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第1580話

Author: 小春日和
海外の刑務所内。

懐中電灯の無機質な光が、白石の眼前で絶えず揺れ動いていた。すでに深夜だが、白石が身に纏う白シャツは薄汚れ、全身泥まみれで見る影もない。額にこびりついた血痕は、すでに赤黒く乾きかけていた。

「連れ出して取り調べを続けろ」

「だが、彼はもう丸一日一晩、一睡もしていないぞ。万が一のことがあったらどうするんだ?一応公人だから」

「我々は規則に従うだけだ。上からの指示だ、さっさと連れてこい。徹底的に絞り上げろ」

二人の現地の警官が、流暢な外国語で言葉を交わしていた。

白石は、その会話を黙って聞いていた。拘束されてから丸一日。傷口の手当てもされず、すでに化膿し始めている。四時間ほど前から高熱が出ている自覚もあったが、そんなことはどうでもよかった。

今、最も懸念すべきは、自分が海外の刑務所にぶち込まれたことで、真奈に多大な迷惑がかかることだ。

今こそMグループにとって勝負どころだ。ここで自分が足を引っ張るわけにはいかない。

警官が監獄の扉を開けた瞬間、白石は精神を研ぎ澄ませた。そして、できる限り弱々しい声を絞り出した。「今の気分が非常に悪い。病院へ行かせてくれ」

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