LOGIN父のバーを守るため命懸けのマジックに挑んだ結。絶体絶命の彼女を救ったのは、三人の「裏のプロ」だった。 独占欲を秘めた天才詐欺師・圭。 情熱で奪い去るイカサマ師・鉄。 意識ごと盗み取る孤独なスリ・レン。 借金や陰謀を裏の技術で解決する彼らだが、ステージ裏では結を巡り熾烈な争奪戦が始まる。 「マジックは嘘でも、愛に嘘はない」 三人の怪物に溺愛される甘く危険な共同生活。心も指先も、彼らが仕掛ける愛の魔法に溶かされて――。極上の逆ハーレム・ロマンス開幕!
View Moreマジックで鳩が飛び出した瞬間、客席からは歓声が上がる。誰もがその鮮やかな奇跡に目を奪われるけれど、その鳩の餌代や、楽屋に撒き散らされる糞の始末にまで思いを馳せる客は一人もいない。
もしそんな「裏側」にまで目の届く奇特な人間がいるなら、今すぐうちのスタッフになってほしい。そして、私の代わりにこの銀鳩の糞を拭いてほしい。
「……ねえ銀次。わかってる? 君のその一撃で、クリーニング代八千円が飛ぶんだよ。これ、特注品なんだからね」
相棒の銀次は、籠の中で「クルッ」と他人事のように鳴いた。ステージで奇跡を起こす数分間の裏には、二十三時間以上の『食欲旺盛な同居人』との泥臭い日常がある。私はウェットティッシュを使い、燕尾服の肩についた汚れを恨めしそうに拭き取った。上質な生地が指先に触れる。父が遺したこの服は、今の私には少しだけ肩幅が広すぎる気がした。
カウンターに置いたスマートフォンに手を伸ばす。画面を点灯させ、右手の親指をセンサーに押し当てた。
『認証に失敗しました』
無機質な拒絶。今度は人差し指を試す。
『認証に失敗しました。もう一度試してください』
「……もう、これだもん」
私は大きく溜息をついた。マジシャン、特に私のように至近距離で見せるクロースアップも、華やかなステージもこなそうとする人間の指先は、過酷だ。絶え間ないシャッフルによる摩擦、トランプの縁で切れる皮膚、ギミックに使う薬品。私の指紋は削れ、最新の文明の利器は、私を「持ち主」だと認めてくれない。
荒れた指先をそっとなぞる。ささくれ、小さな切り傷、滑り止めの松ヤニで硬くなった皮膚。女の子らしい柔らかさなんて、とっくに捨てたつもりだった。けれど、こうして機械にまで拒まれると、自分がこの世界の誰とも繋がっていないような、奇妙な疎外感に襲われる。
結局、凍える指でパスコードを打ち込み、SNSを開く。
投稿するのは、昨日撮っておいた『映える』カクテルと、華やかなトランプの写真。現実は鳥の世話と絆創膏にまみれていても、画面の向こう側だけは、夢を売る聖域でなければならない。
『今夜もorangeで奇跡が起こります。皆さまのご来店をお待ちしております!』
キラキラした絵文字を添えて送信。ふと視線を落とすと、カウンターの隅に一枚のコースターが放置されていた。
そこには汚い字で「タネを教えろ」という殴り書き。
……昨夜の、あの感触が蘇る。
無理やり私の手首を掴み、捻りあげた無礼な男。酒臭い息と、万力のような力。マジシャンにとって手は命だというのに、彼は私の指を折らんばかりに力を込めた。
「やめて、離して……!」
あの時、助けを呼ぶ声は震えていた。結局、常連さんが止めてくれたけれど、掴まれた手首にはしばらく青あざが残った。今もその場所が、熱を持ったように疼く気がする。誰かに、もっと別の形で、優しくこの手を包み込んでほしい――そんな、ガラにもない願望を、私は慌てて思考の隅に押しやった。
「……お父さん、よくこんなの続けてたよね」
壁に貼られた、先代店主である父のポスター。優雅に微笑むその姿は、今の泥臭い自分とは正反対に見えた。
カウンターのカレンダーには、数日後の日付に小さく印がついている。父の一周忌。 このマジックバー『orange』を遺して、父が逝ってから丸一年。父の代には溢れていた客も、今では数えるほどだ。私の技術不足か、それとも時代のせいか。通帳の残高は、もはや手品で増やすこともできないほど心細い数字を刻んでいる。
「……お父さん、ごめんね。私、全然ダメだ」
