登入秘密裏に四年、恋を育んできた西園寺茜(さいおんじ あかね)がついに柏原諒助(かしわら りょうすけ)との関係を公にする日を迎えたはずだった。 ところが、諒助は別の女のために、茜の命さえ顧みず、わざと交通事故を引き起こし、平然と記憶喪失を装ったのだ。 茜は怪我で入院したのに、諒助は新しい彼女を抱き寄せ、友人たちと「茜はきっと、また犬みたいに俺に縋ってくるさ」と賭けをしていた。 諒助は知らなかった。茜が彼の記憶喪失が本物の芝居だと気づいた瞬間、彼との関係を完全に終わらせる決意をしたことを。 諒助が他の女性とイチャイチャを見せつけている間、茜は二人の思い出の品を捨てた。 諒助が茜を他の男に突き飛ばしている間、茜はその男に壁際に追い詰められ、壁ドンされかけていた。 諒助が茜のご機嫌取りを待っている間、茜はウェディングドレスを選んでいた。 そして、茜がキャリアの頂点に立ち、若き女性富豪として成功を収めた時、諒助は思い上がって、片膝をついてプロポーズした。 「茜、俺、記憶戻ったんだ。結婚してくれ」 茜は指に光る10カラットのダイヤの指輪を撫でながら口を開こうとした、その時、背後から強引に腰を抱き寄せられた。 「消えろ。うちの奥さんが汚いものを見るのは嫌がるんでね」
查看更多星羅の言葉を聞いて、茜は例の写真を取り出した。成美は母のすぐ隣に座っていた。仲が良さそうに見える。屈託なく笑う、端正な顔立ちの女性だった。そして薬指には、目を引くものが光っていた。「この指輪……」「えっ、随分と小ぶりなダイヤだね。あんなに裕福なのに。あ、でも宴会の時はすごい指輪をしてたよね。あれ、二億円するって誰かが言ってた」星羅が顎を手で支えて覗き込んだ。「これは結婚指輪だと思う。使い込んだ跡がはっきりあるわ」「そんなに気に入ってたのに、どうして今はしてないんだろ。お金持ちになって、もう気にしなくなったとか——斎藤美香と同じで、とっくに旦那さんと別居したのかもしれないけど」星羅がふぁぁと大きく欠伸をした。「もう寝よう、明日の朝またウォーカーヒルに戻らないと」「そうね。おやすみ」横になったものの、茜はすぐ悪夢の中へ落ちていった。とりとめのない映像が次々と浮かんでは消え、それでもどれも輪郭が定まらない。やがて映像はある場面で止まった。琳果が言っていた言葉——彼女たちは、表面上仲良くしていただけ。「彼女たち」とは、全員を指すのか。それとも誰か特定の一人を?茜が目を覚ましたのは、星羅に揺り起こされてからだった。「疲れすぎてるんじゃない?額に汗びっしょりだよ。今日は休む?」「ううん、あれだけ欠勤したんだから、これ以上休んだらまた何を言われるかわからない」茜は汗を拭い、洗面所へ向かった。……まさかウォーカーヒルに着いてすぐ、成美と鉢合わせるとは思わなかった。彼女は今や上流の婦人社会でよく知られた存在で、最近は柏原家とも近しく付き合っているとあって、娘の晴子ともども評判はいい。成美は薄く微笑んだ。「西園寺さんって、本当に強いのね。あんな目に遭っても、こうして警察署から出てくるなんて」茜も微笑み返した。彼女よりもずっと淡々と。「警察も、理由もなく人を留め置くわけにはいきませんから。無実が証明されれば、釈放されるのは当然のことです」成美の表情にわずかに翳りが差し、軽く笑って言った。「まあ、美香さんがお気の毒だけどねぇ」それだけ言い、悠然と立ち去っていった。茜はその背中を見送り、言葉にならない違和感をそのままに振り返った。すると今度は、出勤してきた絵美里と正面から鉢合わせた。「
スラックスの折り目は鋭く一直線に通り、その上には白い煙がほのかに漂っていた。煙の向こうで、和久は目を細め、禁欲的なまでに静かで冷ややかな表情を浮かべていた。「すまない、弁償する」しかしその声に、謝罪の色は微塵もなかった。むしろ——わざとではないかと思えるほどだ。そう考えていた瞬間、煙がさっと散り、和久が不意に身を屈めて顔を近づけてきた。茜が反応する間もなく、頬に温もりを感じた。和久の長い指の腹が、そっと茜の口元を拭った。「ついていたぞ」「つ……」茜はそこでようやく思い出した——自分も串焼きに直接かぶりついて食べていたことを。慌てて立ち上がろうとしたはずみに、危うく和久の顔にぶつかりそうになった。避けようとして、後ろに倒れそうになった。和久の腕が、すっと茜の腰を抱き留めた。微かなタバコの香りが鼻先をかすめる。ちょうどその時、物音を聞きつけた星羅と若彰が覗きに来て、二人が抱き合っている姿を見た瞬間、そそくさと後退していった。「何も見てませんからーっ!」「私も何も見てません、何も」茜は慌てて体勢を立て直し、気まずさを誤魔化すように口を開いた。「お兄様、私のスマホ、十万円です」「ああ」和久はすかさずペイペイで送金した。星羅:「…………」若彰:「…………」お金の話をすると、一瞬で雰囲気が壊れる。それは万国共通らしい。後片付けを済ませ、和久と若彰は帰っていった。茜と星羅も早々に休むことにした。布団の中で、星羅がぼそりと言った。「茜ちゃん、さっき誰から電話来てたの?」茜はありのままを話した。「え?」星羅がばっと起き上がった。「だから言ったじゃん、諒助さんが黙って引き下がるわけないよ。茜ちゃんがすがりつくタイプなら逆に避けたかもしれないけど、今みたいに相手にしないでいると、あの人の闘争心に火をつけてるだけだよ」「好きにすればいいわ。あの人の行動を私がどうにかできるわけじゃないし、今の私は両親のことを調べることしか頭にないもの」茜はベッドに寄りかかり、天井を見上げた。美香が亡くなった。それは茜の調べている方向が間違っていないことを意味していた。つまり誰かが、美香が茜に何かを話すのを恐れたのだ。星羅が小首を傾げた。「当時って、何があったの?」「父の事件は、私が思っていたよりず
