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第2話
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結婚が長すぎたら、そりゃ別れるよね 第9話
会社からの帰り道、駐車場でまた遥真が現れた。 どうやら最近、どこかから私の素性を聞き出したらしく、ここ数日ずっとまとわりついている。 「なあ、雅……ブロックなんてやめてくれよ。まだ離婚届が正式に受理されていないだろう？やり直す余地、あるじゃないか。 お前だって黙ってたじゃないか。宮津家の娘だって……俺が裏切った？お互い様じゃん、これでチャラってことで、もう一度ちゃんとやり直そうよ」 ――はあ？ ついこの前、同じ駐車場で私に怒鳴り散らしたその人が、今度は必死に私の顔色を窺っている。 あまりにも都合がいいその態度が可笑しくて、思わず笑ってしまった。 「どうしたの、綾瀬遥真？なんだか顔色悪いわね？ヨレヨレのスーツ着て……最近、仕事うまくいってないの？ 『私』という重荷がなくなって、もっと自由に羽ばたけるんじゃなかったっけ？」 予想外の返しに彼は一瞬言葉を失い、気まずそうに顔を背けた。 会社の決定ごとは以前、私に相談してから実行していたことが多かった。外からは見えなくても、彼自身が一番よく分かっている。 私は無駄なやりとりを避けて、はっきりと言った。 「私が誰なのか、もう分かってるはずよね？つまり、指を一本動かすだけで、あんたの会社なんて潰すこともできるってこと。 私があんたに持ってる感情は、もう『嫌悪』だけ。もし私があんただったら、大人しく離婚に応じて、さっさと身を引くわ。さもないと、あんたじゃ背負いきれないことになる。社会的に終わるなんて、ほんの一瞬よ」 遥真の目から光が消え、絶望したようにため息をつき、背を向けて去っていった。 彼が一番気にするのは、やっぱり「損得」。 だから私は、念のためもうひと言加えた。 「それから、彼女さんのこと、ちゃんと見てね。次に相手が私じゃなかったら、泣くのは彼女じゃなくて、あんたよ」 彼の背中が一瞬止まったが、すぐに闇の中へと消えていった。 やっぱり、数日後に消息が届いた。 遥真がしずくを会社から解雇したらしい。 理由は無断欠勤、労働法違反。そして彼女に、バッグやプレゼントをすべて返すよう要求したとのこと。 しかもそれらは会社の経費で購入されており、返さなければ「会社の金を私用に使った」として訴えると言ったらしい。 しずくも、ついに怒りを露わにした
結婚が長すぎたら、そりゃ別れるよね 第8話
想像していたよりずっと――「戻る場所」は、心地よかった。 両親は、私の帰還を大歓迎してくれた。 しかも驚くべきことに、いきなり「副社長」の席が用意されていた。 会社の持ち株まで、私に分けてくれるというのだ。 ……さすがに誰かが異議を唱えると思っていた。 でも、兄が堂々と私を引き連れてフロアに現れ、重役たちの前で紹介したその瞬間―― 誰も文句を言わなかった。 みんな、神妙な顔で私に一礼した。 そのとき兄が小声で囁いた。 「ここの連中はな、『宮津の人間は自分の血を命がけで守る』って、よーく知ってんだよ」 それが「宮津」のやり方だった。 私は笑みを浮かべながら、役職についた。 ――意外なほど、すんなりと馴染んだ。 冗長な報告の中でも、問題の本質を一発で見抜けた。 一癖も二癖もある社員たちの中から、それぞれの強みと弱点をすぐに把握して、適材適所に配置できた。 飲みの席に頼らなくても、私は「交渉の本質」を知っていた。 損得の天秤を一度見るだけで、相手がどこで妥協するか、私には手に取るようにわかった。 一週間も経たないうちに、誰もが私を副社長として扱うようになった。 「宮津副社長」、そう呼ばれるたび、私はかつての自分を忘れていった。 夢中で働いて、気がつけば夜の八時。 ひと息ついたころ、口座にはゼロの数を数えるのも嫌になるくらいの残高が並んでいた。 「……そろそろ、自分にご褒美あげてもいいよね」 私はそうつぶやいて、前から気になっていたブラックパールレストランに足を運んだ。 けれど――予約がないという理由で、冷たく断られた。 「……そっか、人気だもんね。じゃあ別の店に――」 肩をすくめて踵を返した瞬間だった。 目の前に、見覚えのある姿が現れた。 白河しずく。 彼女はシャンパンカラーのツイードスーツに身を包み、手にはクロコのエルメスをぶら下げていた。 彼女は、私の存在に気づかないふりをしていたのか―― それとも、本当に見えていなかったのか。 ともかく、彼女はそのままスタスタと高級レストランのエントランスへ向かっていった。 ……けれど、入り口で止められた。 「お客様、申し訳ありません。当店はご予約またはVIPカードが必要となっております」 若いスタ