独り言が、冷えた店内に溶けて消える。このままじゃ、思い出の詰まったこの場所が、誰かに奪われてしまう。
そんなの、絶対に嫌だ。
私は自分の頬を両手で強く叩き、気合を入れた。柔らかい肉が熱を持ち、意識が鮮明になる。守りに入ってじり貧になるくらいなら、特大の奇跡を仕掛けてやればいい。
「……よし。やってやろうじゃない」
一周忌の夜。今の私ができる最高難易度のショー。一発逆転の『奇跡の夜』を開催する。
私はパソコンに向かい、チラシのデータを作り始めた。 『二代目店主・Yui、不可能への挑戦』
我ながら恥ずかしくなるような煽り文句。けれど、これくらい過激でなければ、今の私に誰も見向きもしない。
出来上がったデータをスマホに転送し、再びパスコードを叩いて投稿する。
『父の命日に、奇跡のマジックショーを開催します。……絶対、見逃さないでください!』
送信ボタンを押すと同時に、心臓が激しく脈打った。この胸の騒ぎは、期待か、それとも予感か。
私は絆創膏だらけの指でチラシの束を強く掴み、冷たい夜の街へと飛び出した。
このオレンジ色の紙片が、私の人生を狂わせる三人の「怪物」たちを呼び寄せる、血の匂いのする招待状になるとも知らずに。
浅草の地下演芸場から戻り、すべての因縁に決着をつけてから、さらにいくつかの季節が巡った。 かつて父が愛し、私が継いだマジックバー『orange』には、今夜もいつものように心地よいジャズのレコードが流れ、温かい琥珀色の光が満ちている。 だが、この店はもう、ただのバーではない。 私という名の女王と、私に一生の忠誠を誓った三人の怪物たちが住まう、世界で一番甘くて息苦しい「脱出不能の箱庭」だ。「レディース・アンド・ジェントルメン。今夜のメインイリュージョンをお見せしましょう」 私はステージの上で、完璧な燕尾服を纏い、観客に向けて華やかに両手を広げた。 私の指先は、今やかつてないほど滑らかに、そして美しくカードを躍らせる。客席からの割れんばかりの拍手と歓声。その華やかなステージの左右には、私の完璧なアシスタントたちが控えていた。 右側には、洗練された動作で次の道具を差し出す圭さん。その瞳は、観客の視線を完全にコントロールする私のミスディレクションを、至上の芸術を見るかのように熱く見つめている。 左側には、巨躯を揺らしながらステージの大型ギミックを完璧なタイミングで狂いなく作動させる鉄さん。その無骨な手は、私が合図を送るたび、壊れ物を扱うような優しさで私の動きをサポートする。 そして私の影のなか、観客の誰も気づかない死角から、演出のための小道具を鮮やかに滑り込ませるレンくん。 心理誘導、暴力、スリ。かつて地下世界を震撼させた彼らの最凶の技術は、今や私のマジックを完璧な「奇跡」へと仕立て上げるための、贅沢な調度品へと変貌していた。 客席から見つめる彼らの視線には、義務も契約も、もう一滴すら混ざっていない。そこにあるのは、自らの意思で首輪を嵌め、私のすべてを分かち合おうとする、狂おしいほどの独占欲と
私が仕掛けたベッドの上の罠。 それは三人の怪物たちに「許可制」という従順な首輪を嵌めるためのものだった。しかし、その従順さの裏で、私を二度と外の世界へ逃がさないための『鋼の檻』が静かに完成しつつあるのを、私の本能は確かに察知していた。 だからこそ、私たちは行かなければならなかった。父の死の最期の真相が眠っていた、あの浅草の場末にある地下演芸場へ。すべてを清算し、彼らと本当の意味で縛り合う「共犯者」になるための、これが最後の舞台だ。 夜の帳が下りた浅草の地下。かつて父が『人体消失マジック』で使っていた円形ステージには、カビ臭い空気のなかに不穏な気配が満ちていた。市川の組織の残党――主を失い、父の遺した「最後の遺産」を未だに血眼になって追い求める哀れな亡霊たちが、私たちの行く手を阻むように闇から姿を現した。「……嬢ちゃん、下がってな。こいつらは俺がまとめて叩き潰す」 鉄さんがアイスピックを握り直し、前に出ようとする。だが、私はその逞しい背中を、絆創膏だらけの手で制した。「いいえ、鉄さん。今夜のステージの演出家は私よ。