LOGIN父のバーを守るため命懸けのマジックに挑んだ結。絶体絶命の彼女を救ったのは、三人の「裏のプロ」だった。 独占欲を秘めた天才詐欺師・圭。 情熱で奪い去るイカサマ師・鉄。 意識ごと盗み取る孤独なスリ・レン。 借金や陰謀を裏の技術で解決する彼らだが、ステージ裏では結を巡り熾烈な争奪戦が始まる。 「マジックは嘘でも、愛に嘘はない」 三人の怪物に溺愛される甘く危険な共同生活。心も指先も、彼らが仕掛ける愛の魔法に溶かされて――。極上の逆ハーレム・ロマンス開幕!
View More浅草の地下演芸場から戻り、すべての因縁に決着をつけてから、さらにいくつかの季節が巡った。 かつて父が愛し、私が継いだマジックバー『orange』には、今夜もいつものように心地よいジャズのレコードが流れ、温かい琥珀色の光が満ちている。 だが、この店はもう、ただのバーではない。 私という名の女王と、私に一生の忠誠を誓った三人の怪物たちが住まう、世界で一番甘くて息苦しい「脱出不能の箱庭」だ。「レディース・アンド・ジェントルメン。今夜のメインイリュージョンをお見せしましょう」 私はステージの上で、完璧な燕尾服を纏い、観客に向けて華やかに両手を広げた。 私の指先は、今やかつてないほど滑らかに、そして美しくカードを躍らせる。客席からの割れんばかりの拍手と歓声。その華やかなステージの左右には、私の完璧なアシスタントたちが控えていた。 右側には、洗練された動作で次の道具を差し出す圭さん。その瞳は、観客の視線を完全にコントロールする私のミスディレクションを、至上の芸術を見るかのように熱く見つめている。 左側には、巨躯を揺らしながらステージの大型ギミックを完璧なタイミングで狂いなく作動させる鉄さん。その無骨な手は、私が合図を送るたび、壊れ物を扱うような優しさで私の動きをサポートする。 そして私の影のなか、観客の誰も気づかない死角から、演出のための小道具を鮮やかに滑り込ませるレンくん。 心理誘導、暴力、スリ。かつて地下世界を震撼させた彼らの最凶の技術は、今や私のマジックを完璧な「奇跡」へと仕立て上げるための、贅沢な調度品へと変貌していた。 客席から見つめる彼らの視線には、義務も契約も、もう一滴すら混ざっていない。そこにあるのは、自らの意思で首輪を嵌め、私のすべてを分かち合おうとする、狂おしいほどの独占欲と
私が仕掛けたベッドの上の罠。 それは三人の怪物たちに「許可制」という従順な首輪を嵌めるためのものだった。しかし、その従順さの裏で、私を二度と外の世界へ逃がさないための『鋼の檻』が静かに完成しつつあるのを、私の本能は確かに察知していた。 だからこそ、私たちは行かなければならなかった。父の死の最期の真相が眠っていた、あの浅草の場末にある地下演芸場へ。すべてを清算し、彼らと本当の意味で縛り合う「共犯者」になるための、これが最後の舞台だ。 夜の帳が下りた浅草の地下。かつて父が『人体消失マジック』で使っていた円形ステージには、カビ臭い空気のなかに不穏な気配が満ちていた。市川の組織の残党――主を失い、父の遺した「最後の遺産」を未だに血眼になって追い求める哀れな亡霊たちが、私たちの行く手を阻むように闇から姿を現した。「……嬢ちゃん、下がってな。こいつらは俺がまとめて叩き潰す」 鉄さんがアイスピックを握り直し、前に出ようとする。だが、私はその逞しい背中を、絆創膏だらけの手で制した。「いいえ、鉄さん。今夜のステージの演出家は私よ。私の指示に従って」 私は冷徹なプロの顔で、三人の怪物たちを見据えた。彼らは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに歓喜に歪んだ忠誠の微笑みを浮かべ、私の影へと一歩下がった。「最初の演目は、圭さん。敵の『退路』を言葉で断って」「御意のままに、我が女王」 圭さんが優雅に一歩前に出る。彼は殺気立つ残党たちの心理を、その怜悧な観察眼で一瞬にして解体していった。「君たちが探している『組織のリスト』なら、端から存在しないよ。……おや、動揺したね。心理学的に、信じる拠り所を失った人間は、自らの『次の一手』を完全に身体に露呈させてしまうんだ。――ほら、右の君、銃を抜く位置が完全にバレているよ」&nbs
深夜の『orange』のカウンターに配られた四枚のカード。それは彼らの理性を狂わせる、甘い果実のタネ。「勝った人に、私のすべてをあげるわ」 私のその一言に、圭さんも、鉄さんも、レンくんも、完全に獣の目になっていた。プロの心理学者、伝説のイカサマ師、世界最高峰のスリ。それぞれの裏の技術(タネ)のすべてを以て、彼らは私の手元を、カードの動きを、私の呼吸の乱れ一つをも見逃さないよう凝視していた。 けれど、マジシャンが最も得意とするのは何か。 それは、観客の「見たい」という欲望そのものを利用し、その視線と意識を完璧に操る『視線誘導(ミスディレクション)』。 私が仕掛けたのは、トランプの額面ではなく、この店そのものを舞台にした大がかりなイリュージョンだった。