結婚が長すぎたら、そりゃ別れるよね 第7話
私は遥真の連絡先をすべて削除し、以後のやりとりはすべて弁護士に任せた。 ――そして、私は家へ帰った。 驚いたのは、家族の誰も私を責めなかったこと。 あのとき何も言わず出ていった私に対して、咎めの言葉はひとつもなかった。 誰もが、まるでその話題を意図的に避けるように、静かに接してくれた。 自分の部屋に戻ると、そこは昔のままだった。 ベッドも棚も、カーテンも照明も、何ひとつ変わっていなかった。 その光景を見た瞬間―― 胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。 安堵というものが、こんなに静かで優しいものだったなんて。 でも、昔はわからなかった。 両親は社交界でも経済界でも有名な実力者だったけど、家にいるときはいつも喧嘩ばかりだった。 中学生の頃にはもう、財産の都合で表面だけの夫婦になっていて、 裏ではそれぞれ別の相手と付き合ってた。 愛なんて、そこにはもうなかった。 それでも、損得で利害がぶつかると、二人はあっさり手を組む。 ……そんな家だった。 私は家族の温もりを知らずに育った。 与えられたのは、無限に使えるお金と、果てしないビジネスの英才教育だけ。 普通の家庭がほしかった。 ――そんな想いだけが、私を動かしていた。 だからこそ、遥真に出会ったとき、私は簡単に心を預けてしまった。 彼の夢を一緒に描いて、私の人脈も手腕も総動員して、未来を作ってあげた。 そして彼が成功したあと、私は裏方に回って、家庭を守ることにした。 小さなキッチン、小さな家。 その中で愛を育てるのが、私の夢だった。 でも、私の「愛」は――ただ、彼を甘やかすだけのものになっていた。 それが、彼を強くしたのではなく、傲慢にし、私の存在を無意味なものにしていった。 こんなにも惨めに終わって、やっと気づいた。 結婚は、愛を補う手段にはならない。 愛が足りている人だけが、本当の愛を手にできる。 本当に愛されるためには、まず、自分が「満たされている人間」でなければいけない。 自分という人間を確かに立たせてこそ、初めて誰かと、並んで歩けるんだ。 ようやく心が静かになって、目を閉じようとしたそのとき。 トントン――とドアがノックされた。 入ってきたのは父。そしてその背後には、薄手のブ
結婚が長すぎたら、そりゃ別れるよね 第6話
家に電話をかけたあと、私はすぐに退院の手続きを済ませた。 それから何日経っても、遥真は姿を見せなかった。 ただ、何度も電話やメッセージを送ってきていた。 もちろん、すべてブロック済み。 離婚協議書さえなければ、今ごろ彼の存在自体を完全に切り捨てていた。 退院の日、遥真が現れた。 左手には保温弁当箱、右手には百合の花束。 まるで好感度を稼ぎたいだけの演技だった。 けれど、私は彼を一瞥することもなく、バッグから封筒を取り出して差し出した。 「来たの？じゃあ、これにサインして」 中には、弁護士が用意した離婚協議書。 遥真はそれを見た瞬間、眉間にしわを寄せた。 私の荷物がすでにまとめられているのを見て、顔色がさらに曇る。 「……誰が退院していいって言った？なんで俺に相談しない？」 明らかに話題を逸らそうとしている。 私はもう、そんな小細工に付き合う気力すらなかった。 「遥真、あんたに私を止める資格はないわ。お願いだから、恩着せがましい口調やめて。私はあんたの『持ち物』じゃないわ。 弁護士から私の要求は伝えたはず。繰り返さないわ。私はあんたと離婚する。これだけは、絶対に変わらない」 いつも強がっていた遥真の仮面が、そのときついに崩れた。 彼は苦しそうにこめかみを押さえ、緩んだネクタイを引きちぎるように引っぱりながら、かすれた声を漏らした。 「……雅……俺、わかってる。俺は……お前をひどく傷つけた。 だけど、ここ数日、ずっと考えてたんだ……俺が本当に愛してたのは、お前だったって…… 今さら気づいたけど、もう……お前なしじゃ、やっていけないんだ…… ……この数日、お前に会いに来なかったのは、現実を認めたくなかったからなんだ」 遥真は、弱々しい声で懇願するように言った。 「お願いだ、雅……もう一度だけチャンスをくれ。今度こそ、ちゃんとお前を大切にする。やり直そう、最初から――」 「無理よ。やる意味もないわ」 私は冷たく言い放った。 「あんたは、私の感情をすべて使い果たしたの。いまの私は……もうあんたに対して、怒りも恨みすらも感じない。ただ、ひたすらに嫌悪してるだけ。 遥真、自分の胸に手を当てて考えて。私の知らないところで、どれだけ汚いことしてた？私があんたを好きな気持