私の指示に従って」 私は冷徹なプロの顔で、三人の怪物たちを見据えた。彼らは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに歓喜に歪んだ忠誠の微笑みを浮かべ、私の影へと一歩下がった。「最初の演目は、圭さん。敵の『退路』を言葉で断って」「御意のままに、我が女王」 圭さんが優雅に一歩前に出る。彼は殺気立つ残党たちの心理を、その怜悧な観察眼で一瞬にして解体していった。「君たちが探している『組織のリスト』なら、端から存在しないよ。……おや、動揺したね。心理学的に、信じる拠り所を失った人間は、自らの『次の一手』を完全に身体に露呈させてしまうんだ。――ほら、右の君、銃を抜く位置が完全にバレているよ」&nbs
深夜の『orange』のカウンターに配られた四枚のカード。それは彼らの理性を狂わせる、甘い果実のタネ。「勝った人に、私のすべてをあげるわ」 私のその一言に、圭さんも、鉄さんも、レンくんも、完全に獣の目になっていた。プロの心理学者、伝説のイカサマ師、世界最高峰のスリ。それぞれの裏の技術(タネ)のすべてを以て、彼らは私の手元を、カードの動きを、私の呼吸の乱れ一つをも見逃さないよう凝視していた。 けれど、マジシャンが最も得意とするのは何か。 それは、観客の「見たい」という欲望そのものを利用し、その視線と意識を完璧に操る『視線誘導(ミスディレクション)』。 私が仕掛けたのは、トランプの額面ではなく、この店そのものを舞台にした大がかりなイリュージョンだった。カードの数字に彼らの意識を100%集中させている間に、店内のアロマの配合を変え、音響の周波数を微細に揺らし、彼らの五感を「心地よいトランス状態」へと誘導していく。「――さあ、オープンして。勝者は誰かしら?」 私が指を鳴らした瞬間、三人が手元のカードをめくった。だが、その瞬間に彼らの顔から余裕が消え去る。めくられたのは、三枚とも全く同じ『ジョーカー』。「なっ……テメェ、圭、イカサマしやがったな!?」「いや、違う。僕たちの認知が、最初から橘さんの手によって……」「……あは。お姉さん、いつの間にデックをすり替えたの?」 驚愕し、ふらつく彼らの手を引き、私は妖しく微笑みながら「答え合わせは、二階の私のベッドの上で」 と囁いた。理性を消失させた怪物たちは、吸い寄せられるように私の部屋へと足を踏み入れ――そして、罠に嵌まった。
圭さんの冷徹なチェックメイト、鉄さんの強引な監禁、そしてレンくんの気配なき侵食。三人の怪物たちから立て続けに受けた容赦のない攻勢は、私の肌に甘く生々しい痕跡をいくつも残していた。 だが、いつまでも彼らの仕掛ける「檻」の中で、ただ惑わされるだけの獲物でいるつもりはない。私は騙される側ではなく、騙す側の人間――このマジックバー『orange』の主なのだから。 週末の営業が終わり、客のいなくなった店内には、重苦しい沈黙が痛いほど張り詰めていた。カウンターを挟んで並んで座る三人の間には、隠そうともしない剥き出しの敵意と殺気が渦巻いている。「……圭。テメェ、一昨日の仕込みの最中、裏で何をごちゃごちゃ動いてやがった。嬢ちゃんの部屋のセンサーが狂ったのは、テメェの仕業だろ」 鉄さんが地鳴りのような声で威嚇すれば、圭さんはワイングラスを磨く手を止め、冷徹な微笑みを浮かべた。「心外だな、鉄。僕はただ、澁谷のあまりに古典的で悪趣味な夜這いを、心理学的に『静止』させようとしただけだよ。君のように力任せに窓ガラスを叩き割るような野蛮な真似はしない」「……二人とも、声が大きいよ。お姉さんを最初に手に入れるのは僕だって、最初から決まってるのに。今度邪魔したら、本当に二人の『一番大事なもの』をスリ落としてあげる」 レンくんが影の中から二人を睨みつけ、指先を不穏に震わせる。 三人の独占欲はすでに限界を超えていた。誰が私の最初を得るか。それを巡る硝子の均衡は、今にも完全に砕け散り、凄惨な激突へと向かおうとしていた。 その瞬間。 ――バンッ!!! 私は、思い切りカウンターの木の天板を叩いた。 激しい音が店内に響き渡り、三人の怪物の視線が一斉に私へと