カードの数字に彼らの意識を100%集中させている間に、店内のアロマの配合を変え、音響の周波数を微細に揺らし、彼らの五感を「心地よいトランス状態」へと誘導していく。「――さあ、オープンして。勝者は誰かしら?」 私が指を鳴らした瞬間、三人が手元のカードをめくった。だが、その瞬間に彼らの顔から余裕が消え去る。めくられたのは、三枚とも全く同じ『ジョーカー』。「なっ……テメェ、圭、イカサマしやがったな!?」「いや、違う。僕たちの認知が、最初から橘さんの手によって……」「……あは。お姉さん、いつの間にデックをすり替えたの?」 驚愕し、ふらつく彼らの手を引き、私は妖しく微笑みながら「答え合わせは、二階の私のベッドの上で」 と囁いた。理性を消失させた怪物たちは、吸い寄せられるように私の部屋へと足を踏み入れ――そして、罠に嵌まった。
圭さんの冷徹なチェックメイト、鉄さんの強引な監禁、そしてレンくんの気配なき侵食。三人の怪物たちから立て続けに受けた容赦のない攻勢は、私の肌に甘く生々しい痕跡をいくつも残していた。 だが、いつまでも彼らの仕掛ける「檻」の中で、ただ惑わされるだけの獲物でいるつもりはない。私は騙される側ではなく、騙す側の人間――このマジックバー『orange』の主なのだから。 週末の営業が終わり、客のいなくなった店内には、重苦しい沈黙が痛いほど張り詰めていた。カウンターを挟んで並んで座る三人の間には、隠そうともしない剥き出しの敵意と殺気が渦巻いている。「……圭。テメェ、一昨日の仕込みの最中、裏で何をごちゃごちゃ動いてやがった。嬢ちゃんの部屋のセンサーが狂ったのは、テメェの仕業だろ」 鉄さんが地鳴りのような声で威嚇すれば、圭さんはワイングラスを磨く手を止め、冷徹な微笑みを浮かべた。「心外だな、鉄。僕はただ、澁谷のあまりに古典的で悪趣味な夜這いを、心理学的に『静止』させようとしただけだよ。君のように力任せに窓ガラスを叩き割るような野蛮な真似はしない」「……二人とも、声が大きいよ。お姉さんを最初に手に入れるのは僕だって、最初から決まってるのに。今度邪魔したら、本当に二人の『一番大事なもの』をスリ落としてあげる」 レンくんが影の中から二人を睨みつけ、指先を不穏に震わせる。 三人の独占欲はすでに限界を超えていた。誰が私の最初を得るか。それを巡る硝子の均衡は、今にも完全に砕け散り、凄惨な激突へと向かおうとしていた。 その瞬間。 ――バンッ!!! 私は、思い切りカウンターの木の天板を叩いた。 激しい音が店内に響き渡り、三人の怪物の視線が一斉に私へと
「レディース・アンド・ジェントルメン。今夜、皆さまは目撃します。この世に不可能などないという……本当の奇跡を」 父の形見である燕尾服の裾を翻し、私はステージへ踏み出した。眩しいスポットライトが、私の視界を真っ白に焼き尽くす。一瞬だけ、最前列に陣取る権藤たちの下卑たニヤけ顔が視覚の隅をかすめ、心臓が裏返るような衝撃を覚えた。けれど、私は唇に「魔法の笑顔」を完璧に貼り付ける。 まずは挨拶代わりのカードマジック。 指先はまだ微かに震えていたけれど、トランプを手に取った瞬間、その震えは甘美な緊張感へと変わった。空中に手を
父の一周忌。……そして、マジックバー『orange』の息の根を止めるか、奇跡を繋ぎ止めるかの境界線。 一発逆転を懸けたショー『奇跡の夜』の開演まで、残り一時間。「……よし。スライドは滑らか、カップの曇りもなし。反射でタネが漏れる心配はない」 バックヤードの冷えた空気の中、私は銀のハーフダラーを専用のクロスで一枚一枚、祈るように磨き上げていた。マジシャンにとって、道具の手入れは儀式だ。わずかな指の引っ掛かり、小さな汚れ。それが、観客に見せるはずの「奇跡」を、無様な「ヘマ」という名の現実
世界から「財布」という物理的な質量が消えつつあることを、僕以上に嘆いている人間はいないと思う。 新宿駅の喧騒の中、僕は影のように人混みを泳ぐ。ターゲットは、歩きスマホに夢中な中年のサラリーマン。すれ違いざま、僕は衣擦れの音さえ立てず、わずかに肩を接触させた。「おっと、すみません」 向こうの謝罪の言葉に、僕は小さく会釈だけを返す。その刹那、僕の手の中には、彼の内ポケットに収まっていたはずの重みが、吸い付くように移動していた。 指先の感覚だけで、中身を推測する。革の質感はいい。厚みもある。僕は足早に路地裏へと滑り込み、獲物を確
雑居ビルの地下、換気扇が役を果たしていない、肺を焼くような煙たい一室。 俺の目の前に座る男は、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて、チップの山を積み上げていた。その光景を視界から排除したくて、俺は立ち上がり、部屋の隅にある安物のウイスキーをコップに注ぐ。喉を焼くアルコールさえ、今の俺には酷く味気なかった。「おいおい、兄ちゃん。もう種切れか? こっちには運が向いてきてるんだ。悪いな」 席に戻ったところで、男が尊大にカードを配り始める。一見、鮮やかな手つき。だが、俺の目は騙せない。男の右手中指が、配る瞬間にカードの端をわずかに弾いた。『セカンド・ディール』 一番上のカードではなく、二番目の