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第5話

Author: ちょうどいい
呆然と私の手から受理証明書を受け取った亮介が、かすれた声で尋ねた。

「詩織、これどういうことだ?」

受理証明書にちらりと目をやり、フンと鼻を鳴らした。

「俺を挑発するために偽造した受理証明書まで作ったのか?」

私はその手から受理証明書をひったくった。

「そんな必要ない。自分を買い被りすぎよ」

これまでの数え切れないやり取りと何も変わらない。

私と瑠奈の間で、彼は永遠に瑠奈を信じるのだ。

誰にも選ばれず、愛されない日にはもううんざりだった。

父の顔が怒りで黒く染まる。

「詩織、お前は瑠奈がお前より優秀で、才能があるのが気に食わないだけだろう!」

私は頷いた。

「あなたがそう言うなら、そうなんだろ」

背を向けて立ち去ろうとすると、亮介が眉をひそめ、私の手首を掴んだ。

「今日は瑠奈の大事な日だぞ。まだ謝ってもいないのに、どこへ行くつもりだ?」

瑠奈の声が響いた。目には涙を浮かべ、今にもこぼれ落ちそうだ。

誰もが憐れみを誘われるだろう、その姿で言う。

「お姉ちゃん、私のこと嫌いなのはわかってる。でも、今日は私にとって初めての個展ですごく大事なの。

家族みんなにこの場にいてほしい……だめかな?」

その芝居がかった言葉は無視し、私は冷淡に告げた。

「あの絵はわざと倒したわけじゃない。でも、ごめん。

それと、おめでとう。今日のこのすべてはあなたが手にして当然のものだから」

絵を習う学費を出したのも、個展開催を援助したのも、この私だというのに。

残念ながら、彼らの目に映るのはスポットライトの下で輝く星野瑠奈だけ。

瑠奈は私の皮肉に気づかないふりをして、偽りの笑顔を向けた。

「じゃあ、みんなで家族写真を撮らない?」

私は一歩下がり、伸ばされた手を避けた。

「必要ない。この家に私の居場所なんて最初からなかったから」

驚きの視線が集まる中、私は踵を返した。

入り口に着くと一台の高級車から長い脚の男性が降り立ち、私に優しく微笑んだ。

追いついてきた亮介が私の肩を掴んで無理やり振り向かせた。

「詩織、いい加減にしろ!お前がそんなことを言って、瑠奈やご両親がどれだけ傷つくか、分からないのか?」

傷つく?

それは相手を大切に思ってこそ湧き上がる感情だろう。

その男性が亮介の手を振り払い、私の前に立った。

「詩織にもう少し敬意を
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