和久は頷いた。たかが串焼きじゃないか、他人に食べられるものが自分に食べられないはずがない――そんな風に考えたのだろう。イエスの答えをもらったところで、茜は皿をテーブルに並べ、それぞれにビールを一缶ずつ配った。星羅が缶を掲げた。「さあさあ、今日は上司も社長もなし、友達だけ。茜ちゃん、大難を乗り越えた先には、きっといいことが待ってるよ。乾杯!」茜は笑いながら缶を持ち上げ、ふと顔を上げると、和久と目が合った。「ありがとうございます」和久は短く応え、ビールを一口飲んだ。その瞬間、眉が微かに寄った——普段は絶対に見せないような、素のままの表情だ。思わず可笑しくなったが、茜にはカメラを向ける勇気はなかった。もし撮れたなら、かなりの高値がつくに違いない。いざ串焼きを食べる段になって、和久と若彰はやたらとよそ行きの、上品な食べ方をしようとした。しかしそんな食べ方で、串焼きがまともに食べられるわけもない。二人は串を手に持ったまま、どう手を着けていいかわからず困惑している。星羅がくくっと笑い出した。「あははは、玉城さん、その食べ方じゃ串から外れないよ。こうするの、ほら」若彰が半信半疑で串の肉に噛みつくと、星羅は彼の手と頭をがっしり掴んで、思い切り引っ張った。「あははっ、玉城さんって意外と可愛い顔するね!」星羅が指さすと、若彰の口の周りに二本のタレの跡がくっきり残っていた。若彰は口を拭いながら言った。「でもこれはこれで、けっこう爽快ですね」そう言いながら、和久の方を見やる。茜も同じ方向に目を向けた。和久は静かに串を置き、細めた目でこちらを見返した。やってみろ、と言わんばかりの目だ。もちろん、茜にその度胸はなかった。そっと和久の串を受け取り、箸で肉を外して皿に移した。「どうぞ、お兄様」向かいの二人は、口の周りをぐるりと汚しながらため息をついた。「私たち、道化みたいですよね」「あ〜本当だ!」茜が少し口を尖らせた。「じゃあ、私が外してあげましょうか?」「こほんっ」和久が低く咳払いをした。若彰が急いで首を振った。「いやいやいや、結構です!ええと、このまま食べる方が楽しいんで!」茜も無理には勧めなかった。他愛のない話をしながら食べているうちに時間はあっという間に過ぎていき、意外にも和久は
星羅は、男二人が何も乗っていない棚を見つめてひそひそと言い合っているのを、不思議そうに眺めた。若彰は知らん顔で続けた。「何でもないですよ。あ、そういえば高橋さん。西園寺さんの親友なら、彼女のこと、よく知ってますよね?」星羅が頷きかけた瞬間、和久がいることを思い出した。普段はぽわっとしているように見えて、肝心な場面では頭の回転が速い。「まあね」星羅はさりげなく続けた。「茜ちゃんは卒業してすぐウォーカーヒルに入って、ずっと仕事ばかり。生活もシンプルな子だよ」若彰がわざとらしく舌を打った。「本当ですかね」「ふふ、恋愛以外はね」星羅がにこっと笑った。「茜ちゃんの育ちは、みんなも知ってるでしょ。十代で柏原家に預けられて、立派なお家だけど、やっぱり自分の本当の家じゃない。小さい頃から不安定な環境にいたから、拠り所を求めやすいの。そこに優しくしてくれる人が現れたら、やっと幸せを見つけたって思っちゃう。でも相手がろくでなしで。茜ちゃんは弱い子じゃないから、きっぱり切ったけど、何年も一緒にいた相手に騙されたって感覚は、やっぱりずっと残るよ」少し間を置いて、星羅はそっと付け加えた。「しかも、一番つらかった時に傍にいてくれたと思ってた人の優しさが、全部嘘だったって知ったんだから。それを自分の中で整理して乗り越えるには、どうしても時間がかかるよ」言い終えてから、星羅はちらりと和久を盗み見た。しかし数々の修羅場を踏んできた男には、この手の話はさほど響かないようで、その黒い瞳は静かなままだった。何を考えているのか、星羅には到底読めなかった。若彰が気になって尋ねた。「で、彼女はどのくらいで立ち直ると思います?」星羅はぱちっと目を瞬かせ、わざとらしく言った。「あれ、もしかして玉城さん、茜ちゃんのことが好きなの?」「ちちちち違います!そんな、勘弁してくださいよ!ただ気になっただけで!」若彰が慌てて手を振った。「好きでもいいけど、順番待ちだよ。ウォーカーヒルに茜ちゃんのこと気になってる人、けっこういるんだから。前は彼氏がいたから諦めてた人たちが、今は独身ってわかって、私のところにこぞって探りを入れてくるのよ、もう大変なんだから」星羅がやれやれとため息をついた。若彰は和久がすっと目を細めたのを察知し、慌てて話をそらした。「高
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