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第0186話

Auteur: 十六子
瑠璃は立ち去ろうとしていた足を止め、蛍が言った言葉に眉をひそめた。

彼女と隼人の過去が、どうしてこんなにも自分と隼人のかつての思い出に似ているのだろう?

しかも、二人の初めての出会いの場所が四月山だなんて。

「隼人、私は何もいらない。ただ、あなたを失うわけにはいかないの。お願い、私を置いて行かないで」

蛍の弱々しい声が、瑠璃の思考を引き戻した。

彼女の視線の先では、蛍が涙をため、儚げに隼人を見つめている。

隼人は何も言わずに手を伸ばし、ハンカチで蛍の傷口に手当てを始めた。彼の表情にはまだどこか冷たさが残っていたが、その行動には確かな配慮があった。

「隼人……」

「もういいから。病院に行こう」隼人は短く言い、彼女を促した。

蛍は隼人を見上げ、感情を込めた声で言った。「隼人、あなたがそばにいてくれるだけで痛みなんて感じないわ。あなたはいつだって私を守ってくれる」

近くにいた瑠璃はそのやりとりを聞き逃さなかった。

隼人は蛍を抱えるように立たせ、車へと向かおうとした。

その時、蛍は振り返り、瑠璃に向けて挑発的な視線を送った。その目には「千ヴィオラ、私から隼人を奪おうなんて百年早い」というような言外のメッセージが込められていた。

瑠璃はその挑発を淡々と見つめ、軽く笑みを浮かべた。

「隼人、あなたはビジネスの世界で聡明で賢いと評されているのに、どうして蛍の本性が見抜けないのかしら。

それとも、あなたが好きなのは彼女のあの計算高さが魅力なの?」

瑠璃は店に戻り、机に向かってペンを握ったばかりのところで電話が鳴った。

画面を見ると、隼人の名前が表示されていた。

彼女は応じることなくそのまま電話を切ったが、間もなく2度目の着信が入った。

瑠璃は冷たい視線で電話の画面を見つめ、過去の自分を思い出した。

かつて、隼人に何度も電話をかけた日々。けれど、彼は一度も応えてくれたことはなかった。掛けた電話はすぐに切られるか、ブロックされた。

――彼が自分を憎んでいると分かっていながら、それでも彼の気持ちが変わることを願い続けた。

今になって思い返すと、あの時の自分が滑稽で哀れだったとしか思えない。

どうしてあんな薄情で冷酷な男を、これほどまでに愛してしまったのだろう。

3回目の電話が鳴ったが、瑠璃は携帯をミュートにし、机の端に置いてそのまま無視した
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