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結婚が長すぎたら、そりゃ別れるよね
結婚が長すぎたら、そりゃ別れるよね
Author: 程良

第1話

Author: 程良
私の家は、江川市でも有数の大富豪。

資産なんて、兆単位。もう桁がバグってるレベル。

18歳の誕生日には、兄がジュエリー工場まるごと一つプレゼントしてくれた。

両親は、私の名前を冠した私設博物館まで建てた。

私が今まで経験した「苦労」といえば――

「お金の使い方」を勉強することくらいだった。

……綾瀬遥真(あやせ はるま)に出会うまでは。

彼のために、私はすべてを捨てた。家族とケンカして飛び出して、彼と一緒にゼロから始めた。

けれど、妊娠三ヶ月になったある日、彼は私にこう言った。

秘書の代わりに酒を飲め、と。

彼女は「一般の生活を体験するために来ている、資産家の令嬢」だという理由だった。

「演技やめろよ。しずくみたいな甘やかされて育ったお嬢様でもないんだから。いい歳してるんだし、若い子に気を使えよ」

そう言って彼は、テーブルに並ぶ客たちに愛想を振りまいた。

「うちの嫁、ちょっと神経質なだけで、実はけっこう飲めますから。遠慮しないで、どんどんどうぞ」

いやらしい視線と、嘲りの混じる笑い声が交錯する中で、彼は華奢でか弱そうな秘書を連れてさっさと席を立った。

残された私は、一人で酒臭い男たちの視線を浴びることになった。

……

遥真が帰ってきたのは、もう深夜だった。

リビングの灯りは消えていて、いつものように彼の鞄を受け取る人もいなければ、酒と香水の匂いが混ざったスーツの上着を取ってくれる人もいない。

テーブルの上には、いつも用意してあるはずの、ちょうどいい温度の胃に優しい夜食もなかった。

少し考えたあと、彼はそのまま寝室へ向かってきた。

私は元々眠りが浅い上に、今夜は酒を無理に飲まされたせいで胃がしくしく痛んでいた。すぐに目が覚めた。

私が起きているのを見るなり、遥真はいつものように私の前に来て、腰をかがめてきた。

私が彼のネクタイを外し、上着を脱がせるのを待ちながら、口では指示を出していた。

「どうして起きて待ってない?夜食も用意してないなんて。今日は簡単に、あっさりした麺でいいよ。卵も入れて。俺が洗面終わるころに、書斎に持ってきて」

いつからだったか、遥真は私が全部を準備して当たり前のようになっていた。

会社の重要な判断から、飲み会の付き添い。

日常の身の回りのこと、服を着るのも脱ぐのも、全部。

私はまるで会社の部下であり、家政婦であり、けれど決して「妻」ではなかった。

だから、彼にとってはなんの抵抗もなかった。

他の女のために、私を差し出すことも。

帰ってきたら、また私がいつも通り尽くすと当然のように思っている。

心理学では、こういうのを「ドッグホイッスル効果」と呼ぶらしい。

愛という名のもとに、相手を自分の望む形に仕立て上げる。

あとはホイッスルを吹くだけで、勝手に動いてくれる。

私の遥真への愛は、彼の手の中のそのホイッスルだった。

私が動かないでいると、遥真は不満げな顔をした。

「……怒ってるのか?」

ようやく気づいたらしい。でも、そこに後悔の色はまるでなかった。

「しずくの体調が悪かったんだ。俺が連れてきたんだから、放っておけないだろ?お前、それくらいで嫉妬するのか?」

白河(しらかわ)しずくのことになると、遥真はいつも言い訳ばかりだった。

私がどれだけ怒っても、どれだけ下手に出て彼に帰ってきてほしいと願っても、彼の口ぶりは決まって冷たくて、うんざりしたような調子だった。

だって、遥真は知っていたのだ。

少しでも怒ったそぶりを見せれば、私はあらゆる手を尽くして、彼に許してもらおうとすることを。

私の愛は、あまりにも卑屈だった。

手をかけて育てる必要さえないほど、彼にとっては都合のいい存在になっていた。

だから遥真は、私が怒るなどとは思いもしなかった。

彼は鞄を開けて、中から一箱の錠剤を取り出し、それを私に投げつけた。

「ほら、ちゃんとお前のこと気にかけてるから。これ、わざわざお前のために買ってきた酔い止めだ」

薬は私のお腹に当たって落ちた。

その瞬間、下腹部がきゅうっと痛んだ。

胃が痛いのか、それともお腹の中の子が訴えているのか、もう分からなかった。

目をやると、落ちた薬の箱は、すでに期限が切れていた。

それは元々、彼が酔ったときのために、私が彼のオフィスの寝室に置いておいたものだった。

彼が今夜どこにいたかなんて、見るまでもない。

あまりの雑な扱いに、逆におかしくなってきた。

もし、彼がほんの少しでも気をつけていたなら――

テーブルの上に置いてある妊娠検査の結果に気づいたはずだ。

彼は元々、家庭環境のこともあって、子どもを望んでいた。

だから、妊娠が分かってすぐ、私は化粧をやめ、胃の痛みにも薬を使わず、お腹の子を大切に守っていた。

今日の会食だって、彼にこの嬉しい知らせを伝えたくて、楽しみにしていたのだ。

でも、彼が私を見た第一声は、冷たいものだった。

「なんで化粧しないで来たんだ?そんな格好で、どうやって人に紹介するつもり?」

その一言で、心がすっかり冷えきった。

口を開きかけた。

妊娠していると、伝えたかった。

でも、彼はそんな私を無理やり酒の席に引っ張り出し、新しく入った秘書の代わりに酒を飲ませた。

「しずくは箱入りのお嬢様で、お前とは違うんだ。代わりに飲むくらい、どうってことないだろ?」

一方で、彼の背後に隠れるように立っていたその秘書には、これまで私が見たこともないような優しさを向けていた。

その瞬間、私は心の底から疲れを感じた。

私がお腹を押さえて黙っていると、遥真は逆に苛立ったようだった。

「雅(みやび)、そろそろやめてくれよ。薬だって持ってきたし、俺だって帰ってきたんだから、いつまでもそのムスッとした顔やめてくれない?

俺が冷たいって言うけどさ、稼いで帰ってきた男が、なんでそんな死人みたいな顔の女と一緒にいなきゃいけないんだ?

いい歳してどんどん老け込んでるくせに、しずくはああ見えても育ちの良いお嬢様なんだ。お前みたいに文句ばっか言わないし」

その最後の一言で、私はとうとう、こらえきれなくなった。

小さく、鼻で笑った。

「……そう。じゃあ離婚しましょう。あんたは『お嬢様』のところにでも行けば?」

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