人の社長たちはその言葉を聞くと、たちまち勢いづき、俺をさんざんこき下ろし始めた。彼らは事実を捻じ曲げ、まるで俺が沙緒里にしがみつく離婚したくない、彼女の財産を狙うクズであるかのように言い立てた。次第に得意げで狂気じみ

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