結婚が長すぎたら、そりゃ別れるよね 第5話
「違う、違う……そんなはずない……雅、これは嘘だって言ってくれ！ どうして……どうしてこんなことを……！」 「どうしてって？あんたの子どもなんか、いらないからよ！私はもう、あんたと何の関わりも持ちたくない！遥真、私はあんたと離婚する！二度と顔も見たくない！一秒でも早く、私の人生から消えて！ 出てってよ……お願いだから、消えてよ！！」 怒鳴りながら叫んだ言葉には、失った命への怒りも、長年押し殺してきた苦しみも全部詰まっていた。 その瞬間、視界がぐらりと揺れ、私は完全に意識を失った。 ――目が覚めたのは、それから三日後だった。 病室の天井はまぶしいほど真っ白で、空気には消毒液の匂いが強く漂っていた。 隣にいた珊瑚が、泣き腫らした目で私の手を握った。 「……雅、ごめんね。本当にごめん。私が感情的になったせいで、雅まで巻き込んじゃって……」 部屋の片隅では、遥真が椅子に座り、頭を抱えていた。 私が目を開けたことに気づくと、彼は目を真っ赤にしたまま近づいてきた。 「……雅、どうして子どもをおろしたんだ……あれは俺たちの子どもだったのに……なんで言ってくれなかったんだよ、なんでそんな勝手なことを……！」 その瞬間、珊瑚が耐えきれずに遥真を突き飛ばした。 「アンタがそんなこと言う資格、あると思ってんの！？雅が妊娠で吐き気に苦しんでたとき、アンタはどこにいた？何度も病院にひとりで通ってたこの子のそばに、アンタはいたか！？身体がしんどくて助けを必要としてたとき、アンタはどこにいたんだよ！？あのクソアシスタントと一緒にベッドで寝てたくせに！！」 私が無表情のまま黙って遥真を見つめると、彼の口から出かかった言葉は喉でつかえて、それきり出てこなかった。 そのとき、病室のドアが開いて、医者が入ってきた。 眉をひそめながら室内を見回し、最後に遥真のところで足を止めた。 「……あなたがご家族ですか？」 医者が遥真をまっすぐ睨みつける。 言葉は鋭く、容赦がなかった。 「いくら呼んでも無駄です。奥さんが中絶しなくても、あの子は助からなかった。もともと持たない命です。 何度も言いましたよね。妊婦はお酒禁止、感情の起伏もダメ、激しい動きなんてもってのほか。彼女の体は元々弱っていたんです。それなのに、あなたは無理に酒を
結婚が長すぎたら、そりゃ別れるよね 第4話
私がスマホの通話ボタンに触れた瞬間―― しずくがあわてて手を伸ばしてきた。 「雅さん、やめてください……！」 遥真と私が同時に驚いた顔を見せると、しずくは少し怯えたように、早口で言い訳を始めた。 「実は私……家と約束してるんです。自分の力で成果を出さなきゃ、帰って財産を継がなきゃいけなくて……どうしても自分の力でやりたいから、雅さんにはお願いです、今は内緒にしてほしくて……」 私が何も言わないうちに、遥真が口を挟んだ。 「今どき、しずくみたいに素直でちゃんとしてる子、なかなかいないんだよ？それに、彼女が本当にあの家の連絡先を知ってるわけない。どうせ嘘だよ」 しずくはすかさず潤んだ目で遥真を見上げた。 「社長……本当にありがとうございます。社長だけは、私のことわかってくれて……」 ふたりがまるで恋人同士のように、親密な空気を纏っているのを前にして―― 私はただただ、吐き気すら覚えるような嫌悪感しかなかった。 そのときだった。 エレベーターの奥から、息を切らした珊瑚が駆け込んできた。 遥真を見るなり、彼女は一歩もためらわず―― パシンッ！ 見事な一発が、遥真の頬に決まった。 「……アンタ、本当にクズだな！！雅が病気で入院してんのに、アンタはそのへんの女とベタベタしやがって！よくもまあ、こんなクソ野郎に嫁いだよね！今日って日を忘れんなよ、私は絶対アンタぶっ飛ばしてやる！！」 遥真は完全に動揺して、ただ呆然と立ち尽くしていた。 そのときようやく、彼の視線が私の手元に気づいたらしい。 私が持っている診断書に目を留めた。 「……お前、病気だったのか？なんで言わなかったんだよ！？」 私は表情ひとつ変えず、静かに答えた。 「あんたには関係ないわ」 どうせもうすぐ、正式に離婚するのだから。 その場の騒ぎに、周囲の人たちも足を止めて見物し始めていた。 珊瑚は怒りを抑えきれず、手も足も止まらなかった。 罵声と一緒に、拳や蹴りが遥真に飛ぶ。 ようやく遥真が我に返ったのは、顔を何発か食らってからだった。 周囲の視線に気づいた彼は、恥をかいたことに逆上して、ついに手をあげた。 「お前ら二人ともイカれてる！雅は頭がおかしいし、お前だって同類だ！」 そのとき、止めに入ろうとしたし
